〈ゲートキーパー〉15
『それじゃあ、ぶっ飛ばしてやりましょう』
と威勢のいい言葉を口にしては見たものの、すぐに〈魔泉〉の主の討伐へ向かえるわけではなかった。相手はこれまでで一番の強敵。それ相応の準備が必要になるのだ。まずはロロイヤが指摘したとおり、新たな瘴気耐性の向上薬をリクエストしなければならない。それがないと行動が制限されてしまい、討伐作戦どころではないのだ。
カムイはシステムメニューを開き、【アイテムリクエスト】のページへと進んだ。そして先ほど聞いた情報を参考にしながら、手早く項目を埋めていく。彼が書き込んだのは下記のような内容だった。
アイテム名【瘴気耐性向上薬EX】
説明文【服用後十時間、使用者の瘴気耐性を十倍に引き上げる】
エラーが出ることはなく、リクエストしたアイテムはきちんと生成された。ちなみに一本100万Pt。アイテムショップのラインナップに加わったそれを確認し、カムイは満足げに一つ頷いた。そんな彼にアーキッドがさらにこう依頼する。
「少年。もう一種類、向上薬をリクエストしてくれ」
「え、どうしてですか?」
「デリウスの旦那とも相談したんだが、今回の作戦では二手に分かれようと思っているんだ」
カムイの疑問に、アーキッドはそう答えた。つまり、キュリアズとミラルダとあともう一人か二人くらいを丘の上に待機させ、残りのメンバーで〈魔泉〉近くまで赴くのだ。そして〈魔泉〉に接近したメンバーが囮となって主の注意を引きつけ、その隙にキュリアズが丘から祭儀術式を発動させて主を攻撃する。これが討伐作戦の基本方針になるという。
〈魔泉〉のすぐ近くまでいく場合には、先ほどリクエストした【瘴気耐性向上薬EX】が必要になるだろう。だが丘の上にいるだけならば、わざわざ瘴気耐性を十倍に引き上げる必要はない。せいぜい三倍もあれば十分だろう。
しかし現在、三倍の向上薬はない。代わりに五倍があるが、これは効力が一時間しか持たない。討伐作戦が一時間で終わる保証はなく、もしも途中で向上薬が切れたりでもしたら大惨事だ。それで新たな向上薬が必要だ、とアーキッドは言っているのだ。
「十倍を使ってもいいが、新たにリクエストした方が結果的には安上がりだと思うぜ?」
「そうですね……」
アーキッドの指摘に、カムイも苦笑しながらそう同意した。【瘴気耐性向上薬EX】は一本100万Pt。かなり高額だ。これまでの傾向から言って、倍率を抑えれば値段も抑えられることは間違いない。
しかも以前にも話したとおり、討伐作戦はたぶん一回では終わらない。〈魔泉〉の主の再出現頻度を確かめるためには、二度三度と戦う必要があるからだ。向上薬はそのたびに必要となる。アーキッドの言うとおり、新しい向上薬をリクエストしておいた方が、結果的にはコストを抑えられるだろう。
それでカムイはもう一度【アイテムリクエスト】のページを開き、また新たな向上薬をリクエストする。それは以下のような代物だ。
アイテム名【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ改】
説明文【服用後十二時間、使用者の瘴気耐性を三倍に引き上げる】
「【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ改】って……」
カムイの手元を覗き込み、呉羽はそう呆れたような声を出した。つまり、【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ】はまだないのに、わざわざ「改」を付ける必要があるのか、ということだ。しかしコレには(カムイ主観で)深い理由があるのだ。
まず前提条件として、アイテムの名前と言うのは、一目でどういう効果を持つものなのか分かることが望ましい。そして仮に今回のアイテム名を【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ】とした場合、比較対象となるのは二倍一時間の【簡易瘴気耐性向上薬】だ。そうなると【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ】を見た人は、「この向上薬は三倍一時間なんだな」と誤解してしまうだろう。
だが【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ改】としておけば、比較対象となるのは二倍十二時間の【簡易瘴気耐性向上薬改】。買う人にも三倍十二時間ということが伝わりやすい。ゆえにこの名前にしたのだ、とカムイは長々と説明した。ちなみに三倍一時間の【簡易瘴気耐性向上薬Ⅱ】をリクエストしないのは、今のところ使うアテがないし100万Ptがもったいないからだ。
「いや、そんなに気にするようなことか、それ?」
「オレは気になるの!」
ますます呆れる呉羽に、カムイは半ばヤケになりながらそう叫んだ。それを見ていたカレンは「昔からヘンなところに拘るのよねぇ」と呟く。他のメンバーたちは沈黙を守ってその様子を見守った。たぶん、「どうでもいい」と思ったのだろう。
実際、アイテムの名前はそんなに重要ではない。回復薬なのに「毒薬」とか書かれていたら困るが、今回のはそういうわけでもないのだ。呉羽も生暖かくスルーすることにして、それ以上は何も言わなかった。
結局、カムイはアイテムの名前を変えることなく、そのままリクエストを申請した。無事にアイテムが生成されると、彼はそれをアイテムショップで確認する。お値段は一本33万Pt。ちょっと値引きされている。【簡易瘴気耐性向上薬改】もそうだったから、効果を十二時間以上に設定すると割引特典があるのかもしれない。
「よし、向上薬の準備はこれでいいな」
アーキッドもアイテムショップで二つの新しい向上薬を確認する。しかしまだ買う様子はない。討伐作戦のために用意するアイテムはコレだけではないので、先にリストを作成して見積もりを出してしまうのだ。当然、現在の手持ちのポイントだけでは足りないので、購入する前に稼ぐ必要があるだろう。
「他になんか欲しいのあるか?」
ねだるなら今のうちにねだれ、と言わんばかりにアーキッドはメンバーを見渡した。「人のポイントだと思っていい気なもんだな」とカムイは思ったが、それも苦笑交じりだ。資金は出すといったし、関係のないものまで紛れ込ませたりはしないだろう。それくらいの信頼関係はあるつもりだった。
「それなら、ルペさんにどうかな、と思っていたモノがあるんです。これなんですけど……」
そう言ったのはアストールだ。彼は目星をつけていたアイテムというのは、【太陽の矢】という弓矢だった。使い捨てのマジックアイテムで、魔力を込めて射ると当った瞬間に爆発するという。お値段は一本10万Pt。注意事項としてある程度以上のランクの魔弓を使用しないと弓の方が耐えられないらしいが、ルペの【夜天月弓】はその条件を満たしているので問題ない。
ちなみに似たようなマジックアイテムで【月光の矢】と【流星の矢】というものがある。前者は魔力を込めると貫通力が強化され、後者は幾筋もの蒼い閃光に分かれて敵に降りそそぐのだ。ただ〈魔泉〉の主に有効そうなのは【太陽の矢】だけなので、今回この二つに出番はなさそうである。
「ああ、これかぁ……」
「なんじゃ、ルペ。自分でも目はつけておったのかえ?」
「そうなんだけど、やっぱり値段がねぇ……。それにコレを買うなら矢筒も買わないとだし……」
「ってことは、矢筒も何か目をつけてるのがあるのか?」
苦笑しながら遠慮してみせるルペに、アーキッドは楽しげに笑いながらそう尋ねた。すると彼女は「バレたか」と言わんばかりに小さく舌を出す。そして迷いのない手つきでアイテムショップからそのページを呼び出した。
「いいなぁ~、と思ったのはコレ、です、はい」
珍しく敬語になりながらルペが示したのは、【ルシファンの矢筒】というマジックアイテムだった。全体的に若草色で、ベルトに引っ掛けることも、肩にたすき掛けにして使うことも出来る。マジックアイテムとしての効果は、命中率補正と魔力の回復速度の微上昇、そして障壁による自動防御だそうだ。お値段は350万Pt。
ちなみに「ルシファン」というのはルペの世界にいた著名なエルフの狩人であるという。エルフが弓の名手というのはイメージしやすい話だが、しかしカムイが「お前は有翼人だろ!?」と思ってしまったのは無理からぬこと、のはずだ。
「よし、買え。買ってしまえ」
なぜかキキが煽る。アーキッドも特に異論はなかったのか、「あいよ」と言ってさっさとリストに追加してしまった。そしてそれを皮切りにして、他のメンバーも必要と思っていたアイテムを口にしていく。そこには装備だけではなくポーションなどの消耗品も含まれていた。
カムイも一つ、装備品をリストに載せてもらった。前々から装備を増やそうと思っていたこともあり、ちょうどいい機会だと思ったのだ。決して、次々と新しい装備をリストアップしていく他のメンバーが羨ましかったわけではない。「他人のポイントなんだから少しは遠慮しろ」とか、そんなこと少しも思っていない。
まあそれはともかくとして、カムイが欲しいと思ったのはいわゆるアクセサリーだ。装備は【ヘルプ軍曹監修ミリタリーシリーズ】で上から下までいちおう一式揃えてあるので、それしか新たに買うものがなかったとも言える。
ただ、アクセサリーなら何でも良かったわけではない。ここでもカムイのこだわりが発揮された。他の装備と同じく、アクセサリーも【ヘルプ軍曹監修ミリタリーシリーズ】で揃えたくなってしまったのだ。
だが既存のシリーズには、そもそもアクセサリーの類がない。それで他のミリタリーアイテムを参考にしつつ、リクエストすることにした。なお、それだけでまた100万Ptかかってしまうわけだが、彼がポイントを出す側であることも考慮され、大目に見てもらえた。もっとも手持ちが足りなくなっていたので、呉羽からポイントを借りなければならなかったが。
それで彼がリクエストしたのは次のようなアイテムだった。
アイテム名【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーピンバッチ】
説明文【ヘルプ軍曹監修のミリタリーピンバッチ。マジックアイテム】
「カムイ。マジックアイテムと言いつつ、効果が何も書かれてないぞ?」
「それはヘルプ軍曹が考えてくれるだろ。そのための監修なんだし」
カムイがそう言うと、呉羽はなんともいえない顔をした。だか彼は構わずにそのままリクエストを申請する。すると「しばらくお待ちください」のメッセージが現れ、アイコンがグルグルと回った。
言われたとおりしばらく待っていると、次に「一部変更されました。確認してください」というメッセージが現れる。確認してみると、アイテムの説明文のところが以下のように変わっていた。
説明文【ヘルプ軍曹監修のミリタリーピンバッチ。装備者のステータスのそれぞれをnk倍する。ただしnは1.0≦n≦2.0の範囲で変動し、kは装備しているヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズの数によって補正を受ける。ユニークスキルと瘴気耐性は対象に含まれない。注意:このシリーズのピンバッチを二つ以上装備した場合、ピンバッチの効果は発揮されない】
「ヘルプ軍曹に釘刺された……」
「いや、これは二つ目以降も準備万端って意味じゃないの?」
カレンにそう言われ、少々唖然としていたカムイは「そういう解釈の仕方もあるか」と思い苦笑した。もし本当にそういう意味なら、ヘルプ軍曹はきっとツンデレさんに違いない。
それから彼は苦笑しながら【Yes】のボタンをタップし、アイテムを生成した。ちなみにアイテムショップで確認してみたところ、ピンバッチはコンパスをデフォルメしたようなデザインで、画鋲のように刺して裏から止める仕様になっている。お値段は一つ280万Ptだった。
さてそうこうしつつも、リストアップ作業は進んでいく。ただ当然ながら、全てのアイテムがリストに載ったわけではない。中には却下されたものもある。一例を挙げるなら、ガラスの靴。コレ、マジックアイテムでもなんでもない、本当にただのガラスの靴である。ちなみにリクエストしたのはキキ。
「ぬぅぁぜだぁ~!?」
リクエストを却下され、大げさに頭を抱えるキキ。むしろどうしてただのガラスの靴が討伐作戦に必要だと考えたのか、それを説明して欲しいところである。すると彼女はドヤ顔でこう言った。
「テンションコントロールのために!」
「はい却下」
アーキッドの口調もぞんざいだ。キキが「うがー」と声を上げるが、誰も気にしなかった。というかその悔しがり方が演技なのかそれとも本気なのか、カムイとしてはそちらの方が気になった。
「……ふむ、こんなもんか」
しばらくしてリストが完成すると、それを上から下へ眺めながらアーキッドはそう呟いた。そしてなんとなくリストをメンバーで回し読みする。カムイも確認したが、ガラスの靴みたいにヘンなものは入っていない。ただ最後に合計金額を確認して流石に顔をしかめた。1億3,000万Ptを超えている。流石に高い。
(【エリクサー】が高いんだよなぁ……)
カムイはそう嘆息した。【エリクサー】は一本1,000万Pt。今回は五本用意する予定になっているので、それだけで5,000万Ptだ。ただし、リストに載っているものを全て新たに買い揃えるわけではない。
消耗品は手持ちのものもあるので、その分は安くなる。カムイが知っているだけでも、確か【エリクサー】は二本ほど手持ちがあったはずだ。加えて、アイテムリクエスト三回分の費用として計上された300万Ptはすでに支払い済みだ。
それに、カムイたち四人(あるいは五人)だけが資金を用意するわけではない。これは先の話も含むが、他のメンバーも出来る範囲で資金の供出に協力してくれた。
ロロイヤは「作った魔道具をプレイヤーショップで売って稼いだ分だ」と言って、800万Pt近い資金を出してくれた。アーキッドは自腹分に加えて、やはりプレイヤーショップで地図を売った分として350万Ptを用意してくれた。ちなみに地図の分はルペと連名である。
意外にも多く出したのがキキだ。彼女が出した分は全ていわゆる自腹だったわけだが、彼女はなんと1,000万Ptをポンと出したのである。曰く「〈若返りの秘薬〉で稼いだ分」だそうだ。人類がアンチエイジングに情熱を傾けるのはどこの世界でも同じ、ということなのだろう。
他のメンバーもそれぞれ協力してくれた結果、最終的に用意する必要があるのは6,000万Ptほどになった。半分以下になったとはいえ、それでも十分に高額だ。最低でも二、三日は瘴気を浄化しまくる必要があるだろう。
(なんだかなぁ……)
カムイは苦笑しつつ嘆息した。なんだか気勢をそがれてしまったような気がしたのだ。とはいえ、準備不足のまま〈魔泉〉の主に挑み、そして返り討ちにでもされたら目も当てられない。それにポイントを稼ぎがてらやる事もあるのだ。
「それじゃあカムイ君、お願いします」
「はい」
リムが瘴気を浄化しているその傍ら、アストールが差し出した右手を、カムイは握手するような形で握った。彼の左手には【魔法符】の束が握られている。これから〈魔法符:魔力回復用〉を量産するのだ。このアイテムは討伐作戦でも各メンバーに配られることになっている。
さらに余った分はプレイヤーショップに出品し、その売却益は軍資金に回される予定だ。つまりどれだけ作っても無駄になることはないので、「時間があるこの機会に作りまくってしまえ」言う話になっていた。
カムイもまた、【Absorption】と〈オドの実〉の出力を上げ、瘴気を吸収することによってポイントを稼いでいる。呉羽も一心不乱に地中から瘴気を取り除いてポイントを稼いでいるし、その他のメンバーも精力的にモンスターを狩って魔昌石を集めていた。
用意するべきポイントは多額だが、ここは瘴気濃度が高く、そのおかげで稼ぎの効率は良い。リストアップされた物資を揃えるのには二日半で済んだ。討伐作戦が実際に動き始めたのは、その翌日のことである。
なお、その前の晩のこと、アーキッドが「〈魔泉〉の主に名前をつけよう」と言い出した。曰く「〈魔泉〉の主とはいわゆる称号であって、名前ではないから」だそうだ。「ヘンなところにこだわるなぁ」とカムイは思ったが、特に反対する理由もなかったので何も言わないでおいた。
その結果、〈魔泉〉の主には〈門番〉という名前が付けられた。これも名前と言うよりは称号のような気がするが、まあ瑣末なことだ。なにはともあれ、〈ゲートキーパー〉討伐作戦は始まった。
― ‡ ―
轟々と、激しい風が吹いている。強風に煽られカムイが着ているポンチョの裾がバタついた。彼が見上げる先には大量の瘴気を噴出す〈魔泉〉がある。これほど近くで〈魔泉〉を見上げるのは、これが二度目だ。一度目は苦い記憶と結びついている。それを噛み締めるようにして、彼はこう呟いた。
「帰ってきてやったぞ……!」
朝、カムイたちは例の丘の麓を出発して〈魔泉〉へと向かった。ただし、キュリアズとミラルダとキキの三人はその場に居残り、【簡易結果(三人用)】を使って連絡があるまで待機することになっている。キキが居残り組みに選ばれたのは、モンスターの露払いをするだけの力があり、覚えたてではあるが回復魔法が使え、さらに万が一の場合にはキュリアズと一緒にミラルダの背に乗って退避がしやすい、という理由からだ。
三人を除いたメンバーが〈魔泉〉に近づくにつれて、モンスターの襲撃頻度が徐々に上がっていく。しかもモンスター自体が明らかに大型化していた。以前、調査のために〈魔泉〉へ赴いたときと同じである。
ただいくら大型とは言っても、〈ゲートキーパー〉と比べれば四桁くらいは見劣りする。〈キーパー〉と比べた場合は三桁くらい。いずれにしても、この程度の相手に臆してはいられない。鎧袖一触に蹴散らし、彼らは進んだ。
カムイたちは二時間ほど歩いて〈魔泉〉の近くまで来た。ただ、まだ〈ゲートキーパー〉は出現していない。彼らはそのまま迂回するようにして〈魔泉〉の南側へと向かった。これは〈ゲートキーパー〉の視線を例の丘から逸らすためだ。
「この辺でいいだろ」
アーキッドがそう言ったのは、〈魔泉〉の南側の、少し東よりの場所だった。指を“パチンッ”と鳴らして、彼はそこに【HOME】を出現させる。休憩のため、ではない。実はコレも作戦の一部で、要するに囮だった。
どうやれば〈ゲートキーパー〉の注意をひきつけられるのか、正確なところは分からない。ただこの討伐作戦の要はキュリアズの【祭儀術式目録】だ。彼女がいなければ作戦は成り立たない。彼女が集中砲火を浴びるような事態だけは避けなければならないのだ。
牽制し注意をひきつけるということなら、イスメルだけでも十分かもしれない。だがそれ以外でも〈ゲートキーパー〉の注意をひけるなら、それに越したことはないだろう。二度目三度目のことを考えればなおのことそう言える。それでメンバー内でいろいろ考えた結果、ロロイヤが言い出したのがこの【HOME】を囮にするやり方だった、というわけである。
当初、アーキッドはこの案に消極的だった。下手をすれば吹っ飛ばされる危険性もあるわけだから、それも当然である。ただ最終的にはロロイヤが押し切った。やり込める彼の顔がとても楽しげだったのが、カムイの印象に残っている。
さて【HOME】を展開し終えると、アーキッドは次にメッセージ機能を起動してミラルダに連絡を入れた。それからメンバーに向かって大きく頷く。それを見てまず全員の魔力を回復させ、それからカムイとカレンを除くメンバーが【瘴気耐性向上薬EX】を飲み干した。いよいよ討伐作戦の本番である。
「行きます」
そう言って【ペルセス】に跨ったイスメルが〈魔泉〉へと向かう。その背中を追って他のメンバーも行動を開始した。フォーメーションは事前に決めてあるから、彼らの動きに迷いはない。
まずイスメルを追ってルペが空へ上がった。手には【夜天月弓】を握り、腰には【ルシファンの矢筒】を吊るしている。ただし、イスメルと肩を並べることはしない。彼女の役割は、イスメルを襲う飛行タイプのモンスターを射抜くことである。そして万が一の場合には【太陽の矢】を使って〈ゲートキーパー〉を牽制することになっていた。
ちなみに〈ゲートキーパー〉を倒したあと、残るはずの巨大魔昌石を回収するのもイスメルとルペの役割だった。なおこれは〈キーパー〉の場合と同じく、資料とするために暫くはポイントに変換しない予定だ。それで二人は魔昌石に手で触れてもすぐにはポイントに変換してしまわないように、作戦前にシステムメニューで設定を変更していた。
直接関係するのは二人だけだが、それでもこの方針はメンバー全員に通達され、そして了解を得ている。呉羽などは「自分ももしかしたら」と考え、二人と同じようにシステムメニューの設定を変更していた。
まあそれはそれとして。前述したとおり、ルペはイスメルのために露払いをすることになっているのだが、槍を持っていない彼女は完全に後衛職の装備である。ユニークスキルの力もあるから、普通のモンスター相手に撃墜されることはないだろう。しかし纏わり付かれれば援護に差し障る。それで呉羽が彼女の護衛に付いた。
呉羽は当初、イスメルと一緒に〈ゲートキーパー〉の牽制をすることを希望していた。ただ何度も言うが、〈ゲートキーパー〉は〈魔泉〉に浮かぶように存在していて、つまりその周囲には奈落が口をあけている。万が一にもそこに落ちるわけにはいかないのだ。それで飛行能力に不安のある彼女は、〈ゲートキーパー〉に近づくことを禁止されたのだった。
『【黄龍の神武具】だってあります。ちゃんと飛べます!』
『なら、ルペの護衛をしてやってくれ』
アーキッドにそう諭され、呉羽はようやく引き下がった。ルペを引き込んだ責任がある、と思ったのだ。ちなみに【黄龍の神武具】を装備した彼女は、爆発力はすごいが持続力がない。それでメンバーのなかでも最も大量に〈魔法符:魔力回復用〉を抱え込んでいた。
さて上記のようにイスメル、ルペ、呉羽というのが空中戦の布陣である。一方で地上の布陣は、中央にカムイを据えて左翼にデリウス、右翼にフレクというのが基本的な形になっていた。
後方にはアーキッドとアストールとリムが控えている。アーキッドは全体を見渡して指示を出し、リムは回復要員だ。ポーション類は各自が持っているが、メンバーがダメージを負った場合は基本的に彼女が回復する。アストールは支援魔法による援護と魔力の回復、そして万が一モンスターが抜けてきた場合や、目の前に出現した場合にはその撃退を行う。
カレンは遊撃的に動くことになるが、その一方でスイッチ要員でもある。つまりデリウスやフレクが回復などで後方に下がる場合、一時的にそのポジションを代わるのだ。ちなみにカムイのスイッチはあんまり想定されていない。
さて残ったロロイヤだが、彼はやや変則的に動くことになる。いや、実際にはほとんど動かないのだが、やることが変則的でエゲツないのだ。
彼はこの日のためにある魔道具を作っていた。銘を〈アラクネの地雷原〉という。ちなみに「地雷」や「地雷原」というものはロロイヤの世界にはまだない。彼にそれを教えたのはカムイだ。「ほほう?」と目に危険な光を輝かせたロロイヤを見て、彼は「余計なことを教えてしまった」と即座に後悔したものである。
それで〈アラクネの地雷原〉だが、見た目は金属のパーツを幾つもつけた手袋だった。ロロイヤはこれを両手に装備している。ただし二つ一組なわけではなく、魔道具を二つ装備している格好だ。
能力は「地面に手をついてそこから魔力糸を伸ばし、その先端に接触型の爆裂術式を展開する」というものだ。「接触型の爆裂術式」とはその名のとおり、触れると爆発する魔法陣である。それが地面に展開されているのだから、「踏むと爆発する魔法陣」と言い換えてもいいだろう。そしてそれはまさに地雷そのものだった。
普通であればこの魔道具は、あらかじめ魔法陣を展開しておくという使い方をするのだろう。それだけでもなかなかエゲツないと思うのだが、ロロイヤが考えたのはもっとエゲツないことだった。
彼は敵の足元に直接、接触型の爆裂術式を展開することを考えたのだ。当然、術式はすぐに爆発する。見方を変えれば、足元に爆弾を差し込まれるようなもの。踏まれるのを待つ地雷なんかより、よっぽどエゲツないと言えるだろう。
ただ当初、アーキッドはこの魔道具を討伐作戦に使うことに否定的だった。扱いにまだ慣れていないと言うのもあるし、なにより誤爆の危険がある。だがロロイヤはその懸念を笑い飛ばした。
『その時は【エリクサー】で治してやる。だいたい、誤爆しないように狙って展開しているのだぞ』
そう言って結局、ロロイヤはアーキッドを押し切った。そんな彼のポジションはカムイのすぐ後ろである。要するにカムイを盾にしているのだ。カムイは動き回らず、例の半身像を顕現させて戦うことにしたので、その背中に隠れることが出来たのである。なお、カムイがこういうスタイルを選択したのは、誤爆が怖かったからで間違いない。
『ふむ、ならば〈魔法符:トランスファー〉でいくらでも魔力回復が可能だな』
ロロイヤはニヤリと笑ってそう言っていた。カムイとしては、なんだかどこまでも彼の都合の言いように転がされてしまったような気がしないでもない。ともあれ「気にしたら負けだ」とカムイは自分に言い聞かせた。
地上の布陣が完了するより前から、モンスターはかまわずに出現するしまた襲い掛かってくる。さらに〈魔泉〉に向かっていたイスメルがレッドラインを越えた。〈魔泉〉の中央部で瘴気が集束を始める。その数秒後、ついに〈ゲートキーパー〉が出現した。
「ギィィィィィイイイイイイ!!」
胸をそらせるようにして、〈ゲートキーパー〉が吼える。大音量で、耳障りな咆哮だ。カムイは思わず耳を塞いで顔をしかめた。〈ゲートキーパー〉は相変わらずでかい。カムイはいま半身像を形成しているが、その体格には象とネズミほどの差がある。
分かってはいたが、これではまともに太刀打ちできそうにもない。それがなんだか少し悔しくて、カムイはより多くの瘴気を集め始めた。具体的には足元から地中に伸ばしている〈白夜叉〉のオーラを、根のように枝分かれさせつつ、より深くより広く展開するのだ。地味だが、すでに【Absorption】も〈オドの実〉も最大出力で発動させているので、これ以外に手がないのである。
それでも効果はあった。吸収するエネルギー量が増え、カムイが操る半身像は大きさと厚みを増す。目算で二割ほどだろうか。ただそれでも、象とネズミの対比構造に大きな変化はない。
カムイがまた顔をしかめる。そんな彼に牛ほどの体躯を持つモンスターが三体襲い掛かった。一体は猪に、一体は蜘蛛に、一体はダンゴ虫に似ている。その三体は揃ってカムイ目掛けて突撃し、そしてほぼ同時に下からの爆発を喰らった。ロロイヤが〈アラクネの地雷原〉で仕掛けた接触型の爆裂術式である。
動きを止めた三体のモンスターの下で、もう一度爆発が起こる。これだ。〈アラクネの地雷原〉はいわば遠隔で地雷を設置できる魔道具。ということはつまり一撃で倒せなくても、動きさえ止めてしまえば、あとはハメ殺しにできる。そのエゲツなさを眼前で見せ付けられ、カムイはわずかに頬を引き攣らせた。そんな彼の後ろで、ロロイヤがこう諭すように呟いた。
「……因縁を否定する気はない。感情は時として、理を超えて力を発揮する。だが振り回されるのは見苦しい。頭の中には常に冷静な部分を残しておけ」
「言われなくても!」
イラついていたことを見透かされ、カムイは気恥ずかしいのを大声で隠しながら半身像を操った。ロロイヤが今さっき倒したモンスターの、放置されている魔昌石を回収する。それを見て彼の後ろから笑いを含んだ声がした。
「くっくっく……、冷静になれといわれて、真っ先に魔昌石の回収をするのか」
そう言われカムイは思わず顔を赤くしたが、意地でも振り返らなかったのでそれは見られていないはずだ。だいたい、「冷静になれ」と言っておいて煽ってくるなんて、言っていることと言っている事が違うではないか。
そんな苛立ちをカムイは新たに出現したモンスターにぶつけた。鋭い爪でモンスターを掻き裂き、力まかせに頭を握り潰す。そんなことをしていると頭に上っていた血がだんだんと引いてきて、カムイはようやく周りの様子に目をやった。
当たり前だが、すでに状況は開始されていた。カムイの左右ではデリウスとフレクが、それぞれ襲い掛かってくるモンスターを次々に倒していく。その戦いぶりは危なげがなく、前に出すぎて孤立してしまうこともない。経験の豊富さを物語るような、迷いのない動きである。さすがに魔昌石を回収する余裕はないようだが、それは瑣末な問題だ。
出現位置が悪かったりしてたまに抜けていくモンスターもいるが、大抵はロロイヤが〈アラクネの地雷原〉で爆裂術式を喰らわせ、動きを止めたところをカレンが仕留めている。後ろにはまだアストールも控えているから、カムイたちの側にはまだまだ余裕がある。上々の滑り出し、と言っていいだろう。
そして地上戦が順調なのは、空中戦が順調である証でもある。カムイが視線を上げると、そこではイスメルが〈ゲートキーパー〉を完全に封殺していた。彼女に近づくモンスターは、少し離れたところからルペが全て射抜いていく。ルペの護衛には予定通り呉羽が付いていて、彼女にモンスターを近づけない。
状況としては、想定通りだ。想定通り、膠着している。〈ゲートキーパー〉はひたすらイスメルだけを追い回していて、他のプレイヤーには目もくれない。そのおかげで、他のメンバーは〈ゲートキーパー〉の猛威に曝されずに済んでいた。
一番近くにいるから、ということもあるのだろう。しかしそれ以上に、イスメルが自分のことを無視させないのだ。腕を斬りおとし、顔面を斬り刻む。例の炎を放とうとすれば、その前に暴発させて逆にダメージを負わせている。真正面からぶつかっているはずなのに、その戦闘はあまりにも一方的だった。
そうやってイスメルは〈ゲートキーパー〉のヘイトを自分に集中させている。さらに彼女は位置取りも絶妙だ。〈ゲートキーパー〉の目先は、キュリアズたちがいる丘から完全にそらされていた。
(そろそろ、かな……?)
半身像の左右の手でモンスターを捕まえその瘴気を奪いながら、カムイはそう思った。そろそろ、キュリアズの準備が整う頃合だ。そしてその予想通り、後ろからアーキッドがこう声をかけた。
「お~い、そろそろ来るぞ! 全員注意!」
それを聞いてカムイは緊張を高めた。いや彼だけではない。全員がそうだった。それぞれの顔に意気込みが溢れる。何が来るのかなど聞くまでもない。〈ゲートキーパー〉討伐の切り札、祭儀術式だ。
カムイは丘のほうを見た。そこにいるはずのミラルダたちの姿はさすがに見えない。しかしそこに展開された、巨大な銃身にも似た筒状の魔法陣は、その姿をはっきりと目視することができた。
あの魔法陣は、カムイも一度見たことがある。【ボルテック・ゾア】の魔法陣だ。同じものをイスメルも認めたのだろう。彼女は〈ゲートキーパー〉を誘導し、その背中を完全に丘のほうへ向けさせた。
(巧い!)
それを見てカムイは思わず感嘆した。これで最初の一撃は奇襲になる。あの強力無比な一撃を無防備な状態で喰らうのだ。きっとただでは済まない。彼のその想いはもはや確信に近かった。
イスメルが高度を上げる。その瞬間を見計らい、ついに【ボルテック・ゾア】が放たれた。雷鳴にも似た音を響かせながら、その一撃は濃密な瘴気の帳を切り裂いていく。そして〈ゲートキーパー〉が振り返るよりもさきに、その身体を貫き風穴を開けた。
「やったか!?」
誰かが、そう叫んだ。
ヘルプ軍曹「アクセサリー!? しかもピンバッチ!?」




