第九話
あのあと手続きを進めたアイアンソードの値段は金貨十枚ほどであった。この先も宿に泊まることも考えると資金が心もとないため、ヤマトは防具を揃えるのは次の機会にしようと決めていた。
「もう少しこの辺で稼いだら次の街に向かうことを考えないとなあ。ランクも上がったことだし、上のクエストを確認してみようかな」
武器を新調できたため、更にクエストをこなして金を稼ぐことを選択肢にいれる。
「とりあえず、冒険者ギルドに戻らないと」
ショートソードをアイテムストレージに収納したヤマトは新しい剣を腰に携えて、冒険者ギルドへと戻っていった。
相も変わらずの盛況ぶりの冒険者ギルドに辿りつくと、ヤマトは真っすぐクエストボードへと向かった。他にも依頼を見ている人が何人かいる。多くのクエストが掲示されている中で、ヤマトはDランクのクエストに視線を送っていた。
基本的にFランクは薬草よりはやや難易度の高い収集クエストや、街のお手伝いのようなクエストが多い。Eランクになるとそれほど強くないモンスターからの素材収集などが顔をのぞかせてくる。
しかし、Dランクになると途端に難易度が上がってくる。例えば魔物の討伐依頼――これは地元の有志の警備団などでは手が出せない魔物であることが多い。
素材収集クエストにしても、強力なモンスターからの素材を求めるものなどがある。
「俺の力量にちょうどいいのは……これか」
ヤマトの目に留まったのは素材収集クエスト。
街から少し離れた場所にある荒れ地に生息するモンスター、グレイロック。大きなトカゲのような形をしているがその表皮が岩に覆われていて防御力の高いモンスターである。
このモンスターから手に入れることができるハートロックの核をとってくること。それがこのクエストの内容だった。
「――グレイロックなら、大したことはないよな……」
ゲームの時の記憶を思い出しつつ呟いたヤマトはクエストボードから用紙を剥がしていく。だがモンスターのことをある程度知っているこの世界の冒険者であればこの選択はしない。
グレイロックは強固な身体を持つモンスターであるため、武器が壊れる可能性がある。その割に報酬はいまいちで、武器を補修する金を考えると損をする。
それゆえに人気がなく、ここしばらくクエストボードに貼られたままになっていた。
「すいません、今日はこのクエストをお願いします」
今日も今日とてヤマトはレスカの受付へとクエスト用紙を持っていく。別に彼女をあえて選んでいるわけではなかったが、今回もたまたま空いている受付が彼女の受付だった。
「あ、ヤマトさん、今日もクエストとは熱心ですね! それで今日は……」
レスカは冒険者カードと心なしかくすんだクエスト用紙を受け取り、そこまで言うと絶句してしまう。
「はい、このクエストを受けようと思っています」
そんな反応を見ても笑顔で大きく頷くヤマトにレスカは困ったような表情になっていた。
「えっと、これはDランクのクエストで……」
「今日の納品クエストでランクがEに上がったので、確かDランクまで受けられます。えっと……このクエストはDってなってますよね?」
あれっと首を傾げつつもヤマトは順番に説明をして自分がおかしくないことを確認する。
「そ、そうなんですが、この依頼はグレイロックの素材が対象になっているんです! グレイロックというのはとても硬いモンスターでして……」
レスカは初心者であるヤマトを気遣って注意すべきことを慌てたように口にしていた。そんな彼女の気遣いに気づいたヤマトは大丈夫だというように笑顔になる。
「そのことはわかってます。その上でこのクエストを受けようと思ってるんです。でも、気をつかって頂いてとてもありがたいです」
安心させるように笑うヤマトの表情を見てレスカは一瞬息を止めてから、大きく吐いた。
「……はああぁぁ、曲げる気はないようですね。わかりました、クエスト受注しましょう」
がっくりと肩を落としたレスカは仕方ないと苦笑しながら手続きを進めていく。
「ありがとうございます」
心配してくれていることをありがたくおもいながらヤマトは再度笑顔で礼を言う。
終始笑顔を絶やさないヤマトからレスカのことを適当にかわそうとしているわけではなく、素の反応だということが伝わってきたせいで、彼の人の良さにレスカは再び苦笑していた。
「それでは、せめてこちらをお持ち下さい」
ヤマトは彼女から数枚の用紙を受け取る。
「これは……グレイロックの情報?」
何だろうとヤマトが用紙を見てみると、グレイロックの生息地、特徴、弱点などが丁寧に記載されていた。
「助かります! ありがとうございます!」
懇意でくれたこの情報が価値のあるものだと感じたヤマトは感動で思わずレスカの手をとって頭を下げた。
「っい、いえ、その、これくらいは仕事の内ですので、お気になさらず……」
裏がないと分かっていても顔立ちの整ったヤマトに突然手を握られたせいで、顔を真っ赤にしたレスカはうつむきながらもごもごと返事をする。
「あ、すいません……とにかくありがとうございます。これならクエストを達成できそうです」
元々勝てる算段はたっていたが、自分が知らない情報も記載されていたため、情報に価値のあるゲーム時代の事を思い出し、素直に感謝の言葉を伝えたヤマト。そして、一度頭を下げるとその足で冒険者ギルドを出ていった。
握られた手を抱えながらレスカはほんのり赤みの残る表情でその後姿を見送った。
「さて、さすがにアイアンソードだけじゃ心もとないかな。残りの金を使って準備をしないと……」
今回のグレイロックのクエストの報酬は今までに受けたものよりも多いため、達成することを前提として考えると今の所持金を全て使うことができる。それがヤマトの考えだった。
「まずはあそこに行くか」
ヤマトはゲーム時代、世界に存在する全てのモンスターと戦った経験があるため、グレイロックとの戦いになんの準備が必要かわかっていた。それと先ほど貰ったレスカの情報を照らし合わせて一つの結論に至ったようだ。
街中を進むヤマトのその歩みには迷いはない。
最初のうちはゲームのものが現実となって目の前にあるリアル感に違和感が強かった。だが慣れてみると街のつくりも以前に来たことのあるデザルガと同じであるため、街にある店の場所もわかっていた。
「――ここだ」
ある店の前で足を止める。
かけられた看板には魔法の杖のマークが記されていた。
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