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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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旅立ちの条件13


「すいません、ガーベラさん。浄化樹の種が欲しいんですけど」


「いいわよ。一個50万ね」


「高いですよ!?」


 さらりと告げられたその値段に、カムイは思わず突っ込みを入れる。プレイヤーショップで売られているものが45万Ptで、その値段でもガーベラには利ザヤが入ると言うのに、それよりさらに高い。ぼったくりである。


「わざわざアタシのところへ直接来たってことは、つまりはプレイヤーショップより安くしろってことなんでしょ? その手には乗りませんからね」


「そこをなんとか!」


 あっさりとガーベラに目論見を看破されたカムイは、とりあえず彼女を拝み倒した。そして交渉の結果、安くしてもらう代わりに浄化樹一本分の投資を行うことになった。カレンが。


「なんであたしなわけ!?」


「ポイントが足りないからだ」


「そんな堂々と言わないでよ、もう……」


 ぬけぬけとのたまう幼馴染に、カレンは頭痛を堪えるようにしながらため息を吐く。ただそれでも彼女は投資に同意した。確実な回収が見込める浄化樹は投資先としてかなり上等な部類だし、なによりカレンはユニークスキルの関係で戦闘能力に欠けるところがある。そんな彼女にとって自動的に稼ぎが得られる浄化樹は、いわばセーフティネットの代わりなのだ。


「……はい、40万確かに。それじゃあ、これが例のブツよ」


 そう言ってガーベラはベストのポケットから小さなケースを取り出し、そこにしまっておいた小さな種を一つカムイに手渡した。長さは5mmほどだろうか。アーモンドに似ている。色は思っていたよりも白っぽい。


「だけど、種なんて買ってどうするの?」


「ああ、実はですね……」


 そういえばまだ何も説明していなかったことを思い出し、カムイは浄化樹の種を使って自分の装備品を作るつもりであることを話した。それを聞くとガーベラは感心したように何度も頷く。


「なるほど、よく考えたわねぇ」


 それから彼女はふと考える。自分のユニークスキル【植物創造(プラント・クリエト)】の場合、どんな装備なら相乗効果を得られるのだろうか、と。ただ【植物創造(プラント・クリエト)】は他のプレイヤーのユニークスキルと比べてかなり特殊だ。そのせいかすぐには思いつかない。尤も、それは本題でないのでガーベラもすぐに頭を切り替えた。


「それで、これから作るの?」


「そのつもりです」


 そう答えると、カムイはアイテムショップの履歴から【クリスタル・ジェル】のページを呼び出す。思っていたよりも浄化樹の種が小さかったので、ひとまず50ccだけ買ってみることにした。ちなみに色は琥珀色だ。


「意外と多い……」


 ガラスのビンに入った琥珀色のジェルを見て、カムイは思わず苦笑する。50ccというのは、彼が思っていた以上に多かった。おそらく、いや確実に余るだろう。


「この際だからあと三個ぐらい作ったちゃえば?」


「いえ止めておきます」


 カムイが即答すると、ガーベラは「えー」とわざとらしく不満げな声を上げた。あと三個作ると言うことは、つまり浄化樹の種もあと三つ必要ということ。これまですでに200万Pt近く使っており、新たに120万Ptも出す余裕はないのだ。


 それで、【クリスタル・ジェル】はひとまず必要な分だけ使い、残りはとっておくことにした。ストレージアイテムに入れておけば邪魔にはならないし、また食べ物ではないから腐りもしない。また必要になったら使えばいいだろう。


 ただ、想定外だったのはその量だけではなった。【クリスタル・ジェル】は思っていた以上に緩かったのである。丸くしようとするのだが、それが上手く行かない。結局出来上がった琥珀色の結晶は、不恰好で形容し難い形になってしまった。ただ、浄化樹の種は真ん中に入れることができ、それだけは上手くいった。


「ま、まあ上手くいった方じゃないの? 本物の琥珀、の原石みたい、よ?」


「石ころみたいな形だって言ってくれていいんだぞ」


 カムイだって上手く行かなかったという自覚はあるのだ。下手にフォローされると余計に傷つく。


「何か、型みたいなものに流し込んで形を整えればよかったんじゃない?」


「……そういうことはもっと早く言ってください」


 ガーベラの指摘に、カムイはがっくりと肩を落とした。彼女の言うとおり、アイテムショップで適当な型を探してそれを使えばもっとマシなものが出来ただろう。だが全てはもう遅すぎる。


「あ、でもほら、これから研磨すればいいんじゃない?」


 普通宝石と言うのは、原石の状態では石ころとそんなに大きな変わりはない。しかし綺麗に研磨することで光り輝く宝石になるのだ。カムイが作った不恰好な琥珀色の結晶も、ガーベラの言うとおりにきちんと研磨してやれば、美しい宝玉に生まれ変わる可能性は十分にある。


 しかしそのためには相応の道具と技術が必要になる。道具の方はアイテムショップでなんとでもなるだろうが、しかし技術はそう簡単にはいかない。要するに研磨してくれる職人に、カムイは心当たりがなかったのだ。少なくともこの海辺の拠点にそういう技術を持つプレイヤーがいるという話は聞いたことがない。それはガーベラも同じである。


「あの、あたし、心当たりある、かも……」


 おずおずと手を上げながらそう言ったのはカレンだった。彼女はこれまで、アーキッドらと一緒に数々の拠点を渡り歩いてきた。つまり彼女はカムイやガーベラよりもはるかに広い人脈を持っているのだ。そしてその人脈のなかに心当たりがあるという。


「【Kiefer(キファ)】さんっていうんだけどね、生産系のユニークスキルを持ってるの。確かアクセサリーとかも作ってたはずよ」


 カレンの話を聞いて、カムイは「なるほど」と思った。確かにアクセサリーなどの作成を得意とする、生産系のユニークスキルを持ったプレイヤーであれば、琥珀色の結晶の加工を依頼するのにまさにおあつらえむきであろう。


 しかしその話を聞いても、カムイの表情はいまいち優れなかった。そのキファというプレイヤーに仕事を依頼するのであれば、当然彼女がいる拠点まで出向かなければならないからだ。


 メッセージのやり取りができるのなら、プレイヤーショップと組み合わせるなりしてやりようはある。しかし残念なことにカレンのフレンドリストにキファの名前はない。メッセージ機能を使えるようになったのが、そもそも彼女と別れた後だったのだ。


 だから仕事を依頼するのであれば、どうしてもカムイの方から出向く必要がある。この世界で旅をするのは危険だし大変だ。それで彼がそれを心配していると思ったカレンは、こう提案した。


「よかったら、アードさんたちに連れて行ってもらえるように頼んでみようか?」


 もしそれができるのなら、旅の危険度はかなり下がるだろうし、【HOME(ホーム)】で休めるのだから道中も快適になる。また顔見知りに紹介してもらえれば、仕事の依頼もスムーズにできるだろう。もし出向くのであれば、これ以上の話はない。


「あ~、いや、頼むなら自分でやるよ」


 そう答えるカムイの表情は、やはりどこか芳しくない。彼が気にしているのは旅のことではないのだ。


 彼が気にしているのはパーティーのことだった。たぶんアストールはこれから、より本格的な魔法陣の調査に入るだろう。カムイがキファのいる拠点へ出向くことになっても、彼が一緒に来ることは恐らくない。リムは彼と一緒に残るだろうし、そうなれば二人だけ残すのは心配だと言って呉羽も残るだろう。となればカムイは一人でそこへ行くことになる。


 今までも単独行動はしていたが、しかしソレとコレとではわけが違う。どれだけ時間がかかるかは分からないが、もしかしたら数ヶ月単位でパーティーを離れるのだ。その間、カムイはもちろんだが残された三人も、例の方法でポイントを効率よく稼ぐことができなくなる。それは大きな痛手だろう。そうでなくとも、自分の都合で長期間パーティーを離れると言うのは、なんだか自分勝手な気がして躊躇われた。調査を手伝えるわけではないとしても、だ。


(それに……)


 それに、カムイはまだ一度も呉羽に勝てていない。それなのにここで彼女との稽古を放り出してしまうと言うのは、なんだか気が進まなかった。たとえ彼女に勝つことに大きな意味がなかったとしても、だ。そのせいか、なかなか踏ん切りがつかなかった。


「まあいいけど。ただあたしたちはあんまりここに長居しないと思うわ。頼むのなら早めにね」


 カレンにそう言われ、カムイは「分かった」と言って頷きを返した。確かにアーキッドたちが近くにいる今は絶好のチャンスなのだ。この機会を逃したら、本当に自分ひとりで旅をしなければならなくなる。それが嫌なら、あとはもう彼らがまたここへ来るのをひたすら待つしかない。それを考え、カムイは内心で揺れた。


 その後、カムイはガーベラやカレンと別れて海辺へ向かった。不恰好になってしまったとはいえ、この琥珀色の結晶は彼が自分のために作った装備品。早速試してみたかったのだ。


 ちなみにこれからカレンとガーベラは約束だった融資として、浄化樹をもう一本植えると言う。さらにカレンはイスメルに捕まっていたら、きっとなにか手伝わされていることだろう。案外気が紛れていいかもしれない、とカムイは思った。


 さて、人気のない砂浜の隅っこに来ると、カムイはポケットから先ほど作ったばかりの琥珀色の結晶を取り出した。大きさは直径2cmくらいだろうか。手のひらサイズと言うには二周り以上小さい。繰り返すが不恰好で、しかも光沢もない。こうして見ると確かに琥珀の原石のようだった。


(ま、琥珀の原石なんて見たことないけど)


 心の中でそう呟きながら、カムイは【Absorption(アブソープション)】をごく低い出力で発動する。そしてじんわりと身体の中にエネルギーが溜まってきてから、手に持った琥珀色の結晶に魔力を込めた。


(ん……?)


 カムイは内心で眉をひそめた。どうも手応えがおかしい。魔力を込めている手応えはある。つまりマジックアイテムとしての琥珀色の結晶は、ちゃんと発動しているはずなのだ。しかしそれでアブソープションが強化されているという感じがしない。


(まさか、ダメだった……?)


 その可能性が頭をよぎり、カムイは背中に冷や汗が流れるのを感じた。そしてその瞬間、魔力を込めていた琥珀色の結晶から感じる手応えが不意に変わる。カムイは反射的に魔力の供給とアブソープションを止めた。


 半ば呆然とするカムイの手のひらで、エネルギーの供給を断たれた琥珀色の結晶がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。そしてそれが完全に沈黙したところでカムイは我を取り戻し、一体何が起こったのかを考え始めた。


(あの手応えは……)


 まるで内側から爆発してしまいそうな感じだった。爆発してしまいそうということは、つまりそれだけのエネルギーが内部にあったということだ。ではそれは一体何なのか。


(オレが込めた魔力、じゃないよな……)


 カムイが込めた魔力は、マジックアイテムとしての琥珀色の結晶を発動させるために使われていると考えるべきだ。ならばあのエネルギーは琥珀色の結晶それ自体が溜め込んだとしか考えられない。つまり浄化樹の種の特性を増幅すると言う、本来意図した能力はきちんと発揮されていたのだ。


 問題は、そのエネルギーが使われなかったことだ。エネルギーが使われずに溜まり続ければ、そりゃ苦しいし爆発しそうにもなる。カムイにも覚えのあることだ。そしてそうであるなら、問題の解決は簡単だった。


「使ってやれば、いや吸収してやればいいんだな」


 それならば話は簡単である。アブソープションの意識をそちらへ向けてやればいいのだ。そう思い、カムイは再び琥珀色の結晶に魔力を込めた。そして頃合を見計らってユニークスキルを発動する。だがなぜか上手く吸収できない。カムイは思わず眉をひそめた。


 まったく吸収できないわけではない。ちょっとはできている。ということは、たぶんやり方が悪いのだ。カムイはそう思った。


 ではどうすればいいのか。そんなこと分かるはずがない。初めてやっているのだから当然である。手探りで進むしかないのだ。


 カムイは目を閉じた。そうやって余計な情報を遮断し、アブソープションで吸収するエネルギーの流れに意識を集中する。


 エネルギーの流れは、大きく分けて二つ。一つは周辺の瘴気をエネルギー源とするもので、全身から平均的に吸収され、そして心臓を起点として全身を行き巡っている。そしてもう一つは手に持った琥珀色の結晶から吸収しているエネルギー。こちらは吸収されるとすぐに前者に混じり、同じルートで全身を巡っている。


 今のところ、吸収量が多いのは圧倒的に前者だ。そのため両者が混じってしまうと、後者を区別することはほとんどできない。ただ相反している感じはしないので、上手く混じってくれているのだろう。


「……っ、ふう……」


 溜め込んだエネルギーが多くなり、少々息苦しくなってきたところでカムイは〈白夜叉〉を発動しそれを一気に消費した。身体が楽になったところで、彼はもう一度二つの流れに意識を集中する。いま目を向けるべきは、当然後者だ。


 琥珀色の結晶を起点にするか細いエネルギーの流れ。その流れをカムイは辿った。そしてあるところで流れが淀んでいるのを感じ取る。流れを淀ませているもの、それは彼自身の魔力だった。


 マジックアイテムとしての琥珀色の結晶を発動させるために込めている魔力が、能力を発動し瘴気を糧に生み出しているエネルギーとぶつかってしまい、結果として両方が淀んでしまっているのだ。そのせいで上手くエネルギーを吸収できず、さらに発動それ自体も上手くいっていないように思えた。


(ええっと、ってことはこの二つを分離して交じり合わないようにしてやればいいんだな……?)


 カムイは集中し、ゆっくりとそして丁寧にその二つのエネルギーの流れを区別して分離していく。そして両者が交じり合わないように流れを作っていく。イメージは二重螺旋だ。当然のことながら最初から上手く行くはずはない。何度も失敗しながら、カムイは歪な二重螺旋を少しずつイメージに近づけていく。


 そしてついに二つの流れは完全に分離し、交じり合うことなく二重螺旋を描くようになった。ここまで来ると差は歴然だった。二つのエネルギーは互いに邪魔をすることなく、まるで滑るように流れていく。それに伴い、今まで極微量だったエネルギーの吸収量が一気に跳ね上がった。アブソープションの出力は全く変えていないのに、だ。つまりこれが琥珀色の結晶の本来の性能であり、また使い方なのだろう。


 さらに二つの流れが完全に分離したことで、カムイはあることに気がついた。入力よりも出力のほうが、つまり込めている魔力よりも吸収しているエネルギーの方が多いのだ。ということは、さっきからそんな気はしていたが、この琥珀色の結晶はアブソープションの効率を上げているのではなく、結晶それ自体が入力に対してエネルギーを出力するタイプの装備品といえるだろう。ブースターではなくポンプ、ということだ。


「思ってたのとちょっと違うけど……、まあいいか」


 なんにせよ、全体として効率が上がることには変わりない。アブソープションの出力を上げられないとしても、扱うエネルギーの総量が多くなれば、その分戦闘能力は向上する。過程はどうあれ、ともかく結果としてカムイが狙っていた通りにはなったのだ。


 琥珀色の結晶の特性がつかめてきたところで、カムイはおもむろにアブソープションの出力を上げ、さらに込める魔力の量を増やし始めた。すると入力の増加に反応して出力されるエネルギー量も増えていく。吸収するエネルギー量が増えたので、カムイは〈白夜叉〉も同時に発動してそれの消費に努めた。


 琥珀色の結晶から吸収するエネルギー量が増えたことで、そのエネルギーの性質とでも言うべきものもまたはっきりと感じられるようになってきた。瘴気を吸収した際のエネルギーは、ドロドロとしたマグマのよう。マナを吸収して得るエネルギーは、温かい温泉に似ている。では琥珀色の結晶から吸収するエネルギーはと言うと……。


(冷たい水、かな……?)


 冷たく爽やかな清流に似ている、とカムイは思った。決して嫌な感じはしない。それで彼はさらに入力、つまり込める魔力の量を増やした。


(……っ!?)


 ドクン、と彼の心臓が一つ跳ねる。カムイはそれに驚きつつも、しかし込める魔力の量は減らさない。そしてしっかりとその奔流の本質を感じ取るべく、意識を研ぎ澄ます。


 清流の水は、確かに冷たくて爽やかだ。その流れは命を育む源と言える。しかし同時に、冷たいその水は簡単に体温を奪ってしまう。さらに猛々しい流れは人などたやすく押し流してしまう。


 清流はただそこにある。利用するのは勝手だ。しかし決して人のためにあるわけではない。


(それがコイツの本質、かな……?)


 何となく分かったような気がして、カムイは魔力の供給を止めた。すると冷たい奔流も徐々に細り、そして最後には完全に途絶える。それを確認してから、カムイはアブソープションも停止した。体内に残っていた余分なエネルギーを白夜叉で完全に使いきると、カムイは「ふう」と息を吐いて目を開けた。


 手のひらに持った琥珀色の結晶に視線を落す。形だけ見れば不恰好でちょっとがっかりな仕上がりだが、一度使ってみた今なら分かる。コイツの性能は確かだし、またアブソープションとの相性もいい。


『見た目なんて性能には影響しないんですよ。偉い人にはそれがわからんのです』


 昔の偉くない人はいいこと言ったものである。まあネタはほどほどにしておくとしても、ポイントをかけて作った装備がただの琥珀もどきにならずにすんでカムイとしてもほっとしている。それどころか早く実戦で使ってみたいという気分になったが、彼はそこでふとある問題に気付いた。


 手に持ったままでは戦いにくい、ということだ。ポケットに入れておいてもいいが、それではさまにならないだろう。そう思い、カムイはアイテムショップから革紐を購入した。ちなみにお値段250Pt。その革紐で琥珀色の結晶をグルグルに縛り、それからペンダントのようにして首から下げる。けっこう上手い具合におさまり、カムイは満足げに「よし」と呟いた。


 ただこうして首から下げ、直接手で触れていない状態だと、どうも魔力が込めにくい。それで彼はまた目を閉じて、この琥珀色の結晶をどう使えばいいのか試行錯誤を重ねていく。最終的に白夜叉で覆ってやると、魔力を込めるのも吸収するのもけっこう上手くいく、というのが分かったのは日が暮れる少し前のことだった。



 ― ‡ ―



 カムイが不恰好ながらも琥珀色の結晶という新たな装備を作ったその次の日のお昼前、〈侵攻〉が起こった。カンカンカンッという警鐘を聞くと、海辺の拠点のプレイヤーたちはほとんど条件反射のように目つきを変えて臨戦態勢を取る。これはもう訓練の成果というよりは刷り込まれた習慣だった。


 さて今回の〈侵攻〉に際し、カムイらはいつも通り防衛戦の端っこで戦うことにする。アーキッドとミラルダはまだ戻って来ていないが、代わりにロロイヤの姿があった。アストールにくっついて来たらしい。ちなみに彼と同じ新参者である残りの二人だが、シグルドはひとまず〈世界再生委員会〉の指揮下で戦い、身重のスーシャはガーベラと一緒に浄化樹の植樹林でお留守番だそうだ。


「よし、やるか」


 海から上がって来る無数のモンスター。その軍勢を前にして、カムイは頬をバシバシと叩いて気合を入れた。今回の〈侵攻〉は、琥珀色の結晶を実戦で試すいい機会だ。


(それに……)


 それにこの琥珀色の結晶は、今までに買った装備とは違い、攻撃力も上げてくれる。どれだけ違ってくるのか、とても楽しみだった。要するに、彼は新しいおもちゃで早く遊びたかったのだ。


「カムイ。意気込むのはいいけど、暴走はするなよ」


 いつもよりはしゃいでいる様子のカムイに、呉羽はそう言って釘を刺した。ただ彼女も新しい装備を初めて試すときの、興奮する気持ちもはよく分かる。彼女自身、それで失敗した経験もあるのであまり強くは言えないのだが、それでも同じ失敗をして欲しくないという気持ちもあり、言わずにはいられなかったのだ。


 カムイは気を悪くすることもなく、小さく肩をすくめて苦笑すると、「お先」と言って迫り来るモンスターの大群に突撃した。その背中を、呉羽は少し心配そうに見送る。そんな彼女の肩を、アストールが優しく叩いた。


「カムイ君ならきっと大丈夫ですよ。遺跡にいたときも、ずっと一人で頑張っていたのでしょう? きっと成果が出ているはずです」


「そうだと、いいんですが……」


 そう応える呉羽の顔は、まだ少し心配そうだった。ただ究極的に言って、彼女はカムイが暴走するかどうかの心配はしていない。彼女が心配しているのは、〈侵攻〉の混戦の中、暴走した彼を自分が止められるのか、という点である。


 一人で鍛錬する時間を多く取れているおかげなのか、ここ最近の彼の成長は目覚しい。二人で行っている訓練も、今はまだ呉羽の全勝が続いているが、差はかなり縮まってきている。上手く取り繕っているからカムイは気付いていないだろうが、内心では彼女も冷や汗をかくことが多くなった。


 そこへ、あの新しい装備である。装備とユニークスキルの相性次第で、プレイヤーの戦闘能力は劇的に向上する。ではその時、呉羽は暴走するカムイを止められるだろうか。彼女は確信を持てなかった。


「……わたしも行きます」


 これ以上は悩んでも仕方がない。そう思い、呉羽は頭を切り替えた。そして愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を鞘から抜く。「お気をつけて」というアストールの言葉に頷いてから、彼女もまたモンスターの大群の中に飛び込んだ。


(今はまだ大丈夫だ……)


 呉羽は自分にそう言い聞かせる。決して自分の力を過信しているわけではない。カムイは腕を上げたが、それは彼女も同じだ。さらにカムイはまだ新しい装備の扱いに慣れていないが、呉羽はもう十分に使いこなすことができている。そういう要素を総合的に考えれば、まだ自分の方に分があると呉羽は見ていた。


 それに、この場にはイスメルもいる。仮に呉羽が止められなかったとしても、彼女が止めてくれるだろう。無責任ではあるが、しかし安心できる保険の存在は呉羽の心を落ち着かせた。


(でも……)


 それでも、この先は分からない。カムイが新しい装備の扱いに慣れ、さらに腕を上げたその時、呉羽はこれまでのように彼の暴走を鎮めることができるだろうか。彼女には自信がなかった。そしてその自信のなさは、彼女に最悪の事態を想像させる。


(……もっと、強くならないと)


 この件はそもそもカムイの問題のはずなのに、ここでそういうふうに考えるのが、藤咲呉羽という人間の本質なのかもしれない。ただこの日に限って言えば、カムイが暴走することはなかった。


 その理由は主に二つ。一つはカムイが新しい装備の扱いに慣れることに気を取られ、アブソープションの出力を最大にはしなかったから。そしてもう一つは、意外にもロロイヤのせいだった。


 海から上がってくる大量のモンスターを見たとき、ロロイヤはニィィ、と凶悪な笑みを浮かべた。隣にいたアストールが悪寒でゾッとしたというくらいなので、よほど凶悪だったのだろう。そしてその笑みを浮かべたまま、彼はこう呟いたと言う。


「これはこれは……。つまり、好きなだけ試し撃ちができるってことだな……?」


 そう言うやいなや、ロロイヤは次々に魔法陣を展開して発動させていく。これらは全て今彼が頭の中で考えている魔道具に組み込む術式である。もっとも使っているのは攻撃に使えるモノだけだから、全体数はもっと多い。


 彼は今それらの術式をまず実際に使ってみてその具合を確かめているのだ。そして納得のいかない部分があれば、すぐさま修正してまた試し撃ちをする。その作業をロロイヤは嬉々としながら、そして複数の魔法陣で同時進行しながら行っていく。見る者が見れば、実に化け物じみた所業だった。


 ただ、それは彼の魔道具職人としての能力が化け物じみているのであって、プレイヤーとしての戦闘能力がずば抜けているわけでは決してない。それでペース配分を考えずに魔法陣を発動させまくっていたロロイヤはすぐに魔力切れを起こした。


「何とかならんか、アストールよ」


 そうは言いつつ、ロロイヤの腹のうちはもう決まっている。彼はカムイとアストールの力を組み合わせれば、ほぼ無制限に魔力を回復できる事を知っているのだ。つまり彼は今、それをさせろと言っているのである。


「あ~、カ、カムイ君、ちょ、ちょっと来てください!」


 ロロイヤから催促されたアストールは、頬を引きつらせながらカムイを呼んだ。そして彼が集めた魔力を〈トランスファー〉でロロイヤに譲り渡す。そうやって使い切った魔力を回復したロロイヤは、満足そうな笑みを浮かべてまた魔法陣の乱発を再開した。


 そんなことが〈侵攻〉の間中、たびたびあった。そのたびにカムイは戦闘を中止しなければならず、要するに暴走するほど入れ込めなかったのだ。


 カムイとアストールの協力もあり、ロロイヤは試したかった術式をほぼ試し終え、さらに調整と修正も同時に行った。これ以上のことは、〈侵攻〉が終わった後、一度レポートに纏めてからだ。ただ、〈侵攻〉それ自体はまだ続いている。一人さっさと切り上げるのは、やはり気が引けるらしい。


「っち」


 ロロイヤは軽くしたうちすると、左手の拳を軽く握って前に突き出した。そして薬指に嵌めた指輪型の魔道具〈流星撃〉に魔力を込める。すると魔法陣が一つ展開され、一拍置いてそこから無数の閃光が放たれた。その名の通りまるで流星のように乱舞する無数の閃光は、海から上がってくる魚頭のモンスターを次々に貫いて屠っていく。


「鬱陶しい」


 小さくそう呟くと、ロロイヤは前に突き出した左手をゆっくりと横に動かした。その腕の動きに合わせるようにして、〈流星撃〉から放たれる無数の閃光がモンスターの群れを薙ぎ払う。その圧倒的ともいえる光景に、カムイや呉羽は思わず戦う手を止めて見入ってしまった。


 威力だけを考えれば、〈流星撃〉に特筆するべき点は何もない。この魔道具よりも攻撃力で優れるユニークスキルは、珍しくもなんともないからだ。ただ、その使い勝手の良さと、ザコの大群を相手にした時の殲滅能力の高さは、間違いなくこの拠点の中でトップクラスだった。


 さっさと〈侵攻〉を終わらせてレポートの纏めに入りたいロロイヤは、ペース配分など考えることなくやたらめったらに〈流星撃〉を撃ちまくった。当然使った分に合わせて魔力はどんどん減っていくが、この場にはカムイとアストールがいる。彼らの力を半ば強引に借りるロロイヤは、無尽蔵の魔力を持っているに等しい。ほとんど固定砲台と化したロロイヤは、〈侵攻〉が終わるまでの間、ひたすら〈流星撃〉でモンスターを薙ぎ払い続けるのだった。


「やれやれ、もう少し早く戻ってくれば良かったな」


 アーキッドとミラルダが海辺の拠点に戻ってきたのは、〈侵攻〉の終盤頃だった。お昼頃という話だったが、少し遅れた格好である。そのせいであまり戦力になれなかったことを申し訳なく思っているのか、アーキッドは少しバツの悪そうな顔をしながら自分の頭を乱暴にかいた。


「過ぎたことを悔いても仕方があるまい。それよりもこれからできることを考えるのが肝要じゃ」


 そんな彼の隣で、ミラルダはしたり顔をしながらそうのたまう。ちなみに戻ってくるのが遅れた理由の九割くらいは彼女のせいである。そしてそのおかげというべきなのか、彼女の尻尾や耳の毛並みはとても艶やかで、さらに今までになく上機嫌だった。


「ま、そうするか」


 ミラルダの言葉に苦笑しながら、アーキッドはそう言った。そして彼は「慰労会だ」と言って、また立食形式のパーティーを開いた。ほとんどのプレイヤーは昼食を抜いて戦っていたため、このパーティーは喜ばれた。


 さてその慰労会の最中、〈世界再生委員会〉の幹部であるリーンは、ロロイヤのことを探していた。ちなみに彼を探し始めたのは料理を堪能してからだったのだが、これは決して彼女が腹ペコだったからではない。食事中に話しかけられ、食べたいのに食べられないと言う状況になれば、ロロイヤはきっと機嫌を損ねるだろうと考え、少し時間をずらすことにしたのである。だからこれはロロイヤのためであって、決して彼女自身のためではないのだ。


 まあそれはともかくとして。リーンの用件はロロイヤが〈侵攻〉の後半で使っていたと言う、無数の光線を放つ魔道具についてである。ロロイヤは魔道具職人であると聞く。それでその魔道具を幾つか売ってくれないかと頼むつもりなのだ。


 リーンは非常に科学技術が発達した世界から来た。そして彼女自身は軍人である。だから武器と言われたときに彼女がまず思い浮かべるのは、刀剣類ではなくいわゆる銃火器の類だった。


 まだ海辺の拠点のプレイヤーの数が少なかったころ、定期的に起こる〈侵攻〉という災厄を前にして、「銃があれば」と思ったことは数知れない。しかしアイテムショップで探してみても、銃火器の類は売られていない。それなのに一方では、より攻撃力の高いマジックアイテムが普通に売られている。もちろんそれらのマジックアイテムは高額でその時のリーンには手が出せなかったが、扱いの差は歴然だった。


『要するに、お手軽すぎる、ってことかしら?』


『たぶんだけど、ね……』


 その扱いの差から、リーンとガーベラは運営側の意図をそんなふうに察した。「お手軽すぎる」というのは、仮にアイテムショップで販売した場合、マジックアイテムに比べて安すぎる、という意味ではない。人の手で簡単に量産できてしまう、という意味である。そしておそらく運営側はそれを望んでいないのだ。完全に人の手で作ることは可能なのだろうが、あいにくそのために必要な技術や知識をリーンもガーベラも持ち合わせていなかった。


 山陰の拠点からおよそ50名のプレイヤーが合流したことで、戦力不足はなんとか解消された。しかし「銃があれば」というリーンの気持ちはなくならなかった。ただガーベラ経由で〈浄化の杖〉の話を聞き、それなら恐らく銃にもエラーが出るだろうと思い、半ば諦めていた。


 後にレンタカーがリクエストできたことを知り、その考えは少しだけ変わった。恐らく銃もリクエストはできる。しかしワリは合わないだろう。少なくとも、対モンスター用として使う限りは。


『しばらく止めておいたほうが良さそうね……』


『うん、アタシもそう思う』


 二人で酒を飲みながら、リーンとガーベラはそう結論した。それ以来リーンは銃についてあまり考えないようにしてきた。現状でも防衛戦の戦力はなんとか足りている。それで手一杯になっていることは認めなければならないが、しかし以前のように切羽詰っているわけではない。焦って賭けに出る必要はないのだ。


 今は〈侵攻〉などでポイントを稼ぎながら力を蓄える。個々のプレイヤーが成長すれば、戦力にも余裕ができるだろう。全てはそれからだ。リーンはそう考えていた。


 それが間違っているとは思わない。しかしその一方で、より効率的に敵を倒す方法があれば、それに越したことはないとも考えている。そもそも銃を欲したのもその一環だ。逆に言えば、効率的に敵を倒せるなら銃に固執する必要はないのである。


 リーンは〈世界再生委員会〉の部隊指揮官として、何か良い方法はないかと常に考えていた。そんなときに見たのである。ロロイヤが無数の光線を放ちながら、モンスターを薙ぎ払っていくその様子を。


 恐らく、攻撃力はそれほど高くない。戦闘用のユニークスキルと比べたら、雲泥の差であろう。しかし、効率はいい。そしてその効率の良さこそ、彼女が今まさに求めているものだった。


 慰労会が始まるまでの間に、リーンはロロイヤと彼が放っていた無数の光線について情報を集めた。その結果分かったのは、彼が魔道具職人であることと、無数の光線は彼が作った魔道具〈流星撃〉によるもの、ということだ。ちなみに情報源となったのは主にカレンである。


 朗報だった。仮にユニークスキルによるものであったなら、それを譲ってもらうことは不可能だったろう。しかし自分で作ったマジックアイテムなら、対価を支払って譲ってもらうことは可能なはずだ。


 そう思い、リーンは早速ロロイヤにその話を持ちかけた。しかしロロイヤの返答は思いがけないものだった。


「……断る」


 視線を逸らしながらロロイヤはそう答えた。それを聞いてリーンは一瞬頭が真っ白になって絶句する。到底納得できず、我に返った彼女はロロイヤに詰め寄った。


「な、なぜですか!? きちんと対価はお支払いします! どうか譲ってください!」


「断ると言っておるじゃろうが!」


 ロロイヤの返答は頑なである。しかもジジイ口調に戻ってしまっているから、本当にイヤだったのだろう。その理由が「自分の作った作品とはいえないから」という、偏屈な職人のプライドのためであることは、リーンの想像の埒外である。


 とはいえリーンも簡単に引き下がるわけにはいかない。それに頭の硬いジジイ共の相手なら、彼女は元の世界で散々してきた。粘り強く交渉を続け、〈流星撃〉のような魔道具を新たに作り、それを〈世界再生委員会〉に売却するという約束を取り付けた。なおロロイヤは近々ここを離れる予定なので、取引にはプレイヤーショップを用い、出品する前にメッセージで一報を入れる、ということになった。


「それでは、よろしくお願いします」


「……ああ。適当に何か考えておく」


 折り目正しく一礼するリーンに、ロロイヤはそうぞんざいに返した。ずいぶんと粘られて辟易しているのだ。ただ、本当に嫌なら彼は絶対に受けない。だから半分くらいはいわゆるポーズである。


(この機会に納得のいくものを作るか……)


 リーンが去った後、ロロイヤは胸中でそう呟いた。いずれやろうと思っていたことだ。いい機会だろう。


(やはり威力よりも手数だな。〈侵攻〉で使うことを想定するなら、より広範囲をカバーできるようにして……。操作性も上げた方がいいか……?)


 すぐにそんなことを考え始めてしまうのは、やはり魔道具職人としての性だろうか。いずれにしても彼の表情はけっこう楽しそうだった。


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