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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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50/127

旅立ちの条件15


 島の探索のために、イスメルとカレンは結局丸二日を費やした。思いのほか時間がかかった、というのがカレンの感想だ。しかしそのおかげで、必要な情報はほぼ完全に収集することができた。


 当然、地図も完成している。出っ張った岬や逆に引っ込んだ入り江などが幾つかあるものの、島はほぼ丸い形をしていた。直径はおよそ25kmと言ったところだ。中心点から見て、南西方向に少し高めの山があった。もしかしたらこの山は火山で、その噴火によってこの島はできたのかもしれない。


 その決して大きいとはいえない島の中に、三二人のプレイヤーが八つのパーティーに分かれて活動しているのだ。それら八つのパーティーが島の全域に散らばり、その全てをすでに把握済みである。そしてそれぞれが拠点を中心にして行動範囲、つまり縄張りを持ち、その中でモンスターを狩って生計を立てていた。


 プレイヤー同士の関係は、さほど悪くない。いや、悪くなるほどそれぞれに係わっていないと言うべきか。ともかく島の中に対立構造はなかった。それはたぶん、行動不能になるほど瘴気濃度が高い場所がなく、そのため限られた狩場を巡って争うということをせずにすんだおかげなのだろう。


 ちなみに、話を聞いた限りではこの島で〈侵攻〉が起こったことはないようだった。見渡す限り、海水は瘴気に汚染されている。そんな海に囲まれたこの場所は、海辺の拠点よりも〈侵攻〉が起こりやすそうなものなのだが、そうではないのだ。「たぶん条件を満たしていないんだろうな」とアーキッドは言っていた。もっとも、その条件がなんなのかは不明だが。


 閑話休題。島にいた三二のプレイヤーは全員が島外への移動を希望した。島に閉じ込められている状況と言うのは、やはり今後の攻略に展望が持てないらしい。島に残れば狩場を独占できるのだろうが、長期的に見てそれが上手い方策とは言えないことは明らかだった。


 メッセージのやり取りでロナンらと協議した結果、ひとまず彼らは海辺の拠点に合流させることになった。もちろん合流を希望しないプレイヤーはその限りではないが、今までの例から言って全員がそれを希望するだろうとアーキッドは思っている。拠点に馴染めなければ、その時に改めてそこを離れればよいのだから。


 なお、メッセージのやり取りは一対一ではなく、四対四で行われた。メッセージを送れるのは一時間に一回、という縛りがあるからだ。「文字制限はともかく、この使用制限は何とかした方がいいかもしれない」というのが、面倒くさい思いをしたカレンらの感想だった。


 ただ、海によって隔てられている以上、三二人のプレイヤーを一度に移動させるのは不可能だった。というより、【ペルセス】に乗せて一人ずつ運ぶしかない。それが唯一の実行可能な方策だった。測った限りだが海上を含め、向上薬が必要なほど瘴気濃度の高い場所はないから、それだけは好条件と言っていい。


「むう……。仕方がありませんね……」


 さすがのイスメルも、やはり面倒くさそうである。しかしコレしか手がない以上、やってもらうしかない。三二往復もしなければならないので一日で終わるとは思えず、ひとまず三日間がそのための時間として想定された。


「……しかしそうなると、【HOME(ホーム)】の部屋数が足りないな」


 無精髭の生えた顎先を指で撫でながら、アーキッドはそう呟いた。海を渡ってきたプレイヤーを、一日ごとに海辺の拠点へ移動させるのは現実的ではない。地図と【導きのコンパス】を渡してパーティーごとそれぞれに目指してもらうという手もあるが、少々無責任なように思われた。


 しかしそうなると、三二人全員を島外へ脱出させるまでの間、先に脱出してきたプレイヤーには後続を待っていてもらわなければならない。その際どこで待つのかと言えば、当然【HOME(ホーム)】である。まさか「外で待っていろ」とはさすがに言えない。


 今でもすでに、【HOME(ホーム)】は豪奢で大きな屋敷である。しかし新たに三二人ものプレイヤーを泊めるだけの部屋数はない。仕方がないので、アーキッドは【HOME(ホーム)】を増築することにした。


 馬鹿正直に三二個も部屋を増やすような真似はしない。それでも十室以上も部屋を増やすことになった。そのための費用はおよそ1億Pt。もちろんアーキッドの手持ちだけでは足りず、費用は五人で折半となった。


「やれやれ……。ここ最近の稼ぎが全部吹っ飛んじまったな」


 そう言ってアーキッドは苦笑する。使用可能な時間を1日24時間にしたことも合わせると、ここ数日だけで約2億Ptの出費である。まあ、これから三十人以上のプレイヤーがここへ来る。さいわい、イスメルから説明を聞いて【Prime(プレイム)Loan(ローン)】に興味を持っているプレイヤーも多い。彼ら相手にまた稼がせてもらえばいいだろう。時間もあるから、また地図をプレイヤーショップで売るのもいいかもしれない。


 今後の方針が決まったところでカレンは自分の部屋に戻り、バスタブに少し熱めの湯を張ってそこへ身を浸した。だんだんと身体が熱くなり、全身の筋肉が弛緩していくのが分かる。気持ちよくて、カレンは「ふぅ……」と一つ息を吐いた。


 この二日間、カレンはイスメルと一緒に島中を飛び回っていた。彼女は基本的にイスメルの後ろにくっ付いていただけなのだが、見ず知らずのプレイヤーと立て続けにファーストコンタクトしていくのは緊張の連続で、それがカレンを思いのほか疲弊させていた。彼女を緊張させる要因の一つとして、ラーサーらのことが尾を引いているのは言うまでもない。当然のことながら、まだまだ彼女の心の傷は癒えてはいないのだ。


「……そうだ。カムイにも連絡しとこ……」


 湯船に浸かりながら、カレンはそう呟いた。もしカムイをキファのいる拠点に連れて行くとしたら、島のプレイヤーを海辺の拠点に合流させた後になる。そのタイミングを逃すと、次は何時になるのか分からない。今すぐにではないにしろ、近いうちに結論を出してもらう必要があった。


(一緒に旅ができたら、いいなぁ……)


 心の中でそう呟き、カレンは目を閉じる。カムイにメッセージを送ったのは、お風呂から上がった後だった。



 ― ‡ ―



 カムイがそのメッセージに気付いたのは、朝食を買おうと思ってシステムメニューの画面を開いたときだった。【メッセージ】の項目に、着信を伝えるアイコンが付いていたのである。


 差出人はカレン。着信の時刻は、昨日の夜だった。何事かと思いメッセージを開くと、そこにはこう書かれていた。


《From: 【Karen(カレン)】》

《島の人たちを海辺の拠点に合流させることになりました。それで一週間ぐらいは時間がかかりそうです。キファさんのところへ一緒に行くのか、その間に決めておいて下さい。また連絡します》


 そのメッセージを読んで、カムイは思わず苦笑した。内容がおかしかったわけではない。変わらないな、と思ったのだ。カレンから、いや鈴音から届くメールやメッセージはいつもなぜか敬語だった。


 口で話すときは絶対に敬語なんて使わないくせに、そういう時だけは敬語なのだ。その癖はこの世界に来ても変わっていないらしい。ガサツな本性を気にしているのかな、なんて失礼なことをカムイは考えている。


 まあそれはともかくとして。カムイはもう一度メッセージを読み直した。そして首から革紐で下げた琥珀色の結晶を手で玩ぶ。キファさんというのは、この琥珀色の結晶の研磨をお願いしようと考えている、生産職のプレイヤーだ。


 カレンから聞いた話によれば、やはりそれ用のユニークスキルを持っていて、主にアクセサリーなどの作成を生業にしているという。尤も、彼女と出合った時分は、それで食っていくことはまだできていなかったらしいが。


(今のままでも、それなりに役立ってるけど……)


 不恰好な今のままでも、琥珀色の結晶はカムイの役に立っている。体感ではあるが、琥珀色の結晶を使えば、アブソープションの出力が同じでも得られるエネルギーの量は一割ほど多くなる。琥珀色の結晶はあくまでも補助装備だから、それを考えれば十分な効果といえた。不恰好な見た目も、慣れてしまえばなかなか味がある。


 しかし同時に、研磨したらどうなるのだろうかという興味もある。見た目の話ではない。見た目だけなら、カムイはたぶんもう行く気をなくしていたはずだ。普通に考えて、たかだか研磨したくらいで装備品の効力はそうそう変わるはずがないのだから。


 しかし普通でないとしたら、つまりユニークスキルが絡んでくると、話は違ってくる。ユニークスキルの力は絶大だ。ただの石ころに、同じ大きさのダイアモンド以上の価値を持たせることだって、きっとできてしまう。


 そんなユニークスキルを駆使して琥珀色の結晶を研磨したら、琥珀色の結晶の能力はどれほど強化されるのだろうか。それを考えるとき、キファというプレイヤーに研磨を頼んでみたいと言う気持ちが起こるのは事実だ。


 しかしそれでも、カムイはなかなか踏ん切れずにいる。パーティーメンバーに迷惑をかけるのではないか、と思ってしまうのだ。


(もっとドライに考えてたはずだったんだけどなぁ……)


 胸中でそう呟いてカムイは自嘲する。パーティーを組むのはあくまで自分のため。パーティーの迷惑よりは自分の都合を優先する。そうやっていくつもり、だったはずなのだ。


(まだ時間はあるさ……)


 そうやってカムイは今すぐに結論を出すことを避けた。そしてメッセージを閉じ、朝食として【日替わり弁当A】を購入する。今日のメニューは和食だ。湯気が立ち上る白いご飯と温かい味噌汁に惹かれたのか、呉羽も同じく【日替わり弁当A】だった。異世界でこれが食べられるのは、きっと贅沢なのだろう。


(カレンも、これ食ってんのかな……)


 そんなことを考えながら、カムイは朝食を食べた。朝食を終えると、神殿の中庭で瘴気の塊をリセットしてから、五人は堀に囲まれた中央区画の外に出た。堀の外に出たところで、カムイはアストールに言われて地図を取り出す。一方、彼は別の紙を取り出してそれを広げた。以前にロロイヤが補完しながら描いた、この遺跡にあると思われる魔法陣の図である。


 この魔法陣を参考にしながら、対応する地図上の空白部分を埋めていくのが、今日のお仕事である。ちなみに【測量士の眼鏡】はアストールが装備している。理由は一番似合うから。ロロイヤは似合わなかったわけではないのだが、「なんか胡散臭い」というのがカムイと呉羽の感想だった。


「まずはこっちですね」


 紙に書かれた魔法陣とカムイから受け取った地図を見比べ、アストールはある方向を指差した。その方向に五人は連れ立ってぞろぞろと歩き始める。途中に出現するモンスターは全てカムイと呉羽が倒した。なお、ロロイヤの戦い方だと遺跡に被害が出る危険性が高いので、彼には戦闘禁止が言い渡されている。


「さて、この辺のはずなんですが……」


 目的地付近に到着すると、アストールはそう言って周囲を見渡した。しかしそこには綺麗に敷かれた石畳と幾つかの廃墟があるだけで、魔法陣の一部と思しき水路や水槽はどこにも見当たらない。彼が困惑していると、横からロロイヤが口を挟んだ。


「地図を見せてみろ」


 アストールが言われた通りに地図を差し出すと、ロロイヤはそれを眺めて「ふむ」と呟いた。そして地図を片手にウロウロと歩いて、石畳を杖の柄尻で突いて回る。そしてある場所で足を止めると、そこへカムイらを呼んだ。


「おい、ちょっとこの石畳をひっぺ返せ」


 そう言ってロロイヤが杖で突いたのは、2m四方はあろうかという大きな石畳だった。しかもその石畳はしっかりとはめ込まれており、指を差し入れる隙間もない。ひっぺ返せと言われてもなかなか難しそうだった。


「割っていいのなら、わたしがやりますけど……」


「絶対にやめてください」


 アストールから即座にそう言われ、呉羽は苦笑を浮かべた。ただこれは単に「遺跡を傷つけたくない」というだけの理由ではない。この石畳の下にあるかも知れない何かを、傷つけたり壊したりしないための制止だ。


「オレがやるよ」


 カムイはそう言って一歩前に出た。他の四人に石畳の上からどいてもらうと、彼はそのすぐ近くにしゃがみこむ。そしてアブソープションの出力を上げ、白夜叉のオーラ量を増やす。


 そうやって増やした白夜叉のオーラを、カムイは手をつきながら慎重に操って石畳同士の間に浸透させていく。以前に神殿の地下で、入り口を塞いでいたレンガを取り除いたときにやったのと同じ要領だ。ただ今回は石畳がけっこう大きいので、完全に包み込むことはせず、オーラで端をギュッと掴むようなイメージでやる。


(よし……!)


 しっかりと掴めているのを手応えとして感じ、カムイは胸中でそう呟いた。そしてそのまま石畳の一方の端を持ち上げる。流石に重いが、しかし持ち上がらないほどではない。彼は全身を使ってゆっくりと持ち上げた。


 ズズッ、と石同士が擦れる音を立てながら、石畳の端が持ち上がる。するとその瞬間、開いた隙間から濃密な瘴気が吹き出した。どうやらこの下に溜まっていたらしい。


 カムイは、驚きはしたがしかし焦りはしない。白夜叉のオーラで身を守っている限り、瘴気の影響は受けないからだ。むしろアブソープションで吸収して糧としつつ、彼はさらに石畳の端を持ち上げる。


 石畳の厚さは5cm近くもあるように思えた。重いわけである。ただ一方だけとはいえ、こうして持ち上がってしまえば後は簡単だ。カムイはしっかりと石畳を掴むと、そのまま起こして立たせ、そして反対側に倒した。


「ビンゴだ」


 石畳をひっくり返したその場所を覗き込み、ロロイヤはニヤリと笑みを浮かべた。そこにあったのは、地下の魔法陣にもあったような水槽である。そこにはやはり水が溜まっていて、上部にはまた水路が接続されている。ここからは見えないが間違いなく下部にも水路が繋がっていて、そこから水が流し込まれているのだろう。魔力は微弱すぎて判別できないらしいが、探していた魔法陣の一部に違いない。


「よし、次に行くぞ」


 水槽の寸法を測り、地図上にその位置をマーキングすると、ロロイヤは急かすようにそう言った。彼に促され、カムイらは次の場所へと向かう。


 捜し求める魔法陣のパーツは様々な場所にあった。ある時は廃墟の中にあり、またある時は橋の影にそれらしき空間があったりした。どれがそうなのか、見分けがつかない場合も多い。探索が比較的順調に進んだのは、ロロイヤが補完しながら書いた魔法陣のおかげだった。


 ただ、さすがに魔法陣は巨大で、探索は一日では終わらなかった。夕方、辺りが少し暗くなってきたところで五人はこの日の探索を打ち切り、拠点としている中央区画の建物へと戻った。


「カムイ、ちょっと来い」


 夕食を食べ終わり、ゆっくりしようかと思ったその矢先、カムイはロロイヤに呼ばれた。驚きつつもカムイは返事をして彼のもとへと向かう。彼は普段アストールと話をしていることが多いのだが、さて何のようであろうか。


「お前の【Absorption(アブソープション)】と〈白夜叉〉は、なかなか興味深い。ちょっと観測、じゃなかった。解剖させてくれ」


「言い直す必要ないですよ!?」


 カムイは思わずそう叫んだが、ロロイヤがニヤニヤと笑っているのを見て、からかわれただけだと思い大きくため息を吐いた。しかし次の彼の言葉で、カムイは背筋を凍らせることになる。


「あいにくと麻酔はない」


 そう言ってロロイヤはこれ見よがしにナイフを取り出した。ソレを見てカムイは「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げた。からかっているだけだと思っていたそのニヤニヤとした笑みが、今はマッドサイエンティストのそれに見える。


「ほ、本気なんですか……?」


 青い顔をしながら、いつでも逃げ出せるように腰を浮かせて、カムイは恐るおそるそう尋ねた。だがその反応はロロイヤを喜ばせるだけだ。彼は素早く身を乗り出すと、「逃がすまい」と言うかのようにカムイの肩をガシリと掴んで押さえこむ。さらにニイィと口角を吊り上げたまるで魔王のような笑顔をカムイに近づけ、そしてまさに目と鼻の先で、


「無論、冗談だ」


 と言った。カムイがその言葉を理解するまでに、およそ三秒。ロロイヤが彼の肩を離して身体を遠ざけると、緊張の糸が切れたのか彼はヘナヘナと力なく座り込んだ。そんな彼の初心な反応を見て満足したのだろう。ロロイヤはナイフを仕舞って、今度こそニヤニヤとした楽しげな笑みを浮かべながら偉そうにこう嘯いた。


「だいたい、【Absorption(アブソープション)】も〈白夜叉〉もスキルなんだろう? 解剖したところで解析なんぞできるか。それくらい少しは考えろ」


 カムイが胸中で「理不尽だ!」と叫んだのは仕方のないことであろう。口に出して叫べない理由は推して知るべし。


 その後、カムイはロロイヤに促されるままにアブソープションと白夜叉を発動した。その様子をロロイヤはモノクルをかけてためつすがめつ観察する。カムイは、最初は身構えていたものの、彼は本当にただ見るだけだったので、徐々に肩の力も抜けていく。すると今度は、基本的に座っているだけなので、だんだんと暇になってきた。


「……あの、トールさんは、どうしたんですか?」


 思い切ってカムイはロロイヤに話しかけてみた。ここ最近、アストールはよくロロイヤと話していた。そのせいでちょっとリムが拗ね気味なのだがそれはそれとして。


「ん? アイツならワシが選んだ教本を読んでるよ」


 話しかけるなと叱られるかも、と思ってもいたのだがロロイヤは案外普通に会話に応じた。ただ、自分から話題を膨らませるつもりはないようで、それっきり会話は終わってしまう。


(き、気まずい……)


 沈黙の中、カムイは気まずさに頬を引き攣らせる。なまじ言葉を交わしたせいで、さっきまでよりもいっそう沈黙がいたたまれない。さいわい話を振れば応えてはくれるようなので、カムイは必死になって話題を探した。というか、あれだけ脅された相手とまだ会話を続けようとするあたり、彼の神経の図太さもなかなかである。


「……な、なんで【Absorption(アブソープション)】と〈白夜叉〉に興味を持ったんですか?」


「ふむ。まず〈白夜叉〉だが、これは瘴気への対抗手段だな」


 観察を続けながら、ロロイヤはそう答えた。それを聞いてカムイは思わず首をかしげる。


「でもそれなら、カレンの【守護紋】や向上薬とかでもいいんじゃ……?」


「その二つも確かに有効だが、前者はユニークスキルだし、後者はシステムとやらに依存している。プレイヤーが自らの力だけで瘴気に対抗する手段は、ワシが知る限り〈白夜叉〉だけだ」


 ロロイヤはそう言い切った。それから「尤も、ワシの人脈もたかが知れているがな」と苦笑しながら付け加える。ただ、恐らく彼はアーキッドからもこの件についての話を聞いているはずだ。彼も〈白夜叉〉以外に知らないとすれば、確かに稀有な能力と言っていいだろう。


「じゃあ、呉羽の結界とかはどうなんです?」


「確かにその方法ならユニークスキルに依存はしないだろうな。同質の結界を張るだけなら、ワシの魔道具でも再現は可能だ」


 それを認めてから、しかしロロイヤは「だが完全ではない」と言葉を続ける。


「第一に結界内の瘴気濃度は別の手段で下げなければならないし、第二に濃度を下げたとしても時間経過と共に外から浸透してきてしまう。これでは使い物にならんよ」


 少なくとも単独ではな、とロロイヤは言う。そして喋っているうちに興が乗ってきたのか、彼は「その点、〈白夜叉〉は違う」と言葉を続けた。


「そもそも結界は空気の出入りを遮断するもので、瘴気の遮断はできていない。だから出入りは緩くなるものの、浸透されてしまう。だが〈白夜叉〉は瘴気そのものを遮断する。しかも空気の流れは遮断せずに、な。お前、〈白夜叉〉使っていても息は苦しくならないんだろう?」


「は、はい」


「それが大きな違いだな。まあ、消費は大きそうだが……」


「アブソープションがなきゃ、使い物にならないですからねぇ……」


 カムイはそう言って嘆息する。以前、白夜叉を単独で発動させたことがあるのだが、その時には一分ほどでごっそりと魔力を持っていかれ、凄まじい倦怠感を味わうことになった。


「そう、そこで【Absorption(アブソープション)】だ。この世界において瘴気を利用できるということは、すなわち無限の動力源を持っているに等しい」


 そもそも瘴気を利用して消費してやろうという発想がすばらしい、とロロイヤは賞賛する。まさか彼から褒められるとは思っていなかったカムイは、その言葉に目を丸くし一瞬フリーズした。


「瘴気が世界再生を阻む障害であることは明白だ。その瘴気を利用し、さらには消費して量を減らすと言うのは、実に合理的だ」


 ロロイヤはそう語るが、彼は最初からそう考えていたわけではない。実際、似たような能力を持っている浄化樹について、彼は当初「興味がない」と言い切っている。ユニークスキルが、というよりオーバーロードが関わっているモノに、彼は興味を引かれなかったのだ。


 その考えが変わったのは、〈魔泉〉を見てからのことである。人知を超えたその災厄を目にしてから、彼はそれを封じる手段をずっと考えていたのだ。そして最近、ある結論に達した。「〈魔泉〉を封じるには瘴気そのものを利用するしかない」。彼はそう考えたのである。


「〈魔泉〉からは、大量の瘴気が噴出し続けている。これを封じるためには、単純に蓋をしても意味がない。蓋をしたところでいずれ内圧に耐え切れなくなり、弾けとぶのが目に見えているからな。


 ではどうするのか。結界に瘴気を利用して駆動するような機構を組み込む。これしかあるまい。つまり噴出量と消費量をつりあわせることで〈魔泉〉を封じるのだ。【Absorption(アブソープション)】の解析は、最終的にはそのためのものだな」


 ロロイヤの言葉を聞いて、カムイは目から鱗が落ちる思いがした。噴出量と消費量をつりあわせることで〈魔泉〉を封じる。そんなやり方は今まで考えたこともなかった。だが、確かに〈魔泉〉を封じるにはソレしかないように思える。


「でも、それなら浄化樹の方が良くないですか?」


 カムイはそう尋ねた。アブソープションよりも浄化樹のほうが、ロロイヤの提唱する封印方法には合っている気がする。だがロロイヤは「いや」と呟いて首を横に振った。


「浄化樹では足りんだろうな。それに瘴気が広範囲に拡散するのも防げない。〈魔泉〉を丸ごと覆うような巨大な浄化樹があったとしても、消費量が吊りあうかは不明だし、そもそもそこまで巨大になったら自重で潰れるだろうよ」


「なら、リムの【浄化】は?」


「嬢ちゃんのアレも興味深くはある。ただ、アレはあくまでも変換能力だ。その証拠に、嬢ちゃん一人じゃあ、すぐに息切れしてしまうだろう? 封印に求められるのはこの際、質じゃなくて継続能力だからな。最低限、発動後は人の手を離れてもらわないと、封印する意味がない」


 まあ解析して結界に組み込めればそれが最上なんだろうがな、とロロイヤは笑う。つまり瘴気を動力源にして駆動し、瘴気を浄化してマナへと変換する結界、ということだ。〈魔泉〉からは瘴気のかわりにマナが噴出すことになるのだ。


〈マナ〉とはつまり「世界にとって有用なエネルギー」。この結界が実用化されれば、〈魔泉〉はもはや災厄ではなくなる。むしろ豊饒の祝福となるだろう。確かにそれは最上の結果と言えた。


「もっとも、それは当分先の話だがな」


 そう言ってロロイヤは苦笑を浮かべた。彼がここまで話した事柄は、あくまでも今後の展望だ。実用化はおろか、理論さえまだできていない。つまり現状ではまだ、夢物語の域を出ていないのだ。


「やはりまずは〈白夜叉〉だな。そもそも〈魔泉〉に近づけんようでは、封印も何もないからな」


 まずは瘴気を完全に遮断できる、防護用の魔道具を作る。できることなら、そこにアブソープションの機構を組み込んで燃費を下げる。ロロイヤはそう目標を語った。


「そのほかにも、魔法陣の解析もせにゃならんし、頼まれた魔道具も作らねばならん。やることは山積みだな」


 ぼやくようにそう言いつつも、ロロイヤの口調と表情は楽しげだ。やりたいからやる。彼のそのスタンスは明確である。


「まあ、手伝えることがあるなら、手伝いますよ」


「そうか。では早速解剖を……」


「意味がないんじゃなかったんですか?」


「意味はない。だが、興味はある。つまり趣味だ」


「勘弁してください……」


 カムイが情けない声を出すと、ロロイヤは喉の奥を鳴らしながら楽しげに笑った。そして楽しげな様子のまま、こう言葉を続けた。


「では、解剖はやめておいてやるから、ちょっとソレを使って見せろ」


 ロロイヤが指差したのは、カムイが革紐で首から下げた琥珀色の結晶である。コレについてカムイは彼に話したことはなかったから、もしかしたらアストールから聞いたのかもしれない。なんにしても解剖をやめてくれるというのであれば、カムイに否やはない。彼はすぐに琥珀色の結晶を発動させた。


「ほう」


 カムイが琥珀色の結晶を発動させるとすぐ、ロロイヤは興味深そうにそう呟いて目を輝かせた。そしてズイッと顔をカムイの胸元に近づけ、琥珀色の結晶の様子をまじまじと観察する。


「……この、中に入っているのはなんだ?」


「あ、それは浄化樹の種です」


「周りの結晶は? ガラスではないようだし、まさか本物の琥珀と言うわけでもないのだろう?」


「ああ、これは【クリスタルジェル】っていう素材……、でいいのかなぁ……? ともかくリクエストしてアイテムショップで買ったものです」


「ん~、どれどれ……。ああ、これか……」


 早速、ロロイヤはアイテムショップで【クリスタルジェル】を検索してみる。そしてその説明を読んで「なるほど」と言って頷いた。そして「機会があったら使ってみよう」と呟いてからそのページを消した。


「つまり、ソイツがいま魔力を発しているのは、中に入れた種の特性によるもの、ということか。なるほど、面白いな……」


 独り言のようにそう呟くと、ロロイヤは顎先に手を当てて考え込む。彼の様子は真剣で、声をかけることは躊躇われる。それでしばらく黙って待っていると、不意に彼が顔を上げ、カムイと視線を合わせてこういった。


「カムイ。お前、ソレを改造してみないか?」


「か、改造?」


 不穏である。魔改造の間違いではないか、とカムイは思った。


「もちろん今すぐにではないがな。だが、いま行っている魔法陣の解析に目途が付けば、恐らく人為的に瘴気を集めることができるようになる。その術式をソイツに組み込んで魔道具化してやれば、効率を上げられるぞ」


 アブソープションの話になるが、これまでの経験則として、瘴気濃度が高い場所で使った方が、同じ出力でも得られるエネルギー量は多くなる。周りに燃料がたくさんあればそれだけエネルギーを得やすい、というのは分かりやすい話だ。


 同じことが、そっくりそのまま琥珀色の結晶にも当てはまると予測される。ならば人為的に瘴気を集めてやれば、その分より多くのエネルギーを得られるはず、と考えるのは自然なことだ。


 もしこの改造がアイテムショップで可能だったとしたら、カムイは恐らく迷わなかっただろう。ただその改造をするのがロロイヤであるという点が彼を躊躇わせる。解剖を趣味と言うような輩がまともであるはずがない。となれば、まともに改造してもらえる保証もまたどこにもない。むしろ、とんでもないシロモノに魔改造されてしまう可能性が高いように思えた。


「あ~、実はいま、コイツを研磨してもらうことを考えているんです」


 そう言ってカムイはやんわりと断ろうとした。しかしロロイヤは引き下がらない。


「研磨? 研磨くらいなら、ワシがやってやるぞ」


「その、そういうことを得意としているプレイヤーがいるらしくて……」


「ふむ、ユニークスキルか……」


 ようするに、ただ形を整えて綺麗に磨くだけのことではないのだと察し、ロロイヤは「ふむ」と呟いて黙り込んだ。そして「誰に頼むつもりなんだ?」と尋ねるので、カムイはキファのことを彼に話した。


「そこまで分かっているなら、なぜさっさと動かん?」


「え?」


「名前も、拠点の場所も分かっているだろう? お前さんの能力であれば、瘴気によって移動を妨げられることもない。なぜこんなところでダラダラしている? さっさと行けばよいではないか」


 心底不思議そうにロロイヤはそう尋ねた。ダラダラしていると言われて、カムイは思わず焦る。


「え、いや、だって、一人旅は危険ですし……。それにパーティーにも迷惑がかかりそうですし……」


「ふぅむ……。まあ、魔法陣の解析もまだ終わってないし、最終的にどうするかはお前さんの判断なのだろうが……」


 なんか気に入らんなぁ、と言ってロロイヤは頭を乱暴にかいた。そして不意にカムイの目を真っ直ぐに見る。その眼差しの真剣さに、カムイは思わず息を呑んだ。


「安易な妥協をするなよ、少年」


 その声は今までになく真摯だった。そしてその真摯な声で、ロロイヤはこう続ける。


「安易な妥協はな、自分を腐らせるぞ。そして腐った人間は周りも腐らせる。そんなヤツ、身内にいる方が、よほど迷惑だろうよ」


 その言葉に、カムイは反論できない。


「さっきも言ったが、最終的な判断はお前のモンだ。だがな、仲間のためと言うのなら、それを言い訳がましく口にするな。胸を張れないのなら、それがお前のやましさの証拠だ」


 そう言うと、ロロイヤは立ち上がった。カムイは「あ……」と呟いて彼を視線で追う。ロロイヤはカムイを見下ろすと、思いがけず穏やかな笑みを浮かべてこう言った。


「スキル、参考になった」


「あ、その、はい……」


「改造の件も考えておいてくれ。とびっきりの魔道具に仕上げてやる」


 ニヤリと凄みのある笑みを浮かべてそういうと、ロロイヤは「それじゃあな」と言ってその場を後にした。彼を見送ったカムイは、思わず頭をかきむしる。


 安易な妥協をしているわけではない。ただ、決めかねているだけだ。そう思うが、しかしそれさえも言い訳じみている。悶々とした気持ちだけが募った。


 廊下に出て、一人で使っている部屋へ向かうその途中、ロロイヤは思わず苦笑を漏らす。ガラにもなく説教なんぞしてしまった。ジジイ臭くていけないと思い、それから年齢的にはもう十分にジジイであることを思い出す。


「やれやれ、若作りしてもダメなもんだな」


 いっそ楽しげにロロイヤはそう呟いた。そして頭を切り替え、表情を引き締める。改造の件がどうなるかは分からない。だがカムイに大見得切った以上はそれに見合うものを、いや越えるものを仕上げなければならない。それが偉そうに説教かました先達の責任だろう。ロロイヤはそう思った。


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