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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
Go West! Go East!

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Go West! Go East! 5


 キキとスキルについて話した次の日。夕方の稽古の時間になり、カレンとカムイは揃ってイスメルの前で背筋を伸ばした。そんな二人の緊張感漂う様子に一つ頷いてから、イスメルはカレンのほうに視線を向ける。そしてこう言った。


「さて、カレン。そろそろ貴女にも〈伸閃〉を教えようと思います」


「……!」


 イスメルのその言葉を聞いたとき、カレンは目を見開いて身体を震わせた。もちろん、歓喜のためである。カレンはデスゲーム開始以来ずっと師匠である彼女から双剣術を習ってきたのだが、今まで教えてもらってきたのは、全て歩法や型などの基礎的な事柄ばかりだった。


 こと剣術に関して、カレンはイスメルに口答えしたことはない。だがその一方で、基礎ばかりやらされるのが少しばかり不満だったことは否めない。


 しかしそれも今日までである。イスメルはいよいよ〈伸閃〉を教えてくれるという。それはつまり新たなステップに進むと言うことで、逆の見方をすればカレンの腕前が一定のレベルに達したということでもある。そしてそれを、他でもないイスメルが認めたのだ。人から、それも格上の誰かから認めてもらうと言うのは、それだけで喜ばしくまた誇らしいものだ。よほどの天邪鬼でない限り、それは自然と声に現れる。


「はい! よろしくお願いします!」


 カレンの声には歓喜とやる気が漲っている。その様子に微笑ましく一つ頷いてから、イスメルは言葉を続けてこう言った。


「まず、〈伸閃〉について少しおさらいしておきましょう」


 とはいえ、〈伸閃〉とは複雑な剣技ではない。少々特殊ではあるものの、ただ斬撃を伸ばすだけという、至ってシンプルな剣技である。そして付け加えるならば、イスメルが得意とし、ほとんど唯一実戦で使用する剣技である。


 余談だが、イスメルが〈伸閃〉を愛し多用するのは、そのシンプルさのゆえだ。彼女にしてみれば、複雑で扱いの難しい剣技を実戦で使うなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。準備が必要で使うまでに時間がかかる剣技など論外だ。というか、それではまだ使えるというレベルではない、というのがイスメルの意見である。


 反射的に、呼吸をするように使える。イスメルに言わせれば、それが実戦に耐えうるレベルだ。そうでないものはそもそも使うべきではない。訓練と実戦は違うのだ。命のかかった緊張の中で、呼吸すらままならない極限状態で、その呼吸より難しい剣技を使うというのは、博打を通り越してただの自殺行為である。不発に終わることの方が多いのではないだろうか。よしんば使えたとしても、一発逆転・起死回生の大技が格上相手に決まることなど、本当にごく稀である。


 だからそんな状況に置かれる前に日々の鍛錬を、というのがイスメルの持論だ。もちろん、それが理想論であることは彼女も承知している。しかしだからと言って、いわゆる切り札を持っていれば安心、と言う感性をイスメルは理解できない。


 つまるところ、イスメルは〈伸閃〉が使えれば十分と思っているわけではないのだ。彼女に言わせれば、〈伸閃〉しか信頼して使えるレベルの剣技がないのである。自分不器用なので、というのがイスメルの素直な感想だ。


 まあそれはそれとして。〈伸閃〉は当然のことながら、剣を振り回していれば使えるようになる技ではない。こういう特殊な剣技には、すべからく魔力が関係してくる。〈伸閃〉の場合は、魔力で斬撃の間合いを広げる、といった具合だ。


「あの、一つ質問していいでしょうか?」


 説明を聞いていたカレンが、おずおずと手を上げる。イスメルは一つ頷くと、「なんでか?」と言って続きを促した。


「どうして斬撃を伸ばすんですか? 飛ばす方が一般的だと思うんですが……」


 彼女の言う一般的とは、ゲームやマンガ、ライトノベルの話ではない。これまで色々なプレイヤーと接してきた中で、斬撃は伸ばすよりも飛ばす方が圧倒的に多かった、と言うことである。というか、“伸ばす”のほうはイスメル以外に見たことがない。そして意外にも彼女自身、カレンの主張に同意した。


「そうですね。例えばクレハが使う〈風切り〉も、斬撃を飛ばす部類の剣技といっていいでしょう。こういう剣技は多くの流派に似たようなものがあります。それだけ、分かりやすくて有効、ということなのでしょうね」


「じゃあ、なんで師匠はそういう、飛ばす系の剣技を使わないんですか?」


「一言で言えば、信頼できないからです」


 イスメルは明快にそう答えた。放たれた斬撃というのは、当然制御できない。つまり、まずいと思っても止めることができないのだ。例えば、乱戦の中、斬撃を放った敵のその後ろに味方がいたとしたら。イスメルは強すぎる。彼女の場合、斬撃を放ったら敵と一緒に味方まで切り捨てかねない。そういう制御の利かなさが、信頼できないのだ。そして信頼できないものを使いたくはない。


「つまり〈伸閃〉は制御が利いて、だから信頼できるってことですか?」


「少なくとも飛ばしっ放しにするよりは。まあ、どの程度操れるかは今後の鍛錬次第ですね」


 イスメルはカレンにそう答えた。そんな二人のやり取りをずっと黙って聞いていたカムイは、ふとある疑問を覚える。それで控えめに手を上げてから、その疑問をイスメルにぶつけた。


「そもそも、“伸ばすの”と“飛ばすの”の違いってなんなんですか? いえ、制御が利くかどうかっていうのは分かったんですけど……」


 上手く言葉にできず、カムイは少々申し訳なさそうにした。しかしイスメルは彼の聞きたい事を察してくれたようで、一つ頷いてからこう説明してくれた。


「いい質問ですね。最大の違いは、感覚があるかどうかです」


「感覚?」


 はい、とイスメルはもう一度頷く。例えば、手に木の棒を持っているとしよう。そしてそれを杖代わりにして地面を突いたとする。するとその感覚は手応えとして手に伝わる。同じことが〈伸閃〉にも言えるのだ。


 斬撃を飛ばす場合、それが当ったとしても、当然その手応えは伝わってこない。だが〈伸閃〉の場合、当れば手応えがきちんと伝わってくる。それが最大の違いだ、とイスメルは言う。


 それは分かる。分かるが、「だからなに?」というのが、カムイの率直な感想だ。剣を使わない人間の的外れな感想かとも思ったが、カレンも同じように分かっていない顔をしているので、恐らくはこれが一般的な感性だ。


 二人が良く分かっていないことが伝わったのだろう。イスメルは「ふむ」と一つ頷くと、足元から一つ石を拾った。手のひらサイズよりも二回りほど小さい石だ。そしてカレンから剣を一本借りる。イスメルの得物は〈双星剣〉という非常に強力なマジックアイテムであり、これを使うと実演にならないのだ。


「よく見ていてください。まず、斬撃を飛ばしてみます」


 そう言ってイスメルは石を山なりに投げ、さらに剣を上段から勢い良く振り下ろす。刃自体は空振りしたがそこから斬撃が放たれ、石に当って硬質な音を響かせながらそれを粉砕した。砕かれた石は幾つかに分かれて地面にパラパラと落ちる。特にコレと言って変わったところのない、至って普通の結果である。傍から見ているカレンとカムイにしてみれば、イスメルが〈伸閃〉以外の剣技を使ったことの方が驚きだったくらいだ。


「さて、次です。今度は〈伸閃〉を使います」


 そう言ってイスメルはまた同じように石を投げ、同じように剣を振り下ろした。しかしその結果は全く異なるものだった。


 まず、音がしない。石も砕けたりはしなかったから、本当にただ空振りしただけのようにしか見えなかった。しかし地面に落ちた瞬間、その衝撃で石が二つに割れる。それを見てカレンとカムイは思わず「あっ」と声を上げた。


 イスメルに促されて、カレンとカムイはその二つに割れた石を拾ってよく見てみる。その断面はまるで磨かれたように滑らかだった。つまりこの石は割れたのではない。切られたのだ。


「これが、感覚があるかないかの差です。感覚が、手応えがなければこういうことはできません」


 もちろんただ普通に切っているわけではない。魔力の使い方が、ある種の技術が関係してくる。だから〈伸閃〉が使えれば同じことができる、というわけではない。しかし〈伸閃〉のように手応えが伝わってこなければ、こういうことはなかなかできない、とイスメルは言う。要するに、斬撃の鋭さがぜんぜん違う、ということだ。


「まあ石を切るくらいなら、やろうと思えば斬撃を飛ばしてもできるのでしょう。ですが、難易度はずいぶん違ってきます」


 そう言ってイスメルは、声も出ない様子のカレンに剣を返した。カレンはそれを半ば放心状態で受け取って腰の鞘に収める。そんな彼女に、イスメルは少々の茶目っ気を込めてこう告げた。


「次の目標は〈伸閃〉が使えるようになることですが、その次の目標はコレができるようになることです。頑張りましょうね?」


「はい……!」


 どこか慄きさえしながら、カレンはなんとかそう返事をした。目指す高みは遥か彼方。なまじある程度のレベルに達したために、その遠さが良く分かるのだ。


「さて、少し長くなりましたね。稽古を始めましょう。まずはカレンに〈伸閃〉を教えるので、その間カムイは一人で鍛錬をしてもらっていていいですか?」


「はい、構いません」


 カムイは晴々とした顔でそう答えた。むしろフルボッコにされなくてすむので大歓迎である。


「すみませんね。カレンが一人で練習できるようになったら、一緒に立会い稽古でもしましょう」


「はい……、お願いします……」


 イスメルと一対一(サシ)とか、どんな地獄であろうか。いや、稽古としてこれ以上無く有意義であることは分かる。分かるのだが、その厳しさを思うと今から恐怖で身体が震えてくる。こうなったらせいぜい、カレンに時間を稼いでもらうしなかい。とはいえ、これほど的外れな期待もないだろう。


 さてカムイとはお互い邪魔にならない程度に距離を取ってから、イスメルとカレンは本格的な稽古を始めた。イスメルはカレンに双剣を構えさせると、〈伸閃〉についてさらに詳しい説明をする。


「〈伸閃〉はあくまでも斬撃です。魔力で刀身を構築し、それを伸ばしているわけではありません。だからどうしても剣を振るうことが必要になります」


 逆を言えば、振るうことをトリガーにして技の発動を簡略化しているのだ。そのため、例えば突くことはできないし、また剣が止まれば当然斬撃は消える。その代わり、一回毎の消費魔力量(コスト)はごく少ない。あくまで斬撃の間合いを拡張することに特化した剣技。それが〈伸閃〉なのである。


「まずは剣を振りながら、切っ先から魔力を放出します。この時、なるべく細く放出してやるのがコツです」


「はい!」


 言われたとおりのことを意識しながら、カレンは剣を振るう。魔力の放出自体はそう難しくない。その魔力を細く密にしていく。そうしていくうちに、しかしカレンはどこか違和感を覚えるようになった。


(なんだか……)


 なんだか、竹竿でも振り回しているかのような、そんな感覚である。振り回していてバランスが悪いのだ。それをイスメルに告げると、彼女は笑みを浮かべて頷いた。


「ちゃんと魔力を伸ばせている証拠ですよ。バランスが悪くて振りにくいのであれば、伸ばした魔力をしならせてみるといいでしょう。ムチを使ったことはありますか?」


「ありませんよ、そんなマニアックな道具」


「マニアックでしょうか?」


 不思議そうに聞き返され、思わずカレンは口をつぐんだ。その顔はわずかに赤い。何を想像してムチをマニアックと評したのか。そのへんは触れないでおこう。


「では、魚釣りをしたことはありますか?」


「魚釣りですか? それならありますよ」


 イスメルが話題を変えてくれたことに内心で安堵しながら、カレンはそう答えた。決して釣りが趣味だったわけではない。昔、鈴音(カレン)の父と正樹(カムイ)の父そして正樹(カムイ)の三人が釣りに行くと言う話になり、その時に「竿が余っているからお前も一緒に来い」と言われ、仕方無しに付いて行ったのだ。


 その時は海釣りだったのだが、なかなか良く釣れて、それなりに楽しかったのを覚えている。釣った魚はご近所におすそ分けすることもできた。母は、翌日が生ゴミの日で、「内臓の処理が大変だ」とぼやいていたが。正樹(カムイ)のほうも同じだったに違いない。


「では釣竿を振るったこともありますね。そのイメージです」


「分かりました」


 イスメルのアドバイス通り、伸ばした魔力をしならせるようすると、確かにいくぶん振るいやすくなった。ただ、違和感は消えない。実質的に得物が長くなっているわけだから、これは仕方がないのだ。振り続けて慣れるしかない。


 そして剣一本で慣れてくると、イスメルは次に双剣で、さらに型をさらいながらやるようにと指示を出した。そしてこう付け加える。


「伸ばした魔力を実際に斬撃と成せるのか。言うまでもなくこれが〈伸閃〉という剣技の肝なのですが、だからこそここが一番難しい。魔力に剣気をのせて研ぎ澄ますのですが、今のカレンにはたぶん分からないでしょう。逆に分かるのであれば、もう練習する必要などありませんしね」


「は、はあ……」


「まずは形から入りましょう。発動さえモノにできれば、斬撃と成せずともそれなりに役立ちます。それに実戦の中の方が、感覚と意識が一致しやすいですから」


 要するに「斬る」という意識とイメージが大切なのだ、とイスメルは言う。そしてそれは、明確な敵がいる実戦の方がやりやすかったりする。訓練にはない緊張感があるからだ。


 それにこの世界なら、的にできるモンスターはほぼ無尽蔵だ。適度に弱く、それでいて襲い掛かってくる相手と言うのは、練習台として最適である。不完全な剣技で実戦を戦うのはイスメルのポリシーに反する部分もあるのだが、そこは師である自分がしっかりとフォローすればいいだろうと考えていた。


「まずは最低限、実戦で使えるレベルまで仕上げますよ。研ぎ澄ますのはそれからです」


「はい!」


 イスメルに見守られながら、カレンはひたすら剣を振るう。そんな彼女から少し離れたところでは、カムイも黙々と自己鍛錬を行っていた。


 とはいえ、彼は格闘術を習ったことがない。当然、いわゆる型や歩法というものを何も知らない。いまさら習おうとも思わないが、習っていないものを復習することもできず、それでこういう自己鍛錬のときはちょっと困る。


 遺跡にいるときは、川に近づけば〈侵攻〉が起こった。呉羽も近くにいたら、今まで一人で稽古をするというのはあまり無かったのだ。


 そのため最初は戸惑っていたのだが、しかしぼんやりと突っ立っているわけにもいかない。それでキックやパンチを繰り出してみるのだが、どうもしっくりこない。なんだか下手な一人遊びをしている気分だった。


 モンスターが現れればそれと戦えるが、しかしモンスターが次から次へと現れてくれることなど、〈侵攻〉でもなければまずない。ようするに練習台としてアテにするに数が足りなかった。


 そんなとき、ふと昔読んだマンガを思い出す。いわゆる修行パートで、主人公は敵の幻影を相手に戦っていた。つまり、目の前に敵がいるものと想定して修行をしていたのだ。


 それを、真似てみる。マンガの理論を真似て有効なのかは疑問だが、そもそもコレからしてゲームだ。そう大きな差はない。


 想定するのは〈侵攻〉。すでに何度も経験しており、まったく未知の敵よりは思い描きやすい。イメージしろ、とカムイは自分に言い聞かせた。


 モンスターの大群を脳裏に描き、それと戦う。最初は自分の動きも敵の動きもぎこちなかったが、どちらも徐々に滑らかになっていく。気付けばあの耳障りなモンスターの雄叫びさえ聞こえてきそうだった。


 イメージが明確になり敵の姿が鮮明になってくると、俄然訓練にも緊張感が張り詰め始めた。それにともない、カムイのテンションも上昇し始める。


 白夜叉のオーラが揺らめく。まるで白い炎のように。アブソープションの出力は最大だ。さらに琥珀色の結晶も併用してオーラ量を増やす。そのオーラを使い、カムイは右手に“グローブ”を形成。形成は素早く滑らかだ。そして“グローブ”を下からすくい上げるようにして振り抜いた。


 大振りした反動そのままに、身体を回転させてまた“グローブ”を振り回す。360度、全方向への攻撃、のつもりだ。それから左足を踏み込んで無理やり身体を止め、さらに左手から“アーム”を伸ばす。そしてムチのように振り回してあたりを薙ぎ払う。


 モンスターの大群のど真ん中で、カムイは暴気を撒き散らす。〈侵攻〉を想定しただけあって、敵の数は限りない。さらに自分が思い描いた幻影だからなのか、いつもより一つ一つの動きをはっきりと感じ取れるような気さえした。


(調子がいいな……!)


 少なくとも主観的にはそう感じる。いや、実際にこの日のカムイの調子は良かったのかもしれない。それに気付くことができたのだから。


 ――――ゾクリッ


 調子に乗って仮想の敵を蹂躙していた彼は、背中に凄まじい怖気を感じて反射的に身を屈めた。半瞬前まで彼の頭があった場所を、何かが神速で通り過ぎていく。目で見たわけではない。彼の視線は足元に落ちていたから、頭の上など見ようがない。しかし彼は確かにそれを感じ取っていた。


「おや、かわしましたか」


 声のした方に顔を向けると、少し離れたところにイスメルがいた。彼女の手には愛剣が一本握られている。それを見てカムイは遅まきに悟る。つまりさっきのアレは、彼女の〈伸閃〉だったのだ。


「上出来です。その感覚を忘れないように」


 満足げに一つ頷き、イスメルはカムイにそう告げる。そして剣を鞘に収めると、言うことは言ったとばかりに彼女はカムイに背を向け、またカレンのほうに向かい合う。彼女のその背中を、カムイは半ば呆然としてしばし見つめた。


「は、はは……」


 渇いた笑い声が漏れる。気付けばモンスターの幻影も、きれいさっぱり消えてなくなっていた。


 何がどうなったのか、いまいち理解が追いつかない。ただそれでも、一つだけはっきりと分かることがある。


 カムイはこの日、初めてイスメルの〈伸閃〉をかわした。



 ― ‡ ―



 遺跡を出発してからちょうど二十日後、予定通りカムイらは目的地である岩陰の拠点に到着した。聞いていた通り、そこには巨石がデンッと鎮座している。プレイヤーは誰もおらず無人だったが、少し見渡せば人がいた形跡があちこちに残っていた。真新しい痕跡もあり、どうやらまだここを拠点として使っているようだ。


「ま、後は帰ってくるのを待つしかないな」


 気楽な調子でそう言うと、アーキッドは指をパチンと鳴らして【HOME(ホーム)】を出現させる。そしてさっさとその中へ入って行った。ミラルダとキキも彼に続き、カムイとカレンも続こうとしたところで、イスメルが二人に声をかけた。


「少し早いですが、今日の分の稽古をやってしまいましょう」


「構いませんけど……。どうしてまた?」


「早く終わらせて、心置きなく植物を愛でたいではありませんか」


 臆面も無くそう答えるイスメルに、カレンとカムイは頬を引き攣らせた。そして同時に悟る。これは何を言っても無駄だ、と。ちなみに稽古はいつも通り厳しかった。


HOME(ホーム)】に来客があったのは、辺りが薄暗くなってからのことだった。夕食を食べるにはまだ少し早く、リビングでカードゲームに興じていると、玄関をノックする音が聞こえたのだ。


 それを聞いて、アーキッドが「お?」という顔をする。そして手札をバラすと盛大かつ強引にゲームを流し、苦情を言われる前にソファーを立つ。カムイはため息を吐くとチラリとテーブルの上を一瞥してアーキッドの手札を確認する。どうもあまり良くなかったようで、カムイは彼が逃げたことを確信するのだった。


 ともあれ確かに客を放っておいてカードゲームを続けるわけにもいかない。カムイらはゲームを中止してカードを片付けると、揃ってアーキッドを追い玄関へ向かった。彼はすでに客を迎え入れているようで、ホールからは話し声がした。来客は団体さんで、どうやら三十人くらいはいそうだ。


「よう、パナッシュ。生きてたか」


「そっちもな、アーキッド。いい時に来てくれた」


 そう言ってアーキッドと握手を交わす男性プレイヤーの名は、どうやら【Panash(パナッシュ)】というらしい。アーキッドより頭半分ほど長身で、亜麻色の髪の毛は短く揃えられている。顔の彫が深くて大柄だが、目元が意外なほど優しげなので威圧感はない。このパナッシュ氏がどうやら岩陰の拠点のまとめ役をしているようだ。


「君は、初めてだね。私は【Panash(パナッシュ)】だ。よろしく」


「あ、【Kamui(カムイ)】です。よろしくお願いします」


 そう言ってカムイは差し出された手を握り返す。肉厚で大きな手だ。予想通りに力も強く、握られた手が少し痛い。


「ところで、イスメルさんの姿がないようだが……?」


 パナッシュがあたりを見渡しながらそう言った。彼の声は少し心配そうだ。しかしアーキッドは肩をすくめながらこう答える。


「部屋に篭ってるよ」


「ああ、なるほど。らしい話だ」


 すぐに事情を察したのか、パナッシュは苦笑しながらそう言った。どうやらイスメルがプラントロスダメエルフであることは、彼らにも知れ渡っているらしい。カムイはどうとも思わないが、カレンは恥ずかしそうな顔をしていた。


「夕食はまだだろう? 食べていけ。奢るぜ」


 アーキッドがそう誘うと、岩陰の拠点のプレイヤーたちは揃って歓声を上げた。そんな彼らをリビングへ案内する。ソファーなどを動かしてスペースを作り、それからたくさんの料理をアイテムショップから購入し並べる。パーティーの準備はすぐに整った。


「そんじゃ、無事な再会を祝して乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


 乾杯だけ揃ってしてから、各自は自由に料理やお酒を楽しみ始めた。キキやミラルダのところにもプレイヤーが集まり、なにやら楽しげに話している。ちなみにカレンはイスメルを呼びに、もとい引きずり出しに行ったのだが、あえなく敗北したらしく肩を落として帰ってきた。今はヤケ食い中である。


「あらためてよく来てくれた、アーキッド」


「お前さんたちが無事でよかったよ、パナッシュ」


 パーティーの最中、アーキッドが一人になったのを見計らって、パナッシュは彼に声をかけた。彼らがそう簡単にくたばるとは思っていなかったが、それでも数ヶ月ぶりの再会は純粋に喜ばしい。


「なかなか上手く行っているみたいじゃないか。表情が明るいし、雰囲気も悪くない」


「まあな。ディーチェのおかげだ」


「ディーチェというと、あの銀髪の子だったか?」


 そう尋ねるアーキッドにパナッシュは「ああ」と頷いて答えた。プレイヤーネーム【DiCe(ディーチェ)】。年は確か、カムイやカレンの一つ下。長く癖のない銀髪をそのまま背中に流している。瞳の色は青で、肌は透けるように白かった。儚げな容姿は十分以上に端正で、まるで妖精のようと言っても過大評価には当るまい。


 ユニークスキルは【麗しの吟遊詩人(ララ・バード)】。その能力は【様々な効果のある歌を歌う】こと。要するに後方支援のためのスキルだ。そしてそのために、デスゲーム開始当初の彼女の置かれた状況はかなり悪かった。パーティーが組めなかったのである。彼女のような後方支援職にとって、それは死活問題だった。


 パーティーが組めなかった理由は、アストールの場合と同じである。普通にモンスターを相手にしている限り、特に戦闘職のプレイヤーはことさら支援など必要としない。そんなものが無くても余裕で勝てる。ならば苦しい懐事情の中、わざわざ割り勘の頭数を増やす必要はない。


 ディーチェが幸運だったのは、早い段階でアーキッドらと出会えたことだ。借金とはいえ多額のポイントを手に入れ、少なくとも当面は飢え死にする心配はなくなった。若干の余裕が生まれたことで、彼女は自分の能力を見つめなおす機会を得たのだ。


 繰り返しになるが、ディーチェのユニークスキル【麗しの吟遊詩人(ララ・バード)】の能力は【様々な効果のある歌を歌う】こと。味方の補助や支援に適しているとはいえ、それに限定されているわけではない。言い方を変えれば、その効果は敵に及ばせることも可能だ。


 そして「歌を歌う」という部分。つまりこのユニークスキルは単純な魔法ではない。確かに歌を歌っている間は他に何もできなくなる。そしてそれがパーティーを組めなかった最大の理由でもあった。しかしながらその効果範囲の広さと、魔法と比べた場合のコストパフォーマンスの良さは、間違いなく強みである。


 ここまで自分の能力を整理したところで、ディーチェは少し視点を変える。これまではユニークスキルを使う相手を味方か敵に限定していた。では、それ以外の相手に使うことは出来ないだろうか。


 そこでディーチェが編み出したのが、〈誘引の歌〉である。つまりモンスターを出現させ、そして引きつける歌だ。この歌で狩りの効率を上げることでパーティーに貢献できないか。彼女はそう考えたのだ。


 都合のいいことに、アーキッドらのおかげでディーチェ以外のプレイヤーにも余裕が生まれていた。少女を一人放置していることに彼らも少なからず罪悪感を覚えていたようで、一つのパーティーが実験に協力してくれることになった。


 その結果は大成功と言っていい。〈誘引の歌〉のおかげでモンスターが次から次へと現れ、実験に協力したパーティーはそれを狩りまくった。成果も大きく、頭数が一人増えたのに、稼ぎはいつもの二倍だった。しかも一日分の二倍を半日で稼いだのだから、実質的には四倍と言っていい。


 その結果に手応えを感じたディーチェは、思い切ってアイテムショップから少し高めの装備を買うことにした。購入したのは【シュシャンの竪琴】というマジックアイテムで、音楽や歌の効果を高める能力を持っている。ちなみにお値段85万Pt。たいそうビクビクしながら買ったそうだ。


 そして翌日。新たな装備を手に、ディーチェはまた実験に臨んだ。付き合ってくれたのは、昨日と同じパーティーである。結果は大成功を通り越してもはや失敗だった。


 新調した装備である【シュシャンの竪琴】によって、〈誘引の歌〉は劇的にその効力を増した。しかしその上げ幅はディーチェの予想を上回るもので、要するにモンスターが出現しすぎた。実験に協力してくれたパーティーのメンバーが「命の危険を感じた」と言うくらいだから、まさに暴力的な物量と言っていい。


「よくそんなに出現したな」


 パナッシュの話を聞いて、アーキッドはいっそ感心したようにそう言った。暴力的な物量といえば、真っ先に思い浮かぶのは海辺の拠点で経験した〈侵攻〉だ。ただ〈侵攻〉で現れるモンスターは積極的には襲い掛かってこない。それで物量のわりに命の危険を感じることはなかった。


 しかしもし、あの数のモンスターが全て敵意を持って襲い掛かってきたら。そう考えるとなかなかゾッとする。「命の危険を感じた」という感想も、あながち誇張ではないのだろう。


 そう感じる一方で、不思議に思うこともあった。つまりそれらのモンスターはどこから現れたのか、ということだ。


 モンスターとはつまり、瘴気の塊だ。つまり瘴気さえあれば、どこでどれだけ出現してもおかしくはない。だが同時に大量のモンスターが出現するには、大量の瘴気が必要と言うことでもある。


〈誘引の歌〉がどれだけ強力であろうとも、瘴気が無ければモンスターは出現しない。では大量のモンスターを出現させるだけの瘴気はどこからきたのであろうか。


 いや、瘴気など世界中に満ち満ちている。それどころか増え続けてさえいる。だから全体的に考えれば十分足りるのだろう。だが「世界中から瘴気が集まってくる」というものちょっと考え辛い。では必要になる瘴気はどこから来るのか。その疑問にパナッシュはこう答えた。


「実は、地面から瘴気が滲み出てきて、それがモンスターになるんだ」


「ああ、なるほどな……」


 それを聞いてアーキッドは納得の表情を浮かべる。確かに、瘴気とは大気中にのみあるわけではない。それどころかより多量の瘴気が大地や海に蓄積されているのだ。そのような瘴気が、〈誘引の歌〉によって引き付けられるモンスターの、暴力的な物量を支えていたのである。


 さて、【シュシャンの竪琴】を用いての〈誘引の歌〉の実験は失敗だった。しかしこれは前向きな失敗である。少なくとも大量のモンスターが現れることは分かったのだ。そして敵の数に対処できないのなら、こちらも数を揃えればいい。その結論が出るのにそう時間はかからなかった。


 こうして岩陰の拠点では、ディーチェを中心にして誘引されてくるモンスターを狩る、というスタイルが確立された。三十人近いプレイヤーが一箇所で戦うことになるが、しかしそれでも個々に稼ぐよりも効率がいい。〈誘引の歌〉の偉力は絶大だった。


 さらに稼ぎ以外の効果もあった。同じ場所で、しかも協力して戦うことで、拠点のプレイヤーの一体感や連帯感が増したのだ。それが、アーキッドが指摘した明るい雰囲気に繋がっている。それは単純な稼ぎ以上のモノではないか、とパナッシュなどは思っている。


「しっかし、敵を誘引する歌だなんて、まるでセイレーンみたいだな」


「ディーチェには言ってやるなよ。あれでなかなか気にしている」


 パナッシュは苦笑しながらそう釘を刺した。ディーチェはもともと後方支援要員を志していた。【麗しの吟遊詩人(ララ・バード)】もそのためのユニークスキルである。しかし現状、彼女がやっているのは歌で人を惑わす魔物の真似事。稼げるのは嬉しいけど本意じゃない、というのが彼女の胸の内らしい。


「ただ、問題がないわけじゃなくてな……」


 パナッシュが少しだけ声のトーンを落す。その様子を見て、アーキッドも表情を引き締めた。どうやらここからが本題らしい。


「実は最近、稼ぎの効率が落ちてきた」


 パナッシュはそう切り出した。〈誘引の歌〉は地中の瘴気を滲み出させることで、モンスターの数を確保していた。言い換えれば、大気中の瘴気だけでは足りないので、地中の瘴気で埋め合わせていたのだ。ではその瘴気までもがなくなったらどうなるのか。言うまでもない。どれだけ〈誘引の歌〉が強力であろうとも、モンスターは出現しなくなるのだ。


 要するに、岩陰の拠点の周辺では瘴気が枯渇しつつあるのだ。世界中が瘴気に沈んでいるこの世界で、しかしそれが枯渇しつつあると言うのも変な話だが、しかし現実そうとしか言いようがない。それもこれも、〈誘引の歌〉を頼ってモンスターを狩りまくったせいである。


「雨が降った後とかは結構いいんだがな……」


 この世界の雨は黒い。瘴気を含んでいるからだ。そしてその雨が地面に染み込むことで、地中に瘴気が溜まり大地は汚染されていく。だから雨が降った後、一般に周辺の瘴気濃度は上がる。つまりモンスターが出現しやすくなる。


 ただ雨は思い通りに降ってくれるわけではない。それでこの周辺に限った話だが、瘴気量は減り続けている。それが稼ぎの効率を下げる結果に繋がっているのだ。


 対策としては、場所を移るしかない。ではどこへ移るのか。方向性としては二つ。つまり他の拠点か、それともまったく無人の荒野へ踏み出すのか。パナッシュたちが選んだのは前者だった。


「稼ぎの効率だけ考えるなら、邪魔者はいない方がいいんじゃないのか?」


「察してくれ。私たちだって不安なんだ」


 苦笑しながらパナッシュはそう応えた。仲間がいるとはいえ、たかだか三十人程度。たったそれだけの人数でこの荒漠とした、しかも未知の世界に踏み出すのはやはり不安が大きい。それで話し合いの結果、どこか適当な拠点に合流させてもらおう、という結論になったのだ。


「この地図のおかげで、比較的近い位置に別の拠点があることは分かった」


 そう言ってパナッシュは広げたのは、プレイヤーショップで購入した〈お狐様印の世界地図Ver2.0〉である。ソレを見てアーキッドは思わず歓声を上げた。


「おお、買ってくれたのか」


「ああ、売り上げに貢献してしまったよ」


 パナッシュは苦笑しながらそう応じ、そしてすぐに話を元に戻した。岩陰の拠点から見て東。徒歩で五日ほどの距離のところに、別のプレイヤーの拠点がある。キファがいる拠点でもあり、アーキッドの話によればプレイヤーの人数はおよそ二百名。彼が知っている中では最大規模だ。そしてさらに重要な点として、約三十名のプレイヤーをさらに受け入れるだけの余裕がある。


「そうか……! こればかりはここからでは調べようがないからな。パーティーを一つ派遣して、様子を見てきてもらおうかという話にもなっていたんだ」


 だが事情を知るアーキッドが来てくれたことで、その必要もなくなった。さらに都合のいいことに、アーキッドらも次にその拠点へ向かうつもりでいる。それで、「ならば一緒に」となるのは自然な流れだった。


「いやあ、良かった、良かった。それにアーキッドたちと一緒なら、無用に警戒されることもないだろうしな」


 パナッシュとしては、それが一番ありがたい。先遣隊を派遣しようと思っていたのも、情報が得たかったのもあるが、それと同じくらい顔つなぎをして、お互いにまったく未知の相手ではなくしておきたかったからなのだ。


 肩の荷が下りた心地なのだろう。パナッシュは気分良さそうにグラスの中のお酒を飲み干す。アーキッドはそんな彼に、今度は自分達の用件を切り出した。


「パナッシュもメッセージ機能を使えるようにしておかないか?」


 そう言ってから、アーキッドはこれから各地の拠点をまた一巡し、メッセージ機能で連絡を取り合えるようにするつもりであることを説明した。パナッシュもその意義は理解できる。だが、表情は冴えない。


「ポイントがなぁ……」


 どこかぼやくように、パナッシュはそう呟いた。周辺の瘴気を枯渇させる勢いで稼いでいるとはいえ、以前に借りた【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の返済などもあり、やはり100万Ptは即決しかねる大金なのだ。


 しかしながらアーキッドはしぶるパナッシュに、ニンマリとした笑みを浮かべながらこういった。


「資金なら任せろ。ウチにはキキがいる」


 それもまた、彼らの目的である。



今回はここまでです。

続きはまた気長にお待ちください。

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