鑑定士実力試験Ⅰ
翌日、鑑定士実力試験本番。
俺はポケットサイズの鑑定シートを取り出した。魔法で生成されているもので、ここに入力された情報を魔法による回線で全国各地で送受信することができる。
実力試験は全国いっせいに行われるのではじめは自宅受験ということになる。国家機関である鑑定省から配信される問題に答えるという形式だ。ここで選抜された成績上位者五人が国王の間に呼び出され、本試験に進むことができる。なお、成績の芳しくない下位数パーセントが鑑定義務違反として処罰の対象とされるといううわさだが、俺の周りにそんなやつはいないし相当出来の悪い奴に限られているものと推測される。
ああ、まだ眠い。
昨日、ロンと分かれたのち、しばらくそのまま浜辺を歩いていたのだが、何をするでもなくかなりの時間を浪費してしまい、結局深夜一時過ぎに帰ってきたのだ。
「大丈夫、カズヤ? なんだか酷く疲れているみたい」
心配そうにミサが話しかけてきた。
【ミサ】
現在評価額823千セピア(取得原価 795千セピア)
査定根拠、特記事項等
・戦闘能力値 3300
・獣時の戦闘能力は並やや上程度だが、剣術に長け、通常時の戦闘能力が非常に高く査定価値にプラス要因。
・長い銀髪で美人。性格はおしとやか。査定価値にプラス要因。
・口数が少ない。買受人によってはマイナス要因。
ミサの評価額が鑑定シートに書かれている。評価額は基本戦闘能力をベースに決定することが義務付けられている。しかし、売却時等は相手との交渉に係らざるを得ず、その際その他の要素もある程度考慮される。
まあ、いわゆる見た目と中身って話だ。可愛かったり綺麗だったりすれば価格は高まるし、優しかったりしっかりしていたりすればそれまた価格を高めることにつながる。
「いや、大丈夫だ。心配かけてわりいな」
「心配なんてそんなことは気にしなくて良い。私はカズヤがいてくれるだけで……」
ミサは頬を赤らめていた。彼女の出したサンドイッチを手に取る。毎朝ご飯を作ってくれるし、めちゃくちゃ優しくて最高だ。
「うーん、むにゃ?」
ベッドで寝ていたベスが起きたようだ。
「ベスはそろそろ売却だなあ」
齢12ほどになる彼女は23セピア(取得原価23セピアということ)で購入し、現在市場価格46セピアである。今後の値上がりも十分期待できるが女性資産の時価変動リスクは実は他の資産と比べるとめちゃくちゃ高い。特に若いうちは価値形成要因の変化率が高いためかなりの高リスクだ。とすると、すでに購入対価の倍回収できる。ならば売りに出しても良いだろう。
「ベス、ちょっとこっちに来い」
「はい?」
俺はベスの額に触れた。そして空いた片方の手で鑑定シートの指示に従う。
「記憶を消去しますか?」
鑑定シートのウインドウが告げる。
「ああ」
パチッと小気味の良い音が鳴った。と同時、
「あれ? ここは?」
ベスはキョロキョロと辺りを見回す。もうここは彼女の知る場所ではなくなっているのだ。
「じゃあ、またな」
俺は鑑定シートに触れる。取引開始ボタンを押した後、ベスの姿はたちまち消え去った。鑑定省管轄の取引市場に転送されたのである。
「なんというか、いくら相手の記憶を消すとはいえ、お別れはちょっとさびしいな」
「カズヤ、私は仕方のないことだと思う。そういうルールのもとでやっていること。それにこれは男女双方にとって利害の一致する千年を超える伝統あるシステム」
「たしかにそうかもしんないけど」
購入された女との過ごす時間が長くなると情や愛着が生まれたりして女側が売却を拒む可能性が出てくる。そうなってしまうと取引市場が正常に機能しなくなってしまい経済が崩壊する。その対策が先の記憶消去システムだ。女のもつ過去の記憶を消去し、売却に係る障害を排除する。
また、男も長期保有が許されるのは二人までで、他は短期に取引市場に流さなければならない。これに違反するとやはり監獄送りとされる。
「システムとはいえ、良いのかこれは……」
使役するものとされるもの。労働者と資本家。使用人と雇い主。
駄目だ、こういうこと考えんのはロンだけでいい。じゃねえとまた頭が痛む。
「鑑定士マスターであるカズヤに評価されるのは名誉なこと。それにカズヤが査定した価値なら世間の信頼度も高いからちゃんと適正価格で取引される。流動性も高い。それらはとっても良いこと。あ、そろそろ配信される時間」
ミサが言った。
俺は考えるのをやめ、再び鑑定シートを見やり、問題に取り掛かった。