〈北の城砦〉攻略作戦2
〈侵攻〉の防衛戦を戦った次の日、カムイらは朝食を食べてから海辺の拠点を出発した。向かうのはもちろん河辺の遺跡である。
遺跡の、特に魔法陣の解析については、完了していると言っていい。それだけではなく、そこから発展して瘴気を集束させる魔法陣の開発までロロイヤは終わらせていた。それらの成果はすでに一昨日の段階でアストールによって報告されている。ロナンはもちろん検討会のメンバーも、その仕事の早さと内容の高度さに唖然としていたものだ。
そんなわけで、魔法陣の調査のために遺跡に戻る必要はない。それでもカムイらが遺跡に戻ることにしたのは、海辺の拠点にいてもすることがないからだ。それどころか海辺の拠点では戦力が飽和してしまっているから、むしろ邪魔になりかねない。それで一旦遺跡に戻ってから今後の予定を考えようと言うことになったのである。
なんなら、魔法陣以外の分野で遺跡の調査を行ってもいい。特にアストールなどはそう考えていた。この世界のことがらについて、プレイヤーたちは現在あまりにも無知だ。少しでも情報が欲しい。その点で遺跡の調査は有意義であろう。
しかし結果から言えば、遺跡の調査は延期になった。今のところ、いつ行うかの目途は立っていない。どういうことかと言うと、遺跡に帰ってくるなりアーキッドがこう言ったのだ。
「ちょいと、クエストを攻略しに行かないか?」
その誘いに、カムイは思わず首を傾げてしまった。「そんなゲームみたいなこと」と反射的に思い、そしてすぐに思いなおす。そういえばこれはデスゲーム。歴としたゲームであった。
「詳しいことは【HOME】で話そうぜ」
そう言ってアーキッドはカムイらを【HOME】に誘った。そこへロロイヤが現れ、さも当然のように同行する。アーキッドが「どうしたんだ?」と尋ねると、「面白そうだから混ぜろ」と言う。それを聞くとアーキッドは一瞬唖然とした顔をし、それから「その嗅覚には脱帽だよ」と言って苦笑した。
さて、遺跡の外に【HOME】を設置し、そのリビングに全員が集まると、アーキッドは真ん中のテーブルの上に地図を広げた。ちなみにお茶は各自が好きなものを買い、お菓子は買い置きのものをセルフでつまむ形式だ。
「まずは、っと……。ここを見てくれ」
そう言ってアーキッドが示したのは、カムイにも覚えのある場所だった。琥珀色の結晶を加工してもらうため、キファを尋ねて訪れた場所。すなわち〈廃都の拠点〉である。その拠点について知らないメンバーのためにまず簡単な説明をしてから、アーキッドはさらにこう続けた。
「この廃都の拠点では、モンスターの軍勢を相手にした篭城戦がこれまでに数回行われた。拠点のプレイヤーたちはこれを対〈軍団〉戦と呼んでいる」
「え、そんなことあったんですか?」
アーキッドの話を聞いたカムイが思わず声を上げる。そんな彼に呉羽が少々呆れた視線を向けた。
「あったんですかって、カムイはそこに行ってきたんだろう?」
「いや、新しい装備のことで頭がいっぱいで……」
そういう情報収集はまったくしなかった。少しバツが悪そうにしつつ、カムイはそう答えた。そんな彼を庇うように、アーキッドが笑いを含んだ声でこう割ってはいる。
「まあ、オレも話を聞いただけで実際に見たことがあるわけじゃないけどな。説明を続けるぞ」
アーキッドが先ほど言ったように、対〈軍団〉戦は一種の篭城戦である。つまりモンスターの軍勢が攻めて来るのだ。その規模、およそ10万。数だけ比べれば〈侵攻〉とほぼ同じだが、しかし危険度や難易度は桁違いだった。
〈侵攻〉の場合、10万のモンスターが一度に現れるわけではない。数百から一千程度のモンスターが、数時間に渡って海から現れ続けるのだ。しかもそれらのモンスターが連携して戦うことはまずない。それどころか手を出さなければ素通りしていく。だから総数が10万であっても、その数から受ける印象ほどの圧力や迫力はないのである。
しかし対〈軍団〉戦の場合はそうではない。10万のモンスターが一度に現れるのだ。しかもそれらはただの群れではない。組織立った軍勢、つまり〈軍団〉である。〈軍団〉を構成しているのは、基本的に人型のモンスターだ。「どちらかって言うとスケルトンみたいな感じだ」とアーキッドは言う。
しかも単一の種類ではなく、通常の軍隊のように騎兵・槍兵・弓兵・魔導士など、それぞれに役割まである。一体一体の能力はもちろんただのモンスターだが、これらの兵士たちが陣形を組み組織的に戦うのだ。素通りなどしてくれないし、モンスターだから撤退もしない。文字通り最後の一兵に至るまで戦う。これが厄介でないはずがない。
「しかもな、コイツら兵器を使うらしいんだ」
アーキッドが少し苦笑しながらそう付け加えた。「兵器」と聞いてアストールたちは顔を強張らせる。特に機械化が進んだ日本出身の三人は露骨に顔をしかめていた。彼らの脳裏では大砲やミサイルが放たれ、爆撃機が空襲を行い、はてにはステルス戦闘機まで飛んでいる。
そんな戦力を相手に戦うのは、いくらユニークスキルがあっても自殺行為に思える。しかしそんな想像をアーキッドは笑って否定した。
「あ~、いや。兵器といってもそんな大したものじゃない。いわゆる投石器や破城槌、攻城櫓に太矢投射機なんかだな。そういう攻城兵器を使って攻めて来るそうだ」
「モンスターが道具を使うのですか?」
アストールが顔を険しくしながらそう尋ねる。武器を持つモンスターというのは、決して珍しくない。〈侵攻〉で現れる魚頭のモンスターも、三叉や二叉の槍を持っている。ただそれらの武器は瘴気でできていて、つまり武器を含めてモンスターなのだ。だからモンスターが本当に道具を使っているとしたらそれは大事件だとアストールは思ったのだが、アーキッドは「それはちょっと違う」という。
「攻城兵器も全部瘴気でできているのさ。しかも破壊すれば魔昌石まで残す。要するに攻城兵器型のモンスター、ってことなんだろうな」
なんとも変なカテゴリーである。ただこれはプレイヤー側の分類なので、実際のところシステム上ではどういう扱いになっているのかは不明だった。
「で、攻城兵器だがなかなかの曲者でな。特に投石器が厄介らしい」
瘴気の塊を岩石のように放ってくるのだが、直撃すれば建物はもちろん城壁だってただでは済まない。その上、打ち込まれた瘴気の塊からはモンスターまで現れる。まだ情報がなかった最初の対〈軍団〉戦では、そのせいでかなりの被害が出たという。
「あれ、でも廃都の拠点って、城壁はしっかりしてましたよね?」
「後で修理したらしい。大変だった、ってアラベスクのおっさんが愚痴ってたぜ」
その様子を思い出したのか、アーキッドは少し意地悪げな顔をして笑った。どんなふうに修理したのかは分からないが、そういう仕事であればたぶんキファも手伝ったのだろう。カムイはそう思った。
「話を戻すぞ。対〈軍団〉戦だが、コイツにはある種のルールというか、前兆がある」
そう言ってアーキッドは廃都の拠点の北側を示した。カムイは城壁の上から見ただけだったが、確かそこには広大な荒野が広がっていたはずである。
この荒野では、〈軍団〉を構成する人型のモンスターが出現する。ここで出現するモンスターには他では見られない特徴があった。隊を形成し連携して戦うのだ。しかも放っておくと、隊同士が寄り集まってより大きな部隊となる。小隊が集まって中隊となり、中隊が集まって大隊となり、大隊が集まって連隊となり、といった具合だ。そしてその規模が10万程度となった時、〈軍団〉として廃都の拠点に攻め寄せてくるのである。
「数が10万程度になってから攻めてくるということは、つまり……」
「そうだ。逆を言えば、〈軍団〉の編成が終わらない限りは攻めて来ない。つまり対〈軍団〉戦は起こらないってわけだ」
一度、対〈軍団〉戦が起これば、それは非常に厄介な戦いとなる。人的な被害を出さない自信はあるが、しかしだからと言って攻城兵器などによる拠点そのものへのダメージは看過できるものではない。
可能な限り起こさないようにする。それが廃都の拠点の対〈軍団〉戦への基本姿勢だ。それで拠点のプレイヤーたちは日夜、北側の荒野でモンスターを狩りまくり、間引きに勤しんでいるという。その甲斐もあってか、ここ三ヶ月ほどは対〈軍団〉戦は起こっていない。
「……っと、まあ、長くなったがここまでが対〈軍団〉戦の状況説明だな」
そう言ってアーキッドは温くなってしまったコーヒーを飲み干した。そしてニヤリと少々物騒な笑みを浮かべ、さらにこう続ける。
「実はな、対〈軍団〉戦にはバックグランドがある」
その昔、この世界がまだ瘴気に覆われておらず、廃都の拠点が廃都ではなかった頃。廃都の拠点の北の荒野では、10万規模の軍勢がぶつかり合う大きな会戦が何度も行われた。ということは当然、それに見合うだけの血がそこでは流れている。つまり、たくさんの人が死んでいるのだ。
「ほほう……? つまり怨念が染み込んでいるというわけだ」
面白そうにそう口を挟んだのはロロイヤだ。彼はさらに楽しげな口調で歌うようにこう続ける。
「彷徨える魂が瘴気と結びつき、モンスターとして甦る。そして彼らは昔日の無念と生きとし生ける者への憎悪を糧に戦い続ける。この地からプレイヤーを駆逐し、悠久なる静寂が訪れるその日まで……」
「お主、意外と詩人じゃのう」
ご自慢の尻尾をユラユラと揺らしながら、ミラルダがそんなふうに評した。ただその顔は感心していると言うよりは呆れているように見える。その気持ちはカムイも同じで、よくまあそんな妄言がポンポン出てくるもんだな、と思った。
「まあ、その線もないとは言い切れないが、コイツはゲームだからな。運営側が適当な史実をフレーバーテキスト的なネタにして、それっぽいクエストを仕組んだと考える方が自然だろうぜ」
苦笑しながらアーキッドがそうまとめた。つまり彷徨える魂や昔日の無念、それに生きとし生ける者への憎悪などは全て虚構ということだ。それを聞いたリムがあからさまにホッとした顔をしていたが、周りのメンバーはみな気づかないフリをしていた。
「それで話の続きだが、10万規模の軍勢を編成して動かすとなると、当たり前だがかなりの手間が掛かる。それを飽きずに何度もやったって言うんだから、いっそ感心するレベルだ。
それで、だ。手間が掛かることが分かっている以上、拠点があった方が仕事はやりやすい。話を戦争に限定するにしたって、攻めるにしても守るにしても、拠点はあった方が有利だ」
「まさか、あるんですか……?」
アーキッドの話を聞いていたアストールが、どこか慄くようにそう尋ねた。アーキッドの言う「拠点」とは、つまり城砦や要塞のことだ。一方の城砦は、今で言うところの廃都に当たる。では、もう一方は……?
「ご名答。最初に廃都の拠点に行ったときに、カレンとイスメルが見つけてくれた。オレたちは〈北の城砦〉って呼んでいる。位置はココだな」
そう言ってアーキッドは廃都の拠点の北、荒野を東西に流れる川のさらに北側を指差した。廃都からは徒歩で三日から四日程度の距離だ。それを見てロロイヤが「ほう」と声を上げる。
「近いな。ほとんど目と鼻の先だ。よく造ったもんだ」
「同感です。周りは荒野、当時は平原だったのかもしれませんが、要するに開けた、見晴らしのいい土地です。何度も会戦が行われていたのなら、廃都側だって警戒して斥候くらい放っていたはず。これでは隠しようがありません」
仮に斥候を放っていなかったとしてもこの距離だ。工事を始めればその話は必ず廃都側に伝わる。そして自分達の目と鼻の先で敵が城砦を建設していることをしれば、廃都側が黙っているはずがない。必ずや建設を阻止するべく行動を起こす。つまりは戦争だ。
結果的に北の城砦は建ったわけだが、ロロイヤやアストールの様子からして、それはかなり難易度の高いプロジェクトであったようだ。もっとも、今重要なのはそのプロジェクト云々ではなく、すでに建っている北の城砦そのものである。
「実は、このまえ廃都の拠点に行ったとき、またカレンとイスメルに頼んで今度は写真を撮ってきてもらった。カレン」
アーキッドに名前を呼ばれ、カレンは一つ頷いた。そしてシステムメニューからアルバムを開き、北の城砦の写真を表示した。表示された写真はまるでホログラムのように宙に浮かんだ。
「これ、は……?」
表示された写真を覗きこみ、カムイは思わず首をかしげた。そこに映っていたのは、黒いドーム状の物体だ。おそらく瘴気だと思われるが、しかし「北の城砦」という言葉から連想されるような建造物とはかけ離れている。
「こいつは瘴気のドームだな。北の城砦を丸ごと覆っている。そんなわけで北の城砦はこの中だ。カレン、次を」
アーキッドに促され、カレンは次の写真を表示した。ドームの中に入って撮った写真で、写真全体に黒く靄がかかっている。相当、瘴気濃度が高い証拠だ。そしてその黒い靄の奥に、石造りの城砦が佇んでいた。さらに高濃度の瘴気を纏った、まるで魔王城のような姿で。
カムイたちが言葉を失って静まり返る中、カレンはさらに写真を表示させていく。城壁の上に集まる兵士のモンスター。そして瘴気でできた弓矢が放たれる。次の写真ではそこへ魔導士のモンスターが放つ魔法が混ざった。
城砦の中に突入するとさらに画面は黒くなった。そして当然だが、城砦の中にはたくさんのモンスターがいる。建物の中も高濃度の瘴気でいっぱいになっているようで、窓からは黒い靄がまるで煙のように立ちのぼっていた。
「コイツは、また……」
カムイがそう呟く。しかし言葉が続かない。彼だってこの世界に来てさまざまな物を見てきた。そのなかでもコレはトップクラスのシロモノである。十中八九、これは簡単にはいかない。そんな確信めいた予感がした。
「クックックック……! これでこそ異世界まで来た甲斐があったというものだ……!」
そこへ、物騒で楽しげな声が響く。声の主は、やはりというかロロイヤだ。彼は目を爛々と輝かせ、口の端を吊り上げて笑顔を作りながら、表示された写真を食い入るように見つめている。何を考えているのかは知りたくもないが、しかし気後れを感じていないことだけは確かだ。
「おい、内部の様子は分からないのか?」
「あ~、撮って来てもらった写真は外側だけなんだ。それならすぐに離脱が可能だからな」
要するに安全策をとった、ということなのだろう。カムイはそう思った。アーキッドの話を聞いてロロイヤは「そうか」と少し残念そうに呟くが、しかしその言葉ほどがっかりした様子はない。むしろ相変わらず物騒な笑みを浮かべながら、写真を食い入るように見つめている。
ロロイヤのその様子を見て、カムイは深々とため息を吐いた。たかだか写真ぐらいで緊張していた自分が馬鹿らしい。そして彼のため息をきっかけにしたわけではないが、リビングの空気がいささか弛緩する。そのタイミングでアーキッドがこう言った。
「見ての通り北の城砦の様子は普通じゃない。そしてゲームで普通じゃないとなれば何かあるってこと。つまりクエストだ。それで、だ。このクエスト、ちょいと攻略しに行かないか?」
「攻略って……、できるんですか?」
「一応、攻略法は考えてはあるぞ。力押しだがな」
アーキッドが話す攻略法は確かに力押しだった。つまり、全ての瘴気を浄化してしまうのだ。それを聞いたカムイは反射的に「んな無茶な」と言いそうになったが、しかし寸前のところで口を噤む。よくよく考えれば、そう無茶でもない気がしたのだ。
なにしろ、リムとカムイとアストールがいる。この三人が揃えば、事実上際限なく瘴気を浄化できるのだ。さらに呉羽が加われば効率が上がるし、カレンがいれば高濃度瘴気のただなかであろうとも支障なく活動できる。
浄化作業中に敵の妨害はもちろんあるだろうが、それらの露払いはイスメルやミラルダがやってくれるだろう。ロロイヤが魔道具、例えば〈翼持つ城砦〉などを提供してくれれば、防衛はさらに楽になる。
つまり時間さえかければ、やってやれないことはない。仮に数日かかるとしても、アーキッドの【HOME】があるし、ポイントも潤沢に稼げているだろうから、作戦継続能力に不安はない。
コレなら確かにいけるかもしれない、とカムイは思った。しかしその時、ロロイヤがこう口を挟んだ。
「なぜそんな面倒くさいことをする? 城砦を攻略するのであれば、単純に破壊してしまえばいいじゃないか」
「まあ、そうなんだがな……」
乱暴に頭をかきながら、アーキッドは珍しく言葉を濁した。それでもロロイヤが無言のまま返答を催促し続けると、諦めたようにため息を吐いてからその理由をこんなふうに話した。
「これは完全に俺の個人的な意見だが、それだと簡単すぎる気がして、な」
肩をすくめながら、アーキッドはそう答える。ロロイヤの言うとおり、北の城砦を攻略するのであれば、全ての瘴気を浄化するよりも破壊してしまった方が手っ取り早いし簡単だ。しかしそれではあまりにも簡単すぎる、とアーキッドは言う。
「破壊するだけなら、イスメルやミラルダに頼めば事足りる」
いや、破壊するだけなら彼女たちでなくともできるだろう。というか、戦闘系のユニークスキルを持つプレイヤーならば、できない者の方がすくないはずだ。高濃度の瘴気が問題になるかもしれないが、そんなものは【瘴気耐性向上薬】で何とかすればいい。
破壊するだけなら簡単だ。しかしだからこそ、そこに違和感を覚える。過酷なこの世界、いやデスゲームに用意されたクエスト。それがただ城砦を力任せに破壊するだけでクリアできるような、そんな簡単なものなのだろうか、と。
「つまり、単純に破壊してしまってはクリアしたことにならない、と?」
「いや、クリアはできるだろう。ただ、内容によって評価が変わるんじゃないかと、そう思っているわけだ」
アストールの問い掛けに、アーキッドは軽い口調でそう答える。彼は「あくまで個人的な意見だがな」と言うが、カムイはそれを聞いて「ありえる」と思った。特定の条件を達成しつつクエストをクリアするとレアアイテムが手に入る、というのはゲームなどではありがちだ。
そしてこの場合、「建物をなるべく傷つけないこと」が条件なのではないか、とアーキッドは思っているのだ。石造りの城砦は、プレイヤーから見れば脆すぎる。ふとした拍子に大穴を開けてしまう。壊さないよう気をつけて戦わなければならないとなると、難易度が格段に上がることは想像に難くない。
だからこそ、浄化なのだ。浄化なら、攻撃の余波で建物が壊れることはまずない。
〈北の城砦〉のことを知ってからというもの、アーキッドはその攻略法を考え続けてきた。手っ取り早く破壊してしまえば良いとも思う。しかしそれはなるべく最終手段にしたかった。だがそうなると、有効な攻略法はなかなか思いつかない。
そもそも情報が少なすぎるのだ。城砦の内部構造はもちろん、敵側にどれだけの戦力があるのかも良く分からない。情報が欲しいが、しかし「建物を壊さないように」という縛りを設けて、さらに強行偵察させるのは流石に気が引けた。イスメル一人ならケロリと帰ってきそうな気もするが、カレンも一緒に行くわけだし。
一旦〈北の城砦〉のことは棚上げし、アーキッドは拠点から拠点を渡り歩いた。孤立しているプレイヤーを合流させ、【PrimeLoan】でポイントを稼ぐことも確かに目的ではあった。しかし同時に彼は探してもいたのだ。〈北の城砦〉を攻略する、そのための戦力となるプレイヤーを。
そんな中で、瘴気をほぼ無制限に浄化できるリムたち四人と知り合えたのは僥倖だった。それで攻略しに行こうと誘いはしたものの、しかし情報不足に変わりはない。つまり何が起きるかは分からないのが現状なのだ。
ただ何が起きるにしても、そこに瘴気が関わってくることは想像に難くない。ならばその瘴気を根こそぎ浄化してやれば、そもそも何も起きはしない、はずだ。対瘴気を想定した場合、【浄化】を中心とした四人の能力の組み合わせは本当に反則的である。
攻略法としては、裏技どころか無敵コード並みに邪道と言っていい。あまりにストイックで、ゲームを楽しむという観点にかけている。とはいえ、そもそも運営側からしてプレイヤーを楽しませる気がまるでない。なら、力比べをするように、わざわざ正面から攻略する必要などないだろう。なによりこれはデスゲーム。形に拘った挙句に死人がでたら、それこそ本末転倒もいいところだ。
試してみたいと思う程度には、行けるとは思っている。少なくとも、向上薬をがぶ飲みして突っ込んでいくよりはましだろう。ただ、問題もある。ドームの中の瘴気濃度は6.28、城砦の中つまり城壁の内側では11.38だった。前者はともかく、後者は〈魔泉〉のすぐ近くよりも濃度が高い。つまり周辺から瘴気を集めるなどしている可能性がある。
「つまり、浄化しきれないかもしれない、ということですか……」
「まあ、そういうことだな」
顔を険しくするアストールに、アーキッドは一つ頷いてそう答えた。どれだけ瘴気を浄化しても、集める量の方が多ければ、いつまで経っても総量は減らない。つまりこの方法では攻略できないと言うことだ。
それにリムは生身の少女である。二十四時間ぶっ続けで浄化などできない。一日で浄化が完了せず、そして彼女が休んでいるうちに瘴気の量が元に戻ってしまえば、やはりこの方法では攻略できないことになる。
「さっき話を聞いたときは、時間さえあればできそうな気がしたんですけど……。なかなか難しいんですね……」
「情報が足りてないからな。まあ、ダメならさっさと逃げ出すさ。いっそ破壊してしまってもいいしな」
難しい顔をするカムイに、アーキッドはそう応えた。まずは浄化によって瘴気の量を減らせるのかを確認する。減らせるのであれば、そのまま続ければいい。反応を見て、試行錯誤していく部分もあるだろう。減らせなかった場合にどうするかは、またその時に考える。それが今のところの方針だった。
「……それで、だ。瘴気を片っ端から浄化するのが今回の攻略の肝である以上、貴方たち四人の力は欠かせない。どうか協力してもらえないだろうか」
瘴気を浄化して得たポイントは、分配しなくていい。すべてカムイら四人の取り分だ。浄化作業中は、アーキッドたちが全力で護衛する。魔昌石で得たポイントは頭割り。作戦後は当然、この遺跡か、あるいは好きな拠点に送り届ける。
それらの条件を提示して、アーキッドは頭を下げた。かなりカムイたちに有利な条件だ。改まった言葉遣いといい、彼の本気さが伝わってくる。彼は本気で〈北の城砦〉を攻略しようとしているのだ。そしてそれが分かってしまうと、お人好しで知られる日本人の性なのか、どうにも断りにくく感じてしまい、カムイは少し困ったように頭をかいた。
(本当にこれが「クエスト」なのかは分からないけど……)
しかしなにか、〈魔泉〉や〈侵攻〉あるいは対〈軍団〉戦のように、普通ではないことが起こっているのは確かなのだ。ならばそれについて調べることには意味がある。仮に攻略できなかったとしても、費やした時間と労力が無駄になることはないだろう。
(それに……)
それに、これが本当に運営の仕掛けたクエストであるならば、その攻略はゲームの攻略と同義である。ゲームクリアのためには避けては通れない。加えて見事攻略したあかつきにはクリア報酬が出るはずだ。どんな報酬がもらえるのか、もちろん興味がある。
そもそも、次の目標が決まっているわけではないのだ。ただ普通にモンスターを狩っているだけなら、〈オドの実〉を完成させた意味もない。それに海辺の拠点に留まったり、〈騎士団〉や〈世界再生委員会〉などのギルドに入ったりしなかったのは、こういう時にすぐに動けるよう、身軽な状態でいるためだったはずだ。そう考えると、自然とカムイの心は決まった。
「オレは協力してもいいと思います。いえ、協力したいです」
「わたしも行くぞ。自分から動かなきゃ、このデスゲームはクリアできないもんな」
「私も協力するのはやぶさかではありません。〈北の城砦〉そのものにも興味がありますしね」
「わ、わたしも行きます。わたしの力が役に立つのなら」
カムイに続いて呉羽とアストールとリムも、それぞれアーキッドの作戦に協力することを決めた。そんな四人に対し、アーキッドは「ありがたい」と言ってもう一度深く頭を下げる。そんな彼をミラルダがニコニコしながら見守っていた。
「それで、爺さんはどうする?」
「ワシも行くぞ。当然だ」
「ま、そうだろうな。ただ付いて来る以上は協力してもらうぞ」
「ああ。魔道具を提供しよう。〈翼持つ城砦〉あたりがよかろう」
「どんな魔道具なんだ?」
そう尋ねるアーキッドに対し、ロロイヤが〈翼持つ城砦〉について簡単に説明すると、彼はすぐに顔を綻ばせた。確かにちょうどいい魔道具だと思ったのだ。聞いた限り取り回しは悪そうだが、しかし浄化作業中四人はほとんど動かない。その欠点も大きな問題にはならないだろう。
「モノはもうあるのか?」
「いや、ない。納品してしまったからな」
だからもう一度作る必要がある、とロロイヤは言った。それに、〈翼持つ城砦〉は本来、対〈侵攻〉を想定した魔道具だ。〈北の城砦〉の攻略戦に使うのであれば、それに合わせて設計を少し見直したほうがいい。
「まあ、その辺は爺さんに任せるよ。一つ頼むぜ」
「うむ、了解した。……後は、カムイの魔道具も間に合うように仕上げて置こう」
「本当に作ってるのかよ……」
少々げんなりとした顔でカムイは呻いた。彼が首から下げる〈オドの実〉もロロイヤが手がけた魔道具と言えるが、コイツのせいでカムイは一度植物状態(あるいは植物人間)になってしまっている。
そういう経験があるせいか、彼はロロイヤの魔道具をいまいち信用しきれない。高性能であることは認めるが、ぶっ飛びすぎているのだ。「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉があるが、まさにそれを地で行くといっていい。
しかしながらロロイヤの口ぶりからして、彼がもうその仕事に取り掛かっているのは明白だった。そして乗り気にもなっているその仕事を、彼が放り出すことなどありえない。それもまた明白である。それでカムイにできる事と言えば、「控えめに! ホントお願いします!」と改めて念を押すことだけだった。(しかもほぼ効果はないと知りながら)。
「わたしも魔道具が欲しい」
さてカムイが自己保身のためにロロイヤを拝み倒していると、それまでミラルダの尻尾にじゃれ付いていたライトグリーンの髪の少女、キキが突然そんなことを言い出した。そしてさらにこう言葉を続ける。
「わたしも、リムっちを守る」
「キ、キキさん……」
「そしてお姉ちゃんぶる。むっふん」
「キ、キキさん……」
ドヤ顔をするキキとは対照的に、リムは困惑気味だ。ついさっきまでは真正面から「守る」と言われて思わず顔を赤くしていたのに、もうその余韻すらない。この空気の変え方は、もはやある種の才能だった。
まあ茶番劇はともかくとしても、キキが魔道具を持つのはいいアイディアだった。なにしろ彼女のユニークスキル【PrimeLoan】は徹底的に戦闘に向かない。そんな彼女が〈北の城砦〉の攻略戦に加わるにはどうしてもある程度の武器が必要だった。
「参考までに聞くが、どんな魔道具が欲しいんだ?」
「扱いやすくて、ほどほどの威力で、あんまり動かなくていいヤツ」
そのリクエストを聞いて、ロロイヤは苦笑した。幾つか仕事を抱えているせいもあるが、あまり興の乗る依頼ではない。ただこれは攻略戦に関わる依頼でもある。「協力する」と言った手前、無碍にするのも憚られた。
それで彼は自分の指から指輪を外すと、それをキキに向かって放った。彼女はそれをキャッチすると、にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべてこう尋ねる。
「結婚指輪?」
「ジジイ相手でいいのか?」
「遠慮しておきますぅ……」
どうやらロロイヤの方が上手であったようだ。キキががっくりとうな垂れたが、しかし二秒後には何事もなかったかのように復活。改めて受け取った指輪を目の高さに掲げながら、ロロイヤにこう尋ねた。
「それで、コレは?」
「『扱いやすくて、ほどほどの威力で、あんまり動かなくていい』魔道具だ」
魔道具の銘は〈流星撃〉。魔法陣を展開し、そこから幾筋もの閃光を散弾的に放つ魔道具である。アーキッドらが初めてロロイヤと出合ったときに彼が使っていた魔道具でもあり、それを思い出したキキは「ああ、アレ」と呟いて納得の表情を浮かべた。
余談になるが、ロロイヤは以前リーンから〈流星撃〉を譲って欲しいと頼まれたとき、それを頑なに拒否した。それなのに今回、キキにはあっさりと譲ってしまっている。その理由は、彼がロリコンだから、ではない。〈流星撃〉を発展させた魔道具〈翼持つ城砦〉を完成させたことで、彼の中でわだかまりに決着がついたのだ。職人とはかくも面倒くさい生き物なのである。
まあそれはそれとして。キキは〈流星撃〉が気に入った様子だった。それを見てアーキッドは小さく笑みを浮かべる。それからロロイヤのほうに視線を向けてこう尋ねた。
「悪いな。幾らだ?」
「いらん。ワシの作品とは呼べないシロモノだしな」
ロロイヤは手を振りながら、ぞんざいな口調でそう言った。わだかまりに決着が付いたとはいえ、そこは譲れないらしい。そんな彼の様子にアーキッドは苦笑する。ただ協力の言質を盾に優れた魔道具を無償提供させるのはフェアではない。それで攻め口を変えてこう申し出た。
「それじゃあ、100万用意するから〈翼持つ城砦〉の制作費にでも使ってくれ」
「……まあ、そういうことなら貰っておこうか」
存外素直にロロイヤはポイントを受け取った。晴れて自分のものになった〈流星撃〉を、キキは嬉々として指にはめて装備する。そして具合を確かめると「にゅふふ」とワザとらしく、しかしご機嫌に笑った。
「では、キキも特訓ですね」
しかしそのご機嫌な笑顔も、イスメルの一言で凍りつく。キキは頬を引きつらせ、「ギギギ」と音がしそうな仕草で首を捻ると、イスメルの方に視線を向けた。そんな彼女にイスメルはすまし顔でこう告げる。
「使うことと扱うことは違います。特に武器の場合は。攻略戦は今までにない厳しい戦いになるでしょう。不慣れな武器で臨むのは避けるべきです」
「あ、いやわたしは……」
「ふむ。確かにイスメルの言う通りじゃな。時間があるのに、新しい装備をぶっつけ本番で試すなど、無茶と言うよりは怠慢じゃ。しっかりと扱いに慣れてくるが良いぞ、キキ」
「そうそう、一緒にがんばろ?」
ミラルダとカレンがそう言い聞かせる。なお、主にカレンに関してだが、「道連れ逃がすか」という副音声が聞こえた気がしたのは、たぶんカムイの気のせいだろう。
「どして……、どうしてこうなった!?」
キキが大いに嘆く。こんなときまでその仕草が芝居がかっているのはさすがと言うか何と言うか。
まあなにはともかくとして。こうしてアーキッドら五人とカムイら四人、そしてそこにロロイヤを加えた計十人は、クエスト【〈北の城砦〉攻略戦】へ挑戦することになったのである。
デスゲームの開始から、そろそろ一年が経とうとしている。攻略は新たな局面を迎えようとしているのかもしれない。カムイはそんな予感を感じるのだった。




