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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈北の城砦〉攻略作戦

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〈北の城砦〉攻略作戦3


 アーキッドから誘われ、カムイたちは〈北の城砦〉の攻略戦に挑戦することになった。なったのだが、しかしすぐに最寄りのプレイヤーの拠点である、〈廃都の拠点〉へ向かうわけではなかった。諸々の準備が必要なのである。


 その準備の中で最も重要と言っていい魔道具〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を用意するべく、ロロイヤはイスメルとカレンから熱心に〈北の城砦〉と、それを覆う瘴気のドームについて話を聞いていた。〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉はもともと対〈侵攻〉を想定した魔道具なのだが、これを攻略戦用に改造するための情報収集である。


「ドームの大きさはどのくらいだ? ドームの縁から城砦までの距離はどの程度だ?」


「そうですね、たしか……」


 写真を眺めつつ、うろ覚えの記憶を引っ張り出しながら、イスメルとカレンはロロイヤの質問攻めに答えていく。その様子を見ていると、誰かがカムイの肩を叩いた。振り返ると、そこにいたのはアストールだ。


「カムイ君、ちょっといいでしょうか?」


「はい、何でしょうか?」


「実は、少し手伝ってもらいたいことがありまして。実はカムイ君が旅に出ている間に、こんなアイテムをリクエストしてみたんです」


 そう言ってアストールはアイテムショップのページを開くと、一つのアイテムを表示させてそれをカムイに示した。彼がリクエストしたというアイテムは次のようなものだった。


 アイテム名【魔法符】

 説明文【魔法を封じ込めることができる符。使い捨て。符に触れた状態で魔法を使用すると、その魔法を封じ込めることができる。符を破るか、少量の魔力を込めて対象にぶつけると、封じ込められている魔法を発動させることができる。注:魔法が強力な場合、符が裂けてしまい封じ込められない場合もある】


「以前、クレハさんから聞いた呪符を参考にしたんですけどね。それでこのアイテムを使って、こんなものをプレイヤーショップに出品しているんです」


 そう言ってアストールは、今度はプレイヤーショップのページを開いた。そして彼が出品したというアイテムを表示する。


 アイテム名【魔法符:アクセル】 2,000Pt

 説明文【〈アクセル〉の支援魔法を込めた魔法符。使用すると身体能力をブーストする。使用法はアイテムショップの【魔法符】のページを参照】


 この他にも〈イーグル・アイ〉や〈トランスファー〉の魔法を込めた【魔法符】も出品されている。一番売れているのは〈魔法符:トランスファー〉で、在庫数が「0/15」になっていた。


 余談だが、在庫数は決して販売の総数を表示しているわけではない。同じ商品をもう一度出品した場合、在庫数は更新して表示される。つまりAという商品の在庫が「3/10」のときに、同じ商品を5個追加で出品すると、在庫数は「8/15」ではなく「8/8」というふうに表示されるというわけだ。


 閑話休題。支援魔法をこめた【魔法符】をプレイヤーショップで販売するのは、カムイもいいアイディアだと思う。ただ一番の売れ筋である〈魔法符:魔力回復用〉についてはちょっと首をかしげた。


 そんな魔法があるとはアストールからも聞いたことがない。ただ何となく予想は付く。それで詳しい説明を見せてもらうと、「ああ、やっぱり」と思って納得した。そこにはこう書かれていたのである。


 アイテム名【魔法符:魔力回復用】 5,000Pt

 説明文【〈トランスファー〉の魔法を使い、魔力そのものを込めた魔法符。使用すると魔力を回復する。使用法はアイテムショップの【魔法符】のページを参照】


 名前をほかと揃えて〈魔法符:トランスファー〉としなかったのは、〈トランスファー〉の魔法それ自体が魔力を回復させるものだという勘違いを避けるためだろう。実際、魔力回復用と銘打たれていた方が分かりやすい。


「なるほど……。考えましたね」


「はは。実際のところ、偶然の産物ですけどね」


「どれくらい回復できるんですか?」


「一枚につき、私の全魔力のだいたい三割くらいを込めることができました。なのでそれくらいは回復できると思いますよ」


 その答えにカムイは感心した。アイテムショップにも魔力を回復させるアイテムとして【魔力回復ポーション】というものがあるが、これはお値段が10,000Ptで、しかも回復量もあまり多くない。おおよそ全体の1~2割程度、というのが以前試しに使ってみたアストールの感想である。


 一方で〈魔法符:魔力回復用〉は、【魔力回復ポーション】よりも安く、しかも回復量も多い。これならば確かに需要がありそうだった。特にアストールのような魔導士タイプのプレイヤーには大人気だろう。頻繁には使わないにしても、保険として何枚か持っておきたいと考えるプレイヤーも多いに違いない。在庫がゼロになっているのも頷けるというものだ。


 しかし問題もあるという。


「私の魔力がもたないんですよ」


 苦笑しながら、少し恥ずかしそうにアストールはそう言った。考えてみれば当然である。〈魔法符:魔力回復用〉には彼の全魔力のおよそ三割が込められているのだ。ということは単純に考えて、彼の魔力が万全な状態でもたったの三枚しか作成できないことになる。


「装備を整えて何とかしようかとも思ったのですが、焼け石に水で……」


 はははは、とアストールは頬をかきながら少し自嘲気味に笑った。ただそれほどの悲壮感はない。それでカムイもつられるように「大変ですね」と言って小さく笑った。


「ちなみに、どんな装備を買ったんですか?」


「ああ、【朝露の結晶】という、ペンダントタイプのアクセサリーです。魔力の自然回復を早める効果があります」


 お値段は135万Pt。もともと首から下げていた魔法触媒の水晶は、この度お役御免でお蔵入りしたという。ただ、【朝露の結晶】で魔力の自然回復を早めても、アストール曰く「焼け石に水」の状態。要するに、需要に対して供給が追いつかないのだ。原因は魔力不足である。


 そしてここまでくれば、カムイもアストールが自分に何を手伝って欲しいのか言われずとも察することができた。足りない魔力を貸して欲しい、ということだ。なんと言うことはない、いつも通りの役回りである。つまり魔力の供給係だ。


「一つ、お願いできませんか?」


「別にいいですけど、ここだとちょっと……」


 アーキッドのユニークスキル【HOME(ホーム)】の領域内では、瘴気が完全に排除されている。「モンスターが出現してはたまらん」ということで、そういうふうに設定されているのだ。ちなみにカレンのユニークスキル【守護紋】は、瘴気による影響を受けなくなるものなので、瘴気それ自体を排除するわけではない。


 まあそれはそれとして。そんなわけで【HOME(ホーム)】の領域(あるいは敷地)内には瘴気がない。そして無いものを吸収することはできない。だからカムイを魔力の供給係としてアテにするなら、その領域内から出る必要があるのだ。


「それなら、私たちが使っていた遺跡の拠点に行きましょう。あそこなら風も防げます」


 風に吹かれると飛ばされちゃうんですよ、とアストールはおどけた。飛ばされてしまっては大変なので、二人は少し歩いて遺跡の端っこにある建物へと向かった。ちなみにカムイがここへくるのは初めてである。


 アストールが使っていた部屋に入ると、二人は早速作業を始めた。まずはアイテムショップから【魔法符】を買う。一枚250Ptで、50枚をカムイが買った。これでアストールに発生するポイントは微々たるものなのだが、それでも無視できないカムイの貧乏性は性根の深いところに由来しているらしい。


 さて、アストールはまず〈魔力回復用〉以外の支援魔法を【魔法符】に込めることから初めた。作るのは〈アクセル〉と〈ソーン・バインド〉、そして〈イーグル・アイ〉の魔法をこめた【魔法符】をそれぞれ5枚ずつである。プレイヤーショップには在庫がまだ残っているので、この程度でいいと判断したらしい。


 なお、〈ソーン・バインド〉と〈イーグル・アイ〉の【魔法符】の値段はそれぞれ500Pt。〈トランスファー〉はともかく、〈アクセル〉と比べてもずいぶん安い。使いやすくするために値段を安くしたのか、それとも売れなくて価格を下げざるを得なかったのか、カムイにはちょっと分からない。


 ちなみに〈エレメント・エンチャント〉系の【魔法符】は出品されていない。出品しても売れないだろう事は、たぶんアストールも分かっているのだ。


 さてアストールは左手に愛用の【天元樹の杖】を持ち、重ねられた【魔法符】を右手で一枚持つと、人差し指と中指で縦に挟んで眼前に掲げた。その仕草はまるで陰陽士が呪符を掲げているかのようだ。


 ただそれをしているのが少なくとも日本人とはかけ離れた容貌をしているアストールなので、全体的な印象としてはいい年をした外国人がゴッコ遊びをしているようにしか見えない。しかも左手に持った洋風の杖がさらに場違いで、もういっそシュールだった。


「あの、トールさん、なぜそんなポーズを……?」


「ああ、これですか? クレハさんから教えてもらったんです。こうして力を込めるのが正式な作法だと」


 なかなか奥深い文化ですね、とひとしきり感心してから、アストールはまた作業に戻った。だがその横でカムイは盛大に頬を引き攣らせている。彼は「適当なことを教えやがって!」と内心で呉羽に説教をかましていた。ただ、それが完全なウソだと断言することも実はできない。


 なぜなら呉羽の世界には、本物の陰陽師や退魔師がいるのだ。彼女自身にその力はないというが、しかし呪符のことは知っていたし、その手の知識が豊富であっても可笑しくはない。


 だからもしかすると本当に、彼女が言うとおりそれが正式な作法なのかもしれない。だとしたらなんとロマン溢れる世界であろうか。行く機会があれば、カムイはきっと悶絶してしまうに違いない。


 さて、〈アクセル〉と〈ソーン・バインド〉と〈イーグル・アイ〉の魔法をこめた【魔法符】をそれぞれ5枚ずつ作り終えると、アストールは大きく息を吐いてから完成品をひとまず腰のストレージアイテムに片付けた。次は本命の〈魔力回復用〉だ。作る枚数は残りの35枚全てである。


 アストールはまず、カムイに頼んで消費した魔力を全回復する。それからまた【魔法符】を陰陽師風に構えて〈トランスファー〉の魔法を発動した。そしてその際に自身の魔力を符のほうへと移していく。限界ギリギリまで込めると、彼は完成品を自分のすぐ隣に置き、また新しい符を手にとった。


「……【魔法符】をリクエストしたのは、やっぱり最初からこういう使い方を想定してのことですか?」


 作業中、カムイはアストールにそう尋ねた。すると彼は小さく笑ってから「そうですね」と答える。そしてさらにこう続けた。


「ロロイヤさんから『魔法とマジックアイテムの併用』というアイディアを教えてもらって、私なりに少し考えてみたんです。まあ、自作するほどの能力がないのでリクエストになってしまいましたけど……。


 それに支援魔法は誰かの役に立ってこそ意味のある魔法です。せっかくプレイヤーショップもあることですし、こういう形なら遠くにいるプレイヤーの方にも届けることができます。できたら広く使ってもらいたいと思いまして」


 もちろんある程度の稼ぎを見込んでいることは否定しませんが、と少し言いにくそうにしつつアストールはそう語った。とはいえ、カムイは彼が拝金主義者だとはもちろん思っていない。だいたい、【魔法符】のリクエストで100万Ptもかかっているのだ。それを含めれば現状は大赤字のはずで、むしろボランティアというべきだろう。


「ただ、まあ支援魔法の人気の無さを改めて思い知らされる結果になってしまいましたけれどね」


 アストールはそう言って自嘲気味に苦笑した。きっと出品したはいいものの、売れ残ってしまった〈魔法符〉のことを言っているのだろう。だが彼はこうして不人気であっても補充品の用意を怠らない。多少とはいえ売れている以上、いざという時にそれを必要するプレイヤーがいるかもしれない、と思っているのだ。


「でも〈トランスファー〉を使った〈魔法符:魔力回復用〉は人気じゃないですか」


「そう、それです。カムイ君の言ったとおりだった、というわけです」


 楽しげな表情を浮かべながらアストールはそう応じた。カムイは海辺の拠点へ向かうレンタカーの中で、「一番使う魔法は〈トランスファー〉」とアストールに言ったが、どうやら彼自身それを認めざるを得ないらしい。


 とはいえ良く使うということはそれだけ需要があるということ。〈トランスファー〉も支援魔法の一つには違いなく、つまり支援魔法が求められているということだ。アストールは先ほど「支援魔法は誰かの役に立ってこそ意味のある」と言ったが、立派に役立ち存在意義を果していると言っていいだろう。


「……っと。カムイ君、そろそろいいですか?」


 アストールがそう尋ねる。どうやら話しているうちに魔力が切れたらしい。カムイは無言で頷くとアブソープションを低出力で発動し、体内にエネルギーを溜めていく。そしてそのエネルギー、つまり魔力を〈トランスファー〉を介してアストールへと譲り渡す。こうしてまた〈トランスファー〉の使用回数が一回増えるというわけだ。まあ、だれも数えてなどいないが。


「……ところで、トールさん。プレイヤーの間で魔力の受け渡しをする〈魔法符〉って作れますか?」


「ええ、作れますよ。普通に〈トランスファー〉を込めればいいわけですから。魔力をこめなくていい分、そちらの方が簡単ですね」


「それじゃあ、10枚くらいお願いしていいですか? 【魔法符】はこっちで用意しますので……」


 カムイがそう頼むと、アストールはすぐに「いいですよ」と言って了解してくれた。カムイは笑顔を浮かべると、「ありがとうございます」と礼を言ってから、早速アイテムショップのページを開いて【魔法符】を十枚購入する。お値段合計で2,500Pt。ホッとする値段だ。


 カムイが〈魔法符:トランスファー〉を作ってもらうことにしたのは、一種の保険である。想定している使い方は、「他者への魔力の供給」。今はアストールを介して行っているそれを、カムイ一人でもできるようにするためのツールが〈魔法符:トランスファー〉なのだ。


 逆を言えば、アストールがすぐ近くにいれば必要のない道具だ。だからこれは「アストールがいない時に他のプレイヤーの魔力が不足した場合の保険」といえる。三ヶ月程度とはいえ、別行動をしたからこそ持てるようになった視点、と言っていいだろう。


 さて、カムイに頼まれた分を含め各種〈魔法符〉を作り終えると、アストールは50枚分で見込まれる稼ぎの半分をカムイに支払った。それから作ったばかりの〈魔法符〉をプレイヤーショップに出品する。在庫数が更新されたのを確認してから、彼は満足そうに頷いた。


「では、戻りましょうか」


 アストールの言葉にカムイは頷く。そして二人は連れ立って建物を後にし、そのまま遺跡を出てその外に佇む【HOME(ホーム)】へと向かった。誰にともなく「ただいま」と声をかけてから玄関ホールに足を踏み入れると、リビングの方からロロイヤの声が聞こえてくる。


「……まあ、こんなところか。参考になった」


 カムイとアストールが声のしたほう、つまりリビングへ顔を出すと、ちょうど入れ違いにロロイヤが二階に上がっていくところだった。その背中を見送ってから視線を巡らせると、ぐったりとした様子のカレンとイスメルが力なくソファーに体を預けている。カレンはともかくイスメルがこういう醜態を曝すのは珍し、くもないか。浄化樹に頬摺りするダメエルフの姿を思い出してカムイはそう思った。


「ずいぶんお疲れの様子ですね……」


「ああ、失礼。ロロイヤさんが、その、大変熱心で……」


 身体を起こしたイスメルが、苦笑しながらそうアストールに応じる。ロロイヤは〈北の城砦〉の様子を二人から聞いていたはずなのだが、その“尋問”はとても厳しいものであったようだ。彼は優秀な尋問官になれるだろう。


(いや、興味の有る無しでムラがありすぎるからダメか)


 カムイはそう思いなおす。結局、ロロイヤは魔道具職人以外の何者かにはなれそうにない。もっとも本人もそれを望みはしないだろう。そしてだからこそ、その分野の仕事はきっちりとやってくれるに違いない。アストールが差し入れた甘いココアを啜る二人の様子を見ながらカムイはそう思った。



 ― ‡ ―



 クエスト(とはいえ本当にクエストなのかは定かではないが)に挑戦することを決めた次の日、カムイたち10人は早々に遺跡を出発し西へと向かった。すべての準備が終わったから、というわけではない。特にロロイヤが依頼されている魔道具〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉は、まだ製作にすら入っていなかった。


 ただ設計図の手直しは昨晩のうちに終わらせた、とロロイヤは言う。彼の工房はユニークスキルの【悠久なる狭間の庵】であり、つまり作成に場所は選ばない。他の準備だって、アイテムショップが使えるのだから、わざわざ遺跡で完了させておく必要もなかった。それでさっさと出発してしまおうという話になったのだ。


 加えて、移動に関しての事情もあった。〈北の城砦〉の最寄りの拠点は〈廃都の拠点〉である。それでまずはそこを目指すことになっているのだが、地図上で確認しただけでもかなり距離があることがわかる。普通に歩いていたら、二ヶ月以上はかかるだろう。


「そんなに時間をかけるのはごめんだな」


 アーキッドの言葉に、【HOME(ホーム)】のリビングに集まった一同は無言のまま頷いた。それでなんとか移動速度を上げるべく話し合いが行われ、そして順当な結果としてレンタカーを利用することになったのである。


 レンタカーに乗るのは、カムイ、呉羽、アストール、ロロイヤの四人である。アーキッドも車の運転ができるのでもしかしたらメンバーは入れ替わるかも知れないが、ともかくこの四人が基本となる。


 そしてその他のメンバーだが、こちらはほぼいつも通りだ。イスメルは【ペルセス】に騎乗し、そこにカレンが同乗。〈獣化〉したミラルダの背にアーキッドとキキ、そしてリムが乗る。これで十人揃って高速移動が可能だ。


 ただ、レンタカーを使用するには多額のポイントがかかる。レンタカーのレンタル料は150万Pt/hで、しかも動かすには別に0.8Pt/mの費用がかかる。巨額のコスト、と言っていい。


 それで、これまた話し合いの結果、移動は午前中のみと言うことになった。そして午後からは瘴気を浄化してレンタカーの費用を稼ぐのだ。さらにその時間を用いてロロイヤも魔道具を作ることになっている。


 とはいえ午前中しか移動できないとなると、やはりその分時間がかかってしまうことはやむをえない。誰かと競争しているわけではないが、しかしダラダラとしていては熱も冷めてしまう。それでアーキッドたちは早々に出発することにしたのである。


「……そういえば、黙って出発してしまっていいのか?」


「ロナンさんにはメッセージで連絡しておきましたし、川の対岸にいる方々にもしばらくここを離れることを伝えておきました。それで大丈夫でしょう」


 アーキッドにアストールがそう答える。特にロナンは万が一の場合に海辺の拠点のプレイヤーを避難させるための移動手段として、実績のあるカムイら四人に期待している。アストールもそのことは承知しているので、長期間遺跡を離れるならその旨を連絡しておいた方がいいと思ったのだ。


 ただ、カムイらが初めて来た頃と比べ、海辺の拠点の状況はかなり好転している。十分な戦力が揃い、〈侵攻〉に対しても十分な対処ができるようになった。今では取りこぼしもほとんどないと聞く。


 さらに浄化樹が三百本近くも植えられ、拠点とその周辺の瘴気濃度は一時期に比べてかなり下がっている。拠点内に限って言えば、その瘴気濃度は0.48前後。カムイたちが見てきた中で、濃度が0.5を下回ったのはここが初めてである。〈侵攻〉という汚染現象が頻発していることを考えれば、ありえないほどの低濃度と言っていいだろう。


 もっともそのせいか、最近では別の問題も起こっている。つまり戦力が飽和してしまい、拠点のプレイヤーたちが思うように稼げなくなってしまったのだ。〈侵攻〉だけの話ではない。拠点の周辺でも、以前と比べてモンスターの出現率が下がっているという。遺跡のすぐ傍を流れる川で起こる〈侵攻〉現象を目当てに、一部のプレイヤーが出稼ぎに来ているのはそのためである。


 ただ、だからこそ、と言うべきか。海辺の拠点を丸ごと捨てて全プレイヤーを避難させる、というような事態はもうそうそう起こらないだろう。少なくともカムイたちが来る前と比べ、そのリスクは大幅に低下している。ロナンもそのことは承知しており、そのため返信のメッセージにも引き止めるような文面はなく、ただ旅の無事と攻略の成功だけが祈られていた。


「んじゃ、後顧の憂いなく出発できるってわけだ」


 アーキッドは明るい口調でそう言うと、手早く移動のためのフォーメーションを決めた。先頭は【ペルセス】に跨ったイスメルとカレン。この二人が一団を先導し、さらに進路上にモンスターが現れた場合にはこれを排除することになる。


 その左斜め後方、つまり左翼の位置には〈獣化〉したミラルダと他の三人が入り、右翼の位置にはレンタカーに乗る四人が続く。なお左翼と右翼が入れ替わっても特に問題はない。まあともかく、三角形を描くこの簡単なフォーメーションが、移動の際の基本となるわけだ。


 さて移動が始まると、すぐにある問題が露呈した。ミラルダが遅れ始めたのである。


「やっぱりレンタカーの速度に合わせるのは無理があるかぁ……」


 息を切らして走るミラルダの背の上で、アーキッドが苦笑を浮かべながらそう嘆息する。ユニークスキルである【ペルセス】にはまだまだ余裕がありそうだが、〈獣化〉しているとはいえ言ってみれば素のままの状態で、さらに三人も背中に乗せているミラルダはずいぶんきつそうだった。以前にも似たようなことがあったので予想はしていたが、的中してしまった形である。


「重い荷物が一つ減れば、まだまだ、いけそうなんじゃがのぅ」


「冷たいこと言うなって」


 叩き落されてはたまらない、と言わんばかりにアーキッドはミラルダの背をポンポンと軽く叩いた。とはいえ、ミラルダに無理をさせるわけにもいなかい。スピードを落せばその分時間がかかることになるが、これはもう仕方がないだろう。


 それでアーキッドはイスメルに速度を緩めるよう指示を出そうとしたのだが、それより先にアストールがレンタカーの後部座席から愛用の杖を突き出してミラルダに向けた。そして彼女に支援魔法をかける。


「〈アクセル〉」


「おお……!?」


 突然身体が軽くなり、ミラルダは歓声を上げた。アストールの支援魔法〈アクセル〉の効果で、彼女の身体能力がブーストされたのだ。しかもこの魔法は「もとの能力が高いほど上げ幅も大きくなる」という特徴を持つ。


 そして〈獣化〉したミラルダの身体能力は、全プレイヤーの中でも間違いなくトップクラスだ。その能力がさらに大きくブーストされることで、彼女は苦もなくレンタカーに並び、そして遅れることなく併走できるようになっていた。


 それからアストールはミラルダへ小刻みに〈アクセル〉をかけ続けた。そのおかげで速度を落す必要がなくなった一行は、そのまま午前中いっぱい荒野を進み続ける。休憩は一時間に一回。その度にミラルダは、まるで栄養ドリンクのように、【低級ポーション】を呷っていた。


 午前の移動が終わり、昼食を食べ終えると、その後は基本的に自由時間だ。ハイペースで走り続けたミラルダなどは、早々に優雅な午睡と洒落込んでいる。一方でカムイたち四人は、明日のレンタカーの費用を稼ぐべく【HOME(ホーム)】の領域の外へと足を向けた。そしてそこへなぜかロロイヤもまた加わる。


「ロロイヤさんは、また浄化の様子を観察ですか?」


「それもある。後はコイツの実験だな」


 そう言ってロロイヤは腰の道具袋から一つの魔昌石を取り出した。見た目はただの魔昌石だが実はコレ、術式を施した立派な魔道具つまり〈爆裂石〉である。こちらにも改良を施したのでそれを試してみたいのだ、とロロイヤは言う。


「なに、邪魔はしないさ。そっちはそっちでいつも通りにやればいい」


 言われなくてもそのつもりである。カムイたちは【HOME(ホーム)】から適当に離れると、いつも通りに瘴気の浄化を始めた。呉羽が瘴気をかき集め、それをリムが浄化する。カムイがアブソープションでエネルギーを蓄え、それをアストールが〈トランスファー〉で必要なメンバーに供給する。


「へえ……」


 いつも通りの作業だが、しかしその中で初めて見る光景にカムイは小さく感嘆の声を上げた。杖を構えて目を閉じるリムの周囲で光が緩やかに舞っている。〈アクシル〉によって拡散された浄化の力だ。そしてその光は瘴気に触れると、一瞬白く輝いてから消えていく。なかなか幻想的な光景だった。


(夜だと、もっと見栄えがするかな……?)


 カムイがそんなことを考えたのは、彼がライトアップになれた現代日本人だからかもしれない。なにはともあれ、浄化の効率が上がっていることは間違い無さそうだ。この分だと稼ぎも期待できそうである。


 さてそうやって浄化作業を続けていると、「ギィィ!」と耳障りな雄叫びを上げながらモンスターが出現した。厄介ではあるが、珍しいことではない。それで慌てることなく、すぐにアストールが〈ソーン・バインド〉の魔法で拘束した。


 動きを封じたモンスターを始末するべく、ちょうど手すきだったカムイが動こうとしたその矢先、それを遮るようにしてロロイヤが割り込んだ。彼の手には「試したい」と言っていた〈爆裂石〉が握られている。


「実験だ。譲ってもらうぞ」


 ロロイヤの口調は軽いが、目に浮かぶ光は禍々しい。「こういうのを狂気って言うんだろうなぁ」と半ば現実逃避気味に考えながら、カムイは無言のまま肩をすくめて了解の意を伝えた。


 ロロイヤは彼から視線をそらしてモンスターの方を見ると、〈爆裂石〉を下から山形に投げる。放物線を描く〈爆裂石〉が魔法の茨で雁字搦めにされているモンスターにぶつかると、次の瞬間、大爆発が起こった。


 ――――ドォォオォン!!!


 大きな爆音に、様子を見ていたカムイでさえ思わず仰け反った。浄化に集中していたリムなどは不意打ちをくらったようで、びっくりして飛び上がり目をまん丸にして爆音の響いた方を呆然と眺めている。あまりに驚いたのか、浄化の手も止まっていた。


「……威力が、上がっていませんか?」


 そう尋ねたのは呉羽だ。頬を引きつらせる彼女に、ロロイヤは回収した魔昌石をお手玉しつつ、満足そうにこう答えた。


「うむ。改良の成果だな」


「どんな改良をしたんですか?」


「〈オドの実〉にも仕込んだ、瘴気を集束させる術式があるだろ? それをコイツにも流用した」


 つまりモンスターから瘴気を奪い、その奪った瘴気ごと爆発させることで威力を増しているのだ、とロロイヤは言う。そしてその改良の成果は、威力以外のところにも現れていた。


【瘴気を消費した! 1,102Pt】


 ポイント獲得のログを確認したロロイヤがまた満足そうに笑みを浮かべる。〈爆裂石〉を使うと確かにポイントが発生する。〈爆裂石〉は素体として使う魔昌石に蓄えられたエネルギーを使用するのだが、そのエネルギーはそもそも瘴気であると認定されるからだ。


 しかしその場合、発生するポイントは魔昌石一つ分であるはずだ。もちろん魔昌石一つ分と言っても個体差がある。だがほとんどは数百ポイントであり、千ポイントを超える場合はほぼない。


 それなのに今回、ロロイヤが得たポイントは1,000Ptを超えている。使った〈爆裂石〉は一つだけなのに、だ。魔昌石一個分としては破格の稼ぎと言っていい。


 コレにはもちろん種も仕掛けもある。つまりモンスターから奪った瘴気の分が加算されているのだ。威力が増し、稼ぎも増える。すばらしい改良と言えるだろう。


「まあ、〈北の城砦〉の攻略戦には使えんだろうがな」


 肩をすくめながらロロイヤはそう言った。〈北の城砦〉そのものはもちろん、黒いドームの内側も高濃度の瘴気が吹き荒れている。〈爆裂石〉は高濃度の瘴気に反応して爆発するから、ストレージアイテムから取り出した瞬間に誘爆しかねない。確かに攻略戦には使えそうになかった。


 それからロロイヤはさらに何体かのモンスターを〈爆裂石〉で吹き飛ばし、それで満足したのか「いいデータが取れた」と言い残して【HOME(ホーム)】へ戻っていった。


 静かになった荒野で、カムイたち四人は浄化作業を続けた。爆音で気を散らされることもないので、心なしかリムの表情も穏やかに見える。ポイント獲得のログを確認してみると、今のところ70万Pt程度稼いでいた。四人合計だと、だいたい280万Ptである。500万Pt程度稼ぐつもりなので、もう少しかかりそうだった。


「……そういえばトールさん、ふと気になったんですけど……」


 黙々と作業するのもなんだか暇だったので、カムイは軽い気持ちでアストールに話しかけた。彼が視線だけで続きを促したので、カムイはさらにこう続ける。


「トールさんの世界の魔法って属性が重要だったんですよね?」


「そうですね」


「じゃあ、無属性の魔法って、あったんですか?」


 カムイがそう尋ねると、アストールは「無属性……」と小さく呟いて考え込んだ。その様子からして、どうやらそういう考え方は彼の世界にはなかったらしい。


「言葉から推察するに、属性を持たない、あるいは属性とは関係のない魔法、といったところでしょうか……。そういう意味なら、例えば支援魔法の〈アクセル〉や〈イーグル・アイ〉などは無属性魔法と言えるかもしれませんね。ちなみにカムイ君の世界にはどんな無属性魔法があったんですか?」


「いや、そもそもオレの世界には魔法自体がなかったんですけど……」


 苦笑しながらカムイはそう答える。ただ、マンガやゲームの中で無属性魔法といえば、魔力を魔力のまま使うような魔法のことだった。


「魔力を魔力のまま使う……。例えばどんなふうにですか?」


「ええっと……、圧縮した魔力弾にしてぶつける、とか……」


「面白いアイディアですねぇ……。そういう発想はありませんでした」


 そう言ってアストールは何度も頷いた。


「それにしても、やっぱりカムイ君の世界は非常に魔法が発達していますね」


「いや、だからオレの世界にはそもそも魔法なんてないんですってば」


「それでもこれだけの知識や斬新なアイディアで満ちています。しかも研究者ですらないカムイ君でも、これだけのことを知っている。これで発達していないといわれたら、私の立つ瀬がありませんよ」


「そ、そんなもんですかね……」


 頬を引きつらせながら、カムイは何とかそれだけ答えた。アストールの中でカムイの世界がどんな位置づけになっているのか、確かめるのが怖い。


 こうしてまた一つ、誤解が深まった。いつかボロがでるかもしれないが、その時はその時である。「専門家じゃないので」と言って押し切ろう。そう考えつつ、カムイはアストールにまた溜め込んだエネルギーを譲り渡すのだった。


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