〈北の城砦〉攻略作戦10
〈北の城砦〉の城門には、いわゆる扉がない。もともとなかったのか、あるいは朽ちてしまったか、それは分からない。ともかく偵察時にも城門は見なかったし、今こうして見てみても城門は見当たらない。
扉はないが、しかし〈北の城砦〉には鋼鉄製の鎧戸があった。この鎧戸は内側と外側で二重になっているのだが、外側の鎧戸がゆっくりと持ち上がっていく。そして中からモンスターの一団が出てきた。
城壁の上からの攻撃は、今も続いている。しかし〈翼持つ城砦〉の障壁を破ることはできていないし、一方で反撃による被害は確実に増えている。それでより直接的に敵を排除することにしたのだ。
「やっぱり出てきたか」
外へ出てきたモンスターの一団を見て、アーキッドはそう呟いた。予想していたことだ。驚きはない。彼はすぐに攻撃の標的を城壁の上からそちらへ切り替え、無数の青い閃光を叩き込んだ。
降り注ぐ青い閃光は、無慈悲にモンスターを屠っていく。しかしアーキッドの表情は優れない。モンスターの数が多く、倒しきれないのだ。しかも足の速い騎兵がかなりの数いて、そちらを優先して倒そうとするとどうしても多少手こずってしまう。
そうしている内に城砦の中から次々と新たなモンスターが出てきてしまうのだ。そして撃ちこまれる青い閃光を避けるように散開していく。そのせいでさらに命中率が下がる。なかなか思うようには行かず、アーキッドは「ちっ……!」と鋭く舌打ちした。
「さて、どうするかな……!」
迎撃を続けながら、アーキッドは対策を考える。接近を許したからと言って、そう易々とやられてしまうとは思わない。しかし数に任せてゴリ押しでこられると、〈翼持つ城砦〉の障壁がもつかが心配だった。
障壁がなくなれば、城壁の上からの攻撃に曝されながら、外に出てきた部隊と戦わなければならなくなる。それはどう考えても面倒かつ厄介で、やはり接近される前に倒してしまうのが最善手のように思えた。では、そのためにどうすればいのか。
「私に考えがあります。少し、そのまま時間を稼いでもらえますか?」
アーキッドにそう声をかけたのはアストールだった。僅かに逡巡することもなく、アーキッドはすぐに頷きを返す。そして注文されたとおり、攻撃の仕方を時間稼ぎに切り替える。その間にアストールは〈翼持つ城砦〉の大盾の後ろで片膝立ちになると、地面に右の掌をおいた。そして魔法を唱える。
「〈エクシード・マギ〉」
なぜその魔法を、とカムイは内心で疑問に思った。〈エクシード・マギ〉とは、「魔力を魔力のまま操るための魔法」。この状況で役に立つとは思えない。しかしアストールにも何か考えがあるのだろう。そう思い、カムイは何も言わずに彼を見守った。
「……よし。クレハさん、少し手伝ってください!」
「爺さん、キキ、カバーだ!」
アストールが呉羽を呼ぶ。準備ができたらしい。アーキッドがすぐさまロロイヤとキキに呉羽のカバーを指示したので、彼女は愛刀を鞘に収めてからアストールのところへ駆けつけた。そして彼の差し出した手を躊躇なく握る。
「〈ユニゾン〉。……では、どうぞ」
カムイはまた内心で首をかしげた。〈ユニゾン〉は魔力を同調させる魔法だ。それで一体何をしようというのか。彼のその疑問の答えはすぐに出た。突然目の前で、文字通り視界いっぱいに紫電が乱舞したのだ。
騒然とした雷鳴がこだまする。頭が痛くなるほどの轟音に、しかし〈翼持つ城砦〉から手を放して耳を塞ぐわけにもいかず、カムイは盛大に顔をしかめた。
雷の狂乱が続いたのはほんの数秒ほど。しかしその数秒で、城砦の外へ出てきたモンスターの一団はすべて焼き払われていた。この場合、倒した数は特筆に価しない。アーキッドがすでに小さくない損害を与えていたからだ。
その一方で、モンスターは〈翼持つ城砦〉から放たれる青い閃光を避けるため、散開して広い範囲に散らばっていた。モンスターをすべて焼き払ったということは、その広範囲を雷で覆いつくしたということだ。威力といい、攻撃範囲といい、ユニークスキルをさえ凌駕していると言っていい。
「やった……。成功しましたよ、トールさん!」
そう言って呉羽が歓声を上げる。アストールは息も絶え絶えな様子だったが、しかし笑みを浮かべて彼女に応えた。どうやら今の雷は、二人で協力して実現したものらしい。そういえば〈エクシード・マギ〉の魔法を初めて見せてもらったとき、アストールは「呉羽に協力してもらってやってみたいことがある」と話していた。その後に二人でいろいろと試していたようだったし、これがその成果なのだろう。
――――〈雷樹・煉獄〉
それがこの技の名前だという。〈雷樹・絶界〉の規模を大きくしただけだと呉羽は謙遜するが、しかしそれが何もよりも難しいといえる。〈雷樹・絶界〉の規模を大きくためには、要するにそれだけ広範に大地を掌握しなければならない。いくら【草薙剣/天叢雲剣】に地を支配する力があるとはいえ、あれだけの広範囲を掌握し、なおかつその全域に雷樹を発生させるのは無理だ。
その無理を通すための方策が、アストールの〈エクシード・マギ〉と〈ユニゾン〉だった。彼はまず〈エクシード・マギ〉で自分の魔力を糸状にし、さらに枝分かれさせながら地面に這わせて広げた。魔力を目視できれば、その様子はさながら樹の根のように見えただろう。
次に彼は〈ユニゾン〉を使い、呉羽と自分の魔力を同調させる。これにより呉羽はアストールの魔力もまた、自分の魔力として使えるようになった。そして彼が糸状にして張り巡らせた魔力と【草薙剣/天叢雲剣】の力を使い、〈雷樹・煉獄〉のための範囲を一気に掌握したのである。そして掌握してしまえば、あとは雷樹を発生させるだけだ。
ただやはりと言うべきか、これだけ広範囲に雷樹を発生させるのだから、当然その分魔力の消費は激しくなる。肩で息をしているアストールはほとんど空っぽだし、平然としているように見える呉羽も実は八割以上を消耗していた。敵がまたどんな攻撃を仕掛けてくるかも分からない。二人は急いで魔力を回復させた。
しかし幸いにして間髪入れずの第二波はなかった。正面に見える正門の鎧戸も閉じられていて、新たな部隊が出てくる様子はない。そして外へ出てきたモンスターの一団が全滅したからなのか、城壁の上からの攻撃も止んだ。恐らくさっきまでの攻撃は迎撃部隊への援護であり、弓や魔法だけで攻撃しても効果がないと判断したのだろう。それに合わせて城壁の上にいるモンスターの数も少なくなり、アーキッドは青い閃光を放つのを一旦やめた。
双方の攻撃が止み、ドームの中は途端に静まり返った。障壁だけは維持しつつ、アーキッドは鋭い視線を〈北の城砦〉に向ける。さっきまで激しく攻められていたせいか、沈黙がかえって不気味だった。
「さぁて、次は何をしてくるんだ……?」
「やめてくださいよ、アードさん。このまま何事もなく作戦が進めば、それが一番なんですから」
敵側の、次なる一手を心待ちにしているかのようなアーキッドの言葉に、カムイは嫌そうに顔をしかめてそう応じた。アーキッドは肩をすくめつつ、しかしこう返す。
「とはいえ、だ。本当にこのまま何事もないだなんて、そんなことあると思うか?」
「それは……」
もちろん、カムイもそこまで簡単にいくとは思っていない。このデスゲームは、そこまでヌルくはないだろう。これが運営によって用意されたクエストだと言うのならなおさらである。
「ま、オレだって作戦が順調に進んでくれれば、それが一番と思ってるよ。……っと、そういえばカレン、瘴気濃度のほうはどうだ?」
アーキッドがそう尋ねると、カレンは【瘴気濃度計】を引っ張り出してその値をチェックした。攻略作戦が順調に進んでいるのか。それは何よりも瘴気濃度の下がり方によって判断されるのだ。
「えっと……、6.21です!」
その数値を聞いてアーキッドは苦笑を浮かべた。作戦開始時の瘴気濃度が6.35だったから、それよりは低くなっている。ただこの程度だと単なる誤差なのか、それとも浄化の成果なのか、いまいち判然としない。
それでも増えていないだけ良しとするべきだ。もう少し時間が経てば、浄化の効果のほどもはっきりと分かるだろう。アーキッドはそう考えて自分を納得させた。
(それにしても……)
アーキッドはチラリと背後のリムを窺う。彼女は薄く目を閉じて瘴気の浄化を続けていた。さっきまでの戦闘中もそうだったが、その姿に揺らぎや動揺は見られない。その胆力と集中力は瞠目に値する。
しかしそれら以上にリムを支えていたのは、仲間への信頼だった。仲間を信頼すればこそ、彼女は他の全てを任せて瘴気の浄化に集中できるのだ。その、自分の半分も生きていないような少女が示す全幅の信頼が、アーキッドには少しこそばゆかった。
さてリムが十三回目の、そして呉羽が五回目の魔力回復を行った頃、再び城砦側に動きがあった。城壁の上からの攻撃が再開されたのだ。放たれる攻撃を障壁で防ぎつつ、アーキッドは〈翼持つ城砦〉を操作して応戦する。たちまち、何体かのモンスターが青い閃光に貫かれて瘴気へと還った。しかしすぐに別のモンスターがその穴をうめる。城壁の上からの攻撃は少しも衰えない。
応戦を続けつつ、しかしアーキッドが気にしていたのは城壁の上のモンスターではなく、むしろ正面に見える正門だった。城壁の上から幾ら攻撃しても効果がないことは、敵側もすでに承知しているはず。それでもこうして仕掛けてきたということは、これは恐らく先ほどと同じで、外に出てくる迎撃部隊への援護射撃だ。
アーキッドのその予想は的中した。正門の鎧戸が開き、城砦の中からまた新たな一団が出てきたのである。しかしその一団は、先ほどとは少し様子が違っていた。
「あれは……」
「なるほど。今度はそう来たか……」
カムイは少し驚いたように、そしてアーキッドは敵の反応を楽しむかのように、それぞれ誰にともなく呟いた。新たに外へ出てきたモンスターの一団は大盾を装備していたのである。
恐らくは両手で使うものなのだろう。大盾はモンスターの姿をすっぽりと隠している。そのせいでモンスターと言うよりは、むしろ盾そのものが動いているようにさえカムイには見えた。
その大盾を装備したモンスターが、正門から次々と出てくる。ただすぐさま攻めかかってくる様子はない。むしろ出口のところで隊列を組んで盾を並べて構え、防御の姿勢を見せた。
「…………」
その様子を見ても、アーキッドは何も言わなかった。ただ僅かに顔をしかめる。そして無言のまま青い閃光が放たれる矛先を、城壁の上から防御を固める新たな一団へと変更した。
青い閃光が放たれる。その攻撃は確かに敵を屠りはしたが、しかしその一方で敵が構える大盾に防がれてしまうものも多い。瘴気で出来ているとはいえ、何の変哲もないただの大盾に、だ。要するに攻撃力が足りていないのである。〈翼持つ城砦〉の弱点が露呈した形だった。
それでも、いくら大盾を並べても隙間はあるし、また頭上はカバーしきれるものではない。数を撃ちこめばそれ相応にモンスターを倒すことができた。しかも敵はほとんど動かないから、時間さえかければ全滅させられるはずだった。
しかし敵もそう甘くはない。しばらくすると、敵の隊列を黒い半透明の膜が覆った。そしてその膜が、〈翼持つ城砦〉の青い閃光を弾く。中には貫通するものがあったが、その数は少なかったし、貫通しても大盾に防がれ敵に損害を与えることができない。その様子を見て、アーキッドは後ろを振り返り仲間のうちの二人を呼んだ。
「爺さん、アストール。ちょっと来てくれ。アレをどう見る?」
「アレは……、障壁だな。おそらくは魔法の類だろう」
「同感です。城砦の中には魔導士タイプのモンスターもいますから、それが外に出てきて障壁を展開しているのだと思います」
まあそんなところだろうな、とアーキッドも思った。三人が意見を交わしていると、外へ出た一団が動き始めた。大盾を揃え、さらに黒い半透明の障壁で防御を固めた状態で、ゆっくりと前進し始めたのである。
それを認めると、アーキッドは無言のまま攻勢を強めた。放たれる青い閃光がその数を増やし敵の一段に襲い掛かるが、やはりその大部分が黒い半透明の障壁によって弾かれてしまう。損害は与えているようだが、それも軽微と言わざるを得ない。
「……っと、まあこんな具合だがどう思う?」
「攻撃力不足だな」
ロロイヤがそう言い切った。それを聞いてアーキッドは顔をしかめ、アストールは苦笑する。〈翼持つ城砦〉を作ったのは自分であるのに、ロロイヤの言いようはまるで他人事だった。ただ、その言い分は正しい。そしてアストールは彼の言葉をこんなふうに言い換えた。
「とはいえ、防御力が優れているわけではないでしょう。ユニークスキルを使えば排除は可能だと思いますが……」
「そうだな。それじゃあ、アストール。さっきのアレをもう一度頼む」
さっきのアレとは、〈雷樹・煉獄〉のことだ。イスメルに頼むという手もあったが、アーキッドは先ほどと同じ方法で敵を排除することにしたわけである。敵にこれ以上の情報を与えないためだ。モンスター相手にそんなことを気にしても仕方がないかもしれないが、念のためである。
「分かりました。あの様子なら範囲を広げる必要もありませんし、手早く済ませます」
アストールはアーキッドにそう応じ、そしてその言葉通りにした。地面に手をつき数秒ほどで準備を終えると、呉羽を呼んで〈雷樹・煉獄〉を発動する。敵が固まってくれていたおかげで、その範囲は先ほどと比べてかなり小さくてすんだ。しかし威力に遜色はなく、乱舞する雷樹は敵の一団を一体残らず焼き尽くした。
外へ出てきた一団を排除すると、城壁の上からの攻撃も止んだ。アーキッドも青い閃光を放つのを止め、戦場には再び静寂が戻った。
これで彼らは二度にわたり城砦側の攻勢を跳ね返したことになる。しかしアーキッドの表情は険しい。敵はいろいろと仕掛けてくる。まるで情報収集するかのように。では、次はどんな手で仕掛けてくるのか。それが気がかりであり、また楽しみでもあった。
(それにしても、モンスターの兵士というのは案外優秀だな)
我が身を惜しまずに戦い、捨石にされても文句を言わず、さらに逆境でも戦意を喪失することがない。これほど優秀な兵士はそうそういないだろう。皮肉交じりとはいえ、アーキッドはそんな感想を持った。何しろ彼の知る兵士と言えば、武器を持った呑んだくればかりだったのだから。それと比べれば、驚くほどの精強ぶりだ。
さて、その後は城砦側も沈黙を守り、時刻はお昼を迎えた。カレンからそのことを聞くと、アーキッドはまず彼女に瘴気濃度を尋ねた。
「ちょっと待ってください……」
カレンは急いで【瘴気濃度計】を確認し数値をチェックする。現在の瘴気濃度は6.09。順調に下がっている。それを聞くとアーキッドはもう一度頷き、それから軽い口調でこう言った。
「そんじゃ、一旦おいとまして、お昼の休憩と洒落込むか」
それを聞いて、アストールがリムの肩を軽く叩いた。彼女は顔を上げると浄化作業を中断する。それを確認してからアーキッドは〈翼持つ城砦〉の真ん中の大盾を持ち上げた。左右にいるカレンとカムイもそれに倣い、三人はゆっくりと後退を開始する。他のメンバーもそれに合わせて後退を始め、彼らはゆっくりと城砦から距離を取った。
後退する彼らを見て好機と思ったのか、城壁の上から弓矢が飛来する。ただ〈翼持つ城砦〉の障壁は展開しっ放しになっていたので、攻撃は簡単に防ぐことができた。それに、そもそも本気の攻撃ではなかったのだろう。魔法が混じっていなかったし、今までと比べると矢の本数も少ないように見える。カムイたちは簡単にドームの外へ出ることができた。
ドームの外へ出ると、すぐにアーキッドが【HOME】を展開する。ちなみにドームの中で【HOME】を展開しなかったのは、城壁の上から魔法で攻撃されると建物が損害を受けてしまうからだ。
中へ入りソファーに座ると、緊張が解けたのか疲れが出てきた。いやカムイの場合、肉体的には疲れていないはずなのだが、つまり精神的疲労と言うヤツだ。リビングを見渡せば、皆それぞれ疲れた様子を見せていた。
「昼メシ食べて、少し休んで、また午後からだな」
アーキッドのその言葉に、カムイは気の抜けた返事を返す。最初、お昼は【HOME】で休憩すると聞いたときは、「わざわざドームの外に出なくても、【簡易結界】でも使えばいいんじゃないかな」と思ったものが、こうしてみるとゆっくり休める環境は大事だと分かる。
特に、ずっと浄化作業をしていたリムはずいぶん疲れがたまっていたようで、すでにうつらうつらと舟を漕いでいる。ミラルダがかいがいしく世話を焼いて昼食を食べさせていたが、食べ終わるとすぐに眠ってしまった。
(オレも一眠りするか……)
カムイも昼食を食べ終えると、自室に戻ってベッドの上で横になった。眠気はすぐにやってくる。今ごろは他のメンバーもそれぞれ身体を休めているに違いない。そう思いながらカムイは意識を手放した。
― ‡ ―
カムイたちが休憩に当てた時間は二時間弱ほど。少々休みすぎたような気がしたが、アーキッドは「構わない」と言って笑った。そのためにわざわざ【HOME】で休んだのだから、と。
休憩が終わると、カムイたちはまた〈北の城砦〉の攻略へ向かった。黒いドームの手前で〈翼持つ城砦〉を取り出し、中へ入る前にその魔道具を発動させる。四枚の翼が伸びやかに広がり障壁を展開すると、後退した時と同じように三人で運びながら彼らはドームの中へ進入していく。入ってすぐに攻撃されるのを警戒してのことだが、幸いその懸念は外れた。
しかしながらもしかすると、事態はそれ以上にまずいことになっていたと言えるかもしれない。なんとすでに敵部隊が城砦の外へ出ており、隊列を組んで布陣し彼らのことを待ち構えていたのである。
「やれやれ……。本当にいろいろとやって来るな……」
そう楽しげな口調でぼやきつつ、アーキッドは敵の様子を観察する。見たところ歩兵が中心だ。それだけなら歯牙にかける必要もないのだが、ちょっと無視できないものが敵陣に混じっていた。
「あれは……、太矢投射機か?」
太矢投射機とは、通常よりはるかに太い矢を放つ攻城兵器の一つである。〈軍団〉が使うこともあるそうだから、城砦側が持っていても不思議はない。ただそんなものを対人用に使ってくるあたり、敵もいよいよ撃退に本腰を入れ始めたようである。
今回、城砦側が投入してきた太矢投射機は全部で六機。護衛と操作のためなのだろう。十体ほどのモンスターがそれぞれの周囲を固めている。その中には魔導士タイプや大盾を構えているモンスターもいて、午前中の戦闘の情報が反映されているように思えた。
「で、爺さん。コイツの障壁は太矢投射機に耐えられるのか?」
アーキッドは〈翼持つ城砦〉を地面に下ろして、迎撃の準備をしながらロロイヤにそう尋ねる。彼はニヤリと笑いながら「たぶんな」と答えた。それを聞いてカムイは眉をひそめたが、アーキッドは喉の奥を鳴らして楽しげに笑う。そしてこう続けた。
「そんじゃ、期待させてもらおうか」
そう言ってからアーキッドは〈翼持つ城砦〉を操作する。すると広げられた四枚の翼が青い光を放ち始めた。攻撃を放つ前兆である。そしてまるでそれにあわせるようにして、城砦の外に布陣していたモンスターたちが動き始めた。
モンスターたちは隊列を組まず、バラバラに駆け出して散開した。固まっていては的になるだけ。そのことをきちんと学習しているのだ。アーキッドも青い閃光を放って迎撃するが、やはり散開されると命中率が悪い。思うようには倒せていなかった。
そうしているうちに、太矢投射機も動き始めた。六機の太矢投射機は弧を描くように隊列を組み、ゆっくりとしかし確実に距離を縮めてくる。とはいえ、それを黙ってみている義理はない。
アーキッドは攻撃目標を太矢投射機の一つに定め、青い閃光を集中的に降らせた。黒い半透明の障壁、つまり魔導士タイプのモンスターが展開する防御魔法によって、その攻撃は阻まれる。それを見てアーキッドは思わず舌打ちをした。本当に、よく情報を生かしている。
「さて、と。ご覧の状況だがどうするかな?」
とりあえず攻撃目標を散開しつつ向かってくるモンスターの一団に変更しつつ、アーキッドは後ろを振り向いてそう尋ねた。その問い掛けにまず応じたのはアストールだ。彼は顎先に手を当てて思案しつつ、こう答えた。
「そうですね……。敵の戦力の中核はあの六機の太矢投射機です。まずはアレを破壊するべきでしょう」
「だが〈翼持つ城砦〉では攻撃力が足りんぞ」
ロロイヤがそう指摘すると、「だからアンタが言うな」と言わんばかりの視線が彼に集中した。とはいえその程度で彼が堪えるはずもない。完全にどこ吹く風だ。相変わらずの鉄面皮である。
「……では、わたしがやりましょうか?」
一瞬シラけてしまった空気を、イスメルが元に戻した。彼女なら、動きの鈍い太矢投射機を六機ばかり破壊してくるなど、造作もないだろう。【守護紋】の有効範囲外にでることになるが、一時的なことだし【瘴気耐性向上薬】を使えば問題はない。こういう事態も想定していたから、向上薬もすでに配布済みだ。
「いや、イスメルはまだ動かなくていい。近づいてきた雑兵の排除だけ頼む」
「分かりました。ですが、太矢投射機は?」
「アストールは呉羽と協力して〈雷樹・煉獄〉を頼む。とりあえず太矢投射機だけ破壊してくれればいい。それとリムは浄化を始めてくれ」
「了解です。すぐに取り掛かります」
「わ、分かりました!」
やる事が決まると、メンバーはそれぞれ動き始めた。アストールは地面に手をつき、糸状にした魔力を伸ばす。その後ろではリムが杖を構えて浄化作業を再開した。その他手すきのメンバーは周辺を警戒し、近づいてくるモンスターを適宜撃退していく。
「……カレン、瘴気濃度はどうだ?」
「えっと……、6.12です」
それを聞いてアーキッドは一つ頷いた。やはり、と言うべきか。休憩前は6.09だったから、少し回復している。この程度ならばどうと言うことはないが、問題は明日の朝だ。一晩でどれくらい瘴気濃度が回復するのか。それ次第では作戦の中止と撤退も視野に入れなければならないだろう。
さて、そんなことを考えているうちに、太矢投射機がアーキッドたちを射程に捕らえた。六本の太矢の切っ先が揃って彼らの方に向けられる。それを見てカムイは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「トールさん……」
「もう少し待ってください……!」
しかし敵は待ってくれない。アストールの準備が終わるより早く、六機の太矢投射機が揃って発射される。黒い太矢が放たれたと思った次の瞬間、カムイはガツンとした手応えを感じた。
もちろん、実際の手応えではない。太矢が障壁に当ったその衝撃が、魔力を介してカムイにも伝わったのである。障壁にも彼自身にも特にダメージはないのだが、午前中に弓矢や魔法を弾いていたときにはこんなことはなかった。やはり太矢投射機というのは、相当に強力な兵器らしい。
一射目は防いだわけだが、敵もまだ諦めていない。第二射の装填がカムイたちの目の前で行われている。アストールの準備はまだ終わらない。カムイは表情を険しくすると、魔道具に込める魔力の量を増やした。
二射目が放たれる。またガツンとした手応え。ただ障壁に揺らいだ様子はない。「たぶん」なんて言っていたわりには優秀な防御力だ。しかしそれを素直にありがたがるのもなんだか癪で、カムイの顔はおかしなふうに歪んだ。
また次の太矢が装填される。しかしそれが発射されるより先に、アストールの準備が終わった。
「三射目はさせませんよ……! クレハさん、準備ができました!」
それを聞いて、呉羽がアストールのところへ飛んでくる。呉羽は近づいてくる雑兵を片付けていたのだが、彼女がいたポジションにはキキとロロイヤがカバーに入った。二人とも散弾状の閃光を放ってモンスターを倒していく。
呉羽はアストールの手を取ると、すぐに【草薙剣/天叢雲剣】の力を使った。次の瞬間、六機の太矢投射機の真下から雷樹が立ち昇る。〈雷樹・煉獄〉と呼ぶには範囲が限定的過ぎるが、しかし太矢投射機を破壊するには十分すぎた。一瞬で消し炭にされた太矢投射機は周りにいたモンスターともども瘴気へと還り、後にはただ魔昌石が残った。
作戦の要である太矢投射機が破壊されたのだから、敵は撤退してもいいはずだった。しかしモンスターの辞書に撤退の文字はない。それで一体として退くことなく戦闘を続けた。
敵が戦闘を続ける以上は応ぜざるを得ない。幸い、射程外なのか城壁の上からの攻撃はない。それでイスメルやミラルダは比較的自由に動き回って残りの敵を掃討した。ちなみに呉羽はリムの傍で突発的なモンスターの出現に備えていた。
さて、残敵掃討が終わると、ドームの中に静けさが戻った。城砦から新たな部隊が出てくる気配のないことを確認すると、アーキッドはリムに声をかけて一旦浄化作業を中断させる。そして午前中と同じく、城砦の正門を正面に見据える場所へ移動してから、また浄化作業を再開した。
しばらくは何事もなく、浄化作業は順調にすすんだ。ただ当然、城砦側も諦めたわけではない。いや彼らに「諦め」という感情があるのかは分からないが、少なくともプレイヤーが攻勢を仕掛ける限り彼らはそれに反応する。しかも手を代え、品を代えて。
午後の浄化が始まりリムが八回目の魔力回復を行った少し後、また城砦側に動きがあった。やはりと言うか、また今までとは違うやり口である。今回まず現れたのは、すべて騎兵。ただしそれらの騎兵は正門からではなく、城砦の両脇から現れたのだ。
「確か、城門はもう一つあるって話だったな」
イスメルとカレンが事前に調べてくれた情報によると、その城門は正門の反対側、つまり城砦の北側にある。ついでに言えば、そちらこそが本来の正門なのかもしれないが、まあそれはそれとして。
つまり敵の騎兵は北門から城砦の外に出て、そこで左右に別れて南へ向かったわけだ。やはり色々と手を打ってくる。そのことに感心しつつ、アーキッドはそれら騎兵の集団に青い閃光を浴びせた。
しかし敵の足は速いし、なにより二つに分かれているので火力を集中できない。しかも敵は洒落たマネをしていて、なんと騎兵の中に魔導士が混じっていた。つまり何騎かを二人乗りにして、後ろに魔導士タイプのモンスターを乗せているのだ。その魔導士が障壁を張ることで、さらに攻撃の効果を弱めていた。
さてどうするかと考えていたその矢先、アーキッドは敵の動きが可笑しいことに気付いた。突撃してこないのだ。側面、そして後背へ回るつもりなのだろうが、それだけではないような気がする。そして傍と気付く。
「しまった……! 奴ら騎射するつもりだ!」
騎射とはつまり、馬上から弓を射ることである。つまり敵騎兵部隊の狙いは、アーキッドたちが防御を固めて動かないのを逆手に取り、機動力を生かして側面及び背後へと回りこみ、しかし近づきすぎることなく【守護紋】の有効範囲外から弓を射掛けるつもりなのだ。
アーキッドが敵の狙いに気付くと同時に、左右に展開した敵騎兵部隊が騎射を開始した。それを防いだのはミラルダとアストール。ミラルダは狐火で、アストールは〈フレイム・エンチャント〉と〈テトラ・エレメンツ〉を使って火災旋風を起こし、放たれた弓矢を排除する。ただこれは緊急処置的な対応だ。特にアストールが動けなくなってしまうと、魔力の回復がおぼつかない。敵の排除も上手く行かず、このままではジリ貧だった。
「イスメル、クレハ! 防御はこっちで受け持つ。向上薬解禁だ、敵を蹴散らせ!」
そう指示を出すと、アーキッドは〈翼持つ城砦〉を操作した。四枚の翼がまるで雛を守るようにして大盾の後ろ側へと覆いかぶさる。〈翼持つ城砦〉の防御特化形態だ。これで障壁は半球状になり、つまり全方位から攻撃を防げるようになる。防御力も強化されているから、弓矢程度では小揺るぎもしない。ただし防御特化であるから、青い閃光を放って攻撃することはできなくなる。
それでこの場合、誰かが障壁の外へ出ておいて敵を排除する必要がある。今回その役目を担ったのは、イスメルと呉羽の二人である。ミラルダも外へ出られれば良かったのだが、降り注ぐ弓矢に対処していて身動きが取れなかったのだ。
イスメルと呉羽はアーキッドらが障壁内に篭ったのを確認すると、ほぼ同時に【瘴気耐性向上薬】を煽った。そして一気に【守護紋】の有効範囲を飛び出し、敵騎兵部隊の排除に取り掛かる。
二人が動き始めると、敵騎兵部隊は散開し、さらに距離を取り始めた。一騎一騎はもちろん弱いのだが、しかし数が多いし、その上散開されるとどうしても排除には手間取ってしまう。そうしているうちに、また城砦側に動きがあった。
正門が開き、また新たな敵部隊が外へ出てきたのである。新たな部隊は歩兵ばかりだったが、しかし凶悪な兵器を持っていた。破城槌である。太矢投射機では〈翼持つ城砦〉の障壁を突破できなかったので、さらに攻撃力の高い兵器を持ち出してきたのだ。
「おいおい……」
それを見てアーキッドも流石に笑みを引き攣らせた。破城槌を持ち出した新たな敵部隊は、迎撃がないのをいいことに猛然と一直線に突撃してくる。その光景にカレンやカムイはもちろん、アーキッドでさえ胆を冷やした。それでも彼は頭を回転させる。
(どうする……!?)
破城槌は危険だ。早めに撃退しなければならない。しかしイスメルか呉羽に頼むのも難しい。彼女たちは今、敵騎兵隊を迎撃中だし、アーキッドたちもこうして障壁の中に篭ってしまっている。ここから叫んでもたぶん聞こえないだろう。
(二人が気付いてくれればありがたいんだが……)
だがそれも期待薄だ。二人は騎兵隊の真ん中に飛び込んでいるから、見通しが悪い。つまり破城槌が見えていない可能性が高いのだ。それに破城槌も危険だが騎兵隊も危険だ。まとめて特攻してこられたら、破城槌以上の破壊力になるだろう。まともな騎兵ならそんなことはしないだろうが、相手はモンスターだ。それくらいのことは想定しておいた方がいい。
となればやはり、二人にはまず敵騎兵部隊を優先してもらわなければならない。そうなると破城槌撃退の方策は限られてくる。
前提条件として、〈翼持つ城砦〉の防御特化形態を解くことはできない。三方、下手をすれば四方から攻撃を仕掛けられることになるからだ。それにイスメルと呉羽が防衛線を離れている。捨て身で突撃してこられると、リムが危険だ。
しかし篭りっ放しでは、例えばミラルダに迎撃してもらうなど、こちら側から能動的に動くことができない。であるならば、まずは耐えるしかない。耐えて、騎兵隊を片付けた後でイスメルか呉羽に撃退してもらう。仮に障壁が耐えられなかった場合には、破られたその瞬間に内側から射撃して倒す。
(それしかないか……)
アーキッドは顔をしかめる。消極的で、あまりいい手とは思えない。だがそれ以外に手があるようには思えず、また時間もない。彼は腹を決めた。そしてその方針を伝えようと口を開いた矢先、しかしカムイのほうが半瞬早くこう言った。
「オレが、やります……!」
アーキッドが少し驚いた様子で「なにを……?」と尋ねるが、説明している時間はない。カムイはアブソープションと〈オドの実〉の出力を最大まで上げる。吸収するオドの量が増え一瞬意識が飛びかけたが、彼は歯を食いしばってそれに耐えた。
エネルギー量が増える。カムイはそれをすべて白夜叉へまわした。植物人間化がさらに進行するが、構っていられない。ただ〈エクシード〉を発動し、方向性をあたえてやる。具体的には、根を伸ばす。根を伸ばし、その先端を障壁の外へ向かわせた。
(さあて、ここからだ……!)
顔面のオーラも浄化樹を模し始めたために、カムイはもう喋ることもままならなかった。それでも彼はやめない。遠のきそうになる意識を繋ぎとめながら、彼はさらに白夜叉にイメージを流し込む。彼の脳裏に浮かんでいたのは、かつてロロイヤに見せてもらった写真だった。その写真とは、彼が暴走して植物人間になってしまったときの写真である。




