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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈北の城砦〉攻略作戦

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〈北の城砦〉攻略作戦6


 ――――温泉。


 ああ、なんと甘美な響きであろうか、と呉羽あたりは思っているに違いない。なにしろ瘴気に汚染されていて入れないことを覚悟の上で、こんなところまで出張ってきたのだから。


 ルペに案内してもらい、目当ての温泉を見つけたのはつい先ほどのことである。予想通り温泉は瘴気まみれだったが、カムイが〈オドの実〉を使い、四分の三ほど植物人間状態になることでそれを取り除くことができた。


 いや、今も取り除いている真っ最中である。なにしろ湧いてくる温泉はすべて瘴気まみれ。やめてしまったら、またすぐに入れなくなってしまうだろう。つまり温泉を入れる状態にしておくためにも、カムイはしばらくこのままというわけだ。


(まあ、別にいいけど……)


 カムイは内心でそう呟いた。彼は温泉にそれほど思いいれはない。入れ込んでいるのは呉羽とルペで、その二人は今、水着に着替えるため【シークレットウォール】の中に篭っていた。


 そのためカムイは一人で瘴気の吸収を続けている。さっきまで呉羽が騒いでいたのがウソのように辺りは至って静かで、ただ温泉の水の音だけ響いていた。


(遅いな)


 カムイは【シークレットウォール】の方を見るが、二人が出てくる気配はない。彼は二人が十分くらいで出てくるだろうと思っていたのだが、その予想はものの見事に裏切られることになった。二人は四十分近くもそこから出てこなかったのである。


「おっ待たせ~」


 カムイがいい加減うんざりし始めた頃、明るい声を上げながらルペが出てきた。当然、水着姿である。彼女が選んだのは、赤いビキニタイプの水着だった。トップはありふれたデザインだが、パンツがいわゆるホットパンツになっている。その赤い水着は、ルペの浅黒い肌とよく合っていた。


「どうどう? 似合う?」


「ああ、うん。似合う似合う」


 カムイが褒めると、ルペは「やったー」と言って大げさに喜んだ。そしてそうこうしている内に、遅れて今度は呉羽が【シークレットウォール】から出てくる。彼女は恥ずかしそうに頬を染め、手で前を隠していた。


「ああもう、ほらクレハってば。ちゃんとカムイに見てもらわないと」


「べ、別にカムイに見せる必要はないだろう!?」


「だって温泉を入れるようにしてくれたんだよ? お礼も兼ねてサービスしとかないと!」


「ううぅ……」


 温泉のことを持ち出されるとさすがに弱いのか、呉羽は顔を背けつつも前を隠していた手をどけた。そして彼女の水着姿が現れる。その姿を、カムイは思わずまじまじと見つめてしまった。


 呉羽が選んだのは、白のビキニだった。シンプルなデザインで、左胸のところに青いワンポイントがある。露になった白い肌は瑞々しく、腰のくびれはいっそ艶かしい。豊かな胸の谷間は隠しようもない。


「ほら、カムイ。何か言ってあげないと」


「あ、ああ。よく、似合ってる、と思う……」


 ルペに促され、カムイは内心でドギマギしつつもなんとか呉羽を褒めた。当たり前だが、彼女のこんなに露出の多い姿を見たのはこれが初めてである。凶悪と言うかなんというか。言葉がない。


「うぅ……」


 カムイに褒められると、呉羽はさらに顔を赤くした。しかしながらまんざらでもないらしく、背けた顔の口元には小さな笑みが浮かんでいる。内心いっぱいいっぱいのカムイはそれに気付かなかったが、同性のルペはしっかりと気付いていた。


「本当はもっと過激で、ヒモみたいなヤツを薦めたんだけどねぇ」


「あ、あんな破廉恥なの着れるか!?」


「あれぇ? じゃあ貝殻のヤツが良かった?」


「~~! さ、先に入るからな!」


 真っ赤な顔をした呉羽が、取り繕ったすまし顔をしながら湯船へと向かう。ルペはその背中を「待ってよ~」と言いながら追った。そして温泉に入る直前にカムイのほうを振り向くと、意味ありげに「ニシシ」と笑うのだった。


 さて、温かい温泉に浸かっていると、リラックスしてきて羞恥心も薄れてきたらしい。呉羽は温泉の中で気持ち良さそうに大きく身体を伸ばした。至福の表情だ。ルペも縁に身体を預け、お湯の中で脱力しきっている。二人とも心底温泉を楽しんでいる様子で、カムイも一肌脱いだ甲斐があったというものだ。


「あ~、しあわせ~。カムイのおかげでやっとこの温泉に入れたよ~。ありがと~。お礼はあたし達の水着姿でいいよね~?」


「人の水着姿を勝手にお礼にしないでもらいたいのだが、まあ今更か。この温泉に入れたのは、確かにカムイのおかげだしな」


 ありがとう、と言って呉羽はカムイに微笑んだ。水着姿でそういう顔をされると、なんというかもう破壊力がバツグンだった。平静を装って「気にするな」と答えるのが精一杯である。そんなカムイの内心に恐らくは気付かないまま、呉羽はルペに視線を向けて声をかけた。


「それはそうとルペ、一つ聞きたいのだが……」


「ん~、なに~?」


「有翼人はみんな、ルペのように入浴を好むのか?」


「いや~、それがねぇ。みんな水浴びもしたがらないんですよ~」


 リラックスしているのか、間延びした口調でルペはそう答えた。翼が濡れるのを嫌がるのだ、と彼女は言う。


 翼は濡れると重くなり、つまり飛びにくくなる。そして空を自由に飛べないことは、有翼人にとって命と誇りに関わる一大事だった。必要があれば雨の中を飛ぶことを厭いはしないが、しかしすき好んで翼を濡らそうとは思わない。それで彼らは基本的に入浴はせず、身体を拭くのが主流だ。当然、翼についてはさらに念入りなお手入れをする。


「それじゃあ、ルペは……?」


「うん、あたしはかなりの変わり者かなぁ」


 別に卑下した様子もなく、あっけらかんとルペはそれを認めた。彼女が温泉や入浴を好むのは、翼を失う前からのこと。有翼人の常識からすれば、彼女の好みはありえないものと言っていい。


 もちろん翼が濡れて重くなるのはルペも嫌だったが、しかしそれ以上にお湯に浸かることの感動と快感は筆舌に尽くし難いものがある。ルペはこの世界に来る前から温泉の虜だったのだ。


「それでねぇ~、コッチの世界に来るときも~、ヘルプ大老に『温泉のある場所にして下さいっ』って頼み込んだんだ~」


 ユニークスキルの設定さえなおざりにして温泉を優先したというのだから、その入れ込み具合が窺える。そして、そうやって頼み込み、ゲームの開始地点にしてもらったのが、他でもないこの場所と言うわけだ。


 ただし、全てが上手くいったわけではない。知ってのとおり、温泉は瘴気に汚染されていたからだ。いかにルペが温泉中毒者(ジャンキー)とはいえ、瘴気まみれの、見るからに身体に悪そうな温泉にはいりたいとは思わない。それで今日この日に至るまで、いわばお預けを喰らった状態だったのである。


 しかしながら呉羽と同じように、だからと言って諦められるものではない。汚染されているとはいえ、温泉が目の前にあるのだ。諦めきれず、悶々とした気持ちは募るばかりだった。それが、アーキッドらが来るまで、ルペがここを離れずに一人でいた理由である。別に瘴気濃度の問題で孤立していたわけではないのだ。


 それでもルペがここを離れることにしたのは、合流先として提示された石塚の拠点が、比較的近い位置にあったからである。この程度の距離なら半日もあれば余裕で往復できると考え、彼女は石塚の拠点へ移ったのだ。


 石塚の拠点に合流してからも、ルペは十日に一回ほどのペースで温泉に通い続けた。拠点から離れたここは稼ぎの効率が良かったのもある。が、それ以上に奇跡が起きて入浴できるようになっていないかを確かめるためだった。


 もちろんそんな都合のいい奇跡が起こるはずもなく、ルペは温泉を眺めつつも入れないと言う、欲求不満が増すばかりの日々を過ごしていた。アイテムショップで【レンタル温泉施設】を見つけたときに、思わず衝動買いしてしまったのもそのせいだ。


「同志よ!」


 ルペの話を聞いていた呉羽が、突然彼女に抱きついた。訳が分からずルペは目を白黒させたが、呉羽の次の一言で納得の色を浮かべる。


「【レンタル温泉施設】はわたしがリクエストしたんだ」


「そうだったんだ! うん、わかるわかる。クレハがしなかったら、きっとあたしがリクエストしてたよ。温泉は素晴らしいもんね!」


 そう言って二人の少女は手を取り合った。どうやら彼女たちの間には固い絆が生まれたらしい。温泉が繋ぐ絆だ。どうにも年寄り臭いな、とカムイは思ったが口には出さない。何しろ身動きが取れないのだ。どんな目に遭わされるか、分かったものではない。


(それに……)


 それに、年寄り二人よりも若い二人の方がカムイ的にも嬉しい。特に眺めるなら。時々ルペがチラチラと意味ありげにコッチを見てくるが、アレは分かっている目だ。要するに「楽しんでる?」ということである。そもそも彼女曰く「お礼」ということだったし、遠慮なく頂戴しておいていいだろう。


「ルペ、どうしたんだ?」


「ううん、なんでもない。それよりも、こうして温泉に入っているときだけは、翼をなくしてもいい事があったと思えるんだ」


 なにしろ、翼が濡れて重くなることがない。それにこの世界に来てからは、光の翼を手にいれて空もまた飛べるようになった。翼を失ったときから付きまとっていた悲壮感も、最近はずいぶん気にならなくなっている。


 思えば、今のこの状態はかなり理想的なのではないだろうか。実は最近、ルペはそう考えていた。温泉に入っても翼は濡れないし、いろいろなオシャレもできる。ゴロゴロと寝転がっても翼は痛くならないし、温かい毛布に包まることもできる。それでいて、光の翼さえあればどこまでだって飛んでいけるのだ。


(このまま翼を取り戻さなくてもいいかなぁ)


 温泉に浸かりながら、ルペはそんなことさえ考える。もちろん、光の翼が使えることが大前提だ。ゲームのクリア報酬でそれを願ってみるのもいいかもしれない。そうしたら、もとの世界でも温泉入り放題だ。世界中の温泉を制覇してみたい。


「……どうしてこの魅力が同族には伝わらないのかなぁ?」


「まったくだ。頭ごなしに否定するなんて、頭の固い連中だ」


「あぁ、そうかも。一にも二にも伝統だからなぁ」


「羽根を毟ってやれば、固い頭も柔らかくなると思わないか?」


「それはやめてあげてぇ~。頭が柔らかくなる前に憤死しちゃう」


 冗談だと思ったのか、ルペが苦笑を浮かべた。だけどアレはたぶん、冗談じゃない。カムイはそう思った。


(頼むからルペの羽毛を毟るなよ……)


 苦笑混じりにカムイはそう願う。ただその羽毛が温かそうであることは、彼も認めなければならない。


 それからまだしばらく、呉羽とルペは温泉を楽しんだ。美少女と言っていい二人が水着姿で入浴を楽しむ様子は、目の保養として極上の部類である。たわわに実った白い果実がお湯に浮かぶのは、いっそ暴力的な構図だった。


 とはいえガン見していて、ルペはともかく呉羽と視線が合ってしまったらさすがに気まずい。カムイはそっと視線を逸らして、天窓の開いた天井を見上げた。吸収している冷たいオドが、うかされた身体に心地いい。


(楽しそうで、良かった……)


 そうカムイは思った。呉羽のことだ。彼女には笑顔でいて欲しい。今までは、なんだか泣かせたり心配させたりそんなことばかりだったから、これで少しは借りが返せたかな、とカムイは思う。


(借り……。借り、か……)


 自分のその言葉にカムイは苦笑した。卑怯な言葉だ、と思ったのだ。自覚し始めている自分の心に、しかしあえて名前をつけないで置くための、卑怯な言葉。


(やっぱり、オレは……)


 その先を言葉にする覚悟は、まだない。分かったように構えていて、そのくせ本当はまだ子供だったのだと思い知らされる。


(スズ……)


 あまつさえ、別の女のことを気にかける。けれども彼女もまた、確かにカムイの心の中にいる。彼女はカムイのために、このデスゲームに参加した。それを申し訳なく思うし、そしてそれ以上に嬉しく思う。それを無視することはできない。


(あ~、腹減った……)


 そして結局、今日も目を背けるのだ。時間はまだあると言い訳をして。そんなはずはないと、どこかで感付いているのに。


「お~い、お二人さん。いつまで入ってんだ? オレもいい加減、腹が減ったんだけど」


 なにしろ、お昼前についてからまだ昼食を食べていない。しかし温泉を楽しむ二人は空腹など超越したようだ。


「あと五時間!」


「ウソでもそこはせめて五分にしてくれ。頼むから……」


 カムイが力なくそう言うと、二人の少女は声を揃えて楽しげに笑った。ちなみにカムイが昼食にありつけたのは三十分後のことである。



 ― ‡ ―



「帰ってきたな、カムイ。待っていたぞ」


 温泉に入った次の日のお昼過ぎ。少々早いものの石塚の拠点に帰ってきたカムイら三人を出迎えたのは、仁王立ちして不敵な笑みを浮かべるロロイヤその人だった。ご指名、というか名指しされたカムイは反射的に回れ右して逃げ出したが、しかしすぐにポンチョのフードを掴まれて捕獲される。そしてそのままズルズルと【HOME(ホーム)】のリビングへと連行された。脳内BGMはもちろんドナドナである。ちょうど「昼下がり」だし。


 まあ座れ、とロロイヤはカムイをソファーに投げ出す。リビングにはメンバーが揃っていたが、その光景を見て皆一様に苦笑を漏らした。ルペと分かれた呉羽もリビングに入ってきて「ただいま」と帰宅の挨拶をする。こうして三日ぶりにクエスト攻略のメンバーが勢ぞろいしたのだ。


「さてカムイ。約束していた魔道具が完成したぞ。まとまった時間が取れたおかげだな」


 カムイがソファーに座りなおすと、テーブルを挟んで向かい側に座ったロロイヤがさっそくそう切り出す。どうやらカムイと呉羽が温泉に行っている間に完成させたようだ。それを聞いてカムイは露骨にイヤな顔をした。ロロイヤに(魔)改造された〈オドの実〉のせいで意識を吹っ飛ばされ、あげく植物人間にされてしまったことは記憶に新しい。


 しかもそのことについて、カムイは結局謝罪の一つもまだしてもらっていない。はぐらかされ、丸め込まれてしまったのだ。「魔道具を一つ作ってやる」と言ってはいたものの、それだって謝罪ではなく面白いものを見せてもらった「礼」である。つまりロロイヤは「悪い」だなんて欠片も思っていないのだ。


 そういう面白くない事情と、あとは純粋にロロイヤ製の魔道具への警戒心から、カムイはまったく嬉しくなんてなさそうだった。それどころか、「今度はどんな爆弾を作ったんだ?」とでも言いたげである。


 ここまでイヤそうな顔をされれば、大抵の人間は普通怖気づくだろう。しかしあいにく、ロロイヤは普通の人間ではない。変人である。カムイの様子など歯牙にもかけず、彼は懐から小さな木箱を取り出した。そしてそれをテーブルの上に置くと、ニヤリと物騒な笑みを浮かべてその木箱を開ける。


「コイツが魔道具〈エクシード〉だ」


「頼んだ覚えはないんだけど……」


 イヤそうな顔をしてそう言いつつも、カムイは木箱の中を覗き込み、そしてさらに顔をしかめて困惑の表情を浮かべた。木箱の中に納まっていたのは、三つの小さな黒い球状の物体である。大きさはビー玉ほどだろうか。あとで聞いた話だが、この三つはすべて同じ魔道具で、つまり二つはスペアである。


 どんな突飛なものが出てくるのかと覚悟していたのだが、予想に反しずいぶん地味だ。というか、この魔道具にはどういう能力があって、どう使えばいいのか、この形状からではまるで推測できない。カムイが困惑するのも無理はなかった。


「ワシの気持ちだ。気にするな。……とはいえこのままでは使えないがな。展開する必要がある」


 カムイの困惑を察したのか、ロロイヤがそう言って〈エクシード〉を一つ木箱からつまんだ。そして人差し指で軽くテーブルに押し付け、ついで少量の魔力をこめる。すると次の瞬間、小さな黒い球状が解けて広がり、テーブルの上に複雑な紋様を描いた。幾何学模様と抽象画を組み合わせて魔法陣を描いたような、そんな紋様である。どうやらこれが〈エクシード〉の本来の姿らしい。


「さてこの〈エクシード〉だが、簡単に言えばお前さんの白夜叉にイメージを流し込むための魔道具だ」


「……白夜叉を解析できたのか?」


「いや、それはまだだ。だが、自信はあるぞ」


 ロロイヤは不敵に笑いながらそう言った。彼の自信の根拠は、カムイが植物人間になってしまった例の現象だ。あの現象は白夜叉のオーラが〈オドの実〉の核である浄化樹の種の影響を受けたものだと考えられる。


 とはいえ直接に影響を受けたわけではない、とロロイヤは思っている。〈オドの実〉はあくまでオドを生成するだけ。白夜叉のオーラに干渉するような機能はついていない。だから直接の影響を受けていたのはオドそのものであろう、と彼は考えていた。


 つまり〈オドの実〉によって生成されたオドには、いわば浄化樹のイメージが刷り込まれているのだ。そしてそのオドを吸収して白夜叉を発動することで、そのイメージがまるでプログラムのように働き、オーラを変質させているのではないか。ロロイヤの仮説はそのようなものだった。


「ええっと……。それじゃあつまり、この〈エクシード〉もオドにイメージを……?」


「いや、ターゲットにしているのはオドではなく魔力だな」


 カムイとて、オドそのものを使って白夜叉を展開しているわけではない。一度アブソープションで吸収して自らのエネルギー、この場合は魔力に変換してから白夜叉を展開している。それなら変換されたあとの魔力をターゲットにしたほうが、よりダイレクトにイメージを白夜叉に反映させることができるだろう。


 それにオドとはすなわち、純粋な生命力そのもの。ロロイヤは確かに優れた魔道具職人だが、しかしその作品はすべて魔力を想定したもので、つまり彼にとってオドは馴染みのないエネルギーだ。それなら扱いなれている魔力をターゲットにしたほうが、魔道具の精度は上がる。ロロイヤはそう考えたのだ。


「……さっきは白夜叉にイメージを流し込むといったが、より正確に言えば魔力にイメージを刷り込み、それによってオーラを変質させる魔道具。それが〈エクシード〉だ」


「それで、それに、どんな意味が……?」


 ロロイヤの説明をいまいち理解しきれず、カムイは首を捻りながらそう尋ねる。それに対しロロイヤは嫌な顔はせずむしろ嬉々としながら、まるで生徒を教える教師のような口調でされにこう説明を続けた。


「そもそも〈白夜叉〉というスキルの最大の目的は、使用者を瘴気から保護することだ」


 白夜叉はカムイがこの世界に転移してきた直後、高濃度の瘴気から身を守るために発現させたスキルだ。だからその最大の目的が「使用者を瘴気から保護すること」というのは理にかなっている。確かにあの時、カムイはそれ以外のことはまったく考えていなかったのだから。


 しかしそうであるなら白夜叉の別の面、つまり優秀な防御力や自在にその形を変えられる柔軟性などは、あくまでも副次的な能力に過ぎないともいえる。要するに本来は戦闘向きの能力ではない、とロロイヤは言う。


「今まで戦闘に使ってこられたのは、アブソープションがあったからだ。豊富なエネルギー量に支えられた力押し。それが今までカムイがやっていた、白夜叉の使い方というわけだな。


 別にそれが悪いといっているわけではないぞ。仕方がなかった面もあるし、何より今までそれで不都合があったわけでもない。ただ、客観的な視点を忘れてはならないと言うことだ」


「……それで、それが〈エクシード〉とどう関係があるんだ?」


「ああ、そうだったな。つまりだ、白夜叉は本来戦闘向きのスキルではない。だがこの〈エクシード〉を使えば、一時的とはいえより戦闘に適したスキルに変質させることができる、とワシは考えている」


 すぐに思いつくのは防御力の向上だな、とロロイヤは言葉を続けた。それを聞いてカムイは思わず目を見開いた。白夜叉の防御力を上げる。今までは思いつかなかった発想だ。いや、オーラ量を増やせば防御力は上がるのは知っていたが、それ以外には無理だと思いこんでいたのかもしれない。


 しかし言われてみれば、有効なアイディアであることはすぐに理解できた。白夜叉の防御力は確かに優秀だ。普通のモンスター程度の攻撃なら、ほとんど全てを防いでくれる。しかし「だからこれ以上は必要ない」ともいい難い。白夜叉の防御を抜く相手は、確かにいるからだ。


 一番分かりやすいのは、呉羽やイスメルだ。彼女たちはいとも簡単に白夜叉を切り裂いてしまう。二人だけではない。攻撃系のユニークスキルを持っているプレイヤーなら、白夜叉の防御を抜くことはそう難しくないだろう。


 プレイヤーだけではない。例えば〈魔泉〉に現れたあのモンスター。ああいう規格外のモンスターなら、白夜叉の防御など簡単に抜いてくるに違いない。それに普通に現れるモンスターの中にも、火炎弾や雷撃を使ってくるタイプがいる。そういう攻撃を白夜叉が防ぎきれるのか、不安が残ることをカムイは否定できなかった。


 つまり、白夜叉の防御は十全とはいい難い。だからその性能を向上させられるなら、それに越したことはない。その理屈はカムイにも分かる。しかしだからと言って、それが〈エクシード〉を使うことに直結するわけでは決してない。


「〈エクシード〉を使わなくたって、白夜叉の防御力は上げられる、と思うけどな……」


「まあ、そうだな。たぶんできるだろう」


 意外にもロロイヤはカムイの言い分を否定しなかった。“アーム”や“グローブ”のように形を変えることも含め、白夜叉を制御しているのはカムイのイメージだ。だから彼が「防御力を上げる」という明確なイメージを持って使えば、白夜叉の防御力は確かに上がるだろう。


「だが〈エクシード〉を使った方が効果的だ」


 ロロイヤはそう断言した。彼の表情からは、自分が作った魔道具への自信が窺える。しかし一方のカムイは、まだ〈エクシード〉を使おうとは思えずにいた。


 もし仮にこの〈エクシード〉がアイテムショップで売られているマジックアイテムなら、カムイは迷わずに購入したことだろう。しかしこの魔道具はロロイヤ製である。この一点がどうしても引っ掛かるのだ。なにも考えずに使ったが最後、どんなトラップが仕掛けられているか分かったものではない。そんな彼の警戒が伝わったのか、ロロイヤは大げさに嘆いてこういった。


「いやはや、善意を疑われるとは。悲しい話だ」


「いや、疑うだろ。そりゃ」


 ロロイヤの大仰な仕草に苦笑しながら、アーキッドがちゃちゃを入れる。その様子にカムイはふっと笑みを漏らし、そのおかげで少し気が楽になったように思った。


 とはいえ、この程度のことでロロイヤは諦めない。テーブルの上に展開した〈エクシード〉をもとの状態に戻し、それを掌でもてあそびながら彼はカムイにこう言った。


「……話は変わるが、カムイ。植物人間になったときのことは覚えているか?」


 その問い掛けに、カムイは少し考え込んでから首を横に振った。前後のことはいくらか覚えているが、肝心の“樹”が成長して増えていくその間はまったく記憶がない。ただ同時に苦しかったわけでもない。まるで眠っていたようだ、というのがカムイの正直な感想である。


「ふむ。では暴走しているときはどうだった?」


「それは……、覚えてる」


 少し言いにくそうにしつつも、カムイはそう答えた。言ってしまえば失敗の記憶なので思い出したいものではないが、しかし暴走していた時の記憶はちゃんと残っている。ちなみにド突かれて正気に戻るまでがワンセットになっているのだが、今は特に関係ない。


 カムイの話を聞くと、ロロイヤはもう一度「ふむ」と呟いた。そしてさらにこう言葉を続ける。


「意識が飛ぶ。あるいは正気を失う。これらはいわば、オドや瘴気を過剰に吸収した場合に起こる反応だ。違う反応になるのは、やはり吸収しているエネルギーが違うからだろうな。吸収した際の感覚も違うという話だったし、エネルギーごとに特性が異なると考えて間違いあるまい。そしてこれらの特性はアブソープションで吸収して魔力に変換したあとでも残っている」


「だから何なんだよ?」


「つまり、だ。〈エクシード〉を使えばその特性を抑えたり、あるいは上書きしてしまうこともできるかも知れん、ということだ」


 まあ可能性の話だがな、とロロイヤは嘯いた。しかしながら例え可能性の話であっても、それを無視することはできない。彼の言うことが本当なら、暴走や植物人間の危険をかなりの程度軽減できる事になる。それはあまりにも魅力的だった。


 暴走したり、あるいは植物人間になったりする危険があるのに、しかし能力を使わないわけにはいかない。予防策は特になく、そうならないためには能力を抑えて使うか、あるいはひたすら意志を強く持つしかない。それが今のカムイの状態だ。


 しかし〈エクシード〉を使えば、危険性そのものを抑えることができるかもしれないのだ。これは今までになかったアプローチである。ロロイヤ製というリスクはあるものの、代わりに暴走や植物人間のリスクを避けられるなら、そう悪い話ではないようにカムイには思えた。


「本当に、そんなことが出来るのか……?」


 ゴクリ、と唾を飲みながらカムイはそう尋ねた。獲物が喰い付いた瞬間である。ロロイヤは獰猛な笑みを隠そうともせず、ニヤリと壮絶に笑ってこう答えた。


「そこはカムイ次第だな。分かっているのは、エネルギーには、魔力には特性があり、お前さんの能力はその特性の影響を受けやすいということ。そして〈エクシード〉はその特性の部分に作用する。要するにコイツを使いこなせるかどうかにかかっている、ということだな」


 無責任な物言いだ、とカムイは思った。結局は使い手次第だなんて、職人側の言い訳に聞こえる。しかし道具とは本来そういうものなのかもしれない。だからこそ、ロロイヤはカムイに試すような視線を向けてくるのだ。


「……分かった。使わせてもらう」


 しばらく考え込んだ後、カムイはそう決断した。なんだか最後は挑発に乗せられてしまったような格好だが、しかしそれでも決めたのは彼自身である。呉羽やカレンが微妙な顔をしているのは見なかったことにした。


「よし。では服を脱いで背中をこちらに向けろ」


 ロロイヤは満足げな笑みを浮かべるとそう言った。先ほど実演して見せた通り、〈エクシード〉は対象に薄く張り付く形で展開される。要するにフィルムのように、身体に貼り付けて使うタイプの魔道具なのだ。これはなるべく精度よくイメージを受け取り、そしてノイズが混ざらないようそのイメージを魔力に刷り込むには、こうするのが一番なのだと言う。


「だったら、別に背中じゃなくてもいいんじゃ……」


「ある程度面積がないと重なってしまって上手く発動しない。背中以外となると、身体の表側くらいしかないぞ」


「背中にしとく……」


 身体の表側に〈エクシード〉を貼り付けた様子を想像し、少々ゲンナリしながらカムイはそう言った。そして言われたとおり服を脱いで背中をロロイヤのほうに向ける。その背中にロロイヤは手早く〈エクシード〉を展開した。


「……っ」


 背中を何かが這うような感覚に、カムイは一瞬だけ顔をしかめた。しかしすぐにそれも収まる。ロロイヤが「終わったぞ」と言ったので鏡を駆使して背中を見てみると、〈エクシード〉の紋様がまるで刺青のようにしっかりと背中に張り付いていた。


(へぇ……)


 内心でカムイはちょっと感心する。意外なほど違和感がない。痛みはもちろん、引き攣るようなことはないし、なにかが張り付いているような感じもしない。こうして鏡で確認しなければまるで何もないかのようだ。


「コレ、貼り付けたままでいいのか?」


「ああ、問題ない」


 鏡を見ながら尋ねるカムイに、ロロイヤはそう答えた。〈エクシード〉には本命の術式のほかに、〈劣化防止〉や〈磨耗抑制〉の術式も組み込まれている。これらの術式は無意識のうちに漏れ出している微小な魔力を使って駆動するようになっており、つまり展開していれば勝手に発動してくれるわけだ。要するにメンテナンスフリーってことか、とカムイは理解した。


 背中に〈エクシード〉を展開してもらうと、カムイは脱いだシャツとポンチョを手早く着込んで身支度を整える。それからスペアの〈エクシード〉が入っている小さな木箱へと手を伸ばす。そんな彼にロロイヤがさもふと思い出したかのようにこう言った。


「そうだ。あえて言わずとも分かっていると思うが、一応注意しておくぞ。お前さんのイメージがしっかりしていないと、かえって浄化樹の種の方からのイメージの方が強くなって、〈エクシード〉がそっちのほうを受信してしまうからな。気をつけるように」


 それを聞いたカムイは盛大に頬を引き攣らせて動きを止めた。それはもしかしなくても、〈エクシード〉を使った場合に下手をすれば植物人間になる危険性が高まる、という事ではないだろうか。


 カムイは恐るおそる顔を上げる。ロロイヤはニンマリと笑みを浮かべていた。それを見てカムイは確信する。コイツは愉快犯だ! しかも背中では自力で取れないではないか!


「なに、使いこなせば問題あるまい。使いこなせばな」


 ロロイヤはどこまでも悪びれない。かえって危険性が高まるかもしれないことを最後に指摘したのは間違いなくワザとなのに、そうなったら使いこなせないカムイが悪いというのだ。ひどい魔道具職人もいたものである。カムイがクーリングオフを求めるのも当然だった。


「取れ! 今すぐ取れ!?」


「イヤなら使わなければいい。発動させなければ今までどおりだ」


「そういう問題じゃねぇ!? いいから取れって!」


「それよりいいのか? 明日のレンタカーの分のポイントをまだ稼いでいないんだろう?」


 ぞんざいな口調で、しかし大胆にロロイヤは話題をすり替えた。そしてカムイは押し黙る。確かに彼の言うとおりだったからだ。はやくその分のポイントを稼がないと明日の移動に差し障る。


 温泉のために三日間の寄り道をしてきたばかりで、これ以上の迷惑は流石にかけられない。そもそも少し早めに帰ってきたのはそのためなのだ。


「……っ、後で絶対取ってもらうからな!」


 そう言うと、カムイはアストールらに声をかけて慌しく【HOME(ホーム)】のリビングから出て行った。肩を怒らせたその背中を、ロロイヤは苦笑しながら見送る。そして玄関の扉が開いて閉じる音を聞くと、肩をすくめながらこう言った。


「別の誰かに取ってもらうという選択肢がすぐに出てこないあたり、まだまだ視野が狭いな。おい、面白そうだから勝手に取るなよ」


 ロロイヤがそう釘を刺すと、アーキッドらは苦笑しつつ頷いた。そして凄腕だがしかし変人の魔道具職人に見込まれた少年に心の中でエールを送るのだった。


今回はココまでです。

まだ〈北の城砦〉に到着もしていないという……。


続きは気長にお待ちください。

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