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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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49/127

旅立ちの条件14


「さて、と。寝る前に報告だけ済ませっちまうぞ」


 慰労会が終わった後、【HOME(ホーム)】のリビングにパーティーメンバーを集めたアーキッドは、いつものソファーに座るとそう切り出した。


「まずはキキだ。どれくらい稼げた?」


「ん、1億弱。前より多い」


 前回は8,000万Ptであったから、確かにそれよりも多い。要因は色々あるのだろうが、一番大きいのは信用だろうとアーキッドは思う。今まで何度か開いてきた慰労会や懇親会などのおかげで、彼ら五人は確実に海辺の拠点のプレイヤーたちから受け入れられるようになってきたのである。それが【Prime(プレイム)Loan(ローン)】でポイントを借りることへの心理的なハードルを下げているのだろう。アーキッドはそう分析した。


(いい傾向だな)


 アーキッドは内心で満足げに頷いた。この調子でどんどんポイントを借りて欲しいものである。もちろん、信用を裏切らないのが大前提だ。


「あと、【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の上限が2,100万を越えた」


 キキは付け足してそう報告した。彼女のユニークスキルの成長条件はまだ完全には分かっていないが、これまでの経験則として「使ったら使った分だけ成長する」ということは分かっている。


 海辺の拠点に初めてきたとき、【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の上限はだいたい2,000万Ptだった。つまりこの拠点でおよそ100万Pt分成長したと言える。そのペースが今までと比べて速いように思えるのは、もしかしたら〈侵攻〉のためかもしれない。


 ただ直接関係があるとも思えない。戦闘経験か、それとも稼いだポイントのためか。なんにしても成長してくれるのはありがたい。【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の成長は稼ぎの効率アップに直結するのだから。


「報告はこのくらい。あ、あと【若返りの秘薬】がまた売れてた」


「了解だ。……こうしてみると、秘薬はポイントを借りさせるいいエサになるかもな」


 まあそれはそれとして。キキの報告が終わったので、次はアーキッドの報告である。彼は「これを見てくれ」と言ってテーブルの上に地図を広げた。全員がその地図を覗き込んだところで、彼は海辺の拠点を始点にして引いた線をスッとなぞり、その線がもう一本の線と交差する場所をトンッと突く。


「ここが、次に目指すプレイヤーの拠点だ。距離は沖合35,6kmって所だな。ただ、海を渡らにゃならないから、全員で行くのは無理だ。そこで、だ……」


 アーキッドはそこで一旦言葉を切ると、地図上に置いた指をまたスッと動かし、まだ見ぬプレイヤーの拠点の、その対岸を指した。大よその位置としては、彼とミラルダがつい先日登った、あの小高い山のすぐ近くである。


「このへんに【HOME(ホーム)】を置いて俺達の拠点にする。海を渡るのは、悪いがイスメルをあてにさせてもらう」


 アーキッドの言葉に、イスメルは気負った様子なく「分かりました」と言って頷いた。彼女のユニークスキルで呼び出す【ペルセス】は、空を駆ける聖獣だ。海を渡る際に使えそうな能力と言えば今のところその【ペルセス】くらいで、そのため彼女にお鉢が回ってくるのは当然と言えた。


「プレイヤーを見つけたら、今までどおり事情を話し、望むのならこちらへ連れて来ればいいのですね?」


「いや、まずは情報収集をしてくれ」


 知りたいことはいろいろある。そこが島なのかそれとも大陸なのか、島であるならどれくらいの大きさなのか。プレイヤーの数はどのくらいなのか、どれほどの規模の拠点が幾つあるのか。またそこにいるプレイヤーたちは攻略に行き詰まりを感じているのか等々。それらの情報次第では、彼らを海辺の拠点に合流させるかどうかも、また考え直す必要が出てくるだろう。


「一日で情報収集が終わらなかった場合はどうしましょうか?」


「終わらなくても、暗くなる前に一旦戻って来てくれ。集めた情報を整理してその後の方針を決めよう。ただ、それでもあっちこっち動き回ることになるだろうからな、カレンも付き合ってくれ」


「わ、分かりました」


 新たに赴く場所は、当然瘴気濃度も未知だ。濃度が高くて行動に支障が出ることも十分に考えられる。向上薬もあるが、それよりは瘴気の影響を無効化できるカレンが付き合った方が確実だし、またコストパフォーマンスもいい。決してイスメルのお守りを押し付けられたわけではない、とカレンは善意的に解釈した。


「それと、コイツも渡しておくぜ」


 そう言ってアーキッドがイスメルに差し出したのは、折りたたまれた眼鏡だった。地図に記載される範囲を「目視した範囲」に拡大する、【測量士の眼鏡】である。要するに、「地図情報も重要だからきっちり集めて来い」ということだ。


 眼鏡を受け取ったイスメルが、嬉々とした様子でそれをかける。そして得意げな様子で他のメンバーにこう尋ねた。


「どうです? 知的に見えますか?」


 四人は思わず視線を逸らした。決して似合わないわけではない。むしろイスメルはもともと硬派で端正な顔立ちをしているから、シンプルなデザインの眼鏡は彼女の雰囲気にも良く合っている。まさに「できる女」と言ったふうだ。


 しかしだからこそ、どこかで決定的に似合わない。普段のあのグダグダな、プラントロスダメエルフの姿が脳裏に焼きついているからだ。いまさら眼鏡をかけてキリリとされても、なんだか冗談にしか見えないのである。


「……中身が大事だと思います」


「うむ。眼鏡程度で本性は偽れぬと言うことじゃ」


 その言葉が、全てだった。


 さて報告会が終わると、カレンは【HOME(ホーム)】の外に出た。カムイに今後の自分達の予定を教えるためだ。琥珀色の結晶の研磨のことがあるので、彼には話しておいた方がいいだろうと思ったのだ。


「……そういうわけで、しばらくはこの辺にいることになると思うわ」


「そっか……。教えてくれてありがとな」


「また何かあったら連絡するわ。ただ、頼むのなら早い方がいいと思うわよ」


「まあ、そうなんだろうけどな……」


 カムイの答えはいまだ煮え切らない。そんな幼馴染の様子を見て、カレンは怪訝な表情を浮かべた。


「何を悩んでいるの?」


「たいした事じゃねぇよ。ただ、ちょっと、な……」


 そう言ってカムイは言葉を濁した。それを見て、カレンは大げさにため息を漏らす。そしてこう釘を刺した。


「何でもいいけど、ちゃんと決めなさいよ?」


「分かってるよ」


 カムイは少し乱暴にそう答えた。ただ本当に、決められないままアーキッドたちがどこかへ行ってしまったら、それこそ間抜けである。その後でやっぱり研磨を頼みに行くことにしても、その時はたぶんカムイ一人で行かなければならない。それは効率が悪いし、またちょっと心配でもある。


 そしてそれは、カレンも同じ気持ちだった。この世界で単独行動というのはちょっとリスクが高い。だからもし行く気があるのなら自分たちと一緒に行くのが一番いいと思うし、逆に行かないのなら呉羽たちと一緒にいて欲しいと思う。


(ずっと目の届くところにいてくれれば、一番安心なんだけど……)


 カレンは素直な心情としてそう思うが、しかしそれが無理だということも分かっている。それはカレンかカムイのどちらかが、今のパーティーを抜けるということだ。カムイはそんなこと考えてもいないだろうし、カレンも少なくとも今は考えられない。二人の道は、今はまだ交わりそうにない。


 だからこそ、と言うのは少し変かも知れない。しかしそれが正直な気持ちでもある。だからこそ、もし少しだけでも一緒に旅ができたら。その道中は、少なくとも一人旅よりは安心だろうし、またきっと楽しく心強いに違いない。


(ワガママ、かな?)


 そうかもしれない、とカレンは思った。結局、自分の願望のためにまた彼を縛りつけようとしている。それは、してはいけないことだ。だってそうだろう。自分のせいで一年以上も彼をベッドの上に縛り付けてしまったのだから。そのうえ今も、彼を縛り続けてしまっている。


(本当はもう……)


 胸中で呟きかけたその言葉を、カレンは頭をブンブンと振ってふり払った。その突然の奇行にカムイも目を丸くして「どうした?」と尋ねるが、彼女は「なんでもない!」と言ってそれ以上の追及を遮った。


 カムイと分かれた後、カレンは【HOME(ホーム)】に戻って熱いシャワーを浴びた。そしてその最中にふと考える。カムイは一体何を悩みそのために躊躇っていたのだろうか、と。もちろん彼の悩み事の中身など分からない。ただ……。


(わたしと一緒に旅することと比べて、悩んじゃうんだ……)


 やっぱり呉羽と関係があるのだろうか。そんなことを考えると、ちくりと妬心が刺激される。そういう自分が、カレンはたまらなく滑稽だった。



 ― ‡ ―



〈侵攻〉を戦った次の日、カレンたちの背中を見送ってから、カムイらもまた海辺の拠点を出発した。向かうのはもちろん、河辺にあるあの遺跡である。


「よし、行くぞ」


 カムイらには今回、同行者がいた。ロロイヤである。彼は遺跡とそこにある魔法陣に強い興味を示し、その調査に参加することにしたのだ。実際、彼は知識と経験が豊富で、検討会でもすでに一目置かれる存在になっている。そんな彼の助力が得られることは、アストールにとっても朗報と言えた。


 遺跡へは、レンタカーで向かう。150万Pt/hは確かに高い。だがそのポイントを惜しんでおよそ三日間を移動に当てるのもなんだか馬鹿馬鹿しい。それならレンタカーを使って移動時間を短縮し、短縮した時間の一部を使ってポイントを稼いだ方が効率的だった。ちなみに今回レンタカーを借りるためのポイントはすでに昨日の時点で稼いである。


 ただ「レンタカーに五人乗れるのか」という問題があった。カムイらも記憶があやふやで、こればかりは実際に借りてみないことには分からなかったのだが、後部座席にはきちんとシートベルトが三つあり、五人乗りであることが確認できた。ちなみに四人乗りだった場合は、呉羽かカムイのジャンケンで負けた方が、走って車を追いかけることになっていた。


 さて今回レンタカーを運転するのは呉羽である。そして助手席にはリムが座った。男三人は後部座席に押し込められ、ずいぶんとむさ苦しい思いをすることになった。もっとも三人とも痩せている方なので、そこまで狭かったわけではないが、まあ心理的な要因というヤツである。


 およそ一時間後、五人は遺跡の対岸にある、段丘崖の一番上に立っていた。悪路を、というより道なき道を無理やり走破してきたためか、座っていただけなのに身体中のあちこちが軋むように痛い。


 それで少し休憩することになり、カムイら四人は思いおもいに身体をほぐしていたのだが、ロロイヤには堪えた様子もなく彼の興味は今さっき体験したばかりのレンタカーに向けられていた。


「なるほど……、驚異的な速さだ。しかしこれを魔道具で実現しようとすると、魔力の消費が……」


 すぐにそうやって再現することを考える辺り、ロロイヤは本当に根っからの魔道具職人である。そして彼の真価の一端がカムイらに示されたのは、休憩が終わっていよいよ川を渡ろうという時だった。


「これから川を渡るのだろう? その前に、ここで起こる〈侵攻〉を見ておきたいのだが」


 ロロイヤのそのリクエストに応えて、白夜叉を発動したカムイが段丘崖を下って川へ近づく。そして川からワニ型のモンスターが無数に這い上がってくるのを確認する。次いでそれらのモンスターを十分に引き付けてから身を翻し、脱兎の如く撤退して段丘崖の一番上でアストールらと合流した。


「……こんな感じでいいですか?」


「ああ。よく見えた。……同じ〈侵攻〉でも場所によって現れるモンスターは異なるのだな。それでも特性は似通っている、と。参考になった」


 ロロイヤは満足げに頷くと、腰の道具袋から一本の杖を取り出した。木製の杖で、先端には羽の飾りが取り付けられている。彼が作った魔道具で、銘は〈スカイウォーカー〉。そしてその能力は……。


「説明するより実際に見せた方が早いな」


 そう言うが早いか、ロロイヤは〈スカイウォーカー〉の先端を川、いや遺跡の方に向けその杖に魔力を込めた。すると彼の足もとから群青色の帯が伸びる。その帯は川の上を越えてまるで橋のようになり、その終端は遺跡にまで達した。


「何をしている。早く行くぞ」


 唖然とするカムイら四人に、ロロイヤは少々得意げな顔をしながらそう声をかけた。そしてさっさと自らが架けたその群青色の橋を歩いて渡り始める。四人は慌ててその背中を追った。


 カムイは恐るおそる群青色の帯の上に足をのせる。まずは片足だけのせて体重をかけてみたのだが、思っていた以上にしっかりとした踏み応えが返ってきた。コンクリートやアスファルトなどと比べてみても、たぶん遜色はない。


 その踏み応えを信じ、カムイは群青色の帯の上に両足をのせた。彼は落っこちることもなく、しっかりとその上に立つことができた。それでもまだどこかで信じきれないのか、彼は緊張した様子のままゆっくりと歩を進める。後ろを振り返れば、呉羽やアストールも肩に力が入った様子だ。意外にも呉羽と手を繋いだリムは自然体で、カムイはなんだか自分が情けなくなってしまった。


「さっさと来い。置いていくぞ」


 群青色の橋の真ん中くらいの場所から、両手に杖を一本ずつ持ったロロイヤが遅れているカムイたちにそう声をかける。四人は慌てて歩を速めた。四人がロロイヤと合流すると、やおら彼は真顔でこんなことを言い始めた。


「…………ところで、そろそろ魔力が切れそうなのだが」


 この群青色の橋はつまり魔道具〈スカイウォーカー〉の能力であり、そして言うまでもなくロロイヤの魔力によって維持されている。ということは、彼の魔力がなくなればこの橋は維持できなくなって消えてなくなり、その上に立っているカムイらは宙に投げ出されることになる。その結末は容易に想像でき、彼らは一様に顔を青くした。


「と、とりあえず〈トランスファー〉で回復を! カ、カムイ君、チャージしてくれますか!?」


 慌ててアストールがロロイヤの魔力を回復する。その最中もロロイヤはどこか他人事の様子だった。羽の飾りが付いた杖を見ながら、「やはり消費量が多いな……」なんて呟いている。


「は、早く行きましょう。また魔力が切れたら大変です」


「回復すればいいだろう?」


「そういう問題ではありません!」


 珍しくアストールが声を荒げた。カムイらはその言葉に深く頷いたが、ロロイヤはやはりどこ吹く風である。


 少し早足になって、五人は群青色の橋を渡り終えた。遺跡の一番外側に降り立つと、カムイはようやく安堵の息を吐いた。振り返って見ればそこには当たり前に川があり、遅まきながら渡河したのだと実感する。


(こんなに簡単に……)


 途中ハプニングはあったものの、それでも四人だけで渡河していた時に比べ、格段に楽で簡単だったことは間違いない。こんなに簡単だったのは、イスメルの【ペルセス】に乗せてもらった時以来だ。それもこれも、〈スカイウォーカー〉のおかげである。


「本当に、あつらえたような魔道具ですね……」


「当たり前だ。このために作ったんだからな」


 カムイの呟きに、ロロイヤはさも当然と言った口調でそう応えた。それを聞いてカムイは思わず「え!?」と声を上げる。それではまるで、つい最近作ったような口ぶりではないか。


「えっと、この魔道具って、いつ作ったんですか?」


「一昨日から昨日にかけてだな。単純で単一の能力だし、そんなに時間はかからん」


「ほとんど一日か二日で…………。魔道具って、そんなにすぐに作れるものなんですか?」


「ワシの場合は、な」


 にやり、と凄みのある笑みを浮かべながらロロイヤはそう答えた。それから飄々とした笑みを浮かべつつ、「まあ、モノにもよるが」と取って付けたように言い添える。魔道具職人の世界についてカムイは何も知らないに等しいが、それでもロロイヤが常軌を逸したレベルであることは十分に察せられた。


 さて遺跡の中へ足を踏み入れるにあたり、アストールらはいつも通り【簡易瘴気耐性向上薬改】を飲んでおく。渡河が簡単に終わったので休憩はなしだ。スイーツでお口直しができず、リムはむくれていた。いたのだが、呉羽が塩キャラメルを一つ彼女の口に放り込んであげたら、途端に頬を緩めてご満悦の表情だ。実にちょろい、いや素直なお嬢様で結構なことである。


 カムイたちがまず目指したのは、いつも通り例の神殿である。まずはその中庭に向かい、そこで集束し続けている瘴気の塊をリムの【浄化】の力で一度リセットしてしまう。その様子をロロイヤは後ろから興味深そうに眺めていた。


「……それで、これが瘴気の集束現象とやらか」


 リセットが終わると、ロロイヤはおもむろに中庭の真ん中にある水場に近づき、また集束を始めた瘴気の塊をまじまじと観察した。次に視線を水場のそこに溜まった黒い水に向け、またそれをまじまじと観察する。そして懐からモノクルを取り出すとそれをかけ、それから「ああ、やっぱりな」と言って一つ頷いた。


「微弱だが、ここに魔力が集まってきている。瘴気はそれに引き寄せられたか、引き摺られたか、あるいは巻き込まれたか……。なんにしても、魔法陣の設計者からしてみれば予想外作用、だろうな」


 少々皮肉気な笑みを浮かべながら、ロロイヤはそう語った。この魔法陣が設計されたときは、この世界にはまだ瘴気など存在していなかったはずだから、瘴気に影響して集束現象を引き起こすことなど確かに予想外であろう。ただカムイら、特にアストールはそんなところまで気が回っていなかった。魔力がどうのというロロイヤの発言に、完全にド胆を抜かれていたのである。


「あ、あの、ロロイヤさん……? その、魔力が集まって来ている、とうのは一体……」


「ん? ああ、ちょっと待っていろ。今、見えるようにしてやる」


 そう言ってロロイヤは〈光彩の杖〉を使って大きな魔法陣を一つ展開した。その魔法陣は中心部分が空白になっていて、カムイらは彼に促されてそこから水場を覗きこむ。すると水場の水の中に、青い光が細い糸のように走っているのがかろうじて見えた。


 そしてその青い光の糸は、水面からわき立つ瘴気と一緒に空中に上がってきて、そして瘴気とは異なり集束することなくそのまま拡散していく。この青い糸のように見える光こそが、魔力であると言う。


 初めて見る可視化された魔力の姿に、カムイや呉羽それにリムも興味津々である。そしてそれ以上に衝撃を受けているのがアストールだった。そんな彼を尻目に、ロロイヤはさらに言葉を続ける。


「恐らくだが、この魔法陣が使われていた時分には、これらの魔力を溜めておくための装置もあったのだろうな。少しずつしか溜められんだろうが、しかし量など時間さえあればどうとでもなる。あるいは何かの維持のために使っていたのか……。教会の連中が知ったら目の色変えそうだ」


「きょ、教会……?」


 カムイは怪訝な顔をしながらそう問い返す。教会というくらいだから、何かの宗教組織のことだろうか。しかしロロイヤが苦笑しながら「コッチの話だ、気にするな」と言ったので、たぶん彼の世界での話しなのだろうと思い、それ以上は聞かないことにした。


「……魔力は拡散していますよね。それなのに、どうして瘴気は集束しているんでしょうか?」


 そう尋ねたのは、水場の様子を熱心に眺めていた呉羽だ。その問いにロロイヤは「ふむ」と頷き、それから顎先に手を当てて考え込む。少ししてから、彼はこう答えた。


「……はっきりとした事は分からんが、恐らくは性質の違いだろう。瘴気の方が粘っこいのかも知れん」


「ね、粘っこい……?」


 どうも上手くイメージできず、呉羽は首をかしげた。真っ先に思い浮かんだのは納豆だが、さすがにそれは違うだろう。


「言葉の綾だ。深く考えるな。……それと、大気中の濃度も関係しているのかも知れん」


 なんにしても詳しく調べてみないことには分からん、とロロイヤは肩をすくめながらそう言った。そんな彼に、今度はアストールがこう問い掛ける。


「あの、そもそもどういう原理で魔力がここへ集まってきているのでしょうか……?」


「その解説は後でしてやるから、今は先に魔法陣の中枢部を見せてくれ。あるんだろう?」


 この下に、と言ってロロイヤは杖で中庭の石畳の上を軽く突いた。アストールはごくりと唾を飲み込んでから「こちらです」と言って彼を地下へ続く階段へと案内する。


 そしてまずは地下に溜まった瘴気をあらかた浄化してから、五人は魔法陣のある地下空間へと入った。なお、瘴気を浄化するとき、ロロイヤはその様子を興味深そうに眺めていた。


「ちょっと待ってください。今、投光器をつけます」


 そう言ってアストールは手近な石柱にくくり付けたままになっている投光器に触れ、ポイントを使って充電してから明かりをつける。強力な投光器だけあって、すぐにその一画が明るくなった。


「ほう、なるほどなるほど……」


 口元に楽しげな笑みを浮かべながら、ロロイヤは魔法陣を調べ始める。他のことが目に入っていないのは傍から見て明らかだ。その見覚えのある姿にカムイと呉羽は揃って苦笑する。そして投光器の点灯を手伝いながら、とりあえず彼の調査に付き合うのだった。



 ― ‡ ―



 カムイらがちょうど遺跡の神殿に到着した頃、カレンはイスメルと一緒に【ペルセス】の背に跨り、空を駆けるように飛んでいた。彼女らの下に広がるのは波打つ海だ。ただし青く輝いて生命に溢れた海ではなく、瘴気に汚染されまるで重油に覆われているかのようである。しかしながらそれでもその方がまだマシであるというのが、この世界の絶望的なところだった。


 カレンとイスメルがなぜこうして海の上を飛んでいるのかと言うと、それはもちろん海を越えた先にあるプレイヤーの拠点を目指してのことである。ただし、今日はあくまでも情報収集が主な目的である。


 ちなみにアーキッドら三人は対岸で待機している。長時間の待機になることが見込まれるので、アーキッドは1億Ptほど使って【HOME(ホーム)】を強化し、これまで一日12時間程度だった使用可能時間を一日24時間に延ばした。これにより、時間を気にせずに【HOME(ホーム)】を使えるようになったのである。


 なお、そのせいで時間切れによる強制排出もなくなり、部屋に引き篭もるプラントロスダメエルフを引きずり出すためにカレンの骨折りが増すことになるのだが、まあ瑣末なことである。


HOME(ホーム)】に残った三人は、今ごろきっとのんびりとくつろいでいるに違いない。適所適材とはいえ、カレンとイスメルはこうしてお仕事中であるというのに。少々釈然としないものがあるので、夕食は高いものを奢らせてやろうとカレンは思っている。


「あ、師匠。見えてきましたよ」


 数十分ほど跳んだだろうか。やがて瘴気の黒い靄がかかった水平線の上に陸地が見えてくる。そして近づくにつれて、その姿は徐々にはっきりとしていく。それを見て、イスメルは一つ頷いた。


「方角はどうですか?」


「ちょっと待ってください……」


 カレンは預かった【導きのコンパス】を取り出してその針が指し示す方角を確認する。すると【ペルセス】の進む方向とは少しずれていた。それで腕を伸ばして指を差し、正しい方角をイスメルに教える。彼女はすぐに手綱を引き、【ペルセス】の進路をやや左寄りに修正した。


 コンパスの針が指す方角と、【ペルセス】の馬首が向く方角が、完全に一致する。つまりこのまま真っ直ぐ進めば、目指すプレイヤーの拠点に着くのだ。もしかしたら飛びすぎてしまうかもしれないが、それもコンパスを見ていればすぐに気付ける。


「まずは拠点に行って、そこで話を聞いてみましょう」


 イスメルの言葉にカレンは頷く。現地のことは、やはり現地のプレイヤーに聞くのが一番である。


 陸地に到着すると、イスメルは一度【ペルセス】を地上に降ろした。【ペルセス】の足が地面につくと、その感触が背に乗るカレンにも伝わり、彼女は「ふう」と息を吐いた。空を駆けるのは楽しいが、地に足が付いているのはやはり安心感がある。


 イスメルは馬上でアーキッドから預かった地図を広げた。そして現在地と二本の線が交わる場所、つまり、目指す拠点の位置を確かめる。それからもう一度【導きのコンパス】を確認すると、再び【ペルセス】に宙を駆けさせた。そのスピードは先ほどまでと比べるとずいぶんゆっくりだ。


「さて、この辺りのはずなのですが……」


 カレンに地図とコンパスを確認させながら、イスメルは手綱を操って【ペルセス】を進ませる。彼女は馬上から首を左右に振って周囲を探るのだが、そのたびにカレンが見ている地図上に新たな範囲が記載されていく。しかも【測量士の眼鏡】の効果もあって、けっこう広範囲だ。


 やがてカレンが少し開けた場所を見つけ、イスメルがそこへ【ペルセス】を下ろす。するとカレンが持っていた【導きのコンパス】が「目的地に到着しました。案内を終了します」というメッセージを残して、シャボン玉のエフェクトと一緒に消える。どうやらここが探していたプレイヤーの拠点らしい。


「だれも居ませんね……」


 カレンが小さくそう呟く。【導きのコンパス】を頼りに見つけたプレイヤーの拠点には、しかし誰もいなかった。テントのような、拠点を匂わせるようなものもない。ただ、よくよく観察してみると、生活の痕跡がところどころに残っていた。


「きっと狩りにでも出ているのでしょう。少し待たせてもらうとしましょうか」


 イスメルの言葉に、カレンは素直に頷いた。時間が勿体無い気もするが、別に誰かと競っているわけでもない。焦る必要はなかった。


 手ごろな石に腰掛けてから、カレンはイスメルに頼まれアーキッドにメッセージを送る。目的の拠点に到着したことと、今は現地のプレイヤーが戻ってくるのを待っていること、そしてイスメルが測定した瘴気濃度0.99という数字を書き添えて彼女はメッセージを送信した。


 返信はすぐに来た。「了解した。気をつけて」というのがその内容だ。それを後ろから覗き込んだイスメルが、「どんな相手か分かりませんから、気をつけなければなりませんね」と呟く。それを聞いて、カレンは思わずラーサーら三人のことを思い出した。その瞬間、彼女の心臓がドクンと一つ大きな鼓動を立てる。


 彼らは極端な例である。カレンはこれまでに何百人ものプレイヤーと出会ってきたが、その大半は友好的だった。ただ、極端な例が実在したことも事実である。それを考えれば、悪い方向に疑う必要はないのだろうが、しかし警戒は必要だ。付け入る隙を与えなければ魔がさすこともなく、破局的な結末へ転がっていくこともまたないのだから。


 さて待つこと一時間弱。目を閉じて瞑想(実際には妄想かもしれないが)していたイスメルが不意に目を開けた。そしてやおら立ち上がり、ある方向に視線を向ける。もしやと思い、カレンも腰を上げると小走りで彼女のそばへ行き、その斜め後ろに立った。


「師匠……?」


「ええ、近づいてきます。おそらく四人。まだこちらには気付いていないようですね。刺激しないように、しかし警戒は怠らないように」


 イスメルの言葉にカレンは無言で頷く。ファーストコンタクトの瞬間は、いつも緊張する。しかもいつもは五人なのに、今は二人だけ。イスメルのことは信頼しているが、やっぱりちょっと心細かった。


 やがて楽しげに談笑する声が聞こえてくる。声の様子からして、どうやら全員女性らしい。やがて彼女らの姿が見えてくる。イスメルの言ったとおり、人数は四人。やはり全員が若い女性プレイヤーで、年齢は十代半ばから二十代の後半に見えた。一人腕や首筋に鱗のある女性プレイヤーがいて、後で聞いた話だが〈竜人(ドラゴニュート)〉という種族らしい。


 彼女たちは自分達の拠点に見知らぬプレイヤーが二人いるのを見つけると、一様に緊張で顔を強張らせた。そんな彼女たちを刺激しないよう、イスメルとカレンはまず礼儀正しく一礼する。そして簡潔にこう切り出した。


「初めまして。私は【Ismel(イスメル)】といいます。こちらは弟子の【Karen(カレン)】。【導きのコンパス】を頼りに、海を越えてやって来ました。少し、お話を聞かせてもらえませんか?」


 女性プレイヤーたちは警戒している様子だったが、海を越えて来たという部分に興味を引かれたらしく、話し合いに応じてくれた。もしかしたら、イスメルとカレンの二人も女性であったことが、彼女らの警戒を多少は和らげてくれたのかもしれない。


 お近づきのしるしということで、カレンはお茶とお菓子を用意した。色とりどりのスイーツを目にして、四人の女性プレイヤーたちは歓声を上げる。どの世界でも女性と言うのは甘いものに目がないらしい。ただ今まではポイントに余裕がなくて、こういう嗜好品はあまり食べられなかったのだという。だが奢りなら遠慮することはない。


 まず自己紹介をして、お茶会を楽しみながら、六人の女性プレイヤーたちはそれぞれ情報交換を行った。その中で、どうやらココは大陸ではなく島らしいことが判明。さらに彼女ら以外にも複数のプレイヤーが、幾つかのパーティーに分かれて活動していることが分かった。


「ただ、正確に何人のプレイヤーがいて、幾つのパーティーがあるかは分からない。私たちが知っているのは二つのパーティーで、プレイヤーは合計十人。その人たちから聞いた話では、まだ他にもパーティーがあるみたいよ。つまり私たちを入れて十四人以上は確実にこの島にいるということね」


 四人パーティーのリーダーである女性プレイヤーがそう説明する。そして話し終えてからチョコチップの入ったクッキーを口に放り込み、幸せそうな笑みを浮かべた。


「ここが島であると言うのは、どうやって確認したのですか?」


「ああ、ちょっと待ってね……」


 リーダーの女性プレイヤーは地図を広げた。そしてある一点、現在地から見て南西方向にある地点を指してこう説明する。


「ここに、ちょっと高めの山があるの。そこに登って確認したわ。四方は海に囲まれていたから、ここは間違いなく島よ」


「なるほど。それと、先ほど仰っていた二つのパーティーの拠点がどこにあるのか、分かりますか?」


「ごめんなさい、それはちょっと分からないわ……。って、あなた達、食べすぎよ。私の分も残しておきなさい」


 彼女が言うには、この島のパーティーにはそれぞれ縄張りのようなものがあって、他のパーティーとはその縄張りが重なっていると思われる場所で、時たま遭遇するだけなのだという。


 縄張りと言うのは、要するにそのパーティーの行動範囲だ。おおよそ拠点から一日で日帰りできる範囲がそれに当るであろう。パーティーがそれぞれ単独で活動しているのであれば、そういう縄張りができてもおかしくはない。そして彼女達のパーティーが縄張りを接しているのは二つパーティーだけ、ということだ。


(なんだかアフリカみたい……)


 カレンはそんなふうに思ったが、もちろん口には出さない。


「それで、貴女たちの話も聞かせてもらえる?」


 その言葉に一つ頷くと、イスメルは自分たちがやっている事柄を説明し始めた。その話は四人の女性プレイヤーの興味を引いたようで、彼女たちは目を輝かせた。


「……つまり、希望すれば島の外へ連れて行ってもらえるのかしら?」


「そうですね。ただ、すぐには無理です。こちらにも準備と言うか、手順がありますから」


 それでも島の外へ出たい、と彼女たちは言った。ゲームがクリアされるまでここに閉じこめられているなんてまっぴらだから、と。その心情はとても良く理解できたので、カレンもイスメルも大きく頷いた。


 あらかたの情報収集を終えると、イスメルとカレンはこの拠点を後にした。まだまだ話したいことはたくさんあったが、あまりここで時間をかけるわけにもいかないのである。それで【導きのコンパス】を頼りにして次の拠点へと向かう。


 その際、連絡手段としてメッセージ機能が使えるかを尋ねたのだが、やはり四人のうちの誰もまだ使うことができなかった。リーダーの女性プレイヤーが興味を持ってアイテムショップで【システム機能拡張パック2.0(フレンドリスト&メッセージ機能)】を検索したのだが、値段を見て購入を断念した。100万Ptはさすがに高すぎたようだ。


「近いうちに、遅くとも三日以内にはもう一度顔を出します」


「ええ、お願いするわ」


 最後にそう言葉を交わしてから、イスメルは【ペルセス】を飛翔させた。ちなみにお菓子は四人に食べ尽くされて、カレンとイスメルはあんまり食べられなかった。


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