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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート
8/127

ゲームスタート8

「なあ、そろそろここから移動しないか?」


 カムイと呉羽が合流して十日が過ぎた頃。朝の稽古を終えて二人で朝食を食べているときに、カムイはおもむろにそう提案した。それを聞くと呉羽はなぜか箸を止め、不安げな眼差しを彼に向ける。


「カムイ……、まさか一人で……?」


「違う違う。二人で、だ」


 カムイが苦笑して手を振りながらそう否定すると、泣きそうになっていた呉羽は明らかにホッとした安堵の表情を見せた。その表情は、稽古のときの鬼軍曹じみたそれとはまるで異なり、年頃の、しかも可憐な少女といったふうで、カムイは思わずドギマギしてしまう。


(なんだか、なぁ……)


 調子が狂う。呉羽に泣かれたあの夜からだ。


 あの夜、カムイは彼女のまた別の顔を見た。あの夜の彼女は、凛々しくて強い女剣士ではなく、孤独に怯えて泣き縋る一人の女の子だった。


 人には色々な面がある。当たり前の話だ。だけどそれに気付けるかどうかは、きっと当たり前の話ではないのだとカムイは思う。そして一度気付くと、同じ人間でも違うふうに見えてくるから不思議だ。


 いやもしかしたら、あの夜を境に呉羽も少し変わったのかもしれない。一度あんなふうに泣いたせいなのか、彼女はカムイの前でも肩ひじを張らなくなったように思う。対応が柔らかくなったというか、緩くなったというか、そんな気がするのだ。そして同じことが、恐らくカムイにも言える。


 それはたぶん、二人の距離が近くなったということだ。考えてみれば当たり前で、それまでまったく見ず知らずの二人だったのだ。気が合ったとは言っても、どこかに壁は存在する。その壁は決してなくなったわけではない。けれどもあの夜をきっかけに、確かに薄くなった。そんなことをカムイはこの頃、ふとした拍子に感じている。


 それが嫌なわけではない。ただ、当初は半分男みたいな感じで接していたものだから、急に女の子らしい一面を見せられてしまうと調子が狂う。それがここのところのカムイの、悩みとは言えないような悩みだった。


「……ずっとここにいたって、ゲームは攻略できないだろ? ゲームクリアのためにも、何とかしてここから動いて他のプレイヤーを探さないと」


 内心のアレコレは表に出さず、カムイはなるべく平静を装ってそう言った。それを聞いて呉羽は困ったように苦笑を浮かべる。


「そうは言ってもなぁ……。動きたくても動けないからここにいるんだ。わたしの場合は」


 この世界は瘴気に覆われている。瘴気に覆われてしまったために滅んだ、と言っても過言ではない。それで当然、二人が今いるこの拠点の周囲一帯も瘴気に覆われている。それでここから別の場所に、例えば他のプレイヤーたちが拠点としている場所に行くためには、どうしても瘴気が漂うその只中を移動しなければならないのだ。


 全てのプレイヤーには、この世界における平均的な瘴気濃度の中で、問題なく活動できるだけの耐性が与えられている。しかしどうやら、この拠点の周囲一帯を覆う瘴気の濃度は平均よりも高いらしい。それで呉羽は拠点から離れて山を下りようとすると、途中で猛烈な吐き気に襲われて動けなくなってしまうのだ。


 そんな状態でさらなる移動などできるはずもない。そのため呉羽はこれまでずっと、ゲームのスタート地点である拠点の周囲から動くに動けず、言ってみればそこに軟禁されているような状態だった。


 逆を言えば、呉羽だって動けるものなら動いている。動けないからここにいるのだ。決して、すき好んでここにずっといるわけではない。


 その状況は、今もほとんど変わっていない。動ける範囲は、ゲーム開始時点と比べれば広くはなっている。しかしまだこの山から下りることさえできない。他のプレイヤーを探すなんて、夢のまた夢だった。


(もしかしたら……)


 もしかしたらこのゲームがクリアされるまで、自分はここでずっと一人かもしれない。カムイと出会う前まで、呉羽は何度もそんなことを考えては孤独に怯えていた。それくらい彼女はここから移動する目途が立たない状況だったのだ。


「カムイだけなら、なんとでもなるのにな……。すまない、足を引っ張って」


 呉羽は申し訳なさげにそう言った。カムイには白夜叉がある。彼が外からここまで来たことからも分かるように、彼は高濃度の瘴気のなかでも移動できる。だから彼だけなら、ここから出て行くのは簡単だ。


 だけどあの夜、呉羽はカムイに泣きついてしまった。「一人にしないで」と縋りついてしまった。それが彼を縛っている。それが申し訳なくて、だけどまた一人になるのはもうイヤで。


 我侭だと分かっている。みっともないと知っている。だけどカムイは「分かった」と言ってくれた。それに甘えてしまう。そして甘えられることが、なんだかとても心地よい。


「まあ二人いるわけだし、色々試してみようぜ。何か方法があるかもしれない」


 そう言って、カムイはまた甘やかしてくれる。そして呉羽はそれに甘えるのだ。


(一人でなんとかしなくちゃいけないのに……)


 頼りきってはいけない。依存してはいけない。そうでなければ、対等でいることはできない。呉羽の中のその思いは強い。だから甘えてしまうことに、うしろめたさは確かにある。


「わかった。カムイがそういうのなら、やってみよう。実際、ここにずっといてもゲームはクリアできないだろうからな」


 そんなふうに言い訳して、うしろめたさから目を背ける。だけど同時に、呉羽はこんなふうにも思うのだ。


(わたしも、カムイを助けたい……)


 甘えてしまうだけなんて、呉羽はイヤだ。そんなのは対等じゃない。頼ったのなら、同じだけ頼られたい。


(強く、ならないと……!)


 今は甘やかされて頼ってしまうだけだけど、いつかカムイが自分に頼れるように。呉羽はそう心に誓った。


 さて朝食が終わると、カムイと呉羽はさっそく相談を始めた。議題は「いかにしてここから移動するのか?」である。


「呉羽は、今までに何か試してみたことはあるのか?」


 カムイはまずそう尋ねた。それに対し呉羽はゆっくりと一つ頷く。ただ、彼女の表情は苦い。それらの試行錯誤が上手くいっていれば、彼女はさっさとここから移動していたことだろう。


「どんなことをしたんだ?」


 失敗したことを承知でカムイはそう尋ねた。成否を知りたかったわけではない。どんなアイディアがあるのか、それが聞きたいのだ。


「ユニークスキルを、【草薙剣/天叢雲剣】を使ったんだ。特に天叢雲剣には天を、つまり空気や大気を支配する力があるから、それでどうにかできないかと思って……」


 天叢雲剣の力を使って、瘴気を自分の周りから退けられないかと考えたのだ。まず天叢雲剣の力を使って空中に境を決める。つまり空気の壁を作って、内と外を区別するのだ。これを呉羽は「結界を張った」と表現していた。


 そして結界の内側にある瘴気を外へ出す。そうすれば結界の内側の瘴気濃度は下がる。後は結界を維持しながら動けばいい。永遠に動き続けることはできないが、疲れたらその時はアイテムショップから【簡易結界(一人用)】でも買って休めばいいだろう。呉羽はそう思っていた。


「だけど、上手くいかなかったんだ」


 自嘲気味に笑いながら、呉羽はそう結果を話す。なんでも、天叢雲剣の力では瘴気を操ることはできなかったのだという。それでは結界の中の瘴気濃度を下げることはできない。


「アイテムショップで何か良いアイテムがないか探したりもしたけど、なかなか無いし……。後はもう、リクエストを出すくらいしか方法はないかと諦めていたんだ」


 しかしリクエストを出せば、それだけで100万Ptもかかる。そんな高額のポイントは用意できない。結局、少しずつ身体の耐性を高めていくしか実行可能な方法は無かったのだと言う。


「……結界自体は張れたのか?」


 呉羽の話を一通り聞くと、カムイはまずそう尋ねた。それに対し、呉羽は力なく首を横に振る。


「張るには張れたけど、完全じゃないんだ」


 瘴気を操って結界の外に出すことはできない。なら最初から結界の内側の瘴気濃度を低くすればいい。呉羽はそう考え、拠点の中で天叢雲剣の力を使って結界を張り、そして外へ出た。


 すると、結界は確かにある程度は機能していた。移動できる範囲が格段に広くなったのだ。成功したと喜んだ呉羽は、どんどん拠点から離れていった。


 しかし結界は完全ではなかった。まるで水が浸み込んでくるかのように、徐々に瘴気が結界の内側に入ってきたのだ。


「あの時は酷い目にあった」


 顔をしかめながら、呉羽はそう言った。瘴気が浸み込んでくれば、結界内といえどもそのうち外と同じになる。彼女は徐々に吐き気に襲われた。しかしその時、彼女はいつもより拠点から遠くに離れてしまっていた。つまり彼女は高濃度の瘴気のど真ん中にいて、安全圏に戻るまでに距離があったのだ。


 呉羽はだんだん酷くなる吐き気を必死に堪えながら拠点へ戻った。ただ戻るだけであればもう少し楽であったかもしれない。しかし彼女は天叢雲剣を制御して結界を張り続けなければならなかった。


 もうほとんど用をなしていなかったとはいえ、結界内はまだ外より瘴気濃度がかろうじて動ける程度には低かったのだ。そして結界が消えれば吐き気はさらに酷くなり、本当に動けなくなってしまうだろう。ジリジリと迫る行動限界に焦れ、変わらず襲ってくるモンスターを何とか切り抜けて、呉羽は命からがら拠点へ戻ったのだった。


「あれ以来、結界はもう使っていない。かえって危険だからな」


 渋い顔をしながら呉羽はそう言った。どうやら、身の丈にあった範囲で動くのが一番と悟ったらしい。しかし今は、無理にでもその“身の丈”を越えてもらわなければならない。彼女が自由に動き回れるようになるのを待っていては遅すぎるのだ。なにより、今は呉羽一人ではなくカムイもいる。二人なら、一人よりもできることは多くある。


「結界が多少でも機能するなら、やりようはあるかな?」


「本当か!?」


 カムイの言葉に呉羽が歓声を上げる。「早速試してみよう」と彼女が言うので、カムイはどんな方法かも説明しないまま外へ出た。


「それで、まずどうすればいいんだ?」


 開けた場所へ出ると、呉羽はウキウキとした表情をしながらカムイにそう尋ねる。楽しいのか嬉しいのか、たぶん両方なのだろう。


「まずは結界を張ってくれ」


 カムイは少しだけ苦笑しながら、まずはそう言った。呉羽は「分かった」と言うと、すぐに意識を集中して天叢雲剣の力を使い、彼女を中心として直径が10メートルほどの半球状の結界を張った。この時点ではまだ、結界の内と外の瘴気濃度は同じである。


「それで、これからどうするんだ?」


「これから、こうするんだ」


 そう言ってカムイはアブソープションと白夜叉を発動した。するとたちまち、結界内の瘴気がカムイに吸収され、その結果として瘴気濃度が下がっていく。その様子を見て、呉羽は「おお!」と歓声を上げた。


 カムイがやったのは、呉羽が最初に考え付いたアイディアの焼き直しにすぎない。呉羽の天叢雲剣では瘴気を排除することはできなかったが、カムイのアブソープションならこれを吸収することができる。こうやって吸収して、さらに外からの流入が無ければ、結界内の瘴気濃度は自然と下がる、という寸法だ。


「さて、こんなもんか?」


 結界内の瘴気をあらかた吸収しつくすと、カムイはアブソープションと白夜叉の能力を抑えた。白い炎のように揺らめいていたオーラが、スッと小さくなる。これで結界内の“浄化”は完了である。もちろん結界が完全でない以上、瘴気は徐々に浸み込んでくるだろう。しかしカムイがいれば問題はない。また吸収すればいいのだ。これで、呉羽が移動する目途が立った。


「すごい……! すごいぞ、カムイ!」


 すごいすごい、とはしゃぎながら呉羽はカムイに抱きついた。柔らかい胸が押し付けられ、カムイは思わずドギマギする。しかし彼のそんな様子には少しも気づかず、呉羽は抱きついたままさらに歓声を上げた。


「これで動ける……! やっと動けるんだ!」


 やったぁ、と無邪気に喜ぶ呉羽の様子にカムイも思わず頬が緩む。彼自身にそんなたいしたことをしたつもりはないのだが、しかしこうも目一杯喜んでくれているのだ。悪い気などするはずもない。それで彼女の背中に手を回しながら「良かったな」と言うと、呉羽は「うん、うん」と言って何度も頷いた。


(ま、役得ってことで……)


 喜ぶ女の子に抱きつかれて喜ばない男はいない。特に呉羽のような美少女ならなおさらだ。カムイは健全な男の子で、つまりその例に漏れない。それで呉羽が自分から離れるまでは好きにさせておくつもりだったのだが、それより前に彼の目の前である異変が起こった。


「……っ!? 呉羽!」


 鋭く名前を呼んでカムイは呉羽の身体を引き剥がす。彼女は一瞬だけキョトンとした顔をしたが、カムイの視線の先にあるものを見るとすぐに表情を引き締める。


 地面から、瘴気が煙るようにあふれ出してきている。それはまるで、火山で蒸気や硫黄が吹き出すときのようだった。ただし、それよりも遥かに禍々しい。そしてあふれ出てきた瘴気はいくつかに纏まり、そして形を作ってモンスターへと変化した。


「「ギギギィィィィイイイ!!!」」


 まるで自らの誕生を祝うかのように、二体のモンスターは揃って雄叫びを上げた。その耳障りな声に、カムイは思わず顔をしかめる。


 現れた二体のモンスターはそれぞれ似たような姿形をしていた。二体とも痩躯の人型で、身長は170センチほどか。手には剣のようなものを持っている。


(モンスターってのは、やっぱり瘴気の塊だったんだな)


 多分そうだろうと予想はしていた。しかしこうして目の前で瘴気が集まり、そしてモンスターが出現したことで、その予想は確信へと変わった。


(ま、どうせやる事は変わらないさ……!)


 モンスターが現れたのなら、倒して魔昌石を回収し、稼ぎになってもらうだけだ。


「呉羽、一体ずつでいいか?」


 臨戦態勢を取ってモンスターと睨み合いながら、カムイは呉羽にそう確認する。彼は「もちろんだ」という即答を期待していたのだが、しかしその期待に反して呉羽の答えは歯切れが悪い。


「いや……、それが……」


「どうした?」


「どうも、あのモンスターは外の瘴気を呼んでいるようなんだ」


 結界に掛かる圧力が増している、と呉羽は言う。さらに「結界の維持に集中すると思うように戦えないかもしれない」と彼女は言った。それを聞いてカムイは思わず眉間にシワを寄せた。ようするに、呉羽は戦力として期待できない。


「どうする、結界を解除するか?」


「……いや。この先、同じことがあるかも知れない」


 呉羽の言葉に、カムイは難しい顔をしながらそう答えた。今この場を切り抜けるだけなら、彼女の言う通り結界を解除するのが上策だ。しかし、この方法で移動しようとする限り、同様の事態は高い確率で起こるだろう。それも、何回も。


「その度に結界を解除するわけにもいかないだろ?」


「まあ、それはそうだが……」


 カムイの言い分に、呉羽は少し不満そうにしつつも頷いた。ここでならまだいい。結界を解除しても呉羽は十分に動ける。しかし高濃度の瘴気の中で結界を解除してしまったら、彼女はたちまち吐き気に襲われて動けなくなってしまう。それを避けるためにも、モンスターに襲われた程度で結界を解除するわけにはいかないのだ。


「だけど、大丈夫なのか? カムイだって……」


 呉羽は心配そうに顔を歪めた。白夜叉の防御力は、アブソープションによって補充され続けるエネルギーに依存している。しかし今、結界の中には吸収できる瘴気はほとんどない。それはつまり、白夜叉の能力が制限されることを意味していた。


「ま、何とかするさ。いざとなったら助けてくれ」


「……分かった。その、気をつけて」


 呉羽のその言葉に「おう」と一言答えると、カムイは彼女を庇うように一歩前に出た。いつになく不利な状況での戦いだが、彼に気負いはない。自信があるわけではない。いざという時は、結界を解除すればいつも通りに戦えるという、ある種後ろ向きな保険のおかげである。


(けど、勝たないとな……!)


 ただ、この方法を利用して移動するのであれば、この戦闘にはどうしても勝たなければならない。これで勝てないのなら、この方法は机上の空論で終わってしまう。動けると喜んでいた呉羽のためにも、カムイはこの状態でも勝てることを証明したかった。


 幸い、体内のエネルギー量にはまだ余裕がある。すぐにガス欠になってしまうことはないはずだ。ただそれでも、長期戦が不利であることは明白。早く終わらせようと思ってカムイが動こうとしたまさにその矢先、機先を制するようにして二体の人型モンスターが動いた。


「っ……!? ハァ!!」


 先手を取られたカムイは焦った。それで反射的に、咆撃を前に出ていたほうのモンスターに向かって放つ。その一撃はモンスターを倒すには至らなかったが、しかし後ろに吹き飛ばして地面に倒すことには成功した。


「ちっ……!」


 それを見て、しかしカムイは顔をしかめて舌打ちを漏らす。今の咆撃で体内のエネルギーをずいぶん使ってしまった。体感だが、残りは半分弱しかない。本当に、さっさと決着を付ける必要があった。


 カムイは前に出た。白夜叉のオーラは抑えたままだ。突っ込んでくる彼に対し、後ろにいて咆撃の影響を受けなかったもう一体のモンスターは、手に持った剣のような黒い得物を振り上げる。


「ギギィ!」


 振り下ろされたその黒い得物を、カムイはモンスターの腕を掴んで受け止める。白夜叉のオーラを抑えたままにしているせいか、いつもより敵の攻撃が重い気がした。しかし耐え切れないほどではない。彼は腕に力を込めて対抗する。


「ギィ!」


「おっと!」


 奇声を上げながら、モンスターが空いていた片腕を振りかぶる。その腕を、カムイもまたもう片手で掴み、抑え込む。のっぺりとした顔に浮かぶモンスターの赤い目と、彼は至近の距離で睨みあった。


(さて、これからどうするよ!?)


 確かにモンスターの動きは抑え込んだ。しかし逆に言えば、カムイの動きも抑え込まれている。しかもモンスターは二体いるのだ。早くしないともう一体が加わって、たちまちカムイは不利な状態になってしまう。


(この状態からの攻撃手段……!)


 それをカムイは必死に考える。咆撃を放つことも考えたが、しかし一撃では倒せないだろう。そうでなくとも、もう一度咆撃を放てば溜め込んでいた体内のエネルギーがすっからかんになって、カムイはもう戦えなくなってしまう。


(何とか、エネルギーを補充したいんだけど……!)


 頭の血管が切れそうなほど両腕に力を入れながら、カムイはそう思った。そしてその瞬間、彼は閃いた。


 補充するエネルギーとはつまり瘴気のことである。そして瘴気ならあるではないか。彼のすぐ目の前に。


「アブソープション、全開!」


 カムイはそう叫んだ。その命令に従い、全開にされたユニークスキル【Absorption(アブソープション)】の吸収能力が発動する。標的は目の前にある瘴気の塊、すなわちモンスターだ。


「ギィィィィィ!?」


 モンスターが苦しみながら身をよじる。カムイはそれを見て、なにより体内に流れ込むドロドロとしたエネルギーの存在を感じ取って、アブソープションが確かにモンスターから瘴気を奪っていることを確信した。


「お前を……、喰ってやる!」


 白夜叉のオーラを白い炎のように揺らめかせながら、カムイは獰猛で嗜虐的な笑みを浮かべてそう吼える。その光景は確かにカムイがモンスターを喰らっているかのように呉羽には見えた。


「ラアアァァァアア!」


 そしてカムイは雄叫びを上げながら、腕を左右に広げてモンスターの身体を真っ二つに引き千切った。ポトリ、と魔昌石が地面に落ちる。しかし本来なら宙に解けて消えていくはずのモンスターの身体は、そのままカムイに吸収された。まさしくモンスターを喰ったのだ。


「ふぅぅ……」


 モンスターを倒したカムイは、気を落ち着けるように深く息を吐いた。そんな彼に呉羽の鋭い声が飛ぶ。


「カムイ! 後ろだ!」


 その言葉とどちらが早かったのか。カムイは背中に鈍い衝撃を受けた。しかし大したダメージではない。十分なエネルギーを補充され、全開になった白夜叉のオーラが防いでくれている。完全な不意打ちであったのにほぼノーダメージ。相変わらず出鱈目な防御力だった。


 ただその一撃は鎮めたはずの彼の気を、もう一度昂ぶらせるには十分すぎた。もう一体のモンスターも喰らおうと、カムイは獣じみた笑みを浮かべながら振り返る。しかしそこで彼が見たのは、耳をつんざくような悲鳴を上げながら消えていくモンスターとその後ろで刀を振りぬく呉羽の姿だった。


「すまない。隙だらけだったものだから、つい……」


 少し怯えたような顔をしながら、呉羽はそう言った。カムイは数秒黙っていたが、ややあってから「いや」と言ってから首を横に振り、それから白夜叉のオーラを抑えた。


「無事に倒せてよかったよ。そっちの魔昌石は呉羽の取り分な」


「あ、ああ。ありがとう」


 そういう呉羽にヒラヒラとぞんざいに手を振ると、カムイは自分が倒したモンスターの魔昌石を拾った。手に持つと、すぐにシャボン玉のエフェクトが現れてポイントに変換される。それを見届けると、彼は大きく息を吐いた。


「さて、と。何はともあれ、これでここから移動する目途が立ったな」


 カムイは立ち上がると、呉羽のほうを見ながらそう言った。結界を張り、その内側の瘴気濃度を下げることはできたし、またモンスターが現れた場合の戦闘もどうにかなりそうだ。まだ実験を続ける必要はあるだろうが、それでもそう遠くない時期に今の拠点を離れて他のプレイヤーを探しに行けそうである。


「ああ、カムイのおかげだ」


「よせって。それで、今日はもうここまでにするか?」


 この実験は必要なものだが、しかし稼ぎの観点から言えば効率は悪い。アブソープションが使えるカムイはともかく、呉羽の稼ぎは最悪だろう。カムイはそれを心配したのだが、しかし当の彼女は首を横に振った。


「いや。実は一つ、試してみたいことがあるんだ」


「ふうん、何を?」


「さっき、瘴気が地面から噴き出しているように見えただろう?」


 ということは、大地もまた瘴気に汚染されているのではないか。呉羽はそう思ったのだ。


「それで草薙剣の力を使えば、地面からその瘴気を取り除けるんじゃないかと思ってな」


 もちろん、その瘴気を消し去ることはできない。それでは意味がないと思うかもしれないが、しかしそんな事はない。実際のところ、大きな意味があった。


 このゲームのクリア目標は「世界の再生」だ。そしてそのためには瘴気を何とかしなければならない。今まで瘴気とは大気中に浮遊しているものだけだと、カムイや呉羽は思っていた。ところが今回、大地もまた瘴気に汚染されていることが判明した。瘴気の厄介な性質がまた一つ明らかになった、ということだ。


 しかしもし、この地面に含まれる瘴気を空気中に発散させることができれば、後はいわゆる“普通”の瘴気と同じ対応で対処できる。例えばカムイがアブソープションで吸収するなどして、大地を“浄化”することができるのだ。これからゲームを攻略していく上で、この意味は結構大きい。


「なるほど……。ま、やってみれば良いんじゃないのか?」


 呉羽の考えを聞くと、カムイは一つ頷いてからそう言った。何事も実験して実証することが大切なのだ。


「うむ、そうだな! では早速……」


 呉羽はそういうと、嬉々とした様子で愛刀を地面に突き刺した。そして柄を両手で逆手に握り、目を閉じて意識を集中する。その様子を、カムイは少し離れたところから見守った。


「いくぞ……」


 はぁ! という掛け声と共に呉羽は草薙剣に力を込めた。ちなみにここでいう力とは物理的な腕力のことではない。草薙剣の能力を発動させる、いわゆるマジックパワー的な力のことだ。


 後で聞いた話だがこのとき呉羽は、地面に草薙剣の力を流し込み、それによって瘴気を押し出そうとしたのだという。結果から言えば、その試みは成功した。成功しすぎて、全体の評価としては失敗だった。何が起こったのかと言う、大量の瘴気が一気に地面から噴出したのだ。


「おいおいおいおい!?」


 ボワン! という擬音が似合いそうな勢いで、地面から瘴気が吹き出す。カムイの視界は一気に真っ黒になった。今までに見たことがないくらいの、高い瘴気濃度である。


 なお悪いことに、結界が張ったままになっていた。つまりこの高濃度の瘴気は結界に閉じ込められ、外に拡散していかない。それで何が起こるのかと言うと……。


「うえぇぇぇ……!」


 呉羽が思いっきり吐いていた。カムイは慌てて彼女を抱き起こすと、脇に抱えてアジトへ引き返す。ちなみに彼自身は白夜叉のオーラに守られて無事だった。


「バカなの? お前バカなの?」


「ゴメン、つい!」


「つい、じゃねーよ」


 拠点に戻り呉羽の調子が回復すると、お説教が始まった。大人しく正座する呉羽にカムイはジト目を向ける。


「瘴気が噴き出てくるなんて、最初から予想してただろ?」


「はい」


「だったらさ、あんな一気にやらなくてもいいじゃん」


「はい」


「瘴気濃度が高くなったらヤバイってのは知ってるんだからさ。もっと慎重にやってくれよ、慎重に」


 大切なことなので二度言った。


「はい、仰るとおりです」


「オレは白夜叉があるからいいけどさ。もし他のプレイヤーがいたら巻き添え食って死んでたかも知れないんだぞ?」


「まことに申し訳ないです……!」


「呉羽だって、あんなに吐いちゃってさ……」


「お見苦しいものをお見せしました……!」


「反省した?」


「はい。しました!」


「次からは気をつけてくれよ」


「はい!」


 呉羽がそう元気良く返事をしてお説教は終わった。シビレが切れたらしく、呉羽が正座を崩すのに苦労している。それを、カムイはニヤニヤしながら眺めた。


「さ、少し早いけど昼メシにしようぜ」


 システムメニューを開いてみると、そろそろお昼の時間だった。カムイはそのままアイテムショップへ進み、【日替わり弁当A】を購入する。今回はサンドイッチとフルーツで、さらにパックの牛乳が付いていた。見れば呉羽も同じようにメニューを開いている。


「カムイ、カムイ! 見てくれ!」


 不意に呉羽が興奮した声でカムイの名前を呼ぶ。カムイは「どうした?」というと、言われた通りに彼女のメニュー画面を覗き込む。開かれていたのはポイント獲得のログ画面で、その最新の項目にはこんなことが書かれている。


《地面から瘴気を取り除いた! 10,000Pt》


 初期設定のときにヘルプさんから聞いた情報に寄れば、「ある行為が世界の再生に資すると判断された場合」にポイントは発生する。ということは、呉羽がやったように地面から瘴気を取り除くことは、「世界の再生に資する」ということだ。


 しかも、瘴気そのものをどうにかしたわけではないと言うのに、1万Ptも発生している。この1万Ptというのは、単独としてはカムイも見たことのない桁だ。つまり単にモンスターを倒すよりも、世界の再生に役立っているということになる。


 コレは大きな情報だ、とカムイは思った。これからゲームを攻略していく上で、必ずや大きな意味を持つようになるだろう。呉羽も興奮しているのか、目を輝かせつつも神妙な顔でこう言った。


「よし、お風呂に入ろう」


 何を言い出すかと思えば。カムイは一気に呆れた顔になった。


「……っは!? ということは! 毎日お風呂に入れるのではないか!?」


「……正座!」


「なんでだ!?」


「やっぱバカだろ、お前!? いやアホだろ!?」


「な!? 馬鹿はいいが阿呆は聞き捨てならないぞ!」


「馬鹿はいいのか!?」


 なんやかんやガヤガヤと。二人はまたしばらく騒ぐのだった。


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