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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
Go West! Go East!

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63/127

幕間 約束の地1

一周年です。


一年間お付き合いいただき、ありがとうございます。

次の一年もまたどうぞよろしくお願いします。



 白い嵐が吹き荒れる。まるで吹雪のようだな、とイスメルは出身世界で見た光景を思い出してそう思った。


 もちろん、実際には雪ではない。白夜叉のオーラである。白夜叉のオーラでできていた樹が解け、そのオーラが霧散しているのだ。その様子を見て、イスメルはカムイが意識を取り戻したことを直感した。どうやらカレンと呉羽は上手くやったらしい。


「なんだ。もうおしまいか」


 隣から残念そうな声が響く。声のした方に視線を向ければ、そこにはつまらなそうな顔をしたロロイヤがいた。今回の事故の原因は、十中八九彼が行った〈オドの実〉の改良(あるいは改造)にあるはずなのだが、何ら責任を感じたようには見られない。その様子にイスメルは内心で嘆息し、一応釘を刺しておくことにした。


「少しは自重した方がよろしいのではありませんか?」


「ワシのような職人が自重なんぞしてどうなる。技術の進歩が遅れるだけだ。そもそも、自重するような輩なら最初からここには来ないだろうさ。お前さんだって、植物が絡めば自重なんぞしないだろう?」


「む……」


 ロロイヤの主張に「そうかも」と思ってしまったイスメルは、それでものの見事に反論を封じられた。そして彼女をやり込めたロロイヤは、楽しげな表情のままカムイら三人のところへ向かう。その背中を見送ったイスメルの隣に、今度はミラルダが寄ってきて彼女にこう声をかけた。


「先ほどのクレハの、〈雷樹・絶界〉であったか。あれをどう見る?」


「私への対策、でしょうね」


 ことも無さそうにイスメルはそう答えた。それを聞くとミラルダも「そうであろうな」と呟いて一つ頷き、それからさらにこう尋ねた。


「それでどう対処するつもりなのじゃ?」


「……距離を取って〈伸閃〉で迎撃、ですね。少なくとも、あの間合いに入りたくはありません」


 少し考えてからイスメルはそう答えた。雷を切り捨てるだけなら、彼女にとっては造作もない。実際、過去には呉羽の〈雷刃・建御雷〉も切り捨てている。しかし〈雷樹・絶界〉の場合、雷は絶え間なく発生し続けているので斬っても斬ってもきりがない。そういう意味で、イスメルにとって相性の悪い技と言えた。


 アレは入り込んだもの全てを焼き尽くす雷の結界である。あそこに踏み込むのは自殺行為だ。自分の手には余る、ということをイスメルは簡単に認めた。呉羽と立会い稽古をしたのは一度だけだが、なかなか的確な研究である。


「くっくっくっく……。後でクレハにそう言ってやるがよい。喜ぶであろうよ」


「わざわざ言う必要もないでしょう。近々一緒に稽古をする機会もあるはず。その時に使ってくるはずですから、勝手に気付けばよいのです」


 それに相性が悪いとは言え、それは〈雷樹・絶界〉の間合い内においての話だ。先ほどイスメル自身が言ったように、距離を取って〈伸閃〉で迎撃すれば対処は難しくない。言ってみればあの技はいわば全力疾走なのだ。爆発力はすさまじいが、すぐに息切れしてしまう。


 確かに強力だが、まだまだ荒削りで欠点も多い。それがイスメルの評価だ。この程度で満足してもらうわけにはいかない。褒めて伸ばすのも一つの方法だが、呉羽の場合は有無を言わさずに破って見せた方がいいだろう。その方があの娘の反骨心を刺激するはずである。


「ふふ……、すっかり師匠気取りじゃのう?」


「……そんなことはありません」


 そう答えると、イスメルはごく自然にそっぽを向いた。しかし甘い。ミラルダからすれば照れているのは一目瞭然である。これがカレンなら茶化して抱きしめてやるのだが、イスメル相手ではそういうわけにもいなかい。それでミラルダは扇で口元を隠し、意味ありげな流し目を送るに留めるのだった。


 さて、カムイのところへ向かったロロイヤだが、あと数メートルというところで足を止めざるを得なくなった。怒気をはらんだ呉羽とカレンの視線に射抜かれたのだ。これはもう牽制と言うよりは威嚇である。


 ロロイヤは「やれやれ」と思いつつ、苦笑して肩をすくめた。とはいえこの程度でへこたれるようなまともな精神など、彼は持ち合わせていない。それで足は止めたものの、彼は反省の欠片もない、というよりはなから悪いとさえ思っていない声音で、カムイにこう声をかけた。


「大成功だな、少年」


「大失敗ですよ……!」


 ゆっくりと立ち上がりながら、カムイはそう応えた。自然と視線は鋭く、そして声の調子はきつくなる。しかしロロイヤに相変わらず悪びれた様子はなく、それがさすがに彼を苛立たせた。


「とりあえず、謝罪の一つでも欲しいところなんですけど?」


 これが日本なら謝罪会見モノであろう。土下座の文化は伊達じゃないのだ。しかしあいにくロロイヤはその文化に馴染みがなく、さらに言えば倫理観も日本のそれとはかけ離れている。なお元の世界においても彼はまともとはかけ離れた存在であったことを、その世界の人々の名誉のために記しておく。


「礼なら言ってもいいがな。いやはや、素晴らしい実験だった」


 深い笑みを浮かべてそう話すロロイヤに、さすがにカムイもイライラが溜まる。そのせいか、思わず彼はこう怒鳴った。


「どこがだよ……!? コッチは危うく死にかけたんだぞ!?」


「いやいや、あの様子なら死ぬことはあるまい。シャシンとやらを撮っておいたのだ。見てみるか?」


 ロロイヤはそう言って大真面目に反論すると、カムイの返事も待たずにシステムメニューからアルバムを開き、先ほど撮ったばかりの写真をホログラムのように表示させた。彼のペースに乗せられるのは癪だったが、しかし実験中のことをカムイはほとんど覚えていない。それで自分がどんな状態だったのかは確認したいと思い、努めて怒りを押し殺してロロイヤが表示した写真に意識を向けた。


「これは……、樹……?」


「どうだ、美しいだろう?」


 美しいというよりは幻想的だな、とカムイはどこか他人事のように思った。写真の中では、白夜叉のオーラでできた樹が大小合わせ無数に生えている。その光景には現実感がなく、良くできたCGのような気さえした。自分がその中心にいるという実感がわいてこないのだ。


「この、一番大きな樹の中にお前さんが取り込まれている。周囲とあわせて樹の成長は続いていたから、エネルギーの吸収は続いていたはず。そしてこの場合、吸収しているエネルギーはオドとやらだ。オドは純粋な生命力。それを吸収しているのだから、死ぬことはありえんだろう。ともすれば、永遠に生きられたかも知れんぞ?」


「こんな植物状態じゃ、永遠に生きたって意味ないだろ……!」


「まあ、そうだな。それよりここを見てみろ。わずかに土が盛り上がっている。根を張っている証拠だ。つまり地中の瘴気までも吸収しているということだな。うまく使えば、これまでとは比べ物にならない量のエネルギーを扱うことができるぞ」


「それは……、そうかもしれないけど……!」


「より重要なこととして、これは新たな可能性だ。少年は今まで、地中の瘴気には手が出せなかったのだろう? ということは今回、その壁を越えたということだ。〈オドの実〉、それもワシが術式を刻印した〈オドの実〉なしでは無理だったんじゃないのか?」


「そ、それは……。いや、でも……!」


「ユニークスキルと装備で相乗効果を狙う。それはつまり、装備品でユニークスキルの能力を拡張するということだ。実に良い目の付け所だな。ワシ向きの発想でもある。そして今回、まさしくそれを達成したわけだ。その成果については、客観的かつ正当に評価してもらいたいところだな」


「……っ」


「それとこれはまた実験する必要があるが、恐らくは水中に含まれる瘴気も吸収が可能だな。海辺の拠点では実際に、汚染された地下水をくみ上げて水やりをしているわけだしな。それに〈オドの実〉もまだまだ使いこなせているとはいい難い。どこまで先があるのか、楽しみにならないか、少年?」


 饒舌に語るロロイヤに、カムイは押されっぱなしだ。なまじ彼の言うことも分かってしまうから性質が悪い。しかし感情的には納得できず、彼の顔面は引き攣って面白いことになっていた。


「今回の実験は実に有意義だった。予想を裏切られたよ。こんなに愉快な気分になったのは、一体何年ぶりだろうなぁ……。無論、礼はさせてもらうぞ。なに、気にするな。ワシの気持ちだ」


 それを聞いてカムイはますます顔を引き攣らせた。爆弾でも送りつけられるのだろうか。それでもマシな気がする。〈オドの実〉に自爆機能を追加されても驚かない。いや、ロロイヤはきっとこっちの予想なんて軽く越えてくる。


「いや、結構……」


「期待しておけ」


 カムイは断ろうとしたのだが、ロロイヤが言葉を被せてそれを遮った。いや、彼に遮ったという意識はないのだろう。ようするに人の話を聞いていないのだ。その証拠に、彼の顔には実に物騒な笑みが浮かんでいる。あれはこれから獲物を喰らわんとする肉食獣の笑みだ。彼はもうすでに“礼”とやらの中身を考え始めているに違いない。


 喋るだけ喋ってさっさと【HOME(ホーム)】へ向かうロロイヤの背中を、カムイは半ば呆然として見送る。彼の中で渦巻いていた怒りや不満は、今は見事に沈静化していた。というか、「次はなにをしでかされるのか」という不安で塗りつぶされた、と言った方が正しいかもしれない。


 オロオロする彼の両肩に、呉羽とカレンがそれぞれ宥めるように手を置く。二人ともなぜか悟りきった顔をしている。つまりは「諦めろ」ということで、カムイはがっくりとうな垂れるのだった。



 ― ‡ ―



 カムイが〈オドの実〉の実験で散々な目にあったその日の夜。呉羽にガーベラから、そしてミラルダにスーシャからそれぞれメッセージが届いた。二人の性格がよく現れている文面は当然異なっていたが、書かれている内容は基本的に同じだ。


 曰く「スーシャの子供が生まれた。良かったら、見に来ないか?」


 たちまち歓声が上がり、「ぜひ行こう」という結論が出るのにそう時間はかからなかった。そして次の日、朝食を食べ終えると、カムイらは早速海辺の拠点に向かって出発したのである。ちなみにロロイヤは行かないと昨晩から明言していた。


「ワシは行かんぞ。興味がないからな。それよりも仕事がある」


 そう言ってロロイヤは【悠久なる狭間の庵】に篭ってしまった。カムイに礼(断じて詫びではない)として渡す魔道具の作成に取り掛かるのだという。それを聞いたカムイは「安全第一で! 控えめに!」と要望したのだが、ロロイヤは「期待しておけ」というばかりで全く自重する気がない。自信満々な様子のロロイヤに対し、カムイはどうにも不安を覚えずにはいられなかった。


 まあそれはそれとして。カムイたちは魔道具〈スカイウォーカー〉を使って川を越えた。以前はイスメルの【ペルセス】に乗せてもらったのだが、そうやって一人ずつ運ぶよりもこちらの方がずっと早い。ただ、空を駆ける機会を逃した呉羽はそれをずいぶん残念がっていた。


〈スカイウォーカー〉を使って川の上空を歩いていたとき、カムイは遺跡の対岸で川から現れるワニ型のモンスターを狩るプレイヤーの一団を見つけた。数はそう多くない。数えてみると十一人だ。パーティー換算で二つ分ほどであり、実際彼らの戦い方を見ていると五人と六人に別れているようだった。


「トールさん、あの人たちは……?」


「ああ、あの人たちは海辺の拠点から、なんと言いますか……、出稼ぎに来たパーティーです」


 カムイの問い掛けにアストールはそう答えた。島に取り残されたプレイヤー、およそ三十名を合流させたことで、海辺の拠点の人数は一五〇名を越えるまでに膨らんだ。人数が増えることは戦力が増えることに繋がる。それ自体は歓迎すべきことだ。しかし同時に膨れ上がった人数は、一人当たりの利ザヤを減らしてしまっていた。


 要するに海辺の拠点は戦力が飽和してしまったのです、とアストールは話す。この場合、どれほどの戦力が必要となるかを計る指標となるのは、言うまでもなく〈侵攻〉だ。つまり人数が増えたことで、海辺の拠点のプレイヤーたちは〈侵攻〉で十分なポイントを稼げなくなってしまったのである。


 取りこぼしがほとんどなくなったことは喜ばしい。しかし十分なポイントを稼げなければ当然不満が溜まる。そしてその傾向は、最初から海辺の拠点にいたプレイヤーたちほど強かった。


 その状況を、海辺の拠点のまとめ役であるロナンは危惧した。拠点の中で対立が起こり、それが防衛線の崩壊に繋がることを恐れたのだ。そして打開策として目を付けたのが、アストールらから聞いていた遺跡の傍を流れるこの川だったのである。


 この川は瘴気濃度が非常に高い。そしてそのためか、プレイヤーが近づくと〈侵攻〉が起こり次から次へとモンスターが現れる。見方を変えれば、稼ぎ放題といえた。しかも都合のいいことに、川から距離を取れば〈侵攻〉はすぐに収まる。


 ロナンは拠点にいるプレイヤーに事情を話し、川へ向かうパーティーを募集した。川へ向かえば、十分な戦力が揃っている拠点からは離れることになる。それでプレイヤーたちの反応は芳しいとはいえなかったが、しかしそれでも二パーティーの十一人が手を上げてくれた。


 川へ向かえばおよそ三日に一度の〈侵攻〉を待つ必要がなく、好きなだけポイントを稼げるのだ。ハイリスクではあるがハイリターン。彼らはそう判断したのである。そしてどうやら今のところ、その判断は間違っていなかったらしい。拠点にいたとき以上に稼いでいるようだ、とアストールは話す。


「なかなか逞しいな」


 アストールの話を聞いていたアーキッドは、そんなふうに感想を口にした。彼の口調は楽しげだ。そしてカムイも頷いてそれに同意する。数が揃っている拠点にいた方が、この世界でより確実に生き残れるのは自明だ。それなのにあえてリスクをとるとは。


 ただ、拠点から離れるとは言っても徒歩で三日程度の距離だ。気軽にとはいえないが、帰ろうと思えばいつでも帰れる。加えて近くの遺跡にはアストールらもいたから、いざという時には彼らに頼ることも可能だ。そういう要素も十一人の決断を後押ししたに違いない。


 さてカムイたちが遺跡の対岸に到着すると、河辺で戦っていたプレイヤーたちが彼らのもとによって来る。彼らが川を越えてくるのは見えていたので、何事かと話を聞きにきたのだ。アストールがそんな彼らに事情を説明し、さらに情報交換も行う。さらにアーキッドは【Prime(プレイム)Loan(ローン)】で商売もしていたが、まあこれは余談だ。


 情報交換は二十分ほどで終わり、プレイヤーたちはまた河辺に戻っていく。その背中を見送ってから、カムイたちは海辺の拠点に向かって出発した。とは言っても、素直に歩き出すわけではない。それどころかアストールはまず真っ先にシステムメニューの画面を開き、そこからアイテムショップへと進んだ。


「さあレンタカーを購入しましょう、そうしましょう」


 そういうが早いか、アストールはさっさとレンタカーを購入した。かなり高額なはずなのだが、彼に躊躇いはない。どうやら是が非でも走りたくないようだ。必死な彼の様子はちょっと滑稽で、カムイは小さく吹き出してしまった。


 なんにしても、購入したレンタカーを使わない手はない。短い話し合いの末、レンタカーを運転するのはカムイと言うことになった。同乗するのはアストールとリムとカレンである。ぜひまた空を駆けたいと呉羽が希望したので、カレンと席を交代した形だ。アーキッドとキキはいつも通り〈獣化〉したミラルダの背に乗っている。


「それじゃあ、お先に」


 車に乗り込みシートベルトを締めると、カムイはアーキッドらにそう声をかけてからアクセルを踏み込んだ。荒っぽい運転に、助手席に座ったカレンが文句を言う。それをカムイは「揺れるのは道が悪いからだ」と言って受け流した。ただ、その言い分は半分正しいがもう半分は間違いだ。ガーベラなら悪路でももっと上手に運転してみせるに違いないのだから。


「……アストールさんたちは、この三ヶ月くらいは何をしていたんですか?」


 車を走らせ始めてから少しすると、カレンがアストールにそう尋ねた。彼は「そうですねぇ……」と呟くと、少し困ったような顔をして考え込む。そしてこう答えた。


「まあ、いろいろ、ですね。海辺の拠点から先ほどの方たちが来たりもしましたし、結構濃い時間でしたよ」


「呉羽のアレ、凄かったですけど、やっぱりこの三ヶ月で身につけたんですよね?」


 カレンの言う“呉羽のアレ”とは〈雷樹・絶界〉のことである。自らの周囲に絶えず雷を発生させるあの技は、まさに絶技と呼ぶに相応しい。カレンはこれまでに様々なプレイヤーとユニークスキルを見てきたが、それらと比べても〈雷樹・絶界〉には最高クラスの迫力があった。


「ええ、そうですね。どうやらカムイ君に負けて発奮したようですよ?」


「丸焼きはカンベンして欲しいなぁ……」


 ハンドルを握りながら、カムイは苦笑気味にそうこぼした。ただそうは言いつつも、彼は呉羽が稽古で自分に対してあの技を使ってくるとは思っていない。〈雷刃・建御雷〉ですら躊躇していたくらいだし、なにより呉羽の方がまだまだ圧倒的に強いのだ。ようするに使う必要がない。むしろ〈雷樹・絶界〉はイスメルを想定したものであろうと彼は思っていた。


「……それにしても、雷樹だっけ? あんなの良く知ってたよな」


「百科事典を読んでいましたから、そこから得た知識かもしれませんね」


 そう言ってアストールは呉羽が〈雷樹・絶界〉を編み出すまでのいきさつを語り始めた。



 ― ‡ ―



 カムイたちが遺跡を旅立ってから三日目のこと。呉羽は遺跡の外の荒野で愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を振るっていた。時折現れるモンスターを切り捨ててポイントを稼いではいるが、それが本来の目的ではない。ようするに個人鍛錬だった。


(負けた、なぁ……)


 思い返すのは、数日前、初めて稽古でカムイに負けたときのことである。もちろん悔しくはあるのだが、それ以上に強く感じるのはある種の感慨だ。「よくぞここまで」という、まるで弟弟子を見守る姉弟子のような心地だった。


 思えば、カムイとの稽古を始めたのは、まだ二人だけで孤立していたころのことである。ケンカすらろくにしたことがないと言う彼は、道場で剣術を学んでいた呉羽からするとどうしようもなく素人臭かった。当然、実力もそれ相応である。そこから呉羽に勝てるところまで成長したのだ。


 育て上げた、というのは語弊がある。むしろ勝手に強くなったと言うべきだろう。それでも呉羽が最も尽力し、また一番近くで見てきたことは事実だ。達成感や満足感を覚えるのは、決して間違っていないはずだ。


 そういう感慨を覚える一方で、呉羽は背中を強く押されたようにも感じていた。カムイは成長し強くなった。それはいい。では翻って、彼女自身はどうか。


 無論、呉羽だってカムイと同じく成長し強くなっている。しかしということは、他のプレイヤーたちもまた、二人と同じように成長しているということだ。カムイの成長を見てきた呉羽は、最近になってふとそんな当たり前のことを強く意識するようになった。


 もちろん、その度合いや方向性は様々だろう。しかしながら彼らは皆、前へ進んでいる。いやむしろ、前へ進まない者はこの世界では生きていけないのだ。このデスゲームはどん底から始まった。そのどん底から這い上がるためには、前へ進み続けなければならないのである。


(前へ……)


 前へ進まなければならない。カムイに負け、旅立つ彼を見送ってからは特にそう思う。しかしながら呉羽は焦ってはいなかった。むしろ落ち着いていて、この機会にもう一度自分を見つめなおそうと思っていた。


 こうして愛刀を振るっているのもその一環である。基本へ立ち返って型を丁寧に、そして何度も繰り返す。身体の隅々まで神経を張り詰め、理想の動きをただひたすらなぞっていく。そうしていると不思議なもので、次々と新たなものが見えてくる。「基礎こそ万事」とはよく言うが、その言葉の意味をようやく少しくらいは理解できたような気がした。


 見つめなおしているのは剣術だけではない。むしろそれは取っ掛かりに過ぎないと言うべきだろう。本命はこの世界で生きていくための力、すなわちユニークスキルだ。


 呉羽のユニークスキルは愛刀【草薙剣/天叢雲剣】そのものである。その能力は【草薙を名乗らば地を支配し、天叢雲を名乗らば天を支配す】というもの。そして今までに〈風〉と〈土〉の属性が強く関わっていることが分かっている。


 確かに、これまでに呉羽が編み出した剣技は、風や土を操るものが多い。しかしそれだけではない。〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉と言った、雷を放つ技もまた彼女は編み出してきた。


 呉羽は当初これらの技について、ユニークスキルとは直接関係のないのもだと思っていた。つまり彼女が操っているのはあくまでも風であり、摩擦を起こして電荷を発生させ、それによって雷という自然現象を間接的に引き起こしている、と思っていたのだ。


 しかし改めて考えてみれば、不自然な部分がある。自分で発生させたとはいえ、雷が自然現象であるというのなら、なぜ呉羽はそれをある程度とはいえ操ることができているのか。さらに言えば、なぜその雷に彼女自身が撃たれて感電しないのか。


(【草薙剣/天叢雲剣】の力で、直接雷を発生させているわけじゃない。それは確かなんだ)


 その確信が、呉羽にはある。だいいち、彼女は直接雷を発生させて放つことはできなかったのだ。それでにわか知識ではあったものの、実際に自然界で雷が発生するメカニズムを応用して〈雷刃・建御雷〉などの技を編み出したのである。つまりあの雷は自然界で発生するのと同じ本物の雷ということだ。


 そこまで考えて呉羽はハッとした。そもそも自然界において雷はどこで発生するのか。言うまでもない。空、つまり天だ。そして【草薙剣/天叢雲剣】、特に【天叢雲剣】には天を支配する能力がある。


「つまりわたしのユニークスキルは、単純に風や土を操るだけの能力ではない……?」


 むしろそれらは付加的なものに過ぎないのかもしれない。呉羽はそう思い始めた。では彼女のユニークスキルの、【草薙剣/天叢雲剣】の真髄はどこにあるのか。


(地を、そして天を支配する能力……)


 それが【草薙剣/天叢雲剣】の能力だ。では「支配する」とはどういうことか。それはつまり、そこで起こる事象を制御するということに他ならない。それこそが【草薙剣/天叢雲剣】の真髄であると呉羽は直感した。


 直感すると同時に、呉羽は怖くもなった。なんという大それた能力だろう。人が持つべき力の範疇を逸脱している。これではまるで神ではないか……。


「いや、それこそ大それた妄想だな……」


 そう呟いて呉羽は苦笑を浮かべた。もし神なら、イスメルとの稽古であんな無様な負け方はしないだろう。もっとも、イスメルなら神であろうとも切り捨ててしまいそうな気がするが、それはそれとして。


 呉羽の実感として【草薙剣/天叢雲剣】に世界を御する力などない。というより、ユニークスキルにそれほどの力はないと言うべきだろうか。周りを見渡しても、それほど強力なユニークスキルは見たことがない。ヘルプちゃんも言っていたではないか。「プレイヤーの皆さんに与えられているユニークスキルの容量(キャパ)はみんな一緒ですぅ~、キャハ☆」と。


 そういうわけであるから、【草薙剣/天叢雲剣】が他と比べて突出した力を持っていることはありえない。それで、あくまでも限定されたで範囲で天や地に起こる事象を制御すること。それが【草薙剣/天叢雲剣】の真髄であろう。呉羽はそう結論付けた。


 さて「事象を制御する」ということは、ある現象を任意で引き起こすことができる、と言う意味でもある。だからこそ呉羽は雷を発生させることができたのだ。あくまでも実際のメカニズムを踏襲しなければならなかったのは、呉羽の実力が足りないのか、あるいはそういう仕様なのだろう。


 そこまで考えたところで、呉羽はふと思った。〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉は確かに彼女が全力を傾けて放つ大技である。そしてそれらの技は主に【天叢雲剣】の力を駆使して放たれている。では、【草薙剣】の方はどうだろうか。


 呉羽はこれまでも【草薙剣】を使ってきた。〈土槍・円殺陣〉や〈地走り〉などの技はその代表例と言えだろう。それ以外にも、目立たないが身体強化などにもその力は使われている。カムイのデタラメな動きについていけるのも、この力があればこそだ。


 しかしその一方で、限界まで【草薙剣】の力を振り絞ってみたことはない。そう例えば【天叢雲剣】における〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉のように。考えてみれば、これは勿体無いことだ。なにしろ能力の半分を使いこなせていないと言うことなのだから。


 ここまでくれば、当面の目標は決まったようなものである。つまり「【草薙剣】の力を使いこなす」こと。その方針を定めると、呉羽は一つ頷いてから愛刀を鞘に収めた。そして腰のストレージアイテムからタオルを取り出して汗を拭う。【青龍の外套】の力を使って身体の周囲に吹かせた微弱な風が、火照った体に心地よい。


「さて、と。戻るか」


 完全に汗が引いてから、呉羽はそう呟いて足を遺跡の方へ向けた。その際、【全身クリーニング】を使っておくことを忘れない。汗臭いなんてもってのほか。乙女のエチケットである。


 呉羽たちが今ねぐらとして使っているのは、遺跡の外れにある廃墟の一つである。もともと彼らは堀で囲まれた中央区画にある廃墟を拠点としていたのだが、カムイが一時的にパーティーを抜けたのを機会にこちらへ引っ越したのである。


 理由はいくつかある。最大のものは、やはり瘴気濃度だ。堀に囲まれた中央区画は瘴気濃度が高い。そこで活動するためには、どうしても瘴気耐性の向上薬がないと心もとない。いつゲロ吐くか分からない場所では、おちおち昼寝もできないというわけだ。


 当然、向上薬を買うにはポイントがかかる。カムイがいれば毎日買っても大した問題にはならない。それ以上に稼げるからだ。しかし彼が抜けたからには、そのコストがわりと重く圧し掛かってくる。それで経費節約のために拠点を変えた、というわけだ。当然だが、新しい拠点は水路からも距離があり、中央区画と比べて瘴気濃度は低い。少なくとも日常的に向上薬が必要になることはない。


 加えて、そもそも中央区画に拠点を置いていたのは、魔法陣の調査を行うためだった。中枢部分への出入りがしやすいので、そこを拠点としたのだ。しかしロロイヤの協力もあって、魔法陣の全容はすでに判明している。つまりこれ以上現物を調べる必要はほぼない。それでわざわざ中央区画に拠点を置いておく必要もなくなったのだ。


 まあそれはそれとして。呉羽が拠点に戻ると、リムが笑顔を浮かべて抱きついてきた。そんな彼女に微笑を返して頭を優しく撫でてから、呉羽は愛刀を剣帯から外して壁に立てかける。それからクッションの上に腰掛けると、その隣にリムも並んで座った。ちなみにクッションはちゃんと二人用である。


「トールさんはどうしてるの?」


「ロロイヤさんとお仕事中です」


 そう答えるリムの声は、ちょっぴりご機嫌斜めだ。この頃ロロイヤは遺跡の魔法陣の解析を行っていた。アストールはその手伝いである。そうすることで彼は全く未知だった魔法陣と言う分野についていわば勉強しているのだ。


 ただその反面、リムと過ごす時間は減っていた。それが彼女にはちょっと不満なのだ。もちろんリムは聞き分けのいい子供なので、駄々をこねて困らせたりはしない。とはいえ一人で放っておかれるのも寂しいだろうと思い、呉羽はなるべく一緒にいるようにしているのだった。


「リムちゃんはなにをしていたの?」


「えっと、本を読んでいました。でもちょっと読めないところがあって……」


「辞書は引いてみた?」


「その……、まだ……」


「じゃあ一緒に見てみようか」


 そう言って呉羽はリムと一緒に辞書を引いて単語の読みと意味を調べた。こんなふうにしながら過ごすのが、このところの二人の日課だ。時には計算などを教えてあげることもある。滅びた世界で、それもデスゲームの最中だというのに、ずいぶんと穏やかな時間の過ごし方だ。他のプレイヤーに申し訳ないような気もするが、呉羽はこのかけがえのない時間が結構気に入っていた。


 さて、リムと一緒に過ごしているとはいえ、呉羽も自分のことをしていないわけではない。もちろん刀を振り回すわけにはいかないが、頭を使うことはできる。それで彼女はリムの様子を見守りながら、どうすれば【草薙剣】の力をさらに引き出せるのかを考え始めた。


(【草薙剣】の力は「地を支配する」こと……)


 まずはその基本に立ち返る。ではその力を最大限に発揮する事象はなんであろうか。


(地震、とか……?)


 日本育ちなためか、まず真っ先に思いついたのはソレだった。しかし荒野のど真ん中、地震でモンスターを倒すというのはイメージしにくい。加えてあまりにも無差別すぎて、敵より味方への影響が大きそうだ。今はアイディアだけにしておくべきだろう。


 しかし地震以外となると、なかなかピンとくるものがない。土壁を作って防御したり、石礫を飛ばしてみたり、あるいはゴーレムを作ってみたりと、幾つかアイディアは出てくるのだがどれもいまいちな気がするのだ。


 できないわけではない。ゴーレムの制御も含め、やろうと思えばできるだろう。しかしそれが〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉に匹敵するようには思えない。何と言うか、エネルギーの密度が足りていないのだ。


 その点、確かに雷は優秀だ。膨大なエネルギーを秘めている。自然界でもトップクラスのエネルギー密度であろう。しかしながら、だからこそコレに匹敵するものはそう簡単に思い浮かばない。


(雷、雷かぁ……)


 自分のにわか知識の限界を呉羽はすぐに感じた。それで彼女はアイテムショップから理科や気象に関する百科事典を購入する。その際、見て楽しいようになるべく写真や図解の多いものを選ぶ。ちなみにお値段8,500Pt。地味に高い。


(あとでリムちゃんにも見せてあげよう)


 きっと勉強になるだろう。そう思い、呉羽は一つ頷いた。


 そんなことを考えつつ、呉羽は買ったばかりの百科事典を早速開いた。期待通りに写真や図解が多い。呉羽はあまり理科が好きではなかったのだが、これなら眺めているだけでも結構楽しそうである。


(……っと、いけない、いけない)


 ついダラダラとページをめくりそうになったが、呉羽は目的を思い返して一度百科事典を閉じた。そして表紙を開いて目次に目を通していく。ちょうど雷の項目があったので、ページを確認してからそこを開いた。


 とりあえず、まずは簡単に読み流す。そうしているうちに、雷には雲から地面に向かって降るものと、逆に地面から雲へ向かって昇るものがあるらしいことが分かった。雷は上から下へ落ちるものだと思っていたので、これは新しい発見だ。


 そうしているうちに「雷樹」という単語が呉羽の目に入った。地面から立ち昇る雷で、写真を見るとなるほど確かにその様子は樹のようにも見える。「雷樹」とはよく言ったものだな、と呉羽は感心した。


 感心すると同時に、「これだ!」という確信が生まれた。そしてさらに項目を読み進めてそのメカニズムを理解する。


(……ようするに、地中の電荷を集めて空気中に放ち、それによって放電させればいいんだな?)


 本当に理解している学者が聞いたら、眉間にシワを寄せそうなまとめ方である。しかしながら幸か不幸か、呉羽にたいして何か指摘をする者はこの場にはいない。それをいいことに彼女は百科事典を閉じると意気揚々と立ち上がり、壁に立てかけていた愛刀を腰の剣帯に吊るした。


「リムちゃん、ちょっと試したいことができたから出かけてくるね」


「あ、はい。分かりました」


 リムが読んでいた本から顔を上げてそう応える。そんな彼女の頭を一つ撫でてから呉羽は部屋の外に出た。向かうのは遺跡の外。先ほど一人で稽古をしていた場所だ。


「さて、と……」


 遺跡の正門跡から十分に離れると、呉羽は【草薙剣/天叢雲剣】を抜いて正面に構えた。そして意識を足元に広がる大地に集中する。ユニークスキルの力もあるのだろう。彼女の意識はスッと地面に広がり、まるで足の裏と大地が直接繋がったような感覚を覚えた。神経まで繋がっているようにさえ思えるこのはっきりとした感覚は、大気に意識を向けているときにはないものだ。(ただし、掌握できる範囲は後者の方が圧倒的に広い)


 呉羽はさらに、意識を向けて掌握した範囲に続けて自分の力を染み込ませていく。ここまでは、例えば地面から瘴気を噴出させるなどする際にもしていたことで、彼女にとっては手馴れたもの。特に新しい事柄ではない。


 新しく試すのはここからだ。呉羽は染み込ませた自分の力を使い、地中に存在するエネルギー、つまり電荷を集めていく。この時、同質の電荷を集めるのがポイントだ。プラスとマイナス、両方の電荷が混在していては、トータルのエネルギーはゼロになってしまうのだから。


「……っ」


 呉羽がわずかに顔を歪ませる。電荷を集められないのではない。地中には大量の電荷があってむしろ集め放題だ。ただ、集めた電荷を留めておくのが、そろそろ難しくなってきたのである。


(もっと集めようと思えばできるけど……)


 最初だし、まずはこの程度でいいだろう。そう考え、呉羽は集めた電荷を大気中に勢いよく解き放った。


 ――――その瞬間、巨大な雷樹が天空めがけて駆け上った。


 大きな雷鳴が鳴り響く。さらにその大きな雷鳴は物理的な衝撃波まで伴っていた。後で聞いた話だが、雷鳴は拠点でもかなり大きく響き、さらに衝撃波によって建物は振動したという。「び、びっくりしましたよぅ」とリムは半泣きだった。


 さて、最も近くにいた呉羽である。彼女は雷の影響は受けなかったものの、その雷鳴と衝撃波はどうもいなしきれなかったらしい。吹っ飛ばされ、「ムギャ!?」と潰されたカエルみたいな声を上げながら呉羽は地面を転がった。


 ようやく止まってノソノソと起き上がるが、頭と耳がガンガンとする。呉羽は顔をしかめつつストレージアイテムからポーションを取り出すと一息で飲み干した。


「……ふう」


 頭と耳の痛みが消え、呉羽は地面に座り込んだまま一つ息を吐いた。遅ればせながら身体の具合も確認するが、どこも痛いところはない。ポーションを飲んだとき、一緒に治ったのかもしれない。


「いやぁ……、まさかあんな巨大な雷になるとは……」


 予想を超える結果に、呉羽は苦笑を浮かべた。〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉を放つためには全力を傾ける必要がある。つまり、全力でもあの程度なのだ。なので今回も上限をその程度に見積もっていたのだが、結果はそれをはるかに超えていた。まったく、心臓に悪い。周りに誰も居なくて良かった。


 一方で「これだけ差があるのか」と呉羽は感心もする。〈雷刃・建御雷〉や〈雷鳴斬〉の場合は、摩擦によって電荷を発生させるところから始めなければならない。だが地面にはもとから電荷がある。だからそれを集めるだけでよく、その労力の差は彼女自身も感じていた。その影響についてはまったく予想外だったが。


「つまりもっと加減した方がいい、ということか……」


 というより、加減しなければ危なくて使い物にならない。ただ、加減してしまうと今度は全力を振り絞ることにならない。余力が残っていては、【草薙剣】を最大限に使っていることにならない気がするのだ。


「発生させ続けたらどうだろうか……?」


 つまり規模を抑えた雷樹を、力の続く限り発生させ続けるのだ。全てを一瞬にかけることはできないが、しかしこれはコレでアリだろう。呉羽は一つ頷くと、立ち上がってまた愛刀を正面に構えた。そしてまた地中の電荷を集め始める。


 まず少しだけ電荷を集め、放電させてその様子を観察する。次にもう少し多くの電荷を集め、また放電させてその様子を観察する。そして同じことを繰り返して、適当な大きさの雷樹を発生させるには、どの程度の電荷を集めればいいのかを見極める。


「よし……!」


 大よそ、分かってきた。次に呉羽は、同じ規模の雷樹を断続的に発生させる。そしてそれを徐々に連続させていき、ついに彼女は放電現象を安定させて雷樹を維持することに成功した。


 こうやって放電が続くようにしておけば、例えイスメルのような相手に雷樹を切り裂かれることがあっても、またすぐに雷樹は再生することだろう。これなら〈雷刃・建御雷〉を切り捨てたときのように行かないはずだ。


 しかし規模を抑えた雷樹ではどうしても力が余るし、また迫力が足りない。それで彼女は同じ量の電荷を複数のポイントで収束させ、幾つかの雷樹を一斉に発生させることにした。負荷の具合もちょうどいい。


「よし、悪くない……!」


 自分の周囲で荒れ狂う雷の様子を見ながら、呉羽は口元に凶暴な笑みを浮かべた。まるで雷の結界である。何かを封じ込める結界ではない。中に入るものを焼き尽くす、極めて凶悪で攻撃的な結界である。


(そしてこのまま……!)


 雷樹を維持しながら、呉羽は一歩また一歩とゆっくりと歩いた。彼女が歩くのにつれて雷の結界もまた一緒に移動する。いや、移動していると言うよりは発生地点が変わっているわけなのだが、ともかく移動しているように見える。


 そして呉羽は徐々に歩を速めてスピードを上げていく。そして全力疾走の三歩くらい手前のスピードになった時、走りながら雷樹を維持することができなくなり、雷の結界が消えた。


「はあ、はあ、はあ……」


 大きく力を消耗して肩を上下させながら荒い息をしつつも、呉羽の眼は爛々と輝いていた。これ以上ない手応えがある。この新たな技は間違いなく自分にとって大きな力となる。彼女にはその確信があった。


「とはいえまだまだ荒削り……!」


 しかし呉羽に慢心はない。先ほども雷を愛刀に乗せようとしたのだが、それは上手くいかなかった。また雷の結界を維持しまま移動する際のスピードだって、もっと速くなるはずだ。


「よし……、目標が定まってきたな……」


 この技をもっと洗練する。大雑把ではあるが、呉羽は当面の目標をそう定めた。そして目標を定めた彼女は、しかし愛刀を鞘に戻す。ずいぶんと力を消耗してしまったし、またこれ以上リムを一人にしておくと寂しがるだろうと思ったのだ。


(そうだ、名前を決めておかないと……)


 拠点に向かいながら、呉羽は新たな技の名前を考える。そして〈雷樹・絶界〉と名付けてから、リムに「ただいま」と声をかけるのだった。


 ちなみに、呉羽が購入した百科事典だが、リムよりむしろアストールやロロイヤの方が興味を示してしまい、彼らが見ている時間の方が長くなってしまうのだが、それはまあ余談である。


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