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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈北の城砦〉攻略作戦

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〈北の城砦〉攻略作戦13


「これは……、想像以上ですね……」


 目の前の戦場いっぱいに張り巡らされた、黄金色の魔力糸。それを眺めながら、イスメルは半ば呆れたようにそう呟いた。ミラルダが「任せろ」というのだから特に心配はしていなかったが、これほど圧倒的なものを見られるとは思っていなかった。頼もしい限りである。


 しかしこうも圧倒的であるなら、自分がここで後詰をしている必要はないようにイスメルは思った。それならここでぼんやりと突っ立っているのではなく、時間と戦力をもっと有意義に用いるべきであろう。そう思い、イスメルは身を翻した。そんな彼女の背中に、アストールが少し焦ったような声をかける。


「あの、イスメルさん? ここは……?」


「あの様子ならここは心配ないでしょう。それなら、時間と戦力を有効に使うべきです」


 そう答えてから、イスメルはふと思い出したようにアストールの方を振り返った。そして彼にこう告げる。


「アストールさんも早く戻った方がいいでしょう。リムさんがそろそろ限界のはずです」


 それを聞いて、アストールは慌ててイスメルの背中を追った。彼女の言うとおり、瘴気を浄化しているリムの魔力がそろそろ切れるころだ。カムイでも魔力の回復はできるが、彼は彼で忙しい。ここはやはり、アストールが働くべきだろう。


 さて、アストールがミラルダの使う魔力糸に驚いていたころ、アーキッドたちは順調に瘴気の浄化を続けていた。ただ彼らにとって順調と言うことは、城砦側にとっては徐々に追い詰められているということだ。


 当然、黙ってみているはずがない。無数のモンスターたちが武器を手に、濃すぎる瘴気の帳の向こうから殺到してくる。アーキッドは〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を操作して青い閃光を降らせ、それらのモンスターを迎撃した。


 ただこれまでの戦闘で、城砦側もかなり情報を収集している。つまり、普通のモンスターに攻めさせるだけでは埒が明かないことは理解しているのだ。となれば、埒が明きそうな攻撃を仕掛けてくるのは必然だった。


「ちっ……! また破城槌かよ!」


 アーキッドが少し忌々しげに声を上げた。「敵の嫌がることは率先して」が戦いの基本。その意味では、城砦側の対応は正しかったといえるだろう。


 顔を歪めつつも、アーキッドは迎撃を試みる。破城槌目掛けて青い閃光を集中して降らせたのだ。しかし破城槌に跨るようにして乗っている魔導士タイプのモンスターが張る障壁に妨げられ、その攻撃は届かない。それを見てアーキッドは小さく悪態をこぼした。


「ああ、クソ……。どうすっかな……」


 青い閃光は継続して降らせつつ、アーキッドは対策を考える。最大の問題は、やはり障壁が耐え切れるのかということだ。ただ、これについてはいささか自信がない。なにしろロロイヤが「試してみろ」というくらいなのだ。分の悪い賭けと見て間違いはない。


(と、なると……)


 そうなると、やはり早めに迎撃するのが一番だろう。しかし試してみたとおり、青い閃光を降らせるだけでは届かない。呉羽に始末してもらうのが最も確実だろうが、しかしそのためには障壁を解除しなければならない。その間に他のモンスターに殺到されては面倒なことになる。


「カムイ、昨日のアレを頼む」


 ゆっくりと考えている時間も無い。アーキッドは隣で魔力供給を担当している少年にそう頼んだ。彼の言う「アレ」とは、昨日カムイが破城槌の足止めに使った白い浄化樹のことである。


 アレならば足止めのみならず、そのまま吸収しつくしてしまうこともできるだろう。それまでの間に何度か突かれてしまうかもしれないが、それくらいならば多分耐えられる。


 カムイにも否やはない。破城槌がこのまま突撃してきて障壁が破られでもしたら、困るのは彼も一緒だからだ。それで彼はすぐに頷こうとしたのだが、その矢先に呉羽がそこへ割り込んだ。


「破城槌なら、わたしがやります。……ロロイヤさん、後は頼みました」


 そう言って瘴気を集める仕事をロロイヤ一人に任せると、呉羽は返事も聞かずに愛刀を逆手に持ち直し、その切っ先を石畳に突き刺した。そして破城槌を持って突進してくるモンスターの一団を、大盾の間から見据えてタイミングを計る。


 そんな彼女の様子を見て、アーキッドとカムイは互いに苦笑を交わした。そして互いに頷く。自信があるようなので任せてみよう、と言う意味だ。それに少々強引ではあるが、呉羽の場合、功名心が割り込みの理由ではないだろう。


(心配させちゃったかな……?)


 昨晩「意識が飛びかけた」と話したことが原因だろう、とカムイは苦笑しながら当りをつけた。ただ、心配しただけでもないだろう。あの状態のカムイが意識を失えば、それこそ大惨事になりかねない。呉羽の割り込みはその予防でもあったのだ。


 さて、一方の呉羽は頭上のやり取りには気付かず、ただ鋭い視線で突進してくるモンスターの一団を見据えていた。そして激突まであと少しというタイミングで、彼女は愛刀に力を込める。その瞬間、障壁の外で何本もの土槍が突き出し、破城槌とそれを持っていたモンスターたちを滅多刺しにした。


〈土槍・円殺陣〉の応用である。本来は円形の間合いを無差別に土槍で貫く技だが、しっかりと相手を見据えればこうして選択的に使うこともできるのだ。


 破城槌の先端が障壁まであと数センチというところで止まり、そして解けるようにして瘴気へと帰っていく。それを運んでいたモンスターたちも同じだ。呉羽が「ふう」と息を吐いて立ち上がると、少し強張った顔をしたアーキッドと目があった。


「もう少し、余裕を持って倒してくれ……」


 どうやらいつまでも迎撃しなかったので随分と胆を冷やしたらしい。呉羽は神妙な顔をして「すみません」と素直に謝った。それからチラリとカムイのほうを窺うと、彼は大きく安堵の息を吐いていた。それを見て呉羽はちょっと裏切られた気分になる。長い付き合いなのだからもうちょっと信頼してくれてもいいじゃないか、と。


 そうこうしていると、アーキッドから伝言を頼まれていたアストールが戻ってきた。そして彼と一緒にイスメルもいる。彼女の姿を見てアーキッドは少しだけ眉をひそめた。そんな彼を見てイスメルが先に口を開く。


「向こうはミラルダさん一人で十分です。キキを後詰にしておけば万全でしょう。戦力が必要になるとは思えませんが、何かあったときのための伝言係はいた方がいいでしょうから」


「……キキ、頼めるか?」


「ん、気張る」


 そう言って駆け出してくキキの背中を、イスメルは微笑ましく見送った。そしてクスリと笑いながらこんなふうに呟く。


「……それに、キキが近くにいた方がミラルダも力が出るでしょうし、ね」


「策士だなぁ……。んで、お前さんがコッチに来た本命は?」


 苦笑しつつアーキッドがそう尋ねると、イスメルは表情を引き締めて向き直った。そして弟子のカレンのほうへ目を向けてこう尋ねる。


「そのことなのですが。まず、カレン。瘴気濃度はどうですか?」


「ええっと……、0.88です!」


 慌てた様子でポケットから【瘴気濃度計】を引っ張り出し、数値を確認したカレンがそう答える。それを聞いてイスメルは一つ頷いた。


「では、こうして浄化を続けている限りは、カレンがいなくても大丈夫ですね」


「……動くのか?」


 そう尋ねるアーキッドにイスメルは「ええ」と言って頷きを返した。このまま障壁の後ろ側にいても、イスメルにはやる事がない。万が一のときのための予備戦力という考え方もあるが、彼女がいなくても戦力は十分だろう。なら、その万が一の可能性をさらに減らすためにも、障壁の外で一働きしてこようかと思ったのだ。


「分かった。……カレン、付き合ってやってくれ」


 アーキッドはイスメルに頷きを返すと、左隣にいるカレンにそう声をかけた。ここはリムが瘴気を浄化しているおかげで濃度が下がっているが、城砦内でここ以外の場所はすべて超高濃度瘴気に覆われている。そこへ飛び込むには、【守護紋】の能力を持つカレンを連れて行く必要があるのだ。


 カレンはすぐに「分かりました」と言って頷いた。話の流れからして、そういうことになるだろうと予感していたのだ。そして手に持っていた【瘴気濃度計】を、少し考えてからアストールに手渡す。カレンが抜けるからには、コレで瘴気濃度をこまめに確認しておく必要がある。ちなみにロロイヤに渡さなかったのは信用の問題である。


 それからカレンはイスメルの後について、一旦城砦の外に出た。ミラルダが張り巡らせた黄金色の魔力糸に目を丸くしていると、イスメルに急かされて慌てて【ペルセス】に跨る。そして二人はキキに見送られて飛び立った。


 上空へ上がると、イスメルはすぐに手綱を操って馬首を翻らせ、次いで一気に城砦が纏う超高濃度瘴気の中へ突入した。そしてまずは〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉の障壁の前に降り立ち、半円を描くようにして〈伸閃〉を放ち群がってくるモンスターを一掃する。それからイスメルは【ペルセス】を駆けさせ、城砦のさらに奥へと突撃した。


 イスメルの目的はとりあえずモンスターを倒しまくることだが、それでも一応優先順位を決めてある。彼女が定めたまず真っ先に潰すべきもの。それは投石器だ。浄化を担当するリムが城砦内に侵入したからなのか、今のところ投石器は沈黙している。しかし外へ出れば、つまり撤退するときには、またあの巨大な瘴気の塊が放たれることは十分に考えられた。


 投石器の狙いは大味だから、そうそう当るとは思わない。というか、自分が当てさせない。イスメルにはその自信がある。とはいえあらかじめ投石器を潰しておけば、撤退はより楽になるだろう。


(まあ瘴気で構成されている以上、潰してもまた出現する可能性はあるのですが……)


 その時はその時だ。どうしても邪魔になるようなら、その時は改めて潰せばいいだろう。イスメルはそう思っている。


 それに投石器は大きな兵器だから、複数台を運用するとなると置き場所も限られてくる。だから再出現するにしても、同じ場所である可能性が高い。つまり一度場所を把握して置けば、それは次に繋がるのだ。


 そんなわけでイスメルは投石器を探し、城砦の中を【ペルセス】に乗って駆け回っている。両手に持った双剣を駆使して、目に付くモンスターことごとく斬り捨てながら。これらのモンスターの優先順位は低いが、しかし放っておけばアーキッドらのところへ向かうのは確実なのだ。ならば大した手間でもないし、彼らの負担を軽くするためにも始末しておくに越したことはない。


 ただ、城砦内は濃密過ぎる黒い霧の帳に閉ざされており、そのせいで極端に視界が悪い。イスメルは視覚のみに頼らず、周囲の気配を探りながら動いているのでいきなり壁にぶつかってしまうようなことはないが、それでも目当ての投石器を探し出すにはいくぶん苦労した。


「むっ」


 破城槌を運んでいた一団と、太矢投射機(バリスタ)を運んでいた一団をそれぞれ片付けると、イスメルは小さくそう呟いた。お目当ての気配を探り当てたのだ。もちろん、投石器の気配が分かるわけではない。ただ、「大きな瘴気の塊が幾つか並んでいる」ことは分かる。それで、恐らくはコレが投石器であろうと当たりをつけ、イスメルは【ペルセス】の馬首を気配の方へ向けた。


 近づくにつれ、気配がだんだんとはっきりしてくる。イスメルは自分の見込みが当ったことを確信した。練兵場だったと思しき広く開けた場所に、投石器と思しき物体が三つ。さらにそれを守るようにして多数のモンスターがいる。


 濃すぎる瘴気の向こう側にその姿を薄っすらと認めると、イスメルは【ペルセス】を加速させた。そして疾風のように間合いを詰めると、一つ目の投石器を一呼吸で護衛のモンスター共々バラバラに解体する。そして速度を緩めることなく次の獲物へ向かい、二つ目と三つ目の投石器も同様にした。


 三つの投石器をすべて始末し、一旦アーキッドたちのところへ戻ろうかと考えていた矢先、イスメルは足元から不穏な気配を感じた。その瞬間、彼女は反射的に弟子の名前を呼んだ。


「カレンッ!」


 叫ぶと同時に、イスメルは【ペルセス】を離陸させて上空へ逃げる。その角度はほとんど垂直だった。そんな彼女を追うようにして、石畳を突き破って地面から何かが勢い良く突き出し、そして追いすがる。カレンは背後を振り返り、追ってくるナニカの姿を認めると、ポツリとこう呟いた。


「腕……?」


 もちろん瘴気で構成されているから真っ黒だが、それは人の腕のように見えた。五本の指を持つ手のひらを広げた腕が二本、空を駆け上る【ペルセス】の後を追ってくる。カレンはこの時はまだそこまで注意していなかったが、よく見ればその二本の腕が右腕と左腕であることに気付いただろう。


 地面から突き出たその両腕が、イスメルたちを捕まえることはなかった。空を切る両手を置き去りにして、【ペルセス】はさらに上空へ逃れる。そしてイスメルは適当なところで足を止めさせ、姿勢を水平に戻すと視線を眼下に向けた。


 イスメルとカレンが見つめる先で、二本の腕がゆっくりと折れ曲がった。そしてその掌でしっかりと地面を捕まえる。次の瞬間、力を込めたのだろう、二つの掌を中心にして練兵場の石畳に亀裂が走った。


「な、何を……」


 そう呟いたカレンの声は震えていた。一体何をしているのか。その答えはあまりにも明白で、彼女の声はむしろそれを否定して欲しがっているようにも聞こえた。しかしながらもちろん、そんな願いが通じるはずも無い。


 そして、ソレは姿を現した。まるで頭を引っこ抜くようにして、練兵場の石畳を吹き飛ばしながら。


「ギィィィィイイイイイイイ!!!」


 普通のモンスターと比べると随分低い、しかし変わることなく耳障りな咆哮を上げながら。その様子は、まるで自らの生誕を祝っているかのように、カレンには見えた。



 ― ‡ ―



 練兵場の地面から二本の腕が突き出してきたとき、実のところアーキッドたちはその様子を目撃していなかった。理由は単純で、濃すぎる瘴気に視界を遮られて全く見えなかったのだ。


 ただ、音は聞こえた。何かが派手に壊れたような音だ。とはいえ、この段階でもまだカムイたちは危機感を覚えていなかった。アーキッドでさえ、「イスメルの奴め、派手に暴れてるみたいだな」と苦笑していたくらいだ。


 しかし、そんな余裕はすぐに吹き飛ぶことになる。モンスターの咆哮が響いたのだ。


「ギィィィィイイイイイイイ!!!」


 その雄叫びを聞いた瞬間、カムイは腹の底に鈍い衝撃を覚えた。普通のモンスターと比べると、やけに低い雄叫びだ。そして、聞き覚えのある雄叫びだった。


 血の気が引いていくのが分かる。呉羽の方を窺うと、彼女も顔色を失っていた。記憶が刺激される。敗北と敗走の記憶だ。歯がガチガチと鳴りそうになるのを、カムイは自分が持っていた大盾に頭突きをして堪えた。


「だ、大丈夫か……?」


 アーキッドが少し引き気味に声をかける。傍から見れば突飛で理解不能な行動だっただろう。しかしそのおかげでカムイの顔に血の気が戻る。青い顔をしていた呉羽も、頭突きの音に驚いて顔を上げ、そして苦笑を浮かべていた。


(ド畜生め……!)


 カムイは胸の中で口汚くそう罵った。罵声を浴びせたいのはもちろん咆哮の主であり、そして自分自身だった。


 カムイはこれまでに、遺跡でもトラウマを刺激されるモンスターと遭遇したことがある。例の遺跡の、神殿の中庭でのことだ。その時彼は怒りに任せて突進しようとした。それが上手い選択だったかは別として、ともかくあの時は動くことができたのだ。


 しかし今はどうか。まだ姿も見えないと言うのに、咆哮だけですくみあがってしまった。なんともみっともない話である。加えて言うなら今でさえ、死を意識してお腹の辺りが変なのだ。


 けれども臆するわけにはいかない。カムイはテッドの背中を思い出して自らを奮い立たせた。そうやって苦い記憶を無理やり黙らせ、彼は化け物の咆哮が聞こえた方へ視線を向ける。その姿はまだ見えない。しかし、別の異変が起こっていた。


 黒いドームが撤収したときのように、暴風が吹いて瘴気がある一点へ集束していくのだ。そのおかげで、だんだんと視界が晴れていく。そしてついにソイツが姿を現した。


「やっぱり、似てる……」


 そう呟いたのは呉羽だった。カムイも頷いてそれに同意する。瘴気が集束する、いや城砦が纏っていた瘴気を吸収するそのモンスターは、かつて〈魔泉〉で見たあの化け物に酷似していた。


 大別するなら、人型のモンスターといえるだろう。ただし、上半身だけ。〈魔泉〉のときもそうだったが、恐らく動くことのないモンスターなのだろう。特筆するべきはその大きさ。まるでビルのように巨大であり、その高さは城砦の城壁をゆうに越えていた。


 その巨大なモンスターがいま、大きな口をあけて瘴気を吸収していた。いや吸収というより、まるで喰っているようにカムイには見えた。しかしそれすらも違うのかもしれない。アーキッドの次の言葉を聞いて、カムイはそう思った。


「回収してやがる……」


 まいったねこりゃ、と呟くアーキッドの顔は苦い。それを聞いてカムイはどこか納得した気分になった。黒いドームも、城砦が纏っていた高濃度の瘴気も、すべてはあの巨大なモンスターそのものであったのだ。そういう意味では、ここには最初からこの化け物一体しかいなかったとも言える。


「〈守人(キーパー)〉、とでも呼ぼうか」


 どこか悪戯を企む小僧のような口調で、アーキッドはそう言った。特に反対意見は出なかったので、あの化け物のことは〈守人(キーパー)〉と呼ぶことになった。それからふとカムイはこう思った。


「そういえばモンスターに名前をつけるのはこれが初めてだな」と。


 とはいえ、それが大それたこととは思わない。少なくとも、普通のモンスターと一線を画していることは間違いない。そして〈魔泉〉に現れたモンスターの同種であるとすれば、プレイヤーを凌駕する力を持ったモンスターだ。そんな化け物には名前くらいあってしかるべきだろう。


 さてプレイヤーたちが呆気に取られていたその間に、〈キーパー〉は全ての瘴気を回収し終えていた。さっきまで城砦が纏っていた超高濃度の瘴気はすべてなくなり、視界も晴れ渡っている。これまでに旅してきたほかの場所と比べても、この場所の今の瘴気濃度は格段に低いだろう。


「ギィィィィイイイイイイイ!!!」


〈キーパー〉が再び咆哮を上げる。その咆哮は先程よりも大きく、重厚な石造りであるはずの城砦がビリビリと震えた。瘴気を吸収、いや回収したからなのか、パワーアップしていることが容易に察せられた。


 咆哮の残響が消えると、〈キーパー〉の不吉な赤い目がギロリと動き、そして【ペルセス】に跨るイスメルを捉えた。そして捕まえようとしているのか、はたまた叩きつ落そうとしているのか、腕を振り回して彼女を追い回す。


 もちろんイスメルがやすやすと捕まるはずもない。彼女は巧みに【ペルセス】を操って全ての攻撃を回避した。ただ巨大な〈キーパー〉が腕をデタラメに振り回したせいで、周りの建物が派手に破壊されている。その様子を見てアーキッドは思わず嘆息した。


「やれやれ……。無意味だったか……」


 今回の攻略作戦で、アーキッドは極力建物を傷つけないで戦うことを基本方針としていた。それは、城砦ごと破壊するのはいっそ容易であり、だからこそ建物を傷つけないように戦えば何かしらのボーナスがあるのではないか、という深読みをしていたからだ。


 しかしながらその努力も、こうして〈キーパー〉が暴れてくれたことで水泡に帰してしまった。これまで頑張って窮屈な戦い方をしてきたというのに、ここへきてテーブルをひっくり返されてしまったのだ。その腹立たしさが、アーキッドを攻撃的にした。


 彼は〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を操作して、青い閃光を〈キーパー〉目掛けて降らせた。もともとしっかりと狙いを付けられる攻撃ではないが、しかし〈キーパー〉は巨大だ。精密な照準など必要なく、放った攻撃のほとんどがその巨体に突き刺さった。


 とはいえ、効果があるかはまた別問題である。〈キーパー〉は腕を振り回して青い閃光を防ぐような仕草をしてはいるが、しかしそれはただうるさい蝿を追い払っているだけのようにも見えた。


 やがて〈キーパー〉の赤い目が、城門のところに陣取って〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を構えるアーキッドたちを捉えた。その口の端が「ニィ」と釣り上がったように見えたのはカムイの実間違いではないだろう。


 その口元に、チラリと炎が踊る。それを見た瞬間、カムイは背中に冷や汗が流れるのを感じた。しかしその炎が放たれるより早く、イスメルが〈キーパー〉の顔面に一閃を、それも縦に浴びせた。


「ギィィィイイ!?」


 放たれようとしていた炎が爆発し、くぐもった絶叫が響く。しかし〈キーパー〉もさるもので、一方的にやられるだけではない。同時に腕を伸ばし、さらにムチのようにしならせて振るっていたのだ。その一撃は城壁を抉るようにして崩しながら、アーキッドたちを側面から襲う。


「っ退避!」


 アーキッドはその一撃を〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉の障壁で耐えようとは考えなかった。無理だと直感したのだ。それで迷うことなく退避を選択し、叫ぶと同時に身を翻して城砦の外を目指した。


 カムイら他のメンバーもすぐさまそれに続いた。一瞬リムが遅れるが、すぐさま呉羽が抱き上げて他のメンバーの後を追う。そしてその直後、〈キーパー〉の腕が彼らがいた場所を城壁の積石ごと薙ぎ払う。〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉の障壁はまだ生きていたはずなのだが、しかしなんの役にも立たず軽々と振り払われてしまった。


 ただ素早い決断と行動のおかげで、カムイたちは無傷である。そしてこの際、それが最も重要だった。


「おお、無事かえ?」


 城砦の外で〈獣化〉したままのミラルダと合流する。そのすぐ隣にはキキもいた。周囲にモンスターの姿はない。〈キーパー〉が瘴気を回収するのと同じタイミングで、外に出ていたモンスターも消えてしまったのだという。それで彼女は張り巡らせた黄金色の魔力糸を一旦解除していた。


「それにしても、随分と厄介なのが出てきたもんじゃのう……」


「ああ、まったくだ」


 そんな会話を交わすアーキッドとミラルダの視線の先では、〈キーパー〉が怒り狂った様子で両腕を振り回し、城砦を瓦礫の山に変えていた。まるでおもちゃのお城を壊しているかのようで、その光景には少し現実感がない。カムイがその光景を半ば呆然と眺めていると、そこへイスメルとカレンが戻ってきた。


「よう、お二人さん。怪我はないか?」


「ええ、二人とも無事です。……それで、これからどうするのですか?」


「どう、って……。そりゃ、倒すしかないだろ」


 撤退と言う選択肢もあるはずなのだが、しかしアーキッドは「倒す」と宣言した。それを聞いて、他のメンバーたちはそれぞれ緊張した様子で一つ頷いた。それからイスメルがさらにこう続けた。


「それで、具体的にはどうしますか? もっとも…………」


 そう呟き、イスメルは左手の剣を神速で振るって〈伸閃〉を放った。その斬撃は、〈キーパー〉が放ったまるでレーザーのような炎を、縦に裂くようにして斬り捨てる。二つに分かれた炎はカムイたちを大きく外れて着弾し、そして轟音を響かせた。


「……あまり、悠長に話している時間も無さそうですが」


「……頼めるか、イスメル?」


 若干頬を引き攣らせながら、アーキッドはそう尋ねた。この場合、彼は〈キーパー〉の撃破をイスメルに頼んでいたわけではない。彼が頼んでいたのは、〈キーパー〉の注意をひきつけて時間を稼ぐことである。


「分かりました、やりましょう」


「頼む。ああ、それと、倒してしまってもいいぞ?」


「善処します」


 冗談めかしたアーキッドの言葉に、イスメルは苦笑気味にそう応じた。そしてカレンを【ペルセス】から下ろし、一人で〈キーパー〉へと突貫する。放たれた二発目の炎をまた斬り捨てながら。その姿を見送ってから、アーキッドはカムイのほうに視線を向けこう尋ねた。


「……それで、カムイたちに聞きたいんだが、アイツは〈魔泉〉に現れたと言う巨大モンスターと同種、と考えていいんだな?」


「はい、そうだと思います」


 カムイはすぐにそう答えた。姿形はもちろん、あのレーザーのような炎も、〈魔泉〉に現れたあの化け物と酷似している。ただこうして観察して見ると、〈キーパー〉はあの化け物よりも一回り以上小ぶりに思えた。


 カムイのその感想をアストールと呉羽も首肯する。それを聞いてアーキッドは小さく笑みを浮かべた。


「なら、〈魔泉〉の主殿よりは弱いってことか」


 言われてみればその通りで、カムイと呉羽の緊張は少しだけ和らいだ。チラリと横目で窺えば、アストールとリムも同じらしい。なんにしても、敵が弱いのはいいことだ。少なくとも強くて対処に困るよりは。


「それで、実際にどう倒すかだが……」


 そう言ってアーキッドは城砦のほうへ目を向けた。瓦礫の山と化したそこでは、イスメルが〈キーパー〉と戦っている。


 戦況は、圧倒的にイスメル有利だ。彼女は〈キーパー〉が振り回す両腕を巧みにかわし、あるいは切り払って潜り抜け、まともに攻撃を喰らうことがない。逆に幾つもの斬撃を浴びせていく。


 しかし、それだけだ。つまり倒しきれない。斬撃による傷口はすぐに塞がってしまうのだ。腕を切り飛ばしても同じで、すぐに新しい腕が生えてくる。〈魔泉〉に現れたモンスターもそうだったと聞くが、厄介な回復能力である。


(このまま削っていけばその内倒せるのでしょうが……)


 無限の回復能力、と言うヤツをイスメルは信じていない。元の世界でもソレを謳うヤツはいたが、すべて彼女の前に骸を曝した。つまり嘘っぱちだ。だから今回も戦っていればその内勝てるだろうと思っている。


(ただまあ、その前にアードが動くでしょうね)


 イスメルはそう確信している。だいたい、不眠不休で何日も戦うなど、彼女だってやりたくはないのだ。植物を愛でる時間がなくなってしまう。それで頼りになる仲間が動くまでの間、〈キーパー〉に余計な手出しをさせないことを自分の仕事と定め、イスメルはまた縦横無尽に【ペルセス】を駆り、そして両手の双剣を振るった。


 さて、そんな戦いぶりをアーキッドたちも遠目に観察していた。回復能力のせいで、イスメルが攻め切れていない。つまり〈キーパー〉を、少なくとも短時間のうちに倒すためには、あの回復能力をぶち抜く必要がある。


(となると……)


 アーキッドは素早く思案する。そんなことが出来る攻撃は、一つしか思い浮かばない。つまり〈雷樹・煉獄〉だ。それを軸にして彼は作戦を考えた。とはいえゆっくり考えている時間も無いから大雑把なものだ。


「〈雷樹・煉獄〉で丸焼きにする。これが基本方針だ」


 アーキッドはまずそう説明する。それを聞いて主役となる呉羽とアストールが緊張した面持ちで頷いた。ただ、〈雷樹・煉獄〉は使おうと思ってすぐに使えるものではない。準備が必要になる。


「どれくらいかかる?」


「城砦は瓦礫の山になっていますし、やってみないことには……」


 険しい顔をしながら、アストールはそう答えた。〈聖銀糸〉を敷設するにしろ、魔力糸を張り巡らせるにしろ、瓦礫が散乱する場所でやろうとすれば、開けた場所でやるのとはまた勝手が違ってくる。初めてのことだし、また彼自身熟練しているとはいい難いので、どれくらい時間がかかるのかは予想できなかった。


「そりゃそうだな。ま、焦らずやってもらうとして、他のメンバーはその護衛だ」


「〈キーパー〉の足止めはイスメルさん一人に任せるんですか?」


「足はないみたいだけどな、アイツ」


「いえ、そういう話ではなく……」


 困惑気味の呉羽に、アーキッドは「分かってるよ」と苦笑しながら応じた。現在、〈キーパー〉の注意はイスメルがひきつけてくれている。そのおかげで例のレーザーのような炎が飛んでくることもなく、カムイたちはこうして作戦の打合せができていた。


 ただ、〈雷樹・煉獄〉の準備をするためには、もう少し〈キーパー〉に近づかなければならない。少なくとも城砦の敷地内に入る必要がある。そしてそこまで近づけば、そこはもう〈キーパー〉の腕の間合いだ。


〈キーパー〉は腕の一振りで城壁を崩している。護衛には強力な戦力が揃っているとは思うが、しかし防御に特化したユニークスキル持ちがいるわけでもない。となればイスメルと一緒に〈キーパー〉の注意をひきつける、いわば囮の役をする者が必要になってくるだろう。


「なんなら、わたしがやりますよ?」


「いや、囮なら俺がやる」


 呉羽の申し出を断り、アーキッドはそう言った。しかし呉羽は納得しかねる表情だ。


「でも、アードさんの能力は……」


 アーキッドの能力はお世辞にいっても戦闘向きではない。戦いなれている様子ではあるが、しかしあの〈キーパー〉を足止めするには力不足に思えた。しかし彼は前言を翻さない。


「大人をなめるなよ。なんとでもするさ。ま、ミラルダにも力を貸してもらうしな」


 そう言うアーキッドに、気負った様子はない。アテにされたミラルダも、笑顔を浮かべながら「任せておけ」と応じた。それに呉羽には〈雷樹・煉獄〉を発動させると言う大仕事がある。「それを疎かにしてもらうわけにはいかない」と言われて、ようやく呉羽は首を縦に振った。


 呉羽が一応の納得を見せたところで、アーキッドは次にカムイのほうに視線を向けた。そして彼にこう告げる。


「ああ、それとカムイには別の仕事をしてもらう」


「なんですか?」


 アーキッドが彼に指示したのは、要するに〈キーパー〉の回復を阻害する仕事だった。つまりアブソープションを使って〈キーパー〉から瘴気を奪うのだ。もちろんそれで倒せるわけではないだろうが、少しでも回復を阻害できれば注意をひきつけるイスメルやアーキッドの負担が軽くなり、時間を稼ぐのも簡単になるだろう。


「分かりました。なんとかやってみます」


 カムイが少々緊張気味にそう答えると、アーキッドは「頼むぜ」と言って彼の胸を拳で軽く叩いた。これで各自の役割分担が決まった。早速行動開始かと思ったが、しかしアーキッドはその前にこういった。


「まずは魔力の回復だな。カムイ、アストール、頼んだ」


 なんだか勢いがそがれてしまい、カムイは思わず変な顔をしてしまった。とはいえ、アーキッドの言うことも分かる。これから〈キーパー〉とことを構えるのだから、万全の状態にしておくのはむしろ当然のことだ。


 それで黙々と、かつ粛々とメンバーの魔力を回復する。ミラルダの消費量がやたらと多くて、少し時間がかかってしまったのは余談である。


「んじゃ、やるか」


 アーキッドがそう言って獰猛に笑う。カムイも気を引き締めた。相手は〈キーパー〉、〈魔泉〉の化け物と同種のモンスターである。つまりこれは、雪辱戦の前哨戦。〈キーパー〉を倒せればアイツにも手が届くかもしれない。そう思えば、負けるわけにはいかなかった。


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