Go West! Go East! 7
キファの得物はスリングショット、要するにパチンコである。アイテムショップで購入したものだが、マジックアイテムではないと言う。ただし、玉として飛ばすブツは普通のパチンコ玉ではない。
「ギィィイイイイ!!」
出現した狼のようなモンスターが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。なかなかの迫力だが、しかしキファに臆した様子はない。彼女は腰のポーチから玉を一つ取り出すとそれをスリングショットに装填し、ゴムを引き絞って狙いを定める。そしてモンスターが地を蹴って飛び上がった瞬間を見計らい玉を放った。
――――パァンッ!
まるで銃声のような鋭い破裂音が響き、モンスターの頭が吹き飛ぶ。頭部を失ったモンスターはそのまま瘴気へと還り、後には放物線を描く魔昌石が一つだけ残った。地面に落ち、コロコロと転がってくる魔昌石をキファが満足げに拾い上げる。するとそれはすぐにシャボン玉のエフェクトに包まれて消えた。ポイントに変換されたのだ。
「……さて、何度か見てもうすでに勘付いているとは思うが、私が使っているこの玉は少々特殊でね。これ自体がマジックアイテムと言っていい。ちなみに私のお手製だよ」
そう言ってキファは腰のポートから玉を一つ取り出すと、それをカムイらに示して見せた。大きさは直径が一センチくらいだろうか、ビー玉くらいの大きさの小さな球体である。磨かれているのか表面には光沢があってそれなりに綺麗だが、しかし素材自体はなんの変哲もない石のように見えた。
「何か特殊な素材を使っているんですか?」
「いや、素材はただの石だよ。こうやって作るんだ」
キファはそう言って玉をポーチに戻すと、腰を屈めて手ごろな大きさの石を拾い上げた。そしてある魔法を発動する。するとキファが持っていた石がわずかに浮き上がり、それからまるで粘土のようにぐにゃりと形を変えた。
カムイとカレンが驚いている目の前で、キファはさらに魔法を制御し、粘土のようになった石を小さな球体へと加工していく。やがて一分もしないうちに、石は幾つかの小さな球体に変わった。つまりキファはこうしてスリングショットの玉を作っているのだ。
「……それがキファさんのユニークスキルなんですか?」
「ん? ああ、いや、違う。これは〈工芸魔法〉と言ってね。私の世界では結構広く使われている魔法なんだ。もともとは錬金術師たちが開発した魔法と言われていて、っとまあ今は関係ないね」
キファの説明によれば、クラフトマジックで加工できるのは形だけで、そこに何かしらの力を込めることはできないのだと言う。つまり今の段階では、ただの小さな丸い石でしかないということだ。
スリングショットで撃てばそれなりの威力になるのだろうが、しかしそれだけでモンスターの頭を吹き飛ばせるとは思えない。それにキファも言っていたではないか。これ自体がマジックアイテムである、と。
「さて。ではここからだ」
クラフトマジックで幾つかの小さな石玉を浮かせたまま、キファはそう言ってにやりと得意げな笑みを浮かべた。そして少し強めの口調でこう言った。
「ユニークスキル【ギフト】発動。〈炸裂〉」
その瞬間、キファがクラフトマジックで浮かせていた幾つかの石玉が一斉に光を放った。その光が収まると、キファは具合を確かめてから満足げに一つ頷く。そして完成したスリングショットの玉を、一つだけ手元に残し他を腰のポーチに片付ける。それから彼女はカムイとカレンのほうに視線を戻し、自分の能力についてこう説明を始めた。
「もう分かっていると思うが、私のユニークスキルは【ギフト】という。その能力は【自分の作品にギフトをあたえる】こと。ま、要するに何かしらの能力を与えるということさ」
キファは茶目っ気を見せながらそう言った。つまり先程は、自分で作った石玉に〈炸裂〉のギフトを与えた、ということだ。ちなみに完成した品は〈炸裂玉〉と言うそうだ。
「何かを作り出す能力ではないからね、生産系のユニークスキルとはいい難い。かといって戦闘をこなせるような能力でもない。まあ、私が使うことでマジックアイテムを作り出せる能力、といったところかな」
尤もユニークである以上、キファ以外にはそもそも使えないのだが。なんにせよキファという職人の技能があって初めて「生産系」と名乗ることが許される能力だ。少なくとも彼女自身はそう思っている。そしてそれはある意味、自らが培ってきた技能への誇りの表れと言えた。
まあそれはそれとして。要するに琥珀色の結晶を加工するのはキファという職人の技能であり、加工された結晶にギフトを与えるのはユニークスキルの力、ということだ。そこまで情報を整理したところで、カムイはふとこう思った。
(むしろ好都合じゃね?)
そもそも彼は装備のデザインにそれほど頓着していない。もちろん気に入ったものがあればそれを選ぶが、しかしそれよりは性能重視だ。それがマジックアイテムならなおのこと。
その点、キファのユニークスキルは理想的だった。なにしろ加工のためのスキルではないから、その容量が全てギフトを与えるためにさかれている。その分、与えられるギフトが強力になると期待するのは、決して的外れではないだろう。
「……とまあ、これが私のユニークスキルだ。こういう能力だからね。大抵の要望には答えられると思うよ」
キファは自信を見せてそう言った。それから「それで、どうする?」と言ってカムイの方を見る。しかしいきなり聞かれても、咄嗟に考えは纏まらない。それで彼はこう答えた。
「……少し考えさせてもらっていいですか?」
「もちろんだ。急ぐものでもないし、歩きながらでもゆっくり考えてくれ」
そう言って一つ頷くと、キファは「それじゃあ行こうか」と言ってまた廃都の中を歩き出した。彼女は辺りを警戒しつつ、何かを探すかのように辺りをキョロキョロと見渡す。そして目当てのものを見つけたのか突然小走りになり、民家だったと思われるある廃墟の中へ入って行った。
「キファさん!?」
カムイとカレンも慌てて彼女のあとを追って廃墟の中へ入る。そこで彼女はガラクタをどかし、地面に膝をつきながら小さな隙間に手を突っ込んでいた。そして眉間にシワを寄せながら指先の感覚を頼りにその中を探る。少しして目当てのモノを掴んだのか、キファは表情を緩めて腕を隙間から引き抜いた。
「さて、と……」
立ち上がったキファがゆっくりと手を開く。カムイとカレンも好奇心を刺激されてその手を覗き込む。キファの手の中にあったのは、一枚の銅貨だった。
「あ、これってもしかして、コインペンダントに使ってる……」
カレンはそう言って、胸元から以前に購入したコインペンダントを引っ張り出す。三つのコインペンダントが一まとめにされているそれを見て、キファは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ああ、買ってくれたのかい。嬉しいねぇ」
「あれ、でもちょっと違いますね……?」
カレンの言うとおり、キファが見つけた銅貨とコインペンダントの銅貨は別のシロモノだった。今ほど見つけた銅貨は縁取りがされておらず形も歪だ。刻まれている絵図も違っている。
「このままだと私が作ったことにならないからね。だからコレを素材にして、別のコインを作るんだ」
そうすれば【ギフト】の能力が使える、という寸法である。本来そのためにはまず鋳溶かさなければならないから、それが随分手間になるのだろうが、キファの場合はそれも問題にならない。
「やっぱりクラフトマジックで加工するんですか?」
「あとは金型も使うね。クラフトマジックは細かい加工には向かないんだ」
そう言ってキファは見つけた銅貨を腰のポーチに仕舞った。ちなみにスリングショットの玉が入っているのとは別のポーチである。もしかしたらストレージアイテムの一種なのかもしれない、とカムイは思った。
「……それにしても、よくこんなところにあるって分かりましたね」
先ほどのキファの動きには、なんというか無駄がなかった。まるで最初からここに銅貨があることが分かっていたかのような、そんな印象さえ受ける。カムイがそう言うと、キファは苦笑しながらこう応えた。
「何となくだけど、分かるんだ。こっちの世界に来て、廃都をあさるようになってからなんだけどね。後ろ髪を引かれるような感覚、とでも言えばいいのかな? そういうものを感じるんだ」
「…………スキル、かもしれないですね」
少し考え込んでから、カムイは呟くようにそう言った。つまり、キファは廃都で素材探しをしている内に、なにか〈探索〉のようなスキルを身につけたのではないか、とそう思ったのだ。彼としては何の根拠もないただの憶測なのだが、それを聞いたキファは目の覚めるような思いがした。
「そうか……。スキル、か……」
そう考えれば、キファ自身も色々と納得がいく。胸のつかえが取れたような気がして、彼女は笑みを浮かべながら何度も頷いた。
それからまた三人は廃都の中を歩き回ってキファが使う素材を集めた。スキルであることを認識したからなのか、キファの探索能力はさらに鋭くなっていた。ほとんど百発百中で素材として使えるモノを見つけ出していく。
「これは……、トルマリンかな? 宝石の類を見つけたのは初めてだよ」
薄紅色の石が付いたブローチを拾い上げ、キファはそう言って歓声を上げた。今までは硬貨をはじめとする金属製品やパーツなどを主に集めていた。それらの素材は幾らあっても足りないのだが、しかしその一方で宝石類を見つけたのは今回が初めてだという。つまり今まではスキルに引っ掛からなかったということで、「レベルでも上がったのかな」とカムイは思った。
「宝石だと、【ギフト】に都合が良かったりするんですか?」
「どうかな。宝石を使ったことはまだないから良く分からないよ。ただ、基本的に高価な素材を使うほど、強力なギフトを付加できるようだね」
そう答えながら、キファは薄紅色のトルマリンが付いたブローチを腰のポーチに片付ける。それからギフトの付加について、さらにこう付け加えた。
「どの程度のギフトを付加できるのかは素材によっても左右されるけど、それ以上に大きいのは私の思い入れやテンションかもしれないね」
つまりお気に入りの作品や、希少な素材でテンションが上がったりすると、強力なギフトを付加しやすい、ということだ。もしかしたら素材の価値と言うのは直接的には関係なく、それによって左右されるキファのテンションこそが問題なのかもしれない。
「その点、宝石はいい。テンションが上がる」
そう言ってキファは「ウヒヒ」と笑った。その笑い方にカレンもカムイも若干引く。なぜ職人と言うのは、こう一癖二癖ある人種が多いのだろうか。ロロイヤのことを思い出しながらカムイはそう思った。そして彼のことを思い出したからなのだろう、カムイはキファにこんなことを尋ねた。
「そういえば、キファさんってユニークスキルなしでもマジックアイテムを作ることはできるんですか?」
「ん? まあ、そうだね。やろうと思えばできるよ。ただ、私は加工を得意とする人間でね。術式の研究は本職じゃないんだ」
キファは少し恥ずかしそうにそう言った。彼女の世界では、その二つは区別されることが一般的なのだという。つまり研究者や学者が編み出した術式を、キファのような職人が筐体に施すのだ。そういう分業体制が確立されていて、両方に手を出すのはよほどの天才か、あるいは変人だけだった。
「ギフトと術式が変に干渉しあったりとかは……?」
「ない。これは確認済みだよ」
キファははっきりとそう答えた。彼女も簡単な術式なら幾つか知っている。使う頻度が多いので、自然と覚えてしまうのだ。そういう術式を使って、すでに確かめたのだ。
「例の結晶には、術式も施した方がいいのかい? それならアイテムショップに【術式目録】があったから、それを買ってそこから適当に……」
話の流れからカムイの意図を察したのか、キファがそう尋ねた。術式とギフト。その両方が揃えばさらに強力なマジックアイテムになる、というのは想像に難くない。ただ、前述したとおりキファは簡単な術式しか知らない。それで高度なものになるとお手上げだった。とはいえ、手がないわけではない。彼女の言う【術式目録】である。
【術式目録】とは、キファの世界で公開されている術式を収めた書物である。職人たちは特に指定がない限り、この中から術式を選んで自らの作品に施すのだ。キファも散々お世話になってきたシロモノだが、この世界に持ってくることはできなかった。
ちなみにアイテムショップにおける【術式目録】のお値段は一冊50万Pt。キファもいずれ買おうと思っていたのだが、高額で今までは手がでなかったのだ。しかし必要と言うのであれば購入することもやぶさかではない。いや依頼主のオーダーに応えるためだ。ぜひとも買うべきだろう。
(そして費用は必要経費に……)
そんな邪悪な思惑もあったりなかったり。とはいえ彼女のその皮算用も、カムイの次の一言で水泡にあえなく帰すことになる。
「あぁ、いえ、術式のアテはすでに他にありまして……」
「ふぅうん……? 念のために聞いておこうか、どこの誰だい?」
不機嫌そうに顔をしかめながら、キファはカムイにそう尋ねた。念のために記しておくが、彼女が気に入らないのは【術式目録】を買えない事ではない。自らの作品に別の誰かが手を加えること、それが面白くないのだ。この辺りの反応は、職人という人種の矜持のためと言っていい。
「ロ、【ROLOYA=ROT】っていうプレイヤーです……」
不機嫌になってしまったキファに居心地の悪い思いをしながら、カムイは正直にそう答えた。そしてロロイヤの名前を聞くと、心当たりがあったのかキファはすぐに顔色を変えた。
「【ROLOYA=ROT】というと、プレイヤーショップに〈ストレージブレスレット〉を出品した、あのロロイヤかい?」
まさにその通りである。それでカムイが一つ頷くと、キファは「そう、か……」と呟いて黙り込んだ。そしてしばらくしてから彼女はカムイにこう尋ねた。
「ロロイヤ、さんのユニークスキルは生産系なのかな?」
「えっと、確か違うはずです。良く分からないんですけど、工房みたいな能力だったはず……」
「ユニークスキルの名前は【悠久なる狭間の庵】。もとの世界で使っていた工房のレプリカ、って言ってました」
カムイが言いよどんでいると、カレンがそう助け舟を出した。彼女は一時期ロロイヤと一緒に旅をしており、その時に彼から能力について聞いたのだという。ただ、さすがにその全容は知らない、と言った。まあ、興味がなかったので聞かなかっただけなのだが。
「工房ということは……、つまりユニークスキルの力でマジックアイテムを作っているわけではないと、そういうことか……」
カムイとカレンの話を聞いたキファは、思案げな顔をしながらそう呟いた。実際のところ【悠久なる狭間の庵】の中で製作しているはずなので、ユニークスキルの力は使っているのだが、しかしキファが言いたいのはそういう事ではない。つまり工房さえあればユニークスキルに頼らずとも、自力でマジックアイテムを開発できる能力がロロイヤにはある、ということだ。
先ほど自己申告したとおり、キファは加工や細工を得意とする職人である。そしてその反面、術式の方にはほとんど手を出してこなかった。その分の時間と労力を、技術を磨くことに費やしてきたのだ。
(もともとそっちの方が好きだったというのもあるけど、私はあんまり頭がよくないからねぇ……)
キファはそう自嘲する。そもそも彼女は、そういう学術的な方面に自分の才能があるとは思っていない。それでもし彼女が術式も担当するとすれば、簡単なもので妥協するか、【術式目録】から既存のものを選ぶしかない。
一方でロロイヤはどうか。彼にはマジックアイテムを開発する能力がある。つまり術式を編み出す能力があるということだ。しかもその能力は、恐らく非常に高い。なにしろストレージ系のアイテムを開発できるほどだ。そんな術式、キファは見たことも聞いたこともない。専門ではないにしろ関わりのある人間として、それがどれだけ非常識なことか彼女には分かってしまうのだ。
キファの個人的な心情としては、誰かが自分の作品にさらに手を加えるというのは、やはり面白くない。ただ、彼女も一角の職人である。優れているものは優れていると、感情は抜きにして判断するようにしていた。
そしてロロイヤは職人として優れている。少なくとも術式に関しては、素人同然のキファよりもはるかに。彼女はそれを認めざるを得なかった。そして特別の事情でもない限り、より優れている職人に仕事を頼みたいと思うのが、クライアントの心情であろう。それもキファは理解できた。
「ま、まあ、そういうことなら、術式に関してはロロイヤさんに任せることもやむをえないと判断するのもやぶさかではないと言えないこともないかも知れん」
ものすごく不本意そうな顔をしながら、キファはそう言った。その回りくどすぎる言い方に、カムイもカレンも揃って盛大に苦笑する。やはり職人という人種はどこかヘンな部分がある。二人はそう思った。
キファ自身、やっかいな意地だと思うことがある。しかし意地が、そして矜持がなければ職人なんてものはやっていられない。信じる自分を世に問うこと。それが職人の仕事なのだ。意地と矜持がなければ独創性を打ち出せず、そして独創性のない職人はいずれ埋没していく。ただし、独創性と突飛を履き違えているうちはまだまだ二流である。
(ま、細工の技術は私の方が優れているしね)
それを確認することで、キファは自分の意地と矜持を宥めた。こうして術式はロロイヤが担当することになったのだが、しかしそれ以外の部分はまだ何も決めていない。探索を再開したキファの後ろについて歩きながら、カムイはようやくどんな装備が欲しいのかを考え始めた。
(デザインはキファさんに任せるとして……)
彼女自身、「細工が得意」と言っていたし、装飾に関しては専門家だ。カムイはアクセサリーに詳しくないし、餅は餅屋に任せておけばいいだろう。だから考えるべきは性能、あるいは能力についてである。今回加工を頼む琥珀色の結晶はもともと、カムイのユニークスキル【Absorption】との相乗効果を狙った装備だ。であるならばやはり、その方向で考えた方が良いだろう。
今の状態でも、琥珀色の結晶はある程度当初の目的を果してくれている。結晶を使うことで吸収できるエネルギー量は増えた。そのおかげでカムイはモンスターから瘴気を奪わなくても、“アーム”や“グローブ”といったエネルギー消費量の多いものも使えるようになった。これはかなりの成果と言っていい。
ただその一方で、使い勝手には少々難がある。今ではずいぶん扱いに慣れたが、しかしそれでも入力と出力に二重螺旋を描かせなければいけないというのはたいぶ面倒くさい。大きな欠点、と言えるだろう。
(となると……)
となると、まず一つ求めるものは決まった。「使い勝手の良さ」である。少なくとも二重螺旋など描かせなくとも、普通に魔力をこめれば発動し、アブソープションを発動すればエネルギーを吸収できるようにしてもらいたい。
(あとは……)
そのほかにも可能であるなら、やはり能力自体の強化もお願いしたいところだ。入力に対して得られるエネルギーの量が多くなれば、それはカムイにとって戦闘能力の増強に直結する。できるならぜともひやってもらいたい。
では具体的にどうするのか。方法論としては三つ。一つ目はより多くの瘴気を集めること。二つ目は瘴気の吸収効率を上げること。そして三つ目はエネルギーの生成効率を上げることである。他にも方策はあるのかもしれないが、カムイがすぐに思いつくのはこの三つくらいだった。
この内、より多くの瘴気を集めることについては、キファ以外にもアテがある。言うまでもなくロロイヤだ。今は周辺の濃度以上に瘴気を集めることはできない、しかし彼が研究している瘴気の集束現象と、それを再現するための魔法陣が完成すれば、琥珀色の結晶の周りに潤沢な瘴気を集めることができるようになる。
要するに燃料をかき集められるようになるのだ。例えて言うのなら、かまどをふいごで熱するようなモノである。ふいごなしでも炎は燃えるが、風を送ってやればより激しく燃えるだろう。それと同じである。より多くの瘴気があれば、より多くのエネルギーを生成できるというのは道理であろう。
(……ってことは、キファさんに頼むのは残りの二つだな)
三つに分散してしまうより、二つに注力してもらった方が【ギフト】の効果はより強力になるだろう。そしてロロイヤに術式を施してもらえば、三つの方策全てが揃うことになる。完璧だ、とカムイは自画自賛した。
(他にまだ何か……)
見落としはないだろうか。銀食器のナイフを見つけて喜ぶキファを視界の端に捉えながら、カムイはさらに考えをめぐらせる。思いついたのは装備の強度だった。
カムイの要望が全て実現したとして、そのとき琥珀色の結晶は、使いやすくより多量のエネルギーを生成する装備となる。それ自体はカムイが願ったことだし、歓迎するべきことだ。しかし忘れてはいけない。琥珀色の結晶は内部にエネルギーを溜め込みすぎると、(たぶんだが)爆発するのである。
アブソープションでエネルギーをちゃんと吸収してやれば、爆発することはそうそうないだろう。しかしエネルギーの生成量に対して装備の許容量が小さければ、爆発するリスクは常に付きまとうことになる。そうでなくとも、カムイだって爆弾を首から下げて戦いたくはないのだ。
(爆発しないように耐久性も上げてもらって……)
そんなもので良いだろう。カムイはそう思い、一つ頷いた。ちょうどキファも遺跡の探索を切り上げて部屋へ戻ると言う。落ち着いてから話そうと思い、カムイはキファとカレンの背中を追った。
「いやぁ、付き合ってもらって悪かったね。助かったよ」
部屋に戻ってきたキファは、カムイとカレンをイスに座らせると、二人に冷たいレモンティーとレーズンサンドを出した。ちなみに両方ともアイテムショップから購入したものである。
「おかげで結構素材を集めることができたよ。同じ量をアイテムショップで揃えようとすると、なかなかするからね」
自分のレモンティーを啜りながら、キファは苦笑気味にそう言った。彼女が職人としてこのデスゲームをプレイすることに決めたのは、もちろん初期設定のときだ。そしてその時に気にしたことの一つが、素材をどこから調達するのかということだった。
アイテムショップから購入することで、調達することができるとはヘルプやんからも聞いている。しかしそれではコストがかかる。もちろん、普通であればそれが当然であることはキファも承知している。しかし同時に、職人が腕一本で食べていくことの難しさも彼女は良く知っていた。
ただでさえ、最初は道具や設備で入り用なのだ。なるべくポイントは節約したい。なんとかならないかと考え、そして思いついたのだ。
デスゲームの舞台となるのは、知的生命体が死滅した世界であると言う。つまりこの世界では以前、知的生命体が生活していたのである。ならば遺跡が、そうでなくとも人が生活していた痕跡が残っているはずだ。そしてそこには種々の生活用品も残されているはず。それを利用できないだろうか。
『その可能性は否定はせえへんけど、そうそう上手くいくかも分からんで?』
『なに、構わないさ』
なまりの酷いヘルプやんにそう答え、キファはゲーム開始地点の設定をした。そして割り当てられたのがこの廃都の拠点だったのである。
廃都は大きな都市の遺跡で、さらに幸運なことに貴金属類や宝石の類まで残されていた。これらを拾い集めることで、キファはこれまでにかなりの経費を浮かせてきた。当初は「多少節約できればいい」という程度に考えていたのだが、それを越える成果である。嬉しい誤算だった。
ただありがたい反面、残りすぎているような気もする。恐らくだが、滅んだあとに略奪されなかったのだろう。瘴気に呑まれて滅んだのかもしれない。キファはそんなふうにも考えている。
まあそれはそれとして。冷たくて程よい酸味の利いたレモンティーを楽しみながら、キファはカムイの方に視線を向けた。彼が探索に付き合いつつも、歩きながら色々と考えていたことは分かっている。どうやら琥珀色の結晶の加工に関する要望もまとまったようなので、キファは改めて彼にそれを尋ねた。
「さてカムイ君。どんな装備にしたいのか、考えはまとまったかな?」
「はい、ええっとですね……」
キファに促され、カムイは考えた要望を伝えた。それを聞いてキファは「なるほど……」と呟き思案げな顔になる。
「まずは使いやすくする。そして瘴気の吸収効率とエネルギー生成効率の向上。さらに爆発しないように耐久性もあげる、か……。なかなか盛りだくさんだね。瘴気の収集についてはロロイヤさんに任せるとして、デザインは任せてもらって良いんだね?」
「はい。デザインはよほど突飛なものでなければお任せします」
「よし、そこは私の本職だからね。期待したまえ」
自信を滲ませながらキファはそう応えた。好き勝手やれるのが嬉しかったのか、彼女の表情は楽しげだ。もしかしたら彼女が相手にしてきた客の中には、無理難題を吹っかける困った客もいたのかもしれない。
「それで、できますか?」
「まあ、やるだけやってみよう。いちおう、優先順位を教えてもらえるかな?」
「……使い勝手が第一で、他は、まあバランスを取りながらお願いします」
少し考えてからカムイはそう答えた。それを聞くとキファは一つ頷き、「ま、上手くやってみるよ」と応じる。その態度にはプロの貫禄のようなものが滲み出ていて、カムイは少しだけ安心した。
「じゃあ、次は報酬の話だ。生臭い話ではあるが、仕事である以上、きっちり決めておかないとあとで困るだけだからね。それで、率直だが聞かせてもらおう。予算はどのくらいかな?」
「……300万、でどうですか?」
自分の懐事情を勘案しつつ、カムイはそう答えた。それを聞くと、キファは戦闘職でもないのに、にやりと肉食獣のような笑みを浮かべる。
「素晴らしい……。君は上客だな」
気前のいい顧客は職人にとって福音だよ、とキファは少々興奮した様子で語った。それもそのはずである。何しろ今回、加工する琥珀色の結晶はカムイの持込みだ。つまり買う必要がない。カムイが提示した300万Ptは、ほとんど全てキファの技術料と言っていい。奮い立つには十分な報酬だろう。
テンションを急上昇させているキファを見ながら、カムイも内心で一つ頷いた。キファのユニークスキル【ギフト】は、彼女のテンションによってその効力が左右されると言う。もちろん「そうだ」という確証はないのだが、しかしそう的外れでもないだろうとカムイは思っている。
ならばキファにやる気を出してもらうのは、琥珀色の結晶をより良い装備にするのに欠かせない。そのためなら300万Ptは決して高くない、というのがカムイの考えである。むしろ金で買えるうちは安いものであろう。
「それじゃあ、これで決まりと言うことで良いですか?」
「ああ、異論はない。契約書を作成しようか?」
キファがそう尋ねると、カムイは少し考えてから首を横に振った。そして少し挑発的な口調でこう応じる。
「面倒だからいらないです。そんなものがなくても、ちゃんと仕事はしてくれるでしょうし?」
「くっくっく……。君は本当に、私好みの客だよ」
カムイの返答を聞いて、キファは喉の奥を鳴らしながら楽しげに笑った。上機嫌になったキファをさらにヨイショするため、カムイはストレージアイテムからあるアイテムを取り出してテーブルの上に置いた。
「前金の代わりです。良かったらどうぞ」
カムイがテーブルの上に置いたのは、【クリスタルジェル】の入ったビンである。以前、琥珀色の結晶を作った際に、買いすぎて余っていたモノだ。決して安いものではないのだが、彼が持っていても使い道がない。その点、職人のキファなら有効に使ってくれるだろう。
「なるほど、これが例の……。ありがたく使わせてもらうよ」
ビンの中の【クリスタル・ジェル】を興味深そうに眺めてから、キファは礼を言ってそれを受け取った。変な遠慮をしないのは文化的なものなのか、それとも彼女の性格なのか。たぶん両方なんだろうな、とカムイは思った。
もろもろの話し合いが終わったところで、カムイは琥珀色の結晶を首から外し、「よろしくお願いします」と言ってキファに差し出した。彼女は「任せてもらおう」と言ってそれを受け取る。次にカムイの手元に戻ってくるときには、きっと見た目も性能も今まで以上になっていることだろう。それが楽しみだった。
「……あ、メッセージだわ。アードさんかしら」
それまで黙ってお茶とお菓子を楽しんでいたカレンが、不意にそう呟いてメニュー画面を開いた。そして今さっき届いたばかりのメッセージを確認する。差出人は彼女の予想通りアーキッドだった。
《From:【ARKID】》
《今夜はパーティーだぜ》
カレンからそのメッセージを見せてもらい、カムイはほっと胸を撫で下ろした。もともと心配はしていなかったが、岩陰の拠点から来たプレイヤーたちを受け入れる件については丸く収まったようだ。そのことをキファにも伝えると、彼女は「潜在的な顧客が増えるのは喜ばしいね」と言って笑った。
いかにも彼女らしいその感想にカムイとカレンも笑っていると、今度はカムイの方にメッセージが来た。誰かと思い確認してみると、差出人はミラルダである。
《From:【Miralda】》
《パーティーは夜の七時から。場所は練兵場じゃ。まったく、アードめ。浮かれおって……》
そのメッセージをカレンと読んだカムイは、思わず苦笑を漏らした。今のところ、メッセージは一時間に一回しか送信できない。それで時間と場所を伝え忘れたアーキッドは、ミラルダにそれを伝えてくれるよう頼んだのだろう。カムイの方に連絡が来たということは、もしかしたら着信も一時間に一回しかできないのかもしれない。
メッセージ機能の使用制限はそろそろ解除した方が良いかもしれないな、とカムイは思う。ただ、彼自身にその気はない。使用制限で最も不自由な思いをするのは、連絡網を作ろうとしているアーキッドであろう。なら彼がリクエストするなりしてその制限を解除すればよいのだ。
「ま、なんにしてもパーティーは楽しみだな」
「そうね。何が出るのかしら?」
そんな話をしている二人に、のんびりお茶を飲んでいたキファがこう尋ねる。
「……ところで二人とも、練兵場の場所はわかるのかね?」
もちろん、分かるはずもない。カムイとカレンは顔を見合わせた。そして次の瞬間、二人は揃って彼女に頭を下げる。
「「場所を教えてください!」」
ソレを見てキファはまた「くっくっく……」と楽しげに笑った。
なにはともあれ、こうして話はまとまったのである。




