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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
Go West! Go East!

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52/127

Go West! Go East! 1


 人の尋ね来ることこそ嬉けれ

 されどお前ではなし



 ― ‡ ―



「その、悪かった」


 少しバツの悪そうな顔をしながら、カムイは呉羽に謝った。彼は呉羽に初めて勝った稽古の、すぐ後のことだ。


 その稽古で、カムイは初めて呉羽にまともな一撃を入れた。実際にはガードされているのでクリティカルヒットではないのだが、あれほどの強打を当てたのは初めてのことである。それどころか、今までは触らせてさえもらえなかったので、今回の一撃は快挙と言っていい成果だった。


 そして、その一撃で決着が付いた。カムイの攻撃を呉羽は防御しきれず、吹き飛ばされて愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を手放し、そのまま地面を転がって戦闘不能になった。そしてその際、カムイの攻撃を防御した彼女の両腕は、その一撃に耐え切れずに折れてしまっていたのである。


 そのまさかの重症に、カムイも焦った。彼はすぐに呉羽の身体を起こすと、アイテムショップから【上級ポーション】を購入する。そして背中を手で支えながら彼女にそれを飲ませた。


 幸いと言うか、【上級ポーション】の効き目は確かで、呉羽の両腕はすぐに回復した。ソレを見てカムイもホット胸を撫で下ろす。そして必要ならもう一本買おうと思って開きっぱなしにしていた、アイテムショップのページを閉じた。


 呉羽が回復して焦燥が去ると、カムイの中で今度は罪悪感が頭をもたげてきた。〈雷刃・建御雷〉をしのいだ直後で必死だったとはいえ、呉羽のことを何も考えずにがむしゃらな一撃を叩き込んでしまった。


 そもそも〈雷刃・建御雷〉とは、呉羽が全力を傾けて放つ大技である。そのため放った直後には大きな隙ができる。そのことはカムイも承知していた。承知して、その技を使うよう呉羽に強く求めたのだ。


 さらに回避するのではなくある種受け流してその技をしのぎ、そしてそのまま反撃に転ずるというのも、カムイの考えていたシナリオ通りである。そのシナリオの中で、攻撃するのが大技を放った直後で隙を見せ、しかも余力のない呉羽であるということだけが、すっぽりと抜けて落ちていた。


 それはある意味で信頼の現われであるともいえる。カムイは「呉羽ならどんな状態でも自分の攻撃をまともに受けることはない」と、無意識のうちに信じ込んでいたのだ。それはこれまでの経験則に基づくもので、つまり彼は「呉羽は自分よりはるかに強い」と無邪気に思い込んでいたのである。


 ところが実際にはそうではなかった。重症を負い、苦しげに顔を歪めながらポーションを飲む呉羽の様子を見て、カムイは自分の見込みが甘かったことを思い知らされたのである。


 罪悪感が湧き起こる。手加減をするべきだった。いつも呉羽がしてくれていたように。寸止めにしようと思えばできたはずなのに、勝手に「大丈夫だろう」と決め付けてそれをしなかった。自分がどこまでも彼女に甘えていたような気がして情けない。


 片手で支える彼女の背中は細い。カムイは不意に、呉羽が同い年であることを思い出した。なんだかもう、本当に申し訳なくて仕方がない。謝罪の言葉はすんなりと口から出た。


「別に悪いことなんてないさ。わたしが上手く受け止められなかっただけだ」


 そう言って呉羽は苦笑した。実際、彼女にとってカムイの強打を受け止めるのは必ずしも不可能ではない。彼の打拳や“アーム”ならこれまでに散々風で弾いてきたし、“グローブ”の強打も【草薙剣/天叢雲剣】と【玄武の具足】の力を連動させれば十分に防げるという自信がある。


 さらに言えば、【草薙剣/天叢雲剣】ならば白夜叉のオーラを切り裂くことも可能なのだ。だからあの状況でもまだ打てる手はあったはず。それなのに重症を負ってしまったのは、ひとえに自らの未熟さのせい、と呉羽は思っている。


 だから気にするな、と彼女は言う。ただ、そう言われて本当に気にしなくなる人間はいないだろう。少なくともカムイはそうではなかった。彼はもう一度「悪かった」と謝ってから、呉羽に手を貸して彼女を立たせた。


「そういえばポーションを買わせてしまったな。幾らだ、払うぞ?」


「いや、いいよ。ほら、前に呉羽にポーション使わせちゃったことあったろ? その分ってことで」


 カムイがそう言うと、呉羽も「そういうことなら」と言って納得してくれた。


 拠点に戻ると、カムイはアストールとリムにも琥珀色の結晶の研磨を頼むため旅に出ることを伝えた。事前に相談されていただけあって、アストールは穏やかな笑みを浮かべて頷くだけだったが、リムのほうは唐突なこの話に混乱した様子だった。


「え、ええっと……。その、ひ、一人で行くんですか……?」


「いや、まずはアードさんたちに連れて行ってもらえないか、頼んでみるつもり。断られたら……、その時は一人かな」


「あ、危ないんじゃ……」


「うん。まあ、そうだな。でも、もう決めたんだ」


 カムイは静かにそう言うと、リムは「そう、ですか……」と呟いて目を伏せた。その表情は寂しげだ。そんな彼女の頭を、アストールは優しく撫でる。リムが顔を上げると、彼は安心させるように微笑んだ。それから視線をカムイの方に向けて、こう尋ねる。


「どのくらいで戻ってくるのですか?」


「分かりません。最低でも数ヶ月はかかると思うんですが……」


 カムイが申し訳無さそうにそう答えると、アストールは「まあ、そうですよね」と言って苦笑を浮かべた。そしてさらに続けてこう尋ねる。


「アードさんたちには、メッセージで連絡を?」


「ああ、いえ。実は今朝、カレンから連絡がありまして。アードさんたち、いま海辺の拠点に向かっているみたいなんです。向こうは歩きですけど、こっちはレンタカー使えばすぐなので、明日か明後日にでも拠点の方に行って、そこで頼んでみようかな、と」


「なるほど……。では、私たちもカムイ君と一緒に一度拠点の方へ戻りましょう」


「いいんですか?」


「ええ。アードさんたちが拠点に戻ると言うことは、懇親会があるのでしょう? これを逃す手はありません」


 アストールは得意げな顔をしながらそう言う。「食い気かよ」と思い、カムイは思わずガックリと脱力した。呉羽も苦笑しているし、リムまでも呆れた顔をしているから、相当なものだ。


「……まあ、懇親会は冗談ですが。ここ数日の調査でこの遺跡にある魔法陣の、その本来の姿がようやくほぼ明らかになりました。その結果を向こうに持っていって、また検討会を開きたいんです」


 面白いアイディアが出るかもしれませんから、とアストールは言う。確かにそちらが本命なのだろうが、懇親会のほうも理由としては大きいのではないだろうか、とカムイは睨んでいる。それに彼自身、懇親会は楽しみなわけであるし。


「ロロイヤさんはどうするんでしょうか?」


「そうですね……。できればロロイヤさんにも検討会に参加していただきたいところです」


 最初アストールが完成させた魔法陣を一目見て、それが不完全であることを見抜いたことからもわかるように、ロロイヤの知識量は膨大で、さらにセンスもまた群を抜いている。彼が加わってくれれば、検討会はさらに有意義なものとなるだろう。


 ただずいぶん個性的な方ですからねぇ、とアストールは苦笑する。その感想にカムイらは真顔で同意した。


 ロロイヤは決して悪い人間ではない。ポイントをたかることはないし、話も通じる。ただ控えめに言って変人で、興味のないことはしたくないと言うオーラが出まくっているだけだ。だから懇親会や検討会に興味がなければ、行くとは言わないだろう。


「まあ、わたしの方から後で話しておきますよ」


 アストールがそう言ってくれたので、ロロイヤのことは彼に任せることにした。どちらにしてもレンタカーは五人まで乗れるので、そう大きく予定が狂うことはない。後ろはまた三人乗りになるが。


 四人での話し合いが終わると、アストールは早速ロロイヤのところへ向う。事情を説明すると、彼は考える素振りも見せずにこう即答した。


「ワシは行かんぞ」


 面倒だからな、とロロイヤは言う。そんな彼にアストールは一応食い下がった。


「できれば、検討会に参加していただきたいのですが……」


「ならばこれを持っていけ」


 そう言ってロロイヤはアストールに紙の束を差し出した。50枚ほどもあるだろうか。レポートのようである。アストールが目を落として見ると、どうやら遺跡の魔法陣に関する事柄のようだ。ただ内容は難解で、アストールには理解が及ばない。もっとも、これは彼の知識不足のせいかもしれないが。


「主になぜ瘴気の集束現象が起きるかについてだが、思いつく限りの考察はしておいた。ソイツを持っていってワシの意見ということにしておいてくれ」


「は、はあ。ありがとうございます。それで、あの、魔法陣の解析の方は……?」


 アストールら有志の検討会が現在行っているのは、魔法陣の解析である。つまりこれがどのような働きをする魔法陣で、その働きをさせるためにどのような術理が用いられているかを調べているのだ。


 もちろん最終的には瘴気の集束現象について切り込んで行くことになるわけだが、そのためにはまず魔法陣の本来の姿と働きを解き明かす必要があると思っていたのである。それなのにロロイヤはその段階を一足飛びに省略してしまった。少なくともアストールにはそう思えた。


 だから、いきなりこんなものを渡されても困る、というのが彼の心情だったわけである。しかしロロイヤはそれこそ心底不思議そうな顔をしてこう言った。


「そんなもの、見りゃわかるだろう?」


「え?」


 思わずアストールは聞き返した。本当に、ロロイヤが何を言っているのか分からない。言葉は通じているのに、意味が通じないのだ。見えているものが違いすぎる、とアストールは思った。


 そんな彼を見て、ロロイヤのほうもようやく認識に齟齬があることに気付いたようだった。彼は「面倒くせぇな」と言いつつも、腰のストレージアイテムから魔法陣の図面を取り出し、それをアストールに示してこう言った。


「まずこの魔法陣の働きについてだが、中庭で話したように、魔力を中心点に集束させることがコイツの目的だ。魔力が集まってくる様子は見せたよな?」


「は、はい。……あ、後で写真に撮らせてもらっていいですか? 検討会のメンバーに見せたいのですが……」


 アストールがそう頼むと、ロロイヤは面倒くさそうな顔をしつつも、「あ~、後でな」と言って頷いた。そしてさらにこう話を進める。


「で、次に魔法陣の構造についてだが、コイツは簡単に言って二段構造になっている。魔力を集める外縁部と、その魔力を整流して中心部へ向かって集束させる中枢部、って具合だな」


「……集束はともかく、整流、ですか?」


 意味が良く分からず、アストールは眉間にシワを寄せながらそう尋ねた。そんな彼にロロイヤは「そうだ」と言って頷く。そして「前にも言ったと思うが……」と前置きして説明を続けた。


「魔法陣の外縁部はかなり大雑把な造りだ」


 その要因は二つあるとロロイヤはいう。一つは大量の水を取り込むために魔法陣自体を巨大化しなければならなかったこと。水に含まれる魔力は微小で、十分な量を集めようと思えば水の量を増やすしかなく、それを容れるためには巨大な入れ物が必要、というわけだ。


 そして二つ目はその巨大な魔法陣を街中に作ったこと。そのため魔法陣の陣中に、しかし術式とは関係のない構造物が入り込んでしまった。その上、そこで人々が生活しているのである。いわば無駄だらけで、精密とは程遠い状態だ。


「言ってみれば、何本もの糸を無造作にかき集めたような状況さ。絡まって大変だろう?」


 そう言ってロロイヤは笑った。そしてだからこそ整流する必要があるのだ、と彼は言う。


「……つまり、整流とは絡まった糸を解くようなものだと?」


「まあ、絡まった糸というのはものの例えだがな。たぶんそのままでは反発するなりして、上手く集束してくれないんだろう」


 そんなふうにロロイヤは自分の推測を語った。アストールは何度も頷きながら彼の話に聞き入る。


「それで外縁部と中枢部の、それぞれの働きについてだが……」


 そう言ってロロイヤは説明を始めた。魔法陣の図面に矢印などを書き込んで説明してくれるので、彼の説明はとても分かりやすい。アストールはノートを取りながらその説明に一心に耳を傾けた。そして説明が一通り終わると、最後にロロイヤはどこか感心したようにこう言った。


「それにしても面白い造りだな、これは。制御用の術式が一切組み込まれていない。いわば回路だけで魔法陣を構成してしまっている。まあ、魔力を変化させて事象を引き起こす類のものではないから可能なのだろうが……」


「すごいこと、なのですか?」


「人の手を離れて自立的に動作するという意味ではすごいと言えるかもしれんな。そのおかげで、こうして都市が滅びた後も動作を続けている」


 深い研究の跡が窺える、とロロイヤは言った。その口調がまるで賞賛しているようで、アストールはつい彼の顔をまじまじと見てしまった。


「どうした?」


「あ、いえ……。『好きではない』と仰っていませんでしたか?」


「確かに好きではない。だが、所詮それは好みの問題だ。……いい仕事をしているよ、コイツは」


 憮然とした顔をしながらも、ロロイヤは遺跡の魔法陣をそう評した。制約が多い中で、しかしそれでも持てる技術と知識を総動員してこの魔法陣は造られた。その痕跡がありありと残っている、と彼は言う。


「すごいですね、ロロイヤさんは……。見ただけで、なんでも分かってしまう」


 アストールが感嘆してそういうと、ロロイヤはすぐに苦笑を浮かべた。そして「なんでもなんて分かるか」と言い、さらにこう言葉を続ける。


「例えば、集束させる魔力の出所は川の水だ。しかしなぜ川の水に微小とはいえ魔力が含まれているのかは分からん。この川特有のものなのかもしれないし、この世界ではそれが普通だったのかもしれない。いずれにしても、この魔法陣は流れてくる水のなかに魔力が含まれていることを前提にして設計されている。今のところ分かるのはそれだけだな。


 で、そうやって集めた魔力を何に使っていたのか。それも分からん。何かしらの儀式が行われていたと言うからそれと関係しているのだろうが、情報が少なすぎる。知りたいのなら、さらに遺跡の調査を継続するしかないだろうな。ただまあ、分かったところで集束現象とは無関係だろう。よってこの点については割愛していい」


 ロロイヤは早口でそう語った。アストールはその内容もノートに書きとめておく。彼はこのときはメモに意識が向いていて気付かなかったが、もしかしたらロロイヤはこのとき照れていたのかもしれない。彼がふとそう思うのは、海辺の拠点で検討会が終わった後のことである。


「さて、こんなものでいいだろう。検討会でまた新しいアイディアが出てきたら教えてくれ」


 ロロイヤはそう言うと「話は終わりだ」と言わんばかりに身体を伸ばした。それを見てアストールは思い出す。いつのまにか魔法陣に関する講釈に聞き入ってしまっていたが、そういえばそもそもは検討会に出る出ないの話をしていたのだった。


 そしてロロイヤは出るつもりのないことを言葉と態度で明確に示している。アストールとしては出て欲しい気持ちに変わりはないのだが、しかしこれ以上は何を言っても無駄であろう。


(それに、ロロイヤさんには出る必要もないのかもしれません……)


 ロロイヤに勧められ彼が書き込みをおこなった魔法陣の図面を受け取り、それをノートや受け取ったレポートと一緒にストレージアイテムに片付けながら、アストールはそう思った。


 一人でここまで分かってしまうのだ。彼がこの分野で天才的な才能を持っていることは間違いない。いや、才能だけでなく知識も膨大だ。アストールはもとより、たぶん検討会のメンバーでさえ束になっても敵わないほどに。


 おそらく一度検討会に参加した際に、彼はそこでレベルの差を感じたのだろう。実際あの場はロロイヤの独壇場だった。そしてこう思ったのだ。彼らは自分と議論を戦わせる相手にはならない、と。


(まったくその通り過ぎて言葉もありませんね……)


 アストールは苦笑する。少なくとも彼自身は、ロロイヤと対等なレベルになどまったくない。一緒に調査をするようになってからは何かとアドバイスを貰っているし、今さっきも魔法陣についていろいろと教えてもらったばかりだ。その一方で自分が彼の役に立てたと思うことはほとんどない。まさに天と地ほどのレベル差といえた。


「どうかしたか?」


「いえ、なんでもありません」


 苦笑するのが見えたのだろう。声をかけてくれたロロイヤに、アストールはそう言って小さく首を振った。そして手早く片付けを終える。


 今レベル差があるのは仕方がない。そもそもアストールの世界には、マジックアイテムや魔法陣は存在しなかったのだから。しかしだからと言って絶望したり、投げやりになってしまったりするのはまた違う。


(私も、前に進まなければなりませんね……)


 おりしもカムイが自分の装備を完成させるために旅に出る。彼は前に進もうとしているのだ。アストールは彼の背中を押したつもりだったが、しかしその姿を見ていると自分のほうこそ仲間である年下の少年に背中を押された気がした。


 アストールが片づけを終えて立ち上がると、ロロイヤはすでに別の資料に目を通していた。よく見かける姿で、つくづく研究熱心だなと思う。アストールも自分はのめり込む方だと思っていたのだが、彼はそれ以上である。もはや病的とすら言っていいように思え、アストールは苦笑した。そしてその拍子に、ふとあることを思い出す。


「そういえばロロイヤさん、〈スカイウォーカー〉を貸してもらえませんか?」


 ロロイヤが作成した〈スカイウォーカー〉は、空中に足場を作る魔道具だ。この魔道具を使うことで、川にいわば橋を架け、彼らは渡河したのである。その方法は非常に楽で、彼らはただの一度も戦闘をせずに川を渡ることができた。


 ただ今回ロロイヤが同行しないとなると、〈スカイウォーカー〉も使うことができない。いつも通りに渡河することはできるが、より楽に渡れる手段があるのなら、ぜひそちらを使いたいところである。


 決して堕落と言うなかれ。これまでの方法では高濃度瘴気の中を突っ切らねばならず、頻繁にモンスターに襲われる。今まではなんともなかったが、しかしリムなどにとってはやはりリスクが大きいと言わざるを得ない。そのリスクを下げられるのなら、そうするべきなのだ。


 それでぜひ〈スカイウォーカー〉を貸してもらいたかったのだが、ロロイヤの返答は意外なものだった。


「この際だ、売ってやろう」


「それは、ありがたいですが……。おいくらですか?」


「500万」


「ごひゃ……!? 高すぎませんか!?」


 値段を聞いたアストールが絶句して取り乱す。そんな彼を見てロロイヤはニヤニヤと笑った。その表情からして、足元を見ているのは明白である。とはいえ、彼のほうにも事情があった。


「ワシも霞を食って生きているわけではないのだ。それにお前さんたちなら払えんわけでなかろう?」


「それは、そうですが……。ロ、ロロイヤさんだってこの先また必要になるかもしれないじゃないですか」


「その時はまた作るさ」


 いかにも職人らしいその答えにアストールはうなった。気楽にそう言えるのは間違いなく製作者の強みだ。しかしそれにしても500万Ptは高い。アストールが悩んでいると、ロロイヤは苦笑してこう言った。


「では400万にまけてやるから、一つお遣いを頼まれろ」


 そう言ってロロイヤはストレージアイテムから三つの大盾とそれらを繋ぐ四本の鎖を取り出した。これらは一組の魔道具であり、〈世界再生委員会〉から依頼された品であると言う。


 これを海辺の拠点へ持って行き、そして対価を受け取ってくる。それがロロイヤの言うお遣いだった。三つの大盾はそれぞれ持ち運びにも苦労するほど大きいが、しかしストレージアイテムに収納してしまえば荷物にはならない。ただ荷物を運ぶだけで100万Ptも値引きしてくれるのだから、なかなかいい話といえた。


「まあ、したくないと言うのであればそれでもいいがな。だが、値引きしてやれるのは今回だけだぞ?」


「……分かりました、やりましょう。それで幾ら受け取ってくればいいんですか?」


「コイツも500万だ。払えない場合は値引きしてやる必要はない。そのまま持ち帰って来い」


 アストールは「分かりました」と答えて魔道具を受け取った。しかしここで問題が発生する。魔道具が大きすぎて、彼のストレージアイテムに収納し切れなかったのだ。すでに色々と放り込んであったせいだが、根本的な理由はそこではない。彼のストレージアイテムはカムイらとパーティーを組み始めたその初期の頃に購入したものであり、その類の中では安物で、そのため収納能力も低かったのだ。


 それでこの際なのでアストールはもっと良いモノを買おうと思い、アイテムショップのページを開いて物色してみたのだが、いかんせんストレージアイテムは高い。〈スカイウォーカー〉で400万Ptの出費が確定していることもあって、彼の手持ちでは全く足りなかった。まあ〈スカイウォーカー〉については四人で割り勘にしてもらうこともできるだろうが、それでも一度話をしておく必要がある。


「ちょ、ちょっと待ってもらっていていいですか?」


「ああ、構わんぞ。さっさと稼いで来い」


 ロロイヤがそう言ってくれたので、アストールは一礼すると足早にカムイら三人の所へ向かった。そして事情を説明すると、三人とも〈スカイウォーカー〉の代金として100万Ptずつ負担することを承知してくれた。


「まだ十分明るいですし、ポイントを稼いでおきましょう」


 三人から100万Ptずつ受け取っても、アストールはすぐにロロイヤのところへは戻らず、彼に言われたとおりポイントを稼いでおくことにした。大きな出費が重なって手持ちが心もとないのもあるが、なにより近々カムイがパーティーを離れるのだ。一時的とはいえ、今までのようにポイントを稼ぐことはできなくなる。それでその前に貯金を作っておこう、というわけだった。


(本当に、旅に出るんだなぁ……)


 いつも通りに役割分担してポイントを稼ぎながら、カムイはふとそんなことを思った。自分で決めたことだし、後悔はしていない。ただ、こうしてそれを前提にして色々と動き出すと、なんだかもう後戻りできない場所に来てしまったようで、すこしだけ寂しさが募った。


 今日は暗くなるまでこうしてポイントを稼ぐことになっている。海辺の拠点へ向かうのは明日の予定だ。



 ― ‡ ―



 カムイが琥珀色の結晶を完成させるべく旅に出ることを決意したその次の日。この日は海辺の拠点へ向かう予定なのだが、朝食を食べながら四人で話し合った結果、それは午後からということになり、午前はまたポイントを稼ぐことになった。


 理由は二つ。レンタカーを使うので午後から出発しても今日中には海辺の拠点に到着することができ、アーキッドらが戻ってくるまでには十分に間に合うから。そしてポイントを稼ぐのであれば、瘴気濃度の関係で拠点よりも遺跡の方が効率はいいから、である。


 そんなわけで午前中いっぱいポイントを稼ぎまくったカムイらは、遅い昼食を食べてから海辺の拠点に向かって出発した。〈スカイウォーカー〉は昨晩のうちに買っておいたし、〈世界再生委員会〉に渡す魔道具もすでに受け取ってストレージアイテムに収めてある。その際、魔道具の取扱説明書も一緒に受け取ってあり、準備は万端だった。


「じゃあロロイヤさん、行ってきます」


「うむ、気をつけてな」


 ロロイヤのところへ挨拶に行くと、彼は何かの資料に視線を落としたままヒラヒラと手を振ってそう言った。興味がないことがありありと分かる態度だ。それがいかにも彼らしくて、カムイらは揃って苦笑した。


「それじゃあ、いきます……!」


 遺跡の端、川の目前まで来ると、リムが力んだ様子で杖型の魔道具〈スカイウォーカー〉を構えた。なお、本来の装備である【女神の聖杖】は腰のストレージアイテムに仕舞ってある。


 彼女が〈スカイウォーカー〉に魔力を込めると、群青色の帯が対岸へ向かって勢い良く伸びる。四人はすぐにその帯の上を歩き始めた。二回目だからなのか、おっかなびっくりとした様子はない。周辺を見渡す余裕もあり、モンスターが近づいてこないかの警戒も含め、カムイは景色を眺めながら歩いた。


「リムさん。魔力が足りなくなってきたら、すぐに言ってくださいね」


 ちょうど川の上に差し掛かったあたりで、アストールはリムにそう声をかけた。そういえば前回ロロイヤが「魔力が足りない」と言い出したのが、ちょうどこのあたりだったことをカムイは思い出す。こんな場所で空中に放り出されては大変なので、足りなくなるようであれば早めに回復しておかなければならない。


 リムはまだ大丈夫そうではあったが、対岸まではもたないと思ったのだろう。「それじゃあお願いします」と言って、〈トランスファー〉の魔法でアストールから魔力を譲り受け回復した。念のため、アストールの魔力もカムイが吸収した魔力を使って回復しておく。これで万全だった。


 群青色の橋を渡り終え対岸に到着すると、四人は揃って一つ息を吐いた。二回目とはいえ、やはりまだ少し緊張していたらしい。とはいえ高濃度瘴気の中を突っ切る必要はないし、そこでモンスターに襲われることもない。また対岸についてからは〈侵攻〉のモンスターに追いかけられることもなく、非常に安全で楽だった。もっとも、魔力の回復手段がある限りは、だが。


 加えて、向上薬やモーターボートをレンタルしたりその修理代を取られたりすることもないから、その分の費用が丸ごと浮く。この先、何度も海辺の拠点と遺跡を行ったり来たりするであろうことを考えると、〈スカイウォーカー〉に400万Ptをつぎ込むというのは、決して高い買い物ではなかったのかもしれない。


(それに、ここでしか使えない、って訳でもないしな)


 川や谷など、そのままでは人が歩いて渡れない場所はこの世界にも多くあるだろう。そしてそういう場所に橋が架かっているとは限らない。かつて架かっていたとしても、今はもう崩れてしまっているか、朽ち果てて用を成さなくなっている可能性が高い。なにしろここは滅びた世界なのだから。


 そういう時、即席でいわば橋を架けることができるこの〈スカイウォーカー〉は非常に役に立つ。魔力消費量が大きいと言う難点はあるが、ここまで大きな橋が必要になることもまた少ないだろう。それにロロイヤもその点は気にしていたようなので、そのうち改良するかもしれない。乞うご期待、というわけである。


 まあそれはそれとして。楽に川を渡ることができ疲労もしていないので、四人は休憩なしですぐに海辺の拠点へと向かった。今回レンタカーを運転するのはカムイである。その腕前は、決して上手くはなかった、とだけ記しておこう。


 一時間ほどで海辺の拠点に到着すると、レンタカーのエンジン音を聞きつけたのかガーベラが出迎えてくれた。その彼女の目の前で、シャボン玉のエフェクトに包まれてレンタカーが消える。その仕打ちと言うか、あまりのタイミングの良さに、ガーベラは膝から崩れ落ちた。


「カムイ君、まさかとは思うけど、時間を計っていたわけじゃないわよねぇ?」


「そんな余裕ありませんよ。だいたい、一時間で間に合わせるのだって結構大変なんですから」


 恨みがましい目を向けてくるガーベラに、カムイは呆れたようにそう答えた。半分以上演技だとは思うが、なかなかの迫力である。というか、そこまで車を運転したいのなら自分でレンタルすればいいのに、とカムイは思った。


「高いのよ! 分かるでしょう!?」


「なら我慢してください」


 カムイはそっけなくそう答える。そもそも、高いからと言って人をアテにされても困ると言うのが彼の意見だ。


「レンタカーなんてものがアイテムショップになければ……、いえ、あったとしても実際に運転しなければ我慢できたかもしれないわ……。でも、アタシはもう運転の味を覚えてしまった……! つまり、コレはカムイ君の責任なのよ!」


「何でそうなるんですか?」


「責任とって!」


「聞けよ、人の話」


 カムイの敬語が崩れる。どうやら心底ウザかったらしい。しかしガーベラに堪えた様子はない。むしろ絡むだけ絡んでスッキリしたのか、サッパリとした笑みを浮かべてこうのたまった。


「というわけで、次はもっと早く帰ってきてね」


「あ~、はいはい。鋭意努力しますよ。主に呉羽が」


「わたしなのか!?」


 それはそうである。なにしろカムイはこれから旅に出る予定なのだ。次に彼らが遺跡から戻ってくるとき、カムイはその場にはいない。だからレンタカーを運転できるのは呉羽だけである。するとその話を聞いていたガーベラが、感慨深そうに頷きながらこう呟いた。


「そっか。カムイ君は自分探しの旅に出ることにしたのね」


「自分探しじゃありませんよ。あの結晶を研磨してもらいに行くんです。というか、分かって言ってますよね?」


 カムイがそう言うと、ガーベラは「ニシシ」と楽しそうに笑った。彼女は琥珀色の結晶を作ったときその場にいたし、キファの名前も聞いている。要するに、からかっているだけなのだ。


「それにしても、そういうことならイスメルさんたちもしばらくは戻ってこないだろうし、寂しくなるわね」


「そんなに寂しくはならないと思いますよ。カレンの話だと、また三十人くらいを新しく連れて来るってことですから」


「ということはまた浄化樹に投資してもらうチャンス!」


 カムイの話を聞くと、ガーベラは目を輝かせて大げさに喜んだ。ついさっきまで「寂しい」なんて言っていたのがウソのようである。まあしんみりして欲しいわけではないので別にかまわないが。むしろその切り替えの早さが彼女らしくて、カムイらは揃って苦笑した。


 さらにガーベラから話を聞かせてもらうと、やはりまだアーキッドたちは戻って来ていないらしい。しばらくは彼らが帰ってくるのを待つことになりそうである。待っている間はポイントでも稼ぎながら時間を潰せばいいだろう。


「あ、その前にロロイヤさんのお遣いを済ませてしまいましょう」


 なにしろ100万Pt分のお遣いである。確実に果たさなければならない。ついでに今回の調査の報告もしてしまえばいいだろう。


「リンリンによろしくね~」


 手を振るガーベラに見送られ、カムイらは浄化樹の植樹林を離れた。彼らが向かうのは〈世界再生委員会〉が使っている拠点の一画である。


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