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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈ゲートキーパー〉

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〈ゲートキーパー〉16


 キュリアズは丘の上からその戦いを見ていた。彼女の視線の先では、〈ゲートキーパー〉が腕を振り回し口から炎を放っている。ここからでは見えないが、イスメルを追い回しているのだろう。


「キュリー。アードにメッセージを送ったぞえ。こちらも行動開始じゃ」


「了解です」


 ミラルダの言葉にキュリアズは一つ頷いてそう応じた。そしてミラルダが完全に獣化するのを待ってから、彼女は【祭儀術式目録】を顕現させる。最初に使う術式はもう決めてあり、ページをめくる指に迷いはない。目当てのページを開くと、一つ深呼吸してから彼女はこう言った。


「いきます」


「うむ、存分にやるがよい」


「盛大にやっちゃって」


 ミラルダとキキの言葉に頷きを返してから、キュリアズは【祭儀術式目録】を発動させた。現れるのは銃身にも似た筒状の魔法陣。彼女はその魔法陣を展開すると、すぐさま魔力の充填を開始する。もっとも、その魔力は【祭儀術式目録】にストックされていたものなので彼女自身の魔力が減るわけではない。


(これは……!)


 キュリアズは準備を進めながら発射のタイミングを見計っていたのだが、その目の前で突然〈ゲートキーパー〉が完全に彼女のほうへ背を向けた。イスメルがそう誘導したのだと、彼女はすぐに分かった。あつらえたような好機。これを逃す手はない。イスメルが高度を上げたその瞬間、彼女は満を持して祭儀術式を発動させた。


「打ち据え、貫き、牙を突き立てろ。【ボルテック・ゾア】!」


 巨大な一条の光が放たれる。稲妻のきらめきを残しながら、その光は分厚い瘴気の霧を吹き飛ばして〈ゲートキーパー〉へと突き進む。そしてその腹へと突き刺さり、そのまま貫通した。


「「おお!」」


 ミラルダとキキが揃って歓声を上げる。キュリアズも手応えを感じたが、しかしまだ気は抜かない。光が消えた後、〈ゲートキーパー〉の腹には巨大な風穴が開いていた。それを見てキュリアズもようやく会心の笑みを浮かべた。


「……ギギイイィィィイイイイイ!!」


 一瞬の静寂の後、〈ゲートキーパー〉が大きな声を上げた。ただ断末魔の悲鳴にしては、ちょっと様子がおかしい。それはまるで怒りの咆哮だった。そして次の瞬間、キュリアズの表情は凍りついた。


「な……!?」


 ゆっくりと、しかし確実に、〈ゲートキーパー〉が背後を振り返ったのだ。のっぺりとした顔には、赤い二つ目が不吉な光をともしている。その血走ったような目に自分の姿が映ったような気がして、キュリアズは背筋を震わせた。


「……っ、鳴り響く蒼雷は天上の賛歌、【天賛雷歌】!」


 ほとんど反射的に、彼女は【祭儀術式目録】のページをめくり、次の術式を発動させた。タイミングを計ることはしない。この場合、速攻こそが最善だ。畳み掛けて押しつぶす。それが唯一の正解であるように思えた。


〈ゲートキーパー〉の頭上に巨大な魔法陣が現れる。幅だけ見れば〈ゲートキーパー〉の巨体をすっぽり覆ってしまえる大きさだ。その巨大な魔法陣の周囲に、さらに小さな魔法陣が展開されている。その数、十二。その様子を見たカムイは、「雷神の太鼓みたいだな」と思ったという。


 その十二個の小さな魔法陣が、一斉に回転を始めた。そして次の瞬間、耳をつんざく雷鳴と共に無数の蒼い雷が〈ゲートキーパー〉に降りそそいだ。


「ギィィィイイイイイ!?」


 身体を仰け反らせながら、〈ゲートキーパー〉が絶叫する。今度こそ悲鳴だ。無数の蒼い雷は連続して降りそそぎ続け、その間ずっと天上に捧げられし哀れな贄を焼き続ける。これが祭儀術式【天賛雷歌】である。


〈ゲートキーパー〉が蒼い雷に焼かれ絶叫する姿を見ながら、しかしキュリアズの表情はますます強張っていった。確かに【天賛雷歌】は利いている。だが同時に【ボルテック・ゾア】が腹にあけた大きな風穴は、そうしている間にも徐々に塞がりつつあった。不吉な赤い目も、その輝きを失わない。


「……っ」


 キュリアズは急いで【祭儀術式目録】のページをめくった。次の祭儀術式を準備するためだ。だが指先が震えてうまく目的の場所が開けない。そうこうしている間に【天賛雷歌】の効果が切れる。何とか間に合わせたキュリアズは、間髪入れずに次の祭儀術式を発動させた。


 実はこの時、キュリアズは〈ゲートキーパー〉がいまだ健在かどうかを確認していなかった。彼女が見ていたのはその頭上の魔法陣だったのだ。ただ結果的にはそれで正しかったといえる。実際、〈ゲートキーパー〉は倒せていなかったのだから。


「跪け、神の裁きに! 【ゴッドブレス】!」


 キュリアズの声は震えていた。それでも詠唱をかまなかったのは、職業軍人としての意地だったのかもしれない。


 魔法陣が現れたのは、またしても〈ゲートキーパー〉の頭上だった。七重の魔法陣が、まるで漏斗を逆さまにしたような形で展開される。そしてそこから、空気の塊が下へ向かって放たれた。もちろん、ただの空気の塊ではない。可視化するほどに密度を高めた、超圧縮空気である。


 少し話はそれるが、ダウンバーストという現象がある。一種の下降気流なのだが、気流だからと言って馬鹿にはできない。カムイの世界ではコレのせいで飛行機の墜落事故まで起きているのだ。


【ゴッドブレス】とは、つまりダウンバーストを人工的に再現し、さらにその威力を突き詰めた果てに生まれた祭儀術式だった。しかも圧縮された空気には多量の魔力が混ぜ込まれている。破壊力は普通のダウンバーストの比ではない。


「ギギギィィィイイイイイ!!」


 その【ゴッドブレス】の一撃を、〈ゲートキーパー〉は両腕を突き上げて受け止めた。その姿はまるで、神の前で跪くのを拒んでいるかのようである。


 突き上げた腕は、【ゴッドブレス】の一撃の前に端からすり潰されていく。〈ゲートキーパー〉は絶叫を上げるが、しかし腕は下ろさない。それでも防ぎきれるものではなく、やがて【ゴッドブレス】の一撃を頭上からまともに浴びた。だがそれでも、〈ゲートキーパー〉は傲然と頭を上げ続け、ついに頭を垂れることはなかった。


 立て続けに三つの祭儀術式を浴びて、〈ゲートキーパー〉は満身創痍だった。腹にはまだ、【ボルテック・ゾア】があけた風穴が残っている。しかしその傷は、確実に小さくなっていた。それだけではない。【天賛雷歌】の蒼雷に焼かれ【ゴッドブレス】の一撃を浴びた身体も、徐々にそのダメージから回復している。両腕はまだ再生していないが、なによりその赤い目が力を失っていない。


「そ、んな……」


 キュリアズは呻いた。祭儀術式三連発と言う、どんな敵でも過剰としか思えない攻撃を浴びせ、しかしそれでも〈ゲートキーパー〉を仕留めることができない。キュリアズは想定外の事態を前に固まった。そんな彼女に、後ろからミラルダが檄を飛ばす。


「何をしておるっ、もう一撃じゃ! それで倒せる!」


「っ!」


 その声で我に返り、キュリアズは急いでページをめくった。そして四つ目の祭儀術式を発動させる。


「引き絞られし彗星、今ぞ解き放たれん! 【メテオ・ドライバー】!」


 四つ目の魔法陣が現れたのは、丘の上、つまりキュリアズの頭上だった。十字を描く魔法陣で、その中心には魔力で構成された真っ赤な隕石が装填されている。そしてその魔法陣がまるで弓を引き絞るようにして反り返っていく。


「シュュュュト!」


 キュリアズが発射を命じる。そして、真っ赤に焼けた箒星が放たれた。「倒れろ、倒れろ、倒れろ!」と、キュリアズはそこに願いを込める。【メテオ・ドライバー】の威力は、すでに使った三つの祭儀術式に勝るとも劣らない。しかしだからこそと言うべきか。彼女は必殺の確信を欠いていた。それどころか「もしかしたら」という予感さえあった。


「ギギィィィィィイイイ!」


 そして嫌な予感ほど、よく当るものである。【メテオ・ドライバー】が放たれたその瞬間、〈ゲートキーパー〉は咆哮を上げた。同時に両腕が再生する。その両腕を正面に突き出し、〈ゲートキーパー〉は襲い来る箒星を受け止めた。


「はあああああ!!」


 そこへイスメルが割り込んだ。彼女は〈ゲートキーパー〉の背後から迫って両手の双剣を大きく振りぬき、〈伸閃〉によって再生したばかりの両腕を斬りおとす。これで防ぐものはなくなり、【メテオ・ドライバー】の一撃は〈ゲートキーパー〉を直撃する、はずだった。


 しかしこの時点で、〈ゲートキーパー〉はすでに迎撃の準備を終えていた。その口元には炎が蓄えられている。その炎を、〈ゲートキーパー〉は来たらんとする箒星目掛けて吐き出した。


 真っ赤な、まるでビームのような炎が、熱風を撒き散らしながら駆け抜ける。その炎は【メテオ・ドライバー】が放った箒星を真正面から迎え撃ち、ぶつかり、そして貫通してつきぬけた。砕かれた箒星は魔力へと解けて消える。その様子をキュリアズは、いやメンバー全員は呆然としながら見送った。


「バカ、な……」


 呻くようにそう呟いたのは、果して誰だったのか。それを確かめる暇はない。そんな斟酌をしてくれるほど、〈ゲートキーパー〉は温い相手ではなかった。


 プレイヤーが自失呆然としていようとも、〈ゲートキーパー〉の側がそれに付き合う義理はない。むしろ攻めに転じる好機だ。実際にそう考えたのかは分からない。しかしある種の本能に従い、〈ゲートキーパー〉は敵を排除するための行動に移った。


 一番の脅威は、立て続けに放たれた大規模な魔法。それを排除するべく、〈ゲートキーパー〉は口元に炎を蓄えた。イスメルの位置からはそれが見えない。気付いたのはルペだった。


「……っ、このぉ!」


 反射的に、彼女は【ルシファンの矢筒】から【太陽の矢】を一本引き抜き、素早く【夜天月弓】につがえた。そして魔力を込めて射る。放たれた【太陽の矢】は〈ゲートキーパー〉の横っ面に着弾し、その名のとおりまるで小さな太陽のように爆発した。


 その攻撃で、しかし炎を放つことは防げなかった。だが爆発の衝撃によって照準がずれ、炎は丘の頂上を大きく外れて着弾する。それでもその衝撃は凄まじく、キュリアズたちはバランスを崩して身体をよろめかせた。


 誰もが胸を撫で下ろす。しかし喜んでばかりもいられなかった。〈ゲートキーパー〉の身体に風穴はもう空いていない。両腕も再生され、つまり万全な状態に回復していた。振り出しに戻ったわけではない。振り出しどころか、マイナスにまで趨勢を傾けられてしまった。


 祭儀術式を四連発。それが利かなかったわけではない。実際、ダメージは負わせていた。しかしこうして結果だけ見れば、それは無意味だったと言わざるをえない。〈ゲートキーパー〉が化け物であることは知っていた。しかしどれほどの化け物であるかは分かっていなかった。つまりはそういうことだ。


「ギィィィイイイイイ!!」


 炎を外した〈ゲートキーパー〉は苛立たしげな雄叫びを上げた。そしてその雄叫びが、新たな展開を呼び込み戦場を加速させる。


「なっ……!?」


 デリウスは驚愕のために言葉を失った。あの調査の際、〈ゲートキーパー〉が初めて出現した時にさえ、これほど驚きはしなかった。あの時は「何かある」と覚悟していたからだ。しかし今回は違う。まったくの不意打ち。予想すらしていなかったことが、彼の目の前で起きた。


 ――――〈魔泉〉から、無数の腕が生えている。


 そうとしか形容しようのない光景だった。〈ゲートキーパー〉が雄叫びを上げると、その周囲でぽっかりと口をあけていた〈魔泉〉から、無数の腕が生え出してきたのだ。それはまるで地獄の亡者が奈落の底から腕だけを突き上げているかのようだった。


 一本一本の腕のサイズは、〈ゲートキーパー〉の腕とほぼ同じ。つまり巨大だ。黒一色で、瘴気によって構成されていることは一目瞭然だった。新た手のモンスターと考えられなくもないが、それよりは〈ゲートキーパー〉の第二形態と思った方がしっくり来る。カムイはそう思った。


 さて〈魔泉〉から生え出していた無数の腕は、中心にいる〈ゲートキーパー〉を取り囲むように乱立していた。今はイスメルもルペも距離を取っているからなのか、それらの腕に大きな動きはない。


 そこへ五発目の祭儀術式が放たれた。無数の魔力弾を乱射する【スターダストシューター】だ。ガトリング砲のように放たれる魔力弾が、生え出た腕を次々に貫いていく。もちろん〈ゲートキーパー〉にも当っていて、奴は腕を交差させて頭と身体を守っていた。さらに周囲の腕が魔力弾を防ぎ本体を守っている。


 やがて【スターダストシューター】の掃射が終わる。〈魔泉〉から生え出た腕はかなりその数を減らしていた。しかしまたすぐに生えだしてくる。そして何より、一発ごとの威力がそれほど強力ではない【スターダストシューター】の魔力弾では、異常な回復能力を持つ〈ゲートキーパー〉に対して有効とはいい難い。


 腕を解いて顔を上げた〈ゲートキーパー〉の口元には、すでに炎が蓄えられていた。耐える間に時間を与えてしまったのだ。その赤い目が、ギロリと丘を睨む。〈ゲートキーパー〉の狙いは明らかだった。


 イスメルでは間に合わない。【スターダストシューター】の掃射を避けるため、距離を取っていたからだ。ルペはまた急いで【太陽の矢】を魔弓につがえた。しかしその彼女に〈魔泉〉から生え出た腕が襲い掛かる。


「危ない!」


 今にもルペに掴みかかろうとした腕を、割り込んだ呉羽が切り払う。立て続けに襲い掛かってくる多数の腕を、彼女は紫電を放って焼き払った。そのおかげでルペは無事だ。しかし〈ゲートキーパー〉を妨げることはできず、ついに炎が放たれた。


「ま、護りたまえ、神々の城砦! 【アースガルド】!」


 キュリアズが防御用の祭儀術式【アースガルド】を発動させる。〈ゲートキーパー〉が顔を上げ、その口元に炎が見えた瞬間から、彼女はこの術式を準備していた。味方が防いでくれるとは思わなかった。いや、そこまで思い至らなかったと言った方が正しい。彼女は心底怯えていたのだ。五発の祭儀術式をものともしない化け物に。


 ただ結果的に言って、その判断は正しかった。炎は放たれ、そして【アースガルド】の発動は間に合った。盾を模したと思われる魔法陣が三つ現れ、さらにその正面に黄金の障壁がまるで城壁のように展開される。そこへ〈ゲートキーパー〉の放った炎が激突した。その手応えに、キュリアズは表情を歪める。


「……っ、ミラルダさん、魔力を!」


「任せよ!」


 すぐさまミラルダは求めに応じ、【祭儀術式目録】へ魔力をこめた。以前、実演で消費したストックを回復するときに手伝っているので、勝手は分かっている。そして彼女が追加で魔力を込めたことで黄金の障壁は輝きを増し、そしてついに〈ゲートキーパー〉の炎を弾き返した。


 炎を防いでから、キュリアズとミラルダは直ちに【アースガルド】のストックを回復させるべく、【祭儀術式目録】へ魔力をこめた。しかし魔力の充填は一瞬で済むものではない。その間に、〈ゲートキーパー〉が再び口元に炎を蓄え始めている。それを見たキュリアズの顔は青ざめた。


「今度はやらせません!」


 そこへ今度はイスメルが割り込んだ。彼女はアッシュブロンドの髪をなびかせながら、ほとんど垂直降下するように〈ゲートキーパー〉に接近する。そしてその顔を縦に切り裂くようにして〈伸閃〉を叩き込んだ。その一撃で炎が暴発した。


「ギィィイイイイ!?」


 悲鳴を上げながら、〈ゲートキーパー〉は身体を仰け反らせた。顔からは煙が出ている。ただしそのダメージはすぐに回復した。そして〈ゲートキーパー〉はイスメルの存在を思い出したかのように、彼女をまた追い回し始めた。


 周囲から生え出た腕も、彼女へ襲い掛かる。彼女は【ペルセス】を巧みに操ってそれをかいくぐる。また双剣を無尽に振るって斬りおとしながら、彼女は〈ゲートキーパー〉の注意をひきつけた。


 イスメルの働きは、作戦が始まった直後と比べても何ら遜色がない。状況は明らかに悪くなっているというのに、彼女にはまったく追い詰められた様子がなかった。しかし他のメンバーはそうはいかない。特に地上で戦っているメンバーは、〈魔泉〉から伸びてくる無数の巨大な腕に苦しめられていた。


「くっ……、これは……!」


 デリウスが呻く。迫り来る巨大な拳を、彼は【ARCSABER(アークセイバー)】を使いつつ、盾でなんとか弾いた。しかしその衝撃は桁違いだ。上体が泳ぎ、片足が浮く。それでも彼は剣を振るい、【ARCSABER(アークセイバー)】の青白い斬撃を放って腕を一本切り裂いた。


 だが腕は一本だけではない。しかも切り捨ててもまたすぐに生えてくる。たちまち彼は対処が間に合わなくなり、一発貰って地面を転がった。それでも致命傷ではない。この程度で寝ているわけにはいかない。


 デリウスはすぐさま起き上がり、起き掛けに大きく青白い斬撃を放つ。しかしそれで手に入れたのはわずか数秒の間隙。またすぐに生え出てきた腕が彼に向かって伸び、そこへ【太陽の矢】が打ち込まれた。


「デリウスさん、一旦下がってください!」


 爆発音に負けない大きな声で、アストールがデリウスを呼んだ。すぐさまデリウスは身を翻し、【HOME(ホーム)】の方へ駆け出した。その背中をまた生え出してきた腕が追う。それに向かってアストールは左手を突き出した。


「ルペさん、合わせて!」


 ルペに声をかけてから、アストールは〈テトラ・エレメンツ〉を発動させた。ロロイヤが作ったその魔道具には、〈フレイム・エンチャント〉の支援魔法が付加されている。彼はその魔道具が持つ四つの属性のうちの炎と風を使う。強化された炎が風に煽られ、擬似的な火災旋風が迫り来る多数の腕を迎え撃った。


 そこへルペの風も加わり、炎はなんとその色を赤から青へと変化させる。つまり酸素が十分に供給されたことで、炎の温度が上がったわけだが、そういう理屈を抜きにしてもなかなか見ごたえのある光景だ。そして青い炎は〈魔泉〉から伸びる腕をまとめて焼き払った。


 一旦後退したのはデリウスだけではない。フレクもまた後ろに下がっていた。というより、彼の方が状況は悪かった。〈凶化〉を発動させ、全身にダークレッドの覇気を滾らせてはいるものの、巨大にして多数の腕を相手にするにはいささか分が悪い。幾つか撃退はしたものの、捕まって叩き伏せられ、頭からは血を流していた。


「フレクさん、下がって!」


 そこへ援護に駆けつけたのは呉羽だった。彼女は上空から多数の腕がのたうち回るそのど真ん中へ飛び込むと、全力で〈雷樹・絶界〉を発動させる。撒き散らされる紫電が腕を焼き、フレクは圧力から解放された。


「【HOME(ホーム)】へ!」


 呉羽の言葉に、フレクは少し悔しそうな顔をしつつも、すぐに頷き身を翻した。呉羽はもう一度紫電を放ってからその背中に続く。二人が【HOME(ホーム)】の領域内に飛び込むと、後を追ってきた多数の腕が見えない壁にぶつかって鈍い音を響かせた。瘴気は内部に入ってこられない、というのが【HOME(ホーム)】の領域内のルールだ。このルールのおかげで、瘴気の塊である腕は弾かれたのだ。


 しかし腕も諦めない。まるで蛇が群がるようにして、【HOME(ホーム)】の障壁に群がっていく。入ってこられないと分かってはいても、その様はなかなかに恐怖だ。そんな腕目掛けて、リムが杖を構えた。


「〈セイクリッド……、バスター〉!!」


 瘴気を祓う【浄化】の光が放たれる。その光はたちまち腕を消し去った。そうこうしている内に、アストールとデリウスも【HOME(ホーム)】の領域内に戻ってくる。ちなみに二人を追っていた腕はイスメルが切り伏せていた。ロロイヤとカレンも戻ってくるが、しかし一人足りない。カムイだ。


 カムイも当初は【HOME(ホーム)】へ後退しようとしていたのだ。しかし彼は半身像を維持するため、白夜叉のオーラを木の根のようにして地中に伸ばしていた。そのためこれを何とかしないことには動くに動けない。ただ彼は【瘴気耐性向上薬EX】を飲んでいないから、オーラ自体は維持する必要がある。ただスキルを止めればいいわけではなく、そのせいで手間取ってしまった。


 そこへ〈魔泉〉から伸びた腕が襲い掛かる。その腕を、カムイは反射的に半身像で受け止めた。そして受け止め、拮抗してしまったがために、彼はますますその場から動けなくなってしまった。


(やばいやばいやばいやばいやばい……!)


 腕と力比べをしながら、カムイは焦っていた。拮抗していること自体は、彼にとって大したことではない。だが腕は一本ではないのだ。こうして動きを止められてしまってはただの的でしかない。


 カムイのその懸念は的中した。撤退しそこなった彼目掛けて、さらに複数の腕が襲い掛かったのだ。援護はない。デリウスとフレクを後退させているため、人手が空いていないのだ。かといって彼自身も身動きが取れない。あっ、と思う間もあればこそ。彼は襲いかかってきた腕に捕まり、もみくちゃにされた。


「カムイッ!?」


 それを見て、カレンが悲鳴を上げた。飛び出そうとする彼女を、後ろからフレクが羽交い絞めにして止める。デリウスと呉羽が目配せしつつ救出に動こうとして、しかしふと様子がおかしいことに気がついた。


 現在、カムイは完全に腕に捕まってしまい、その姿は見えない。半身像も消えてしまっている。何重にも握り締められてしまっている状態だ。しかしそこから動かない。放り投げるわけでもなく、殴りつけるわけでもない。妙に静かだった。


 さて一方のカムイだが、彼は闇の中にいた。比喩的な意味ではない。〈魔泉〉から伸びる腕に捕まってしまい、物理的に光が遮断されているので真っ暗なのだ。その暗闇の中で、彼は今ぎゅうぎゅうと締め上げられていた。


 こういう状況になってしまった最大の理由は、彼が白夜叉のオーラを木の根のようにして足元から地中に張り巡らせていたことだ。このせいで腕は彼をいわば引っこ抜くことができず、仕方がないので寄って集って圧殺しようとしているのである。ただし、締め上げられている本人にそれほどの逼迫感はない。


(まあ、苦しいっちゃ苦しいけど……)


 十分に耐えられる。それがカムイの感想だ。焦ったわりにひどい状態にはならず、彼は胸を撫で下ろした。


 耐えられるのは白夜叉のおかげだ。彼は今、半身像を構成していた分のオーラを全て防御に回している。つまり分厚いオーラの鎧を纏っている状態だ。その分厚いオーラがいわば緩衝材となり、握りつぶさんとする圧力を緩和しているのである。


 加えて言えば、この状態はカムイにとっては好機でもあった。彼を捕まえている腕は〈魔泉〉から生え出したもので、モンスターと同じく瘴気で構成されている。そして彼のユニークスキル【Absorption(アブソープション)】は瘴気を吸収することができる。


 つまり今のカムイはその腕を通じることで、〈魔泉〉にストローをさして直接瘴気を吸い上げている状態なのだ。もちろん〈魔泉〉から噴出す瘴気を全て吸収しているわけではない。だがそのエネルギー吸収量たるやこれまでの比ではなかった。ぶっちゃけて言うなら、物理的な圧力よりも流れ込んでくるエネルギーの制御の方が大変なくらいである。ロロイヤ製の魔道具〈エクシード〉がその一助となったのだが、それが彼にはちょっと癪だった。


 まあそれはそれとして。背中の〈エクシード〉もフル活用しながら、カムイはさらに深く、そして広くオーラの根を伸ばした。しかしそれだけでは吸収するエネルギーを消費しきれない。余った分は身体を覆う白夜叉へと回され、オーラはどんどんとその厚みを増していく。そしてついに、腕の拘束を内側から振り払った。


「カムイッ!」


 後ろから歓声が上がる。それに応える手間さえ惜しんでカムイは次の行動に移った。暗闇の中で瞳孔が開いていたのか、差し込む光が眩しい。彼は顔をしかめつつ、オーラを操作してもう一度半身像を作った。〈魔泉〉から伸びる腕に捕まる前と比べ、その大きさは倍近い。


 半身像を作ると、カムイはそれを素早く操り、さっきまで自分を拘束していた腕をまとめて捕まえ、そして引き千切った。すぐにまた別の腕が殺到してくるが、見方を変えればそれはエサだ。彼はむしろ嬉々として迎え撃ち、エネルギーの吸収を続けた。


「……今のうちに回復しとけ」


 カムイが群がる腕を相手に立ち回るのを見ながら、アーキッドは戻ってきたメンバーにそう声をかけた。皆それぞれ、消耗している。必要に応じてポーションや〈魔法符:魔力回復用〉を使い、彼らはともかく身体を回復させた。


「それで、これからどうする?」


 ポーションを飲みながら、デリウスはアーキッドにそう尋ねる。はっきり言って、討伐作戦はすでに当初の予定を逸脱してしまっている。あの腕も予想外ではあったが、なにより致命的なのは祭儀術式で〈ゲートキーパー〉を仕留められなかったことだ。不可能と決め付けるには早いが、少なくとも作戦を切り上げ撤退する決断するには十分すぎる。


「ちょっと待ってくれ。今、向こうと連絡を取っている」


 システムメニューを開きメッセージ機能を操作しながら、アーキッドはそう答えた。ちなみに連絡を取る相手はキキだ。そのために【システム機能拡張パック2.1(フレンドリスト&メッセージ機能)】を購入し、彼女のメッセージの送受信制限を解除してある。


 さて問い合わせてみたところ、彼女たちはまだ丘の頂上にいるという。今は使ってしまった【祭儀術式目録】のストックを回復させているそうだ。「ただしテンション値マイナス。ガラスの靴が無いせい」とキキのメッセージには書き添えてあった。それを見てアーキッドは苦笑する。


「まだまだ余裕がありそうじゃないか」


 ジョークが言えるうちはまだ大丈夫だろう。少なくとも、まだ心は折れていない。ともあれ、作戦の展開が当初の予定から逸脱しすぎてきたことは確かだ。幸いにして、今のところ損害は軽微。新たに得られた情報もあることだし、一度撤退して作戦を練り直すのが上策。アーキッドはそう考えた。


 それは常識的な対応であったろう。しかしだからと言って、考えた通りにならないのもこの世の常。彼が諸々考えていた間に、戦況は思いもかけない方向へ転がっていたのである。


 現在、メンバーの大半が【HOME(ホーム)】の領域内へ一時的に退避している。その外にいるのはイスメルとカムイの二人だけ。丘の上にいる三人も、今は指示待ち状態でひとまず沈黙している。となれば、外にいる二人に攻撃が集中するのは自明だった。


 イスメルの方はまだいい。【ペルセス】に跨った彼女の機動力は折り紙つきだ。そもそも彼女はここまでほとんど一人で〈ゲートキーパー〉を抑えてきた。そんな彼女にとって、状況はそう大きく変わっていない。


 だがカムイの方は、そうはいかない。〈魔泉〉から生え出してきた腕も相まって、かなりの圧力に曝されている。それでも彼が持ちこたえられているのは、やはり【Absorption(アブソープション)】の力が大きい。


 捕まったとしても、瘴気を吸収することで致命的な事態だけは回避しているのだ。さらにイスメルが適宜援護をしてくれるおかげで、彼は何とか状況を維持していた。しかしそれは当然、〈ゲートキーパー〉にとっては面白いものではない。


「ギギギィィィイイイ!!」


 苛立たしげな声を上げながら、〈ゲートキーパー〉が口元に炎を蓄える。狙いはカムイが操る半身像だ。しかしすぐさま、イスメルがそれを妨害する。そうやって彼女の動きを制限し、その隙に〈魔泉〉から伸びる無数の腕が半身像へ殺到した。


「ぐっ……!」


 しっちゃかめっちゃかに掴みかかられ、カムイは顔を歪めてうめき声を上げた。痛いわけではない。だが引っ張られる感じがする。そして恐らくそれは勘違いではない。これら無数の腕は、引っこ抜いて放り投げようとしているのだ。


(やられて……、たまるかぁ……!)


 カムイは腰を落として抵抗する。この時の彼の中にあったのは、ただひたすらに「負けたくない」という思いだけだった。意地になっていたとも言える。しかしその思いの強さは本物だった。


「おおおおおおおっ!」


 カムイは【Absorption(アブソープション)】の出力を上げた。いわゆる火事場の馬鹿力だ。オーバードライブ気味に駆動する【Absorption(アブソープション)】は、唸りを上げて瘴気を吸収していく。吸収量の増加に応じ、半身像はさらにその大きさを増した。


「ギィィィィイイイイイ!!」


 敵を倒すどころか、かえって強大になっていく様が腹立たしいのだろう。〈ゲートキーパー〉の耳障りな声には、怒りのようなものが浮かんでいた。そして「自ら始末せん」とでも思ったのか、〈ゲートキーパー〉は半身像目掛けて両腕を伸ばした。


 それを見てカムイは舌打ちする。とはいえ動けない以上、迎え撃つしかない。彼は半身像を操り、その両腕を捕まえた。そしてそのまま〈ゲートキーパー〉との力比べに突入する。カムイは敵の赤い目を睨みつけながら、「負けてたまるか」と自分に言い聞かせ続けた。


 この膠着状態を、イスメルは歓迎した。何にしても今必要なのは時間。それが稼げると思ったのだ。それで彼女は〈ゲートキーパー〉の腕を切ることはせず、〈魔泉〉から伸びてくる腕だけを始末してカムイを援護した。その判断を、彼女はこの後すぐに後悔することになる。


 さて半身像と〈ゲートキーパー〉の力比べだが、純粋な腕力では〈ゲートキーパー〉の方が勝っていた。しかしカムイは根を張り、がっちりと大地を捕まえている。そのおかげで彼は何とか拮抗状態を維持していた。


 そして一度拮抗してしまえば、組み合わせた半身像の両手を通じ、カムイは〈ゲートキーパー〉から瘴気を吸収できる。そのエネルギーを利用して、半身像は少しずつ大きくなっていく。


(このままいけば……!)


 このままいけば、もしかしたら自分の力だけで倒してしまえるかもしれない。そう思いカムイはほくそ笑んだ。しかし彼にとって状況が良くなっていくということは、つまり〈ゲートキーパー〉にとっては徐々に悪くなっていくということ。それなのに相手が何もしないと考えるのは、楽観と言うよりは油断だった。


「ギギギィィィィイイイイイ!!!」


〈ゲートキーパー〉が雄叫びを上げる。その瞬間、奴の背中からさらに四本の腕が生えだした。これで奴の腕は六本になったことになる。第三形態、とでも言うべきかも知れない。化け物がその度合いをさらに増したのだ。


 それら新たに生えた四本の腕は、半身像へと殺到してその身体を掴んだ。力比べはしばし拮抗する。しかしついに、〈ゲートキーパー〉は雄叫びと共にカムイの身体を引っこ抜き、その身体を上空へと放り投げたのだった。


「やば……!?」


 カムイの顔から血の気が引く。彼の足元からは木の根のような白夜叉のオーラが伸びている。だがそのオーラはもう大地を掴んではいない。頼るものの無い大空で、カムイは身体の中を締め付けられるような恐怖を感じた。


「カムイッ!」


 咄嗟にイスメルが動く。彼女は〈ゲートキーパー〉の六本の腕をまとめて切り飛ばすと、【ペルセス】の馬首をカムイの方へ向けた。しかしその進路を遮るように炎が放たれる。さらに〈魔泉〉から生え出た無数の腕が、寄って集って彼女の行動を妨げた。


 そのせいで、イスメルはカムイのところへ向かえなかった。ルペは【HOME(ホーム)】のところで待機している。とても間に合わない。


「……っ!」


 カムイは必死に“アーム”を伸ばした。狙いは〈ゲートキーパー〉の身体。それを捕まえられれば、ひとまず〈魔泉〉へ墜ちることだけは回避できる。しかしそんな彼に無数の腕が殺到した。


 つかみ掛かり、引き剥がし、そして引きずり込む。無数の腕にまとわりつかれ、カムイが伸ばした腕は結局なにも掴めなかった。そしてカムイはそのまま〈魔泉〉へと墜ちていったのである。


「ギィィィイイイイイ!」


 その雄叫びは、歓声にも聞こえた。


次回、ついにヤツが登場!

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