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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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ゲームスタート5

 カムイはいわゆる目覚まし時計というものを使わない。それはこのデスゲームに参加する以前からのことで、目覚ましをセットすると、なぜかアラームが鳴る前に起きてしまうのだ。それに目覚ましを使っても使わなくても、目が覚める時間は毎日ほぼ同じで、それなら使う意味もないと言うことで使っていなかったのである。


 その性質はデスゲームの中でも変わらなかったらしい。それでカムイはシステムメニューに用意された目覚まし機能を、これまでまだ一度も使ったことがない。そしてそれでも起きられるから、特に使う必要も感じていなかった。


「ん……。朝、か……」


 寝袋の中で寝ていたカムイが目を覚ます。横になったままメニューを開き、寝ぼけ眼で時間を確認すると午前六時前。リアルなら二度寝を敢行するところだが、このゲームの中ではそろそろ起きて動き始めなければならない時間だった。


「……んん……」


 少々不機嫌な呻き声を漏らしながら、カムイは寝袋の中で身体を起こす。そして少しぼんやりしたまま、ゆっくりと辺りを見渡した。今彼がいるのは小さな洞窟の中である。【導きのコンパス】によって導かれたこの洞窟で、彼は一晩を明かしたのだ。


 ただし、ただ寝袋を広げて野宿をしたわけではない。この世界ではいつ何時モンスターが現れるか分からない。まして寝ているときは無防備だ。襲われればひとたまりもない。この洞窟の中の瘴気濃度は平均以下だが、それでも安心できるものではなった。


 それでカムイは、これまでの道中と同じく、【簡易結界寝袋付(一人用)】というマジックアイテムを購入して使用していた。ちなみにお値段12,000Pt。地味に高い。


 このマジックアイテムの見かけは、青白い半透明のテントに似ている。そしてそのテントの中に寝袋が一つ用意されていた。中に入れるのは購入した本人だけで、中は外界とは隔絶されている。それで一度中に入ってしまえば、身の危険を心配することなくゆっくり休めるのだ。


 ただし「簡易」とついているだけあって時間制限がある。有効時間は十二時間。この時間を過ぎると、【簡易結界寝袋付(一人用)】はシャボン玉のエフェクトと共に消えてしまうのだ。


 最初、この十二時間という設定を見たとき、カムイは「長すぎる」と思った。夜寝るだけなら八時間もあれば十分だろう、と。「もう少し時間は短くて良いからもっと安いものを」と思ったのだが、しかし彼はすぐにやはり十二時間程度は必要であることを思い知らされた。


 この世界では、夜は本当に真っ暗になるのだ。当たり前に周辺には外灯などないし、また月や星の光も瘴気の黒い霧に遮られて夜間の明かりとなるには力が足りない。そして真っ暗になれば迂闊に動くこともできず、結局その場で野宿をするしかなかった。


 そしていざ野宿となると、食事を食べてしまえばもうすることがない。時間を潰す娯楽などないのだ。いや、娯楽アイテムはあるのだが、アイテムショップで購入しなければならない。結構いい値段がすることもあり、カムイはそちらの類に手を出す気は、今のところはなかった。


 となると、後はもう寝るしかない。そして寝るためには【簡易結界寝袋付(一人用)】が必要だった。またそもそも、睡眠はカムイにとって必要だった。アブソープションのおかげで疲労はほとんど感じていないが、それでも精神的な疲労は蓄積されているのだろう。彼は毎日、泥のように眠っていた。


 そうやって深く眠るせいなのか、朝目覚めた直後は頭が良く働かない。それでカムイは身体を起こしてからしばらくぼーっとしていた。そしてようやく頭が動き始めたのか、彼は小さく首を回して辺りの様子を確認する。そのとき手のひら大の石が、煌々と光を放っているのを見つけて彼は小さく微笑んだ。


 この石もまたマジックアイテムである。名前は【光熱石】という。その名の通り、熱と光を放つ使い捨てのマジックアイテムだ。夜、完全に真っ暗になってしまうとさすがに不便で、付け加えるなら少々不安でもあり、彼は毎晩このマジックアイテムを【簡易結界寝袋付(一人用)】と合わせて使っていた。


「……システムメニュー、オープン」


 寝袋に下半身を突っ込んだまま、カムイはいつの間にか消えていたメニュー画面をもう一度開く。声はまだ眠そうだ。そして画面をスクロールし、「全身クリーニング」のタブをタップする。


《全身クリーニングには1,000Ptかかります。よろしいですか?》


 確認画面で、カムイは迷わず「Yes」を選択。すると彼の全身がシャボン玉のエフェクトに包まれる。そしてそのままおよそ十秒。エフェクトが消えると、彼はどこか小奇麗になってさっぱりとした顔をしていた。


 全身クリーニングはその名の通り全身を洗浄してくれるシステムメニューだ。しかも身体だけでなく、着ている服も一緒に綺麗にしてくれる。カムイはこれを風呂代わりに使っていた。風呂も入ろうと思えば入れるが、こちらの方がはるかに安上がりなのだ。ちなみに夜ではなく朝使うのは、朝の洗顔の代わりも兼ねているからだ。


「よし……」


 全身クリーニングが終わってさっぱりすると、カムイはごそごそと寝袋から抜け出し、その上に胡坐をかいて座った。そしてメニュー画面を操作してアイテムショップから「日替わり弁当A」を購入し、朝食として食べる。


「ご馳走様でした」


 食べ終わると「日替わり弁当A」の容器や箸などは全てシャボン玉のエフェクトに包まれて消える。ゴミは残らない。エコな仕様である。そしてそうこうしている内に、【簡易結界寝袋付(一人用)】と【光熱石】もまたシャボン玉のエフェクトに包まれて消えていく。制限時間を越えたのだ。今日もまた、一日の始まりである。


「さて、と」


 そう呟いてカムイは立ち上がり、大きく背伸びして身体を伸ばす。それから一度大きく深呼吸をした。


「本当に瘴気濃度が平均以下なんだな、ここ……」


 今のカムイはアブソープションも白夜叉も使っていない。それなのに体調はすこぶる良好で、吐き気などまったくない。


《全てのプレイヤーには、平均的な瘴気濃度の中で問題なく生活できる程度の耐性が与えられています》


 ヘルプは確かにそう説明していた。そしてどうやらそれは、間違いなく本当のことであったらしい。


「で、これからどうするかな」


 今後の大まかな方針として、選択肢は主に二つ。この洞窟を拠点にしてレベル上げに勤しむか、あるいはもう一度【導きのコンパス】を使ってプレイヤーを探すのか。しかしながら、カムイの気持ちはもうすでに決まっていた。


「システムメニュー、オープン」


 カムイはメニュー画面を開き、そして幾つかの操作を経て【導きのコンパス】を購入する。彼は自分から動いて他のプレイヤーを探すつもりだった。やはり待つよりも自分から動いた方が性に合っているのだ。昨日泣いたせいなのか、それともたっぷり寝たおかげなのか、気持ちも幾分前向きになっている。そしてエフェクトと一緒にコンパスが現れると、さっそく目的地の条件を入力した。


《ここから一番近い、瘴気濃度が平均以下で、一人以上のプレイヤーが拠点としている場所》


 今度こそ、エラーは出なかった。カムイは「よし」と声を上げる。ゲームが始まってすでに一ヶ月近く。他のプレイヤーたちの中には、拠点を定めて攻略に取り掛かっている者もいるのだ。


「つーか、拠点に使える場所にたどり着くのに一ヶ月近くもかかるって、やっぱオレのスタート位置はよっぽどのハズレだったんだな……」


 カムイは苦笑しながらそう呟いた。せめてスタート位置の瘴気濃度が平均以下であれば、ゲーム開始直後に死に掛けることもなかったであろうに。ただしその場合、白夜叉の発現に成功していたかは怪しい。安全圏にいるのなら、生き残るために新たなスキルを習得する必要はないからだ。


 そしてアブソープションだけを頼りに攻略を始め、結局まともに戦うことさえできず、モンスターに殺されていたかもしれない。そう考えると、果たして自分は運が良いのか悪いのか、どうにもよく分からなくなるカムイだった。


「禍福は糾える縄の如し、ってか?」


 そんなことわざがふと頭に浮かぶ。「まあ、最終的にいい方向に転がったのなら、それでいいか」とカムイは思うことにした。


 まあそれはそれとして。【導きのコンパス】の条件設定を終え、最後の確認画面で「Yes」を選択する。するとコンパスの針がクルクルと回転し、それからピタリと止まってある一方向を指した。


 コンパスの設定が終わったことを確認すると、カムイはアブソープションと白夜叉を発動し、身体に輝く白いオーラを薄く纏う。濃度が平均以下でも瘴気自体は存在しているらしく、二つの能力は問題なく発動した。


「よし……。じゃ、行くか」


 準備を終えると、カムイは洞窟の外に出た。そしてすぐさまコンパスに従って歩き始めるのではなく、彼は一度この洞窟がある岩山の頂上に向かう。岩山の頂上は洞窟の入り口からも見えていて、彼はすぐにそこに到着した。


「うわ……、真っ黒だな……」


 岩山の頂上から見渡したこの世界は、ヘルプの言っていた通り、まるで黒い霧のような瘴気に覆われていた。暗く、どんよりとした世界だ。しかも曇って暗いのではないためか、言いようのない息苦しさまである。


「ウツになりそうだな」


 苦笑しながらカムイはそう言った。彼は冗談のつもりだったのだろうが、しかし実際のところその可能性は冗談では済まされない。リアルでさえ、日照時間の少ない地域はうつ病が多い、というデータがあるのだ。こんな異常な世界にいるのだから、うつ病になってもおかしくはないだろう。尤も、今のカムイにその兆候は少しもないが。


「さて、と……」


 カムイはちっとも良くない風景を眺めるのを止め、視線を手に持った【導きのコンパス】に落とし、そして針が指し示す方角を確認する。その方角は、やはり黒い霧に覆われていて先を見通すことはできない。


「ま、いいさ。今までと同じってことだ」


 肩をすくめてそう言うと、カムイはコンパスをポケットにしまって歩き始めた。さて今度は何日かかることやら。そんな事を考えながら。



 ― ‡ ―



《目的地に到着しました。案内を終了します》


 前と同じメッセージを残して、【導きのコンパス】がシャボン玉のエフェクトと一緒に消える。右手に持ったコンパスの重さがなくなると、カムイはその手をゆっくりと下ろした。


 あの洞窟を出発してから八日。カムイは二つ目のコンパスが指し示した、「瘴気濃度が平均以下で、一人以上のプレイヤーが拠点としている場所」に到着した。案外近かったな、というのが彼の感想である。


「ここ、か……」


 プレイヤーが拠点としているらしい場所は、とある山の頂上付近にあった。大きな石が幾つか積み重なって洞窟のようになっている。ただ完全な洞窟ではないので、カムイが一晩を明かしたあの洞窟よりは風通しが良く感じた。


 ちなみにカムイは山に登りたくなくて、山裾を一日かけて大きく移動してみたのだが、その甲斐なく結局山登りをすることになってしまった。それがなければもう一日早く到着していたわけで、まったくの時間の無駄であった。


「やっぱり、ここで寝起きしてるんだな……」


 カムイが拠点の中を見渡すと、そこには寝袋が一つ置いてあった。アイテムショップで売っているやつで、彼も見たことがある。たしか値段は6,000Ptだったはずだ。


 少々余談になるが、【簡易結界寝袋付(一人用)】が12,000Ptであるのに対し、似たようなマジックアイテムである【簡易結界(一人用)】は10,000Pt。二つの違いはもちろん寝袋が付いているかいないかなのだが、それだけで2,000Ptも差がついている。普通の寝袋の値段が6,000Ptであることを考えると、夜は【簡易結界(一人用)】を買い、寝袋は普通のものを買ってそれを毎日使った方が遥かに安上がりである。そう考え、ここを拠点にしているプレイヤーもこの寝袋を買ったに違いない。


 ではなぜカムイが寝袋を買っていないのかというと、彼は常に移動しており、そのため荷物が増えることを嫌ったのだ。そう、このゲームにはいわゆる「アイテムボックス」的なシステムがないのである。


 その代わりにマジックアイテムの中に「ストレージ系」と言われるカテゴリーがあるのだが、これがまた高い。最低でも10万Ptする。カムイはこの出費を嫌ったのだ。加えるなら、アブソープションのおかげもあってとりあえずポイントには不足していない。本当に必要になるまで買わずに済ませるつもりだった。


 まあそれはそれとして。カムイは無作法とは思いつつ、拠点の中に入って中をよく見ている。すると入り口からは見えない位置に置き鏡と櫛があった。それを見て彼は「この拠点の主は女性かもしれない」と考える。


「もののけ的な?」


「失礼だな、人を物の怪扱いとは。それに、人の物をあまり物色しないでもらいたい」


 不意に入り口の方から声がして、カムイは思わず「うお!?」と声を上げた。そして慌てて後ろを振り返る。そこにいたのは「女性かもしれない」と考えたその通り、女性のプレイヤーであった。


 年齢はカムイと同じくらいであろうか、十六か十七くらいに見える。少なくとも二十歳は越えていないだろう。つり目で硬派な印象を受けるが、目鼻立ちの整った顔つきをしている。美少女、と言っていいだろう。


 濡羽色の髪の毛は、後ろでまとめて(かんざし)で止めていた。服装はシンプルなズボンとシャツで、フードの付いたクロークを上から羽織っている。左手に持った刀はまだ鞘に収まっているが、彼女の右手は空いていて、いつでも抜ける状態なのは素人目のカムイにも分かった。


(警戒してるんだな……)


 当然と言えば当然だ。なにせ帰ってきたら自分の拠点に見慣れぬ男のプレイヤーがいるのだ。これを警戒しない方がどうかしている。まだ抜刀しないでくれている分、友好的な対応と思わなければならないだろう。


「……勝手に入り込んで申し訳ありません。謝罪します」


 そう言うと、カムイはまず深々と頭を下げる。ようやく出会えたほかのプレイヤー。最初にこじらせてまたお一人様に逆戻りするのは、彼としてももう色々と勘弁して欲しい。それで彼はできるだけ礼儀正しい対応を心がけた。


「……ふむ。まずは謝罪を受けましょう。それで一つお伺いしたいのですが、あなたもこのゲームに参加しているプレイヤーですか?」


 礼儀正しい態度がひとまず功を奏したのか、女性は警戒を少し緩めたようにカムイは感じた。


「はい。プレイヤーネームは【Kamui(カムイ)】です」


「ご丁寧に。わたしもこのゲームに参加しているプレイヤーで、【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】と言います」


 そう言ってカムイと呉羽はお互いに頭を下げた。お互いに距離を測っている段階だが、悪くないでだしであろう。ファーストコンタクトは成功と言っていい。カムイはそう思ったし、また呉羽も同じように思ったのだろう。にっこりと笑ってこう言った。


「ようこそ、わたしのアジトへ。歓迎します。何もないところですが、どうぞ楽にしてください。今、お茶を用意します」


「ありがとうございます。それじゃあ、オレは手土産代わりにお菓子を提供しますよ」


 カムイがそう言うと、呉羽は少し驚いたように目を見開いた。それから嬉しそうに朗らかな笑みを浮かべる。


「貴方とは気が合いそうです。……ところで、お互いそろそろ敬語は止めにしないか? わたしはその方が話しやすいのだが……」


「……分かった。それじゃあ、これでいいか?」


 そう言ってカムイが口調を崩すと、呉羽はやはり嬉しそうに笑った。そしてその笑みはさっきまでよりは幾分幼く、彼女の歳相応に思えた。もっとも、彼女の正確な年齢などカムイは知らないが。


 カムイが適当な石に腰掛けると、呉羽は先程の言葉通り、システムメニューを操作してお茶を出してくれた。それもなぜか抹茶。それに合うお菓子ということで、カムイは餅最中をチョイスする。


(う……。ちとニガい……)


 抹茶を飲むのは、物珍しくて飲んでみた小学校の文化祭以来である。慣れない苦味に、カムイは思わず顔をしかめて餅最中で口直しをした。呉羽のほうを見れば、彼女は慣れた手つきと涼しげな顔で抹茶を飲み干している。もしかしたら飲み慣れているのかもしれない、とカムイは思った。


「……それにしても、カムイが来てくれてよかった」


 餅最中を一口食べてから、どこかほっとした口調で呉羽がそう言った。


「藤咲さんは、ゲームが始まってからずっと一人でここに?」


「ああ。さすがにそろそろ途方に暮れ始めていたところだ。それと、わたしのことは呉羽でいいぞ」


「分かったよ、呉羽」


 カムイがそう言うと呉羽は嬉しそうに「うむ」と言って頷いた。その彼女が言うには、今拠点としているこの場所は、彼女のゲーム開始地点だったそうだ。ただし一人だけで、周りに他のプレイヤーはいない。当然彼女は他のプレイヤーとの合流を目指して移動を試みたが、そこで大きな問題が発生する。言うまでもなく、瘴気である。


「ここから少し離れたら途端に吐き気が酷くてな。慌てて逃げ帰ってきたというわけさ」


「あ~、分かる」


 自嘲気味に語る呉羽の言葉に、カムイは苦笑を浮かべながら大きく頷いた。その吐き気は彼も経験したものである。


 恐らくだが、この周辺ではここだけが例外的に瘴気濃度が低いのだろう。だからここから離れると、瘴気濃度が高くなって吐き気に襲われる。カムイにもよく分かるが、あの吐き気を抱えながら移動するのは自殺行為だ。それで呉羽はこの拠点から動けなくなってしまったのである。


「仕方がないから、システムから白紙の地図を買ってな。その地図を埋めながら、ひたすらポイントを稼いでいた、というわけさ」


 呉羽の買った地図というのは、最初は白紙状態だが、プレイヤーが移動するとその範囲が自動的に地図に記載されていく、マジックアイテムだと言う。マップ機能みたいだな、とカムイは思った。


「……動ける範囲は、最初の頃と変わらないのか?」


「いや。少しずつだが広くなっている。地図に記載される範囲が広くなっているからな」


 呉羽のその言葉に、カムイは一つ頷いた。どうやらプレイヤーがレベルアップすると、瘴気に対する耐性も上がるらしい。レベルや耐性がはっきりとした数字で表示されていないから実感しにくいが、ゲームのシステムとしてそういう仕様になっていなければ攻略のしようがない。思った通りである。


「ただ、行動範囲が広くなったと言ったって微々たるものさ。動きたくても動けず、さっきも言ったが途方に暮れ始めていてね。カムイが来てくれて助かったよ……」


「そっか、大変だったな。でもまあ、開始地点がここだっただけまだ運が良かったんじゃないのか? オレなんて開始早々に死に掛けたんだぜ?」


 そう言ってカムイは、自分のゲーム開始地点が高濃度瘴気のど真ん中であり、そのため例の吐き気に襲われて死に掛けたことを話した。その際、アブソープションと白夜叉のことはぼかしている。自分の手札を全て教えてやるほど、まだそこまで警戒は解いていない。


「それは……、運が悪かったというより、無用心だったんじゃないのか?」


「無用心? 用心していて、何とかなるものなのか?」


 少しだけ突っかかるような口調でカムイはそう聞き返した。ゲーム開始早々、何よりもまず吐き気に襲われたのだ。アレは用心していたからと言ってどうにかなるとは思えない。そもそも開始地点はランダムでプレイヤーには選べないと言うのに、それを「無用心」とまるでカムイの責任のように言われるのは心外だった。


 しかし続く呉羽の言葉は、カムイにとってまったく意外なものだった。


「初期設定のとき、瘴気について聞いていたのに、ゲームの開始地点について何も注文をつけなかったんだろう? 無用心だと思うぞ、それは」


「え……? 注文、つけられたの……!?」


「あ、ああ。ヘルプちゃんが『開始地点はランダムですぅ、キャハ☆』って言うから、ちょっと交渉してみたんだ」


 その時の様子を、呉羽は一人二役で演じてくれた。


『ゲーム開始早々に死んでしまっていては攻略にならない。何とかならないのか?』


《それじゃあ、どんな場所がいいんですかぁ~、キャハ☆》


『瘴気濃度が平均以下で拠点としても使える場所、というのは大丈夫か?』


《オッケーですぅ~、キャハ☆》


 どうでもいいが真面目そうな雰囲気の呉羽が、甘ったるい口調で「キャハ☆」とか言うのは結構衝撃的である。しかしそれ以上に、彼女の話した内容はカムイにとって衝撃的だった。


「交渉、できたのかよ……」


 思わずカムイはうな垂れる。確かにあの初期設定のとき、ゲームの開始地点についてはなにも注文をつけなかった。それは「プレイヤーが生命を失うことが確実視される場所は候補から除外されています」と言われていたし、また「いきなり殺しに来ることはないだろう」と思ったからなのだが、結果は承知の有様である。


 思えばユニークスキルや初期装備のことなどで、ヘルプと交渉できるのは分かっていたのだ。それなのに、瘴気のことを聞いていたというのに、それでもゲームの開始地点については何も交渉しなかった。呉羽の言うとおり、これでは「無用心」と言われても仕方がないだろう。


「ま、まあ、わたしもここから動けていないわけだし、あまり偉そうなことはいえないがな」


 せめて「他のプレイヤーがいる場所」というのを条件に加えておけばよかった、と呉羽は言う。ただ、落ち込むカムイにはあまり慰めになっていなかったが。


「ま、まあいいか……。結果的にはこうして生き残ったわけだし……」


「うむ、そうだぞ。何事も過去より未来が大事だ」


 カムイが無理やり気分を立て直すと、呉羽はそう言って訳知り顔で何度も頷いた。そんな彼女に、カムイは一つ気になっていたことを尋ねた。


「そういえばさ、呉羽って日本人?」


「うむ、日本人だぞ。そう言うカムイも日本人だろう?」


 カムイが「そうだ」と言って肯定すると、呉羽は「やっぱり」と言って笑った。確かに日本人でなければ抹茶は出さないだろうし、それに合わせて餅最中を選んだりもしないだろう。


 お互いが日本人だと分かったことで、カムイと呉羽はお互い一気に打ち解けた。警戒もかなり薄れている。


「それにしても、まさか抹茶を出されるとは思わなかったよ」


「ああ、すまない。もしかして飲み慣れなかったか? ウチでは結構日常的に飲んでいたから、ついな」


「へぇ。家でお茶をたてたりしていたのか?」


「うむ。藤咲家は結構歴史のある家でな。手慰み程度だが、お花よりは性に合っていたし、習っていたんだ」


 呉羽は得意げにそう答えた。しかしカムイはそれを聞いて少し引っ掛かりを覚える。彼女は今、自分の家のことをなんと言った?


「あ~、つかぬ事をお伺いしますが、【藤咲 呉羽】って、もしかして本名?」


「なんだいきなり改まって。プレイヤーネームなのだから、当然だろう?」


 何を言っているのか分からない。そんな呉羽の様子を見て、カムイは頬を引き攣らせ、内心で思わず慄いた。


(この人、ゲーム慣れしていない人だ……!)


 実際にプレイしていたかはともかくとして、多少なりともネットゲームなどの知識があれば、ゲームにリアルネームを使うはずがない。実際、カムイだってネットゲームはやったことないがこうして偽名を使っている。


(いやまあ、ここ異世界だし? リアル割れなんて気にする必要ないのかも知れないけどさ……)


 カムイがそんな事を考えていると、呉羽がはたと気付いたとばかりに彼のほうに視線を向ける。そしてこう尋ねた。


「そういえば、カムイの姓名は聞いていなかったな。なんと言うんだ?」


「あ~、【Kamui(カムイ)】って言うのは本名じゃないんだ。何て言うのかな……、ゲーム内だけで使う偽名、みたいな……。や、決して騙そうとしたわけじゃないぞ? 少なくともゲーム中はこの名前を使うわけだし」


「ふぅむ……。まあ、事情は人それぞれだからな」


 呉羽は勝手に深読みしたのか、カムイの本名を尋ねることはしなかった。そして、それよりも気になることがあったのか、呉羽はおもむろに話題を変えてこう彼に尋ねた。


「ところで、わたしも一つ聞きたいのだが、カムイはどうやってここまで来たんだ? つまり、どうやって瘴気を克服したのか、という意味なのだが」


「あ~、それはな……」


 一瞬、白夜叉のことを話すべきかどうか、カムイは迷った。先程は直接聞かれてはいなかったこともあるが、「手札を明かすべきではない」と警戒して話さなかった。今でも、頭の一部ではそう考えている。しかし別の部分では、「今は呉羽の信用を得ることが大事」とも考えていた。


「……コッチに来て、死に掛けて、それで生き残るために新しいスキルを覚えたんだ。もちろん、システム的にじゃないけど」


 結局、カムイは白夜叉のことを話すことにした。簡単に説明してから、実際に使って見せる。カムイの身体を薄く覆う白いオーラを見て、呉羽は「おお」と歓声を上げた。そして彼女は無邪気な様子でさらにこう尋ねる。


「その、白夜叉というのが、カムイのユニークスキルなのか?」


 その問いにカムイは苦笑した。また答えにくいことをあっさりと聞く。そう思った。


 カムイが思うに、ユニークスキルというのはこのゲームにおけるプレイヤーの生命線だ。プレイヤーに与えられた一番大きな力であることに間違いはなく、非常に重要度の高い情報と言える。


 端的に言ってしまえば、それを教えるということは、自分の弱点をさらけ出すことに等しい。相手に悪意があれば、間違いなくそれを考慮して対策を立ててくるだろう。その時、極めて不利な立場に置かれることは想像に難くない。


(考えすぎ、かな?)


 一通り理論武装してから、カムイはそう思って苦笑した。少なくとも、無邪気な様子の呉羽に悪意は見られない。口止めしておけばそう大事にはならないだろう、とカムイは思った。尤も、そう思わせるために無邪気を装っているとしたら、彼女はとんでもない悪女であるが。


(それならどのみち、勝てるはずもないさ……)


 いっそ悲しくなるが、カムイはそう開き直った。そして好奇心で輝く目を向けてくる呉羽に、苦笑しながらこう答えた。


「いや、【白夜叉】はオレのユニークスキルじゃない。さっきも言ったけど、これはゲームが始まってから覚えたんだ。俺のユニークスキルは【Absorption(アブソープション)】と言う」


 そしてその能力を簡単に説明し、「吸収したエネルギーで白夜叉を発動しているのだ」と最後に付け加えた。その説明を聞いて満足したのか、呉羽は感心しように何度も頷いている。そして思い出したようにこう言った。


「……っと。カムイにばかり能力を話させるのは悪いな。わたしのユニークスキルはこの刀でな、【草薙剣/天叢雲剣】という」


 そう言って呉羽は傍に置いてあった刀を、鞘に納めたまま誇らしげに掲げてみせる。


「名前が二つもあるのか?」


「両者は本来同一のものだ。コインの表と裏にそれぞれ名前があるようなものと思えばいい」


 知らないのか、と言わんばかりに呉羽は不思議そうに首をかしげた。彼女の中では、これは常識に類する知識のようだ。学校では教わらなかったよな、とカムイはあやふやな記憶を辿った。


「……日本書紀だっけ?」


「違う。古事記だ。まあ、二つが同一のものであるかは、実際のところ諸説あるようだがな」


 呉羽は同一のものであるとしてユニークスキルを設計したのだという。そしてその能力は「草薙を名乗らば地を支配し、天叢雲を名乗らば天を支配す」である。一つの刀に対して二つの能力。ずいぶん贅沢なスキルである。もちろん支配できる範囲には限界があるものの、しかし目下成長中であり、しかも最近では二つの能力の併用までできるようになったという。使い勝手の良さそうな能力で、実に羨ましい。


 羨ましかったので、カムイはちょっと意地悪な質問をしてみた。


「併用しているときはどちらを名乗るんだ?」


「もちろん両方だ」


 なんの躊躇いもなく、呉羽はそう言い切った。それを聞いてカムイは苦笑する。どうやら意地悪にはならなかったようだ。


「その刀は、他のプレイヤーも使えるのか? 例えばオレとか」


「これはわたし専用だ。他のプレイヤーは触れない。ヘルプちゃんはそう言っていたぞ」


 特別そういうふうに設定したわけではないらしい。本人しか使えないと言うのは、言ってみればユニークスキルのいわば仕様であるという。ヘルプちゃん曰く「ユニークなモノですからぁ~。共用は不可ですぅ~、キャハ☆」だそうだ。ちなみに他のプレイヤーと共用できるようにするためには、むしろ制限を設けてスキルを弱体化させなければならないという。


「まあ、使わせてやる気もないがな」


 鞘に収まった愛刀を抱きしめながら、どこかうっとりとした表情で呉羽はそう言った。そこに何か危険なものを感じ取ったカムイは、頬を引き攣らせながら少々強引に話題をそらす。


「と、ところで、刀を使ってるってことは、呉羽はやっぱり剣道とか習ってたのか?」


「いや、わたしが修行を積んでいたのは、剣道ではなく古武術だな」


「……どう違うんだ?」


「簡単に言えば、より実戦を意識しているのが古武術だ」


 一口に古武術と言っても、剣術や槍術、体術、弓術など多くのものを包含している。戦場の主役が刀剣類であった頃の戦う術、とでも言えばいいのかもしれない。


「へぇ……、すごいな。呉羽は全部できるのか?」


「まさか。わたしにそこまでの才能はないよ。わたしがやっていたのは主に剣術で、あとは弓術を少々だ」


「どのくらいの腕前なんだ?」


「答えにくいことを聞くなぁ、カムイは。だがまあ、そうだな……」


 苦笑しつつも、呉羽はそう言って少し考え込んだ。そしてこんなふうに答えた。


「剣術は『免許皆伝まであと二歩』といったところか。弓のほうは『素人よりはまし』といった程度かな」


「へぇ……」


 呉羽の言葉には、恐らく謙遜も入っているのだろう。こういうときに自分を低く見積もるのは日本人の特徴だ。とはいえそれがどの程度のレベルなのか、古武術はおろか剣道さえやったことのないカムイにはさっぱり分からない。ただ、呉羽がきちんと戦う術を学んでいたということだけは分かった。


「……一つお願いがあるんだけど、オレにも教えてくれないか?」


「教えるって、剣術をか?」


「いや、剣術と言うか、戦い方と言うか……」


 自分に戦うための技術がないことは、カムイ自身も痛感している。今までは白夜叉の防御力のおかげで大きなダメージを負わずに済んでいた。だがこの先はそうもいかないだろう。このデスゲームがそんなにヌルイはずがない。群れを率いて襲ってきたあのボスのように、防御を破ってくるモンスターもいるはずだ。そうでなくとも、今のカムイより強いプレイヤーなどごまんといるに違いない。


 このさき生き残るためにも、ここでしっかりとした戦う術を、最低限その基礎を学んでおきたい。カムイがそう言うと、呉羽は「う~ん」と唸って考え込んだ。そして少ししてから、申し訳無さそうにしながら口を開き、こう言った。


「すまないが、わたしもまだ人にものを教えられるレベルじゃないんだ。剣術の基本ならともかく、戦い方なんてどうやって教えればいいのか……」


 そう言うと呉羽は少し視線を逸らす。そしてこう続けた。


「それに、恥ずかしい話だが、わたしもポイントの稼ぎがギリギリなんだ。カムイの修行に付き合っていたら、わたしの生活が……」


 なかなか切実な事情である。しかしカムイのほうもそれは変わらない。むしろ命の危険という意味では彼の方が逼迫しているといえる。ここで引き下がるわけにはいかなかった。


「じゃ、じゃあ時給5,000Ptでどうだ!?」


「乗った!」


 即決だった。目を輝かせて身を乗り出す呉羽に、カムイは若干引き気味になりながら「お、おう」と答える。


 なにはともあれ。こうしてカムイは呉羽に修行をつけてもらうことになったのだった。


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