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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈ゲートキーパー〉

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〈ゲートキーパー〉6


「頭イタ……」


〈海辺の拠点〉で懇親会が開かれた翌日。お昼近くにようやく目を覚ましたカムイは、ベッドの中で痛む頭を抱えてうずくまった。鼓動に合わせて頭が痛む。頭の中で銅鑼をガンガンと鳴らされている気分だった。


 二日酔いである。カムイは昨日の懇親会で酒豪二人の酒盛りに巻き込まれ、そしてあっさりと酔い潰されたのだ。せめてもの救いは、被害者が彼一人ではなかったことか。ただそれでどう救われるのかについて、今は考えるのも億劫だった。


「ポ、ポーション……」


 まるで死にかけの病人のように、カムイはベッドの中から手を伸ばした。ただ、ポーションが入っている【ヘルプ軍曹監修・ストレージポーチ】は、他の装備と一緒に脱ぎ散らかされて部屋の真ん中に放置されている。


 ベッドからは、だいたい2,3m。その数メートルが今は遠い。カムイは青い顔をしながら痛む頭を堪え、ごそごそと床をまるでナメクジのように這って進み、そしてようやく【低級ポーション】を取り出すと一気に飲み干した。


「うえ……。まだちょっと気持ち悪い……」


 とはいえ、かなり楽にはなった。飲み干した空ビンがシャボン玉のエフェクトに包まれて消えると、カムイは「よっこいせ」と立ち上がった。頭はまだ重いし、快調とは程遠い。それでも普通に動く分には問題なくなったので、カムイは顔を洗うために洗面所へ向かった。


 ジャブジャブと綺麗な水を贅沢に使いながら顔を洗う。普段は【全身クリーニング】で済ませてしまうのであまり水で顔を洗うことはしない。久しぶりだからなのか、それとも二日酔いで苦しんだ後だからなのか、冷たい水を使った洗顔は気持ちが良かった。


「ふう……。あ……」


 顔をタオルで拭きながら一息。そしてこの時になってようやく彼は気付いた。さっきポーションを飲んだときのことである。ベッドから出るのが億劫なら、アイテムショップから新たに一本買ってしまえばよかったのだ。


 朝から(もう昼近くだが)無駄な労働をしてしまったようで、カムイは少しだけ顔をしかめた。ともあれ過ぎたことをクヨクヨと考えていても仕方がない。彼はすぐに「まあいっか」と呟いて頭を切り替えると、脱ぎ散らかしていた装備を着込み、【全身クリーニング】で寝汗をさっぱりとしてから部屋を出た。


 向かうのは一階のリビング。そこにはアーキッドとミラルダとアストールがいて、なにやら談笑している様子だった。カムイが三人に階段の上から挨拶の声をかけると、彼らも揃って振り向き彼に声をかける。


「ずいぶんとゆっくりしておったのう?」


「あ~、すいません。寝過ごしました」


「大丈夫ですよ。〈侵攻〉は起きていませんし、まだ寝ている方もいますから」


 ちなみに、まだ起きてきていないのはキキとリムだという。ロロイヤは一度起きてきたがまた部屋に戻っており、イスメルとカレンと呉羽とルペの女性陣は外へ出かけて行ったそうだ。ただ、そのまま四人でいるのかは分からない。


 カムイはリビングのソファーに腰を下ろすと、アイテムショップの画面を開いた。そして少し考えてから、【フルーツスムージー】を大き目のサイズで購入する。二日酔いの影響で、固形物を食べる気にならなかったのだ。ちなみにお値段は600Pt。


 スムージーを飲みながら、カムイはふと思い立ち、腰のストレージアイテムから地図と【導きのコンパス】を二つ取り出す。【環境復元スフィア】に指定された地方が一体どこにあるのか、それを調べるのだ。


 もともとは遺跡に戻ってきたらやろうと思っていた事柄である。それが戻ってきた矢先にまた出発することになったりして、延ばし延ばしになっていたのだ。加えてルペがいたことで、なかなかそういうタイミングがなかった。


 余談になるが、まだルペにはスフィアのことを教えていない。慎重を期してということになっているが、半分は惰性である。まあそんなわけで彼女が外出している今がチャンスだと思ったわけだ。


 作業自体は簡単である。【導きのコンパス】が指し示す方位を確認し、地図上の現在地から直線を引くのだ。その直線が、〈北の城砦〉で引いておいた直線と交差する場所。そこがスフィアに指定された地方の中心地点である。


 ボルネシア地方とイム・イルル地方の両方の作業を手早く終えると、カムイは二つのコンパスを片付けてから改めて地図を眺めた。描かれた二つの交点は地図がまったく埋まっていない白紙の場所にあり、それぞれここ〈海辺の拠点〉からは遠く離れている。


 どう考えても海を越えた先だ。他の三人にも地図を見せてみるが、カムイと同じ意見だった。というかそれ以外には考えられないだろう。二つの地点が海の彼方であることに、カムイは落胆すると同時に安堵もしていた。


 これで少なくとも彼の分に関しては、スフィアについては棚上げすることになるだろうし、また棚上げしておける。ちなみに他のメンバーのスフィアも指定された地方はそれぞれ遠方にあるようで、そのためパーティー全体でスフィアのことは一旦棚上げする方向になっていた。


「……ところで、三人は何してたんですか?」


 地図を腰のポーチに片付けると、飲みかけだったスムージーに手を伸ばしつつ、カムイはアーキッドたちにそう尋ねた。なんとなく珍しい組み合わせに思えたのだ。


「強いて言えば来客待ちだな。これからデリウスの旦那が来るんだ。そろそろ来るはずなんだがな……」


 軽い調子でアーキッドがそう答えた。なんでも借りていたレポートを返しに来るらしい。ただそれはいわば建前で、本当に話したいことはまた別にあるのだろう。拠点のプレイヤーたちに話を聞かれないよう密談するのに、この【HOME(ホーム)】はうってつけなのだ。


 なんだか面白そうだったので、アーキッドに許可を取ってカムイも同席させてもらうことにした。そして待つことおよそ十五分。【HOME(ホーム)】の玄関扉がノックされ、デリウスらが現れた。


 ミラルダに案内されリビングに姿を現したデリウスは、さらに二人の連れを伴っていた。一人は眼鏡をかけた銀髪の女性で、肩にはゆったりとストールを巻いている。彼女の雰囲気は、どことなくリーンに近いものがあった。身長は160cmほどか。デリウスと比べると、頭半分ほど背が低い。


 もう一人は全身黒ずくめの男性だ。ただし頭と腰の辺りには、狼のものと思しき耳と尻尾が生えている。彼は狼の獣人なのだ。ただしいわゆる人狼ではなく、顔かたちはむしろ人に近い。後で知った話だが、彼の種族は〈黒狼族〉と言うらしい。デリウスよりもわずかに背が高く、身長はたぶん180cmを超えている。


「やあ、ようこそ。寛いでくれ」


 アーキッドはそう言って三人を出迎えた。ソファーを勧め、さらにお茶を用意する。ちなみにコーヒーだ。デリウスは【HOME(ホーム)】の内装を興味深そうに見ていたが、コーヒーの香りに気がついてフッと表情を綻ばせる。そしてアーキッドに右手を差し出してこう言った。


「ここへは前々から一度お邪魔してみたいと思っていた。おかげで念願がかなった」


 小さく笑みを浮かべながらアーキッドと握手を交わすと、デリウスは勧められたソファーに座った。同伴の二人もそれに倣う。そして礼を述べてからコーヒーを一口啜ると、彼はまず左右に座る二人のことを紹介した。


 銀髪の女性は【QuriZ(キュリアズ)】といい、彼の秘書官的な存在だと言う。「キュリーと呼んでください」と本人が望んだので、カムイたちは彼女のことはそう呼ぶことにした。


 一方、〈黒狼族〉の男性は【U()=Fleku(フレク)】という。これは彼のフルネームなのだが、意味合いとしては「ウ族のフレク」ということになる。そのため通常は単に「フレク」と呼ぶことが多く、カムイたちもそれに倣うことにした。


「まずはコレを。大変参考になった」


 デリウスはそう言って、借りていたレポートをアーキッドに返した。アーキッドはレポートを受け取ると、パラパラとめくって確認してから「確かに」と言ってテーブルの端に置く。


 これで建前の用件は終わった。ここからが本題になる。アーキッドは自分用のコーヒーを半分ほど飲み干すと、いささか鋭い視線をデリウスに向けた。そしてこう切り出す。


「それで、話というのは?」


 アーキッドの声音には若干の警戒が浮かんでいる。それもそのはず。デリウスはこの〈海辺の拠点〉で二番目に大きなギルド〈騎士団〉の長。その彼がわざわざ密談したいと言うのだから、さすがにのん気に構えてはいられない。


 デリウスもカップをソーサーに戻すと、背筋を伸ばしアーキッドと視線を合わせた。そして本題となるとその話を、端的にこう切り出した。


「先日話していた〈魔泉〉の主の討伐だが、その作戦に我々三人も加えてもらいたい」


「おいおい……。そいつぁ、また……」


「それともう一つ。これ以上の戦力の引き抜きは止めてもらいたい」


 まだ勧誘は行っていないのだから難しい話ではないはずだ、とデリウスは言葉を続ける。それを聞いて、カムイは意外な気分になった。


「あれ、まだ募集していなかったんですか? てっきり、昨日の懇親会の中でしたものと……」


「いや~、次から次へと酒を飲まされたもんでな。忘れてた」


 アーキッドがあっけらかんとそう答えると、デリウスが少し居心地の悪そうな顔をした。何を隠そう、彼もまたアーキッドに次から次へと酒を飲ませていた犯人の一人である。加えて言えば、酔い潰された数多の被害者の一人でもあった。


 まあそんなわけで、〈魔泉〉の主討伐のための戦力募集はまだ行われていない。デリウスの言うとおり、戦力の引抜きをやめるのは簡単だ。なにしろまだ始まってもいないのだから。


 しかしだからと言って、する・しないは別問題である。それにこのような話を持ってきたからには、デリウスたちのほうにも何か思惑があるはずだ。アーキッドはまずそこらへんのことを尋ねることにした。


「何でまた、志願しようなんて思ったんだ?」


 ロナンも言っていたが、志願は個人の自由である。しかしデリウスは〈騎士団〉という組織を率いる長だ。キュリアズやフレクも恐らくは幹部だろう。責任ある立場と言え、本人たちもそれを自覚しているはず。だが志願すれば、それを放り出していくことになる。それは流石に問題だろう。


「我々がここ〈海辺の拠点〉へ来てから、すでに一年以上が経過している。……私は、そろそろ潮時だと考えているのだ」


「潮時?」


 アーキッドがそう聞き返すと、デリウスは「そうだ」と言って頷いた。そしてこう言葉を続ける。


「少し前から考えてはいたのだ。〈騎士団〉はその役目を終えた。そろそろ解散するべきだ、と」


 デリウスはどこか遠くを見るようにしながらそう言った。もちろん彼が〈騎士団〉を設立した最大の目的はデスゲームのクリア、世界の再生であり、その目標は達成されていない。しかしこのまま組織を維持したとしても、この拠点全体として考えたときには、利よりも害悪の方が大きいだろう、というのが彼の考えだった。


「害悪って……」


 デリウスが口にしたその言葉に、カムイは頬を引き攣らせた。彼が何を意識して「害悪」と言ったのか、咄嗟に分からなかったのだ。そんなカムイの様子を見て、デリウスは改めてこう言いなおした。


「つまり、派閥対立が起こり始めている、ということだ」


 それを聞いてカムイはハッとしたような顔をした。彼はほとんど〈海辺の拠点〉にはいなかったから、そういう発想は出てこなかったのだ。しかし他のメンバーに驚いたような様子はない。多少なりとも世間にすれた彼らにとって、この手のいざこざはむしろ馴染み深いものだった。


 もともと〈騎士団〉とは、かつて〈山陰の拠点〉において攻略の中心となっていたギルドである。そして諸事情によりプレイヤーたちがその拠点を離れることになった時には、計画を含め移動の中核を担った。


 そしてたどり着いたのが、〈海辺の拠点〉である。当然と言うか、ここにも中心となっているギルドがあった。ロナン率いる〈世界再生委員会〉である。そして〈海辺の拠点〉に合流した〈騎士団〉は、そこで二番目に大きなギルドという位置づけになった。


 しかし〈騎士団〉というギルドの存在意義は、それだけにとどまらなかった。


 現在、〈海辺の拠点〉に大きく分けて三種類のプレイヤーがいる。もとからここにいたプレイヤーと、〈山陰の拠点〉から避難してきたプレイヤーと、そしてアーキッドが合流させたそれ以外のプレイヤーだ。


 少し話はそれるが、人は集団になると帰属先を求める。言い換えれば、どこかに所属したがる。そして人が集団になると必ずどこかに不満が生まれる。


 それは〈海辺の拠点〉にも当てはまった。〈騎士団〉が主に〈山陰の拠点〉出身のプレイヤーの帰属先となったのは当然の流れと言える。


 それだけならばよかった。しかし同時に〈騎士団〉は〈海辺の拠点〉におけるナンバー2のギルドだ。だからそこがナンバー1ギルドである〈世界再生委員会〉への、ひいては元からここにいたプレイヤーたちへの、その不満の受け皿として機能してしまうのも、ある意味では当然の流れだった。


「……今のところ、ロナンは上手くやっている。不満の声はあるが、決して大きなものではない」


 前述したとおり、人が集団で生活していく以上、不満が生じるのは仕方がない。ただでさえ、ナンバー1ギルドの長であるロナンには下からの突き上げが多いのだ。そんな中で彼はうまく組織の、そして拠点の舵取りを行っている。デリウスはそう評価していた。


 問題なのは、不満の受け皿となってしまった〈騎士団〉が、そのまま〈世界再生委員会〉の対抗勢力と見られてしまうことだ。これが、デリウスのいう「派閥対立」である。


 もちろん、デリウスにそのつもりはない。むしろ彼はこれまで、一歩引いてロナンを立てるよう心がけていた。対立を避け、プレイヤー間に亀裂を生じさせないためだ。二百人にも満たないような人数しかいないのに、派閥争いなんぞやっている余裕はないのである。


 しかしそういう認識、つまり対立構造が世論として形成されてしまえば、否応なくその立場に立たされてしまうだろう。デリウスやロナンにそのつもりがなくとも、だ。そしてその空気はすでに醸成されつつあるという。


「……放っておいていいのか?」


「良くないな。だからこそ潮時なのだ。〈騎士団〉を解散する、な」


 デリウスは静かにそう言った。〈騎士団〉を解散することで、対立構造を根本から解消する。それが彼の腹案だった。


 しかしそれだけでは意味がない。デリウスという旗頭が残っていては、彼の周りにまた不満を持つプレイヤーたちが集まってくるだろう。それでは同じことの繰り返しになる。彼と言う存在そのものが、〈海辺の拠点〉から消えることが必要だったのだ。そのための討伐志願である。


「……まあ、話は分かった。だけどそれなら、わざわざ討伐志願という形でなくても良かったんじゃないのか?」


 デリウスの話を一通り聞いてから、アーキッドはさらにそう尋ねた。カムイも話を聞く限りでは、デリウスが〈海辺の拠点〉を去ればそれで問題は解決するように思う。しかし彼は首を横に振ってこう言った。


「それではまるで私が追い出されたように映ってしまう。余計な不満が募るだけだ。感情を納得させるためには、形式も重要なのだよ」


 まるで生徒を諭す教師のようなデリウスの口調に、カムイは思わずムッとしてしまった。こういうところでつい反発してしまうのは、彼がまだ子供であることの証拠だろう。ただ同時に、初対面からこれまでの間に形成された人物評価も影響しているはず、というのが彼の言い分である。


 まあそれはそれとして。彼自身が言っていたように、〈騎士団〉を解散させ〈海辺の拠点〉から離れることを、デリウスは少し前から考えていた。ただそうは言っても、前述したように形式を整える必要がある。どうしようかと考えていたところへ、アーキッドが〈魔泉〉の主討伐のために戦力を募集したいと言ってきた、というわけだ。


「私がかつて調査に失敗して、〈魔泉〉の主に辛酸を舐めさせられたことは、ここにいる全てのプレイヤーが知っている。そして君たちが〈キーパー〉という強敵を撃破したことも、昨日の懇親会で知れ渡った。私が君たちの力を借りて〈魔泉〉の主に復讐戦を挑むと言うのは、そう無理のある筋書きではないだろう?」


 デリウスは楽しげにそう話した。確かに事情を知っていればそう考えるだろうし、これならば追い出されたふうには見えない。感情を納得させるための形式は整う、と言うわけだ。しかしカムイはどこか釈然としないものを感じた。


「オレたちを利用するつもりですか?」


「そういう側面があることは認めよう。だがそれだけが志願の理由ではないぞ」


 デリウスは苦笑しながらそう答える。そしてもう一つの理由を、少し声の調子を落としながらこんなふうに話した。


「……あの化け物を倒すならこの手で。それがかなわないなら、せめてその一助に。それが私なりのはなむけだ」


 それが誰へのはなむけなのか、あえて尋ねる野暮なヤツはこの場にはいない。そして尋ねる必要がないからこそ、リビングの空気は少しだけしんみりとした。その空気を振り払うかのように、アーキッドがわざとらしく咳払いをしてから話を再開させた。


「まあ、デリウスの旦那の事情は分かった。志願してくれるっていうのなら断る理由はないな。だが〈騎士団〉を解散させるといっても、そう簡単じゃないだろう? そこらへんのことはどうなんだ?」


 イザコザが残ってここへ寄り付けなくなるのは困るぜ、とアーキッドは言った。浄化樹のこともあるし、〈海辺の拠点〉は彼らにとっても結構大切な場所なのだ。〈騎士団〉を解散させたことで問題が残り、今後の関係がギクシャクしてしまうのは避けたかった。それに対しデリウスは重々しく頷いてこう答える。


「まあ、その辺のことはこちらで上手くやる」


「そう願いたいところだが……」


 アーキッドの表情は険しいままだった。〈騎士団〉はここでナンバー2のギルド。それを解散させようと言うのだから、その影響は〈騎士団〉だけに留まらない。最低限、〈世界再生委員会〉にも話を通しておく必要があるだろう。ともすれば、拠点にいる全てのプレイヤーに事情を説明する必要があるかも知れない。その全てを円滑に、そして混乱なく治めるためには、多大な手間と労力がかかることが予想された。


「ぶっちゃけ、どの程度まで話が進んでいるんだ?」


「今はまだ〈騎士団〉の主立ったメンバーに話しただけだな。そちらの了解が得られてから、さらに話を進めるつもりだ」


 志願を受け入れてもらえなければ元も子もない、ということだろう。そして了解が得られたら〈騎士団〉の全メンバーに話をし、それからロナンにも話を通す。デリウスはそう大雑把な予定を説明した。


 手順としては妥当だろう。ただその話が口で言うほど簡単には済まないであろうことも予想できる。加えて、話が決まったとしてもすぐに動けるわけではないだろう。諸々の準備や後始末があるはずだ。


 それを考えると、意外と時間がかかりそうな気がした。一週間か、もしかしたらそれ以上必要になるかもしれない。なんだか大事になってきたなぁ、とカムイは小さく嘆息するのだった。


「先ほども言ったが、そちらに迷惑はかけない。多少時間はかかるかもしれないが、問題は全てこちらで処理する」


 デリウスがそう断言したので、アーキッドはひとまず頷いて見せた。ダメなようだったらそれを理由に断ってしまえばいいのだ。デリウスも「それでいい」と言ったので、まずは彼の言うとおり任せることになった。


(ま、最初から任せる以外に選択肢なんてないんだがな……)


 アーキッドたちは部外者だ。この手の話し合いに、部外者がしゃしゃり出てもロクなことにはならない。外から成り行きを見守るのが、唯一のできることだ。


「そんじゃまあ、〈騎士団〉の解散と根回しはデリウスに頑張ってもらうとして、だ」


 そう言ってアーキッドは話題を変える。聞いておかなければならないことはまだまだあるのだ。


「そっちの二人も、志願するってことでいいのか?」


「無論。そのつもりで来たのだからな」


「もちろんです」


 アーキッドが視線を向けると、フレクとキュリアズはそう即答した。胸をそらせる左右の二人に、デリウスは小さく嘆息する。そして愚痴るようにしてこう呟いた。


「本当は私一人だけのつもりだったのだがなぁ……」


 キュリアズもフレクもその呟きは聞こえていただろうに、二人とも揃ってすまし顔を浮かべ聞こえないフリをした。その様子にデリウスはため息を漏らす。どうやらここへ来るまでの間にもいろいろあったらしい。それを察して苦笑を浮かべながら、アーキッドはさらにこう尋ねた。


「強いらしいぞ、〈魔泉〉の主殿は。それでもいいのか?」


「アレが化け物じみていることは承知している。なにしろ、拙者もあの場にいたからな。なればこそ、デリウスを一人赴かせるわけにはいかん。一度契約を結んだからには、どちらかがくたばるまで肩を並べ背中を守る。それがウ族の誇りだ」


「私は、あの調査のときは居残り組だったので、敵の強さについては伝聞ででしか知りません。ですが、それはあなた方も同じでしょうし、覚悟もできています。……それに、目を離した隙に団長がまた飲んだくれて、皆様にご迷惑をお掛けしては申し訳ありませんので」


 二人は淀みなくそう答えた。ところでキュリアズがさらっと上司をディスっていた気がするが気のせいか。デリウスが気まずげに視線を彷徨わせているので、たぶん気のせいではないはずだ。ただアーキッドも大人である。そこには触れず、何事もなかったように一つ頷いてさらに話を進めた。


「そうか。そんじゃあまあ、三人とも宜しくってことで」


 アーキッドがそう言うと、デリウスら三人はそれぞれ首を縦に振った。ユニークスキルなどの確認は後ですることにして、今はもう一つ聞いておかなければならないことがあった。アーキッドはそれを口にする。


「そんで、さっき言ってた『これ以上、戦力の募集はしないでくれ』っていうのは、どういうことなんだ?」


「それは我々の都合と言うよりはロナンの都合だな」


 デリウスは少し苦笑しながらそう答えた。多くの戦力を引き抜かれて対〈侵攻〉の防衛戦に穴が開くことを懸念しているのだ。現状、〈海辺の拠点〉は戦力過剰気味だが、防衛戦に関して言えばそれで問題があるわけではない。見方を変えれば戦力に余裕があるということで、指揮する側からすれば実に結構なことなのだ。


 ロナンは戦力が足りなくて追い詰められていた頃を良く知っている。だからこそ戦力が減ってしまうことを心配しているのだろう、とデリウスは話した。そして「その心配は良く理解できる」とも。


「彼には、後を任せてしまうことになる。私としても、あまり手足をもぐような真似はしたくなくてな」


「しかしそれで肝心の戦力は足りるのかえ?」


 ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、ミラルダがそう尋ねた。〈海辺の拠点〉になるべく多くの戦力を残しておきたいという、デリウスの考えは理解できる。しかしそのせいで、肝心の〈魔泉〉の主討伐のための戦力が揃わないようでは本末転倒だ。


「私が言うのもなんだが、〈魔泉〉の化け物を討伐するのなら、いたずらに数を増やすのは逆効果だ」


 自嘲気味な笑みを浮かべながら、デリウスはミラルダの懸念にそう答えた。彼は調査の際に十分と思える数を揃え、そして失敗している。だからなのか、その言葉には重みがあった。


 彼の認識は、アーキッドたちも共有するところである。だが、彼らはデリウスたちの実力をまだなにも把握していないのだ。それで、彼ら三人だけで戦力が十分であると判断するには、まだその材料が足りていない。


「まあ、大事なのは数よりもユニークスキルの方だよな」


 不満げな表情を浮かべるミラルダに苦笑しながら、アーキッドはデリウスに同調しつつそう話題を振った。「戦力が十分であると主張するならその根拠を示せ」と、遠回しに求めたのだ。


 デリウスのほうも心得たもので、彼は一つ頷くと隣に座るキュリアズの方に視線を向けた。どうやら彼女とそのユニークスキルが自信の根拠であるらしい。キュリアズはデリウスの視線を受けると、一つ頷いてから自分の能力についてこう話し始めた。


「私のユニークスキルは【祭儀術式目録】といいます」


 その能力は【祭儀術式の目録。収蔵された術式は特別な準備なしに使用することができ、さらに発動臨界状態でストックしておくことができる。なお収蔵される術式はプレイヤーの成長と共に更新される】というもの。


「質問。〈祭儀術式〉ってなんですか?」


「〈祭儀術式〉とは、主に複数人の魔導士が協力して発動させる、大規模な魔法術式のことをさします。中には特別な触媒や宝具を必要とするものもありますね」


 カムイの質問に、キュリアズはすらすらとそう答えた。その特性上、祭儀術式は気軽に使えるものではない。むしろ通常は周到な準備を行ったうえで発動させる。その力は絶大で、地球で言うところの戦略兵器としてキュリアズの世界では扱われていた。


 そんな祭儀術式を特別な準備なしに使えるのが、キュリアズのユニークスキル【祭儀術式目録】なのだ。しかも一旦発動臨界状態にすれば、そのままストックしておける。つまりいつもで使えるのだ。


「ストックしておけるのは一回分だけですが、攻撃用の祭儀術式は現時点でも複数個あります」


 要するに、それぞれの祭儀術式を発動臨界状態でストックしておけば、連続してぶちかますことが可能、というわけだ。攻撃用祭儀術式の威力がどれほどのものなのかは分からないが、しかし相当に強力であることは容易に想像できる。あらかじめ準備さえしておけば、それを連続して発動可能というのは、いっそ卑怯じみているとさえ言っていい。


 同時にデリウスが自信を持っている理由も分かった。確かにキュリアズのユニークスキルは〈魔泉〉の主のような化け物を相手にする場合には相性がいい。もし彼女があの調査に同行していたら結果は違っていたかもしれないとさえ思う。


(まあ、それはもう言っても仕方がないけど……)


 過去は変えられない。そもそもあの調査の時だって、準備は入念に行っていたのだ。実際、〈魔泉〉のすぐ近くまではたどり着けたし、ケイレブという切り札も同行していた。加えて言うなら、留守番役だって大切だ。


 調査が失敗した最大の理由は、〈魔泉〉にあんな化け物が出てくることを誰も予想できなかった、ということだ。大きな被害が出た以上、それを「仕方がなかった」と一言で済ませることはできないだろう。しかしあの時の状況でどうやって予想しろというのだ、とも思う。


(結局……)


 結局、個人で割り切るしかないのだろう、とカムイは思う。そのことをデリウスはたぶん「はなむけ」と表現したのだ。みんな、あの時のことを引きずっている。〈魔泉〉の主を倒さない限り、きっと区切りはつかないのだ。


 閑話休題。今回、〈魔泉〉にはその主が出現することがすでに判明している。これは前回の調査で持ち帰ってきた最大の成果といっていい。それを最大限活用するのは当然のことだ。


 ドラゴンがいることがわかっているのだから、それを狩るためにドラゴンキラーを用意するようなものである。もっとも、キュリアズの場合は志願だが。まあ需要と供給が一致したのだから、細かいことはいいだろう。


 ただ、問題がないわけではない。そのことをキュリアズ本人が認め、そしてこう説明した。


「私の【祭儀術式目録】は、基本的に複数人の協力がないと使えないんです」


 確かに【祭儀術式目録】に収められた祭儀術式を使うために特別な準備は要らない。しかしそれは場所や小道具、日付や人選などを気にしなくていいと言う意味だ。目録がそれらを肩代りしてくれている、と言ってもいい。


 一方で祭儀術式のように大規模で強力な魔法術式を発動させるためには、それ相応のコストが必要になる。この場合、コストとはつまり魔力のことだ。先ほどキュリアズ本人が説明していたように、祭儀術式を発動させるには本来複数の魔導士が必要になり、つまりそれだけ膨大な魔力コストが必要になるのだ。


 キュリアズのユニークスキルは、そのコストを軽減してくれるわけではない。【祭儀術式目録】とは言い換えれば、「祭儀術式の煩雑な準備を省略してくれる能力」であり、「発動を簡略化してくれる能力」ではないのだ。


 そんなわけで、【祭儀術式目録】は複数のプレイヤーの協力がないと使い物にならない。キュリアズ一人では使えないのだ。そしてそのために、今までは出番がほとんどなかったのだ、と彼女は淡々と話す。


「目録には術式の名前だけではなくて、詳細な情報も載せられています。その中に、発動せるために必要な人数の目安があります」


 今のところ、最も数が少なくて済む術式でも、目安とされている人数は六人。一番多いものだと十三人になる。ちなみに一人当たりの基準となっているのはキュリアズ自身で、そのため彼女より魔力量の多いプレイヤーを集めれば人数は少なくて済むが、その逆もまた起こりえる。


 それともう一つ付け加えておくなら、キュリアズはプレイヤーだ。その能力は元の世界にいたときと比べ底上げされている。つまり普通の人間が祭儀術式を使おうと思えば、もっと人数が必要になるだろう。


 まあそれはそれとして。煩雑な準備が必要ないとは言え、祭儀術式を発動させるためには複数のプレイヤーの協力が必要になる。そしてここが肝なのだが、目安とされる人数で祭儀術式を発動させると、協力したプレイヤーの魔力はほとんど空っぽになってしまうのだ。


 魔力がなくなっても、動けなくなるわけではない。多少の倦怠感はあるが、それも少し休めば治る。しかしユニークスキルの多くは使用に魔力が必要だ。自らの生命線が使えなくなってしまうことを、大多数のプレイヤーは望まない。


 そのため、協力してくれるプレイヤーはほとんどいなかった。ついでに言えば、祭儀術式は強力すぎて使いどころが難しい。〈海辺の拠点〉という環境が、【祭儀術式目録】を持て余してしまったともいえるだろう。このへんの事情も、キュリアズに志願を決意させた一因になっていた。


「……尖った能力であることは、自覚しています。ですが〈魔泉〉の主が相手であれば、この上なく役立つはずです。一人では使えないという欠点も、カムイさんとアストールさんがいれば解決します」


 そう語るキュリアズの言葉には力があった。彼女なりに、自分の能力を生かす場を考えたのだ。


(それに、ミラルダもいるしな)


 アーキッドは脳裏で鋭くそう考えた。カムイとアストールがいれば、目録に祭儀術式をストックしておくのは簡単だ。キュリアズが言っていたように、【祭儀術式目録】の大きな欠点を一つ解決することができる。


 しかしアーキッドが考えているのはそれ以上のことだ。ミラルダはその尻尾に膨大な魔力を蓄えている。その量、なんと当人(狐?)の八一倍。それを利用すれば、術式のストックを使い切ったとしても、戦闘中に新たな祭儀術式を発動させることも可能だろう。


(よくまあ、こんな人材が向こうから来てくれたもんだぜ)


 アーキッドは内心でそう呟いて喜んだ。なにはともあれ、これでデリウスの言い分にも一定の説得力があることが分かった。不満げな顔をしていたミラルダも、「それならば」といった具合に頷いている。


 少数精鋭で臨めるなら、それにこしたことはない。そしてキュリアズのユニークスキルを説明してもらったことで、その目途もついた。とはいえせっかくだ、この機会に他の二人のユニークスキルについても聞かせてもらおう。そう思い、アーキッドは彼らに話を振った。


「キュリーの能力については分かった。ついでに、旦那とフレクの能力も教えてくれないか?」


「ふむ、ではまず拙者から説明しよう。拙者のユニークスキルは【ミネルヴァの抱擁】という。その能力は【〈凶化〉を発動した際に理性を失うことがなくなり、さらにその反動を軽減する】というものだ」


「その〈凶化〉というのは?」


「黒狼族の、いわゆる固有スキルだな。発動させると全ての能力が向上する。反面、使うと理性が薄れ、ひどいとまったくの暴走状態になってしまう。死ぬまで暴れまわるなどという例も、ないわけではない」


「切り札と言うよりは、ほとんど嫌がらせのためのスキルだな、そりゃ」


 フレクの説明を聞いて、アーキッドは眉をひそめながらそう言った。彼の言う「嫌がらせ」とは、敵味方の両方にとって、という意味だ。ちなみにカムイも似たようなことを考えてのだが、彼がそれを言うと盛大なブーメランになってしまうので、神妙に口を閉じていた。


(さ、最近はそういうこともなくなったし!)


 胸中で強がってもむなしいだけである。そして、地味にダメージを受ける約一名については特に頓着されることもなく話は続いた。


「まあ完全な暴走は稀な話だが、反動で数日動けなくなることはザラだな」


 少々苦笑しながら、フレクはそう応じた。要するに、理性を薄れさせて肉体のストッパーを外すのは〈凶化〉というスキルなのだろう。だから使った後には強烈な反動がくる。強力な反面、デメリットのでかいスキルだな、とアーキッドは思った。そしてふと理解する。


「ああ、それでデメリットを打ち消すためのユニークスキルにしたのか」


「まあ、そういうことだな」


 アーキッドの言葉に、フレクはそう応えて深く頷いた。それからまたアーキッドは矢継ぎ早に質問を重ねていく。


「使用コストは?」


「魔力などの消費はない。……ないはずだ。ただ、理性を失わないことを優先したのでな。反動の軽減は完全にとはいかない」


「反動ってのは、具体的にどんな感じなんだ?」


「まずは筋肉痛だな。そして節々の痛みや身体のダルさ。熱を出すことも多い。頭痛や吐き気、眩暈を伴うこともある。どんな症状が出やすいかは、個人差があるな」


「不調がよってたかって襲ってくるってことか。大変だな……。ポーションで治らないのか?」


「ある程度は治る。ただ、どうも抜けきらないというのが正直な感想だな。もう少し高いヤツを使えばいいのかもしれんが、そこまでの余裕もない。まあ、寝れば治る」


「なるほどね……。反動を抑える方法は他にないのか?」


「一般論だが、〈凶化〉の度合いを低くするしかない。その場合、能力の上昇幅もそれほどではなくなる」


「そう上手くはいかないか……」


「もっとも、普通のモンスターを相手にする分にはそれで十分すぎるがな」


 フレクがそういうと、アーキッドは「だろうな」と言って小さく笑った。ともかくこれでフレクの能力については大体分かったので、アーキッドは次にデリウスのほうへ視線を向ける。視線があうと彼はすぐに頷いて、それからこう話し始めた。


「私のユニークスキルは【ARCSABER(アークセイバー)】という。能力は【得物の間合いを拡張する】というもので、基本的にはノーコストで使える。魔力を使えば、威力と効果を増すことも可能だ」


「シンプルなだけに使い勝手が良さそうだな。ノーコストの場合、効果はどれくらいなんだ?」


「今は、最大で三割り増しといったところだな。どうやら固定ではなく、プレイヤーに合わせて成長してくれるらしい」


 どことなく嬉しそうに、デリウスはそう語った。単純に効果が増したから、と言うだけではない。自分の成長を実感できるのが嬉しいのだ。レベルの確認やステータスの参照が出来ないこのゲームでは、成長を実感できることもまた、一つの武器なのである。


「魔力を消費した場合、効果はどれくらいになる?」


「それこそ消費量によるが……。しかしそうだな……。一撃に全てを込めれば、〈北の城砦〉の城壁くらいは斬り捨てられるかも知れん」


 つまり100mを超えるような間合い、城壁を切り崩せるような威力、ということだ。ただそれを聞いて、カムイは「あんまり大したことはないな」と思ってしまった。全てをこめてその程度なのか、と。イスメルなら同じことを、もっと簡単にやってしまうに違いない。もっとも彼女は規格外もいいところなので、比較対象にするのがそもそも間違いかもしれないが。


 まあ、他人との比較はこの際いい。城壁うんぬんの話は「やろうと思えばできる」ということであって、最初からそれを想定していたわけでは決してないのだ。要するに向き不向きの問題だ。質問の仕方が悪かったな、とアーキッドは思った。


「威力よりも使い勝手優先、ってことか」


「まあ、そうなるな」


 デリウスは苦笑しながらアーキッドにそう応じた。そこへキュリアズがすまし顔でこう言葉を挟んだ。


「小さくまとめてしまった、ということです。団長の器と同じですね」


 しれっと吐かれた毒に、デリウスが渋い顔をする。カムイはその様子を見ながら「キュリーさんは毒舌家だなぁ」と思った。とはいえその舌鋒が自分に向かない限りはどうとも思わない。むしろ「いいぞ、もっとやれ!」と心の中で囃し立てた。


「……皆がみな、尖った能力を持っていては収集がつかん。全体として補完しあえることが重要なのだ」


 渋い顔をしたまま、デリウスはそう言った。その言葉が弁解じみて聞こえるのは、カムイの性格が悪いからかもしれない。空気がヘンに生ぬるくなったところで、アーキッドが小さく含み笑いをしながらこう言った。


「ともかく三人ともそれなりに戦えるってことは分かった。キュリーの能力が今回の作戦向きだってこともな。さらに詳しくは、話が決まってからにしよう。ってことでデリウスの旦那、あとはそっちの仕事だ。〈騎士団〉解散の話、うまいことまとめて来てくれ。そしたら、そっちの要求ものもう」


「妥当なところだな。分かった。では、失礼する」


 満足げにそう言うと、デリウスは立ち上がった。キュリアズとフレクもその後に続く。彼らが去ると、カムイはなんとなしにため息を吐き脱力した。


(さてさて、どーなるのかね)


 今回の一件は彼が言いだしっぺである。けれどもなんだかもうとっくに、自分の裁量を超えてしまっているような気がした。


 もう後へは引けない。話が進むごとに、より強くそう感じる。怯えているわけではないが、滾っているわけでもない。強いて言うなら、緊張している。


 ――――I’ll be back.


 その言葉を、もう一度口の中で転がした。


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