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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈ゲートキーパー〉

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幕間 勝利の美酒と心の箍

今年も宜しくお願いします。


「ま、いろいろあったが全員無事で何よりだ。乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 アーキッドが取った乾杯の音頭に、メンバーは笑顔を浮かべながらコップやグラスを掲げて応じる。楽しげで達成感に満ちた良い雰囲気で、並べられた食事も豪勢だ。今夜は〈ゲートキーパー〉の撃破を喜ぶ祝勝会である。


 心臓たる巨大魔昌石を引っこ抜いて〈ゲートキーパー〉を倒した後、カムイたちはしばらく臨戦態勢を維持し続けた。キュリアズたちも【祭儀術式目録】のストックを回復し終えて例の丘の上に戻って来ている。万が一〈ゲートキーパー〉がすぐに再出現した場合には祭儀術式で援護してもらい、カムイたちはすぐさま撤退する予定だった。


『出現、しません、ね……?』


『そう、みたい、だな』


 アストールとアーキッドがそんな会話を交わし、メンバーはようやく警戒を緩めた。ただし大型のモンスターは相変わらず頻繁に出現しているので、完全に油断してしまうことはない。


 それでも〈ゲートキーパー〉が現れないのはありがたい。適度に気を張りつつ、メンバーの回復や作戦中に倒したモンスターの魔昌石を回収したりすることにした。なお、ミラルダたち三人は例の丘の上で待機を継続している。


(〈魔泉〉は、やっぱり塞がってないか……)


 カムイが視線を向ける先では、〈魔泉〉が相変わらず大量の瘴気を吐き出し続けている。〈ゲートキーパー〉は倒したものの、奈落の門が閉じられることはなかったのだ。とはいえそれは予想されていたこと。ショックは少なかった。


『よ~し、そろそろ撤退するぞ』


 アーキッドが頃合を見計らってそう声をかけ、メンバーは撤退を開始した。向かうのはミラルダたちが待つ例の丘。そこで彼女たちと合流する予定だった。


 三人と合流した時、辺りはすっかり暗くなっていた。討伐作戦のためにここを出発したのは朝早くだったから、丸一日かかったことになる。つぎ込んだ資金、かかった時間、そしてなにより投入された戦力。今回の討伐作戦はこの全てにおいて、間違いなくこれまでで最大の激戦、まさに総力戦だった。


『そんじゃ、今夜はパァーッとやるか!』


 アーキッドの提案にメンバーは歓声を上げた。総力戦に勝利したのだから、当然の流れであろう。そしてすぐに祝勝会の準備が整えられた。乾杯が終わった後は各自それぞれ料理に手を伸ばす。皆、リラックスした様子だった。


「それにしても、アレは最高だったな」


 ウィスキーに丸い氷を浮かべたグラスを傾けながら、ロロイヤがそう言ってカムイに面白がるような視線を向けた。彼が言っているのは、要回収とされていた〈ゲートキーパー〉の巨大魔昌石を、カムイが誤ってポイントに変換してしまった、あの事件のことである。


 さも掴んだ勝利を象徴するかのように掲げられた巨大魔昌石が、しかしものの数秒でシャボン玉のエフェクトと一緒に消えてしまう。その構図というかタイミングの良さというか、まあとにかくそういうものがロロイヤのツボにはまったらしい。そしてどうやらそれは彼だけではないらしく、含み笑いをしているメンバーが多数いた。あのデリウスまで笑っているのだから、相当だ。


「勘弁してくれって」


 カムイは肩をすくめながらロロイヤにそう答えた。ただそう言いつつ、彼の顔にも笑みが浮かんでいる。責められているわけではない、と分かっているのだ。「巨大魔昌石ポイント誤変換事件」はすでに解決済みなのである。


 今回の作戦では、〈ゲートキーパー〉の放った炎のせいで、【HOME(ホーム)】が跡形もなく吹き飛ばされてしまっていた。【HOME(ホーム)】がなくても別に死にはしないが、しかしあった方が何かと便利なのは間違いない。そう例えば祝勝会を開いたりするのに。


 それでミラルダたちと合流してから相談した結果、メンバー全員の賛同を得て【HOME(ホーム)】の再建が決まった。巨大魔昌石から得たポイントはそのために使われることになり、こうして皆が恩恵を受けている。


 収まるところに収まった、と言うべきだろう。実際、仮に誤変換せずに確保できたとして、やはり【HOME(ホーム)】再建のために使われていたことはほぼ間違いない。【HOME(ホーム)】が吹き飛ばされた時点で、今回は戦利品を諦めざるを得なかったわけだ。


「それにしても、あの魔昌石は何ポイントになったのじゃ?」


 ご機嫌な様子で尻尾を揺らしながら、ミラルダがそう尋ねた。彼女はいつも通り露出の多い踊り子のような服を着ている。すでにアルコールが入っているらしく、その滑らかな肌は薄っすらと上気していて色気は三割増しだ。そんなミラルダから若干視線をそらしつつ、カムイはシステムメニューのログを開いて彼女に答えた。


「ええっと……、120,860,347Ptですね」


 カムイがその数字を口にすると、リビングに「おお~」とどよめきが起こった。まさに桁違いのポイントである。一つのログでここまで稼いだのは、間違いなく初めてだ。どれだけ効率よく瘴気を浄化しても、これほどまでには稼げない。


 ちなみに、討伐作戦中にカムイが瘴気を吸収することで稼いだポイントは1,753,698Pt。〈北の城砦〉攻略作戦の時は100万Ptを越えていなかったから、それを大きく上回ったことになる。


 巨大な半身像を構成し維持するためにそれだけエネルギーが必要だった、ということだ。魔昌石から得られたポイントと併せ、それだけ〈ゲートキーパー〉が桁外れの化け物だった証拠、と言えるだろう。


 ただ、この1億2000万Ptを持ってしても、吹き飛ばされた【HOME(ホーム)】を元の状態に戻すことはできなかった。豪邸並みだったものがちょっと大きな邸宅レベルへ2ランクダウンだ。


 以前はあった遊戯室も今回は見送っている。リビングもこの人数で使うには少々手狭だ。しかも時間制限無しで使うことを優先したため、メンバーの人数に対して部屋数が足りておらず、一部のメンバーは相部屋になっていた。


 相部屋になったのは、カムイとアストール、デリウスとフレク、ミラルダとリム、キュリアズとキキの四組である。人選は厳正公平なるクジで行われた。男性と女性からそれぞれ四名ずつが選ばれ、さらに同性同士でペアを作ったのだ。なお、このような方法が取られたのは、ミラルダが次のような発言をしたからだ。


『相部屋というのであれば、妾はアードと一緒でも良いぞ?』


『風紀上の問題でNGです!』


 顔を真っ赤にして、カレンはそう言い渡した。ミラルダとアーキッドがそういう仲なのは衆知の事実。しかも本人たちに隠す気がない。もはや今更な気もするが、一度容認すれば歯止めが利かなくなる、というのがカレンの主張だった。


 そんなこんなで相部屋とそのペアが決まったわけだが、できるだけ早く一人一部屋の状態に戻すことも同時に決まった。ミラルダが我慢できなくなることが懸念されて、というわけではないが、まあやっぱりプライベートな空間は欲しい、ということだ。なお、そのためのポイントを稼ぐのはもちろんカムイたち四人である。


 こうして【HOME(ホーム)】は再建されたものの、しかし取り戻せなかったものもある。つまり部屋で保管していた物品だ。アーキッドはアルコール類を何本か吹っ飛ばされたと苦笑していたし、ミラルダはお気に入りの畳が灰になってしまった。カレンも「下着が……」とやや呆然としていたが、最もダメージが大きかったのは間違いなくイスメルであろう。


『パキラ……、ドラセナ……、オリーブ……、ユズ……』


 討伐作戦終了後、瓦礫の山と化した【HOME(ホーム)】の跡地で、イスメルは虚ろな目をしながらブツブツと名前を呟いていた。重度のプラントロス状態だったわけだが、ここまでくるといっそもう不気味である。


(っていうか、観葉植物に名前付けてたのか……)


 そんなペットじゃあるまいし、とカムイは呆れていたのだが、後で普通に植物の名前だったことに気付き、口に出さないでよかったと心底思った。


 イスメルの落ち込んだ状態は、ミラルダたちと合流して【HOME(ホーム)】を再建してからも続いた。祝勝会の準備をしているときも、リビングの隅っこで膝を抱きながら落ち込んでいるものだから、鬱陶しくてしょうがない。カレンはそれを見てため息を吐くと、システムメニューを開きアイテムショップのページへと進んだ。


『もう、しょうがないですねぇ……』


 そう言ってカレンが買ったのは、やはりというかモンステラという観葉植物だった。ちなみにそのチョイスに深い意味はない。それでも効果は覿面だった。


『ほら師匠~、植物ですよ~』


『っ!!?』


 どんよりとしていたイスメルの顔が、一気に輝きそしてメロメロに崩れた。陰鬱としていた空気は吹き飛び、祝勝会らしい雰囲気に変わる。それを見て他のメンバーも苦笑を漏らした。


『保護者だな』


『止めて。シャレにならないから』


 一連の様子を見ていたカムイが感想を言うと、カレンは少々うんざりとした顔をしながらそう応えた。あのダメエルフのお守りを弟子に一任するのは本当にやめてくれないだろうか、とここ最近彼女はずっと思っているのだ。


 ちなみにイスメルがダメエルフじゃなくなるのは、もう期待しないことにしていた。付け加えるなら、モンステラはイスメルがお持ち帰りすることが決まっている。まあなにはともあれ、こうして勝利を祝う準備が全員整ったのだった。


 さて、カムイから景気のいい数字が披露されたからなのか、祝勝会のボルテージは一気に上がった。賑やかさを増すリビングの隅に、一人静かにグラスを傾ける男がいる。デリウスだ。彼が抱く勝利の感慨は人一倍だった。


(勝ったぞ……)


 テッドにケイレブ。そして死なせてしまった仲間たち。グラスを傾けながら、デリウスは彼らのことを一人一人思い出していた。思い出の味はまだ苦い。それでも今回〈ゲートキーパー〉を、それもメンバーを欠かすことなく倒したことで、デリウスはようやく彼らに顔向けできるようになった気がした。


 小さく、しかし満足げに笑い、デリウスはグラスを傾ける。しかしそのグラスはすでに空になっていた。お代わりを貰おうと腰を浮かせた彼の目の前に、赤ワインのボトルが差し出された。アストールである。


「もう一杯、いかがですか?」


「もらおう」


 そう言ってデリウスが差し出したグラスに、アストールは赤ワインを注いだ。それから同じく赤ワインが注がれたグラスを差し出す。デリウスは小さく笑うとそのグラスに自分のグラスを軽く触れさせた。


「勝利に」


「仲間と生還に」


 そう言葉を交わして乾杯すると、二人は同時にグラスを傾けた。デリウスは「ふう」と息を吐くと満足げな表情を浮かべる。そして半分ほど残った赤ワインをグラスの中で回しながら、その味についてこんなふうに評した。


「美味いな。香りは華やか。味は芳醇で厚みがある。それでいて、渋味は控えめで飲みやすい」


「ええ、いいワインです」


「高かったのではないか?」


「ええ。一本五万ほどですね」


 それを聞いてデリウスは感心したように「ほう」と呟いた。ワイン一本の値段としてはかなり高額だ。お酒は他にもいろいろと用意されているが、すべてこのランクなのだとしたらそれだけでかなりの出費である。


 かつてギルド〈騎士団〉の団長として財政難とも戦っていた彼としては、思うところがないわけでもない。「それだけあれば……」とつい考えてしまう。そんな彼の内心を察してか、アストールは穏やかにこう言葉を付け足した。


「特別で、おめでたい席ですから」


「まあ、そうだな」


 そう言ってデリウスも表情を緩めた。そしてグラスに残っていた赤ワインを飲み干す。やはり、美味い。こうなると他のお酒も気になるところだ。それで彼は次なる甘露を求めて腰を上げるのだった。


「……そういや少年。なんか土産話があるって言ってなかったか?」


 デリウスがお酒を取りに向かうと、少し離れたところでアーキッドらがカムイを囲んでいる。漏れ聞こえた話題に興味を持ち、デリウスはグラスを片手にそこへ混じった。アストールも同じように空いていたソファーに座っている。大人達の視線を集め少し居心地悪そうにしながら、カムイは問い掛けに頷いてからさらにこう言葉を続けた。


「えっと、実はGMに会ったんです」


「GM……! ゲームマスターに会ったのか!?」


「はい。……本人は『ジェネラル(G)・マスク(M)だ』って言ってましたけどね」


 カムイが苦笑しながらそう付け足すと、周りで聞いていたメンバーも「なんじゃそりゃ」という顔をする。ただ冗談であることはすぐに分かるので、みんな深くは考えずにスルーして、カムイに話の続きを促した。


「〈魔泉〉に落ちて、普通ならすぐ死ぬらしいんですけど、オレは生きてたので、『そのままにもしておけない』ってことで助けてもらったんです。それで〈オリジン・スフィア〉ってところに引き上げてもらって……、あ、そこはゲームの舞台裏だそうです。すごい自然が豊かで、綺麗なところでしたよ」


「自然が豊か!?」


 俄然、イスメルが喰い付いた。しかしこの際、重要なのはそこではない。それでカレンが「師匠、落ち着いてください」と言って彼女を宥めた。保護者っぷりが板についている。とはいえそれを言えば、彼女はきっと嫌な顔をするに違いない。


 まあそれはそれとして。イスメルが落ち着くと、今度はフレクが口を開いた。彼はかぶり付いていたフライドチキンを飲み込んでから、カムイにこう尋ねる。


「それで、そのGMというのはどんな人物だったのだ?」


「ルクト・オクスさんっていう人だったんですけど、見た目は普通の人間に見えましたよ。髪は銀髪で、見た目は二十代の前半くらいでしたけど、たぶん実年齢はミラルダさんとかイスメルさんに近いんじゃないかと思います」


「ほほう? カムイよ、それは暗に妾たちが年増じゃと言うておるのかえ?」


 ニヤリと剣呑な雰囲気を漂わせ、ミラルダがそう詰問する。色気とお酒のせいで、その雰囲気には逆らい難いものがある。そのせいでカムイが「うっ」と言葉を詰まらせると、アーキッドがため息を吐きながら割り込んだ。


「若いのに絡むなって、ミラルダ。……それで少年、GMのルクト・オクスから、いろいろ話を聞いてきたんだろう?」


「あ、はい。攻略のヒントになるかもしれない話ってことで、瘴気についていろいろと聞かせてもらいました」


「瘴気ですか。それは興味深いですね……! どんなお話を伺ってきたんですか?」


「まずは〈魔泉〉なんですけど、これは……」


 そう言ってカムイはルクトから聞いたことを思い出しながら話した。彼自身、理解の及んでいないところが多くあるので、なるべく自分の考えは交えず、ルクトから聞いた話をそのまま伝えるように努める。メンバーは手と口を止めて彼の話を真剣に聞いた。


「異世界の定義……。魔法の法則……。世界の外側……。くっくっくっく……。なんともまあ、これはこれは……。いやはや、参ったな、これは……」


 カムイの話を聞き終えると、ロロイヤはそう言って楽しげに笑った。「参った」と言いつつ、彼の様子はぜんぜん参った風ではない。アルコールが入っているからなのか、笑い方も少々狂気交じりである。自分がターゲットではないというのに、カムイは若干腰が引けてしまった。


「さてカムイ、聞きたいことが少々、いや山ほどあるのだが、いいか?」


 訂正。カムイがターゲットであった。ただ、ロロイヤに聞きたいことが山ほどあっても、カムイに話せることはもうない。ルクトから聞いたことは全て話した。それに彼自身分かっていないことの方が多いし、ルクトだって全てを話してくれたわけではない。そもそも彼が話してくれたのは「ヒントになるかもしれない話」であって、「ヒント」ではないのだ。つまり「これ以上は何もない」というのがカムイの言い分だった。


 ただ、それを言ったところでロロイヤが引き下がるわけもない。ぐいぐいと迫ってくる彼を前に、カムイは他のメンバーに助けを求めた。応じてくれたのは、苦笑を浮かべたアーキッドである。


「まあ爺さん。今回はそれくらいで勘弁してやったらどうだ。カムイも酒が入ってるし、話を聞くなら素面のときの方がいいだろ?」


「む、それもそうだな」


 そう言ってロロイヤは引き下がった。カムイも胸を撫で下ろすが、しかし問題が先送りされただけだと言うことに彼は気付いていない。アーキッドはもちろん、デリウスやアストールたちは気付いていたが、それを彼に指摘する大人はいなかった。みんな、情報が欲しいのである。


 さて、カムイの土産話が終わったところで、メンバーはまたわいわいと雑談を始めた。一方で一仕事を終えたカムイは食事を再開する。彼が用意された料理とお酒に舌鼓を打っていると、カレンと呉羽の二人が近づいてきてカムイの近くに座った。二人とも、手には白のスパークリングワインが入ったグラスを持っている。


「カムイ、改めておかえりなさい。無事に帰ってきてくれて、良かったわ」


「ああ。生きていてくれて、本当に良かった」


 そう言って二人はグラスを差し出した。カムイも自分のコップを手に取ると、そのグラスに軽く触れさせる。ちなみにコップの中身は飲みかけのレモンチューハイだ。二人が飲んでいる白のスパークリングワインが一本10万Ptなのに対し、こちらは一缶120Pt。後でスパークリングワインも飲もう、とカムイは思った。


「それにしても、あたし達が心配していた間に、カムイは優雅にお茶をしていたなんてね。思いもしなかったわ」


 乾杯してお酒を一口飲むと、カレンは悪戯っぽい口調でそう言った。それに対し、カムイは肩をすくめながらこう応じる。


「まあ、結果的にそうなったけど、別に意図したわけじゃないぞ?」


「分かっているわ。……ねぇ、ところでルクトさんとは他にどんな話をしたの?」


「そうだな……。奥さんの話を少し聞いたよ」


「へぇ……。結婚されていたのか……」


 話を聞いていた呉羽が、どこか感心した様子でそう呟いた。異世界を舞台にしたデスゲームのGMという、一見すれば遥か遠くに感じていた存在が、結婚という話題が出たことで一気に身近に思えるようになったのだ。


「奥さんはどんな方なんだろうなぁ……」


「料理が下手でいろいろ苦労した、みたいなことを言ってたよ。そういえば出してくれたクッキーも、ルクトさんの手作りだって言ってたな」


「ずいぶん家庭的なGMなのね。それにしても、料理かぁ……」


 最近してないなぁ、とカレンはぼやいた。【HOME(ホーム)】にはキッチンもあるので、料理をしようと思えばできる。ただ道具は揃っているのだが、食材や調味料は何もないので、料理をするにはまずそれらを揃えなければならない。


 それが金銭的な負担になる、というわけでは決してない。ただ料理なんてしなくても、アイテムショップで弁当などを購入すれば、食事はそれでまかなえてしまう。何より手間が掛からない。差し迫った理由もないので、結局は楽な方を選んでしまうのだ。


 そんなわけでこのデスゲームが始まって以来、カレンは一度も料理をしたことがなかった。とはいえ、そういうプレイヤーは少なくないだろう。むしろ一度でも料理を作ったことのあるプレイヤーの方が珍しいはずだ。


 そんなわけで料理をしなくたって別に悪いことは何もないのだが、カムイの話を聞いたカレンは妙な焦りを覚えていた。料理が結婚と結び付けられていたからだ。それと連鎖して、以前にミラルダと話した事柄が脳裏に甦る。「子作りがどうの」という話を思い出し、カレンは思わず顔を赤くした。


「カレン……? どうした、顔が赤いぞ?」


「な、なんでもないわ!? ちょ、ちょっと飲みすぎちゃったから、お水貰ってくるわね!」


 赤面したのをお酒のせいにして、カレンは逃げるように席を立った。するとカムイと呉羽も「おかわりを取りにいく」と言って同じように席を立つ。正直、カレンとしては一人にして欲しかったのだが、ここで何か言うのも変かと思い、結局三人で連れ立っていくことになった。


 料理を取りにいくと、そこにはちょうどルペがいて、ラザニアを取り分けている真っ最中だった。彼女の姿を見て、呉羽がちょっと申し訳なさそうな顔をする。そして彼女にこう声をかけた。


「ルペ。その、身体は大丈夫か?」


「ん、クレハ? うん、大丈夫、大丈夫。ポーションも飲んだしね」


「なんだ、ルペ。怪我でもしたのか?」


 事情を知らないカムイがそう尋ねると、ルペは「ちょっとね~」と言って苦笑を浮かべ、呉羽は居心地悪そうに視線をそらした。カレンから事情を聞くと、カムイは少し驚いたように「へえ」と呟く。


 もちろん呉羽の行動に驚いたわけだが、それが自分のためだったと思うと驚きよりもこそばゆさが先に立つ。それを悟られないよう、なんでもない風を装いながら、カムイはルペにこう言った。


「また呉羽が無茶したときは止めてやってくれ」


「うん、任せといて!」


 そう言ってルペは力強く請け負ってくれた。一方でその会話を聞いていた呉羽は、たちまち眉を跳ね上げる。そして不機嫌そうな顔をしながら、腕を組んでカムイをねめつけこう言った。


「わたしとしては、むしろお前に『無茶をするな!』と盛大に説教してやりたいところなんだがな?」


「でもそのおかげで、GMに会えたわけだし、貴重な情報も手に入ったんだろう?」


「む……、そう言われると……」


「いや、呉羽! 丸め込まれちゃダメだから!」


「あはははは~! まあともかくカムイが無事でよかったよ。カムイがいないと、天然温泉を見つけても入れないしね~」


「温泉のためかよ」


 カムイがそうツッコむと、ルペは悪びれもせず「もっちろん!」と答えて胸を張った。その様子に、三人は揃って笑い声を上げる。それからルペは料理を盛った皿を手にキキとリムのところへ向かい、カムイたち三人もそれぞれおかわりを取り分けてさっき居た場所へと戻った。ちなみに呉羽はロゼのスパークリングワインをボトルで確保している。まだまだ飲む気満々だった。


「それにしても料理かぁ……。二人は料理とかするのか?」


 スパークリングワインを手酌でグラスに注ぎながら、呉羽はカレンとカムイにそう尋ねた。カムイは苦笑すると、同じものをグラスに注いでもらい、それを一口飲んでからこう答えた。


「できないわけじゃないけど、まあ得意ではないな。食べる方が好きだ」


「あたしは、もとの世界ではそれなりに作ってたけど、コッチに来てからは全然作ってないなぁ。そういう呉羽は?」


「わたしは、出汁のとり方から魚のおろし方まで、一通り母に仕込まれたよ」


 こともなさげに呉羽はそう答えた。どうやら花嫁修業の一環だったらしい。ただ彼女もカレンと同じく、この世界に来てからは全く料理をしていない。それで「腕がさび付いてしまったかもしれない」と彼女は心配していた。


「もとの世界に帰る前に何とかしておかないと、怒られる……」


「それじゃあ、今度一緒に何か作る?」


 何を思い出しているのか、かすかに震える呉羽にカレンは苦笑しながらそう提案した。すると呉羽は「ぜひ!」と言って顔を輝かせた。そしてすぐに二人は「何を作ろうか?」と相談を始める。彼女たちは「アレもいい、コレもいい」と楽しげに献立について話し合った。カムイは口を挟まずグラスを傾けながら脇で聞いていたのだが、メニューの候補の中には彼の好物もあって、二人の手料理への期待は膨らんだ。


(手料理、か……)


 そこから連想して、カムイはふとルクトの言葉を思い出した。彼が「長く生きるってどんな感じですか?」と尋ねたときのことだ。あの時、先達たるルクトはこんなことを言っていた。


『仲間を、連れ合いを持つといい。孤独でさえなければ、案外何とかなるものさ』


 連れ合いというのは、つまり結婚相手という意味だろう。カムイはそう理解している。そして結婚相手と言われたとき、彼の脳裏にぼんやりと思い浮かぶのは、やはり目の前にいる二人の少女だった。


(……って、何考えてんだ、オレは!?)


 カムイはグラスの中身を飲み干すと、急いで頭を切り替えた。持ってきた料理を無心でむさぼり、顔と心臓を落ち着かせる。幸い、呉羽とカレンに気付かれた様子はない。ロゼのスパークリングワインを飲み干し、ボトルからおかわりを注ぐ。そこへ呉羽もグラスを差し出した。


「あ、カムイ。わたしにもくれ」


「あいよ」


 そう応えるカムイの様子は、少なくとも表面上はすっかりもとに戻っていた。お酒を飲み続ける二人を見て、こちらはすでにお茶にシフトしていたカレンが呆れた表情を浮かべた。


「二人とも、そんなに飲んで大丈夫?」


「大丈夫だ。一度ツブされたからな。自分の限界は分かってる」


「それはそれでどうなのよ?」


 カムイの返答を聞いて、カレンはますます呆れた顔をした。とはいえ、カムイが抑え気味に飲んでいたのは本当だ。自分が飲みすぎると気持ち悪くなる性質であることは、実体験を通じて知っている。すべてアーキッドのおかげ、いやせいだった。


「わたしも大丈夫だ。このくらいで酔っ払ったりはしないさ」


 呉羽も自信満々な様子でそう答える。確かに彼女は顔色も変わっていない。それでカレンも一旦は引き下がったのだが、少なくとも呉羽についてその言葉が全然信用ならなかったことはおよそ一時間後に判明した。


「お~い、呉羽~。大丈夫か~」


 カムイが呉羽の目の前で手を振る。彼女の顔色は相変わらず変わっていないのだが、目が“とろ~ん”としていた。目の前で振られた手にも反応しないし、完全に酔っ払っている。しかしそれでもまだ彼女はお酒を飲むのをやめない。


「だいじょうぶだ……。きまっているだろう……。ふふ、おいしい……」


 呂律もあやしくなってきている。その上、浮かべた笑みは淫靡というか少々背徳的で、カムイは思わずドキリとした。


「それにしても、ちょっとあついな……」


「呉羽っ、ちょっ、ダメ!」


 あついと言って服を脱ごうとした呉羽を、カレンが慌てて制止する。彼女は「コレはもうダメだ」と判断しカムイの方に視線を向けた。彼もそれに頷き、それから他のメンバーにこう声をかける。


「すみません。ちょっとコイツを寝かせてきます。……ほら、行くぞ、呉羽」


「なんだ、カムイ……、もうねるのか……? じゃあ、こもりうたを歌ってあげる。いもうとがいるんだ……。いつか歌って、あげたくて……」


 もう会話が成り立っていない。もっと早めに止めるべきだったと少々後悔しつつ、カムイは呉羽に肩を貸して立ち上がった。その反対側をカレンが支える。二人は呉羽を連れて階段を上った。そして彼女を部屋に連れて行くまでに、カムイはふとこんなことを呟いた。


「……それにしても、珍しいな。コイツがこんなに飲むなんて」


「カムイが無事に戻ってきたのが、それだけ嬉しかったことでしょ」


 カレンにそう言われ、カムイはこそばゆい思いをする。照れた様子を見せる彼に、カレンは少し拗ねたような口調でさらにこう言葉を続けた。


「あたしだって、同じくらい心配したし、嬉しかったのよ?」


 それを聞いてカムイは一瞬きょとんとした顔をし、それから少しくすぐったそうにしながら、顔を逸らして笑みを浮かべた。それでもその口元は嬉しそうに緩んでいる。それを見てカレンは照れたように頬を赤くした。


「な、なによう?」


「いや、ありがとな」


「……ふん」


 そうこうしているうちに、三人は呉羽の部屋の前までやってきた。とはいえ当の呉羽は完全な千鳥足状態。部屋に放り込んで終わり、というわけにもいなかい。それでカムイとカレンは部屋に入ると、彼女をベッドまで運んだ。


「そうだ、カレン。下にレモン水あったろ。ソレ、取ってきてくれ」


 呉羽をともかくベッドに寝かせると、カムイはカレンにそう頼んだ。頼まれたカレンが「分かった」と言って部屋を出て行く。それを見送りカムイが一息つくと、誰かが後ろから彼に抱きついた。言うまでもなく呉羽だ。


「ちょ……、おい……」


 バランスを崩しベッドに腰掛けてしまったカムイがそう声を出すが、しかし酔っ払った呉羽に気にした様子はない。それどころかまるで大きなネコのように、ますます身体を絡ませて密着させた。そのせいで彼女の柔らかい双丘の感触や、酔って火照った身体の熱が、ダイレクトにカムイへ伝わってくる。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐった。


「あったかい……。フワフワするぅ……」


 呉羽は抱きついてご満悦な様子だ。しかしカムイはそうも言っていられない。彼だってお酒が入っているのだ。暴走しないよう鍛え上げた理性でなんとかストッパーをかけつつ、彼はため息混じりにこう応じた。


「酔ってるんだよ」


「よってない」


「酔っ払いはみんなそう言う」


 カムイがそう言うと、呉羽は拗ねたように「むぅ」と言って唇を尖らせた。そして抱きつく腕にさらに力を込めて、彼のうなじに顔をうずめる。そのまましばらく沈黙が続いた。


「……おまえが落ちたとき、目の前がまっくらになった」


 不意に不満を訴えるかのような口調で、呉羽がそう話し始めた。


「体中がつめたくなって、胸がえぐられたみたいに痛かった。地面がくずれちゃったみたいで、『もうダメだ』って思った」


 その時のことを思い出したのか、呉羽の声はだんだんと涙ぐんでいった。彼女が経験したソレは、たぶん人が「絶望」と呼ぶ感情なのだろう。彼女はカムイの存在を確かめるかのように、さらにひしりと身体を密着させる。その様子は親に抱きつく幼子のようにも思えた。


「だけど、おまえが帰ってきてくれたとき、目の前がかがやいたんだ……」


 安心しきった温かい声で、呉羽はそう言葉を続けた。その一言だけで、彼女がカムイの帰還をどれほど喜んだのか、痛いほど伝わってくる。彼は胸に温かいものを感じ、そこをそっと撫でた。触れたのは呉羽の腕だ。ほそい腕だな、とカムイは思った。


 彼に触れられたことが嬉しかったのか、呉羽はくすぐったそうに笑った。そしてそのまま、ご機嫌な様子で小さく身体を前後に動かす。そのせいで二人の身体が擦れあった。


 もちろん二人とも服を着ているが、しかし厚着ではない。押し付けられた柔らかいモノが動くその魅惑的な感触が、熱いほどの体温が、カムイの背中へ怒涛の如く押し寄せる。むせ返るほどの甘い香りがして、酔ったように頭がクラクラとした。


 カムイが身体を固くしていると、勢い余ったのか二人はベッドへ倒れこんだ。呉羽は相変わらず彼の背中に抱きついている。ご満悦な様子で、「ふふふ」と笑った。そしてその調子で、彼女はさらに特大の爆弾を放り込む。


「『ただいま』って言ってもらって、胸のおくがあったかくなった。そのときおもったんだ、『ああ、わたしはカムイが好きなんだな』って……」


「っ!?」


 突然の告白に、カムイは頭が真っ白になった。異性からこれほど率直に想いを告げられたのはこれが初めてだ。ほとんど反射的に振り返ると、首に呉羽の手が絡まり彼女の顔が目の前に迫る。


「……っ」


「ん……」


 あっ、と思う間もあればこそ。呉羽はカムイの唇に自分のそれを重ねた。唇を押し付けるだけの拙いキス。けれどもだからこそ、そこに込められた彼女の想いはまるで鋭い剣のようにカムイに突き刺さり、そのまま彼の動きを封じてしまった。


 まるで時間が止まったかのように、二人は動かなかった。カムイは呆然として固まっていたし、呉羽はまだ想いを伝えたりないとでも言わんばかりに彼を放さない。けれども人の身で時間を止めることなど叶わぬもの。部屋の外で足音が近づいてくることにカムイは気付いた。カレンが戻ってきたのだ。


「カムイ、持ってき……!?」


 まずい、と思ったときには手遅れだった。水差しとコップを持ったカレンが部屋の中へ入ってくる。そして呉羽とカムイが口付けを交わしている、まさにその場面をばっちりと目撃してしまったのだった。


「…………っ! コレここに置いとくから!」


 早口にそう言うが早いか、カレンは勢いよく扉を閉めて部屋から出て行った。それを見てカムイは焦る。あれは絶対に誤解された。


「ちが……!」


「ちがうのか?」


 身体を起こしたカムイに、呉羽が少し寂しそうな声音でそう尋ねた。彼女はカムイの首に腕を回したままで、しなだれるようにして彼を下から上目使いに見上げている。その目は潤んでいて、今にも泣き出しそうに思えた。


 その目で、カムイはまた動きを封じられてしまう。呉羽は彼の首に回していた腕を解くと、今度は甘えるようにして彼の胸に頬を寄せた。その様子はまるで帰る場所を見つけた子猫のようだ。そしてそのままこう呟いた。


「わたしはほんきだぞ……? ほんきで、カムイのことが好きなんだ……」


 そう言われカムイは息を飲む。身構える彼の耳が次に捉えたのは、しかし安らかな寝息だった。視線を胸元へ落せば、案の定、呉羽はもう夢の中だ。カムイは大きくため息を吐き、体の力を抜いた。それから呉羽を起こさないようにしながら、そっと彼女の頭を枕の上に載せる。毛布をかけ、最後に明かりを消してから、カムイは呉羽の部屋を出た。そして部屋を出てすぐに頭を抱え込む。


(ヤバい……。どうする……? どう、すれば……?)


 告白、されてしまった。さらにはキスまで。甘く柔らかい呉羽の唇を思い出し、その生々しさにカムイはドギマギする。


 しかもそれを見られてしまった。よりにもよって、便宜上とはいえ許嫁であるカレンに。これは浮気になるのだろうか、いや相手は酔っ払いだし不可抗力だ、とカムイの脳は必死に言い訳をつむぐ。とはいえそれさえも現実逃避の一環だ。けれども目をそらし続けるわけにもいかない。


(もう……)


 もう、今まで通りではいられないかもしれない。そんな予感がした。


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