表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈北の城砦〉攻略作戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/127

〈北の城砦〉攻略作戦1


 そういやコレ、ゲームだったな。

     ――――とあるプレイヤー。



 ― ‡ ―



「ほんに、可愛いのう……」


 腕に抱いた赤ん坊を見ながら、ミラルダが相好を崩す。もうデレデレでメロメロだった。アーキッドは女性陣が赤ん坊、カナンに群がるのを少し離れたところから眺めていたが、その様子に苦笑してからシグルドに声をかけた。


「よう、おめでとさん」


 シグルドはカナンの父親なのだが、女性陣の熱気と気迫にはじき出されてしまい、やはり少し離れたところから妻と子供の様子を見守っていた。それを情けないとは思わない。なにせ、アーキッドも同じなのだから。


「ああ、アーキッドさん。ありがとうございます」


 そう応えてシグルドは笑顔を見せた。しかしそこにある陰をアーキッドは見逃さない。彼はニヤニヤとした顔をしながら、しかし思いのほか優しい声でシグルドにこう尋ねた。


「不安かい?」


「……分かりますか?」


 シグルドは弱々しい笑みを浮かべながらそう答えた。アーキッドは一つ頷くと、無言のまま彼に続きを促す。彼の眼差しに背中を押されるようにして、シグルドは胸中の不安を吐露し始めた。


「アーキッドさん、僕はスーシャとカナンをこの世界で守っていけるんでしょうか……?」


 言うまでもなくこの世界は過酷だ。その過酷な世界で愛する妻と娘を守り養うことが出来るのだろうか。シグルドの不安は父親として真っ当であり、そして真摯だった。


 とはいえ、これがシグルドのいた世界での話であれば、彼の不安もここまで深刻にはならなかっただろう。繰り返しになるが、この世界は過酷だ。空は瘴気に覆われ、大地も海も死滅している。モンスターが跋扈し、〈魔泉〉からは今も大量の瘴気が噴出しているのだ。お世辞にも子育てに向いた世界とはいえない。


 いや、向き不向きなどこの際どうでもいいのだ。一番の不安はやはりカナンのことだ。彼女はおそらく、プレイヤーではない。ということは当然ユニークスキルも使えないし、ポイントを稼いでアイテムショップから何かを購入することもできないのだ。


 シグルドやスーシャなら、最悪一人でも生きていけるだろう。彼らにはユニークスキルがあるし、システムも使える。しかしプレイヤーとしての力、いや特権を持たないカナンはこの世界を生きていくことができるのだろうか。シグルドはそれがたまらなく心配だった。


「……なあ、シグルド。スーシャが妊娠した時にポイントが発生したこと、覚えてるか?」


 不安を吐露するシグルドに、アーキッドは少し考えてからそう尋ねた。シグルドは少し怪訝な顔をしつつも頷く。あの時は、というかつい最近まで、スーシャには一日50,000Ptが発生していた。これを忘れるはずもない。


「ポイントが発生したって事は、つまり世界の再生に役立つって事だ」


「それは分かります。でも……」


「まあ、最後まで聞けよ。このデスゲームのクリア目標は言うまでもなく『世界の再生』だ。言い換えれば、ゲームの運営側はそれを望んでいる」


「あ……!」


 シグルドの目に少しだけだが力と光が戻った。アーキッドの言わんとするところを察したのである。


「つまりポイントは、オーバーロードたちにとって好ましい、望ましい事柄に発生する……?」


「たぶんな。そして子孫を残すことは奴さんたちにとって『望ましい事柄』だ」


 望んでいる以上、「この世界では生存不可能」ということはありえない。なにしろこれだけの舞台を整えた連中なのだ。最低限であろうと、プレイヤーの子孫が生きていくための筋道は整えてあるはずである。


 もちろん、当面は親であるプレイヤーの庇護が不可欠だ。この世界では現状、衣食住の全てをアイテムショップに依存している。どれだけ強靭な生命力を持っていようとも、必要物をまかなえなければ生きてはいけない。そしてそのためにはどうしてもプレイヤーの存在が必要なのだ。


 しかしいつまでもそのような状況では、世界を再生したことにはならないだろう。かつてイスメルが指摘したように、すべてのプレイヤーがこの世界を去った後、それでもこの世界で知的生命体が存続し繁栄していけるようにしなければ、ゲームをクリア、つまり世界を再生したことにはならないはずだ。


 知的生命体つまりプレイヤーの子孫が、しかしプレイヤーの力を借りずに生きていくことが可能な環境を整えること。言い方を変えれば、それこそがゲームクリアの条件である。ということは逆説的に言って、それは可能であるはずなのだ。だってこれはゲームなのだから。


(十年先か、二十年先か……)


 いやもっと時間はかかるだろう、とシグルドも覚悟している。ゲームクリアのためには数百年の時間がかかるかもしれない、と言う話は彼も聞いていた。だが世界の全てではなくとも一部だけなら、プレイヤーの力に頼らずに生きていける環境を作るのに、そんな眩暈がするほどの時間はかからないだろう。


 例えばカナンが十六歳(それが彼の世界での成人だった)になったとき、浄化樹林がもっと広がって大地から瘴気が取り除かれて農業ができるようになっていれば、今ほどプレイヤーの力に頼らずとも生きていけるだろう。それくらいの目標なら達成できるのではないか。シグルドはそんな気がした。


(それに……)


 それに、カナンは確かにプレイヤーではないが、しかし成長すれば戦力になる。いや、あえて戦力に限定はするまい。つまり成長すれば、彼女も世界の再生のために働けるようになる、ということだ。そして最も重要なこととして、世界規模でみれば圧倒的に人手は足りていないのである。


 どう考えても、たった530万人程度で世界の再生はできない。ありとあらゆる面で人手が足りないのだから。一方ユニークスキルが使えなくたって、人数に支えられたマンパワーには世界を変える力がある。ということはこうやって子供を産んでその力を増し加えていくことこそ、このデスゲームの正しい攻略法なのではないだろうか。シグルドはそんなふうにも思った。


 楽観的かつ他力本願な上に確証もない推測だが、それでもなんとなく間違ってはいないという納得感があった。オーバーロードの思惑は分からない。しかし530万人以上を異世界召喚した上、それぞれにユニークスキルを与え、さらには【システム】を整えるという、手の込んだことをしているのだ。彼らがこの世界を再生させたいと思っていることは間違いない。ならこの攻略法だってありなはずだ。それでアーキッドは最後にこう言った。


「安心しろ。カナンはちゃんと育つよ」


「……育てて、見せます」


 力強く頷きながら、シグルドは決意を込めてそう言った。ゲームの運営側にはクリアさせる気がない、という可能性にはあえて目を瞑る。そんなことを考え出したら全てが無駄になるからだ。この世界でスーシャと出合ったこと、そしてカナンが生まれたこと。それが無駄だったなどとは、シグルドは思いたくない。


 シグルドの返事を聞いて、アーキッドはにやりと笑った。そして「それでいい」とばかりにシグルドの肩を叩く。それから彼は口調を変えてさらにこう尋ねた。


「それと、ポイントのことなんだけどよ。生まれてしまったら、もうポイントは貰えないのか?」


「いえ、そういうわけでもないみたいなんです」


 そう言ってシグルドはシステムメニューを開き、それからポイント獲得のログ画面を開いてそれをアーキッドに見せた。彼はそれを覗きこむと、「なるほど」と言って小さく笑みを浮かべる。そこにはこう記されていた。


【子孫をもうけた! 1,000Pt】


「これはやっぱり、一日に一回なのか?」


「そうですね」


「スーシャのほうも?」


「はい。同じです」


 アーキッドは「そうか」と言って頷くと、もう一度ログ画面のほうへ視線を移した。 わざわざ「子供」ではなく「子孫」という言葉を使っている。ということは孫やひ孫、さらにはその末孫までもすべて含まれる、と解釈していいだろう。子だけでなく孫やひ孫であっても一人当たり1,000Ptなのかは分からないが、しかし子孫の数が増えれば増えるほど得られるポイントも増えるというのはおそらく間違いない。


(ま、問題は増やそうにもそう簡単には増やせない、ってことだな)


 アーキッドは内心でそう呟いて苦笑した。相手を探すのも、子孫を育てる環境を整えるのも、両方とも難しい。少なくとも、今のこの世界のままでは。そういう意味ではシグルドもスーシャも、これから苦労することになるだろう。そして、そんな二人に少しぐらい手を貸してやろうと言う気持ちはアーキッドにもある。


「ところでシグルド。【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の上限額がまた成長したんだが……、どうだ?」


 まるで未成年にタバコを勧めるおっさんのような顔と口調でアーキッドはそう尋ねた。それに対し、シグルドは苦笑しながらこう答える。


「カナンに借金を残すのはちょっと……」


「いや、残らねぇよ。あくまでお前さんの借金だ」


 キキのユニークスキルである【Prime(プレイム)Loan(ローン)】はあくまでもプレイヤーが対象だ。返せなければゲームクリア時に願いをかなえることはできないが、しかしだからこそ強制的な取立ては一切ない。だから当然、親の借金を子供に返させるということもないのだ。


 アーキッドはそう説明したが、しかしシグルドの表情は変わらない。彼は少し言葉を選んでから、今度はこう答えた。


「じゃあ、父親が借金まみれなのはちょっと……」


「はは、違いない」


 そう言って楽しげに笑うと、アーキッドはシグルドの背中をバシバシと叩くのだった。



 ― ‡ ―



 カナンの顔を見たその次の日。海辺の拠点では朝から〈侵攻〉が起こった。飛び出していくプレイヤーたちの姿を見ながらカムイらも防衛戦に加わろうかと思ったのだが、そこで戦力過剰になっているという話を思い出す。


 戦うのは構わない。ただそのために稼ぎを掠め取る形になり、そのせいで他のプレイヤーから恨まれてはしまっては面白くない。普段の付き合いが希薄とはいえ、特にカムイら四人が最も関わっているのは、間違いなくこの海辺の拠点なのだから。


 それで、ポイントに困っているわけではないし、後ろで待機していようかと言う話になった。ただ、それだと今度は「サボっていた」と反感を買うかもしれない。どうにも厄介な問題だった。


「一応、ロナンさんと相談してみましょう」


 アストールがそう言い、そして率先して行動した。そして相談の結果、やはりと言うか他のプレイヤーの稼ぎを減らさないように後方で待機ということになった。なったのだが、そこへリーンが口を挟んだ。彼女はアストールにこう頼んだのである。


「アストールさんとカムイ君の力を貸してもらえないでしょうか?」


 この組み合わせを聞いただけでアストールは“ピン”と来た。要するに魔力の回復係である。〈世界再生委員会〉は防衛戦にロロイヤから買った魔道具〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を使用しているのだが、最後まで使えたことがない。使用者の魔力が切れてしまうのだ。


 さらに最近では人手も減ってしまった。カナンが生まれるまではリーンとガーベラとスーシャの三人で〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を使っていた。しかし生まれたばかりのカナンを抱いて防衛戦に加わるのはいくらなんでも非常識だ。かといってカナンを一人で放っておくわけにもいかない。


 それでスーシャは後方、具体的に言うと浄化樹の植樹林でカナンと待機することがすでに決まっている。さらに母子二人を後方とはいえ放置していては、何かあったときに危険ということでガーベラも一緒に待機することになっている。


 こうなると、リーンが一人で〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を使うことになる。もちろん〈世界再生委員会〉には何十人ものメンバーがいるから代わりを探すことは可能だ。ただ、防衛戦のローテーションはこれまでに最適化され、そして固定化されていた。そこに手を加えるとなると、必然的に全体を見直さなければならなくなる。


「その作業がまだ終わっていないのです。今回だけでいいので、力を貸してください」


 そう言ってリーンが頭を下げると、アストールも「そういうことなら」と言って快諾した。それからすぐにカムイたちのところへ戻ってこの話を伝える。彼の話を聞くと、一同は揃って頷いた。


「それじゃあ、オレはトールさんと一緒に防衛戦か」


「カムイ、気をつけてね」


「盾の後ろに隠れてるんだ。危なくなんてないさ」


 声をかけたカレンにカムイは軽い口調でそう答えた。今日のお仕事は魔力を供給するだけの簡単なお仕事である。発電機代わりと言ってもいい。自分で例えておいてなんだが、カムイはちょっと悲しくなった。


「カムイ、〈オドの実〉はほどほどにな」


「分かってる。植物人間はもうゴメンだよ」


 カレンの次に声をかけたのは呉羽だった。彼女の言葉に、カムイは少々渋い顔をしながら頷く。植物状態も植物人間も、もうまっぴらご免である。死ぬのは怖くないと今でも思っているが、死ぬこともできないあの地獄をまた味わうために、この世界へ来たわけではないのだ。


 渋い顔をしているカムイから少し離れたところでは、対照的にイスメルが明るい表情を浮かべている。面倒な防衛戦をサボれるのが嬉しいわけではない。彼女の場合、もっと自分の欲望に忠実だった。


「では私も浄化樹林で待機することにしましょう。スーシャとガーベラだけでは心配ですから。いやはや、楽しみですね」


「……言い出したからにはちゃんと護衛しろよ?」


「もちろんですとも」


 苦笑するアーキッドに、うきうきとした顔でイスメルはそう答えた。護衛を口実に浄化樹林に入り浸るつもりなのだ。しかも〈侵攻〉中ずっと。他のプレイヤーたちがあくせく戦っている間にそんなことをしようというのだから、ある意味でこれ以上の贅沢はない。特に植物中毒者(プラント・ジャンキー)のイスメルにとっては。


 まあそれはそれとして。ともかくこれで後方の憂いはなくなったのだ。無理にでもそう思うことにしてカムイはアストールと一緒に最前線へ向かった。とはいえ戦うわけではない。繰り返しになるが、魔力を供給するだけの簡単なお仕事である。とはいえ、まったく収穫がなかったわけではなかった。


(何ていうか……、すごく戦い慣れてる……?)


 カムイは戦線で戦う〈世界再生委員会〉のメンバーたちの様子を見てそんなふうに思った。彼は戦線の少し後ろで魔道具〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉に魔力を込めているのだが、そのおかげで前線の様子が良く見えるのだ。


 単なるプレイヤーの集団戦なら、カムイはこれまでに何度も見てきた。〈侵攻〉の防衛戦に加わったこともあるし、ディーチェの〈誘引の歌〉が響く中で戦ったこともある。しかしそのどれと比べても、〈世界再生委員会〉のメンバーたちの戦いぶりは練度が違った。素人であるカムイの目から見ても、動きがぜんぜん違うのだ。


「掃射を行います。総員後退」


 カムイの隣で〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を操作するリーンが、戦況を見極めてそう指示を出す。彼女の声は決して大きくはなかったが、よく通ってさらに人を従わせる独特の響きがあった。そして彼女の指示に従って、〈世界再生委員会〉のメンバーたちは一斉に後退を開始する。その動きに迷いはなく、リーンに全幅の信頼を置いていることが窺えた。


 味方が退避した空間へ、魚頭のモンスターが次から次へと上がってくる。そこへリーンは〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を操って無数の閃光を打ち込んだ。多数のモンスターが身体を閃光に貫かれ絶叫して消えていく様子を、彼女は鋭い視線でしかし淡々と観察している。その横顔に、カムイはイスメルとはまた違った凄みを感じた。


「二班と三班は前へ。一班は待機しつつ休息を」


 リーンの指示に従って、また〈世界再生委員会〉のメンバーたちが飛び出していく。その様子に、やはり迷いは見られない。彼らはきびきびと、そして組織的に動いて戦っている。見事だった。


 その要となっているのは、言うまでもなく指揮官たるリーンだ。彼女という有能な前線指揮官がいるからこそ、〈世界再生委員会〉のメンバーたちは組織的かつ効率的に動き戦うことが出来ているのである。しかもそのレベルは、素人であるカムイの目から見ても非常に高い。訓練された軍隊をさえ髣髴(ほうふつ)とさせる。


「……カムイ君、どうかしましたか?」


「ああ、いえ、何と言うか……。なんだか凄く動きがいいな、と思いまして」


 カムイがリーンにそう答えると、彼女はふっと表情を緩めて微笑を浮かべた。そして謙遜しつつも確かな自信を滲ませてこう応える。


「ありがとうございます。最初は酷いものでしたが、何とかこのレベルまで仕上げることができました。……っと、そこ! 隙間はしっかりと埋めなさい! ……失礼。とはいえ、まだまだ訓練不足ですが」


「そ、そうですか……」


 そういえば、リーンはもとの世界で軍人だったとガーベラが言っていた。階級などは知らないが、要するに専門家だ。指揮をする様子も堂に入っているから、もとの世界でも自分の部隊を率いていたのかもしれない。


(いろんな人がいるなぁ……)


 そう、カムイは思う。その感想自体は平凡だが、その意味するところは残酷だ。いろんな人がいるということは、それぞれに能力差があるということ。つまり全てのプレイヤーは、平等などではない。


 アストールのように魔法が使える者。ロロイヤのように魔道具作成の知識と技術を持っている者。イスメルのように武芸の心得がある者。リーンのように部隊指揮官としての能力がある者。


 それはユニークスキルとは異なる、彼ら自身の能力であり才能だ。ユニークスキルが、少なくともその容量(キャパ)が一定である以上、プレイヤー同士の差はまずそこで付くといっていい。


(オレは、その差を埋められているのかな……?)


 初期設定の際、カムイはヘルプさんと交渉してユニークスキルの容量(キャパ)を増やしてもらっている。それは間違いなく彼の強みだ。しかしその強みをちゃんと生かせているのか、カムイにはちょっと自信がない。


(〈オドの実〉をちゃんと使いこなせるようにならないと……)


 カムイは改めてそう思った。〈オドの実〉を使えば、より多くのエネルギーを吸収し、そして扱うことができるようになる。そしてそれは彼にとって間違いなく強みと、この世界で生き抜くための力になる。


 ロロイヤに改造されたことで、〈オドの実〉は非常識に突き抜けた性能を持つようになった。そのせいでカムイは植物人間(あるいは植物状態)になってしまったのだが、しかしその一方で今までにない量のエネルギーを吸収できていたことも確かだ。加えて、これまでは手が出せなかった地中や恐らくは水中の瘴気も吸収できるようになった。


(その辺は、ロロイヤの言う通りなんだよなぁ……)


 カムイは胸中でそう嘆息した。ロロイヤの言葉を認めるのは悔しいが、完成した〈オドの実〉は確かにカムイのユニークスキルを拡張し、今まではできなかったことを出来るようにしてくれている。そういう意味では、ロロイヤに術式を刻んでもらったのは確かに正解だった。


 唯一にして最大の問題は、それをカムイが扱いきれていないことだ。これはまずいというよりも勿体無い。ユニークスキルの容量(キャパ)が他のプレイヤーより多いのは、間違いなくカムイにとっての強みなのだ。


 カムイが〈オドの実〉をちゃんと使えるようになれば、彼はその長所をさらに伸ばすことができる。そして伸ばした長所は短所も埋め合わせてくれるだろう。彼の短い人生経験という短所を。


(怠けてる場合じゃないなぁ……)


 カムイは目を閉じると、一つ大きく息を吐いてから集中力を高めた。そして出来る限り魔力を絞って〈オドの実〉に込める。するとすぐにそのマジックアイテムが発動し、周囲の瘴気を吸収してオドを生成し始めた。


 そのオドを、カムイはアブソープションで吸収する。この時、〈オドの実〉に込める魔力の量が増えないよう、彼は細心の注意を払った。同じ失敗を、しかもこんなところで繰り返すわけには行かないのである。


(でも、いずれは……)


 いずれは、あの暴力的なオドの奔流も手中に収めて制御してみせる。その取っ掛かりはもう掴んでいるのだ。ただ、今はまず〈オドの実〉を確実に使えるようにならなければならない。そのためにはひとまず入力を抑えるのが最も有効だった。とはいえ、入力を抑えたとはいえ〈オドの実〉の力はやはり絶大である。


「カムイ君、それは……」


 リーンがやや唖然とした声をカムイにかけた。〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉を操作していた彼女は、カムイが供給する魔力量が跳ね上がったことに気付いたのだ。彼が供給する分だけで魔道具を駆動させるには十分で、リーンもアストールも魔力を込める必要がなくなってしまったのである。


 それでもなお、カムイにはまだ余裕があった。消費されないエネルギーが身体の中にどんどん溜まっていく。彼は〈白夜叉〉を発動してそのエネルギーを消費した。その白夜叉のオーラの一部が、浄化樹の葉に変化している。


 それに気付いてカムイは小さく笑みを浮かべた。術式を刻む前は、〈オドの実〉を全力で駆動させてようやくこの状態にできた。それなのに、今は入力を絞ってコレだ。やっぱりロロイヤに改造してもらったことで、効率がかなり良くなっている。使いこなせれば大きな力になることは間違いない。


「カムイ君。その、身体に異常は……?」


 少し心配そうな様子で、リーンがカムイにそう尋ねる。彼は安心させるように大きく頷いてからこう答えた。


「ありませんよ。大丈夫です」


「そうですか……。では、アストールさん。ここはいいのでウチのメンバーの魔力の回復をお願いできますか?」


 カムイのしっかりとした受け答えに安心したのか、リーンはホッとした表情を見せた。それから彼女は素早く計算を巡らせ、アストールに別の仕事を依頼する。カムイが三人分の魔力を供給しているので、彼が手すきになっているのだ。これを遊ばせておくのはもったいない。


 リーンのその意図を察したのか、アストールはすぐに「分かりました」と答えて一つ頷いた。そして〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉から手を放すと、次にカムイのほうに視線を向けて彼にこう尋ねる。


「カムイ君、魔力にはまだ余裕がありますか?」


「はい、大丈夫です」


 カムイがそう答えると、アストールは〈トランスファー〉の魔法を使って彼から魔力を譲り受け、まずは自分の魔力を回復する。それから待機している〈世界再生委員会〉のメンバーたちの魔力を回復させて回った。


 もちろんアストール一人の魔力量では、回復させられる人数には限りがある。しかし彼は自分の魔力が空になるたびにカムイのところへ行って回復し、それからまたその魔力を〈世界再生委員会〉のメンバーたちに分けて回った。


 忙しく動き回ることになったアストールとは対照的に、カムイは基本的にじっとしていた。立ちっぱなしではあるが、その程度のことは苦にはならない。それでじっくりとリーンの指揮で戦うプレイヤーたちの様子を眺めることができた。


(やっぱり、すごいなぁ……)


 素人であるカムイには勉強どころか参考にもならない。レベルが高すぎるからだ。しかしすごいことをやっているのはわかる。むしろそれしか分からないというべきだが、彼にはそれで十分でもあった。


(見れて良かった)


 カムイはそう思った。この世界は甘くないし、このデスゲームに参加しているプレイヤーたちも甘くなど決してない。つまり彼は特別に強いわけでは決してない。それを改めて思い知ることができたから。


 さて、〈侵攻〉が納まったのは、お昼を過ぎておやつの時間の一時間ほど前だった。海から魚頭のモンスターが上がってこなくなったのを確認し、さらに残敵を全て掃討しつくすとリーンは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


 戦闘の喧騒が遠くなる。砂浜は一気に静まり返って、寄せては返す波の音だけが響いた。防衛戦を戦っていたプレイヤーたちも少しずつ緊張を解き、武器をおろして構えを解く。徐々に安堵と笑顔が広がった。


 それを見てカムイも〈オドの実〉とアブソープションを停止する。そして白夜叉のオーラが完全に消えたところで〈翼持つ城砦(アレクサンダー)〉から手を放した。そんな彼にリーンがこう声をかける。


「今日はありがとうございました。それで、報酬のことですが……」


「ああ、それならオレの分は出産祝いだって言って、スーシャさんに何か渡しておいて下さい」


「それでいいのですか?」


「はい。トールさんはどうしますか?」


「では、私も同様で」


 アストールがにこやかな表情を浮かべながらそう答える。リーンはそれを見ると神妙な顔をして頷き、そしてこう応じた。


「分かりました。何か見繕っておきます」


 よろしくお願いします、とリーンに頼んでからカムイとアストールはその場を後にした。そして砂浜を離れて浄化樹の植樹林のほうへと向かう。浄化樹林のすぐ近くにはアーキッドの【HOME(ホーム)】が鎮座しており、その正面玄関の前ではカレンと呉羽がそれぞれ得物を手に立会い稽古をしていた。


「あ、二人とも、お帰りなさい」


 カムイとアストールが【HOME(ホーム)】に近づくと、まず呉羽が二人に気付いてそう声をかける。すぐにカレンも二人の方に視線を向け、その無事な様子を見て笑顔を浮かべた。カムイはそんな二人に軽く手を振り、それからこう言葉を返した。


「ただいま。コッチはどうだった?」


「取りこぼしは現れなかった。静かなものだよ」


「普通のモンスターも出てこなかったし、そういう意味ではちょっと暇だったくらいよ」


 それでずっと二人で稽古をしていたのだと言う。いっそ開き直って【HOME(ホーム)】の中でくつろいでいればよかったのかもしれないが、それはなんだか無責任に思えて気が引けたのだそうだ。二人とも義理堅いというか、律義な性分である。


「そっか、お疲れさん。〈侵攻〉は納まったけど、二人はどうする?」


「わたしはもう少し稽古を続けるわ。呉羽もどう?」


「望むところだ」


 カムイはそれを聞いて一つ頷くと、彼女たちを外に残してアストールと一緒に【HOME(ホーム)】の中へ入った。そしてリビングに向かい、ソファーに腰掛ける。そうやって一息つくと、急に空腹が気になり始めた。そういえばまだお昼を食べていない。


 早速、カムイはシステムメニューを開き、そこからアイテムショップへ進んだ。購入するのは、ちょっと贅沢に【日替わり弁当C】である。アストールの方を見ると、【日替わり弁当B】を選んでいた。


 お腹がいっぱいになると、今度は心地よい眠気がやってきた。抗おうと思えば十分にできるが、一仕事終えたという充足感もあり、なんだかそんな気にはならない。結局カムイはそのままソファーの上で横になり、クッションを枕にして昼寝としゃれ込むのだった。


 さて、この日の夕食はアーキッドの奢りで慰労会が開かれることになった。ただ、開かれる時間は少し遅めである。ほとんどのプレイヤーは防衛戦のために昼食が遅くなっており、それに合わせて夕食の時間も遅くしたのだ。


 カムイもそうなので、時間を遅くしてくれたことはかえってありがたい。ただ、防衛戦に加わっていない若干名にとっては、その中でも特に稽古でお腹をすかせた約二名にとっては、ちょっと遅すぎたようであるが。


「うう、お腹すいたぁ……。でもこの時間に食べ過ぎると太るしなぁ……」


「大丈夫だ、カレン。あれだけ稽古でカロリーを消費したじゃないか」


「そうよね!? それに毎日ちゃんと身体動かしているもの。一日くらい夜に食べ過ぎたって大丈夫よね!?」


「そうだとも!」


「ケーキ三つ、いや四つで!」


「フラッペも追加で!」


 なにやら二人で励ましあい、カレンと呉羽は取り皿の上に料理を積み上げていく。そんなに食べたら夜でなくても太るんじゃないかなぁ、とカムイは思ったが賢明にも口には出さなかった。


「あの、カムイ君?」


 カムイが小籠包をハフハフしながら食べていると、躊躇いがちな女性の声が彼の名前を呼んだ。振り返ってみるとスーシャだ。腕にはカナンを抱いている。


「えっと……、どうかしましたか?」


「アストールさんにも先ほどお礼を言ってきたのですが、出産祝い、ありがとうございました」


「ああ、それなら気にしないでください。……ところで、リーンさんに丸投げしてしまったんですけど、何を貰ったのか聞いてもいいですか?」


「その、二人分として25万Ptも頂きました」


 申し訳無さそうにスーシャはそう言った。出産祝いとしてもらうには多額すぎると思っているのだ。ただ四人で協力した場合、半日もあれば数百万Ptも稼げてしまうカムイからすれば、25万Ptというのは決して高くない。この辺、彼の金銭感覚は少し、いやだいぶ一般とはズレていると言っていいだろう。


「それじゃあ、何か必要なものでも買って下さい」


 恐縮するスーシャにカムイはそう言った。たぶんリーンもそのつもりでポイントを直接彼女に渡したのだろう。なんだかんだ言って一番必要なのはポイントなのだ。そこをピンポイントでつくというのがなんだかとても軍人らしくて、カムイは妙に納得してしまった。


 何度もお礼を言ってからスーシャがその場を辞すると、カムイは次に北京ダッグに手を伸ばした。今夜は中華三昧である。防衛戦ではそれなりに役に立てたし、ああしてスーシャにも喜んでもらった。「なかなか有意義な一日だった」と彼は思うのである。


 一方その頃、リーンとガーベラは……。


「出産祝いで現金そのまま渡すしか思い浮かばない私たちって、女としてどうなのかしらね……」


「そうよねぇ……。おしゃれじゃないというか、女として大事なものを投げ捨ててしまったというか……」


「まさかプレゼントでこんなに悩まされるとは思わなかったわ……」


「その上、悩んだ挙句に最後は現金だからねぇ。リンリンってば、名前は可愛らしいのに男前!」


「わたしの名前はリーンよ!」


「リーンでも十分可愛らしいと思いますけど?」


「んぐ……! 花の名前を使っている貴女の方がよっぽど可愛らしいわよ」


「ま、いくら名前が可愛らしくても中身がね、って話よねぇ」


「言わないでぇ……。ただでさえ軍隊なんて男社会で働いていると、化粧の仕方まで忘れそうになるんだから……」


「ああ、そりゃヤバイわね。って、アタシも人のこと言えないけど。未開のド辺境で、雨水溜めて水浴びしてたからなぁ……」


「ねぇベラ……、もとの世界で出産祝いって、贈ったことある?」


「そりゃ、あるわよ。まあ、いつもだいたいパターンは決まってたけど……。そういうリンリンは?」


「わたしはいつもカタログギフトだったなぁ……。選ばなくていいから楽なのよ、アレ。通販で注文すればそのまま相手の家に送ってくれるし」


「あ、分かる。仕事忙しいときとか、便利なのよねぇ……」


「そうなのよ!」


「でもこの世界でカタログギフト送ってもあんまり意味ないしねぇ……」


「そうなのよ……」


「ところでリンリン。出産祝い、貰ったことは?」


「あるわけないじゃない! そういうベラだってないでしょう!?」


「じゃあ、結婚祝い、は?」


「…………。そういう、ベラ、は?」


「…………。飲みましょう、リンリン! 勝利に、そして新しい命に!」


「そうね。もう飲むしかないわね! 乾杯!」


 こうして夜は更けていく。


 ちなみに、男どもが二人を遠巻きにしていたのは、ある意味で当然のことかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ていうか今思ったけど、前の実験で樹になったときめちゃくちゃお金稼げてそうだな
[良い点] 新しい命に!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ