足跡
●父●
私は必死になって探した
たくさんの場所を見て
その人を探した
ずっとずっと探していた
多くの場所に行き
多くの場所に足跡を付けた
多くの場所を行き過ぎて
歩く速さもだいぶ変わり
ワケが分からなくなるほど探しまわった
しかし私の父はどこにもいなかった
私を嫌っていたのか
死の寸前まで涙を流しては
畳やシーツを濡らしていた母
私は母を嫌っていた
毎日毎日ため息など
聞きたくもなかったからだ
私は食事を作ってくれる人を失ったのだ
ただそれだけなのに
私も畳やシーツを濡らしてしまったよ
私という人間が
ますます分からなくなってしまった
父はどこにもいなかった
父はどこにもいなかった
父はどこにもいなかった
これより前の私が
歩き疲れて泣いてしまったというのに
父はどこにもいなかった
バカみたいなことでもして笑っているんだろうか、
あの人は。
そんなことを思っても
あの人はどこにもいないのだ
どこかにいても
私は見つけられはしなかったのだ
畳やシーツに涙をこぼした
どしゃ降りの日
私の目の前にネコがいた
ゆらりゆらりと身を揺らしながら
しかし確実に前に進むネコが。
あの人を追いかけることに飽きた私は
このネコを追いかけることにした
ずっとずっと追いかけることしか
知らなかったから
だから追いかける
私はネコを追いかける
塀の上にもよじ登った
爪がガリガリと音をたてていた
後ろからは
たぶん何かの息遣いが在った
気にせずに私は追いかける
追いかけられるものは常に前へ前へと
そこからの記憶はあまり無い
どこかで落ちて倒れたのか
私は雑草に寝転がっていた
私は今までヒドいことも沢山してきた
私は目をつむり
眠ることにした
眠る寸前
頭の一番外側から
かすれたような声が聞こえてきた
「ネコみたいに、丸まってやがる」
幾度となく、叫んでも。
手に入らぬは靄。