Go West! Go East! 2
「お待たせしました」
〈世界再生委員会〉が使っている大きなテントで待たされること、およそ十分。取次ぎを頼んでいたロナンがリーンと一緒にテントに入ってきた。簡単な挨拶をしてから、二人はアストールらとテーブルを挟んで向かい合って座り、そして今日の用向きについて尋ねた。
「それで、今日はどうしましたか?」
「遺跡の、というか魔法陣の調査の報告と、あとはロロイヤさんからお遣いを頼まれまして」
「ロロイヤさんから……? ということは……!」
アストールの話を聞いて、ロナンの隣でリーンがわずかに腰を浮かせた。その様子からして、ロロイヤから事前の連絡はいっていなかったようだ。いかにもあの人らしいと思いつつ、アストールは彼女に一つ頷いてこう答えた。
「はい。ロロイヤさんから魔道具を預かっています。今、出しますね」
そう言ってアストールは新調したストレージアイテムから、預かった魔道具を取り出す。そして三枚の大盾をテーブルに立てかけ、それらを四本の鎖で繋ぐ。そして最後に取扱説明書を机の上に置いた。
「これは……、かなり大きなマジックアイテムですね……。ロロイヤさんが使っていたような、小さな指輪を想像していたんですが……」
そう言いつつも、リーンは机に立てかけられた三枚の大盾をじっくりと物色する。そんな彼女の少し後ろから、ロナンも興味深そうに視線を向けた。
三枚の大盾はそれぞれ巨大だが、真ん中に配置されたものは一際巨大である。これを持って戦場を走り回るような使い方は想定していないことは明白で、成人女性が二人並んでゆうにその影に隠れられるだけの大きさがある。残りの二枚も、成人男性が十分に身体を隠せるだけの大きさがある。
盾の表側には、翼を模した紋章が描かれていた。真ん中は四枚羽が描かれ、左右にはそれぞれ片翼の意匠があしらわれている。盾の上部にはのぞき穴が空けられていて、後ろに隠れた者がそこから前方を見渡せるようになっていた。
「どうやら、対〈侵攻〉の防衛戦を想定して作ったようですよ。銘は〈翼持つ城砦〉。『陣地防衛と広域拡散攻撃に特化した魔道具』、だそうです」
アストールは取扱説明書に目を走らせながら、そこに書かれている内容を読み上げた。他にも使用方法などが書かれているが、そちらは実際に使う人間が読めばいいだろう。そもそも極端な話、魔力を流せば使えるのが魔道具というものなのだから。
「対〈侵攻〉を想定しているのなら、願ってもないことです。それで、お幾らですか?」
「500万Pt、だそうです」
「ごひゃく……!? あの……!」
その値段を聞いてリーンは絶句する。その様子にアストールは昨日の自分を重ねて、そこはかとない共感を覚えた。だからかもしれないが、いま彼女が値引きについて考えていることは容易に想像がつく。
しかしこれはお遣いである。しかも100万Ptの価値があり、その分の“お駄賃”はすでに貰ってしまっている。それでアストールは少々の罪悪感を覚えつつも、リーンの言葉を遮ってこう告げた。
「値引きはするなと言われています。支払えない場合はそのまま持って帰って来い、と」
アストールが申し訳無さそうに苦笑しながらそう言うと、リーンは苦虫を噛み潰したような顔をして口を閉じた。困った彼女がロナンのほうに視線を向けると、彼は「お任せします」と言って責任を丸投げした。
彼のその様子からして、500万Ptというのは〈世界再生委員会〉にとって払えない額ではないのかもしれない、とカムイは感じた。浄化樹の定期収入もあるし、【PrimeLoan】も利用したはずだ。ただ財務を預かっているリーンからすると、やはり500万Ptというのは即決しかねる額なのだろう。彼女は少し悩んでからこう言った。
「ひとまず、取説だけみせてもらっていいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
そう言ってアストールは〈翼持つ城砦〉の取扱説明書をリーンに渡した。彼女は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると、早速開いて読み始める。彼女の眼は真剣だ。500万Ptの価値があるのかを厳しく審査しているのである。
「……長くなりそうですから、先に遺跡調査の報告を聞きましょう」
取扱説明書を読みふけるリーンに一つ苦笑してから、ロナンはアストールにそう言った。アストールも一つ頷くと、テーブルに立てかけていた〈翼持つ城砦〉を片付ける。そして代わりに遺跡と魔法陣に関する資料をテーブルの上に並べてその説明を行った。
「魔法陣についてですが、ロロイヤさんのアドバイスもあり、今回の調査でようやく本来の姿が明らかになりました」
まずは地図をご覧ください、と言ってアストールはロナンに遺跡の地図を示した。そして水路をなぞりながらどの範囲が魔法陣なのかを説明する。その大きさが分かってもらえたところで、次に彼はまた別の紙を広げる。地図から魔法陣だけを抜き出した図面で、関係のない建物などが排除されているので非常に分かりやすい。
「これが遺跡の魔法陣の図面です。そしてその役割は、『中心点に魔力を集めること』です」
「魔力を、集める……?」
少し不思議そうなロナンの呟きに、アストールは「そうです」と答えて一枚の写真を彼に見せた。ロロイヤに頼んで撮らせてもらった写真で、例の水場で集まってくる魔力が青い筋として可視化されている。こうやって魔力を見るのはロナンも初めてだったようで、彼は「ほう」と興味深そうに呟いた。
「この、集まってきた魔力はどうなるのですか?」
「どうもなりません。空気中に拡散します。利用するために、何か魔力を溜めておくような装置があったのではないか、というのがロロイヤさんの見解です」
それからアストールは魔法陣の動作とその作用について、図面を使いながらロナンに説明した。その内容は、ほぼ彼がロロイヤから聞いたものと同じである。とはいえ同じ説明であろうと、きちんと理解していなければ人に教えることなどできない。彼なりに噛み砕いた部分もあり、ただ受け売りを知ったかぶりして話しているだけではなかった。
「しかしそうやって集めた魔力を、一体何に使っていたんでしょうね……?」
「さて、それはもっと遺跡を調査してみないことには……。ただ、ロロイヤさん曰く『瘴気の集束現象とは無関係だろうから割愛していい』と……」
それを聞くと、ロナンは「まあそうなんでしょうね」と言って苦笑し、つられてアストールも苦笑を浮かべた。この二人は、どちらかと言うと学者的な気質だ。だから技術的な事柄よりは、むしろ歴史や風俗のほうに興味を惹かれる。しかしロロイヤにそれは割愛していいと言われてしまった。
確かにこの場合、ロロイヤの方が正しいのだろう。この世界の歴史や風俗を調べても、すでに滅び去っている以上それほどの意味があるとは思えない。それよりは瘴気の性質などを調べた方が、ゲームクリアには有効だ。
「……それで、肝心の集束現象については?」
「恥ずかしながら手付かずの状態です。ただ、ロロイヤさんが色々と考察をしてくれました。検討会で話し合ってみるつもりです」
アストールがそう言うと、ロナンは「そうですか」と言って頷いた。それから彼がロロイヤの考察に興味を示したので、預かったレポートを手渡す。その内容を確認し始めたロナンは、しかしすぐに顔を上げて苦笑を浮かべた。内容が高度で、理解が及ばないのだ。
「……専門家にお任せしましょう」
「検討会で翻訳できたら、また持ってきますよ」
ええお願いします、と言ってロナンはレポートをアストールに返した。アストールはそれを受け取ってストレージアイテムに片付けてから、彼のほうを見てこう言った。
「それと、報酬を請求させてもらっていいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。今回はどうしましょうか?」
「では、前回分と合わせて250万Ptを頂きたいと思います」
アストールが笑顔でそう告げると、逆にロナンの笑顔が固まった。確かに前回分の報酬はまだ支払っていないから合わせて請求するのは構わない。ただ〈世界再生委員会〉の懐事情からすると、即答はしかねた。
彼は頬を引き攣らせたまま無言でリーンの方に視線を送る。彼女はロナンと手に持った小さな冊子の間で何度も視線を彷徨わせていた。その表情は非常に悩ましげである〈翼持つ城砦〉とあわせると、合計で750万Pt。言うまでもなく巨額だ。
「その、少し高すぎませんか?」
リーンは控えめにそう主張した。とはいえ、この世界にはまだ「遺跡調査に関わる費用とその報酬」についての相場は存在しない。そもそも遺跡調査など、実際に行われているのはこの一件だけだろう。だから客観的証拠と比較して高いと証明することはできず、そのせいで舌鋒は鈍くなりがちだった。
「そうでしょうか? 少なくとも、掛かった費用を考えれば赤字ですよ。もちろん往復のレンタカーの分は除いて、です」
最も費用がかかっているのは、【簡易瘴気耐性向上薬改】だ。一本22万Ptするそれを、アストールらは一日に三本、しかもほぼ毎日使っている。単純に計算して十日で660万Ptだ。確かに大赤字である。
それでも四人は破産していないのだから、いっそ驚異的ですらある。とはいえそれに甘えて報酬を切り下げると言うのはまた話が違う。いや、それだけ稼げる彼らにわざわざ遺跡調査をさせているのだから、それに見合う報酬を支払うべきなのだ。本来ならば。それを考えたときに、250万Ptというのはむしろ温情的かもしれない。リーンはそう思った。
「……分かりました。遺跡調査二回分については、報酬として250万Ptをお支払いしましょう……。〈翼持つ城砦〉の方は、もう少し考えさせてください」
「了解です。アーキッドさんたちが戻ってくるまではここにいるつもりなので、その間に返事をください」
リーンは頷いたことで、話し合いは終わった。ポイントを受け取り、最後に挨拶を交わしてからテントの外へ出ると、すでに日が傾き始めている。ただ、夕食を食べるにはまだ早い。それで空いた時間を使い、ポイントを稼いでおくことにした。
拠点から少し離れた海岸で暗くなるまでポイントを稼ぎ、完全に日が沈んでから四人は夕食を食べる。ちなみにメニューは【日替わり弁当A】。節約中である。その食事の最中に、アストールが思い出したようにこう言った。
「そうだ、報酬を分配しなければいけませんね」
そう言って彼はシステムメニューを開いた。そして少し言いにくそうにしながら、こう言葉を続ける。
「それで、ですね……。皆さんさえよければの話なんですが、四人ではなく五人での分配にしませんか? ロロイヤさんにも受け取る権利があると思うんです」
それを聞いてカムイは「ああ、だからか」と思った。250万Ptという数字を聞いたときから気にはなっていたのだ。四人で分けるには中途半端な数字だ、と。しかし最初から五人で分けることを考えていたのなら、納得の数字である。
実際、魔法陣の調査においてロロイヤの働きは大きいと言わざるを得ない。彼が手伝ってくれたのは二回のうちの一回だけだが、しかし彼がいなければこの短期間でここまで調査が進むことはなかっただろう。そのロロイヤを除外して四人で報酬を山分けするのは引け目を感じる、というは納得できる話だった。
「わたしは別に構いませんよ」
「わ、わたしもです」
「オレもそれでいいですよ」
三人が揃ってそう言うと、アストールはホッとしたようで「ありがとうございます」と言い、彼らに50万Ptずつ分配した。ロロイヤの分は、遺跡に戻ったら彼が渡すそうだ。
夕食後は自由時間だ。アストールはロロイヤのレポートを片手に検討会へ向かった。カムイと呉羽はLEDランタンの明かりを頼りに「あーだ、こうーだ」言いつつ将棋を指し、リムはそれを脇で観戦している。いつもより少し静かな気はしたが、モンスターに横槍を入れられることもない、穏やかな夜だった。
そして次の日の朝。朝食を食べていると、けたたましい銅鑼の音が鳴り響いた。警鐘である。〈侵攻〉が起こったのだ。四人は反射的に顔を上げて海のほうを見たが、すでに幾人かのプレイヤーが飛び出している。相変わらず、初動が呆れるくらい早い。
カムイらも残っていた弁当をかき込むようにして急いで食べ終え、それからすぐに砂浜へ向かった。食後三十分は安静にしていたいのだが、その間モンスターが待ってくれるはずもないので仕方がない。いつも通り防衛戦の端っこで戦おうと思っていると、アストールが他の三人にこう声をかけた。
「すみません、先に行っていてください。後で合流します」
「いいですけど、どうかしたんですか?」
「いえ、お駄賃を先払いで貰ってしまったので、その分くらいは働こうかと。ちょっと売り込みに行ってきます」
冗談めかしたアストールのその言葉に、三人は納得の表情を浮かべて頷いた。ようするにリーンに用があるということだ。
「分かりました。リンリンさんによろしく伝えてください」
そういう呉羽に「分かりました」と応じてから、アストールは身を翻して防衛戦の中央部へ向かった。リーンの姿はすぐに見つかる。彼女は軍人らしい鋭い顔つきをしながら、ギルドのメンバーに次々と指示を出して〈侵攻〉を迎え撃っていた。
「リーンさん、少しいいでしょうか?」
「アストールさん……? なんでしょうか、あまり時間は……」
「〈翼持つ城砦〉を使ってみませんか?」
アストールがそう端的に要件を述べると、リーンは一瞬言葉を失った。彼の言っていることは分かる。つまり買う前に一度、試しに使ってみてはどうか、ということだ。実際に使ってみることができれば、購入するかどうかの判断に大いに役立つだろう。
加えて、このタイミングで使わせてもらえるのはありがたい。〈翼持つ城砦〉は対〈侵攻〉を想定した魔道具なのだから。使い方についても、取扱説明書を読み込んであるので問題はない。仮に問題があったとしても、その時は使わなければいいだけの話だ。
「ありがたい話ではありますが、……いいのですか?」
「ええ。ロロイヤさんから『ダメだ』とは言われていませんから」
アストールはしれっとそう答えた。そしてこう付け加える。
「それに、ロロイヤさんもそのつもりだったのではないでしょうか?」
ただ売るだけなら、100万Ptも支払ってアストールらにお遣いを頼む必要はない。プレイヤーショップに出品すればいいのだ。それをしなかったということは、試しに一回使ってみるくらいのことは想定済みであろう、とアストールは勝手に思っている。
(それに、ロロイヤさんは自信があるんでしょうね……)
つまり、一度でも使ってみれば500万Ptを支払ってでも欲しくなる、あるいはその値段に納得してもらえる、という自分の作品への自信だ。足元を見ている可能性については、とりあえず考えないことにした。
「分かりました。使わせてもらいます」
リーンがそう決断したので、アストールはストレージアイテムから〈翼持つ城砦〉を取り出した。それからセッティングを行おうとする彼を、しかしリーンは制して代わりにあることを頼んだ。
「ベラとスーシャを呼んで来てもらえませんか?」
リーンが指名したその二人は防衛戦には加わっていない。ガーベラはもともと戦闘には不向きなユニークスキルだし、スーシャは身重で戦えるような身体ではないからだ。それで二人とも今は浄化樹の植樹林で待機しているはずだった。ちなみにシグルドとスーシャは〈世界再生委員会〉に入ったらしく、リーンは二人のことを呼び捨てにしている。
「分かりました、呼んで来ます。二人に声をかけたら、私はそのままカムイ君たちと合流しますので。……そうそう、呉羽さんが『リンリンさんによろしく』と」
「了解です。……それといい加減、名前を訂正しておいて貰えませんか?」
少々不満げな顔でそういうリーンに、アストールは「ご自分でどうぞ」と言い残し、それから小走りで浄化樹の植樹林へ向かった。そしてそこにいたガーベラとスーシャに事情を説明し、リーンが二人を呼んでいた事を伝える。スーシャは少し驚いた様子だったが、ガーベラはすでに〈翼持つ城砦〉のことを聞いていたらしく、むしろ納得の表情を見せて頷いた。
「分かったわ。リンリンのところへ行けばいいのね?」
「ええ、お願いします。〈侵攻〉が収まったら魔道具を回収に向かう、とリーンさんにお伝えください」
そう言い残し、また小走りでカムイらのところへ向かうアストールの背中を、ガーベラとスーシャは揃って見送った。それから二人は言われた通りにリーンのところへ向かう。ただし、スーシャの身体を気遣ってゆっくりと。スーシャは恐縮そうにしていたが、リーンもこの程度のことでとやかく言いはしないだろうとガーベラは思っていた。
「二人とも、良く来てくれたわ。スーシャも、大事なときなのに呼びつけてしまってごめんなさいね」
スーシャとガーベラが来ると、防衛戦の指揮を執っていたリーンは少し表情を緩めて二人を迎えた。彼女の後ろには、四本の鎖で連結された三枚の大盾が、地面につきたてられている。ロロイヤが対〈侵攻〉用に作り上げた魔道具〈翼持つ城砦〉である。
「それで、何をすればいいの?」
戦場の怒号が響く中、ガーベラはリーンにそう尋ねる。リーンは表情を引き締めて一つ頷くと、二人に〈翼持つ城砦〉を示してこう言った。
「ちょっと手伝って欲しいの。コッチに来て」
そう言ってリーンは二人を伴い、〈翼持つ城砦〉の裏側へ回った。そしてスーシャとガーベラをそれぞれ三枚ある大盾の、左右の後ろに立たせ、自分は真ん中に立つ。そして二つある取っ手を両手で掴み、それから左右の二人にこう告げる。
「あなたたちも取っ手を掴んで。……そう、基本的にはそれだけでいいわ。あとはこっちで制御するから」
少し緊張したような顔で二人が頷くのを見てから、リーンは〈翼持つ城砦〉に魔力を込めた。ちなみに、彼女はもともと魔力のない世界から来たので、最初はその力を知覚することすらできなかった。だがユニークスキルを使う内に魔力を感じ取ることができるようになり、今では魔法は使えないものの放出するだけならできるようになっている。この点、彼女はガーベラよりも優秀だった。
まあそれはそれとして。込められた魔力に、〈翼持つ城砦〉はすぐに応じた。大盾を連結している四本のそれぞれ鎖から、四枚の巨大な光の翼が現れたのである。その四枚羽は自らの初陣を祝うかのように神々しく、そして伸びやかに広がった。
「総員退避!」
リーンがそう指示を出すと、戦っていたプレイヤーたちが一斉に退きはじめる。邪魔をする者たちがいなくなったことで、海から上がってくる魚頭のモンスターの大群は誰に阻まれることなく歩を進めた。だが無論、リーンにそれを座してみているつもりはない。
「さあ、いくわよ……」
少々緊張しながら、リーンはそう呟いた。大盾ののぞき穴から見える先には、滅亡世界に相応しいモンスターの大群。その大群を十分にひきつけてから、リーンは〈翼持つ城砦〉を発動した。
その瞬間、広げられた四枚の翼から幾筋もの閃光が放たれた。それらの閃光は曲線を描くようにして飛び、そして次々にモンスターの大群の中へ、それも広範囲に突き刺さっていく。
「ギィィィイイイイ!?」
絶叫がこだまする。〈翼持つ城砦〉の閃光に貫かれたモンスターが次々と倒れていくのだ。その戦果は大火力のユニークスキルに勝るとも劣らない。圧倒的なその光景にプレイヤー側からは歓声が湧き起こる。その歓声を聞きながらリーンは閃光を放ち続けた。
(「広域拡散攻撃に特化した魔道具」。そのうたい文句に偽りなし、ね……)
閃光を放ちながら、リーンは胸中でそう呟いた。〈世界再生委員会〉が受け持っていたその範囲を、たった一つの魔道具でカバーしてしまえるのだ。その制圧能力はもはやユニークスキル並みと言っていい。
加えて、三人がかりで一つの魔道具を使うことで、継続能力が格段に向上している。これも長時間続きがちな〈侵攻〉を想定しての設計だろう。唯一の欠点は取り回しが決定的に悪いことだが、〈侵攻〉は一方からしか敵は来ない。前述したように攻撃範囲も広く、この防衛戦に限って言えば、欠点が致命傷になることはないと言っていいだろう。
(これ、欲しいわ……)
リーンは内心でそう嘆息する。欲しい。が、500万Pt。なんとか工面できないかと彼女は頭をひねる。おおよそアストールの思惑通りだった。
やがて〈世界再生委員会〉で受け持っている範囲内のモンスターをあらかた倒しきると、リーンは閃光を放つのを止めて魔昌石回収の指示を出した。〈翼持つ城砦〉の四枚羽は静かに折りたたまれて待機状態になる。消費する魔力量が一気に減ったのを体感し、リーンは一つ息を吐いた。それから左右にいる二人に話しかける。
「二人とも、調子はどう? 気分が悪くなったりとかしていない?」
「わたしは大丈夫です。魔力が勝手に引き出される感覚には驚きましたけど、そんなに強引じゃありませんでしたから」
思いのほか冷静な声でそう答えたのはスーシャだ。リーンが彼女に頷くと、今度は反対側からガーベラがこう言った。
「へぇ……。それじゃあ、やっぱりアレが魔力だったんだ。あんなにはっきりと感じ取れたのは初めてだわ」
どこか興奮した様子でガーベラはそう言った。彼女は魔法を使えないし、またユニークスキルも魔力を消費するタイプのものではない。それで魔力というものを知ってはいたが、しかし彼女はこれまで関わらずにいた。そういうプレイヤーもなかなか珍しいと言えるだろう。
ただ彼女自身、それでいいと思っているわけではない。これまでは必要と暇がなかったので手を出していなかったが、存在する以上扱えなければ他のプレイヤーと比べて不利になる。それで、どこかで一度学ぶ必要があると思っていたのだが、今回の件はその良い機会かもしれない、とガーベラは思った。
「ねえねえ、どうやったらもっと上手に魔力を扱えるようになるのかしら?」
「えっと……、さっき魔力を引き出されたとき、どんなふうに感じましたか?」
「そうねぇ……。身体の内側から何かを引っ張り出されるような感じかしら? ちょっとずつだけと、力が抜けていくような気がしたわ」
「意識を集中して、それをもっとはっきりと感じ取るようにしてください。それができたら、次は自分のイメージでそれを後押しするんです。そうすれば、少なくとも魔力の放出ができるようになります」
「分かったわ。ありがとう、やってみる」
アドバイスをくれたスーシャにガーベラがそう礼を言うと、ちょうど魔昌石の回収が終わったようだった。もちろん〈侵攻〉は続いているから、完全に回収しつくすことはできない。しかしあらかた終わったと判断したリーンはまた撤退を指示した。
「さあ。第二射、行くわよ。二人とも、準備はいい?」
「はい!」
「了解よ、どんどんやっちゃって!」
二人の声に頷きを返し、リーンはまた〈翼持つ城砦〉に魔力を込めた。四枚の翼が広がる。そのさまはまるで、獲物を見つけた猛禽が歓喜しているかのようだ。そして閃光が放たれ蹂躙が始まる。
今回の〈侵攻〉において、リーンは計29回〈翼持つ城砦〉の掃射を行い数多のモンスターを屠った。魔力がもたず最後まで使うことはできなかったものの、「いつもと比べてかなり楽だった」という感想をギルドのメンバーから得ている。〈翼持つ城砦〉は期待以上の性能を示してくれたと言っていい。
なお、〈翼持つ城砦〉にはもう一つ「障壁を張って敵を防ぐ」という能力もあるのだが、今回は必要になる場面はなく、そのために使っていない。ただ性能をしっかりと把握しておくためにも、後で一度発動させて具合を見ておく必要があるだろう。
(ああもう……。思考がすっかり買う方に傾いちゃっているわ……)
500万Ptの出費を思い、リーンは嘆息する。費用の工面もなんとか目途がついた。今後のことを思えば買っておいた方がいい。頭ではそう分かっている。〈侵攻〉の頻度と規模がこれ以上酷くならない保証などどこにもないのだから。分かっているのだが、やっぱり500万Ptは痛かった。
ちなみに、今回の防衛戦における〈翼持つ城砦〉の活躍は多くのプレイヤーの目に留まり、〈世界再生委員会〉には問い合わせが殺到した。しかし値段が一つ500万Ptもすることと、モンスターを倒すのはともかく魔昌石の回収には多数の人手が必要なことが分かると、熱は急激に冷めた。
さて、アーキッドらが島にいた三二人のプレイヤーを連れて海辺の拠点に戻ってきたのは、〈侵攻〉があった次の日の午前中のことだった。あからじめ連絡を受けていたロナンとデリウスが代表者として彼らを出迎え、大きな混乱が起きることもなくファーストコンタクトは成功した。
その日の昼食はいつも通りアーキッドら奢りで懇親会となった。昼間の明るい時間はプレイヤーにとって稼ぎ時だが、前日の〈侵攻〉で十分に稼げていたこともあり、海辺の拠点にいたプレイヤーのほとんどはこの懇親会に出席した。
というより、タダでご馳走が食べれ、さらにお酒まで飲めるこの機会を、娯楽に餓えた彼らが見逃すはずがないのだ。カムイらにしても、この御馳走目掛けて帰ってきた側面があるくらしだし。
ただ個人の食欲は別にするとしても、この懇親会はやはり重要である。なにしろ三十人以上のプレイヤーが新たにやってきたのだ。しかも彼ら自身、一枚岩では決してない。そんな彼らを新しい拠点に馴染ませるには、やはりこれが一番効果的なのだ。これまで多数の拠点を渡り歩いてきた、アーキッドらの経験則に基づく結論である。
さてその懇親会の最中、カムイはアーキッドやカレンに話を付けるのは後回しにして、まずは食欲を満たすべくご馳走に突撃していた。狙うのは主に肉。そういえば何の肉なのかとちょっと気になるが、「旨けりゃ問題なし!」というのが男の子の思考である。
(それにしても……)
レアのフィレステーキにフォークをぶっ刺しかぶりつきながら、カムイは周囲を見渡して様子を窺う。なんだか今までと少し雰囲気が違う気がする。何と言うか、浮ついているような感じがした。
「ああ、それね。どうもシグルドとスーシャに触発されたみたいなのよ」
それを通りかかったガーベラに尋ねてみると、彼女は苦笑しながらそう答えた。その二人はアーキッドらが合流させたプレイヤーだが、恐らくはこのデスゲーム始まって以来最初の夫婦であり、しかもスーシャのお腹には赤ちゃんがいる。その二人に触発されたと言うことは、つまりどういうことか。
「え……、それって……」
「ちなみに、こんなマジックアイテムまであってね」
そう言ってガーベラはアイテムショップのあるページを開いてカムイに見せた。そこで紹介されていたのは、【シークレットウォール】というアイテムである。どうやら誰かがリクエストしたものらしい。そしてそのアイテムは以下のようなものだった。
【遮光及び防音の性能を備えた簡易結界。値段は1,500Pt/h】
「こ、これはつまり……!」
カムイは思わず生唾を飲んだ。この【シークレットウォール】というアイテムが一体どのような使われ方をしているのか察したのである。そしてその予想を裏付けるかのようにガーベラが大きく頷いた。
「この先、防衛線の戦力が足りなくなることはないのか、リンリンは真面目に心配しているわ」
「まあ、そういう心配も出てくるんでしょうねぇ……」
なにしろスーシャという実例がある。この拠点では女性よりも男性の方が多いが、しかし仮に女性プレイヤーが全員身重になってしまったら、それはめでたいことではあるのだろうが、戦力の大幅なダウンは避けられない。そういう懸念もまた、〈翼持つ城砦〉購入の一因となったのかもしれない、とカムイは思った。
「それでも、今回まとまった数のプレイヤーが新たに合流してくれたからね。戦力は十分に足りると思うわ」
それどころか今のままでは過剰だ、とさえガーベラは思っていた。過剰な戦力で〈侵攻〉を迎え撃てば、取りこぼしはなくなるだろうから、その点は喜ばしい。ただ、個々のプレイヤーの稼ぎは減ってしまう。そしてそれは不満に直結するだろう。
(それを考えると、適当に戦力が減るのはむしろ好都合かもしれないわね……)
ガーベラはそんなふうにも思っているのだが、しかしその辺りの事柄について真剣に考えているわけではない。むしろ「リンリンが悩めばいっか」と同性の友人に丸投げしていた。
「……そういえば、もしかしてですけど、【シークレットウォール】をリクエストしたのってガーベラさんですか?」
「それなら、結構稼げたんでしょうけどねぇ……」
やさぐれた雰囲気を醸し出しつつ、ガーベラはそう言った。ため息に瘴気が混じっているように見えたのはたぶん気のせいだろう。ちなみにガーベラにもリーンにも今のところ戦線離脱の予定はなく、彼女らは夜毎互いの傷を舐めあっていた。
ガーベラが「今日は死ぬのほど飲むわ」と言ってアルコールを取りに行くのを見送った後、カムイはカレンの姿を探した。延ばし延ばしになっていた返事を、旅に出ることにしたと伝えるためである。
「そっか。うん、分かったわ」
カムイの返事を聞くと、カレンは嬉しそうにそう言った。
「それで、アードさんには……」
「いや、まだ何も。これから頼むつもりだ」
「じゃあ、わたしも一緒に行くわ」
カレンがそう言ってくれたので、二人は連れ立ってアーキッドのところへ向かった。彼はミラルダと一緒に何人かのプレイヤーに囲まれていたが、カムイとカレンの姿を見つけると彼らに断ってから二人に声をかけた。
「よう、ご両人。デートか?」
「違いますよ。実はちょっとお願いがありまして……」
そう言ってカムイは琥珀色の結晶のことを話し、さらにカレンからキファというプレイヤーのことを聞いたと話す。そうやって簡単に事情を説明してから、彼はアーキッドにこう頼んだ。
「それで、できたらキファさんがいる拠点まで、一緒に連れて行って欲しいんですけど……」
「わたしからもお願いします、アードさん」
「ふむ……、まあ構わないと言えばかまわないが……。なあ少年、それで俺たちになんのメリットがある?」
面白がるように、アーキッドはそう尋ねた。彼の口調は軽妙だが、しかしカムイを見据える視線は鋭い。その視線に射抜かれて、カムイは言葉を詰まらせた。頼むことばかり考えていて、これが一種の交渉であることに全く考えが及んでいなかったのだ。
「それは……」
「はは、悪い悪い。もちろん構わないぜ。もともとそっち方面に行こうかとも考えていたところだしな」
「そうなのかえ?」
そう言って話に割り込んできたのはミラルダだ。どうやらお酒を飲んでいるらしく、ほんのり上気した頬が艶っぽい。ご自慢の尻尾も上機嫌にユラユラと揺れている。
「ああ。【PrimeLoan】の上限額も最初の頃と比べてずいぶん増えたからな。そろそろ二周目を回ってみるのもいいかと思っていたんだ」
加えて、海辺の拠点の南と東はもう海で、さらに北と島にいたプレイヤーは回収済みだ。つまりこの近くにはもう未知の拠点はない。もちろん遠くにはまだたくさんあるのだろうが、「その前に二周目だな」とアーキッドは考えていた。それは最近【HOME】のアップグレード費用として約2億Ptを使ったことも無関係ではない。
さらに二周目を回るのには、もう一つ目的がある。それはそれぞれ拠点にいるプレイヤーをフレンドリストに登録し、メッセージで連絡を取り合えるようにすることだった。いわば、ある種の連絡網を作ろうとアーキッドは考えているのだ。〈魔泉〉や〈侵攻〉、瘴気の集束現象などの情報も共有したいところである。
「まあ、そんなつもりだからお前さんを連れてキファのいる拠点に行くのは、別に構わない。ついでだしな。ただ、いろんな拠点に寄るつもりだから、行ってすぐに帰ってくるって訳にはいかない」
それでもいいか、と尋ねるアーキッドにカムイはすぐに「はい」と言って頷きを返した。それを見てアーキッドも「よし」と言って頷く。そしてスッと右手を差し出した。
「そんじゃ、よろしくな。カムイ」
「はい、よろしくお願いします!」
そう言ってカムイは差し出されたアーキッドの手を握った。
これで話は決まった。カムイは旅に出る。




