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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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旅立ちの条件12


「さて。それじゃあ、遺跡で見つけた魔法陣を見せてもらおうか」


 海辺の拠点に合流した次の日、ロロイヤは懇親会で顔をつないでおいたアストールのところへ顔を出し、挨拶もそこそこにそう切り出した。アストールは苦笑しつつも、すぐに神殿の見取り図を取り出してそれをロロイヤに渡す。ちなみに、有志でやっている検討会は主に夜に開かれている。魔法陣に興味があるとはいえ、彼らも明るいうちはポイントを稼ぎたいのだ。


「これがその魔法陣か……」


「そうです。そしてこちらが、集束現象が起こっている中庭の見取り図になります。現象が起こっているのは、ちょうど真ん中の、この水場ですね」


「ふむ、それで水場の位置と魔法陣の中心が重なっているわけだな。いや、この場合は逆か……」


 広げた見取り図を覗き込みながら、アストールはロロイヤに神殿や魔法陣の様子を詳しく説明する。加えて、今までの検討会で話し合われた事柄も話す。アストール自身はその内容を十分に理解できているわけではなく、それがまた悔しくもあるのだが、今はともかくあるだけの情報を伝える方が大切だった。


 その説明を聞きながら、ロロイヤはゆっくりと頷きながら思案を重ねた。時折質問をし、また魔法陣以外の見取り図も食い入るようにじっくりと観察し、さらに3D図形を遊ぶようにクルクルと回す。そして最後に「ふむ」と呟き、やおら顔を上げるとアストールの方を向いてこう言った。


「コレ、情報足りてないんじゃないのか?」


 ロロイヤのその言葉に、アストールは思わず「え?」と聞き返した。彼の言葉に頭が追いつかない。そりゃ、神殿の中で細かく数値を図っていないところはまだあるが、しかしおそらくロロイヤが足りないと言っているのはそういう事ではない。


「……つまり魔法陣そのものの情報がまだ完全ではない、と?」


「そんな感じがする」


「いえ、ですが!」


 納得できないアストールはつい叫んでしまった。とはいえ、彼には魔法陣について綿密に情報を集めてきたと言う自信がある。見取り図の踏破率も100%になっているし、特に魔法陣そのものについては、ありとあらゆる数値を細かく測ってある。その努力は検討会のメンバーも感心するほどで、少なくとも彼らから情報不足を指摘されたことはない。


「だけど、検討は上手くいってないんだろう?」


「それは……」


 ロロイヤに図星をさされてアストールは言葉を濁した。確かに検討会は上手くいっていない。ただそれは、この世界の魔法理論をまだよく理解できていないからだ、ということで一応の結論が出ている。だからまずはアイテムショップか何かで理論の本を探すなりして、ゆっくりと理解を深めていこうと思っていたのだが、その矢先にコレである。


「魔法陣は水路から水を引き込んでいるんだろう?」


「え、ええ」


「つまり魔法陣と水路は繋がっているってことだ。なら、水路それ自体が魔法陣の一部であるとは考えられないか?」


 ロロイヤにその可能性を指摘され、アストールは「あ……」と呟いて目を見開いた。全く考えていなかった。しかし本当にそうならば、見取り図を完成させたのにまだ魔法陣の情報が足りていないことも説明が付く。要するに、魔法陣は思っていたよりもずっと巨大だったのだ。


「地図はないのか?」


 ロロイヤにそう言われ、アストールは急いで地図を取り出す。ちなみにその地図は、以前よりも記載されている範囲が大幅に増えている。アーキッドらの地図をコピーさせてもらったのだ。もちろんお値段10万Ptである。


 アストールの取り出した地図を受け取り、ロロイヤは遺跡の箇所を拡大する。そして水の流れ方を予測しながら、地図上の水路を指でなぞり、その範囲と構造を確認していく。そしてしばらくすると、「これだな……」と呟き地図上のある範囲をぐるりと指でなぞった。


「恐らくだが、これが魔法陣の本来の外縁だ」


 そう言ってロロイヤが示した範囲は、当たり前だがかなり広い。目測だが、例の神殿を中心に都市の三分の一程度をその範囲内に収めている。その大きさにアストールは目を見張った。


「この範囲の水路全てが、魔法陣の一部だと……?」


「全てかは知らん。だが、少なくとも無関係ではなかろう。そもそもこれだけ巨大で、そのうえ市内だ。無関係なものを完全に排除することなど不可能だ」


「……魔法陣とは、もっと精密なものだと思っていました」


「本来はな。それに中枢はお前さんの思うとおり精密に設計されてるよ。外側のでっかいやつは、精密にできない分、大きさでカバーしてるんだろうな。仕方がないとは言え邪道だ。好きにはなれん」


 そう言いつつ、ロロイヤはまた地図に目を落とした。一時期カムイが頑張ったおかげで、遺跡の地図はかなりの部分が埋まっている。ただそれはぼんやりと全容が分かるというくらいで、空白の部分はまだ細かく点在している。そしてそれはもちろん、ロロイヤが示した魔法陣の範囲内にもあった。


「ふむ。こんなところか?」


 地図を眺めていたロロイヤは、ややあってそこから視線を外し、右手に持った〈光彩の杖〉を掲げた。すると空中に一つの魔法陣が浮かび上がった。初めて見るそれに、アストールは首をかしげる。しかしその中心部分にあったものを見た瞬間、彼はすぐに「あっ!」と声を上げた。


 ロロイヤが描いた魔法陣の中心にあったもの。それはアストールが調べつくしてきた、神殿の地下にあったあの魔法陣である。それを中心にすえ、さらにその外側に別の魔法陣が描かれている。つまり、これは……。


「あの遺跡にある魔法陣の、本来の姿……?」


「まあ、ワシが勝手に補完した部分もあるがな。しかし、ふむ、まだ足りんか……」


 そう呟くと、ロロイヤは自分が描いた魔法陣に、さらに追加して書き足していく。しばらく書いたり消したりを繰り返し、そして満足の行く出来になったのか「うむ」と一つ頷いてから、彼はアストールのほうに視線を向けた。


「おい、こいつを書き写せ」


「え、あ、は、はい!」


 ロロイヤに言われて、アストールはあわてて大きめの紙を用意し、そこへ彼が描いた魔法陣を書き写していく。必死に、しかし間違えないようにゆっくりと。目を好奇心で輝かせながら。その様子を、ロロイヤは面白そうに見ていた。


 アストールが魔法陣を書き写し終わると、ロロイヤは自分が描いたほうを消した。そして書き写した魔法陣と地図を見比べる。それから幾つかの地点を指差して「ここら辺だな」と呟いた。魔法陣で見ると、そこはちょうどロロイヤが独自に書き足した箇所である。


「まずは遺跡だな。現物を見ないことにはどうにもならん。あとは地図だ。範囲内くらいは完成させねばな」


 さあ行くぞ、と言って本当に歩き出したロロイヤをアストールは慌てて止めた。「なんだ」と言って不機嫌そうな顔をするロロイヤを、彼はこう言って説得する。


「ま、まずは検討会で皆さんの意見を聞いてからでもいいのではありませんか? それに遺跡の前を流れる川を渡るのは、なかなか厄介ですよ」


「む、そう言えばあのおっさんもそんなことを言っていたな……。確か、〈侵攻〉とやらが起こるとかなんとか」


「ええ。なので、渡河には毎回苦労しています。例外はイスメルさんに送ってもらった時だけですね」


「具体的にはどうしている?」


 ロロイヤにそう尋ねられ、アストールはいつもの渡河の様子を語った。それを聞くと、彼は口元に手を当てて「そうか」と呟く。そしてもう一度アストールのほうへ視線を向けるとこう言った。


「検討会は夜だったな? ワシも出る。それと、遺跡へ行くのはここで〈侵攻〉とやらを見てからにしよう」


「は、はあ。わ、分かりました」


「うむ。では、夕方頃にまた顔を出す」


 それだけ言うと、ロロイヤは地図を返してから腕に装備した【悠久なる狭間の庵】を発動させる。すると何もなかった場所に突然扉が現れた。そして驚くアストールを尻目に、彼はさっさと扉を開けて庵の中へ入った。彼が中へ入ると、扉は風に溶けるようにして消える。その様子をアストールは呆然としながら見送った。


 一人になったアストールは何度か瞬きを繰り返し、それからふっと苦笑を浮かべた。そして返してもらった地図と先ほど自分が書いた魔法陣を眺める。それでようやく、進展したと言う実感がわいてきた。


 そして同時に悔しさも募る。検討会でもそうだが、アストールはやはり魔法陣の話についていけない。今回の事だって、突き詰めれば知識不足のせいで魔法陣が不完全であることに気付けなかった。


(やはりこの先……)


 やはりこの先、調査を進めていこうと思えば、基礎知識は不可欠だ。ならばそれを学ばなければならない。調査をすると張り切ったのは、他でもない自分なのだから。


 そうなると、やはり教本がいるだろう。そう思い、彼はアイテムショップのページを開いた。実はすでに幾つか目星はつけてある。そのうちの一つ、入門編と書かれたものを買い、アストールは早速その本を開いた。今日は自由行動の予定だ。〈侵攻〉が起こらなければ、たぶんゆっくりと読めるだろう。



 ― ‡ ―



「さて、ちょいと面倒なことになった」


 リビングに集めたメンバーを前に、アーキッドはそう切り出した。そしてテーブルの上に地図を広げ、海辺の拠点の位置に一つのコンパスを置く。それは【導きのコンパス】であり、針は南西寄りの方向を向いていた。


「昨日、寝る前にソイツを設定したんだが……」


 アーキッドが設定した条件は、「ここから一番近いプレイヤーの拠点」である。そしてその条件で、針は南西寄りを指した。だからその方角にプレイヤーの拠点があるわけだが、しかしここから見て南西と言うのは、陸ではなく海である。つまり次の拠点を探すためには海を渡らなければならないのだ。


「ふむ、『二番目に近い拠点』ならばどうじゃ?」


 閉じた扇を顎先に当てながら、ミラルダがそう尋ねる。その答えとして、アーキッドは無言のまま【導きのコンパス】をもう一つ取り出して地図上に置いた。その針が指し示すのは、一つ目のコンパスとほぼ同じ方角である。


「なるほど。確かにコレは面倒じゃ」


 そう言ってミラルダは肩をすくめた。二つの【導きのコンパス】がほぼ同じ方角を指し示していると言うことは、二つの拠点が近くにあるか、あるいはここから遠く離れているかのどちらかである。いずれにしても、最大の問題は海を渡らなければならない、ということである。


「なんにしても、もう少し情報が必要だ。それで、まずは俺とミラルダでここへ行く」


 そう言ってアーキッドがトンッと指で示したのは、かつてカムイらが遺跡を見つけた、海辺にある小高い山だった。海辺の拠点からだと、歩いて三日ほどの距離である。〈獣化〉したミラルダならば、おそらく今日中に行って帰ってこられるだろう。今日中が無理だとしても、二日はかかるまい。


 その小高い山へ行き、そしてそこでもう一度コンパスの方角を確認する。つまり異なる二点から方角を観測することで、目的地のおおよその場所を判別するのだ。あまりに遠すぎるようなら、今回は見送る必要があるだろう。だがそれほど遠くないなら、イスメルに偵察してきてもらうなど、打てる手はまだある。


「それと、キキはこの後、ロナンのところに顔を出してくれ。追加でポイントを借りたい奴が結構いるらしい」


「らじゃー。がっぽり稼いでおく」


「よろしく。イスメルとカレンは、キキのほうを手伝ってやってくれ」


「分かりました」


「むう。浄化樹林に入り浸ろうと思っていたのですが、仕方がありませんね」


 それぞれの役割が決まったところで、五人はぞろぞろと動き始める。屋敷から出たところで二手に別れ、アーキッドは〈獣化〉したミラルダの背に乗った。そして「行ってくる」とだけ言葉を残し、海岸線に沿って西へと向かった。


「……のう、ところでアードよ」


 走り始めて数分。海辺の拠点が遠くなってきたところで、ミラルダは背に乗るアーキッドに声をかけた。


「ん? どうした、ミラルダ?」


「今更じゃが、どうして妾とおぬしがこっちの役回りなのじゃ? いつもならイスメルに頼むであろう?」


 単純に足の速さを考えれば、【ペルセス】を操るイスメルが一番速い。ならば彼女に頼むのが、適材適所のはずだ。彼女は確かにダメエルフだが、仕事はきちんとしてくれるのでその点も心配はない。一度遺跡へお使いを頼んだのがいい例である。


「ミラルダとデートしたかったから、ってのはダメか?」


 アーキッドが少し気取った調子でそういうと、ミラルダはしばしの間ポカンとして言葉を失った。それでも足を止めないのはさすがと言うべきか。そしてややあってから彼女は大きな笑い声を上げた。


 走りながら大笑いするものだから、背中の上は大いに揺れて、アーキッドは両手両足を駆使して必死にしがみ付かなければならない。そしてしばらく笑い続けたあと、ミラルダはご機嫌な様子でこう言った。


「クックック……! よかろう、言い訳としては上等じゃ!」


 叫ぶようにしてそう言うと、ミラルダは四肢に力を込めて一気に加速した。ここで気張らねば女が廃るというものである。一分一秒でも長くデートの時間を確保するため、ミラルダは全力で疾駆した。


 全身にやる気を漲らせるミラルダを見て、アーキッドは苦笑する。「ちょっとリップサービスが過ぎたかな」と思わなくもないが、しかし今更訂正はきかないだろう。そもそも彼自身デートは大歓迎であるわけだし。


 だから「デートがしたかった」というのは決してウソではない。ウソではないが、全てでもない。別の理由として、ラーサーらに拉致されたあの一件以来、落ち込み気味なカレンをゆっくりさせてやりたかったのだ。


 それならイスメル一人に頼めばいい気もするが、しかしカレンなら「師匠が行くなら自分も」と言い出すだろう。それが予想できたので、アーキッドは自分たちが行くと言ったのである。それに拠点には幼馴染で婚約者のカムイもいるから、ちょうどいいだろうと思ったのだ。


(この俺が小娘一人にそこまで気を使うとは、な……)


 そう思い、アーキッドは自嘲気味に苦笑した。いや、それらしい理由ならあるのだ。カレンは移動の要。いつまでも不調のままでは困る。ただそれも少し弱い。そこまでストイックに割り切れていないことは、彼自身が一番良く分かっていた。


 この世界に来て自分は少し変わったな、とアーキッドは思う。以前はもっと荒んでいたし、それが必要だった。だがここではそれも必要ない。むしろ変に荒めば他のプレイヤーと衝突してしまう。それは上手くない。


 だから最初の頃は、意識的に尖らないよう気をつけていた。慣れなくて疲れてしまうこともあったが、最近はそれもなくなってきたように思う。それどころかまるで肩の荷がおりたようで、以前よりも気楽である。


 それは仲間のおかげ、と考えるのはおかしなことではないだろう。四六時中一緒にいるのだ。そりゃあ、影響も受ける。そしてそれが嫌ではないと言うことは、つまりアーキッドにとっても居心地のいい場所なのだ、あそこは。


(居場所、とでもいうのかねぇ、これが……)


 そのこそばゆい言葉は、彼が思った以上にしっくりと来た。だが居場所と言うのはあっけないほど簡単に壊れてしまうモノだという事を、アーキッドは嫌と言うほど知っている。少なくともずっとこのままなどということは絶対にありえない。


 ただ、だからこそ貴いのだろう。そしてそう考えるようになったのは、間違いなくこの世界に来てからのことだ。


(まあ、手の届く範囲なら、少しくらいは、な……)


 そう考える自分が、アーキッドは嫌いではなかった。この世界に来る前の自分なら、きっと「腑抜けた」とか思っただろう。やっぱり自分は少し変わったな、と彼は思う。そして冷静にそう考えられる点、彼はやはり大人だった。


「……他の女のことを考えておるな?」


 少し不機嫌そうなミラルダの声が響く。それを聞いてアーキッドは苦笑を浮かべ、宥めるように彼女の背中をポンポンと叩いた。


「仲間のことさ」


「む、そうか。ならばよし」


 ミラルダはあっさりと機嫌を直し、また四肢に力を込めて大地を蹴った。目的地の小高い山が見えてきたのは、おそよ一時間後のことである。


「だいたい、沖合35,6kmってところか?」


 目的地だった小高い山の、その山頂。そこから【導きのコンパス】と地図を見比べつつ、アーキッドはそう呟いた。コンパスの針は、おおよそ南を指している。そして地図上で現在地からその方向に引かれた線が、海辺の拠点で書いておいた線と交差する地点。そこが海辺の拠点から最も近いプレイヤーの拠点だ。地図上で距離を概算すると、ここから約35,6kmほどである。


「ふむ、それくらいなら見えても良い気がするが……」


「瘴気のせいで何も見えないな。双眼鏡を使ってもダメだ」


 そう言ってアーキッドは覗き込んでいた双眼鏡をミラルダに渡した。彼女もそれを覗き込むが、しかしアーキッドが言っていたように陸地らしきものは何も見えない。漂う瘴気が、全てを覆い隠しているのだ。ミラルダは「ダメじゃのぅ」と言って嘆息した。ご自慢の耳や尻尾も、心なしか力がない。


 地味に厄介だな、とアーキッドは思う。見晴らしが悪いと言うのは、それだけ情報が制限されているということだ。右も左も分からないこの世界では、情報は動き回って集めるしかない。だというのにコレではその効率が下がってしまう。今回のことだって、もしもっと見晴らしがよければ、沖合にあると思しき島はすでにカムイらが見つけていたことだろう。


 ただ、地図と組み合わせてやることで、おおよその目途は立つ。今回もだいたいの位置と距離が分かった。これくらいなら、イスメルに頼んで偵察してきてもらうとこも可能だ。一歩前進と言っていい。小高い場所から辺りを見渡せたおかげで地図の記載範囲もまた増えたし、ここまで来たかいはあった。


「のう、アード。ここへ来た用事はもう終わったのであろう? じゃったら……」


 甘えたような口調でそう言いながら、ミラルダがその豊満な身体をアーキッドに押し付けてしなだれかかった。彼女の内心を表すように、三本の尻尾はご機嫌に揺れている。今にも押し倒してきそうな彼女を、アーキッドは苦笑しながら引き剥がす。


「まてまて。ここじゃあ雰囲気もなにもあったもんじゃない。降りたら【HOME(ホーム)】を呼び出すから、それまで待てよ」


「むう……。焦らすのが得意じゃのう、お主は」


 不満そうにそう言って、ミラルダは唇を尖らせる。ただ、アーキッドの言うことにも一理あると思ったのだろう。大人しく彼から身体を離した。そして彼女は〈獣化〉すると、その背にアーキッドを乗せて軽やかに山を降った。


 麓に着くと、ミラルダに急かされてアーキッドは【HOME(ホーム)】を呼び出した。もう待てぬとばかりに屋敷に突撃する彼女の背中を苦笑気味に見送り、それから彼もその後を追った。それから玄関のところでふと思い立ち、仲間にメッセージを送る。連絡を兼ねた、ちょっとした悪戯だ。


 それからアードとミラルダは二人だけの時間を満喫した。あまりに満喫しすぎて海辺の拠点に帰ったのが翌日になってしまったが、まあ瑣末なことである。ちなみに帰ってきたとき、ミラルダの毛並みは三割り増しで艶やかだったとか。それもまた瑣末なことである。



 ― ‡ ―



 さて、拠点に残ったカレンら三人は、アーキッドから言われていたようにまずは〈世界再生委員会〉のギルドマスター、ロナンを訪ねた。彼女たちを出迎えたロナンは、すぐに追加でポイントを借りたがっているプレイヤーたちを集める。人数は結構多かったが、リーンをはじめとするギルドのメンバーが整理と警備を行ってくれたので、大きな混乱も起きることなくポイントの貸付けはスムーズに行われた。


(やっぱり多いなぁ……)


 プレイヤーが一列に並んでポイントを借りていく様子を見ながら、カレンはぼんやりとそんな感想を覚えた。彼女たちが最初にこの拠点を訪れたのは、およそ一ヶ月前のことである。その時にもポイントの貸付けは行われ、やはり多くのプレイヤーがそれを利用した。


 今回は二度目で、あまり時間も経っていないのだが、それでも利用するプレイヤーが多い。もともと上限まで借りていないプレイヤーが多数いることは予想されていたし、加えてここには浄化樹もある。需要があることは見込まれていたが、その見込みが大当たりした形だ。淡々と仕事をこなしているように見えるキキも、心なしか嬉しそうである。


 さて、ポイントの貸付けが一段落すると、カレンたちはそれぞれ別行動をすることになった。イスメルとキキは浄化樹林のほうへ行くと言う。新たに借りたポイントを浄化樹に投資するプレイヤーが多数いるらしいので、ガーベラを手伝うのだと言う。


「緑が増えていく……。ああ、なんと素晴らしいのでしょう……!」


 イスメルが恍惚とした表情をしているのはいつものことだ。カレンも頭に手を当ててため息を吐くが、それだけである。どうせこの状態の彼女に何を言っても無駄なのだ。ならば少しでも有効な手を、と思いカレンはキキに目を向けた。


「キキ、師匠をお願いね?」


「ん、馬車馬の如く働かせる。あと、追加で投資もしておくつもり」


「……あんまり師匠を喜ばせなくてもいいのよ?」


「金のなる木を逃す手はない」


 そう言ってキキは無表情のままサムズアップした。カレンは思わずため息をついたが、しかし彼女自身同じようなことを考えて、すでに浄化樹に投資しているので人のことは言えない。


「カレンはどうする?」


「わたしは……、まあゆっくりするわ」


「ん。じゃ、また後で」


 ええ、また後で、と言ってカレンは二人と別れた。一人になったカレンは、拠点の中をぶらぶらと歩く。本当は一人で鍛錬でもしていればいいのだろうが、今はどうもそんな気分になれない。イスメルとの稽古は何とか続けているが、剣を持つことが前よりもずっと怖くなってしまった。


『悪いことではありませんよ。その重みを忘れてしまうよりは、ずっといい』


 イスメルに相談した時、彼女は柔らかい口調でそう言った。肯定してもらえたことでカレンは少し気持ちが楽になったが、しかしその一言で問題が解決したわけではない。いや、そもそも人に解決してもらうような問題ではないのだろう。結局、自分で立ち直るしかないのだ。


 はぁ~、とため息を吐いてから辺りを見渡す。するとウロウロと動き回るカムイの姿が眼に止まった。何をしているのだろうかと思って黙って見ていても、本当に何もせずにただ同じ場所をウロウロとしているだけ。さすがにちょっと不審で、カレンは彼に声をかけた。


「カムイ、さっきから何をしているのよ?」


「ん? ああ、カレンか。考え事だよ」


 そう言われてカレンは思い出す。そういえば、カムイは考え事をするとき、こうしてウロウロと動き回るのが癖だった。もう一年以上もその姿を見ていなかったので忘れていた。そういえば、リビングのテーブルの周りを延々右回りで回っていたと思ったら、突然左回りに切り替えたのを見て思わず笑ってしまったのを覚えている。


「ふぅん……。それで、何を考えていたの?」


「オレのユニークスキルと、【Absorption(アブソープション)】と相性がいい装備ってどんなんかなぁ、と……」


 そう答えてから、カムイは呉羽の例を説明した。ユニークスキルと相性のいい装備を使えば相乗効果を期待できる。これはほぼ間違いない。それでカムイもそういう装備をさがしてはいるのだが、いかんせんユニークスキルが特殊でなかなか見つからない。


 リクエストという手段もあるのだが、しかしアブソープションは瘴気に直接関わる能力。エラーが出る可能性は高く、なかなか手が出なかった。


「……『ユニークスキルを強化する』ってアイテムをリクエストすればいいんじゃないの?」


「それじゃあ、相乗効果が期待できないだろ。それに相手も同じものを装備していたら差が埋まらない」


「そこまで対人戦を想定しなくていいと思うけど……」


 カレンは少し眉をひそめたが、しかしカムイの言うことも理解できる。ようするに彼は自分にあった装備が欲しいのだ。


(カムイの能力と相性のいい装備、か……)


 カレンもちょっと考えてみる。彼女もアイテムショップのラインナップは暇なときに良く眺めているが、しかしカムイも言っていた通り「これは」という装備は思いつかない。そこで少し発想を変えてみることにした。


(カムイの能力と、似たような性質をもっているもの……)


 そう考えたとき、すぐに閃くものがあった。特別なモノだが、しかしごくごく身近にあるモノである。それは……。


「浄化樹……」


 すぐにそれを閃いたのは、間違いなくイスメルの日頃の布教の成果だろう。まあそれはともかく、カレンの呟きを耳にしたカムイは怪訝な顔をしつつ「浄化樹?」と聞き返した。それに対し彼女は一つ頷いてからこう説明する。


「カムイの能力って、瘴気を吸収してエネルギーに変えているんでしょう? それって、瘴気を吸収して成長する浄化樹に似てない?」


 言われて見れば、とカムイは唸る。ただ、あくまでも似た性質を持っているというだけだ。そこから装備品へ、なかなか上手く繋がらない。


「木製のアクセサリーって、結構あるよ。指輪とか、ブレスレットとか、ペンダントとか」


「いや、でも装備自体がある程度の力を持っていないと、マジックアイテムとしては意味がないんじゃないのか?」


 確かに、と思ってカレンは眉間にシワを寄せた。加工した浄化樹の木片が瘴気を吸収するというのはちょっと想像できない。素材としては希少で優秀かもしれないが、しかし今欲しいのはあくまでも瘴気の吸収能力なのだ。それが失われていたら意味がない。


 う~ん、と唸りながらカレンは考える。吸収能力を保持していると言うことは、つまり生きている状態と言うことだ。生きている状態で、しかも装備品として使えそうなものは何かないだろうか。


「種! 種を使えばいいのよ! あ、でもどうやって装備品にすれば……」


 種子というのは、いわば生命力の精髄だ。だからそこに目を付けたのは流石と言っていい。しかしその種をどう使えばいいのか、よいアイディアが浮かばない。一瞬「食べる」という選択肢が浮かんだが、普通に消化されるだけできっとブーストアップ効果などないだろう。


「琥珀……」


 そう呟いたのはカムイだった。それを聞いてカレンも勢いよく顔を上げる。頷きあう二人の顔には、「これだ!」という喜色が浮かんでいた。


 琥珀と言うのは樹液の化石であり、また宝石の一種としても珍重されている。装備品に種を使うと言うのはいまいちピンと来ないが、しかし宝石を使うのであればなんの違和感もない。そして琥珀であれば、中に何かが入っていたとしてもおかしくはない。


 ただし、実際問題として「浄化樹の種が中に入っている琥珀」というのを手に入れるのはほぼ不可能だ。今から化石化するのを待っていたら、一体何万年後になるのか分かったのもではない。加えて、浄化樹がユニークスキルと瘴気の両方に直接関係しているモノである以上、アイテムリクエストもエラーが出ると考えた方がいい。


 とはいえ、なにも本当の琥珀である必要などない。要するに「琥珀のように、浄化樹の種が中に入っている、宝石のような結晶」があればいいのだ。浄化樹の種はガーベラに頼めば手に入る。後は、種を中に入れられる宝石のような結晶があればいい。そしてそれなら、リクエストでエラーがでることはないだろう。


「樹液みたいに最初はドロドロで、時間がたつと固まって結晶体になる、みたいな感じ?」


「魔力に反応して固まった方が、手早くすんでよくないか?」


 そうやってカレンと相談しながら、カムイはリクエストするアイテムの中身を決めていく。そして最終的に以下のようになった。


 アイテム名:【クリスタル・ジェル】

 説明文:【魔力に反応して固まり、結晶体になるジェル。中に何かを入れると、ソレの持つ特性を増幅する。色は任意で選択が可能】


 カムイは書き込んだ文を確認してから一つ頷いた。瘴気やユニークスキルに関わるような部分は一つもない。これならエラーは出ないだろう。そう思いつつも内心ではちょっとドキドキしながら、カムイはリクエストのボタンをタップした。


 新しいアイテムの生成はすぐに終わった。エラーが出ることもなく、カムイは胸を撫で下ろす。早速アイテムショップでリクエストしたばかりのアイテムを確認すると、説明文の内容が少しだけ変わっていた。


 説明文:【魔力に反応して固まり、結晶体になるジェル。中に何かを入れると、魔力を込めた場合にソレの持つ特性を増幅する。色は任意で選択が可能。値段は10,000Pt/cc】


「要するに、『あくまでもマジックアイテムですよ』ってことか……」


 確定したアイテムの説明文を呼んで、カムイはそう呟く。特性の増幅のためには魔力が必要ということは、つまり道具を使うためのコストが必要ということだ。ただ、勝手に増幅するわけではなくなるのだから、暴走の危険が減ると言う意味でかえってその方がいいのかもしれない。


 カムイは早速【クリスタル・ジェル】を買おうと思ったのだが、量を決めるところでふと手が止まった。そして隣で画面を覗き込んでいた幼馴染にこう尋ねる。


「ところでカレン、1ccってどのくらいの量なんだ?」


 それが分からないと、どれくらいの量を買えばいいのか分からない。しかしカレンの答えもどこかトンチンカンだった。


「え、1cc!? ええっと、1,000ccが1ℓだから、1ccは1/1000ℓよ!」


「なるほど、さっぱり分からん。お前、料理とか得意じゃなかったもんなぁ」


「料理が得意な人だって1ccなんて量らないわよ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶカレンを華麗に無視し、カムイは画面を前にして「う~ん」と唸る。【クリスタル・ジェル】の値段は10,000Pt/ccだから、そんなに高いわけではない。多目に見繕って100ccくらい買っておこうかと考えたとき、カムイはふとあることに気がついた。


「そうだ、浄化樹の種を先に見ておかないと」


 まずはそれを確認するのが先決だろう。カムイの呟きを聞いたカレンも、不承不承といった様子ながらも「そうね」と言って同意した。プレイヤーショップで買ってもいいが、せっかくこの拠点にはガーベラ本人がいるのだ。直接頼めばもう少し安くなるだろう。たぶん。


 それで浄化樹林へ向かうべく、二人が連れ立って歩き始めた矢先に、カレンが「あっ」と呟いて立ち止まる。カムイが「どうした?」と尋ねると、彼女は「メッセージの着信」と答えてシステムメニューの画面を開いた。


「……っ!?」


 メッセージを確認するカレンの顔が、たちまち朱に染まる。不審に思ったカムイがもう一度「どうした?」と尋ねると、カレンは真っ赤な顔のまま「なんでもない!」と叫ぶようにして答えた。


「いや、なんでもないわけないだろ。誰からのだよ?」


「……アードさんからよ。まったく、あの人はっ!」


 そう言ってカレンは語気を荒げる。それを見てカムイは「たぶんからかわれたんだろうな」と勝手に納得した。


 ちなみに、アーキッドからのメッセージはこんな内容だった。


《From:【ARKID(アーキッド)】》

《イチャイチャしてから帰る。たぶん明日のお昼頃》


(なんでわざわざわたしに送りつけるわけ!? あてつけ!? 絶対コレってあてつけよねぇ!?)


 それはまあともかくとして。なぜかがっくりと肩を落としたカレンとやれやれと言わんばかりに肩をすくめるカムイは、二人でガーベラのところへ向かうのだった。


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