〈ゲートキーパー〉18
白い光の奔流と共に、カムイは空に投げ出された。なによりもまず最初に【Absorption】と〈白夜叉〉を発動し、瘴気から身体を守る。それから彼は周囲を見渡し、そして頬を引き攣らせた。
眼下に〈ゲートキーパー〉の姿が見える。ということは、少なくともあの巨体を超える高度にいるということ。このまま何もしないで地面に叩きつけられれば、まず間違いなく死ぬだろう。せっかく〈魔泉〉から生還したというのに、それは流石に勘弁してほしい。
カムイはすぐに開始した。ベルトにつけたストレージポーチに手を突っ込み、そこから〈魔法符:魔力回復用〉の束を引っ張り出す。使うことはないと思っていたのだが、「作りすぎました」と言ってアストールが半ば強引に持たせたものだ。カムイは【Absorption】を使い、そこから一気にエネルギーを吸収した。
「うぐっ……!」
多量のエネルギーを一気に吸収したことで、カムイは思わず息を詰まらせた。そんな彼の手から、空っぽになった〈魔法符:魔力回復用〉の束が細切れに千切れ、紙ふぶきとなって飛んでいく。それを見送りもせず、カムイは吸収したエネルギーを全て白夜叉へとまわした。そしてそれに形を与える。
作り上げるのは半身像、のなりそこない。そもそも人の形をしておらず、巨大な白い球体といった方が正しいだろう。だが今はそれでいい。欲しいのはクッションであり、細部のディティールに拘っている時間はないのだ。
地面が迫ってくる。正直に言えば超怖い。助けてくれたはずのルクトに、カムイは心の中で盛大に文句を言った。とまれそんなことをしていても、時間は止まってくれないし事態も好転しない。カムイは腹を括って地面を真っ直ぐに見据えた。
「今です!!」
突然、イスメルの声がした。カムイは反射的にその声に従い、まず白夜叉のオーラで作ったクッションを地面に叩きつける。そして次の瞬間、彼の身体はその白いクッションの真ん中へと落ちていった。
「ふごぉぉ!?」
いかにクッションに落ちたとはいえ、落下の衝撃は相当だ。全身が軋み、カムイは変な声で呻いた。ただ、死んでいたかもしれないと考えると、この程度ですんだのはむしろ僥倖と言えるだろう。
ただし、これで終わったわけではなかった。白夜叉のオーラで作ったクッションは、例えるならエアバックよりもトランポリンに近かったのだ。つまりクッションに落下したカムイは、その反動として今度は盛大に跳ね上がってしまったのである。
「のあ!?」
予想外の事態。さらに空中姿勢が最悪で、カムイの頭はますます混乱した。このままでは今度こそ地面に叩きつけられてしまうだろう。だがそうはならなかった。イスメルが空中で彼を捕まえたのである。
「おかえりなさい、カムイ」
「あ……、え、ただ、いま?」
イスメルの小脇に抱えられ、何だかよく状況が分かっていないカムイは、しかしそれでも帰還の挨拶をした。イスメルは一つ頷きを返すと、彼を地上に下ろす。位置は〈魔泉〉と【HOME】の間で、カムイがもといたのとほぼ同じ場所だ。そしてそれから彼女はまた空中に舞い戻り、〈ゲートキーパー〉の牽制を続けた。
ようやく地に足をつけてから、カムイは改めて〈魔泉〉と〈ゲートキーパー〉の様子を窺う。腕は六本、さらに〈魔泉〉から無数の腕が伸びている。もともと化け物じみた奴だったが、さらにその度合いが増していた。
けれども今はもう、それほど恐ろしくはなかった。〈ゲートキーパー〉が弱くなったわけではないし、カムイが強くなったわけでもない。肝が据わった、というべきか。〈魔泉〉に落ちてからの経験が彼の精神を成長させていた。
「カムイッ!」
そんな彼に、誰かが後ろから抱きついた。呉羽だ。彼女は魔力切れとショックが重なって気絶していたのだが、アストールが魔力を回復させたことで目を覚ましていた。本来ならベッドにでも寝かせておくのが一番いいのだろうが、戦闘中なので半ば強引にたたき起こした格好である。
ただ目を覚ました直後、彼女はひどい顔をしていた。カムイが死んでしまったと思っていたのだから、それも当然である。絶望し、抜け殻のようになっていた彼女であるが、〈魔泉〉から噴出す白い霧のような光を見て、その目に生気と力が戻った。
呉羽はすぐにでも飛び出そうとしたが、あの光が何なのかまだはっきりとは分からない。ルペが後ろから羽交い絞めにして何とか止めた。そしてカムイの後姿を認めると、彼女は制止を振り払って駆け出したのである。
「カムイッ……! ホントに、よく、生きて……!」
後ろから抱きついた呉羽が、カムイの首筋に顔をうずめて涙を流す。当のカムイは背中に硬いモノが当ってがっかりしたり、ちょっと首が絞まって苦しかったりしているのだが、それでも彼女が自分のために泣いてくれていることは分かる。それで彼女の腕にそっと触れると、安心させるようにこう言った。
「ただいま。土産話もあるぞ」
「っ!」
呉羽がさらにきつく抱きつく。そろそろ本当に苦しくなって、カムイは彼女の腕をタップした。ようやく彼女が腕を放すと、そこへ今度はカレンが寄ってくる。彼女はなんだか呆れたような表情を浮かべていた。
「なんだかまったくもう……。悲しむ前に帰って来るんだから。どんな顔をすればいいのか、分からないじゃない」
カレンがそう言うと、また感極まったのか呉羽が泣きだした。そして彼女はカムイとカレンをまとめて抱きしめる。二人はちょっと驚いた顔をしてから、目を見合わせて苦笑し、それから呉羽を宥めた。
三人が抱き合っているところへ、今度はアーキッドが近づいてくる。そして苦笑を浮かべながらこう言った。
「やれやれ、少年には驚かされてばかりだぜ」
「もっと驚かせるネタがあります」
「そいつは楽しみだ。だがまずは、これからどうするかを決めなきゃならん」
そう言ってアーキッドは真剣な顔をした。ちなみに他のメンバーは周辺で湧いてくるモンスターや、〈魔泉〉から伸びてくる腕に対処している。それで多少騒がしくなってはいるが、こうして相談するくらいの余裕はあった。
「やっぱり撤退ですか?」
まずそう尋ねたのはカレンだ。切り札だった祭儀術式はきかなかった。〈ゲートキーパー〉もパワーアップし、カムイに至っては死に掛けている。新たな情報と言う成果も得られたことだし、一度退いて態勢を整え、再戦するのであれば作戦を練り直す、というのが常識的な対応だろう。
アーキッドもそれを認め、「まあ、普通に考えればそうなるな」と答えた。だが彼の目にはまだ好戦的な光が残っていて、しかもその目をカムイの方へ向けている。カムイは苦笑しながらその視線に応じ、彼にこう尋ねた。
「じゃあ、普通に考えなければ?」
「少年の化身像だが、さっきは結構デカくなっていた。アレなら、〈ゲートキーパー〉の心臓もぶち抜けるんじゃないのか?」
〈ゲートキーパー〉の心臓、すなわち魔昌石を直接引っこ抜く。確かにそんな話が事前の作戦会議で出ていた。ただその時はほとんど冗談で、カムイ本人を含め誰も可能だとは思っていなかった。
だがここへきて状況が変わる。切り札であった祭儀術式が通じず、しかしその一方でカムイの半身像は〈ゲートキーパー〉と力比べが出来るくらい大きくできると分かった。ここに勝機を見出すのは、ある意味当然のことである。
ただアーキッドもここでその選択をすることが非常識に類することは弁えている。それでカムイが渋れば定石通り撤退するつもりでいた。だが舞台裏帰りで彼もテンションが上がっていたのだろう。カムイはこう答えた。
「じゃあ、やってみます」
それを聞いてアーキッドは満面の、それでいて獰猛な笑みを浮かべた。なるほど、確かに撤退は常識的である。だがそもそも〈ゲートキーパー〉は化け物で、非常識の塊なのだ。常識的に戦っているだけでは、たぶん永遠に勝てない。勝つためにはどこかでリスクを負う必要がある。
そのことにアーキッドは薄々勘付いていたし、カムイも本能に近い部分でそれを受け入れていた。二人だけではない。メンバー全員が何かしらを感じ取っていたのである。それで反対意見は出なかった。比較的慎重派なデリウスやアストールでさえ、話は聞こえていたであろうに、何も言わなかったのである。
こうして〈ゲートキーパー〉討伐作戦の続行が決まった。方針は単純明快。カムイの半身像が〈ゲートキーパー〉に対抗できるくらい大きくなるまで時間を稼ぎ、そして一気に心臓すなわち魔昌石をぶち抜くのだ。
その方針に合わせ、メンバーはそれぞれ行動を開始した。カムイは【Absorption】と〈オドの実〉を最大出力で駆動させ、背中の〈エクシード〉を駆使しながら地中へ白夜叉のオーラを木の根のように広げていく。また引っこ抜かれてはかなわないので、より深く、より入念に。
イスメルは相変わらず〈ゲートキーパー〉の周辺を飛び回り牽制に努めている。〈魔泉〉から伸びる無数の腕も鎧袖一触に切り伏せていくが、またすぐに生えだしてくるし、なによりも数が多い。彼女一人で全てをカバーするのはさすがに無理だった。
それでカムイの周囲では、彼がオーラの操作に集中できるよう、他のメンバーが防衛線をしいている。〈魔泉〉から伸びてくる多数の腕を振り払っているのは、デリウスと呉羽とリムだ。
三人とも出し惜しみなしの全力でそれらの腕を防いでいる。特にリムの〈セイクリッドバスター〉の効果は抜群で、薙ぎ払うようにしてそれを放てば多数の腕を一時的にではあるが一掃できた。
ただ〈セイクリッドバスター〉には多量の魔力とタメが必要なので、連発はできない。それでその分の穴埋めはデリウスと呉羽がした。デリウスは【ARCSABER】を高出力で使い、巨大な青白い刃を持って多数の腕をまとめて切り払う。呉羽は紫電を引き連れて縦横無尽に駆け回り、腕を切り裂きそして焼き払った。
腕が一方向からしか伸びてこないのが、彼らにとって幸いした。正面から迎え撃つことは難しくないし、スイッチするさいにも退く方向が決まっているのは楽だ。ただ、三人にしてみれば全力で消耗戦を戦っているようなもの。魔力の消費量は桁外れだった。
それを支えたのは、事前に用意された大量の〈魔法符:魔力回復用〉とアストールだった。ただ、大量にあるとはいえ〈魔法符:魔力回復用〉は消耗品。使い続ければいずれなくなる。それでアストールも回復要員として三人を支えたのだ。
彼はまず、〈北の城砦〉攻略戦で使った〈聖銀糸〉を一束取り出し、それを使ってカムイと自分を繋ぎ魔力を通した上で〈ユニゾン〉を使用。これによって二人の魔力はいわば直結された。そしてカムイが吸収する無尽蔵のエネルギーを背景に、〈トランスファー〉で三人の魔力を順次回復させることで、アストールは戦線を後方から支えた。
他のメンバー、つまりフレクとロロイヤとカレンとルペは近づいてくるモンスターを始末している。空はルペが担当し、他の三人が地上をカバーする。アーキッドも必要に応じて戦っているが、彼の仕事は別働隊と連絡を取りつつ全体の指揮を執ることだ。そしてその彼が声を上げる。
「イスメル! デカイのを使うぞ!」
彼の言う「デカイの」とは、つまり祭儀術式のことだ。決戦用の戦略術式をただ時間稼ぎのためだけに使うのだから、贅沢な話である。しかし化け物たる〈ゲートキーパー〉の動きを封じ込むには、確かにそれくらいは必要だった。
まず放たれたのは【ボルテック・ゾア】。強力無比なその一撃が、〈ゲートキーパー〉の胸元を目掛けて放たれた。その攻撃に、まず〈魔泉〉から生えた無数の腕が反応する。まるで盾のように立ち塞がり、その威力を減衰させたのだ。
さらに〈ゲートキーパー〉本体の防御も間に合った。六本の腕を胸元で交差させ、〈ゲートキーパー〉は【ボルテック・ゾア】の一撃に耐える。最終的にその防御を抜いて身体に当てることは当てたのだが、しかし最初のときのように貫通させることはできなかった。
それが本能的なものなのか、それとも学習による対策なのかはわからない。できれば前者であって欲しい、というのがキュリアズの願いだった。とはいえ、それを祈っている時間はない。彼女は立て続けに次の祭儀術式を発動させる。【天賛雷歌】だ。
蒼き雷が〈ゲートキーパー〉を焼く。ただ、周囲の腕はともかく、本体をこれで仕留めることは無理だ。もっとも、今は時間稼ぎが目的なので仕留める必要はないのだが。要するにすぐさま次が必要になる、ということである。
イスメルは〈ゲートキーパー〉の周囲から退避している。巻き添えを心配する必要はない。それでキュリアズは次の祭儀術式として【スターダストシューター】をすぐさま発動させた。
無数の魔力弾がガトリング砲のように放たれる。その様子を見ていたキュリアズはふとある事に気がついた。【天賛雷歌】の蒼雷がまだ降りそそいでいる。そこへ【スターダストシューター】を放ったものだから、いわば祭儀術式が二重に発動された格好だ。単純だが、「こんなことが出来たのか」とキュリアズは目から鱗が落ちる気分だった。
立て続けに行使される祭儀術式は、本来ならば〈ゲートキーパー〉を撃破しうると期待されていたものだ。結果として撃破はできなかったわけだが、その威力が桁外れであることに変わりはない。少なくとも使っているその間は、〈ゲートキーパー〉を黙らせることができた。
「ギィィィィイイイイイ!!」
蒼雷と無数の魔力弾の暴威に曝され、〈ゲートキーパー〉が絶叫を上げた。しかし未だに健在であり、六本の腕を伸ばして己を誇示する。そしてその口元に炎を蓄えた。不吉な赤い目が見据えるのは西。つまりキュリアズたちがいる方角だ。
しかしそこへイスメルが割り込む。彼女は〈魔泉〉から距離を取るのではなく、上空へと退避していたのだ。そして足下で力の高まりを感知するや、直ちに垂直降下して〈伸閃〉の斬撃をくれてやる。炎は暴発し、〈ゲートキーパー〉の顔を焼いた。
そこへ、さらに次の祭儀術式が撃ち込まれる。今度は【メテオ・ドライバー】だ。先ほど使ったときは迎撃されてしまったが、今度はタイミング的に例の炎は間に合わない。〈ゲートキーパー〉は顔の回復の最中、六本の腕を伸ばして受け止めようとするが、その程度で止められる魔法ではない。魔力で構成された真っ赤な隕石はそのまま直撃し、〈ゲートキーパー〉の肩から上を吹き飛ばした。
それを見て、しかし誰も「やったか!?」などとは叫ばない。この程度で倒しきれていないことは明白だからだ。だがそれでも、頭部を丸ごと失ったことで、〈ゲートキーパー〉の動きが止まる。その隙にキュリアズはさらにもう一つ、祭儀術式を発動させた。【ラプラスの棺】である。
この術式も先ほど無残に破られている。しかし破るまでには時間がかかる。頭部の回復にかかる時間とあわせれば、一分程度だろうか。祭儀術式を駆使してその程度しか時間を稼げないのは、キュリアズにとっても忸怩たる思いだ。ただこの場合、この一分はダイアモンドよりも貴重な一分だった。
「おおおおおおお!」
カムイが雄叫びを上げる。仲間が稼いでくれた時間を使い、彼は十分にオーラの根を地中に張り巡らせていた。そしてその根を使い、彼は一気にエネルギーを吸い上げる。膨大なエネルギーの奔流に意識を流されそうになるが、しかしそこは気合で踏みとどまる。エネルギーは白夜叉のオーラへと変換され、ついに巨大な半身像が現れた。
ただ、まだサイズが足りない。そこでカムイは作り上げた半身像を、溢れかえってくる黒い腕の群れへ突っ込ませた。もみくちゃにされるが、むしろそれが狙いだ。腕を捕まえ、〈魔泉〉から直接瘴気を吸い上げる。
腕の方も黙ってはいない。よって集って引っ掴み、また引っこ抜こうとしている。だがカムイとしても同じ轍を踏むつもりはなかった。入念に張り伸ばしたオーラの根は、がっちりと大地を掴んで揺るがない。
加えて今度は周りに仲間がいる。〈魔泉〉から伸びる腕がカムイの半身像に集中したことで、呉羽とデリウスの負担は軽くなっていた。より自由に動けるようになった二人は前に出て、半身像に群がる腕を切り捨てることでカムイを援護する。どうせまた伸びてくるが、こうすることで圧力が緩和されるのだ。ちなみにリムは、腕がカムイ本人を狙ったときのために、アストールと一緒に後ろで待機している。
仲間の援護にも助けられ、半身像は徐々にそして確実に大きくなっていった。しかし〈ゲートキーパー〉にとっては、目障りなことこの上ない。その上この半身像は、一度は始末したはずなのだ。それが再び目の前に現れ、しかも少しずつ強大になっていくその様子が、面白いはずがない。
「ギギギィィィィイイイイイ!」
苛立たしげに耳障りな声を上げながら、〈ゲートキーパー〉は六本の腕を伸ばして半身像につかみかかった。先ほど引っこ抜いたサイズよりはまだ小さいが、このまま放置すればさらに大きくなることは目に見えている。早目に始末する、ということなのだろう。悪くない選択だ。
しかしそれは同時に、イスメルを自由にするという意味でもある。彼女はすぐさま【ペルセス】を駆けさせて〈ゲートキーパー〉に肉薄し、するどく剣を一閃させて〈伸閃〉を放つ。そしてその一撃で右側の三本の腕を斬りおとした。
さらにイスメルは【ペルセス】を操って位置を変え、やはり一振りで左側の三本の腕も斬りおとす。これでは半身像を引っこ抜くどころの話ではない。〈ゲートキーパー〉は忌々しげに吼え声をあげた。
再生した六本の腕で、〈ゲートキーパー〉はイスメルを追い回す。それでも彼女は一向に捕まらない。業を煮やしたのか〈ゲートキーパー〉が炎を放つ。だがそこはイスメルに誘導された場所。射線上には彼女以外誰もおらず、そして彼女もまたひらりとその熱線をかわした。
そこへさらにもう一発、祭儀術式が放たれた。【ゴッドブレス】だ。凄まじい威力を持つダウンバーストが、〈ゲートキーパー〉の頭上へ無慈悲に噴き落とされる。炎を放つ真っ只中だった〈ゲートキーパー〉は防御することができず、その一撃をまともに喰らって強制的に頭を押さえつけられた。
「ギィィィィイイイイイ!!」
〈ゲートキーパー〉が絶叫する。頭を押さえつけられているせいなのか、そのこえはいつもよりくぐもって聞こえた。
【ゴッドブレス】が終息しても、〈ゲートキーパー〉は頭を垂れたままだった。まさかあの一撃で倒せたわけではないはず。その姿にカムイは不吉なものを覚えた。そしてその直感は的中する。
「ギギギギギィィィィィィイイイイイイ!!」
身体を折り曲げて頭を抱え込んだまま、〈ゲートキーパー〉は大きな雄叫びを上げた。その瞬間、丸まって空へ向けられていた〈ゲートキーパー〉の背中から、一対の巨大な翼が現れた。瘴気でできた、禍々しい翼である。
「気をつけろ! 仕掛けてくるぞ!」
アーキッドが注意の声を上げる。それとほぼ同時に、〈ゲートキーパー〉の翼から無数の羽根が全方向へ放たれた。
「っ!」
息を飲んだのは誰だったのか。あるいは全員だったのかもしれない。少なくとも無関係でいられたメンバーは一人もいなかった。
放たれた羽根は、柔らかい羽毛ではない。その一枚一枚が剃刀のようにするどい刃だった。もちろんそのことはメンバーの誰もが知らなかった。けれども〈ゲートキーパー〉から放たれるモノだ。有害かつ危険であることは間違いない。
アーキッドの警告のおかげもあって、メンバーはそれぞれ羽根に対処することができた。イスメルは【ペルセス】の守護障壁でこれを防いだ。呉羽は身に纏った紫電で逆に羽を焼き尽くしていた。
デリウスは盾で羽根を防いだのだが、その瞬間を〈魔泉〉から伸びる腕に狙われた。立て続けに殴りつけられ、彼はたまらず【ARCSABER】を発動させてそれらを防いだ。ただ高出力で発動させたために魔力の消費が大きく、一旦退いて回復してもらわねばならなかった。
カムイと半身像にとって、この羽根は脅威にはならなかった。むしろ「エサが飛んでくる」くらいの感覚である。それで特に反応はせず、黒い腕を通じて〈魔泉〉から瘴気を吸い上げることに集中していた。
アーキッドは【HOME】の領域内にいたので無事だった。そこは瘴気の侵入が禁止されているからだ。飛んできた羽根は全て領域の境界に触れたところで弾け、そのまま瘴気へ還ったという。内側から見たその光景は、なかなかの絶景であったという。
リムは〈セイクリッドバスター〉で無数の羽根を迎撃した。繰り返すが羽根は瘴気でできている。〈セイクリッドバスター〉の効果は抜群だった。ただすぐに息切れしてしまうのが難点だ。そこでアストールが魔力を融通し、二人はこの攻撃を無傷で乗り切った。
ルペは風を纏って羽根を弾き、ロロイヤは咄嗟に防御障壁を展開してこれを防いだ。一番危なかったのは防御手段に乏しいカレンだったのだが、幸いなことにフレクが近くにいた。彼はダークレッドの覇気を全開にして羽根を防いだのだが、カレンはその影に隠れることで事なきを得たのだ。
〈ゲートキーパー〉が放った羽根は、なんとミラルダたちがいる丘にまで届いていた。防御用の祭儀術式と言えば【アースガルド】があるが、しかし初見だったこともあり発動が間に合わない。
そこで〈獣化〉していたミラルダが、その巨体をそのまま盾にしてキュリアズとキキを庇った。狐火も併用したのだが、咄嗟のことだったのであくまでも補助的なものに留まり、彼女は全身に傷を負った。ただ幸いにして深い傷はなく、ミラルダは【上級ポーション】を飲み干してその傷を癒した。
羽根を防いだ後、ミラルダら三人はすぐに丘を降りた。第二波を警戒したというのもあるが、それ以上に度重なる祭儀術式の行使のせいで、ミラルダの魔力のストックがほとんど尽きかけていたのだ。
魔力の回復手段は、あるにはある。作戦前に手渡された大量の〈魔法符:魔力回復用〉だ。ただどうしても時間がいるし、【祭儀術式目録】のストックを回復させるのにも手間がかかる。それで一回戦線を離脱したというわけだ。
その辺の事柄をキキからメッセージで報告してもらうと、アーキッドは一つ頷いた。そして「回復を優先してくれ」と返信を送る。メニュー画面を消すと、彼は顔を上げた。その視線の先にいるのは、同じく顔を上げた〈ゲートキーパー〉。六本の腕を持ち、背中に一対の翼をはやした化け物である。
「第四形態、ってところか……」
改めて見上げると、翼を持っているからなのか、その姿はまるで天使のようにも見えた。ただし全身は真っ黒で、煌々と輝く赤い目はどこまでも不吉である。さらに言えば腕を六本も持つ異形であり、「天使と言うよりは破壊の使徒って感じだな」とアーキッドは一人苦い口調で呟いた。
さてその〈ゲートキーパー〉第四形態であるが、例によってイスメルが牽制を行っていた。相変わらず一方的な展開で、彼女は〈ゲートキーパー〉の腕や翼を思いのままに切り刻んでいく。
しかしそれでもイスメルの表情は厳しい。状況は苦しいと言わざるを得なかった。理由は翼から放たれる羽根の刃だ。羽根一枚一枚の威力は大したことはないが、しかし数が多くまた放たれる範囲が広い。回避が難しく、防ぐためには【ペルセス】の守護障壁に頼らなければならなかった。
当然その分、魔力の消費量が増えることになる。その上、〈ゲートキーパー〉の回復能力は健在だ。どれだけダメージを負わせてもすぐに回復されてしまう。もともとジリ貧だったが、それが加速してしまった格好だ。
ともかく、状況はまた悪化したことになる。さらに言えば第五形態、第六形態と進化していく可能性もあり、つまりさらなる状況の悪化についても考慮に入れなければならない。はっきり言って頭が痛くなる状況だ。最初の祭儀術式でしとめられなかったことがつくづく惜しい。ともあれ嘆いてばかりもいられない。それでアーキッドはカムイにこう尋ねた。
「少年、どうする?」
「ここまできて退けませんよ!」
少々乱暴な口調で、カムイはそう答えた。彼はまだ戦意を失っていない。そのことに頼もしさを覚え、アーキッドはニヤリと笑みを浮かべた。
「そうか。なら、やれ!」
「了、解、です!」
カムイの返事に合わせて、半身像の体躯がさらに大きくなる。そして群がる黒い腕を引き千切りながら身体を起こして〈ゲートキーパー〉と相対した。両者を見比べてみると、〈ゲートキーパー〉の方がまだ若干体格がいい。それでも十分に脅威足り得るのだろう。〈ゲートキーパー〉は不機嫌そうな声を上げながら六本の腕を伸ばした。
六本の腕でつかみかかられても、カムイが引っこ抜かれることはなかった。警戒し、厳重に根を張り広げていたからだ。加えて周りのメンバーもそれを警戒している。それで頻繁に腕への攻撃がされた。もちろんすぐに再生されてしまうのだが、瞬間的にでも圧力が緩和されれば十分なのだ。
「ぐ、ぐぐぅ……!」
カムイが唸る。仲間の援護もあり、〈ゲートキーパー〉との力比べはひとまず拮抗している。だが拮抗しているだけではいずれ擦り潰されてしまう。それに拮抗しているということは、つまり動きを封じられているということでもある。
このままでは最大の目的である〈ゲートキーパー〉の心臓をぶち抜くことができない。それをするためには、ここからもう少し状況を好転させなければならなかった。アーキッドはそのためのカードを切る。
「リム、アストール、前に出て〈魔泉〉から伸びる腕を薙ぎ払え! フレク、カレン、ロロイヤ、二人の援護だ! 少年の護衛は俺がやる! ルペ、上は任せたぞ!」
名前を呼ばれた六人はすぐさまその指示に従った。その動きで、いわば戦線が押し上げられ、カムイと半身像にかかる負担は減る。ただそのせいで後方にいるカムイとアーキッドはほとんど孤立したような形になった。
場所を問わずに出現するモンスターが、二人に襲い掛かる。その排除は自らそう言ったとおりアーキッドが担った。ただ、ユニークスキルの関係で彼の戦闘能力は決して高くない。少々無茶をしながらの戦闘になった。「ポーションの飲みすぎで腹がたぷたぷになった」とは、後で聞いた話である。
そんなアーキッドの奮戦もあって、カムイは半身像の維持と操作に集中することができた。そして〈魔泉〉から伸びる腕を、リムが〈セイクリッドバスター〉で薙ぎ払ったその好機を逃さずに、デリウスが【ARCSABER】を高出力で発動する。放たれた巨大な青白い刃が、〈ゲートキーパー〉の右側の腕三本をまとめて斬り捨てた。
その好機を、カムイも見逃さない。彼は自由になった半身像の左腕を伸ばし、“グローブ”のその鋭い爪を〈ゲートキーパー〉の胴体に突き立てる。ついに奴の本体へと手が届いたのだ。その瞬間、彼は会心の笑みを浮かべた。
「どうだぁあ!?」
「ギギィィィィィイイイイイ!?」
身体をのけぞらせるようにして、〈ゲートキーパー〉が絶叫する。まさか痛みを感じているわけではないだろうが、しかしこれまでにイスメルが散々切り刻んだ時とはまた違う反応である。
半身像が突き立てた爪は、ただ物理的なダメージを負わせているだけではない。そこから〈ゲートキーパー〉を構成する瘴気を奪っているのだ。加えて、大きく反応したことからも分かるように、その量は増えている。カムイは頭の血管がブチ切れそうなくらい集中して、増加したエネルギーの制御をしていた。
しかしだからと言って、〈ゲートキーパー〉は小揺るぎもしない。〈魔泉〉から噴出す瘴気のほうが多いのだ。この無尽蔵の瘴気がある限り、〈ゲートキーパー〉が息切れすることはないのである。
実際、デリウスが斬り捨てた三本の腕もすぐさま回復した。そして胴体に突き刺さった半身像の爪を排除しようとして、その腕を掴んで力をこめてくる。カムイも対抗するが、しかし徐々に引き抜かれていく。ダメかと思われた瞬間、援護が入った。ルペだ。
「そっ、こぉぉぉおお!」
彼女が放った【太陽の矢】は〈ゲートキーパー〉の左側の腕の付け根に突き刺さり、大きく爆発して三本の腕をまとめて根元から引き千切った。加わっていた力が消え、半ば抜けかかっていた爪が再び、そしてより深く突き刺さる。半身像の“グローブ”のほとんど手首の辺りまで突き刺さったのだ。
「ギギィィィィィイイイイイ!?」
〈ゲートキーパー〉が再び絶叫する。大きく開けられたその口元には炎が見えた。そしてこれまでよりも短いタメで熱線が放たれる。タメが無かったために、イスメルをはじめだれも妨害することができなかったのだ。
ただ拙速であったために、照準が甘かった。放たれた炎は半身像の首元を貫いたが、しかしそれを操るカムイにはかすりもしない。そして半身像のダメージもすぐに回復する。〈ゲートキーパー〉の十八番を奪うような回復能力である。
このようにメンバーへの人的な被害や戦力への影響はなかったわけであるが、しかしこの炎はとんでもないものを吹き飛ばしていた。後方に鎮座していた【HOME】である。その領域は瘴気の侵入を完全に阻むが、しかしこの熱線は瘴気ではない。さらに【HOME】は豪奢な屋敷であって堅牢な要塞ではない。結果、一撃でほぼ完全に吹き飛ばされた。
「な、なぁぬんぁああぁぁ、あああああああ!!?」
それを見てこの世の終わりが来たかのようにショックを受けた者が約一名。アーキッドではない。彼は【HOME】を囮にすると決めた時点である程度覚悟を決めていた。それでショックは受けたものの、呆然とすることはなかった。
打ちのめされていたのは、イスメルである。【HOME】には彼女が可愛がっていた観葉植物があったのだが、それもまたまとめて吹き飛ばされてしまったのだ。心の癒しを失った彼女は自失としてふらりとよろめき、しかし次の瞬間壮絶な怒りをその身に宿した。
「絶対に、許しません……!!」
イスメルは血涙を流す。押しつぶし、その上で切り裂くよう殺気が、手加減も斟酌もなく放たれ、カムイたちを震え上がらせる。〈ゲートキーパー〉でさえ後ずさったかに見えた。そして彼女はこれまでに一度も使ったことのない切り札を解放する。
「【聖獣憑依】!」
その瞬間、イスメルが跨る天馬【ペルセス】が大きく嘶きながら光を放った。否、【ペルセス】自身が光となったのだ。イスメルはその光に包まれる。光はやがて形を取って純白の甲冑となり、それを纏うイスメルはまるで戦女神のようにさえ見えた。
これが彼女の切り札。ユニークスキル【ペルセス】の力をオーバードライブさせ、その上で完全に我が物とする、その名も【聖獣憑依】。十分しか持たない上に、使用後は七二時間ユニークスキルが使えなくなるが、しかしその力は絶大だった。
イスメルの姿が掻き消える。その瞬間、〈ゲートキーパー〉の周囲に斬線が走り、〈魔泉〉から生じるもの全てを切り裂いた。〈ゲートキーパー〉の翼や腕、〈魔泉〉から伸びる無数の腕も、すべてが切り刻まれていく。もちろんすぐに再生していくのだが、しかしその再生が追いついていない。今のイスメルは飛び回る斬撃そのものだった。
イスメルの猛攻のおかげで、他のメンバーには多少の余裕ができた。その間隙を利用して呉羽はアストールのところへ向かった。そして彼にこう頼む。
「トールさん、用意してもらいたいものがあります!」
呉羽の頼みにアストールはすぐさま頷いた。彼がブツを用意している間に、呉羽は〈魔法符:魔力回復用〉を使って魔力を回復する。これで手持ちを全て使い切ってしまったが構わない。どの道、これが最後の好機だ。
(イスメルさんが息切れしてしまう前に決着を付ける!)
呉羽はそう心に決めていた。彼女はイスメルの【聖獣憑依】について何も知らない。話に聞いたことはなかったし、見るのもこれが初めてだ。しかしアレが何かしらのブースト効果であることは予想がつく。そういうシロモノには時間制限が付きモノだ。
そして限界が来れば、恐らくイスメルはこれまで通りには戦えない。彼女が抜けた状態で戦線を維持するのは無理だ。となれば撤退の一択である。よって〈ゲートキーパー〉を倒すなら、その前にやらねばならないのだ。
「できましたよ、クレハさん」
「ありがとうございます」
アストールからブツを受け取り、呉羽は駆け出した。向かうのは〈魔泉〉。視線の先にいるのは〈ゲートキーパー〉、ではなくカムイが操る半身像だ。
半身像と〈ゲートキーパー〉のもみ合いは、前者に優位な形になっていた。ただ、後者もさるものでなかなか押し切れない。なので呉羽はその最後の一押しをするつもりだった。そのためのカードは、すでに彼女の手の中にある。
タンッ、と軽やかに呉羽は地面を蹴って空中へ踊り出した。〈魔泉〉から噴き上げる上昇気流に上手く乗り、彼女は風の上を滑るようにして進む。彼女が着地したのはなんと半身像の頭の上だった。
後ろでカムイが何か叫んでいるが、呉羽の位置からでは良く聞こえない。「そういえばアイツに何も説明していなかったな」と思いつつ、「それでもきっと合わせてくれるだろう」と彼女は楽観していた。彼と出会ってもう一年半以上。このゲーム中に限れば、一緒に過ごした時間は誰よりも長い。
呉羽は半身像の頭の上で片膝を付くと、愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を水平に構えた。そして左手を足もと、つまり半身像の頭上に置く。その手の下にはアストールに頼んで用意してもらったブツ、〈魔法符:ユニゾン〉があった。そして彼女はそこに込められた魔法を発動させる。
「っ!」
グンッと、まるで自分が拡張するような感覚に、呉羽は一瞬眩暈を覚えた。カムイの魔力と同調したのだ。その膨大な魔力量を感じ取り、彼女は獰猛な笑みを浮かべた。これならばやれる。そう確信すると、彼女は愛刀へ力をこめた。
「はあああああああ…………っ!!」
その瞬間、空で風が渦巻いた。〈魔泉〉の周辺と言うことでもともと強風が吹いていたこの場所に、さらに【天叢雲剣】の力によって別の風が生じたのだ。二種類の風はこすれあい、その摩擦によって大量の電荷が生まれていく。その様子を後ろから見て、カムイは思わず舌打ちを漏らした。
(やるなら相談くらいしろっ!)
カムイは内心でそう叫んだ。なにしろ呉羽が消費する魔力量は大量だ。半身像を維持しながらそれを賄うのだから、彼の負担はかなり大きい。ただここが勝負所であることは彼も直感している。それでなんとかエネルギーをやりくりしつつ、彼は呉羽を後押しする方向で動いた。
カムイと半身像は、ケーブル状のオーラで繋がっている。彼はオーラを操作してそのケーブルからも根を地面に伸ばした。ただしこちら深くは伸ばさない。逆に横へ横へと広げる。面積を確保するためだ。同時にカムイはルペにこう声をかけた。
「ルペ、前に出てる連中を戻らせろ!」
「わ、分かった!」
ルペはすぐに前線へ伝言に行き、メッセージを受け取ったメンバーが引き上げてくる。彼らが「一体どうした?」と尋ねる前に、味方の退避を確認した呉羽が今度は【草薙剣】の力を使う。
生じるもの、それは紫電だ。〈雷樹・絶界〉の要領で、地面から次々に紫電が発生していく。カムイがオーラの根を横へ広げたのは、エネルギー確保のためと同時に、【草薙剣】の力で掌握する地面の面積を増やすためだったのだ。それを見て退避してきたメンバーも言葉を失った。
発生した紫電は、オーラを伝い半身像に纏わりついていく。しかし焼き払われてしまうことはない。カムイの魔力と呉羽の魔力は同調しているからだ。そしてそこへ、今度は天空より雷鳴を響かせながら紫電が降る。その雷もまた、半身像に纏わりついた。
――――合技〈天地明王〉
天と地。その両方から生じた紫電を纏い、〈天地明王〉は〈ゲートキーパー〉へと突撃する。〈ゲートキーパー〉もまたこれを迎撃せんとするが、しかし【聖獣憑依】したイスメルが浴びせる絶え間ない斬撃のために万全の状態ではない。かろうじて腕を伸ばしてみても、〈天地明王〉が纏う紫電によってたちまち焼き払われてしまう。文字通り、手も足もでない状態だった。
そしてついに、〈天地明王〉の両腕が〈ゲートキーパー〉の胴体へと突き立てられた。瘴気を吸収され、さらに紫電がその身体を焼く。〈ゲートキーパー〉は身体を仰け反らせて悲鳴を上げた。
「「おおおおおおおおおおっ!!」」
カムイと呉羽の雄叫びが重なる。そして二人は〈天地明王〉が〈ゲートキーパー〉の心臓を触れたのを感じた。その瞬間、〈天地明王〉の纏っていた紫電が一気に開放され、〈ゲートキーパー〉の全身を焼く。
「ギ、ギギィ……」
今まで聞いたことのないほど、弱々しい〈ゲートキーパー〉のうめき声。その全身からは黒い煙が上がっている。まさに千載一遇の好機。その好機をカムイは見逃さなかった。
「はあああああああ!!」
触れた心臓を、しっかりと掴む。そしてカムイは半身像を操作し、〈ゲートキーパー〉の心臓を、すなわち巨大な魔昌石を引きずり出した。
「ギギギギギギギィィィィィイイイイイイイイ!!?」
一際大きな絶叫。その余韻が響く中、カムイは半身像を操作して奪い取った巨大魔昌石を高々と掲げて見せた。その隣で心臓を失った〈ゲートキーパー〉は崩れ去り、瘴気へと還っていく。そして〈魔泉〉に浮かぶのは半身像ただ一体となった。
カムイたちは、ついに〈ゲートキーパー〉を撃破したのである。
……と、まあ、ここで終わっていれば感動的だったろう。しかしここでオチがついた。半身像が掲げる巨大魔昌石。要回収とされていたそれが、メンバーの目の前で、シャボン玉のエフェクトに包まれる。カムイが設定の変更をし忘れていたのだ。
「あ」
「あっ」
「あ!?」
「「「「ああああああぁぁぁああああ!?」」」」
わずか数秒で、巨大魔昌石はポイントに変換され消えてなくなった。なんともいえない空気がその場に漂う。吹きすさぶ風が、今はことさら寒々しい。冷や汗を流すカムイの肩に、誰かが後ろから手を置いた。ギギギと振り返ってみれば、そこにいたのはアーキッドである。
「とりあえず、【HOME】の復元費用について、相談させてもらっていいか?」
「はい……」
そう答えるしかないカムイである。
なにはともあれこんな感じで、彼らは〈ゲートキーパー〉討伐作戦に勝利したのであった。
第七章 ― 完 ―
というわけで。
第七章、いかがでしたでしょうか。
いや~、今回は長かった。
Word換算ですけど、220ページ、20万字を超えました。
まあその分、やりたい事はやり切れたかな、と思っています。
次回は幕間。
タイトルは「祝勝会」
タイトルは変更するかもしれませんが、要するにこのすぐ後の話です。
お楽しみに。




