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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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ゲームスタート6

「だから! 何度も言っているだろう!? 『受けるな、避けろ』って!」


 木刀の切っ先をカムイに向けながら、呉羽(くれは)は苛立たしげにそう叫んだ。対するカムイは白夜叉のオーラを纏って困った顔をしている。「そう言われても……」というのが、彼の正直なところだった。


 カムイと呉羽が出会ってから三日。朝に一時間ほど、立会い稽古をするのが二人の新たな日課になっていた。


『わたしもまだまだ未熟者で、人にものを教えるなんてできない。だけど稽古の相手ならできる。あとは、すまないが勝手に強くなってくれ』


 カムイは呉羽のその言い分に不満がないわけではない。ただ、そもそも二人は得物が違う。専門とは違う分野をきっちり教えてくれというのも無理な話だ。それは彼も理解していた。


 それに、呉羽はカムイよりも確実に強い。今の彼ではまったく歯が立たないほどに。その彼女が稽古に付き合ってくれているおかげで、密度の濃い経験を積めているという実感が確かにある。お時給5,000Ptの価値は確かにあるだろう。


 さてその立会い稽古であるが、時給につられ勢いで請け負ってしまった側面はあるものの、呉羽はやはり真面目な性分であるらしい。彼女はこの仕事に全力で当っていた。簡単に言えば、スパルタだったのである。


 武器こそ愛刀たる草薙剣/天叢雲剣ではなく木刀(必要経費ということでカムイが用意した)を使っているものの、呉羽の身のこなしや技の冴えは間違いなく本気だった。いや、当初は彼女もちゃんと手加減していたのだ。だが木刀では白夜叉の防御を破れないことが発覚すると、遠慮はいらないとばかりに本気を出すようになったのである。その際、「ほほう?」とアブナイ笑みを浮かべていたが、深い意味はないはずである。きっと、たぶん。


 呉羽が本気を出してくれるのは、カムイにとってもありがたいことだった。稽古がより実戦に近いものになるからだ。なにより、格上の人間の動きを間近で見ることができるのは、彼が戦う技術を身につける上で大いに参考になった。


 その一方で、カムイの成長を妨げている、少なくとも呉羽にはそう思える要素も明らかになった。他でもない、白夜叉である。


 白夜叉の防御力は確かに優れている。しかしことこの稽古に限って言えば、優れすぎている。呉羽の攻撃が当っても痛くないものだから、カムイは次第にそれを無視するようになってしまったのだ。


 世間一般ではそれを「捨て身」という。少なくとも、呉羽にはそう見えた。そして彼女にしてみれば、そんな戦い方は決してまともではなかった。


 確かにカムイは無傷で、ダメージを負ってはいない。しかしこれが実戦で、しかも初見の相手であったらどうか。相手がどれほどの攻撃力を持っているかも分からず、白夜叉の防御がそれに耐えられるかもわからない。そういう時、一番いいのは受け止めることではなく回避することだ。呉羽は彼にそう諭した。


「……確かに、受けてもダメージのない、無視できる攻撃を回避するのは無駄に思えて手間だろうさ。だけどこれは稽古なんだ。それができるようになるための訓練なんだ。実戦で死なないための準備を、今しているんだ。カムイだって、そう思えばこそわたしに頼んだんだろう?」


「まあ、そうなんだけどさ……」


「なら目的と手段を取り違えるな。目標を見失うな」


 呉羽の言葉は手厳しい。しかしそれは、それだけ彼女がこの稽古に本気を傾けてくれていることの裏返しでもある。その気持ちにはなんとか応えたい、とカムイも思っていた。


 さあもう一度だ、と言って呉羽は木刀を正面に構えた。それを見てカムイも小さく腰を落として動きやすい姿勢を取る。


「白夜叉を使っているその状態なら、カムイの身体能力はわたしよりも上だ。よく見てかわせ。常に次を予測して、考えながら動くんだ」


 呉羽の言葉にカムイが神妙な顔をして頷くと、彼女は「行くぞ」と言って動いた。プレイヤーの高い身体能力を存分に発揮して、彼女は勢い良く前に出る。初手は無駄な動きが少ない突きだ。切っ先が狙うのはカムイのみぞおちだ。


 カムイは「よく見てかわせ」と言われたとおり、呉羽の動きを注視していた。確かに白夜叉を発動している状態の彼の身体能力は素の状態に向上している。それで彼が呉羽の動きを見失うことはなかった。


 十分に引き付けてから、カムイは身体を半身にして木刀の切っ先を避ける。そのまま前に出て間合いを詰めようとするが、かわしてからの動きが遅い。呉羽が突き出した木刀を斜めに振り上げる方が早かった。


「うお!?」


 顎先を狙う軌道の木刀を、カムイは声を上げながら身体を仰け反らせて何とかかわす。しかしそれで彼は体勢を崩してしまった。その隙を逃す呉羽ではない。


「はああああああ!」


 木刀を大きく振りかぶり、そして振り下ろす。その一撃はカムイの額を強かに打ち据えた。


「がっ!?」


 白夜叉に守られたカムイにダメージはない。しかし衝撃は消えない。それで彼はしりもちをついてしまった。そこへ呉羽の追撃が喉へ、しかも木刀が砕けるほどの勢いで叩き込まれる。


「ぎぃ!?」


 カムイは思わず奇声を上げた。幸い、白夜叉のおかげでダメージはない。しかし彼は涙目になりながらおそるおそる喉を摩る。そしてこう叫んだ。


「ちょ、おま……!? 今の白夜叉がなきゃ死んでたぞ!?」


「ちっ……!」


「舌打ちしやがった!?」


 喚くカムイを華麗に無視して、呉羽は柄だけになった木刀を投げ捨てる。そしてしりもちをついた状態のまま地面に座るカムイを見下ろし、彼にビシリと人差し指を突きつけた。


「道場の先生が言いました。『痛くない稽古は稽古じゃない』」


「ドSだな!?」


「痛いのはわたしだって嫌さ。だけど今のカムイには覚悟が足りない。危機感が足りない。必死さが足りない。それはたぶん、『どうせ当っても痛くない』という甘えが、心のどこかにあるからだ」


 呉羽のその辛辣な指摘に、カムイは「うっ……」と言葉を詰まらせた。身に覚えがあったからだ。


「わたしだってお時給貰ってこの仕事を請け負ったんだ。手を抜くわけにはいかない。だから……」


 そう言って呉羽はおもむろに左手を掲げ、「来い」と命じた。すると次の瞬間、彼女の左手の中にその愛刀が現れた。そしてその刀を、彼女は慣れた手つきですらりと鞘から引き抜く。


「ちょ……!? おま……、それはさすがにマズイって!」


 呉羽の抜刀の所作に見惚れていたカムイだったが、彼女がその真剣の鋭い切っ先を彼に向けると、声に危機感を滲ませお尻を地面につけたままジリジリと後ずる。しかし呉羽はカムイに近づくと、彼を冷たく見下ろして手に持った刀を小さく振るった。


「……っ!?」


 カムイの頬に鋭い痛みが走る。そこに指を這わせると、ヌルリとした触感。手を目の前に持ってきて見ると、指先には真っ赤な血がついていた。


 ゾクリ、と腹の底から何かがせり上がって来るような感覚がした。それとは反対に、頭からは血の気が引いていく。背中には冷や汗が滲んでいるのがわかった。


 恐怖、である。このデスゲームが始まって以来、モンスターにさえ覚えたことのない恐怖を、このときカムイは抱いていた。


 死ぬことは、カムイにとってはあまり怖いことではない。もちろん死にたいと思っているわけではないが、しかし「最悪死ぬだけ」というのは、むしろ彼にとっては恐怖をやわらげるための呪文だった。


 その彼が、今はっきりと恐怖を覚えている。それはもしかしたら、武器を向けられたことが原因だったのかもしれない。比較的安全な日本の社会で暮らしていたカムイにとって、武器を向けられるというのは刺激が強すぎたのだろう。それは死を恐れないことと矛盾しているかもしれない。しかし、人の心とはえてしてそういうものなのだ。


「いつまでそうしているつもりだ。早く立て。続きをやるぞ」


 いつの間にか離れていた呉羽の声に、カムイは跳ねるようにして起き上がった。木刀の代わりに真剣を構える呉羽は、さっきまでよりもずっと冷えびえとしているように見える。彼女のその動揺のない眼差しが、人を斬ることに躊躇いのない眼差しが、カムイにはことさら恐ろしく思えた。


「いくぞ。集中して、ちゃんと避けろよ?」


 そう言って、カムイが頷くより早く、呉羽は地面を蹴って間合いを詰める。そのあと、システムメニューにセットしておいたタイマーが鳴るまで、カムイはひたすら逃げ回った。


「死ぬかと思った……」


 げっそりとした表情で手ごろな石に座り込んだカムイはそう言った。着ている服は、特に上半身がボロボロだ。あちこち切り刻まれ、血が滲んでいる。しかしアブソープションのおかげなのか、身体の傷はもう消えてしまっていた。痕すら残っていない。実際のところすでに疲労も回復していて、つまりベストコンディションなのだが、彼はまだまだ動けそうになかった。精神的な疲労が激しいのだ。


「うむ、最後のほうはなかなかいい動きだったぞ、カムイ」


 そんな彼とは対照的に晴々としていて、達成感の滲む声でそう言ったのは呉羽だ。彼女は「ようやく身の入った稽古ができた」と喜んでいる。カムイとしては、そんなつもりは全然ないのに、今までの稽古は「身が入っていなかった」と言われているようで釈然としない。


「お前な……。ちょっとは手加減しろよ……」


「ちゃんとしたぞ」


「どこがだ」


「致命傷も大量出血もない。完璧だ」


 そう自画自賛して、呉羽は何度も頷く。確かにカムイが負った傷(もう治っているが)はどれも浅かった。木刀の時とは違って寸止めも多かったし、配慮してくれていたのは本当なのだろう。まあ、してくれなければ困るが。


「どうする、もう止めるか?」


 呉羽が憔悴した様子のカムイを見下ろしながらそう尋ねる。現状カムイは、モンスター相手に危機的な状況になったことはない。戦ったモンスターは全て倒してきた。そういう意味ではゲームを攻略する上で、少なくともポイントを稼ぐ上で、厳しくて痛い稽古をする必要は必ずしもないのかもしれない。呉羽は言外にそう言っていた。


「……いや、続ける」


 しかしカムイは顔を上げるとはっきりそう言った。今はまだ大丈夫。それは事実だ。しかしこの先はどうか。先のことを考えて、彼は呉羽に稽古を付けてくれるよう頼んだのである。それを放り出すわけにはいかなかった。


「よしよし。カムイは強い子だな」


 そう言って嬉しそうな笑みを浮かべると、呉羽はカムイの頭を子ども扱いに撫でる。カムイが「やめろ」と言って手を払うと素直にやめてくれたが、にまにまとした笑みは浮かべたままである。その笑顔を見ていると、なんだか不貞腐れているのも馬鹿らしくて、カムイは苦笑を浮かべると視線を逸らした。


「……それにしても、これはもう着れないな」


 そう言ってカムイは切り刻まれたシャツを摘む。するとそれまでの笑顔から一転、呉羽が申し訳なさそうな顔をした。システムの《全身クリーニング》を使えば血の汚れは落ちるだろう。しかしばっさり切られてしまった傷はもとには戻らない。


「あ~、それについては、申し訳ないと思っている……」


「まあそれはいいさ。そんなに高いものじゃないし。だけど明日からどうするかなぁ……」


 着る物はアイテムショップで新たに買えばいい。しかし問題はそういう事ではない。カムイが気にしているのは、明日の稽古でもまたこうして衣服が切り刻まれる可能性が大であるということだ。さすがに毎日新しい服を買うのはポイントの無駄だ。


「仕方ない。明日からは上裸でやるか」


 少し考えてからカムイはそう言った。傷はすぐに治るようだし、それが一番いいだろう。彼はそう思ったのだが、しかし意外なところから意外な反応があった。


「な……。ふ、服を着ないつもりなのか!?」


「いや、だって着てもすぐにボロ雑巾だぜ? ちなみにボロ雑巾にするのお前な」


「破廉恥だ! さ、さては私を動揺させる作戦だな!?」


 顔を真っ赤にした呉羽がそう叫ぶ。彼女のその顔を見て、なぜかカムイのほうまで気恥ずかしくなってきた。


「何の話だ!? だ、だいたい、男の上半身裸なんて見慣れてるだろ!?」


 プールや水泳の授業だけでなく、男の上半身裸程度ならリアルのテレビでもしょっちゅう流れていた。それに日本の国技である相撲なんてほぼ全裸である。今さら男の上半身裸くらいで顔を真っ赤にされていたら、むしろカムイの方が困ってしまう。


「い、いやまあそうだが……、いやしかしそういう話ではない!?」


「じゃあどういう話なんだよ!?」


「いいからなんか着ろぉお!?」


「だからポイントの無駄だってぇの!」


 その後しばらく、二人はギャアギャアと騒いだ。ちなみに、結局上裸で決まった。



 ― ‡ ―



 朝の稽古が終わると、カムイと呉羽は分かれてそれぞれ別行動になる。二人ともモンスターを探してポイントを稼いでいるのだが、二人ともこの辺のモンスターを相手に手こずることはほぼない。それに技量やスタイルに差がありすぎて連携もままならない。きちんとした連携ができるようになるには相応の時間が必要なのだが、そのためにポイントを犠牲にできるほどの余裕はない。


 それで結局ポイント稼ぎが優先になり、連携はできないから二人別々に動いているのだ。それに多分だが連携ができたとしても、二人で一緒に戦うより、個別に二箇所で戦った方が稼ぎの効率もいい。


 それで今、カムイは一人でいた。ダメになってしまった服の代わりに着ているのは、アイテムショップで買った薄くて身体にぴったりとした半袖の黒いボディースーツである。ちなみに着るのに少し苦労した。後で、上着としてシャツでもさらに買うつもりだった。


 ことポイント稼ぎに関して言えば、カムイは別にモンスターを倒さなくとも良い。アブソープションを使って瘴気を吸収し、白夜叉を使ってそのエネルギーを消費してやれば、それだけでポイントが稼げるからだ。


 ただ、それだけでは戦闘経験は積めない。それで朝の稽古の復習などのつもりで、カムイはモンスターとの戦闘をこなしていた。


(相手の動きをよく見て、次を予測して、回避……。次にどうするかを常に考えながら動く……)


 呉羽から散々言われたことを反芻しながら、カムイは猪に似たモンスターの突進をサイドステップでかわす。ちなみにリアルなら100キロを越えるであろう大物で、一番近くを通り抜けていくときはなかなか威圧感がある。


 直線的なモンスターの動きは、呉羽の緩急のついた複雑な動きと比べると非常に単調である。まだまだ素人の域を越えないカムイでも、高い身体能力に物言わせれば十分に余裕を持って回避できた。


 反撃はまだしていない。回避一辺倒だ。決してできないわけではなく、この手ごろなモンスターを相手に回避の練習をしているのだ。カムイがお手本として脳裏に思い浮かべているのは、稽古の中で呉羽が見せてくれた動きである。


(無駄を少なく、小さな動きで。十分に引き付けてから……)


 サイドステップ。身体から三十センチほど離れた位置を、モンスターの黒い体躯が突き抜けていく。思いのほか大きく離れてしまい、カムイは少しだけ顔をしかめた。


 無駄を少なくするということは、隙をなくすということ。動きを小さくすれば、体勢を崩す危険が減るし、また次の動作にも移りやすくなる。敵を十分に引き付けてから素早く回避すれば、相手は対応がしづらくなるだろう。


『重要なのは勝つことじゃない。重要なのは有利に戦闘を進め、そして有利な状態のまま戦闘を終えることだ』


 稽古の初日、呉羽は「受け売りだが」と断った上でそう訓示した。いかに不利な状態に陥らず、逆にいかに有利な状態を保持するのか。戦闘とはその駆け引きである、と彼女は言う。


(どうやったらもっと有利な状態になれる?)


 それを考えながら戦う。つまりはそういうことなのだろう、とカムイは思っている。


「ギギィ!!」


 逃げてばかりのカムイをなかなか捉えられずに苛立っているのか、モンスターは前足で地面を掻きながら耳障りな唸り声を上げる。カムイは動きを止めたモンスターから目を逸らさないようにしながら、ゆっくりと動いて位置を変えた。


 そしてある地点で立ち止まると、カムイは小さく腰を落とした。白夜叉の白いオーラを炎のように揺らめかせてモンスターを挑発する。それが癇に障ったのか、モンスターはすぐに彼目掛けて突進してきた。


 モンスターの突進を、カムイはまたサイドステップでかわした。ただ今回は片足を軸にして身体を回転させ、モンスターの後ろに回りこむ。


「ギィ!?」


 カムイの目の前で、モンスターが悲鳴を上げる。さっきまで彼がいた場所のそのすぐ後ろには大きな石があって、モンスターはそれに頭をぶつけたのだ。それを狙ってカムイはそこまで移動したのである。


 モンスターの動きが止まる。さらにカムイがいるのは無防備な背後。これ以上ないくらいに有利な状態だ。ここぞとばかりにカムイは反撃に移った。


「ハッ!」


 大きく足を踏み込み、握り締めた拳を振りぬく。モンスターはその攻撃をまったく無防備なまま受けた。巨躯が吹き飛び、もう一度大きな石に頭をぶつける。そしてそのまま横向きに倒れた。しかしまだ黒い霧には還らない。


「ハァァァッ!」


 カムイは駆け寄り、手刀を一振りする。その手刀はモンスターの首筋を、ほとんど何の抵抗もなく切り裂いた。そして一拍あってからモンスターの身体が解けて黒い霧に還る。後に残ったのはいつも通り薄紅色の魔昌石だけだ。


「ふう。結構上手くいったな」


 今の戦い方に満足げな笑みを浮かべながらカムイは一つ頷いた。そして魔昌石に触ってポイントに変換する。


「それにしても、もう一つ何か手札が欲しいな……」


 エフェクトと一緒に魔昌石が消えると、ふとカムイはそう呟いた。今の彼の戦闘スタイルというのは、いわゆる近接格闘である。白夜叉の性能に頼りっ放しの部分はあるが、要するに敵と非常に接近した状態で戦うスタイルだ。


 そのスタイルの弱点は何か。間合いが非常に狭いことである、とカムイは考える。極端な話、離れたところから攻撃されたら、彼は何もできないのだ。


 そうなると、次なる手札の方向性も定まってくる。つまり、遠距離からの攻撃手段だ。この場合、狙撃ライフルのようなものをカムイは全く考えていない。もっと狭い範囲でいい。10~20メートル程度の射程があれば十分だと思っていた。


「う~ん……」


 頭を捻りつつ、カムイはイメージを膨らませる。彼の脳裏にまず浮かんだのは呉羽の姿だった。彼はおもむろに右手で手刀を作ると、ゆっくりと振りかぶり、そして勢い良く振り下ろす。


 呉羽はこうやって刀を振るって、衝撃波なのかそれとも真空波なのか分からないが、斬撃を飛ばすということをやっていた。それが彼女の、遠距離からの攻撃手段なわけだ。まるでマンガやアニメの世界そのままで、初めて見たときカムイは感心するのを通り越して感動してしまったものである。


 今、カムイがやったのはその真似である。白夜叉のオーラを纏った彼の手刀もなかなかのもので、今のところ呉羽の草薙剣/天叢雲剣以外に切れないものはない。それでもしかしたらと思ったのだが、しかし何も起こらない。


「ダメか……」


 カムイの声に少々の落胆が混じる。いきなりできるとは思っていなかったが、しかし何の成果もないとそれはそれで悲しくなる。もしかしたら呉羽のアレは、彼女のユニークスキルである【草薙剣/天叢雲剣】があってはじめて使える刀技なのかもしれない。


 尤も、だからと言ってカムイに同じことができないと決め付けるのは時期尚早である。もっとイメージを、つまり方法論を明確にして何度も繰り返し練習すれば、たぶんそのうちできるようになるだろう。しかし彼はひとまず別のアプローチの仕方を考えてみることにした。


「……石でも投げるか?」


 確かにそれは今すぐにでも実行可能な手法である。白夜叉で強化された身体能力を駆使すれば、それなりの威力を得られるだろう。ただ、それが他のプレイヤーやモンスターに通用するのかは疑問である。石の強度的な問題も出てくるだろうし、またそもそもカムイがイメージしている方向性とはちょっと違う。


「う~ん」


 再び唸って頭を捻りながら、カムイは腕を組む。やはりまずは方法論を考えなければならないだろう。


 遠距離からの攻撃手段ということは、つまり何かを投げる、あるいは飛ばすということだ。一番身近な例である呉羽の場合、彼女は斬撃を飛ばしている。


「アニメとかマンガだと、こういう時は……」


 火炎弾や氷弾、雷なんかを飛ばすのが王道だろうか。忍者ものであれば、手裏剣などを投げるのもよく見る。もっとシンプルに弓や銃を使っているものも多かった。サブカルチャーにまみれた日本には、こういう時に参考になるものが大量にある。


 ただ、それらが今のカムイにとってちょうど良いかと言えばそうでもない。彼は現状、炎や氷、雷なんかを発生させることはできないし、手裏剣や弓などの道具を使おうと思えばその分ポイントがかかってしまう。


「ポイントはかけずに、手持ちの手札でなんとか……」


 それがまず条件の一つだ。そうなると、道具が必要になる類の方法は全部ボツである。


「手持ちの手札……。何があるかなぁ……」


 メインになるのは、やはり【Absorption(アブソープション)】と【白夜叉】の二つのスキルだろう。この二つをうまく使って、遠距離からの攻撃手段を編み出さなければならない。


「アブソープション……、白夜叉……」


 何かを投げる、飛ばす、あるいは放つ。コストをかけることなく、しかし一度きりではなく何度も。そうやってキーワードを頭の中で羅列しながら、カムイはイメージを膨らませていく。


(そういえば……)


 その時、カムイはふとある出来事を思い出した。このゲームが始まってすぐ、初めてアブソープションを使ったときのことだ。


 あの時、カムイはアブソープションで吸収した、あのマグマのようなエネルギーが身体の中に溜まり続けて死にそうになった。吸収そのものはスキルを停止させることでなんとかなったが、しかしすでに吸収してしまったエネルギーは彼を苦しめ続けていた。それで彼はどうしたのだったか。


「吐き出して、吹っ飛んだ」


 その時のことを、カムイは苦笑しながら思い出す。あの時、彼は体内に溜まったエネルギーを口から吐き出した。そしてその際、その反作用で彼は後ろにもんどり返ってしまった。今思い出してみると、よく首の骨が折れなかったものである。


 さて、反作用があったということは、逆方向の作用もまたあったということである。つまりあの時カムイが吐き出したエネルギーには、それなりの威力があったということだ。少なくとも、人ひとりを吹っ飛ばすぐらいの威力が。


(コレ、使えるんじゃないかな……)


 カムイはそう思った。アブソープションで吸収したエネルギーを衝撃波として放つ。コストはかからないし、エネルギーを補給してやれば何度でも使える。そして補給はアブソープションを使えばいくらでも可能だ。


(よし。これでいこう。でも口から出すのは何か嫌だから……)


 カムイは右腕を前に突き出して手のひらを開いた。そして左手をそこに添えて固定する。準備が整うと彼は深く息を吸い込み、それと同時にアブソープションの出力を一時的に上げてエネルギーのタメを作る。


(……っ、やっぱキツイな……)


 身体の中に余剰エネルギーを溜め込むのは、最初の頃ほどではないにせよ、やっぱりキツイ。まるで身体の中に熱く熱した重りを置かれたようだった。顔を歪めつつもカムイはそれに耐え、そのエネルギーを一気に右腕に流し込み、そしてそのまま手のひらから外に放出する。


「…………」


 カムイは思わず顔をしかめた。何も起こらなかった、わけではない。溜め込んだ余剰エネルギーはちゃんと身体の外に放出されている。それは身体が楽になったことからも分かる。


 ただしカムイがイメージしていたような衝撃波としてではなく、白夜叉のオーラとして。右手を包み込み、他の箇所よりも強くそして大きく輝くオーラを見て、彼は思わずなんともいえない顔になった。


 思いがけない結果、というべきか。この状態なら、恐らく右手の攻撃力は劇的に向上しているはずだ。そういう意味では一つの収穫と言っていいだろう。しかし言うまでもなく、カムイが望んでいた結果ではない。


 意地になったように、カムイは同じ事を何度も繰り返した。しかし一度として、手から衝撃波を放つことには成功しない。白夜叉のオーラが一際煌くだけだ。最後には彼も認めざるを得なくなった。


「白夜叉が優先なんだなぁ、きっと……」


 白夜叉は全身にエネルギーを巡らせ、それを外に放出するときオーラに変換することで実現している。つまり内から外へのルートがすでに出来上がっているのだ。そのルートに新たなエネルギーを乗せたとしても、結局変わったところは何もなく、白夜叉とは別の効果を得ることはできない。そう考えれば辻褄は合うように思えた。


(白夜叉を、少なくとも一部解除すれば……)


 そうすれば、確かに衝撃波は放てるかもしれない。ただカムイは全身にエネルギーを巡らせるために血液の流れを利用している。だから白夜叉を一部解除するということは、身体の一部に血を流さないことに等しい。そんなのどうすれば良いのかさっぱり分からなかった。それに衝撃波を放つだけにしては、少々リスクが大きいようにも思う。


「一番簡単で確実なのは、白夜叉を解除した状態でやることなんだろうけど……」


 それはリスクが大きすぎる。瘴気のためにあの吐き気に襲われることも考えられるし、そうでなくとも白夜叉を解除すれば防御力が著しく低下する。遠距離からの攻撃手段を得るためだけに、そこまでする気にはならなかった。


「なんとか白夜叉と併用したいんだけど……」


 そのためには白夜叉のエネルギーの流れとは別のところに、またそれ用のルートを構築しなければならない、のだろう。ではそれをどこでするのか。答えはすぐに出た。


「やっぱ、口か……」


 渋い顔をしながらカムイはそう呟く。体内でタメを作り、それを口から吐き出して衝撃波とする。たぶん上手くいくだろう。唯一問題があるとすれば、それを想像したときにそこはかとない滑稽さを覚える彼の心だけである。


「目からビィィィィム!!」


 突然、目を見開いてカムイが叫ぶ。しかし何も起こらない。彼自身、何か起こるとは思っていなかった。起こればいいなぁ、とは期待していたが。口よりは目の方がまだネタになる、というのが彼の主張である。


「う~む、仕方ない、か……」


 ようやく諸々を諦めて、カムイはそれを受け入れた。口からだろうがどこからだろうが、遠距離からの攻撃手段を手に入れることは、これから先の攻略で必ずプラスになる。ここで止めるという選択肢はなかった。


 カムイは深く息を吸い込みながら、再度アブソープションの出力を上げて余剰エネルギーのタメを作る。そして息を吐くと同時に、そのエネルギーを外へ吹き出す。


「……っ!」


 その瞬間、カムイの首に負荷がかかった。ただ足を踏ん張っていたし、なにより白夜叉で強化してあるから、いつかのようにもんどり返ることはない。なにより首に負荷がかかったということは反作用があったということで、ということは逆方向の作用もきちんと働いているはず。ひとまず一歩前進、と言っていいだろう。


 ただ、何もないところに向かって放ったせいで、どれほどの威力があるのかいまいち分からない。それでカムイはその辺に転がっていた大きな岩に近づくと、それを的にしてもう一度衝撃波を放った。結果は、まるで効果なし。


「強風程度の威力だな、これじゃあ」


 これでは、戦闘には役立たない。もっと威力を上げる必要があった。


(タメを大きくする……? いや、それよりももっと一気に放つように……)


 イメージとしては「ふぅぅぅ」と息を吹き出すのではなく、「ハッ!」と短く大きな声を出すような感じだ。さらにカムイは体内で作るエネルギーのタメを、あくまでイメージ上の話だが、小さくまとめて圧縮し一度に吐き出しやすくする。準備を整え、彼は口を開いた。


「ガッ!?」


 衝撃波は一抹の混乱と共に放たれた。そのせいで「ハッ!」と声を出すつもりでいたのが、「ガッ!?」になってしまっている。なぜ多少なりともカムイが混乱したのかと言うと、口元にせり上がってきた力が思った以上に強力だったからだ。


 しかし放たれた衝撃波の威力はそれに見合うものだった。的にした大きな岩には、まるでメリケンサックか何かで殴ったかのように、細かなヒビが幾つも生まれていた。少し咳き込んだ後にそれを見て、カムイは笑顔を浮かべると「よし」と言って何度も頷いた。実戦で使えるだけの、最低限の威力は備えているように思う。


 その後、カムイは練習と検証を兼ねて何度も衝撃波を放った。今のところ、使い物になる射程は目算で5メートルといったところか。エネルギーのタメを多くすると圧縮が難しくなることも分かった。多くしすぎると、一気に放てなくなる。そうするとまるで顔の前で風船が破裂したみたいになって、衝撃波に上手く指向性を持たせられない。要するに失敗だった。


「ふう……。ひとまずはこんなモンか?」


 何十回と衝撃波を放ち、その扱いにもだんだん慣れてきた頃、カムイはそう呟いてから小休止を入れる。彼のいる周辺には、砕けた岩や折れた枯れ木が散乱していた。彼がやたら滅多ら衝撃波を放ちまくった結果である。とはいえ誰が困るわけでも、まして怒るわけでもない。要するに、途中モンスターが現れることもなかったので、つい熱中してしまったのだ。


 余談だが、どうもモンスターが同じ場所にもう一度現れるまでには、ある程度の時間が必要になるらしい。つまり効率よくポイントを稼ぐためには、移動しながらモンスターを探した方がいい、ということである。


 ただ先程モンスターを倒してから、どうやら十分に時間が経過したようである。モンスターの耳障りな鳴き声が響く。それを耳にして、カムイは顔をしかめつつも獰猛に笑った。新しい手札の実験にちょうどいい、と思ったのだ。


「さあ、どこだ……」


 軽く腰を落としていつでも動ける体勢を取る。モンスターの姿はまだ見当たらない。それでカムイは耳を澄まし、鳴き声から敵の位置を探った。


「上……!?」


 果たして敵がいたのは、思いもよらないところ、つまり空だった。モンスターは空を飛んでいたのである。


「鳥型かよ……!」


 耳障りなあの鳴き声を上げながら空を旋回する鳥型のモンスターを見て、カムイは眉間にシワを寄せながら忌々しげに呻く。空を飛ぶタイプは初めてだったし、なにより見下ろされていると思うといい気はしなかった。


「ギギギィ!」


 やがて、鳴き声を上げながらモンスターが勢い良く高度を下げてカムイのほうに向かってくる。本物の鳥らしく、その嘴は鋭い。なにより、のっぺりとしたその顔に浮かぶ真っ赤な目が不気味だった。


 モンスターの突撃を、カムイは身を低く屈めてかわす。モンスターは攻撃が外れるとすぐに羽ばたいて高度を上げ、上空に逃げた。そこが最も安全であると、本能的に知っているのだ。尤も、モンスターがまともな生命体なのかは全くもって定かではないが。


(結構デカかったな……)


 間近で見たモンスターの姿を思い出し、カムイは声に出さずにそう呟く。大きく翼を広げたその幅は2メートル以上あったように思えた。


「いつまでも逃げてるだけじゃあ、埒があかないよなぁ……!」


 モンスターの攻撃を何度か回避し、その動きにも慣れてきた頃、カムイは獰猛な笑みを浮かべながらおもむろにそう呟いた。そしてまた上空に逃げてしまったモンスターを、見失わないように睨み付けて目で追う。やがてまた、モンスターが高度を下げた。


(来た……!)


 大きく息を吸い込み、同時にエネルギーのタメを作る。突撃してくるモンスターから目を逸らさずに睨みつけ、そのエネルギーを圧縮し、そして放つ。


「ハッ!」


「ギィ!?」


 手刀や拳では、もしかしたら避けられていたかもしれない。しかし不可視の衝撃波を避けることは難しかったようだ。モンスターはカムイの放った衝撃波を真正面から喰らって吹き飛ばされ、地面にバウンドして身体を何度か打ちつけ、そのまま数メートル転がってようやく止まった。


 ただし、モンスターの身体はまだ黒い霧に還っていない。それどころかその身体が僅かに動くのを見ると、カムイはすぐさま駆け出して走り寄る。そしてモンスターの身体を勢い良く足で踏みつけた。


 僅かな抵抗と反発。それはすぐに消えた。モンスターの身体が解けて黒い霧に還り、カムイの足が地面につく。そのすぐ隣には、薄紅色の魔昌石が転がっていた。


 カムイはその魔昌石を拾い上げる。すると数秒もしないうちにシャボン玉のエフェクトに包まれて魔昌石は消えた。そして空っぽになった手のひらをカムイは握り締める。


 新しい攻撃手段であるあの衝撃波は、一撃でモンスターを倒すことはできなかった。しかし十分使い物になる。カムイにはその手応えがあった。そしてなにより……。


(これを使って見せたら、呉羽はどんな顔するかな?)


 それを想像して、カムイは少しだけ意地悪げにほくそえんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「目からビィィィィム!!」 眼が負傷したらどうする気だったのかw
[気になる点] 主人公が瘴気のない場所での戦闘を考慮してないのは 絶対におかしい 後々の展開で出そうと思ってるんだと思うけど、読者に【おかしい】と思わせた時点で 物語は劣化していく
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