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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈北の城砦〉攻略作戦

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〈北の城砦〉攻略作戦5


 ――――摂理。


 すなわち、そうなって当然で、そうならなければおかしいもの。だからこれも、ある種の摂理だったのだ。


「そういえば、この拠点の近くに温泉がある」


「その話もっと詳しく」



 ― ‡ ―



 カムイたち十人が遺跡を出発してから八日目の夜。夕食を終え、食後のお茶を飲みながらアーキッドはテーブルの上に地図を広げた。地図上で現在地を確認すると、ひとまずの目的地である廃都の拠点まで、あと半分弱といったところか。折り返し地点は越えたようである。


「明日はこの拠点まで行く」


 そう言ってアーキッドが指差したのは、カムイたちが進むルート上の、すぐ近くにある拠点だった。ここまで彼らは、ルートを外れてまで拠点に立ち寄ることはしていない。立ち寄る理由もなかったし、時間のロスになると考えたからだ。


 しかしアーキッドが指差した拠点はルートのすぐ近くにある。立ち寄っても時間のロスにはならないだろう。強いて立ち寄る理由は確かにないが、しかし避けて通らなければならない理由もまたない。


 仲間内からも反対意見は出なかったので今回は立ち寄ることにしたのだが、しかしそうなったらそうなったで今度はまた別の問題ができてきた。その問題をアーキッドはこんなふうに指摘する。


「ただ、これまでのペースだと、午前中に着くのは難しいかもしれないな」


 そう言ってアーキッドはチラリとミラルダの方を窺った。現在カムイたちの移動は午前中のみで、その速度は一番足の遅い彼女に合わせている。アストールが〈アクセル〉の魔法をかけることで幾分改善はしているが、【ペルセス】とレンタカーの方にはまだ余裕があるのも事実だった。


 つまり、ミラルダがもっとスピードを上げられれば、目的の拠点に明日の午前中に着ける、かもしれない。しかし肝心の彼女はムスッとした顔をしてそっぽを向くと、不機嫌そうな声でこう言った。


「これ以上は無理じゃ。どうしてもと言うのなら、重い荷物を一つ振り落とさなければならぬぞ」


「そりゃカンベンだって」


 アーキッドはそう言って苦笑しながら肩をすくめた。本当に無理かはともかく、ミラルダが嫌がっているのは本当だ。ならば彼としても強いてさせようとは思わなかった。そんなことをしたら本当に背中から振り落とされそうであるし。


 そんなわけでアーキッドは明日の午前中に目的の拠点へ到着することはさっぱりと諦めた。その代わり午後も移動して、明日中には着くようにする。とりあえずそれが明日の予定になった。


「その拠点は、どういう拠点なんですか?」


 予定が決まったことで興味がわいたのだろう。アストールがそう尋ねる。それに対し、アーキッドは口元に苦笑を浮かべながらこう答えた。


「瘴気濃度こそ1.0以下だがな。本当に何もないところだよ。目印になるモノもないもんだから、そこにいる連中が石を積み上げて塚を作ったんだ」


 その塚のことはカムイも覚えている。結構大きな塚で、確か縦・横がそれぞれ1m、高さが1.5m程度あったはずだ。その塚を目印にして、プレイヤーたちが集まっているのである。さしずめ、〈石塚の拠点〉とでも言ったところか。写真を撮っておけばよかったな、とカムイは思った。


「あとは、そうだな……。そういえば、この拠点の近くに温泉がある」


「その話もっと詳しく」


 温泉、という単語に俄然呉羽が喰い付いた。ズイッと身体を乗り出し、「逃がさん」と言わんばかりにアーキッドを真っ直ぐに見据える。下ろした長い髪がザワリと揺らめいたのは、無意識のうちに魔力を放出しているからか。その目の輝きは、どこかロロイヤに通じるものがあった。


「あ、ああ。ルペっていうプレイヤーがいてな。そいつも例に漏れず孤立していたんだが、そいつがいた場所が温泉だったんだ」


 呉羽の気迫に圧されるようにして、アーキッドは簡潔にそう答えた。しかし「温泉」と聞いて理性のネジが吹き飛んでしまった(ように見える)呉羽は、当たり前にそんな程度の答えでは満足しない。ズズイッと顔を近づけ、根掘り葉掘り聞き出していく。その様子はまるで蛇が鼠を尋問しているかのようだった。


「すばらしい……! この世界にも入浴の文化と温泉を愛する人々がいたのだ……!」


 そう言って、呉羽は感激しながら陶酔する。その様子をカムイは「器用なことをするもんだなぁ」と呆れながら眺めていた。なお、この世界にあった入浴の文化は滅び去り、温泉を愛する人々も死に絶えて久しいのだが、わざわざそれを指摘しない程度にはメンバーにも教育は行き届いている。


「温泉テーマパークのためにも、ぜひ一度様子を見ておきたい。そしてよしんば入りたい……! 地獄蒸しも捨て難いし、いやここはやはり温泉卵が王道……!」


「落ち着けって」


 妄想に酔っ払う呉羽の頭を軽く叩いて、カムイは彼女を現実に引き戻した。呉羽はハッとした様子でヨダレを拭う。なんだかもう、本当にいろいろと残念だ。カムイは特大のため息を吐きたい気分になった。そんな彼とは対照的に、呉羽のテンションは変わらずマックスだ。


「カムイ、温泉だ! 温泉なんだ!」


「聞いてたよ」


「行こう! うむ、これはもう行くしかないっ!」


「だから落ち着けって」


 カムイは少々強引に呉羽をソファーに座らせた。しかし座らせても彼女のウキウキとした様子は何も変わらない。これはもう、何がなんでも温泉に行くつもりだ。それがアリアリと分かって、カムイは頭痛を堪えるように額を抑えた。


「あのな、呉羽。オレたちは今、クエスト攻略のためにこうして旅をしているわけだ」


「うむ、そうだな。ちゃんと覚えているぞ」


「だから寄り道している時間なんてないって」


「それはおかしい。そもそも誰かと競争しているわけではないはずだ。瘴気濃度は向上薬があれば何とかなるかもしれないが、一番近い廃都の拠点のプレイヤーたちでさえ、今は防衛で手一杯なのだろう? なら時間的な余裕は十分にある」


「だけど今までだって……」


「今までは理由がなかっただけだ。今はある。温泉という崇高な理由が!」


 呉羽のその言い分に、カムイは「うっ」と勢いをそがれた。彼女の主張に納得は出来ないが、しかし理解はできる。できてしまう。


 確かにカムイたちはクエストの攻略を誰かと競っているわけではないし、また他に攻略できそうな連中にも心当たりはない。呉羽の言うとおり、一番可能性がある廃都の拠点のプレイヤーたちでさえ、自力で〈北の城砦〉にたどり着いたことすらないのだ。これでは攻略など夢のまた夢である。


 そもそも寄り道にしたって、これまで「する理由」はなかったものの、しかし「しない理由」もまたないのだ。温泉を正当な理由とは認め難いが、時間的な余裕がある以上は「温泉だからダメ」というのも説得力に欠ける。


 加えてここにいる十人は全員、自らの自由意志で今回のクエスト攻略に参加しているのだ。ギルドのような組織に所属しているわけではないし、まして報酬を貰って助っ人をしているわけでもない。


 究極的に言えば、各自の意志が最優先されるのである。つまり呉羽があくまでも「自分の責任で温泉を見に行く」と言い張るのであれば、あえてそれを禁じることは誰にもできないのだ。


 まったく、頭の中は桃源郷ならぬ温泉郷になっているくせに、思考力は湯煙の靄で鈍ることなく、かえって明瞭になっているらしい。彼女の頭は今、無茶な道理を通すためにフル回転しているのだ。げに恐ろしきは趣味人の情熱であろう。


「温泉は逃げないって」


「クエストも逃げないぞ」


「ゲームクリアのためには、やっぱりクエスト優先だって」


「もちろんクエストが重要なことは理解している。しかしわたしには使命があるのだ……。そう、温泉テーマパークを造るという使命が!」


「温泉テーマパーク造ったってデスゲームはクリアできないだろッ。ほら、陰陽士の力が欲しいんだろう? どっちが大事なんだよ?」


「クエストの攻略だってゲームクリアに直結しているわけじゃないはずだ。ゲームのクリアはあくまでも世界を再生させることにかかっているんだからな。そして豊かな文化は、温泉テーマパークは世界の再生に資すると私は確信している!


 陰陽士の力は確かに欲しい。だけどそれはゲームクリアの報酬なんだ。そして温泉テーマパークは世界の再生に、つまりゲームクリアに資する。ということは温泉テーマパークの方が優先度は高い!」


「待て待て、なんだその謎理論!?」


 カムイが焦る。話が通じているようで通じない。筋は通っている、ように思える。しかし納得できない。それは前提となる条件がおかしいからだ、とカムイ以外のギャラリーには分かっていた。分からないのは、呉羽のテンションに圧され、冷静なように見えて内心でテンパっているカムイだけなのだ。


「ククク……。仲いいなぁ、お前ら」


「アードさんも笑ってないで言ってやってくださいよ」


 楽しげに笑うアーキッドに、カムイが渋い顔をしてそう言う。アーキッドはどこまでも飄々とした様子で「おっと、飛び火したか」と言って肩をすくめる。それから呉羽のほうに視線を向け、そしてこう言った。


「クレハ。行ってきていいぞ、温泉。そうだ、石塚の拠点に着いたらルペを紹介してやろう。案内してもらうといい」


「おお!」


「ちょっ……、アードさん!?」


 思ってもみなかった話の展開に、カムイは思わず驚きの声を上げた。そもそもクエスト攻略の話を持ってきたのはアーキッドであるというのに、ひどい裏切りである。しかし彼は飄々とした態度を崩さずカムイにこう言った。


「まあ、ダラダラするのも嫌だから結構急いでここまで来たけどな。実際、誰かと競っているわけじゃない。二、三日くらいならかまわないさ」


「えぇ~」


「そんなわけでカムイ少年、君も行ってこい」


「はい!? な、なんでそうなるんですか!?」


「クレハ一人で行かせたら、二、三日じゃ帰ってこないかもしれないからな。クエスト攻略が遅れるのはイヤなんだろ?」


 お目付け役だよ、とアーキッドはニヤニヤと笑いながらそう言った。それを聞いてカムイは絶句する。嵌められた感がハンパない。助けを求めて周囲を見渡せば、みんな揃いも揃って突然雑談を始め、つまり無関係を装った。リムでさえそうなのだから、なんとも教育が行き届いているというべきか。カムイにしてみればはた迷惑な話である。


「ついにカムイも温泉の魅力に目覚めたのだな!?」


「それだけは違う」


 いや、決して温泉が嫌いなわけではないが。まあそんなこんなでカムイも温泉旅行に付き合うことになったのである。



 ― ‡ ―



「あ、ほら、そろそろ尾根を越えるよ。もしかしたら見えるんじゃないかな?」


 急峻な斜面を登るカムイと呉羽の頭上から、軽やかで楽しげな声がする。カムイが視線を上にあげると、そこには一人の少女がいて空を飛んでいた。彼女の名前は【LuPe(ルペ)】。石塚の拠点でアーキッドに紹介してもらったプレイヤーだ。


 温泉に寄り道することが決まった次の日、呉羽は朝からテンションマックスだった。一秒でも早く温泉に行きたい一心でレンタカーを爆走させ、それに付いてくるために無理をしたミラルダをグロッキーにしつつ、なんとその日のお昼前に石塚の拠点に到着してしまったのである。


 拠点に到着すると、呉羽は早速アーキッドからルペを紹介してもらった。ポイントを稼ぐべく出かけている可能性もあったのだが、ありがたいことに彼女はこの時拠点にいて、すぐに紹介してもらうことができた。


『クレハ、こいつがルペだ』


 アーキッドが連れて来たのは、見たところ十四、五歳の少女だった。目鼻立ちはそれなりに整っているが、それ以上に快活な気質が彼女の容姿にも現れていて、それが人目をひきつけた。


 肌は浅黒く、ショートヘアの髪はあずき色。民族衣装なのか、エキゾチックな雰囲気の装束を身に纏っていた。背中が大きく露出していて、その背中には髪と同じ色の、羽毛のような毛が生えている。どうやら普通の人間ではないらしい。


『初めまして、ルペだよ。よろしくね。温泉に興味があるんだって?』


 嬉しいなぁ、とルペは明るい笑顔を浮かべた。呉羽とカムイが簡単に自己紹介をしてから、彼女がこの拠点に合流する前にいたという温泉まで案内を頼むと、ルペはすぐにそれを承諾した。


『頼んでおいてなんだけど、大丈夫なのか?』


『ポイントのこと? 大丈夫、大丈夫。それなりに蓄えはあるからね。ただ、道中で手に入れた魔昌石は譲ってもらっていいかな?』


 案内の手間賃として、とルペは言った。その程度であれば安いモノである。呉羽とカムイはすぐに「分かった」と言って了解した。昼食がまだだったので三人揃って手早く済ませ、それから彼らは意気揚々(約一名を除く)と出発したのである。


『ここからだと、どれくらいかかるんだ?』


『そうだなぁ……。あたし一人だったら半日あれば余裕で往復できるんだけど、普通に歩くとなると片道で三日くらいかかるかなぁ?』


 ちょっと考え込みながら、ルペは呉羽にそう答えた。歩きとはいえ片道で三日であれば結構な距離だ。しかもそれほど高くはないとは言え、山を一つ越えなければならないという。なかなか大変そうだった。


『そうか……。よし、走ろう』


『まあ、それしかないか……』


 呉羽は躊躇いなく走ることを決め、カムイも嫌そうな顔をしつつもそれに同意した。なにしろ今回の寄り道は、最長でも三日程度の予定なのだ。のんびりと歩いている余裕はない。


『うわ、すっごい力押しだね。まあ、体力が持つならそれでもいいけど……』


『大丈夫だ。さあ行こう』


『あ、ちょっと待って』


 そう言ってルペは走り出そうとした呉羽を引き止めた。そして足を肩幅に開くと、背筋を伸ばして姿勢を正す。それからルペが小さく肩甲骨を動かすと、そこから幾筋もの光があふれ出した。それらの光はやがてより合わさり、一対の大きな光の翼となる。どうやらこの光の翼が彼女のユニークスキルのようだ。


『お待たせ。じゃ、行こっか』


 そう言って快活な笑顔を浮かべると、ルペは滑るように空を飛び始めた。向かうのは北に見える山の方だ。呉羽とカムイは慌ててそのあとを追った。


(やっぱり速いな……!)


 光の翼を広げて空を飛ぶルペは、当たり前に速かった。カムイと呉羽も彼女のスピードに付いていっているが、これはむしろルペが二人に合わせてくれているからだろう。徒歩だと片道三日かかる距離を、自分なら半日で往復できると豪語していたが、それも納得である。


 さて、三人はまず、前述したとおり拠点の北側にある山の方へと向かった。温泉があるのはあの山のさらに向こうなのだ。山の標高は、恐らくそれほど高くはない。見たところ山陰の拠点を〈魔泉〉から守っていたあの山よりは高い気がするが、それでも1,000mはないだろう。


 ただ、山を越えるからと言って、三人はわざわざ頂上を目指したりはしなかった。むしろ多少迂回する格好になるが、なだらかな場所を狙って尾根を越える。瘴気にやられて木々が枯れはて、そのおかげで見通しが良かったことだけは僥倖というべきかもしれない。


 とはいえ、道が整備されているわけでもない荒れ山だ。いくら高い身体能力を持つカムイと呉羽とはいえ、登りづらい場所はある。こういう場合、ルペがちゃんと通りやすいコースを選んで案内してくれるのが最上なのだが、彼女だってそういうガイドができるほど温泉に通っているわけではない。それに空を飛べる彼女はそもそもそういう事柄に無頓着だった。


『借りといて正解だったな』


 そう言ってカムイが腰のストレージアイテムから取り出したのは、アストールから借りてきた魔道具〈スカイウォーカー〉だ。もともとは川や谷を越えることを想定していたのだが、山を登るのにもこの魔道具は有効だった。


 山を登り、そして稜線の上に立つと、視界が開けた。世界は相変わらず瘴気の黒い靄に覆われているが、それでも高いところに立てばやはり見晴らしはいい。ちなみにカムイは【測量士の眼鏡】を装備しているので、これでまたかなりの範囲が新たに地図に記載されたはずである。アーキッドも喜ぶに違いない。


 さて、尾根の北側には谷あいの平野が広がっていた。その平野に川が一本、東西に流れている。平野のさらに北にはもう一つ山があり、そのなだらかな斜面の中腹当りに目指す温泉があるのだという。


「あのヘンなんだけど、見えるかな?」


「むぅ……、見えないな……」


「ちょっと待ってろ。今、双眼鏡を……」


 目を細めて温泉の姿を探す呉羽に、カムイはいつぞや買った双眼鏡を取り出して手渡す。彼女は受け取った双眼鏡を覗きこんで向かいの山の斜面を探り、そして目当てのモノを見つけると歓声を上げた。


「あった! そうか……、アレが……」


 カムイも呉羽の次に双眼鏡を覗き込んで温泉を探す。そしてそれらしきものを発見した。ただし、温泉そのものではない。とはいえ確かに人工物で、アーチ状のものが見えた。恐らくアレが温泉の入り口なのだ。


「双眼鏡もなしでアレが見えるなんて、ルペは目がいいな」


「ふふん。あたしは鳥目だからね。目はいいんだ」


 カムイが褒めるとルペは自慢げにそう言った。「鳥目だから視力がいい」という話は聞いたことがないが、たぶん異世界基準の話なのだろう。カムイはそう考え、深くは追求しなかった。


「ここまで来ればあと一息! 今日中に温泉に入るぞ!」


 呉羽はそう意気込んだが、しかしこの日のうちに温泉に到着することはできなかった。谷あいの平野を進んでいるうちに日が暮れてしまい、川の手前でキャンプすることにしたのである。


「……ところであの光の翼は、やっぱりルペのユニークスキルなのか?」


 夕食が終わり、LEDランタンを囲んで三人で雑談していたときに、カムイは思い切ってルペにそう尋ねてみた。ユニークスキルのことを根掘り葉掘り利くのはマナー違反だが、あれだけ堂々と見せていたのだ。聞いてみるくらいはいいだろうと思ったのだ。


「そうだよ。名前はね、【嵐を纏う者(テンペスト)】っていうんだ」


「へぇ、どんな能力なんだ?」


「えへへ、実はね、あたしも良くわかんない」


 あっけらかんとルペはそう言った。その言葉にカムイと呉羽は揃って首をかしげる。ユニークスキルは先天的なものではない。初期設定の際に自分で設定するものだ。つまりどういう能力かは自分で決めることができる。それなのに「どんな能力なのか、良く分からない」というのは、一体どういうことなのか。


「えっとね……。【嵐を纏う者(テンペスト)】は、あたしの種族に伝わる伝説をもとにしてるの」


 それで能力の欄のところにもその一節をそのまま書いたのだ、とルペは言う。そしてその一節というのは、【光の翼を持ち、風を従え、空を統べる者。汝、星の海を往き、太陽に座するだろう】というものらしい。


「……光の翼で空を飛ぶことができて、あとは風を操るような能力、かな?」


「ああ、うん。そんな感じかも」


「そんな感じかも、って……」


 カムイは思わず苦笑した。自分の能力だというのに、ルペは無頓着なように思える。ただ、それは別にユニークスキルをなおざりにしているという事ではない。彼女にとって大事なことは一つだけで、それ以外は瑣末な事柄なのだ。


「あたしはね、空が飛べればそれでいいんだ」


 そう話すルペの顔は、明るくて前向きだった。どこか悟りに近いものさえ感じられる。胸に迫るものがあり、カムイはなんと言っていいのか分からなくなった。そんな彼の代わりに、今度は呉羽がこう尋ねる。


「それは、ルペの種族となにか関係があるのか?」


「あ~、うん、その……。実はね……、あたしは〈有翼人〉なんだ」


 有翼人とは、その名の通り翼を持つ種族のことだ。彼らの誇りはその翼であり、生活様式などの文化もすべて翼が中心になっている。一例はその服だ。ルペがいま着ているものがそうであるように、彼らの衣服はすべて背中の部分が大きく開いている。これは言うまでもなく翼を外に出すためだ。


 ちなみにこんなに大きく開いていると寒いのではないかとカムイは思うのだが、背中には羽毛が生えているのでそれほど寒くはないのだと言う。ただ、どうしても寒い場合にはそれ用の防寒具を着るそうだ。


 閑話休題。しかしながら、ルペの背中にはその翼がない。その理由を彼女は少し言いにくそうにしながらこう話した。


「少し前に、怪我でちょっと、ね……」


「それじゃあこのデスゲームには、失った翼を取り戻すために……?」


 呉羽が躊躇いがちにそう尋ねると、ルペは力のない笑みを浮かべながら小さく頷いた。それからしんみりとしてしまった空気を変えようと思ったのか、ことさら明るい声を出してこう続ける。


「ああ、でもほら! コッチに来てまた飛べるようになったし! しかも光の翼だよ!? 伝説の再来! あたしってばすごい!」


 そこでルペの言葉が途切れた。彼女は少し俯き、それから小さな声でこう呟く。


「久しぶりに飛んだ空は、気持ちよかったなぁ……」


 ルペの目の端に浮かんだ涙を、カムイと呉羽は礼儀正しく見なかったことにした。ルペも胸の中のものを多少は吐き出せたのか、次に顔を上げたときは幾分すっきりとした顔をしていた。


「ああもう、やめやめ! あたしのことはもういいでしょう? それよりクレハとカムイのことを聞かせてよ。二人のユニークスキルは? なんでコッチに来たの?」


 ルペにねだられ、二人は自分のことを話した。その結果……。


「うう~、ふだりどもだいへんなんだねぇえ~」


 なぜか号泣された。そんなルペを、カムイと呉羽は苦笑しながら二人がかりで宥める。そんなふうにして夜は更けていった。


 さて次の日、夜が明けると三人はすぐに行動を開始した。まずは川を越えなければならないが、ルペは空が飛べるし、カムイと呉羽にも〈スカイウォーカー〉がある。問題なく渡河し、三人はわき目も振らずに温泉を目指した。


「ここが……!」


 三人が温泉(の入り口)に到着したのは、お昼前のことだった。そこはなだらかな山の斜面に開いた、洞窟の入り口だ。その入り口のところには屋根があり、その屋根の一方は二本の柱で支えられており、もう一方は洞窟と一体化していた。


 建築の様式としては、地球で言うところのローマ風だろうか。屋根は曲線を描いてドーム状になっている。昨日、向かい側の山の尾根から双眼鏡で見つけた人工物は、これで間違ない。遠目だったのでアーチ状に見えたのだ。


「温泉はこの奥だよ」


 なだらかな斜面に降り立って光の翼を消すと、ルペはそう言って洞窟の奥を指差した。そして呉羽とカムイの二人を先導して洞窟の中へと入っていく。洞窟の中は暗かったので、呉羽がLEDランタンを出した。


 洞窟の中に入ると、カムイはすぐにそこがある程度整えられていることに気付いた。道は細く、人が一人何とかすれ違える程度の幅しかないが、しかし明らかに舗装されていて歩きやすい。周囲の壁を見れば何かで削ったような痕がある。


(まさか、掘ったのか……?)


 もともとあった洞窟を広げたのか、それとも全く新たに掘り抜いたのか。どちらにしても、入り口にあったドーム状の屋根といい、人の手が入っていることに間違いはない。つまりある程度のお金をかけて温泉を整備した、ということだ。


(公共浴場だったのか、それとも貴族みたいな金持ちの道楽か……)


 可能性として高いのは後者かもしれない。前を進む呉羽の背中を見て、カムイは苦笑気味にそう思った。


 さて、洞窟を100m程も進んだだろうか。カムイたち三人は開けた場所に出た。そこは洞窟の奥だと言うのに十分に明るい。LEDランタンが必要ないくらいだ。不思議に思って上を見上げると、ドーム状の天井には明り取りのための天窓が幾つも空けられていた。つまりこの天井も人の手によって造られたもので、ここを造った人たちの建築技術の高さが窺えた。


 さてここまで来ると、さすがに温泉の存在を強く感じた。湿度が高く、空気には熱気が混じっているし、何より温泉のにおいがする。さらに奥のほうを窺えば、石で縁が作られており、そこから白い湯気が立ち上っている。間違いなく、あそこが温泉だった。


「おお……!」


 ついにこの世界で温泉を見つけたのだ。歓声を上げ、顔に歓喜の色を浮かべながら、呉羽は駆け出した。しかしその喜びも、温泉のお湯を見た瞬間に翳ってしまう。この世界の全ての水がそうであるように、この温泉のお湯も瘴気によって汚染され真っ黒になっていたのである。


「おのれ……、瘴気め……!」


 まるで親の敵でも見るかのように、呉羽は目の前の湯船を睨み付ける。カムイは少し後ろからその様子を呆れたように見ていた。ルペも苦笑を浮かべている。


「予想できたことだろう?」


「それは、そうだが……」


 呉羽の口調はいかにも口惜しげだが、カムイの言うとおりコレは十分に予想できた事柄だった。そもそも最初から覚悟していたと言ってもいい。だから今回は温泉の場所を確認するだけ。少なくともカムイはそういうものだと思っていたし、呉羽だってそれしかできないことは理解していたはずなのだ。


 しかしこうして実際に温泉を目の前にすると、どうしても欲が出る。呉羽は未練タラタラの目で温泉を眺めた。お湯は相変わらず真っ黒で、仮に浸かるだけなら無害だとしても、リラックスなど到底できそうにない。しかし、それでも……。


(入浴りたい……)


 入浴りたい、のだ。諦めきれない。「アイテムショップで【レンタル温泉施設】を買えばいいじゃん」とカムイなどは言いそうだが、しかしそういう問題ではないのである。温泉とは立地によってその性質は千差万別に異なるもの。だからこの温泉に、この目の前の温泉に入浴りたいのである。


「カムイ。なんとか……、なんとかならないか……?」


 一縷の望みをかけて、呉羽はカムイに縋るような視線を向けた。リムがいれば浄化を頼めるが、しかしあいにく彼女は今ここにはいない。となれば、この場で温泉の瘴気を何とかできる可能性があるのはカムイだけだ。そしてその頼みの綱であるところのカムイは、肩をすくめて苦笑しつつも呉羽にこう応じた。


「あんまり期待するなよ」


 実のところ、カムイはこの展開を予想していた。いや、確信していたといってもいい。あの呉羽が、温泉を前にしてただ確認するだけで満足するはずがない、と覚悟していたのである。


 ただそうは言っても、温泉の瘴気をどうにかするアテがなければ、カムイは正直にそう言ったことだろう。しかし幸か不幸か、彼には一応そのアテがあった。そしてアテがある以上、ダメ元とはいえ試してみるのが仲間への思いやりというやつだろう。


 カムイは石でできた縁の上に立つと、〈オドの実〉を起動した。そしてオドをアブソープションで吸収し、白夜叉のオーラを身体にまとう。次に注意深く足元からオーラを、まるで木の根のように伸ばして温泉のお湯の中に入れる。その状態でカムイは〈オドの実〉の出力を上げた。


 ロロイヤによって(魔)改造された〈オドの実〉を使えば、今までは手出しできなかった地中の瘴気さえ吸収することができる。それは遺跡にいた時分に行った実験によってすでに証明されている。そして「ならば水中の瘴気も吸収できるはず」というのがロロイヤの見立てだった。


 その仮説に基づき、カムイは温泉の瘴気を吸収して取り除くつもりなのである。ちなみに、アブソープションで直接吸収しようとしてはいけない。その場合、瘴気ではなく熱量を吸収してしまい、カムイは汗だくになってしまうことだろう。それだけならまだいいが、多量の熱量によって体温が上がりすぎたらカムイは死んでしまう。さすがにそんなマヌけな死に方はイヤだった。


 まあそれはそれとして。カムイが〈オドの実〉の出力を上げると、すぐに反応があった。生成されるオドの量が跳ね上がったのである。カムイはそのエネルギーを慎重に制御しながら白夜叉のオーラ量を増やし、その分を使ってさらに“根”を湯船の中へ広げていく。するとまた生成されるオドの量が増え、カムイはオーラの量をさらに増やした。彼がそうやって温泉の瘴気を取り除いていると、近くで見ていた呉羽がカムイに少し心配そうに声をかけた。


「カムイ……、大丈夫、なのか……?」


「ん? なにが?」


 カムイは首をかしげた。意識はしっかりとしているし、体調も悪くなったりはしていない。しかし彼が良く分かっていない様子なのをみて、呉羽は手鏡を取り出してそれを彼に突きつけた。その手鏡を覗き込んでカムイもようやく事態に気付く。彼はいつぞやのように植物人間状態になっていたのだ。


 身体の四分の三は、すでに白夜叉のオーラでできた浄化樹の幹に飲み込まれている。温泉の瘴気を吸収することに集中していたせいか、あるいはオーラの樹が音もなく成長したせいか、たぶんその両方の理由で呉羽に指摘されるまで気付かなかった。


(そういえば……)


 そういえば、身体が動かない。首から上は動かせるが、それだけだ。腕も足も、まるで固められてしまったように動かない。だがそんな状態になっていても、カムイは比較的冷静だった。


 それはやっぱり、自分の意識がはっきりしていたことが大きいだろう。つまりいつぞやのような暴走状態ではない。実際、アブソープションと〈オドの実〉さえ止めれば、この状態はすぐに解除できるだろう。カムイにはその確信があった。


「あ~、大丈夫。動けないだけ。慣れてる」


 最後の一言は、カムイとしてはジョークのつもりだった。しかし息を呑んだ呉羽の顔を見て、「言わなきゃ良かった」とすぐに後悔する。そんな顔をさせたかったわけではないのだ。それで気まずい内心を誤魔化すために話題を変えた。


「それより、温泉、そろそろ入れるんじゃないのか?」


「あ、本当だ。そろそろ入れるっぽいよ」


 透明になった温泉を覗き込みながら、ルペが呉羽にそう言った。彼女の明るい口調が今のカムイにはひどくありがたい。呉羽は少し戸惑う様子を見せていたが、カムイの意識がはっきりしているのを確認して少しは安心したらしい。「無理はしないでくれ」と頼んでから、彼女もルペに習って温泉を覗き込んだ。


「これは……、いい温泉だ……!」


 軽くお湯をさわり、呉羽は感動で打ち震えた。温度は少し熱め。少々の粘性があり、お肌にも良さそうだ。さすがに飲むのは自重したが、極上の湯質と言っていいだろう。頬が緩むのを抑えられない。


 これはもう、入浴るしかないだろう。呉羽は満面の笑みを浮かべた。さっそく外套を脱ごうとしたところで、しかし彼女は固まった。そして笑みを引き攣らせながら、カムイのほうへと視線を向ける。彼は困ったように苦笑した。


 日本人の当たり前の感覚からすると、温泉に入るときは全裸が普通である。しかしこの場で、つまりカムイの目の前で全裸になるのは大いに憚られた。かといって彼に席を外してもらっては、また温泉が瘴気で汚染されてしまう。「目隠し」というのも考えたが、それはちょっとあんまりな仕打ちだ。


「うぅ……」


 呉羽は葛藤した。温泉には入浴りたい。どうしても入浴りたい。そのためにここまで来たのだ。けれどもだからといって、しかもよりにもよってカムイの前で裸になるなんて、そんなの恥ずかしすぎる。そんな欲望と羞恥心の狭間で動けなくなった呉羽の肩を、ルペが軽く叩いてこう言った。


「水着を着ればいいじゃない!」


「それだ!」


 呉羽は手を叩いて歓声を上げた。まさに名案である。これならタオルをお湯につけるというマナー違反もせずにすむ。水着を着ての入浴も邪道だとは思うが、この際贅沢を言ってはいけない。


 ただ、やはりカムイの目の前で水着に着替えるのも抵抗がある。それで呉羽はまずアイテムショップから【シークレットウォール】を購入した。着替えをその中でするためである。それからルペと二人連れ立ってその中へ入って行ったのだが、その際にルペが意味ありげな流し目を送った。


 それは一体なにを意味するのか。もしかしたら彼女は意外と確信犯なのかもしれない。そう思って呆れつつ、カムイもやっぱりちょっとは期待してしまうのだった。


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[良い点] 患者・病人ジョークは、同じ経験が無いと笑っていいのかどうかわからんよね。 [一言] この回の締めで使われている確信犯は誤用ですが、わざとや分かっていてそうしているという意味での誤用が広がり…
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