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ビベンズグの傍らで  作者: 広好十三
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零の書・『あるいは始まりを示す物語』

 雲一つ無い青空を自由に舞い踊りながら、彼女は遙か下方の光景を見つめていた。

 見渡す限りどこまでも続く広い草原に、目印のようにぽつんと存在するなだらかな丘。

 その頂上を中心にして、同心円上に広がる木でできた住居の群れ。

 その村のそこかしこで、ヒトビトの亡骸が転がっているのが見えた。

 ここからでは解らないだけで、住居の中にも倒れているはず。

 護人としてこの地を押さえさせたのは自分で、その結果として彼らは死滅してしまったのだ。

 それが、彼女に僅かな無念さを抱かせる。

 だが、そんな感傷に至る暇もなく、鳥類としての視覚が丘の裾野にいる一群を的確に捉えさせた。

 それは、武器や防具に身を固めた二十人前後の人間の兵士達。

 なぜ此処に人間がいるのか理解できなくて、陽光を反射させる武具と防具の輝きにまぶしさを覚えて、それでも彼女は目をそらさない。

 人間共が村の中に入っていないのは確実に思えた。

 人間共の死骸が一つも転がっていないから。

 だが、そんな事よりも、その人間共が囲んでいる少年の方に意識が向いた。

 ……彼らの中で唯一の生き残りであろう少年。

 どれほどの時間か解らなくても、彼を見守り続けなければならない事を理解した。


 うずくまる少年の皮膚は朱一色に彩られており、黒髪は短く逆巻いていた。

 立ち上がれば、周りを囲む人間共と同じくらいの身長だろう。

 そのまま腕を振り回せば、周囲の人間共など一瞬で破壊できるはず。

 なのに、動こうとしない少年。

 周囲を囲む人間共の顔に嘲笑が浮かび、剣や鉾を振り上げるのが見えた。

 人間共にその力を与えた連中のことを思い出して、ただ不愉快さを覚える。

 今はもういないその連中と、自らの主とその同志達。

 どちらが正しいと言うものでもないと言うことは解っていて。

 それでも、やはり苛立ちを覚えていた。

 ヒトの命を屠ろうとしながらも、嬉しげな愉しげな笑みを浮かべる人間共。

 それは、あまりにも醜悪で。

 叶うなら、今すぐ降りていって野蛮な行為を止めたい。

 長い生の中で初めて得た感情に戸惑い、それでも彼女は空を舞い続ける。

 ……造られしモノの争いに手を出す事は許されていないから。

 不意に、人間共の動きが止まった。

 彼らの前に、虚空から新たな人間共が現れたからだ。

 かたや周囲の兵達と比べても遜色無いほどの上背を持つ、赤い全身鎧と身の丈ほどの重剣を持つ女性。

 かたや、子供と見まがうほどに小柄な身体に白いローブを纏い、奇妙な機械を背に負って両手に携えた青年。

 彼女は二人の事を知っていた。

 実力に於いても優しさにおいても、匹敵するモノのいない彼ら。

 連中の作り出した世界でも、優しさを持って生きている彼らなら、全てを任せても構わない。

 そう思えた。

 女性と青年が何か言葉をかけて手を差し出すのが見えて、少年がゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は金色で、猫のように瞳孔が細い。

 顔立ちも彼ら特有の岩から彫り上げたようなごつごつした恐ろしげなカタチ。

 ただ、その額にある一掴みほどの長さの角が、黒く色づいていることに気づいて、彼女は少しだけ安堵する。

 結局、少年に起きたのは奇形化だったと言うことに。

 まかり間違っていれば、新たな――が生まれていたのだ。

 ……少年が彼らと共に歩き出すのを見て、彼女はゆっくりと地上に向かっていく。

 少年を見守るために。



 見も知らぬ生き物たち。

 それが、人間と呼ばれる、悪しきものであると、教わっていた。

 それでも、手をさしのべてくれた。

 少年にとって、その事実こそが真実だった。

 過去を全て失った少年にとっては。

「……君の名前は?」

 白衣を着る青年の言葉に、少年はゆっくりと口を開く。

 唯一覚えていた自分自身を証明するもの。

「僕の名前は……」

 十有五年の後、その名は全世界に轟くことになった。

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