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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
Go West! Go East!

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幕間 約束の地3


「……そういえば、リムもロロイヤに魔道具を作ってもらったんだっけ?」


「はい、そうですよ」


 にこにこしながらリムはそう答えた。彼女がロロイヤから作ってもらった魔道具の銘は〈アクシル〉。彼女のユニークスキルである【浄化】の力を拡散し、その効率を上げるための魔道具である。


「今更だけど、よくまあそんな魔道具作ったよなぁ……」


 カムイが呆れ気味に感嘆する。【浄化】の力を拡散するということは、つまりユニークスキルに干渉しているということだ。デスゲームの運営側、つまりオーバーロードが関わる分野にわずかばかりだろうと手が届いているのである。よくよく考えると、文字通り人間離れした所業である。


「ロロイヤさんも苦労したみたいですよ」


 そう言って、アストールは彼が〈アクシル〉を作り上げるまでのことを話し始めた。



 ― ‡ ―



 カムイが旅立ってからも、アストールら三人はほぼ毎日瘴気の浄化作業を行っていた。もちろん、四人でやっていた頃のようには稼げない。魔力を回復させる手段がないからだ。稼げるのは一回につき一人当たり30,000Pt程度である。


 しかしそれでも普通にモンスターを倒して稼ぐよりは、はるかに効率がいいしまた危険も少ない。それに30,000Ptも稼げれば一日の生活費としては十分である。それで彼らは堀のすぐ近くで瘴気の浄化作業を毎日の日課としていた。


 さてその日課であるが、そこへロロイヤが加わるのが最近の恒例になっている。ただ加わるとは言っても、一緒に浄化作業をしているわけではなかった。むしろ、彼は何もしない。何もせず、ただじっとその様子を眺めているのである。


 要するに観察しているのだ。そしてその対象となっているのはリムだった。


「あの、ロロイヤさん?」


 リムが少し困ったような顔をしながら彼の方に視線を向ける。ここ最近毎日のこととはいえ、こうも注視されると少々居心地が悪い。しかしロロイヤに頓着した様子はなく、それどころかぞんざいな口調で彼女らを急かした。


「ああ、気にするな。それより早く浄化を始めてくれ」


 その言葉にため息を吐いてから、リムは手に持った杖を構えて祈るように目を閉じた。そして意識を集中して【浄化】の力を発動する。その様子をロロイヤはモノクルを装着し、鋭い視線で見守った。


 無論のことであるが、ロロイヤが観察しているのはリムという少女、ではない。「発情して鼻息を荒くするようなら、問答無用で叩き切ってやる」と呉羽などは思っているのだが、今のところそういう展開になりそうな気配は少しもない。


 ロロイヤが興味を持っているのは、リムのユニークスキルである【浄化】の能力だ。カムイの【Absorption(アブソープション)】と同様、瘴気に直接作用するこの能力は彼にとって大きな興味と関心の的になっている。


 もし仮に解析できれば、瘴気を浄化する魔道具を作ることができるだろう。そんな魔道具が誕生すれば、世界の再生とゲームのクリアに一歩どころか二歩も三歩も近づくはずである。ロロイヤも当然そのことは考えていた。ただ、世界の再生もゲームのクリアも、極論を言えばロロイヤにとってはどうでもいい。


 この世界は瘴気に対して手が出せなかったから滅んだ。そしてその瘴気に対して直接作用できるのは、今のところゲームの運営側、つまりオーバーロードが用意したユニークスキルのみ。


 つまりこの二つに対して手が出せるようになれば、それはつまり人として空前絶後の領域に立ったことになる。神の領域に手が触れた、と言っても過言ではないだろう。ロロイヤが見据えている究極的な目標はまさにそこだった。


 ただそれが恐ろしく困難であることは、ロロイヤも分かっている。今だって【浄化】の力を観察しているが、分かるのは表面的な事柄だけで、肝心な部分はさっぱりで手も足もでないというのが実情だ。


(ま、のんびりやるさ……)


 それでも、ロロイヤに焦りはなかった。諦めているわけではない。ただ執着していないだけだ。ほぼ達成不可能な目標であることをそのまま受け入れ、それでもその道を一歩ずつ、時には寄り道もしながら、進んで行くつもりだった。


 さて、そうこうしている内に浄化作業が終わった。いや、終わったというよりは魔力が切れて続けられなくなった、というべきか。なんにせよもうここに用はないので、四人は遺跡の端っこにある拠点に戻ることにした。


 幾度かの戦闘を(主に呉羽が)こなして拠点に戻ると、四人はまずお茶にした。この浄化作業の後のお茶も、今はもう半分習慣になっている。そしてその席で、アストールはコーヒーを飲みながらロロイヤにこう尋ねた。


「それでロロイヤさん。【浄化】の力について、何か分かりましたか?」


「【浄化】の力が、リムの魔力そのものに宿っているわけではないということは、これまでの観察と実験から分かっている」


 それを確かめるのは簡単だった。つまりただ魔力を放出してもらい、それで瘴気が浄化されるかを確かめたのだ。結果はただ魔力が放出されるだけ。リムの魔力に特異な性質があるわけではないことは確認済みである。


 ではどうやって【浄化】の能力が発動しているのかと言うと、リムの魔力が別のエネルギーへと変換されているのだ。そしてこの、言うなれば「浄化エネルギー」と反応させることで、瘴気をマナへと変換する。それが【浄化】という能力の本質だろうとロロイヤは見ている。


 ただ、どういう仕組みで魔力を浄化エネルギーに変換しているのか、そこがさっぱり分からない。加えて浄化エネルギーが瘴気を浄化するメカニズムもまた不明である。要するに肝心なところは何も分かっていない、ということだ。苦笑しつつ、ロロイヤは正直にそう答えた。


「ただ、観察していて気になったことはある。……リム、どうして浄化の力を拡散させないんだ?」


 そうすれば浄化の効率はもっと上がるだろうに、とロロイヤは指摘した。突然話を振られたリムは驚いた様子で彼の方を振り返り、それから少し困ったように曖昧な笑みを浮かべた。言葉を探しているのか、彼女は何も答えない。その沈黙の中、ロロイヤは彼女を急かすことなく静かに待った。


「……えっと、上手くコントロールできないんです」


 しばらくしてから、リムは少し言いにくそうにしながらそう答えた。ロロイヤはそれを聞いて「ふむ」と呟くと、さらにこう尋ねる。


「コントロールできないと言うのは、魔力のことではないな? つまり【浄化】の能力を使い、魔力から変換して生成した浄化エネルギーを上手くコントロールできない、ということか?」


「えっと……、はい。そう、です……」


「しかし完全にコントロールできないというわけではないのだろう? 現に浄化の力を杖に込めることはできている」


「その、はい……。そう、なんですけど……。何ていうか、水みたいにサラサラしていて、掴もうとすると指の間から抜け落ちていくというか……」


 リムは必死に言葉を探しながら、自分の感覚をそう説明した。それを聞いてロロイヤはまた「ふむ」と頷く。そしてわずかに苦笑を浮かべながら、誰にともなくこう呟いた。


「なるほど、水みたい、か……。魔力と違って用途と作用がすでに定められているエネルギーだから、その分操作性は低下している、のか……?」


 ロロイヤは顎に手を当てて考え込む。一方のリムは質問攻めにされたせいか疲れたような様子だ。そんな彼女のため、呉羽は特別にレーズンサンドを購入して進呈する。美味しいお菓子を頬張ると、リムはたちまち笑顔を見せた。そんな二人の様子は、まるで仲の良い姉妹のようである。そこへロロイヤの声が響いた。


「……浄化エネルギーを拡散させる魔道具、か。なるほど、面白そうだな……」


 そう言って顔を上げたロロイヤは、にやりと肉食獣のような笑みを浮かべた。そんな彼に、今度はアストールがこう尋ねる。


「作れるのですか、そんな魔道具……?」


「さて、な。可能だとは思うが、データが足りん。本格的に解析する必要がある」


「解析というと、どうやって……?」


「それはこれから考える」


 堂々とロロイヤはそう答えた。なにしろ【浄化】も浄化エネルギーも初めて見るシロモノなのだ。解析するにしても、まずはその準備から始める必要がある。さらに言えばどんな準備をすればいいのかさえ手探りの状態だ。コイツは大変な仕事になるな、とロロイヤは楽しげに笑った。


「……どうしてそこまでするんですか?」


 それまで黙って話を聞いていた呉羽が、不思議そうな様子でロロイヤにそう尋ねた。それに対し彼は大真面目な顔をしてこう答える。


「ユニークスキルと魔道具を連動させるためのデータ取りだな。カムイの新しい装備もそうだが、事例は多い方がいい」


「そうじゃないんです。えっと、つまりですね、どうしてそんなに面倒くさいことをするのかな、って思ったんです」


 呉羽は言葉を選びながらそう言った。プレイヤー各自に与えられているユニークスキルは、文字通り十人十色である。似たような能力はともかく、全く同じ能力は一つとしてないだろう。


 そんなユニークスキルだから、魔道具と連動させようと思えば、オーダーメイドの特注品が必要になる。今回のように、まずは能力の解析から始めなければならないことも多いだろう。そのたびに、ロロイヤの言葉を借りれば「大変な仕事」をこなさなければならないのだ。


 ちょっと考えただけでも、それは確かに面倒くさい。ならば連動など考えず、いわゆる普通の魔道具を作ればいいのではないだろうか。そもそもユニークスキルとの連動、つまり相乗効果を狙うのであれば、それは魔道具や装備を購入するプレイヤーの側が考えるべきことではないか。


 ロロイヤは優れた魔道具職人である。彼の作った魔道具なら、多くの人が欲しがるだろう。プレイヤーショップに出品すれば、それだけで十分なポイントが稼げるはずだ。それなのになぜ、わざわざ面倒で大変な仕事を選ぶのだろうか。呉羽はそれが疑問だったのだ。そしてその疑問にロロイヤは簡潔かつ明快にこう答えた。


「趣味だ」


 その答えを聞いて呉羽は全身の力が抜ける思いがした。しかし同時に納得もする。ロロイヤは「仕事」ではなく「趣味」と答えた。それはつまり、採算や合理性は二の次で、自分の欲求を満足させることの方が重要、と言うことだ。


 趣味か。ならば仕方がない。脱力しつつも呉羽は納得した。そしてアストールも苦笑しながら頷いている。ただこのとき彼が苦笑していたのは、単純にロロイヤの返答に対してというわけではない。趣味で温泉をリクエストした呉羽の例を思い出し、趣味人の情熱を思って苦笑していたのだ。


 さて、お茶を飲みながらの休憩が終わると、ロロイヤは早速【浄化】の能力と浄化エネルギーの解析方法について考察を始めた。考察とはいえ、この段階ではまだ思いつきのアイディアを上げていくだけだ。本格的な考察は、そのアイディアを試して反応を見た上で行うことになるだろう。ただ、結果として突破口は思いがけないところからもたらされることになった。


 次の日、また堀のすぐ近くまで瘴気の浄化作業に来たときのことである。このときロロイヤは、それまでとは違ってリムのすぐ近くにいた。モノクルを装着して幾つかの解析用魔法陣を試しつつ、データ収集をしていたのだ。


 その時ふと堀の方を見ると、彼は思いがけない光景を見つけた。瘴気を浄化することで生成されたマナ。そのマナが、堀を流れる水の中に混じっていくのだ。普通に拡散していくその一部がそうなっているだけかとも思ったが違う。明らかに不自然な量のマナが、堀を流れる水の中に混じっていくのである。


(これは、つまり……、巻き込まれた、のか……?)


 この堀は、ただの堀ではない。この遺跡の中に存在する巨大な魔法陣の一部である。それも中枢に近い。つまりかなり精密に設計されていて、他の場所に比べれば魔法陣としての効果が強い。


 そしてこの遺跡に存在する魔法陣の目的は「魔力を集めること」だ。そして現在、瘴気までがそこに巻き込まれて、魔法陣の中心点で集束現象を起こしている。そして今、マナもまた同じようにこの魔法陣の巻き込まれてしまっているのだ。


 これは考えても見なかった事柄である。瘴気とは「世界にとって有害なエネルギー」であり、一方のマナは「世界にとって有益なエネルギー」である。真逆の性質を持つこの二つが、しかし今同じ反応を示しているのだ。


(真逆……。そうか、そういうアプローチの仕方もある……!)


 雷に打たれたようにロロイヤは閃いた。「瘴気の集束」と真逆の現象とは、つまり「浄化エネルギーの拡散」ではなかろうか。彼はそう考えたのである。


 遺跡の魔法陣を解析し、なぜ瘴気の集束現象が起こるのかを解明する。そしてその現象を引き起こす要素を抽出し、瘴気の集束を行うための術式を開発する。それがこの遺跡に来たそもそもの目的である。


 その目的をロロイヤは忘れていない。それどころか、すでに瘴気の集束を行うための術式の開発に取り掛かっている段階だ。だがここへ来て、そこに新たな目的が加わろうとしている。


 瘴気の集束を行うための術式を開発したら、今度はいわばそのパラメーターを真逆にしてやることで浄化エネルギーを拡散するための術式を開発する。それが本当に可能なのかは分からない。だがロロイヤの勘は「この筋でいける」と言っていた。そしてこういう時、彼の勘は良くあたるのだ。


(まあ外れたとしても……)


 仮に外れたとしても大きな問題はない。瘴気の集束を行うための術式の開発までは当初の予定通りの事柄である。それに失敗も重要なデータだ。きっと次への参考になるだろう。無駄になることなど何もないのである。


 この日からロロイヤは瘴気の集束を行うための術式の開発に精力を傾け始めた。新たな分野として注目している、魔法と魔道具の併用については一旦棚上げである。というか、魔法を使えるのがアストールしかいないので、思うようにデータが集まらないのだ。決して熱が冷めたわけではないが、もうちょっと環境が整うまではお蔵入りである。


 まあそれはそれとして。数日後、ロロイヤは早々に一つの術式を完成させた。瘴気の集束を行うための術式の、試作第一号である。早速、その術式の実験を行うため、彼は遺跡の外の荒野へ向かう。アストールたちも一緒で、こちらは見学だった。


「でも、瘴気を集束させたらモンスターが出現するんじゃ……?」


 呉羽が少し心配そうにそう指摘した。もちろん、並みのモンスターに負ける気はない。だが今回は人為的に瘴気を集束させようというのだ。並みでないモンスターが出現する可能性は大いにあった。


「もちろん対策はする。モンスター如きに実験を邪魔されたくはないからな」


 ロロイヤは笑ってそう言った。その笑顔がいまいち信頼できないのは、彼の日頃の行いのせいだろう。


 どこか渋い顔をする呉羽たちを無視して、ロロイヤは腰の道具袋から一つの魔石を取り出した。ただし、ただの魔石ではない。ロロイヤによって術式が刻印された魔石で、銘を〈爆裂石〉という。使い捨ての魔道具であり、要するに手投げ式の爆弾である。


〈爆裂石〉はモンスターにぶつけることで爆発する。並みのモンスターなら一撃だ。ただ、モンスターにぶつけなければ爆発しない、というわけではない。〈爆裂石〉は高濃度の瘴気に反応して爆発するように設計されているのである。


 瘴気を集束させれば、当然その濃度は上昇する。そして瘴気濃度が一定以上になったら〈爆裂石〉が爆発して集束させた瘴気を散らす、という寸法なわけだ。仮にモンスターが出現したとしてもすぐに〈爆裂石〉で倒せるだろう、とロロイヤは言った。


 ただ、なぜそもそも〈爆裂石〉を使う必要があるのか、傍から見ている呉羽には疑問だった。【瘴気濃度計】を使って、一定の数値になったら実験を一旦止めればいいだけの話ではないか。〈爆裂石〉を爆発させて遊びたいだけではないか、と彼女は疑っている。まあ、どうでもいいことなので口には出さなかったが。


 まあ、それはそれとして。この〈爆裂石〉を、ロロイヤは手ごろな大きさの石の上に置いた。そして〈爆裂石〉を中心にして〈光彩の杖〉で魔法陣を描く。この魔法陣こそが、瘴気を集束させるための術式、の試作一号である。


「さて。では実験を始めるぞ」


 そう言って、ロロイヤは少し離れた位置から展開した魔法陣に魔力を込め始めた。すると魔法陣の周囲で瘴気が不自然に揺らめく。そして徐々にその中心に向かって集束を始めたのである。


「よし、成功だな」


 瘴気がゆっくりと集束していく様子を観察しながら、ロロイヤは満足そうに頷いた。彼は確かに喜んでいたが、しかし冷静でもあった。これはまだ試作一号に過ぎない。さらに洗練し、効率を上げていく必要がある。ただ、これでまた新たな可能性の扉が開いたことに間違いはない。


「すごい……、すごいですよ、これは!」


 実験の様子を見学していたアストールは、ロロイヤ以上に興奮していた。なにしろユニークスキルに頼らずに瘴気への干渉を行ったのである。これは世界を再生する上で大きな一歩となるだろう。


 集束を続けると、だいたい一分ほどで魔法陣の真ん中に置かれた〈爆裂石〉が爆発した。結構大きな音が響き、驚いたリムがビクリと肩を震わせる。そんな彼女の傍で、ロロイヤは顎に手を当てて「ふむ」と呟きながら一つ頷き、そして〈光彩の杖〉を使って描いていた魔法陣を消した。


「改良が必要だな。さて、どこに手を加えるか……」


「あれ、成功なんじゃ……?」


「瘴気を集束させるという、大きな目標は達成した。つまり方向性は間違っていないわけだ。だが、それでもコイツは試作品に過ぎん。この程度で満足していては、魔道具職人は名乗れんな」


 楽しげにそう言うと、ロロイヤはさっさと身を翻して遺跡の方へ歩き出した。その背中を呉羽は苦笑しながら見送る。彼は自分のことを魔道具職人と話すが、こういう場合に示す態度や考え方はむしろ研究者に近いように呉羽は思う。


 さて、ロロイヤは精力的に魔法陣の改良を行った。そして改良の度に実験を行い、その回数は全部で七回に及んだ。その成果はしっかりと結果に現れている。七度目の実験の際には、魔法陣を発動させてから〈爆裂石〉が爆発するまでに、数秒しかかからないほどになっていた。初回と比べると、およそ十分の一である。ロロイヤにとっても満足の行く結果だったようで、彼は満足げに頷くとこう呟いた。


「まあ、こんなものだな」


 とはいえ、これで彼の仕事が終わったわけではない。「瘴気を集束させる魔法陣」の開発は大よそ目途がついた。次はこの魔法陣のパラメータを反転させ、「浄化エネルギーを拡散する魔法陣」を開発するのだ。


 実際のところ、浄化の効率を上げるだけなら、「瘴気を集束させる魔法陣」だけでも事足りる。つまり、より多くの瘴気を集めることで浄化の効率を上げるのだ。しかし「瘴気を集束させる魔法陣」はカムイの新しい装備に組み込むことになっている。


 ユニークスキルにあわせて作るオーダーメイド品に、同じ術式を流用するなどロロイヤの沽券に関わる。いや、彼は自分の沽券など気にはしない。ただこんな面白い仕事をしているのに、わざわざ肝心な部分で手抜きをしていては意味がないではないか。ロロイヤはそう考える職人だった。


 自らの信念、あるいは欲望を貫き、ロロイヤは「浄化エネルギーを拡散する魔法陣」を開発した。もちろん最初は試作品扱いであり、実験による検証が行われた。ただ彼は浄化エネルギーを発生させられないのでリムの協力が求められた。


「いつも通り杖に浄化の力を込めてくれ。魔法陣の展開はコッチでする。いつもと感覚が違うようならそれも教えてくれ」


 少し硬い顔をしたリムが頷くのを見てから、ロロイヤは実験を始めた。彼はリムが構えた杖に、その柄が中心にくるようにして魔法陣を展開する。彼が一つ頷いて合図を送ると、リムは【浄化】を発動させてその力を杖に込めていく。


「成功……、ですか……?」


 実験を見物していた呉羽が首をかしげながらそう尋ねた。確かに杖に込められた浄化の力が拡散している、ように見える。ただ「そんな感じがする」というだけで、「拡散している」と断言することはできない。もしかしたら先入観と言うか、事前情報があるためにそう見えているだけかもしれなかった。


「ふむ……。リム、もういいぞ。一旦止めてくれ」


 そう言ってロロイヤは実験を中断した。そしておもむろにシステムメニューを開き、ポイント獲得のログを確認する。その最新の項目にはこう書かれていた。


【瘴気を浄化した!(1/2) 319Pt】


「くっくっくっく……!」


 ログを見て、ロロイヤは喉の奥を鳴らすようにして笑った。口の端を吊り上げ、凶暴な笑みを浮かべるその顔は、控え目に言って狂気垂れ流しである。逃げ出してきたリムを、呉羽は必要ないとは思いつつも庇うようにして抱きしめた。


 ロロイヤ自身が一番良く承知していることだが、彼が展開していた魔法陣に瘴気を浄化する能力などない。しかし彼のログには確かに「瘴気を浄化した!」と記されている。そして「1/2」。このログを見れば、先ほどの実験がシステム的にどう解釈されたのかを推測するのは簡単だった。


 つまり「リムとロロイヤの二人が協力して瘴気を浄化した」とシステムに認定されたので、このようなログになったのだ。そしてロロイヤが展開していたのは「浄化エネルギーを拡散する魔法陣」である。この魔法陣が上手く働かなければ、二人が協力したことにはならない。


 だから逆算的に言って、システムに認定されたということは、浄化エネルギーが多少なりとも拡散されたということに他ならない。魔法陣は確かに狙ったとおりの効果を発揮したのである。実験は成功だった。


「最初の一歩、いや半歩といったところか。やれやれ、先は長い……」


 最高に凶悪な笑みを浮かべながら、ロロイヤはそう嘯いた。彼はこの仕事が楽しくて仕方がないらしい。


(だったらもう少しくらい楽しそうにすればいいのに……)


 呉羽などはそう思う。先ほどの彼の表情は、どう言い繕っても獲物を見つけた肉食獣のそれだ。物騒で仕方がない。呉羽は自分が今のところその“獲物”にされずにすんでいることを感謝するのだった。


 さて、肝心の「浄化エネルギーを拡散する魔法陣」だが、ロロイヤが納得する出来になるまで幾分時間がかかった。実験は実に十七回に及び、一回ごと進展の具合は(少なくとも呉羽の目には)微々たるものだった。しかしそれでもロロイヤは楽しげに術式の開発を続けたのである。


 実験を繰り返す中で、術式とは直接関係はないものの、重要な事実も判明した。今ロロイヤが開発している術式、というか魔道具はリムのユニークスキル【浄化】に合わせて設計されたオーダーメイド品である。しかし今のままでは、彼女はこの魔道具が使えないことが分かったのだ。


 どういうことかと言うと、リムは【浄化】の能力を使いながら、同時に魔道具を使うことが出来なかったのである。具体的に言うと【浄化】を発動させた場合、彼女の魔力は全て浄化エネルギーに変換されてしまうのだ。つまり魔道具に込める分の魔力を確保できないのである。駆動させるための魔力を込められなければ、どんなに優秀な魔道具であっても役に立たない。魔道具の出来以前の問題だった。


「ふむ……。まあ、何とかしよう」


 ただ、ロロイヤは取り乱した様子もなく淡々とそう請け負った。その貫禄はさすがに熟練の魔道具職人である。そして実際、何とかしてしまったのだ。


「できたぞ。銘は〈アクシル〉だ」


 そう言ってロロイヤはリムに完成した魔道具を差し出した。小さな筒状の魔道具で、色は真鍮色。表面には幾重にも幾何学模様が刻まれている。ロロイヤはその魔道具をリムの杖の柄に通すと、二本の細いチェーンで宙吊りにする形で留めた。


「さて、では実験だ。ああ、特別なことをする必要はないぞ。いつも通りに【浄化】の能力を使い、その力を杖に込めてくれ」


 それで〈アクシル〉も駆動するはずだ、とロロイヤは言った。リムは神妙な顔をして頷くと、言われたとおりユニークスキルを発動しその力を杖にこめる。たちまち、彼女の周囲で光がゆるやかに舞った。


 光は全て浄化の力である。瘴気に触れると一瞬だけ白く輝き、そして消えていく。〈アクシル〉によって拡散された光がリムの周囲で白く輝きそして消えていくその様子は、とても幻想的でまるで舞台でも見ているかのようだった。


「すごい……。でも、どうやって……? リムさんは能力と魔力を併用できないのに……」


「ああ、それはな。周囲の〈マナ〉を利用しているんだ」


 アストールの呟きに、ロロイヤは少し得意げな口調でそう答えた。アストールが言ったとおり、リムは能力を使いながら魔道具に魔力をこめることができない。となれば、外部から魔道具にエネルギーを供給してやるしかない。そこでロロイヤが目を付けたのがマナだった。リムが瘴気を浄化すれば、同時にマナが発生する。彼はこれを利用することを考えたのである。要するに、今〈アクシル〉は周囲のマナを取り込んで駆動しているのだ。


 マナを利用するため〈アクシル〉に組み込んだのは、以前に開発した「周囲に存在する魔力を取り込む魔法陣」である。ただそのまま流用したわけではなく、これをベースにしつつさらに遺跡の魔法陣を参考にして改良を加えたものを使用している。余談だが、遺跡の魔法陣についてロロイヤが一目でかなりのところまで見抜けたのは、以前に似たような術式を彼自身が開発していたからだ。


「魔力を想定した術式、なのですか?」


「まあ本来は、な。とはいえさすが『世界にとって有用なエネルギー』だ。問題なく駆動している」


「まさか……、ぶっつけ本番で?」


「それこそまさかだ。実験くらいしたさ」


 そう言って苦笑すると、ロロイヤはリムに「もういいぞ」と声をかけた。実験を終えて戻ってきたリムの顔には興奮の色が浮かんでいる。どうやら彼女も何か手応えを感じたらしい。そんな彼女にロロイヤは感想を尋ねた。


「どうだった?」


「すごく能力が使いやすかったです。なんだか、スルスルと力が出て行くみたいで……」


「ふむ、術式だけで実験した時も似たようなことを言っていたな。その時と比べてどうだ?」


「えっと……、今の方が使いやすいです」


 少し考えてからリムははっきりとそう答えた。それを聞いてロロイヤは「なるほど」と言って頷く。それから「筒状にしたのがよかったかのかもしれんな」と小さく呟いてから、もう一度リムの方に視線を戻した。


「〈アクシル〉は預けておく。何か面白い使い方でも考えてみてくれ。気付いたことがあったら報告を頼む」


 そういい残すと、ロロイヤはさっさと身を翻した。その背中をアストールら三人は若干呆れた顔で見送る。それから三人で顔を見合わせて苦笑した。


 ロロイヤに言われたからというわけではないが、その後リムは〈アクシル〉の扱いになれるため、その使い方について試行錯誤を繰り返した。その際、呉羽にも相談してみたのだが、彼女は少し考え込んでからこう提案した。


「逆のことをしてみたらどうだろう?」


 つまり浄化エネルギーを拡散するのではなく、逆に溜め込むのだ。そしてそれを一気に解放する。その際、全方向に解放するのではなく、指向性を持たせることができたら、モンスターに対する中・遠距離からの攻撃手段になるのではないか。呉羽はそう考えたのである。


 とはいえ、これは単なる思いつきでもあった。しかしその思い付きを、なんとリムは会得してしまったのである。


「むむぅ……!」


 眉間にシワを寄せながら、リムは杖に浄化の力を込める。〈アクシル〉がなければ簡単なのだが、拡散させようとする力に逆らって力を溜め込むのは難儀だ。しかしこれができるようになれば、モンスター限定とはいえ中・遠距離の攻撃手段が得られる。リムもまた戦えるようになるのだ。


(わたしだって……!)


 守られるだけなのは、もうイヤだ。その想いを強く持ちながら、リムは杖に浄化の力を溜め続ける。


(戦えるんだからぁ!)


 心の中でそう叫びながら、リムは溜め込んだ浄化の力を解放する。その瞬間、光の奔流が勢いよくあふれ出した。溜め込んだ浄化の力が〈アクシル〉によって拡散されているのだ。しかも指向性を持って。


 傍で見ていた呉羽の話によると、それは消防隊の放水のようだったという。ただし放たれているのは水ではなく浄化の力だ。黄金色の光が勢いよく噴出するその様子は、まるでゲームかアニメにでも出てきそうな光景だった。


 もちろん、モンスターへの効果は抜群だ。実験の中、リムはなんと三体のモンスターをまとめて吹き飛ばしている。しかも浄化の力はプレイヤーには無害。だからフレンドリーファイアを気にすることなく、後ろから好きなだけ攻撃することができるのだ。


 後に〈セイクリッドバスター〉と名付けられる、リムの得意技の誕生だった。



 ― ‡ ―



「あ~はっはっはっはっは!」


 カムイは爆笑していた。アストールから〈アクシル〉にまつわる話を聞いていたのだが、〈セイクリッドバスター〉のくだりがツボにはまったのだ。まさかそんな使い方をするなんて、全く予想外だった。言うまでもなく呉羽の影響なのだろうが、リムもなかなか戦闘脳である。


「ちょ……! カムイ、笑ってないで前向いてちゃんと運転して!?」


 助手席でカレンが悲鳴を上げる。カムイが爆笑しているせいなのか、それとも悪路を疾駆させているからなのか、車はガタンガタンと良く揺れた。これだけ揺れても酔って気持ち悪くならないのはプレイヤーの高い身体能力のおかげかもしれない。


「むぅ……、笑うなんてヒドイです、カムイさん!」


 後ろに座るリムがそう文句を言う。車に乗ってこの悪路を走るのが初めてではないからなのか、彼女の様子にはまだまだ余裕があった。バックミラーで見てみると、可愛らしく頬を膨らませている。


「悪い悪い。馬鹿にしているわけじゃないんだ。むしろ、凄いと思ってるよ。うん、リムは凄い」


「もう、知りません」


 すっかり拗ねてしまったリムがツンッとそっぽを向いた。けれどもそれが照れ隠しであることは一目瞭然である。


「ところでリム。中・遠距離は〈セイクリッドバスター〉で良いとして、近距離用に釘バットなんてどうだ?」


「絶対イヤですっ!」


 リムが目を吊り上げて即答する。どうやら本気でイヤらしい。これも一目瞭然だった。


 さてそんなこんなで車を走らせることギリギリ一時間。カムイたちは海辺の拠点の外れにある、浄化樹の植樹林に到着した。そこにすでにイスメルと呉羽が到着していて、四人の姿を見つけた呉羽が駆け寄ってくる。彼女の表情は明るい。どうやら空の旅を満喫したようだ。


「やあ。遅かった、わけでもないか」


 二人は【ペルセス】で先行したのだという。アーキッドらは後から来るので、先にスーシャとシグルドのところへ行くといい、と呉羽が伝言を預かっていた。


「それはいいとして、イスメルさんは?」


「イスメルさんは……」


 カムイの問い掛けに、呉羽は言葉を濁して苦笑を浮かべた。それで全てを察したのだろう。カレンが盛大に頬を引き攣らせる。そして彼女は肩を怒らせながら浄化樹の植樹林に突撃した。


「ほら、師匠! 行きますよっ! 赤ちゃん見に来たんじゃないんですか!?」


「いえわたしは浄化樹に癒されに……!? あ、こら、カレン! 足を引っ張るのはやめなさい!?」


 いついかなるときも平常運転の二人である。


 カレンがイスメルの足を掴んで引きずって来たところで、カムイらはさっそく拠点にいるスーシャとシグルドのところへ向かった。


「あ、カレンちゃん! イスメルさんも!」


 海辺の拠点に来る際にお世話になった二人の姿を見て、スーシャが歓声を上げた。彼女は腕に赤ん坊を抱いている。見たところ母子共に健康そうで、カレンはひとまず胸を撫で下ろした。


「わぁあ……! かわいい……」


 抱っこされた赤ん坊の顔を覗き込んで、カレンは歓声を上げた。呉羽もにこにこしているし、リムも顔を輝かせている。そんな三人に覗き込まれた赤ん坊は、しかし泣きだすこともなく、むしろ「きゃっきゃっ」と声を上げて喜んだ。肝が据わっているというよりは、たぶん人見知りをしない子供なのだろう。


「抱っこしてみる?」


 スーシャにそう勧められたので、カレンはおっかなびっくりしながら赤ん坊を腕に抱いた。意外と重い、気がする。でもそれはきっと体重とかの話じゃなくて、命の重さだ。カレンはそう思った。


「えっと、男の子ですか、女の子ですか?」


「女の子よ。名前は〈Canaan(カナン)〉」


――――カナン。すなわち〈約束の地(カナン)〉。


 この世界は果して約束の地となりえるのだろうか。現状は最悪、見通しは真っ暗だ。しかしそれでも、新しい命は生まれる。


 希望と言うにはあまりにも小さい。だがこの小さな命は、この世界の力強さそのものであるようにカムイには思えた。



 幕間 約束の地 ―完―


というわけで。


幕間「約束の地」いかがでしたでしょうか?

なんだかロロイヤの開発日記みたいになっちゃいましたね(笑)


次の話ではちょっとゲームらしくなるかも?

お楽しみに。

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[一言] 作中で約一年が経過したわけか、浄化樹の本気はこれからだ! 主人公たちはひたすらポイントを稼いで、全部浄化樹にしてしまうのが長期的に最も効率が良い気もするのだけど。 まあデスゲームであることを…
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