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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈ゲートキーパー〉

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99/127

幕間 【システム機能拡張パック4.0(掲示板機能)】 


 祝勝会の翌日、つまり〈ゲートキーパー〉を撃破したその翌日は、完全休養日ということになった。そんなわけでアーキッドものんびりと寛いでいる。香り高いコーヒーを楽しみながら、アイテムショップのページを適当にスクロールしていく。そしてあるアイテムを見つけ、彼は小さく顔をしかめた。


「やっぱり出てきたか……」


 アーキッドは小さくそう呟いた。彼が目をつけたのは、プレイヤーが新たにリクエストしたアイテムだ。ちなみに並んでいるアイテムの半分以上はカムイがリクエストしたものだった。名前が記載されているわけではないので、分からないプレイヤーには分からないが、それでもこうしてみると彼の持つ資金力の凄まじさがわかる。


 まあそれはそれとして。アーキッドは半分趣味でこうして新しいアイテムをチェックしているのだが、最近は討伐作戦で忙しくあまり確認できていなかった。それでいつリクエストされたのか、正確なことは分からない。とはいえ最近であることに間違いはないだろう。


 彼はそのアイテムをタップして詳細を確認する。おおよそ思っていた通り、いやそれ以上だ。このままではこのアイテムは使い物にならないだろう。だがこのアイテムの、少なくとも方向性が有用なのは間違いないのだ。このまま使えないアイテムとして埋もれさせるのは惜しい。


(テコ入れが必要だな)


 アーキッドはそう判断すると、一旦メニュー画面を消してソファーから立ち上がった。そしてカムイたち四人を探し、「話がある」と言ってリビングまで来てもらう。その人選だけでおおよそどんな話なのか分かってしまったのだろう、彼ら、特にカムイは苦笑を浮かべていた。


「また、ポイントが要り用なんですか?」


「まあ、そんなところだ。コレを見てくれ」


 そう言ってアーキッドはアイテムショップのページをもう一度開き、さきほど見つけたアイテムを表示する。そのページを見てカムイと呉羽は「あぁ」と頷き、一方アストールとリムは「んん?」と首をかしげた。そのアイテムとは、次のようなアイテムだったのである。


 アイテム名【システム機能拡張パック4.0(掲示板機能)】 50万Pt


「それで、このアイテムがどうかしたんですか? 見たところ、そんなに高いわけでもないみたいですけど」


「説明文の方、読んでみな」


 アーキッドに促され、カムイは説明文に目を通す。そこにはこう記されていた。


 説明文【システムメニューに掲示板機能を追加する。掲示板にはこの機能を持つ全てのプレイヤーが書き込むことができる。ただし書き込みは実名プレイヤーネームで行われ、1コメントにつき150字まで。新しい順に30コメントのみ参照が可能】


「つまり、この機能を持っているだけで、名前も顔も知らない遠くのプイレイヤーと意見や情報の交換ができる、ってことですよね……? 画期的じゃないですか!」


 流石というべきか、アストールはすぐに掲示板機能の本質を理解して歓声を上げた。確かに彼が言うとおり、これは画期的なアイテムだ。意見や情報の交換が進めば、ゲームの攻略も捗るだろう。だが同じ説明文を読んだカムイの表情は渋い。


「匿名を使えないのはともかくとしても、コメントの参照が直近の30だけって……。ほとんど役に立たないじゃないですか……」


 カムイはそうぼやいた。これでは例え掲示板に有益な情報が載せられていたとしても、悪意のあるプレイヤーが無意味なコメントを30書き込むだけで、その情報を参照することができなくなってしまう。


 実名での書き込みという部分がある程度抑止力になるかもしれないが、顔も名前も知らないプレイヤーの方が圧倒的に多いのだ。移動だって自由にできるわけではないし、名前が知られる程度どうとも思わない奴だっているだろう。


 それを指摘され、アストールは「なるほど……」と呟いて表情を引き締めた。ネット社会で暮らしていた分、カムイの方がこういうことには詳しい。掲示板は不特定多数のプレイヤーが書き込める。それ自体は画期的ではあるが、しかしそれゆえのデメリットも存在するのだ。


 その上、この掲示板機能にはさらに致命的な欠点があった。それをアーキッドがこんなふうに指摘する。


「しかもこれ、別のスレッドを立てることができない。それにいわゆる管理者権限があるのかも不明だな」


 実際に【システム機能拡張パック4.0(掲示板機能)】を購入し、掲示板のページを開きながらアーキッドはそう指摘した。つまり同じ掲示板に延々と書き込むことしかできない、ということだ。


 別のスレッドを立てることができれば、「○○について~」といった具合にテーマごとの分類が可能だ。管理者権限があれば不適切な、あるいは無意味なコメント削除し、掲示板が無法地帯になるのを避けられる。


 しかしその二つの機能が、今の掲示板にはない。管理者権限の方は、もしかしたら【システム機能拡張パック4.0(掲示板機能)】をリクエストしたプレイヤーが持っているのかもしれないが、しかしその可能性は低いだろう。リクエストしても生成されるアイテムは画一的なのだから。


「やれやれ、思った通りというか、それ以上に制限が厳しいぜ」


 アーキッドは苦笑しながら、わざとらしくそう嘆いた。彼の言葉と口調からは、彼もまた掲示板機能のリクエストについて考えていたことが窺える。それでも実行に移さなかった理由について、彼はこう語った。


「メッセージ機能の時点で、制限がきつくなることは予想できていたからな」


 確かに【システム機能拡張パック2.0(フレンドリスト&メッセージ機能)】にも幾つかの制限がついていた。メッセージ機能だったから、というわけではないだろう。つまりルクトをはじめこのゲームの運営側は、便利な通信機能をあまりプレイヤーに与えたくないのだ。


 その意図が透けて見えていたので、アーキッドは掲示板機能を考えはしたもののリクエストはしていなかった。厳しい制限が付くだろうから、もう少し状況が整ってからにしようと考えていたのである。しかし別のプレイヤーが先走ってしまった。


 結論から言えば、「このままでは使い物にならない」というのが掲示板機能へのアーキッドの評価だった。カムイも同じ考えだ。そして「使えない」という評価が定着してしまえば、掲示板機能は見向きもされなくなる。無意味なコメントを見るために50万Ptも支払うプレイヤーはいないだろう。


 ただ、繰り返しになるが、掲示板機能が画期的であることに間違いはないのだ。それなのに「使えない」と言われ、見向きのされなくなるのは非常に惜しい。ゲーム攻略上の損失ですらある。そもそもすべての攻略情報を記憶しておくのは無理だし、またかき集めるだけでも一苦労なのだ。まとめて載せておける掲示板があれば、便利なのは間違いない。


 テコ入れが必要である。つまり掲示板機能に関連して、新たな【システム機能拡張パック】をリクエストするのだ。それによって掲示板機能が「使える」ように整えておくのである。それも早急に。時間が経てばたつほど、「使えない」という評判は広まっていくのだから。


 とはいえ、リクエストのためには多額のポイントが必要になる。そしてそれこそが、カムイたちが呼ばれた理由だった。


(う~ん……)


 カムイは考え込んだ。掲示板機能が有用であることは分かる。しかしすぐに「はい」と頷くわけにもいかない。メッセージ機能の場合もそうだったが、一回のリクエストだけで全ての制限を解除できるわけではないだろう。それにアーキッドの話を聞く限り、彼は新たな機能の追加も考えているような気がする。それでまず彼はこう尋ねた。


「……とりあえず、どれくらい必要になるんですか?」


「そうだな……」


 アーキッドはそう呟いて少し考える。そして顎の無精髭を撫でながら、思案しつつこう答えた。


「まずコメントの閲覧制限を解除したい。ただ、完全解除にすると高そうだからな。例えば50コメントくらいずつとか、そんな形にしたほうがいいかも知れん。あと、別スレッドの立てられるようにしないとだな。分類できないとわけが分からなくなる。そうなると、冒頭の10コメントくらいは指定して見られるようにしたいな。『ここはこんなスレッドです』ってのが分かりやすくなる」


 アーキッドはまずそう答えた。カムイも頷く。納得できる内容だ。そしてアーキッドはさらにこう続けた。


「写真の投稿機能が欲しい。その方が分かりやすいからな。そうなると、掲示板とは関係ないが、写真の交換機能も欲しい。いい写真は結構カレンが持ってるからな。1コメント当りの文字数は、増やすにこしたことはないが、優先度は低くていい。管理者権限は……、たぶん無理だろうな」


 アーキッドが出した要望を敲き台にして、今度はどんなふうに機能を拡張すればいいのか、話し合っていく。そしてその話し合いをもとに、幾つ【システム機能拡張パック】リクエストすればいいのか、一つずつ箇条書きにして書き出す。それは以下のようになった。


1、コメント閲覧数の制限緩和(上から50コメントくらい)

2、コメント閲覧数の制限緩和(下から50コメントくらい)

3、コメント閲覧数の制限緩和(特定のプレイヤーを指定して50コメントくらい)

4、別スレッドの追加機能

5、写真の投稿機能

6、写真の交換機能

7、1コメント当りの文字数の制限解除

8、管理者権限の追加


「全部で八つ、800万か……」


「別に今全部やる必要はないんじゃないんですか?」


 カムイがそういうと、アーキッドは「そうだな」と言って頷いた。それからまた話し合って、「1と2と4と5がとりあえず必要。できれば6も」ということなった。リクエストには400万Ptが必要になる。6番目も入れるなら500万Ptだ。


「う~ん……」


 カムイは唸った。最近金銭感覚がマヒしてきているが、500万Ptというのは大金だ。しかも〈ゲートキーパー〉討伐作戦の時とは違い、これは別にカムイたちが言い出した事柄ではない。何の責任もないのだ。


 責任はないが、一方で打算はある。掲示板機能はきちんと「使える」ようになればかなり便利だ。きっと多くのプレイヤーが買うだろう。そしてリクエストしたアイテムが購入されると、およそ購入額の1%がリクエストしたプレイヤーに配分される。だから長い目で見れば黒字になる可能性は十分にあった。


「……自分でリクエストしないんですか?」


 正直なところ、そんなに拒否感があるわけではない。それでもカムイはまずそう尋ねた。それに対し、アーキッドは胸を張ってこう答える。


「自慢じゃないがポイントがない。【HOME(ホーム)】の再建でスカンピンだ」


「ホントに自慢じゃないですね……。じゃあ【Prime(プレイム)Loan(ローン)】を使うのはどうですか?」


「あいにくとすでに上限一杯まで借りている。そんでそれも全部【HOME(ホーム)】の再建に突っ込んだよ」


「え、そうだったんですか?」


 それを聞いてカムイは驚いた。初耳だったのだ。なんでも時間制限なしで使えるようにするのにポイントがかかり、〈ゲートキーパー〉の巨大魔昌石だけでは足りなかったそうだ。ちなみに【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の上限額は現在およそ2,700万Pt。手数料としてキキに270万Pt取られたが、その分は彼女から別途提供してもらい、全額を再建のために使ったという。なけなしの残高も、先程【システム機能拡張パック4.0(掲示板機能)】を購入したことでなくなってしまった。


 そんなわけで。現在アーキッドは文字通りすっからかんの状態なのだ。〈浄化樹〉に投資した分の配当があるので生活費程度ならば困らないが、当然リクエストをする余裕はない。それでカムイたちに「ポイントを出してくれ」と頼んでいる、というわけだ。


「カムイ君、ここは協力してもいいんじゃありませんか?」


「まあ、そうですね、はい」


 最後はアストールに説得され、カムイは協力に同意した。「【HOME(ホーム)】を再建したからポイントがない」と言われてしまうと、その恩恵にどっぷりよくしている身分としては断り辛いのだ。「【Prime(プレイム)Loan(ローン)】で借金までした」と言われるとなおさらである。【HOME(ホーム)】の再建費用はまた改めて稼ぐことになっていたが、借金の分も計算に入れた方が良いかもしれないな、とカムイは思った。


 続けて呉羽とリムも協力に同意する。こうして四人の協力を取り付け、アーキッドは「助かるぜ」と言って頭を下げた。そして頭を上げると、笑みを浮かべつつさらにこう追加注文を出す。


「できれば実際の購入費用も用意してくれると助かる。さっそく、〈ゲートキーパー〉戦のスレッドを立てて情報を載せたいからな」


「あ~、はいはい。分かりましたよ」


 カムイはそうぞんざいに応じた。まったく、抜け目のない男である。ただ、そうやって有益な情報が載せられていれば、掲示板の価値は高まるだろう。価値が高まれば掲示板関係の拡張パックもどんどん売れてリクエスト費用の回収が早まる、かもしれない。


 さて、兎にも角にもポイントの出資が決まった。だが四人の手持ちを合わせても500万Ptには届かない。祝勝会で高いお酒を買いまくったせいだ。それこそ【Prime(プレイム)Loan(ローン)】で借りるという手もあるのだが、「どうせ返さなければならないのだから」ということで、急遽これから稼ぐことになった。


「そうなると、カレンさんにも協力してもらわないとですね」


HOME(ホーム)】の領域の外は、瘴気濃度が高い。何の対策もしなければ、外へ出た途端にゲロを吐くことになってしまうだろう。結界を張るか、あるいは向上薬を使うという手もあるが、稼ぎの効率を考えるならアストールの言うとおりカレンに協力してもらうのが一番いい。


「そう、ですね。ちょっと呼んできます」


 そう言ってカムイは階段を駆け上った。カムイとしてはいつも通りに振舞ったつもりなのだが、勘の鋭いメンバーは彼の様子がちょっとおかしいことにちゃんと気付いている。しかも様子がおかしいのは彼だけではなく、カレンや呉羽も同様。となれば「昨日何かあったな」と考えるのは自然なことだった。


(初々しいねぇ……。ま、生暖かく見守ってやるさ)


 勘の鋭いメンバーの一人であるアーキッドは、カムイの背中を見送りながら胸中でそう呟いた。本人としてはそんなふうに考えて大人の風格を気取っていたつもりなのだが、しかしそれも長続きはしなかった。呉羽にこんなことを言われたのである。


「アードさんって、元の世界でヒモだったんですか?」


「ちげぇよ!?」


「でも討伐作戦の時といい、お金の出させ方がずいぶん手馴れているというか……。今さっきも満足げにニヤニヤしてましたし……」


「違うから。ちゃんと自分で稼いでたから」


 アーキッドはどこか疲れた様子でそう主張した。裏社会で後暗いことを山ほどやってきた人間が「ちゃんと自分で稼いでいた」と言えるのかはともかくとして、確かに彼はヒモではなかった。むしろ彼は数人の女を囲っていた側だ。それを言うとまたややこしくなるので黙っていたが。


 ちなみに今さっき彼がニヤニヤとしていたのは、カムイたちの初々しい様子が微笑ましかったからだ。アーキッドはいっそソレを指摘してやろうかとも思ったが、ポイントを出してもらったことは事実なのでグッと堪えた。


 とはいえ、こう心に誓う。「もうちっと自重しよう」と。ヒモ扱いはさすがのアーキッドも堪えたようだった。


 さてカレンを呼びに行ったカムイだが、彼女の部屋の前でノックを躊躇っていた。言うまでもなくその理由は、昨日、呉羽とのキスシーンを彼女に見られてしまったからである。


 ただ、一応ではあるが、その件については昨日のうちにカレンと話をつけてあった。呉羽を寝かしつけてから、カムイは彼女のところへ釈明に行ったのだ。本心を言えば猛烈に行きたくなかったが、放っておけばややこしくなることは目に見えている。彼女はリビングには戻らず、自分の部屋にいた。


『スズ、さっきのあれは……』


『大丈夫。分かってるわ。酔っ払いのやることだもの。事故みたいなモノでしょう?』


 意外にもカレンは自分のほうからそう言った。とはいえ気にしていないわけでは決してない。大丈夫というが、本当に大丈夫なら、部屋ではなくリビングに戻っているはず。それが分からないほど、カムイは鈍くはなかった。


『スズ、オレは……』


『だいたい、正樹に自分からキスするだなんて、そんな甲斐性ないもんね。大丈夫、あたしはなんとも思ってないわよ』


『スズ……!』


『大丈夫だから、あたしもう今日は寝るね。やっぱり、ちょっと飲みすぎちゃったみたい』


『スズ、話を……!』


『本当に、大丈夫だから。明日には、大丈夫にするから。だから、今日はもう、一人にして。お願い……』


 顔も合わせずにそう言われ、カムイは「分かった」と言って部屋を後にするしかなかった。一人でリビングに戻ったカムイは当然カレンのことを聞かれたが、「飲みすぎたので休むって言ってました」と答えてやり過ごす。その後の祝勝会を、彼は楽しむに楽しめかった。


 こうして思い返してみると話し合いはまったくできていなかったわけだが、カレンは言葉通り翌朝にはいつもの調子に戻っていた。少なくとも表面上は。とはいえ細かいところでギクシャクとしてしまうのは、むしろ自然なことなのだろう。


 そしてそれを自覚しているから、取り繕っていつも通りに振舞おうとして、かえって不自然になってしまっている。そのことに彼らは気付いていなかったし、また気付く余裕もなかった。


 そういう事情があるものだから、何となく顔を合わせづらくて、カムイはカレンの部屋の前でドアをノックするのを躊躇っていた。ただいつまでもそうしてはいられないし、こんなところを誰かに見られたら大変である。彼は意を決すると、なるべくいつも通りを装いながらドアをノックしてこう声をかけた。


「カレン、ちょっといいか?」


「……カムイ? ……どうぞ」


 返事をするまでにちょっと間があった。昨日までは気にもしなかったであろうその間が、今はひどく気になってしまう。そんな自分に自己嫌悪を覚えながら、カムイはドアを開けて部屋の中へ入る。カレンはベッドの端に座っていて、視線だけを彼の方へよこした。


「どう、したの?」


「あ、ああ。またアードさんにポイントを頼まれてさ。外に出るから、ちょっと付き合ってくれないか?」


「完全休養日のはずなんだけどなぁ……。ま、いいわ。準備するから、下で待ってて」


 分かった、と言ってカムイが部屋を出て行く。その背中を見送ってから、カレンは彼に聞こえないよう、小さくため息をはいた。うまくいかないな、と彼女は思った。


 カムイと呉羽がキスをしているのを目撃してしまった後のことである。一時の動揺が鎮まると、カレンの胸にまず去来したのは「ずるい」という想いだった。


 ――――ずるい、ずるいずるいずるい。あたしはまだキスなんてしたことないのに。正樹の婚約者はあたしなのに。


 そう考えた次の瞬間、自分の考えのあまりの身勝手さに、カレンは打ちのめされた。どの口でそんなことを言うのか。そもそも、もう婚約者ではないくせに。それを正直に話すこともできていないくせに。


 少し冷静になってみれば、自分に呉羽を咎める資格などないのだと、カレンは理解せざるを得なかった。それを理解して次に思ったのは、「羨ましい」ということ。キスもそうだが、酔っていたとはいえ、あれだけ真っ直ぐに自分の想いをカムイに伝えた呉羽が、カレンは羨ましかった。


 ただ、羨んでばかりもいられない。次にこみ上げてきたのは焦燥だ。呉羽はもう告白してしまった。酔った勢いもあるだろうが、それでも告白したことに違いはない。対してカレンは(元)婚約者という立場に胡坐をかいて、想いを伝えることを怠っていた。いや、少しずつ距離を縮める努力はしていたつもりなのだが、ここへきて呉羽に一気に抜き去られてしまった。


 まずい、とカレンは思った。自分の気持ちにはもう気付いている。けれども改めて告白するには、婚約云々の話をしなければならない。そのときにどんな反応をされるのか。幻滅されるかもしれないと思うと、勇気が出せなかった。


(その上、また足踏みだもんなぁ……)


 カレンは頭を抱えた。彼女とカムイが曲がりなりにも普段どおりを装っていられるのにはわけがある。呉羽が昨日のことを覚えていなかったのだ。


『なあ、二人とも。気がついたらベッドで寝ていたんだが、わたしは昨日どうしたんだ?』


 今朝リビングに降りてきた呉羽は、カレンとカムイを見つけると開口一番にそう尋ねたのだ。酔っ払って記憶が飛ぶ、と言う話は二人も良く知っている。たぶんそういうことなのだろうと直感した二人は、「呉羽がひどく酔っ払ったから二人で部屋に運んでベッドに寝かせた」とだけ説明し、キス云々についてはなかったことにしたのだ。


 そのおかげで三人の関係が大きく変わってしまうことはなかった。しかし事実を消すことはできない。例え呉羽が覚えていなくても、カレンとカムイは覚えている。呉羽の気持ちに、カムイは気付いてしまった。それはどうしようもなく変化を呼び起こすだろう。時間も心も、もう待ってはくれない。


(あたしも、あたしだって……)


 そう叫ぶカレンの心の声は、しかし弱々しい。彼女には負い目がある。それでも心は失いたくないともがく。おかしな話だ。自分のものですらなかったのに。


 はあ、とため息を吐きながらカレンは部屋着からエルフの装束に着替えた。そして双剣を腰に吊るす。鏡の前で身嗜みを整えてから、彼女は部屋を出た。ともかく今はカムイが呉羽のことをどう思っているのか知りたい。できることからと自分に言い聞かせ、それがすでに逃げの思考であることから、カレンは故意に目をそらした。


 さてカレンがリビングに降りてくると、カムイたち四人はすでに準備を整えて彼女を待っていた。五人が揃ったところで、彼らは【HOME(ホーム)】の外にでる。そしてモンスターがすぐには現れないのを確認してから、彼らは瘴気の浄化を始めた。


「それじゃあ、始めます」


 そう言ってリムが杖を構える。彼女が【浄化】の力を発動させたのを見て取ってから、呉羽は【草薙剣/天叢雲剣】の力を使って大気中の瘴気を集め始めた。何度も繰り返してきて慣れた作業だ。その上、今は近くにカレンもいる。多少制御が甘くなっても瘴気の影響を受けることはない。そのせいか表向きは集中しつつも、呉羽は頭では別のことを考え始めていた。


(だ、大丈夫だよな……? バレてないよな……?)


 チラリ、と横目でカムイの様子を窺う。彼は〈白夜叉〉のオーラで身体を覆い、リムの近くに立って周辺を警戒している。ちなみにモンスターが出現した場合、アストールが支援魔法で拘束してカレンが仕留める、というのが基本方針だ。なお、魔昌石はカレンのお小遣いということになっている。


 盗み見たカムイの横顔から、彼の内心をうかがい知ることはできなかった。これが例えばミラルダであったなら、その微妙な表情の変化から彼の内心を暴いてしまえたかもしれない。だが、人生経験も恋愛経験も乏しい呉羽には無理な話だった。


 今朝、目を覚ました彼女は、ベッドの中で小さく身体を伸ばしてから、もう一度丸くなる。二度寝をするつもりはなかったが、もう少し温かいベッドの中でぬくぬくしていたかったのだ。


 しかし次の瞬間、彼女は跳ね起きた。猛烈な勢いで頭が覚醒すると同時に、顔から血の気が引いていく。昨日の夜、自分がしでかしたことの全てを思いだしたのである。悲鳴を上げなかったのは、ほとんど奇跡と言っていい。


(わたしは……、なんてことを……!)


 呉羽は毛布を引っかぶりベッドの上で丸くなった。傍から見るとでっかいお饅頭のようだが、この時の彼女にそんなことを気にする余裕はない。猛烈な羞恥心に苛まれ、血の気が引いていた顔はいつの間にか真っ赤になっていた。


 酔った勢いでカムイに告白した上、キスまでしてしまった。なんという事をしてしまったのか。そういうことは綺麗な服を着てもっとロマンチックな雰囲気の中で、とそこまで考えて呉羽は「そうじゃないだろ!?」と自分で自分にツッコミを入れた。けれども告白の言葉それ自体は、ストンと彼女の心に収まった。


『そのときおもったんだ、「ああ、わたしはカムイが好きなんだな」って……』


 呉羽は顔を真っ赤にしたまま自分の言葉を思い出す。立て続けにキスしたときの唇の感覚まで甦ってきて、彼女は甲羅に篭るカメのように首と手足を引っ込める。そしてさらに丸くなった身体をプルプルと震わせた。


(言っちゃった……。やっちゃった……)


 彼女が抱えるのは後悔か諦念か、あるいは羞恥か。いずれにしてもここまで来ればもう、自分の気持ちを見て見ぬ振りはできなかった。


 ――――自分は、カムイのことが好きなのだ。


 胸中で改めて言葉にしてみても、嫌な感じは少しもしない。それどころかじんわりと温かいものが広がる。呉羽は知らず知らずのうちに小さく笑みを浮かべていた。けれども彼女が次に感じたのは、チクリと針で刺すかのような痛みだ。


 カムイには婚約者がいる。カレンだ。彼女は植物状態(意識はあったのだが)になったカムイを助けるためにこのデスゲームに参加した。聞けばケンカすら珍しい平和な場所で暮らしていたという。あの募集メッセージは命の危険を明確に伝えていた。それでも志願したのだから、想像を絶する覚悟だ。


 二人の強い絆を感じる。カムイにしてもカレンにしても、お互い一緒にいるときが一番自然な雰囲気だ。そもそも婚約者がいる相手に懸想するだなんて、褒められたことではない。こういうのは確か「泥棒猫」といったはずだ。


(泥棒はともかく、どうして猫なんだろう……?)


 そんなことを考えるのは間違いなく現実逃避のためだった。とはいえ逃げても現実は変わらない。そしていつまでもこうして毛布を被っているわけにもいかない。起床時間は迫っているのだ。


(どうしよう……。ほんと、どうしよう……)


 悩めど悩めど、答えは出ない。そして答えが出ないまま、呉羽はひとまず起きてリビングへと向かった。


 今思えば、これが悪かった。リビングにはなんと、カムイとカレンの二人が揃っていたのだ。しかも二人の雰囲気は明らかにギクシャクしている。ソレを見た瞬間呉羽の頭は真っ白になり、そして同時に直感した。このままでは二人の関係が壊れてしまう、と。それで気付いたらこんな事を言っていた。


『なあ、二人とも。気がついたらベッドで寝ていたんだが、わたしは昨日どうしたんだ?』


 昨夜のことを覚えていない風を装う。もちろん、ウソである。ウソだが、しかしそういうことにするしかなかった。バレやしないかと内心はバクバクだ。それでも取り澄ました顔は、なんとか二人から真実を隠してくれた。


 二人はあからさまにホッとした様子だった。キスや告白のことは隠して、昨夜のことを教えてくれる。だけどそれは自分の想いをなかったことにされたようで、呉羽は二人の話を聞くのが辛かった。


 そして今、こうしていつも通り瘴気の浄化作業をしている。三人の関係が壊れたり拗れたりすることはなかった。呉羽はひとまず、そのことに安堵している。後は自分がこの想いを押し殺して我慢すれば、すべて丸く収まるだろう。


(我慢……、できるかなぁ……)


 しかもこの先ずっと、だ。呉羽はちょっと泣きそうになった。それを隠すために、彼女はそっと上を向いた。見上げた空は黒く濁っている。なんだか一人ぼっちになってしまった気がして、呉羽は胸が締め付けられた。


 さて、十分に瘴気を浄化してポイントを稼ぐと、カムイたちは【HOME(ホーム)】に戻った。時間的にはちょうど昼食の頃合で、彼らはまず食事を取ることにする。ミラルダやキキがリビングに居てくれたおかげで、雰囲気はそう張り詰めたものにならずにすんだ。


 昼食を食べ終えると、カムイたちは早速リクエストを始めた。いちいちポイントのやり取りをするのも面倒くさいので、リクエストはカムイたち四人がそれぞれ行うことになった。リムはこれが初めてのリクエストになるからなのか、ちょっとそわそわしている。


 ただ、四人が同時にリクエストをするわけではない。むしろ一人ずつ行う。生成されるアイテムが最終的にどんなものになるのか、それを確認しながら行うためだ。トップバッターはリムに決まり、彼女は興奮した様子でそのページを開いた。


「そんじゃあ、まず最初にリクエストするのは……」


 アーキッドの指示に従い、リムはそれぞれの項目に必要事項を書き込んでいく。リクエストを申請すると、一部内容が修正されていた。それを見てアーキッドが苦笑する。次のような内容だったのだ。


 アイテム名【システム機能拡張パック4.1(掲示板機能)】

 説明文【掲示板に新たなスレッドを一つ追加する。このアイテムはプレイヤー一人につき一つだけ使用できる】


「プレイヤー一人につき一つまで、ってことは……」


「ああ。さらに別のスレッドを追加する場合はまた新たにリクエストしろ、ってことだな」


 なんともポイントのかかる仕様である。とはいえ、それだけ掲示板機能が便利、ということなのだろう。苦笑しつつも納得し、アーキッドはリムにアイテムの生成を頼んだ。その後、アイテムショップで確認してみると、値段は一つ10万Ptだった。「そこまで高くないな」と思ったカムイは、やっぱり金銭感覚が狂っているのかもしれない。


「さて、どんどん行くぞ。お次は……」


 次にアーキッドが指示したのは、コメント閲覧制限を緩和するためのアイテムだった。リクエストするのは呉羽。ただ、こちらにも一部修正が入り、以下のようになっていた。


 アイテム名【システム機能拡張パック4.01(掲示板機能)】

 説明文【4.0のスレッドで、新しい順にさらに50コメントを閲覧可能にする】


「4.0のスレッドが指定されるってことは、4.1の掲示板には使えないってことなんだろうな」


 アーキッドは説明文を見ながらそう呟いた。ということは、4.1のスレッドで閲覧制限を緩和するには、同じようにそれ用のアイテムをリクエストしなければならない、ということだ。リクエスト費用がさらにかさむわけで、カムイは思わず「うへぇ」と嘆息した。


 本当に運営側は掲示板を易々と使わせる気はないらしい。ルクトの顔を思い出し、カムイは心の中で悪態をついた。とはいえここで立ち止まるわけにはいかない。アイテムを生成し、アイテムショップで確認する。お値段は一つ5,000Ptだった。


 さらにこの後、カムイたちは立て続けに掲示板用のアイテムをリクエストしていく。最終的に生成されたのは、以下のようなアイテムだった。


 アイテム名【システム機能拡張パック4.02(掲示板機能)】

 説明文【4.0のスレッドで、古い順にさらに50コメントを閲覧可能にする】


 アイテム名【システム機能拡張パック4.11(掲示板機能)】

 説明文【4.1のスレッドで、新しい順にさらに50コメントを閲覧可能にする】


 アイテム名【システム機能拡張パック4.12(掲示板機能)】

 説明文【4.1のスレッドで、古い順にさらに50コメントを閲覧可能にする】


 アイテム名【システム機能拡張パック4.13(掲示板機能)】

 説明文【4.1のスレッドで、アルバムに保存されている写真を投稿できるようにする】


 アイテム名【システム機能拡張パック1.1(カメラ&アルバム機能)】

 説明文【この機能を有しているプレイヤー同士で、アルバムに収められている写真を交換できるようになる。】


 リクエストしたのは全部で七つ。これだけでもうカムイたちのポイントはスッカラカンだった。なにしろ先ほど稼いだ分だけでは足りず、カレンにも出資してもらったくらいである。


 ちなみに4.02から4.12までは4.01と同じく一つ5,000Ptで、4.13は35,000Pt、1.1は20,000Ptだった。一つ一つの値段はそう大したことはない。ただ、必要になるアイテムの数が多い。今回の七つにしても、これで万端と言うわけではないのだ。とはいえ、これ以上のものは必要になったプレイヤーが用意すればいいだろう。


 ただ、当初の予定より費用がかかってしまい、肝心のリクエストしたアイテムを買うポイントがなくなっていた。この哀れな結末に大笑いしたのはミラルダとキキで、購入費用は彼女たちが負担してくれた。


 必要なアイテムをそろえると、アーキッドは早速新しいスレッドを作り始めた。どうやら〈魔泉〉関係のスレッドにするらしく、カレンから関連の写真を交換してもらっている。〈魔泉〉の情報はゲームを攻略する上で重要になってくるので、それが載っている掲示板もその有用性が高く評価されるようになる、はずである。きっと、たぶん。


(いっぱい売れて早いトコ費用の回収ができますように……、って、あ……!)


 掲示板関連のアイテムが大ヒットすることを願うカムイだが、そこであることに気付く。実は、彼がリクエストしたのは【システム機能拡張パック1.1(カメラ&アルバム機能)】だけなのだ。つまり、掲示板に直接関係したアイテムではない。だから掲示板が大ウケしてもコレが売れるとは限らない。


(おおぅ……)


 カムイ、痛恨のミスであった。


今回はここまでです。

次からは新しい章になります。

お楽しみに。

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[一言] あああああ甘酸っぱい……咄嗟に忘れたフリをする呉羽の判断いいですね… カレンと呉羽2人とも大好きなので、どっちも幸せになってほしいです。 色んな視点で話が進んでいるからなのか、少年漫画と少女…
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