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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
Go West! Go East!

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Go West! Go East! 10


 イスメルとカレンが北の城砦の偵察を行ったその次の日。アーキッドらはアラベスクやキファに別れを告げ、廃都の拠点から旅立った。次に目指す拠点は、廃都の拠点から走っておよそ一日半から二日程度だという。


 移動中、カムイは新たな装備である〈オドの実〉をできるだけ活用した。新たな装備に慣れるためである。基本的に走るだけなのだが、しかしだからこそ彼は装備の差をはっきりと感じることができた。


(凄いな……。こんなにも違うのか……!)


 キファに作ってもらった〈オドの実〉の性能は、未加工だった頃と比べて段違いだった。まず使いやすさが違う。入力と出力が混じらないよう、二重螺旋を描く必要がない。ただ魔力をこめるだけで発動させることができ、使用に手間とストレスがかからないのだ。


 そして生成されるエネルギーの量も格段に増えている。未加工だった頃は、体感ではあるが全体の二割程度が琥珀色の結晶由来のエネルギーだった。だが今〈オドの実〉から供給されるエネルギーは、体感で五割を超えている。


 しかも今はまだ慣れるために抑えて使っているので、さらに出力を上げることが可能だ。全力で使用した際にはどれほどになるのか、カムイは今から楽しみだった。


 さらに〈オドの実〉を使うことで、カムイのユニークスキル【Absorption(アブソープション)】で吸収できるエネルギー量も増えていた。これはアブソープションがいわばレベルアップしてその能力が向上した、というわけではない。むしろ使用環境が良くなったというべきだろう。


 アブソープションは周辺のエネルギーを吸収する能力だ。だから同じ出力でアブソープションを使ったとしても、周辺に存在するエネルギー量によって、吸収できるエネルギー量もまた違ってくる。


 つまり周辺により多くのエネルギーがあれば、より効率的にエネルギーを吸収できるということだ。これは高濃度瘴気の塊、つまりモンスターから直接瘴気を吸収することで、白夜叉のオーラ量を増やすことができるという、これまでの経験則とも合致する。〈オドの実〉は、いわばこのモンスターの代わりだった。


 キファが作り上げた〈オドの実〉は、多量のエネルギーを生成して放出してくれる。それもカムイのすぐ傍で。だからカムイにしてみれば、アブソープションの出力を上げて周辺からエネルギーをかき集めてくる必要がない。逆を言えば、同じ出力でもより多くのエネルギーを集めて吸収できる。よって全体を俯瞰した時、アブソープションの能力が向上したように見える、というわけだ。


(それに、いつもよりずっと調子がいい……!)


 走りながらカムイはそれを実感する。エネルギー量うんぬんの問題ではない。いつもより、つまり瘴気のみを吸収している場合より、頭がずっとクリアな感じがするのだ。テンションが高いわけではない。簡単に集中できるというか、雑音が気にならないと言うか、そんな感じである。


(やっぱり、吸収している素のエネルギーが違うからなのか……?)


 思い当たる節はそれしかない。これまで吸収してきたエネルギーの大半は瘴気である。そして瘴気とは「世界にとって有害なエネルギー」。どう考えても身体にはよくなさそうだ。アブソープションで吸収した際にも、それはまるでマグマのように感じられ、溜め込みすぎれば内側から彼を苦しめる。


 一方、〈オドの実〉が生成するエネルギーであるオドは、キファ曰く「純然たる生命力」である。その表現からは身体によくないという印象はうけない。少なくとも、わざわざ「有害」と説明されているエネルギーとは比べるまでもないだろう。アブソープションで吸収した際も、オドは清流の水のように冷たく爽やかだ。


 主に琥珀色の結晶を使うようになってからだが、今までも素となるエネルギーが違うと吸収した時の感覚も違ってくることは分かっていた。しかしカムイはそれを重要視していなかった。素が何であろうと、吸収してしまえば同じエネルギー。彼はそう考えていたのである。


 しかしこうしてみると、それはもしかしたら違うのかもしれない。カムイはそう思った。戦闘中に暴走してしまうのも、アブソープションの特性ではなく瘴気を多量に吸収しているためだとしたら。もしそうならオドの比率を上げることで、暴走の可能性を限りなく低く抑えることができるかもしれない。少なくともこの感じなら、悪い方向に転がることはないだろう。


(やっぱり正解だったな……!)


 可能性を含めて、カムイは新しい装備に手応えを感じた。〈オドの実〉は彼が期待した以上の力を発揮してくれた。散々迷いはしたものの、こうして旅に出て装備を整えたことは間違っていなかったのだ。カムイはその思いを強くした。


 さて、一日の移動が終わると、いつも通りイスメルとの稽古が始まった。カレンもある程度まで〈伸閃〉を使えるようになったので、今はまた二対一の立会い形式で稽古をしている。


 イスメルは相変わらず鬼のように強い。いや、鬼さえ彼女の前では縮み上がるだろう。二対一で数的には有利なはずなのに、しかしその優位を全く実感できない。ボロボロになって這い蹲るのは、決まってカムイとカレンの側だった。


 ちなみにカムイはカレンが〈伸閃〉を習得するまでの間、イスメルと一対一で稽古をしていたのだが、二対一になってもちっとも楽ではない。それどころかイスメルが良く動くようになったのか、かえって厳しいような気さえする。さらに余談だが、立会い稽古が久しぶりなカレンはさらにしんどそうだった。


「やあぁぁ!」


 カレンが裂帛の声を上げながら剣を振るう。刃は空を切るがそこから伸ばされた斬撃、つまり〈伸閃〉がイスメルを襲う。しかし彼女は不可視のはずのその斬撃をいとも簡単にかわした。


「きちんと剣気を乗せられていますね。上出来ですよ、カレン」


「はい!」


「もっとも、だからこそ簡単に察知することができて、回避もしやすいのですけどね」


「どうしろっていうんですかぁ!?」


「まずは〈伸閃〉を使いこなせるようになりなさい。剣気の隠蔽はそれからです」


 涙目になるカレンに対し、イスメルはすまし顔でそう答えた。そうやって二人が話している間にカムイはイスメルの背後に回りこみ、そして右腕に“グローブ”を展開して彼女に仕掛ける。しかしあっさりと切り捨てて防がれ、さらにもう片方の剣から放たれた〈伸閃〉が彼の脇腹に直撃した。


「せめてガードしなさい。カムイは白夜叉に頼りすぎです」


 地面に叩きつけられ、しかしすぐに跳ね起きたカムイに、イスメルは鋭い視線を向けながらそう告げる。まったくその通りなので、カムイも反論のしようがない。彼は一つ頷くと同時に、地面を蹴って前に出た。イスメルを後ろでカレンが動くのが見えたのだ。一対一では相手にならないことは目に見えているので、少しでも勝機を見出すためには連携して動くしかない。まあ、それでも勝てたためしはないのだが。


「やあぁぁ!」


 カレンが声を上げ、〈伸閃〉を上段から放って斬りかかる。イスメルはそれを振り返りもせずにかわした。それを見てカムイはわずかに顔をしかめる。回避されるのは予想通りだが、カレンが仕掛けるのが早すぎた。ここで間髪入れずに追撃しないと個別に対処されてしまうのに、カムイはまだ徒手空拳の間合いに入っていない。


(まだまだ連携が甘いッ……!)


 しかしだからと言って、ここで何もしないわけにもいかない。カムイは鋭く呼気を吐き出しながら、左足を振りぬいて蹴りを放った。間合いが遠いので蹴り自体は空を切るが、しかしそこから白夜叉のオーラがムチのように伸びてイスメルを襲う。いつも使っている“アーム”の応用、というか簡易版だ。


 カムイの一撃を、イスメルは切り捨てて防ぐ。そして後ろから仕掛けるカレンにも対処しつつ、カムイに対しても剣を構えた。反撃がくる。カムイは瞬時にそれを悟った。間合いからして〈伸閃〉。問題は狙いだ。イスメルの視線と剣の向きからして、狙いは軸にしている右足。


(こなくそっ……!)


 内心で悪態をつきつつ、カムイは右足で地面を力任せに蹴った。前方宙返り気味に、彼の身体が宙に浮く。〈伸閃〉の斬撃が、さっきまで彼が立っていた辺りの地面を抉るのが視界の端で見えた。


(このまま……!)


 デタラメな姿勢でジャンプしてしまったカムイは、しかしその勢いを利用し踵落しの要領でまた蹴りを放つ。間合いはまだ遠いのでまた白夜叉のオーラを伸ばすが、それをイスメルもさっきと同じように切り捨てて防ぐ。とはいえこれはただの牽制。着地までの一瞬、その時間を稼げればいい。そう割り切っていたのだが……。


(……っ!?)


 いまだ地に足の付かない不安定な姿勢のまま、しかしカムイはイスメルの姿を捉えた。その口元は、わずかに苦笑しているように見える。その瞬間、カムイは彼女が意図的に追撃しないでくれていることを悟った。ようするに彼の見込みはまだまだ甘かった、ということである。


 顔に血が上るのが分かった。羞恥である。けれども今更動きを止めるわけにはいかない。カムイは左足で着地すると大きく膝を曲げて衝撃を吸収し、そして曲げた膝を一気に伸ばして前に出た。体勢を立て直しつつさらにもう一歩踏み込めば、そこはもう拳が届く距離である。


「ハァ!」


 打拳を、蹴りを、連続して放つ。時には手刀も混ぜるが、その全てがことごとく空を切る。イスメルは反撃してこないが、しかしその分回避に集中しているようで、カムイの攻撃はまったく当る気配がない。もっとも、そうでなくともこれまで一度として攻撃をまともに当てたことなどないのだが。


 それでもカムイは攻撃を続ける。彼は格闘技など習ったことはなく、当然型や足捌きもあったものではない。とはいえこのデスゲームが始まってから数ヶ月の間、彼は彼なりに多くの戦闘を経験してきた。そして経験は人を成長させる。


 どう戦うべきかなど、カムイは今でも分からない。ただこれまでの経験則として、連続攻撃が有効であることは何となく分かる。そして連続して攻撃するためには、遮二無二に動いてもダメらしいことも学んでいた。


 遮二無二に、つまり何も考えないでデタラメに動いてダメなら、考えながら動くしかない。それでカムイはできるだけ、「次にどう動くか」を考えながら戦うようにしていた。次を意識していれば、動きは滑らかになって隙は小さくなる。隙が小さくなれば合間に反撃されることも減り、攻撃を継続しやすくなるというわけだ。


 もちろん相手がいる以上、いつも思い描いたとおりに動けるわけではない。いや、むしろ思い通りになることの方が少ない。その上、イスメルはカムイの動きをちょっとずつ誘導して、「どうしても攻撃が途切れるタイミング」というものを作り出してくる。カレンの攻撃もいなしながらそんなことをしてくるのだから、二人揃ってそれでもまだまだ遊ばれているというのが実情だった。


(それでも喰らい付くしかない……!)


 受け流され、盛大に泳いだ身体をカムイは無理やり立て直す。全身の筋肉が悲鳴を上げるが、ことごとく無視だ。そしてイスメルが意図的に作り出した「どうしても攻撃が途切れるタイミング」で、それでもカムイは攻撃を放つ。使えたのは“アーム”のなりそこないだが、しかしそれでも牽制にはなる。


「相変わらずデタラメですねぇ……」


 イスメルはそう言って苦笑しながら、伸ばされた“アーム”もどきを切り捨てる。きっと本来攻撃できないはずなのに攻撃してきたことを言っているのだろう。ただカムイに言わせれば、彼女の方がよっぽどデタラメである。


「はあぁぁぁ!」


 苦笑しているイスメルに、今度はカレンが斬りかかる。ちなみにカムイが近くにいるので〈伸閃〉は使わない。以前、カムイとイスメルがやり合っているところへ〈伸閃〉で割り込んだら、見事にかわされてあまつさえカムイに当ててしまったことがあるのだ。カレンはそれ以来、混戦気味の時には〈伸閃〉を使わないようにしていた。


 二人が連携して仕掛ける連続攻撃を、しかしイスメルは涼しい顔をしながらすいすいとかわしていく。そして合間に鋭い反撃を挟む。それを回避するのは至難だ。ガードでさえ、半分は間に合わない。


 特に〈伸閃〉が厄介だった。不可視であることもそうだが、イスメルがフェイントを混ぜてくるのである。つまりただ素振りするだけで、〈伸閃〉を放たないパターンがあるのだ。引っ掛かればあっという間に劣勢に追い込まれるし、かといって無視して直撃をくらえば吹っ飛ばされた挙句に滅多打ちだ。


「剣気の大きさや鋭さを感じ取って見極めなさい」とイスメルは言うのだが、今のカムイはその感覚の糸口さえまだ掴めていない。剣気の有無くらいは分かるようになってきたが、それ以上になるとまだまだおぼつかない状態だ。ともかく「前へ前へ、喰らい付け喰らい付け」と彼は自分に言い聞かせた。


「ハァァァアアア!」


 左足を強く踏み込み、泳ぎそうになるのを無理やり堪える。そして右手に“グローブ”を生成。その鋭い爪で掻き裂くようにして振るう。あっさりとかわされるが、その勢いを利用して身体を回転させ、イスメルに対し正面を向く。そしてそのまま握った左の拳を突き出した。


 スムーズな連撃。確かに手応えは感じる。カレンとの連携も、最初の頃のような動きにくさは、今はもうほとんど感じない。今もまた、彼女はカムイに合わせて動いてくれている。だが恐らく、これらは全てイスメルに誘導されている結果だ。


 何とかしたいと思うのだが、完全に彼女のペースに呑まれてしまっている。自分の意思で攻撃しているのか、それとも攻撃させられているのか、それさえもだんだんと分からなくなってきていた。


 稽古として考えれば、それはそれで有効なのだろう。実際、身体はいつもより動いているような気がする。しかしそれではいつまで経ってもイスメルの手のひらの上だ。少しくらい、胆を冷やさせてやりたいものである。


(だったら……!)


 カムイは〈オドの実〉に込める魔力を増やす。すると一拍置いて、彼の心臓がドクンッと大きく鼓動した。〈オドの実〉から供給されるエネルギーが増えたのだ。それに伴いエネルギーの総量と、オド由来のエネルギーがその内に占める割合の両方がかつてなく高まっていく。


 頭が冴えて思考がクリアになる。五感が鋭くなり、集中力が高まっていく。まるで全身の細胞一つ一つが覚醒していくかのようだ。今までにない躍動を感じるが、しかし理性が吹き飛ぶようなことはない。


 今まではエネルギーの総量を増すと、それと比例して暴気も増して最終的には正気を失い暴走していた。ここ最近は正気を失うことはなくなってきていたが、暴気が増すという性質は何も変わっていなかった。


 だが今回、カムイは今までにない感覚を覚えていた。初めてのその感覚に彼は確かに驚いたが、しかしすぐに意識を稽古に戻す。コンディションは間違いなくこれまでで最高の状態。さらに彼の変化に気付いたのか、イスメルがわずかに目を見開いている。千載一遇の好機に思えた。


 カムイは一気に前に出てイスメルの懐に飛び込んだ。しかしながらもちろん、そう簡単にもぐりこませてはもらえない。イスメルは自分に有利な間合いを保ちつつ、さらに剣を横に一閃した。


(集中しろ……!)


 カムイは自分にそう言い聞かせる。その途端、一瞬だけイスメルの動きが遅くなったように見えた。それが何なのか彼には分からない。だがその一瞬の間、彼の思考は加速し感覚は研ぎ澄まされた。


 ――――〈伸閃〉、ではない。間合いは、このままだとギリギリ届く。


 刹那の時間でそう判断し、カムイは無理やり踏み込みの速度を殺した。その彼の目の前を、銀色の軌跡が駆け抜けていく。衝撃は、ない。読みどおり〈伸閃〉ではなかったのだ。そしてそれを喜ぶより早く、彼は四肢に力を込めて大きく一歩間合いを詰め、そして右手を伸ばしてイスメルの左腕を掴んだ。さっき剣を振りぬいた、その腕である。


「っ!」


 今度こそ、イスメルが大きく目を見開いた。カムイはそれに構わず、左手の拳を強く握って彼女に仕掛けた。同時にカレンもイスメルに斬りかかる。ここまでいい形にもっていけたのはこれが初めてだ。


 だがしかし。これで一本取らせてくれるほどイスメルは甘くなかった。彼女はまずカムイの左ストレートをかわしつつ、姿勢を低くして彼の懐に潜り込んだ。そして右手に持った剣の柄尻で彼のみぞおちを下から強打し、さらにそのまま身体を浮かせる。そしてカムイを浮かせたまま身体を回転させ、あろうことか彼の身体をカレンに対して盾とし、さらにそのままぶつけた。


「わっ……、ちょっ……!」


 カムイを盾にされたカレンは、反射的に攻撃を躊躇う。そのせいで防御も遅れ、彼の身体をもろにぶつけられて地面に転がった。一方のカムイはみぞおちへの一撃でダメージを負ってはいたものの、まだイスメルの左腕を捕まえている。


 しかしそれを有効に使うことは出来なかった。彼の足が地に着いたときには、すでに彼の首元に鋭い剣の刃が添えられていたのである。そこに込められた剣気の鋭さは本物で、カムイは右手を放し小さな声で「降参です」というのが精一杯だった。


「なかなか良かったですよ。まさか腕をつかまれるとは思いませんでした」


 剣を引くと、イスメルは笑顔を浮かべながらそう言った。褒められたことは嬉しいが、しかし同時にカムイは悔しくもある。せっかく腕を掴むところまでいったのに、そこから先はほとんど何もできなかった。それどころかカレンと合わせてほぼ瞬殺。イスメルに泥臭い戦い方をさせたのが唯一の成果だろうか。もっとも、それさえも手加減しているからなのだろう。


「ところでカムイ。ソレは新しい装備の影響ですか?」


「ええっと……、ソレ、とは……?」


 イスメルの言っていることが良く分からず、カムイは曖昧な笑みを浮かべながら首をかしげた。そんな彼にカレンが近づいてきて手鏡を見せる。そこに映ったものを見て、カムイは驚いて思わず二度見した。


 身体から、葉が生えている。いや、本物の葉が生えているわけではない。右の鎖骨から首の付け根にかけての辺りで、白夜叉のオーラの一部が木の葉の形に変化しているのだ。しかもその変化した部分は、本来白であるはずのオーラが、わずかに緑がかっているように見えた。


「なんだ、これ……?」


 呆然としつつ、カムイは誰にともなくそう問い掛けた。ただ彼に分からないのに、イスメルやカレンに分かるはずもない。二人は困ったように首をかしげたり、あるいは振ったりした。


「身体に違和感やおかしなところはないのですか?」


「……ない、です。ありません」


 ちょっと考えてから、カムイははっきりとそう答えた。そもそも白夜叉のオーラが変化しているだけだから、身体のほうに異常はない。それどころか、いつもよりも調子がいいくらいだった。


(やっぱり、〈オドの実〉のせいなのか……?)


 それしか思い当たる節がない。〈オドの実〉を高出力で駆動させ、多量のオドを吸収したその影響が、こういう形で出ているのだ。そう考えれば、一応納得はできた。


(ってことは……)


 カムイは〈オドの実〉に魔力をこめるのを止める。するとオドの生成も止まった。そして吸収量が減ったことでエネルギーの総量も減り、白夜叉のオーラもまた炎のように揺らめくその勢いを弱めた。そしてオーラの量が減ると共に、木の葉に変化していた部分も元に戻ったのである。


 白夜叉のオーラの状態が元に戻ったのを見て、カムイは思わず安堵の息を吐いた。身体の変調はなかったとはいえ、やはり訳の分からない状態というのはストレスなのだ。ただ元に戻せることが分かると、現金なもので今度は興味の方が強くなる。


〈オドの実〉を止めたら元に戻ったのだから、やはりこの変化は新しい装備の影響と考えて間違いないだろう。瘴気は多量に吸収すると暴走するが、オドは多量に吸収した場合にこういう変化が起こるものなのかもしれない。ともかく吸収するエネルギーの特性によるモノだと考えておけば良さそうだ。


(ま、なんにしても……)


 なんにしても、暴走するよりははるかにマシである。身体に悪い影響はないようだし、そもそもカムイはさっきまで気付かずに戦っていたのだ。あまり気にする必要もないみたいだな、とカムイは思った。


(でもまあ、一応実験はしておくか……)


 それでも用心深く、カムイはそう考えた。実のところ、〈オドの実〉の出力はまだ上がるのだ。先ほど程度であれば悪い影響はなさそうだが、しかし出力をさらに上げたときにどうなるかは分からない。それでイスメルが付き合ってくれるこの機会に、それを確かめておこうと思ったのだ。


 その事を説明すると、彼女はすぐに「分かりました」と言って頷いてくれた。そして「慎重にやってくださいね」という忠告に真剣な顔で一つ頷くと、カムイは二人から少し距離を取って実験を始めた。


(慎重に、慎重に……)


 自分にそう言い聞かせながら、カムイはゆっくりと〈オドの実〉に込める魔力の量を増やしていった。オドの生成量が増えるにつれ、エネルギー総量もまた増えていく。そしてオド由来のエネルギーが増えていくことで、カムイはまた思考がクリアになって五感が鋭くなっていくのを感じた。


「あ、また……」


 カレンのその呟きが耳に入り、カムイは一旦〈オドの実〉に込める魔力の量を増やすのをやめた。そしてカレンに視線で合図を送り、手鏡で今の状態を見せてもらう。手鏡を覗き込むと今は先ほどと同じ状態で、つまり右の鎖骨から首の付け根にかけて、白夜叉のオーラの一部が木の葉の形に変化していた。それを確認すると、カムイはカレンに一つ頷いた。


(さて、ここからだ……)


 カレンが離れてイスメルの傍に戻ると、カムイはまた「慎重に、慎重に」と自分に言い聞かせながら、目を閉じて〈オドの実〉に込める魔力を増やしていく。当然それに伴って出力も増し、エネルギーの総量はさらに増えた。そして、そのエネルギーのほとんどがオド由来である。体感ではあるが、おそらくは九割以上がそうだ。


「わぁ……」


 カレンが感嘆の声を漏らす。それを聞いてカムイはそれ以上出力を上げるのをやめた。それに〈オドの実〉のオド生成能力もこの辺りが限界である。カムイがゆっくりと目を開けると、オーラの変化が右の手のひらの辺りにまで広がっていた。彼がまじまじと自分の右腕を見ていると、カレンが近づいてきて手鏡を差し出す。カムイはそれを受け取り改めて今の自分の様子を確認した。


 白夜叉のオーラが木の葉の形に変化しているのは、右の首の付け根辺りから右腕にかけての範囲だ。それ以外に変化している部分はない。一応カレンに身体の後ろも見てもらったが、やはり右肩と右腕以外にオーラが変化しているところはないと言う。


「カムイ、何かおかしなところはない?」


「違和感は、ないな……」


 少し心配そうなカレンに、カムイは右手を握ったり開いたりしながらそう答えた。腕も手も指も、みな違和感なく動く。念のために身体の他の部分も動かしてみたが、不調があるようには感じられない。


(そういえば、この状態で“グローブ”とかを使ったらどうなるんだ……?)


 気になったので、カムイは早速試してみることにした。右腕にオーラを集中させ、“グローブ”を形成する。木の葉の変化は相変わらずだが、しかしその数や規模が大きく増したようには見えない。どうやらこの変化はオーラの量とは関係なく、あくまでも吸収したオドの量に影響されるようだった。


「そういえば……」


 それまで静かにカムイの様子を見ていたイスメルが、ふと何かに気付いたようにそう呟いた。カムイとカレンが揃って彼女の方を見ると、イスメルは木の葉に変化したオーラに視線を向けながらこう続ける。


「その木の葉は浄化樹のものではありませんか?」


「そう、でしょうか?」


「ええ。私が見間違うはずありません」


 カムイは首を傾げるが、イスメルはそう言い切った。すごい自信である。確かにこの三人の中で、一番浄化樹に入れ込んでいるのは彼女だ。だらしない笑顔を浮かべで浄化樹の幹に抱きつくイスメルの姿を思い出し、カレンとカムイは揃って頭を抱えつつも納得するのだった。


(でも、ということは……)


 この変化は、単純に多量のオドを吸収したためではないのかもしれない。ただのオドではなく、浄化樹のオドを多量に吸収したのでこういう変化が起こっている。そういうふうに考えれば、確かに納得しやすい。


 それなら、この白夜叉のオーラで出来た浄化樹の葉にも、オリジナルと同じように瘴気を吸収する能力があるかもしれない。カムイはそう思ったが、しかしそれを確かめる手段をすぐには思いつかなかった。仮説どおりなのか、それともアブソープションで吸収しているだけなのか、その区別をどうつければいいのか分からなかったのだ。


(まあ、どっちでもいいか……)


 胸中でそう呟き、それ以上考えるのをやめた。さらにイスメルが「少し早いですが、きりがいいので今日はここまでにしましょう」と言ったので、三人は稽古を終えて【HOME(ホーム)】に足を向けるのだった。


 いつもより早く稽古が終わったので、夕食までまだ少し時間がある。それでカムイは自室に向かった。部屋に入ると、まずは【全身クリーニング】で一日の汗とほこりを落す。それから彼はベッドの上に寝転がった。


「あぁ~、疲れた……」


 カムイはそう呟いたが、しかし言葉で言うほど疲れているわけではない。アブソープションを駆使する彼は、呉羽曰く「体力お化け」。仮に疲れていたとしても、体力はすぐに回復可能なのだ。だからこの場合、彼の言う「疲れた」とは、「よく動いた」とか「稽古厳しかった」という意味なのである。


(それにしても、アレなんだったのかな……?)


 カムイはベッドの上に寝転がりながら、先ほどの稽古のことを思い出す。彼の言う「アレ」とは、一瞬だけイスメルの動きがゆっくりになって見えたその瞬間のことである。不思議な体験で、時間が引き延ばされたようにも、思考だけが加速したようにも感じた。いや、それだけではない。感覚も鋭くなっていた。あんな経験は初めてのことだ。あの一瞬のことは、鮮烈に脳裏に焼きついている。


 あの感覚のおかげで紙一重の見切りを発揮し、イスメルの攻撃をあれほど鮮やかにかわすことができたのだ。そしてそれが彼女の腕を掴むという、かつてない好機へと繋がった。結果的にはいいようにあしらわれてしまったものの、カムイにとっては自分の成長を実感できる快挙だ。


(新しい装備のおかげかもしれないけど)


 心の中でそう呟き、カムイは苦笑した。確かにあの感覚を含め、純粋に彼自身の力とはいい難い。言ってしまえばただのまぐれだ。だからこそ、その後が続かなかったのである。カムイもそのことは分かっていた。


(だけどあの感覚をモノにできれば……)


 天井を見上げるカムイの視線が鋭くなる。確かにあの感覚をモノにできれば、まぐれはまぐれでなくなるだろう。ただ、どうすればあのような状態になれるのかはさっぱり分からない。方法論が分からないと訓練のしようもなかった。そうなると、やはり参考になるのは自分の経験である。


(あの時は……)


 カムイは状態になる前のことを、つぶさに思い出す。あの時、まず彼は〈オドの実〉の出力を上げた。そして思考がクリアになり、感覚が鋭くなって集中力も高まった。つまりコンディションがかなりいい状態になったのだ。


 このいいコンディションは、〈オドの実〉のおかげと考えて間違いない。日中ひたすら走っていたときにも、程度の差こそあれカムイは同様の効果を感じていた。ただこの“効果”とイスメルの攻撃を見切ったあの一瞬の状態は決して同じではない、はずだ。


(なんかもっと……、突き抜けたような……)


 上手く言葉にできず、カムイは唸った。あの時のことは強烈な記憶として残っているのに、それを表現する言葉が見つからない。そうこうしているうちに夕食の時間になったので、カムイは部屋を出て一階のリビングへ向かった。


 本日の夕食は【日替わり弁当C】である。アイテムショップで買ったそれを食べていると、ふとカムイの視界に談笑するイスメルの姿が映った。もしかしたら彼女ならあの感覚について、もっと詳しく知っているかもしれない。そう思い、カムイは彼女に声をかけた。


「あの、イスメルさん。ちょっといいですか?」


「はい、何でしょうか?」


 振り返ったイスメルに、カムイは「実は……」と前置きしてから例の感覚について話した。彼の話を聞くと、イスメルは「なるほど……」と呟いて一つ頷き、それからカムイの方を向いてこう話し始めた。


「私も似たような経験は何度かあります。ただ、それがどういうモノなのかを説明するのは難しい。技術や知識ではありませんし、自分の意思で発動できるようなものでもありませんから」


「要するに、一種のトランス状態のようなものかえ?」


 そう尋ねるミラルダに、イスメルは少し考えてから首を横に振った。


「そこまでのはっきりとした状態ではないでしょう。私の個人的な感想ですが、もっとあやふやで不確かなモノのような気がします。……無理に言葉にするなら、瞬間的に極限まで集中力と知覚力が高まった状態、と言ったところでしょうか」


 言葉を選ぶようにしながら、イスメルはそう言った。どうやら彼女もあの感覚のことを上手く説明するのは難しいようだ。未知のモノではないが謎の多いモノ、ということなのだろう。


 そういえばさっきも「自分の意思では発動できない」と言っていた。イスメルならもしかしたら好きな時にああいう状態になれるのではないか、とカムイは思っていたのだがどうやらそういうわけではないらしい。


「カレンはそういう経験はないのか?」


「わたしはないかなぁ……。でもスポーツ選手とか、そういう話って聞かない? 一瞬ボールがゆっくりに見えた、とか」


「それはマンガの話じゃないのか?」


「そ、そうだったからしら……?」


 カムイの指摘に、カレンの目が泳ぐ。とはいえマンガの話だって今はそうそう馬鹿にできない。何しろ、これ自体がゲームなのだから。


「スキル、ということにしておけばいい」


 ドヤ顔でそう言ったのはキキだ。彼女のその主張にイスメルは「それはさすがに暴論だと思いますが……」と言って苦笑を漏らす。しかしカムイにとっては目からウロコが落ちる思いだった。


(そうか……、スキルということにしておけばいいのか……!)


 結局のところ、これはもう納得できるかどうかの問題である。理詰めの説明と言うのは、そのための道具でしかない。逆を言えば納得さえできれなら、必ずしも筋道立てて理解する必要はないということだ。


 そして訳の分からないモノを訳の分からないまま説明するための言葉、それが「スキル」だ。この世界にはスキルというものがあり、あの状態はそういうスキルによるもの。そういうことなら納得できる。イスメルには抵抗があるかも知れないが、しかしカムイにはそれで十分だった。


(それに……)


 それに、スキルということにしておけばメリットがある。スキルなら習得が可能なのだ。しかもこの場合、まぐれとはいえ一度はソレを使えている。ということはもうすでに習得しているか、少なくともその取っ掛かりは掴んでいると言えるのではないだろうか。そう考えカムイは少し興奮した。


(何ていうスキルなのかな?)


 当然分からないし、確認のしようもない。しかしということは、勝手に名前をつけてしまっても良いのではないだろうか。実際カムイは、デスゲーム開始直後に発現させたスキルに〈白夜叉〉という名前をつけたことがある。


 そのことで運営からペナルティを受けたことはないし、また使用に差しさわりがあったこともない。それどころか名前をつけたことで、〈白夜叉〉は〈白夜叉〉としての力をさらに発揮するようになったように思う。


 別の見方をすれば、名前をつけたことでスキルとして固まった、ということだ。そうであるなら、やはり名前をつけてやることには大きな意味がある。


 夕食後、部屋に戻って色々と考えたカムイは、例の感覚に〈戦境地〉という名前を付けた。正直、またキキに「ネーミングセンスがない」とディスられそうな気もするが、〈スイッチオン〉だの〈ZONE(ゾーン)〉だのよりはマシだろう。


(まあそれはそれとして……)


 スキルに名前をつけたカムイはいそいそと立ち上がり、そして叫ぶ。


「〈戦境地〉、発動!」


 ――――しかし何も起こらない。


 たちまちカムイの顔が真っ赤になる。しかも結構大きな声を出してしまった。誰かに聞かれたかもしれない。そう思うともうたまらず、彼はベッドの上を身悶えながらゴロゴロと転がるのだった。


 あと、こっそりヘルプさんに文句を言った。


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