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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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旅立ちの条件8

今回から視点がアーキッドたちの側になります。

 海辺の拠点を出発したアーキッドら五人は、自慢の快足に物言わせて北へと駆け抜け、三日目のお昼にはかつてカムイらがいた山陰の拠点に到着した。ここへ来た目的は、この拠点の周辺で孤立しているプレイヤーを回収することである。しかしその前に彼らは野暮用を一つ、というか観光を一つしておくことにした。


「カムイから写真を見せてもらってはいたが、コイツァ……」


「世界の再生。容易ではないと最初から覚悟はしておったが、これを見るとその覚悟も鈍りそうじゃ」


 山陰の拠点のすぐ近くにある、小高い山の上。そこから見えるのは、大地から猛烈な勢いで立ち上って渦を巻く瘴気。つまり〈魔泉〉だ。初めて直に見る〈魔泉〉の様子に、アーキッドは「参った」といわんばかりに頭をかき、ミラルダは形のいい眉を盛大にひそめた。誰もが〈魔泉〉と吹き荒れる瘴気に圧倒されて言葉を失っていたなか、不意にキキがこう呟いた。


「時間が、かかる」


「そうね……。十年か、それとも二十年か……」


 難しい顔をしながらそう応じたのはカレンだ。これまで数多くのプレイヤーとユニークスキルを見てきたが、それでもあの〈魔泉〉をどうにかする手段を思いつかない。そしてプレイヤーたちは日々の生活に精一杯で、対策を講じるような段階にはないのがこの世界の実情だ。〈魔泉〉をどうにかできるようになるまでには、長い時間が必要であることは容易に想像できた。


「たぶん、もっとかかる」


「なぜそう思うのじゃ?」


 ご自慢の尻尾をユラユラと揺らしながらそう問い掛けたミラルダに、キキは自分で開いたアイテムショップの、とあるアイテムのページを見せる。アイテムの名前は【若返りの秘薬】。今まではラインナップに並んでいなかったアイテムだ。


「コレ、キキがリクエストしたのか?」


「ん、今さっき」


 少し得意げにキキはそう答えた。【若返りの秘薬】の効能は、「一粒につき一歳若返る」というもの。加齢と寿命に怯え、アンチエイジングと延命のために日々散財している人々にしてみれば、まさに福音のようなアイテムである。世が世であれば、これを巡って戦争が起こってもおかしくはない。


 問題はそのお値段だ。なんと一瓶35粒入りで300万Pt。つまり一歳若返るのに10万Ptもかからない計算だ。詐欺を疑う安さ、と言っていい。


 だがしかし、アイテムショップでこうして売っているのだから、詐欺ということは考えられない。ということは本当に、【若返りの秘薬】には「一粒につき一歳若返る」という効能があり、35粒入りのそれをたった300万Ptで買えるのだ。


 300万Ptという数字だけを見れば、決して安くはない。だが例えば、35年かけて300万Ptを溜めるとすれば、かなり現実味がある。それくらいならばむしろ容易なはずだ。他にも五人で60万Ptずつ出し合うなどして、費用を折半するという方法もある。現時点でさえ300万以上のポイントを保有しているプレイヤーはいるだろうし、また【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のような手段もある。それらを考え合わせれば、300万Ptというのはまさに破格の価格設定、と言っていい。


 そしてこの、普通に考えればありえない価格設定から、ゲーム主催者(オーバーロード)たちの思惑をある程度推測することができる。つまり彼らはこのデスゲームが十年や二十年程度でクリアできるとは、まったく考えていないのだ。


 それどころか百年や二百年の単位で時間がかかるものと思っている。ただそれでは、プレイヤーの中にはクリアの前に寿命で死んでしまうものが現れる。それではまずい、あるいは不公平だということで、その救済措置がこのアイテムとこの価格設定なのだろう。


「百年や二百年って……」


 あまりに長大な時間スケールに、カレンは眩暈がするのを感じた。そんな時間の単位、歴史の授業くらいでしか馴染みがない。世界の再生のためにそれだけの時間が必要と言うのはまだ理解できるが、自分がその時間を生きるかも知れないと言うのは、カレンには想像が及ばない。


「大したことはないでしょう、百年や二百年くらい」


「うむ。気付けばそれくらいの時間は過ぎているものじゃ」


 一方でイスメルやミラルダはその時間をごく当たり前のものとして捉えているようだった。恐らくその時間感覚は彼女達の種族に由来するものだろう。その違いにカレンは少しだけ気圧される。


「これだから大年増は」


 しかし次の瞬間、キキがぼそりと呟いたその言葉にカレンは思わず吹き出した。それを見て約二名の眼が怪しく光る。


「何か言うたかえ、キキ~?」


「お、お約束の反応ぐっじょぶ……! あ、でも頭グリグリは止めて……」


 カレンの方も……。


「次の稽古は厳しくする必要がありそうですね? 私がまだ若いという事を骨身に叩き込んであげましょう」


「ひ、ひぃ~! し、師匠!」


 女性陣が楽しげに騒ぐのを見て、アーキッドは喉を鳴らして笑う。それから彼は〈魔泉〉の方に視線を戻してこう言った。


「なんにせよ、それくらいの難敵ってことか。この〈魔泉〉は」


 やれやれと言わんばかりの口調でアーキッドはそう呟いた。直接的な有効策がないことだけが問題なのではない。そもそも普通のプレイヤーであれば、高濃度の瘴気のせいで〈魔泉〉には近づくことすらできないのだ。仮にそこをクリアしたとしても、いよいよ間近まで接近すればカムイ曰く「化け物」が現れる。問題は山済みだった。


「はたしてそう、いえそれだけでしょうか?」


 そう疑問を呈したのは、カレンを脅し終えたイスメルである。彼女は〈魔泉〉の方を見ながら、さらにこう言葉を続けた。


「この〈魔泉〉が大きな障害であることは事実でしょう。しかも〈魔泉〉は恐らく複数ある。その全てをどうにかするには、確かに数百年と言う時間が必要になるでしょう。しかしそれら全てをどうにかしたからと言って、それで世界を再生できたと言えるわけではありません」


〈魔泉〉をどうにかしても、それは瘴気がもう増えないということでしかない。世界は相変わらず瘴気に汚染されており、そのままでは世界を再生したとはとても言えないだろう。むしろ世界の再生は〈魔泉〉をどうにかしてから始まるものなのだ。


「やはりこの世界を緑で埋め尽くすまでは、世界は再生されたとは言えないのです」


「うん、まあ、そうだろうな」


 アーキッドは苦笑しながらそう応じた。イスメルの言っていることは至極真っ当なはずなのに、私利私欲がダダ漏れになっているように聞こえるのはどうしてだろう。間違いなく日頃の行いのせいだ、とカレンは思った。そんな弟子の内心は意にかえさず、というより気付くことすらなく、イスメルはさらに続けてこう言った。


「それに、覚えていますか? 初期設定のときに教えてもらった、【滅びた世界】の定義を」


 アーキッドら五人はそれぞれ、初期設定のときに滅びた世界の定義を尋ねている。そしてその時の答えは全員同じだ。曰く「文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体が死滅した世界」。それが滅びた世界の定義である。


 逆を言えば、この世界を再生するには、つまり滅びた世界ではなくするには、「文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体」がどうしても必要、ということだ。だが現在、この世界にはプレイヤー以外の知的生命体はいない。全て死滅してしまっている。そういう世界でデスゲームを始めたのだから、当然の前提である。


「ずっと考えていました。もしプレイヤーがいなくなった時に、この世界に知的生命体が皆無なのだとしたら、果してそれをクリアと呼べるのだろうか、と」


「師匠……、そんなこと考えていたんですね……」


「当然です。貴女は私をなんだと思っているのです?」


「ダメエルフだと思っていますが、何か?」


「……まあ、今はいいです」


 閑話休題。師弟漫才は置いておくとして。


「ふむ……。つまりクリアのためにはプレイヤー以外の知的生命体が必要、ということじゃな?」


「私はそうだと思っています」


 ただ思っているだけで、解決の方策があるわけではない。そういう意味では〈魔泉〉と同じだ。今は放置するしかない。


「とりあえず見るモンは見た。下りるとしようぜ」


 アーキッドに促され、五人は山を降りる。その道すがら、カレンは自分の足取りが重いように感じた。体調がおかしいわけではないし、まして瘴気の影響を受けたわけでもない。あんな話を聞いたからだ、とカレンは思う。


 このデスゲームをクリアするのに、長い時間がかかることは覚悟していた。ただそれが百年二百年あるいはそれ以上になるというのは、彼女の想像の範疇を超えている。


(もしも……)


 もしもクリアに二百年の時間がかかったとして、その時間を戦い抜いてもとの世界に帰った自分は、果して〈藤堂鈴音〉といえるのだろうか。


 彼女が藤堂鈴音として生きた時間は、これまでの十六年とちょっと。それに対し二百年という時間をプレイヤー【Karen(カレン)】として生きたら、その自分はもうあの世界の人たちが知っている〈藤堂鈴音〉ではなくなってしまうのではないだろうか。だとしたら、それはもう死んでしまったこととおなじではないだろうか。その可能性を想像して、カレンは思わず身震いした。


 この世界に来たことを後悔したりはしない。もし来ることを躊躇ったとしたら、自分はその事をこそ一生後悔しただろう。そしてまた病院で横たわる正樹に縋りついて泣くのだ。「ごめんなさい」と。


 そんなのはイヤだ。彼を助けられるのなら助けたい。そう思ったからここへ来た。そのことに後悔などしない。それはこれからも変わらない。


(だけど……)


 けれどもその結果、自分がまったくの別人になってしまうのだとしたら。そしてそれを止めようがないのだとしたら。


 それは、ひどく、怖い。


「まだ起こってもいないことに怯えるのはおやめなさい。案外なんとかなるものですよ。その時になれば」


 ポン、とカレンの頭に手を置いて優しくそう言い聞かせたのはイスメルだ。彼女のやわらかい微笑を見て、カレンの肩からフッと力が抜けた。それを見てイスメルは一つ頷くと、彼女を追い越して他の仲間の背中を追った。


 立ち止まったカレンもまた、イスメルの背中を追って歩き始める。彼女の言うことも分かる。起こってもいないことに怯えるのは、確かに愚かなことだ。


 だがイスメルにはこの感情を本当のところまで理解することは出来ないだろう。カレンはそう思った。なぜなら彼女は長命な種族だから。エルフは百年二百年という時間を普通に生きる。だからその時間に対する感じ方や捉え方が短命な人間とは根本的に違う。人間であるカレンとは価値観が違うのだ。


(まずは、生き残らなくっちゃ……!)


 まずはその事を考える。カレンは自分にそう言い聞かせた。まずは今日を生き残らなければ、百年二百年という時間は見えてこない。だからまずは今日を生き残り、その次は明日を生き残る。


 問題の先送りだと言うことは分かっている。けれども先送りする以外に、どうしようもない。先送りばっかりでいやになるな。カレンはそう思った。


 山を下りて山陰の拠点に戻ってくると、アーキッドらは早速プレイヤー探しを始めた。使うのは毎度お馴染みの【導きのコンパス】だ。


《ここから一番近いプレイヤーの拠点》


 指定された条件に従い、【導きのコンパス】がクルクルと回ってからある方向を指し示す。南東よりの方角だ。アーキッドは地図を広げると、現在地からその方向へ一本線を引いた。よし、と呟いてから彼は二つ目の【導きのコンパス】を取り出した。そしてそれにもまた条件を入力する。


《ここから二番目に近いプレイヤーの拠点》


 今度は北西よりの方角を指し示す。その方角に、また地図上に一本線を同じようにして引く。それからアーキッドは三つ目の【導きのコンパス】を取り出し、また条件を入力する。


《ここから三番目に近いプレイヤーの拠点》


 これは西南西の方角を指した。これも同じように、地図上に線を引いておく。そして四つ目の【導きのコンパス】を取り出した。


《ここから四番目に近いプレイヤーの拠点》


「この方角は……、海辺の拠点の方向だな」


 四つ目のコンパスの方角を地図上で確認し、アーキッドはそう言った。四番目が海辺の拠点ならば、五番目はそこへ戻ってから改めて探した方がいいだろう。つまり今回探すプレイヤーが取り残されて孤立している、少なくともその可能性のある拠点は三つと言うことだ。


「ふむ、今回は比較的少ないの」


「少ないのはいいですけど、見事に方向がバラバラです。人数によっては、時間がかかりそうですね……」


「一度全員をここへ集めて、それから海辺の拠点に向かった方がいいかもしれませんね」


 線が三本引かれた地図を囲みながらカレンたちはそれぞれ意見を言い合う。アーキッドはそれを黙って聞いていたが、頃合を見計らっておもむろに地図上に指を伸ばした。彼が指差すのは一番近い拠点の方へ伸ばされた線だ。


「まずはこの一番近い場所へ行く。二番目と三番目は、まあそれから考えればいいだろ」


 アーキッドがそう方針を決めると、他の四人は揃って頷いた。時間を確認すると、休むにはずいぶんまだ早い。それで彼らは荷物を片付けると、早速最初の目的地へ向かうことにするのだった。


(今はこれに集中しよう……)


 天馬【ペルセス】の背に跨り、イスメルに後ろから抱きつきながら、カレンはそう思った。先送りにしている問題は数多く、しかもそのどれもが深刻だ。しかしだからこそ、目の前の問題を一つ一つ片付けていくしかないのだ。カレンはそう思った。


「んじゃ、行くぜ」


 アーキッドが〈獣化〉したミラルダの背に乗り、【導きのコンパス】の指し示す方角を確認しながらそう言った。そして彼が指差す方向に、ミラルダは走り出す。その背中を追ってイスメルも【ペルセス】を走らせる。


 こうして今回のプレイヤー探しは始まった。


 ちなみに。一度だけ取った休憩のときの話である。キキがシステムメニューの画面を開き、ポイント獲得のログを確認するとそこにはこうあった。


《他のプレイヤーが【若返りの秘薬】を購入した! 60,000Pt》


 キキがそのアイテムをリクエストしてから、まだ二時間弱しか経っていない。それなのに一つ300万Ptもするアイテムがもう二つも売れている。


「女性プレイヤーだな」


「うむ、間違いあるまい。恐らくは折半したのであろう」


「デスゲームは始まったばかりですし、まだ必要があるとは思えませんが……」


「必要はない。でも、需要はある。つまりウハウハ」


「それが女心ってものですよ、師匠」


 五人はそんなふうに感想を言い合うのだった。



 ― ‡ ―



《目的地に到着しました。ナビゲートを終了します》


 そんなメッセージを残して、【導きのコンパス】がシャボン玉のエフェクトに包まれて消える。五人が山陰の拠点から一番近いプレイヤーの拠点にたどり着いたのはその日の夕方、辺りが薄暗くなってきた頃だった。


「ここ、か」


 アーキッドはそう呟き、ミラルダの背から下りる。彼の視線の先にあるのは、洞窟の入り口だ。小さな入り口で、キキはともかくアーキッドは屈まなければ中には入れそうにない。〈獣化〉したミラルダは絶対に無理だ。


「失礼、誰かいるか!?」


 アーキッドはすぐに中には入らず、入り口のところからそう声をかけた。すると少しして中から女性の声で返事があった。


「あ、あの……。ど、どなたでしょうか……?」


 その声は少し不安げで警戒が滲んでいる。それも当然であろう。恐らくこの女性にとってアーキッドらは、初めて出会う外からのプレイヤーだ。今、彼女の頭の中では様々な可能性が浮かんでは消えているに違いない。


「見た目ほど怪しくはない者たちだ」


 アーキッドは自信満々な様子でそう答えた。そんな彼の様子を見て、カレンは小さくため息を吐く。彼のこの自己紹介(?)は、実はいつものことである。曰く「どうせ怪しく見えるのだから、どうせならユーモラスに」ということらしい。ただ「わたしを怪しい者のくくりに入れないでください」というのがカレンの正直なところである。


「は、はあ……」


 案の定、奥から聞こえてくる声も困惑気味である。これもいつものことだ。まともな人間であればあるほど、困惑せずにはいられないのである。ということはこの女性はまともな方だということで、カレンはちょっとだけ胸を撫で下ろすのだった。


「阿呆。見えておらんのに見た目がどうのと言うても意味がないじゃろうが。あ~、失礼したの。もう気付いておると思うが、妾たちは今さっきここへきた者たちじゃ。【導きのコンパス】というアイテムを使っての。五人のパーティーで、うち四人は女じゃ。中に入ってもいいかのう?」


 ミラルダは呆れ気味にアーキッドの頭を叩くと、彼の代わりにもう一度洞窟の中へ声をかけた。女性の声で、しかも女性の方が圧倒的に多いと聞き、中にいるプレイヤーも安心したのかもしれない。少し間があったが、やがて「どうぞ」という返事があった。


 家人の許しが出たところで、カレンたちは連れ立って洞窟の中へ入っていく。先頭はミラルダで、最後尾はイスメルだ。洞窟に入ってすぐのところに四畳ほどのスペースがあり、そこには栗毛の女性プレイヤーが一人。年の頃は二十歳前後か。彼女は少し顔を強張らせながらも、「ようこそ」と言って彼らを出迎えた。ただし【簡易結界一人用】の中から。


(ま、当然よね)


 カレンはその対応に怒るでもなく、むしろ当然のこととして受け止めた。初対面のプレイヤーを、しかも自分は一人なのに対し相手は五人なのに、いきなり信用できるはずもない。用心して簡易結界の中に篭るのは当たり前のことだった。さらにカレンはその女性プレイヤーの姿を見て、彼女が用心を重ねなければならないもう一つの理由に気がつく。


 お腹が、大きくなっている。要するに妊娠しているのである。そのことに気付き、カレンら五人は一様に目を見開いた。


 つい数時間前、彼らは「クリアのために必要な、プレイヤー以外の知的生命体をどうするのか?」という問題について話していた。その答えが、今目の前にある。


 つまりプレイヤー同士で子供を作るのである。そしてプレイヤーの子孫によってこの世界に文明を起こす。それがこのデスゲームの、いわば攻略法なのだ。


 攻略法がそれしかない、ということはないだろう。特に知的生命体のことだが、カレンたちプレイヤーのように、別の世界から召喚することも手段としてはアリなはずだ。しかしそうだとしても、どうしようもないと判断して先送りにした問題の解答がこうも早く見つかってしまうとは、やはり大きな衝撃だった。


「あの……、お見苦しい姿で、申し訳ありません……」


 自分が妊娠していることに驚いていると気付いたのだろう。女性プレイヤーが気まずそうにそう言った。もしかしたら彼女自身、この厳しいデスゲームの最中に子供を身篭ってしまったことを、心のどこかで不謹慎と感じていたのかもしれない。


 ただ、それは無用な心配と言うべきであろう。特に今の場合、勝手に驚いたアーキッドらのほうが不躾なのだ。それで五人は慌てて取り繕った。特に女性陣は親身だ。


「何が見苦しいものかえ。大事なときに上がり込んでしまい、すまなかったのぅ」


「見たところ顔色も良いですし、喜ばしいことです」


「こりゃまたレアな……。ぐふふ」


「え、えぇっと……。ぎゅ、牛乳飲みますか!?」


 四人が立て続けにそう言うと、女性プレイヤーは一瞬ポカンとした顔をしてから、クスクスと小さく笑い声を上げた。それから「お気遣いありがとうございます」と言う。その表情は柔らかく、どうやら肩の力が抜けたようだった。


「いや、失礼した。ところで一つお伺いしたいのだが……」


「はい、なんでしょうか?」


「オレは【ARKID(アーキッド)】という。そちらのお名前を頂戴しても?」


 アーキッドが少し気取った仕草でそう尋ねる。それを見て女性プレイヤーはクスリと小さな笑みを浮かべた。それから穏やかな表情で名前を名乗った。


「【Susia(スーシャ)】と申します」


 そう言って女性プレイヤー、スーシャは小さく頭を下げた。それからカレンら四人も順番に自己紹介をしていく。それも一通り終わり、腰を下ろし落ち着いて話をしようとしたところで、イスメルが不意に洞窟の入り口の方へ鋭い視線を向けた。


「誰かが来ます」


「あ、たぶん……」


「スーシャ、ただいま……、って、誰だお前ら!?」


 洞窟の中に入ってきたのは、一人の男性プレイヤーだった。彼はスーシャしかいないはずの洞窟の中にアーキッドらの姿を見つけ、驚いて声を上げる。そして次の瞬間には顔に敵意を浮かべ、手甲を装備した両腕を構えた。


「スーシャから離れろ!」


 男性プレイヤーがそう叫ぶと同時に、彼の手甲から炎が噴出した。恐らくはそれが彼のユニークスキルなのだろう。突然の出来事に反応が遅れたカレンは、視界を覆う炎を見ながらぼんやりとそう思った。


「ぐえ!?」


 次の瞬間、カレンは潰されたカエルのような声を出した。イスメルが彼女の襟口を掴んで引張り、無理やり後ろへ下がらせたことで首が絞まったのだ。


 カレンを下がらせると同時に、イスメルは前に出る。そして空いていた片手で腰に吊るした双星剣の片方を抜き、迫り来る炎に対して鋭く一閃した。その一振りはあまりにも速く、その場にいた誰一人として目で追うことができなかった。ただ炎を切り裂く銀色の軌跡を一筋、認めただけである。


「えっ……!?」


 かき消された、いや切り裂かれた炎の残滓が消える。男性プレイヤーはそれを呆然としながら見送った。しかし彼もまた退くわけにはいかない。悔しげに顔を歪めながらもう一度炎を使おうとする。だがそれより早く、イスメルが剣の切っ先を彼の鼻先に突きつけてその動きを封じた。


「スーシャさん、この方は?」


 男性プレイヤーから視線を外さずに、イスメルはスーシャにそう尋ねた。剣の切っ先は突きつけたままだ。炎を切り裂いたことといい、彼女が尋常な剣士でないことは明白で、そのためスーシャは慌てた様子でこう答えた。


「か、彼はわたしのパートナーですっ! シグ、この人たちは外から来た人たちで、悪い人たちじゃないわ!」


 スーシャがそう必死に弁護したことで、シグと呼ばれた男性プレイヤーは怪訝な顔をしつつも構えていた両腕を下ろした。それを確かめてから、イスメルも剣を引いて鞘に収める。そして目礼してから静かに一歩退いた。


「スーシャ!」


 イスメルのプレッシャーから解放されたシグは、まず真っ先にスーシャのもとへ駆け寄った。彼女は簡易結界の中にいるのだが、シグは阻まれることもなくスルリと結界の中に入る。どうやら結界は一人用ではなく二人用だったらしい。


 余談になるが、アイテムショップで売っている【簡易結界】のシリーズは幾つか種類があり、そのどれもが非常に優秀な防御性能を誇っている。どれくらい優秀かというと、イスメルが本気でやっても切れないくらい優秀だ。ちなみにその時の彼女はすごく悔しそうな顔をしていた。そしてそれだけの防御性能を持っているから、シグも躊躇なく炎を放つことができたのだろう。


 まあそれはともかくとして。簡易結界のなかでは人目を憚らずにシグがスーシャのことを気遣っている。


「スーシャ、大丈夫か!? 怪我とかしてないか!?」


「大丈夫よ、シグ。ずっとこの中にいたんですもの」


「スーシャはちょっとのん気すぎるよ……。今は大事な時期なんだから、もっと自分を大切にしないと……」


 先ほどまでとは一変して心配そうなシグの声に、なぜかミラルダが「うんうん」と頷く。そしてその隣ではアーキッドがとてもヘンな顔をしていた。それに気付いたミラルダがにんまりと笑みを浮かべて彼をからかう。


「なんじゃ、妬いておるのかえ?」


「妬いてねぇよ」


「ふふ。拗ねるでない、拗ねるでない。そなたの子はいずれ妾が生んでやるゆえ、のう?」


 どこまで本気なのか、ミラルダは妙に艶っぽい笑みを浮かべながらそう言った。アーキッドは苦笑して聞き流しているが、カレンは思わずギョッとしてしまう。キキは喜んでいるのか「おお!」と歓声を上げて目を輝かせていた。


「……あの、皆さん。先程は申し訳ありませんでした。僕は【Sigurd(シグルド)】といいます」


 スーシャの無事を確かめて安心したのだろう。そう言って男性プレイヤー、シグ改めシグルドは落ち着いた様子で自己紹介した。カレンはそんな彼を改めてよく観察する。身長は170センチ強。髪は鳶色で、年はスーシャと同じく二十歳前後に思えた。両腕に装備した手甲以外に武器は持っていないようなので、どうやら格闘術と先ほどの炎を駆使して戦うスタイルのようだ。


 シグルドに対してもアーキッドらは自己紹介をする。全員分の自己紹介を終えたところで、アーキッドは「いいモノを見せてやる」と言ってシグルドとスーシャを洞窟の外へ連れ出す。そして指をパチンと鳴らして【HOME(ホーム)】を呼び出した。


「え、ええ!?」


「これは一体……!?」


 突然、豪奢な屋敷が目の前に現れ混乱する二人。その反応を十分に楽しんでから、アーキッドはコレが自分のユニークスキルであることを説明し、二人を中に招き入れた。そしてリビングのソファーに座るよう勧める。ちなみにこのリビングは二人が拠点にしていた洞窟よりもかなり広い。


「わぁ、すごい……」


 やわらかいソファーに腰を下ろしたスーシャが歓声を上げる。カレンが「お風呂もあるんですよ」と教えると、彼女は「本当ですか!?」と言って目を輝かせた。やはり女性にとって【全身クリーニング】とお風呂は別物らしい。


 時間は少し早いが、夕食を食べながら話をすることになり、女性陣は嬉々としながらメニューを選んだ。ちなみにアーキッドらのおごりである。


「ほれ、もっと食べんか、スーシャ。お腹の子供のためにも、もっと滋養を取らねばならぬぞ?」


「あ、ありがとうございます。あ、あはは……」


 ミラルダが差し出したミネストローネを、スーシャは少し顔を引き攣らせながら受け取る。メニューを選び始めてからずっとこの調子で、彼女のお皿の上はすでに料理で一杯だった。


「こんなに食べられません」と彼女は小さな声で呟くが、それは誰の耳にも届くことはなかったらしい。さらにイスメルが「これもどうぞ」と言って、メロンの生ハム巻きをスーシャに差し出す。彼女は困り顔になりながらもそれを受け取っていた。


「……それで、あの。皆さんはどういったご用件でここへ来られたのでしょうか? その、ここへ来るのも大変だったと思うのですが……」


 食事が始まって少しすると、シグルドが躊躇いがちにそう尋ねた。フォークに突き刺したソーセージをひと齧りしてから、アーキッドは少し得意げにこう答える。


「俺たちはあちこちの拠点を渡り歩いているんだ。当然、瘴気への備えもそれなりにある」


「それは……、正直羨ましいです。僕たちはここからずっと動けなかったので……」


 シグルドがそういうと、スーシャも頷いてそれを認めた。彼らのその境遇に特別の不思議はない。きっと高濃度の瘴気に阻まれて身動きが取れなかったのだろう。今までに何度も見てきた事例である。もっとも、今二人が動くに動けないのは、高濃度の瘴気だけが原因ではないだろう。


「あの……! それで、その、なんといいますか……」


「別の拠点に連れて行って欲しいというのであれば、遠慮する必要はないぞえ?」


「ああ、こっちは最初からそのつもりだしな」


「本当ですか!?」


 シグルドが歓声を上げる。そんな彼に一つ頷いてから、アーキッドは地図を取り出してテーブルの上に広げてみせた。【測量士の眼鏡】をずっと装備していた甲斐あって、記載された範囲はまた大きく増えている。その地図上の南の沿岸部を指差して彼はこう言った。


「この辺にプレイヤーの拠点がある。人数はだいたい一二〇名ほど。まあ結構大きい拠点だな」


「少し、遠いですね……。もう少し近くに別の拠点はないんでしょうか……?」


「ない。いや、まあ、あるっちゃある。二箇所ほどな。ただ、どっちもここと同じような状況だろう」


 それどころか、その二箇所はここよりも〈魔泉〉に近い。それでここよりも状況はかえって悪いかもしれなかった。それに二箇所ともプレイヤーの数はそう多いとは思えない。そういう拠点に合流しても、状況はあまり良くはならないだろう。


「そう、ですか……」


「もっとも、この海辺の拠点もなかなかスリリングな場所だ」


 そう言ってにやりと笑みを浮かべると、アーキッドは海辺の拠点について簡単に説明を始めた。〈世界再生委員会〉や〈騎士団〉のこと、浄化樹のこと、そしてなりより〈侵攻〉のこと。


「10万規模のモンスターの大群……。そんなことが……。本当にその拠点は安全なんですか?」


「ああ。当然、殲滅は無理だが、拠点への侵入は防いでいる。俺も二度ほど端っこで戦ったが、練度も高い。10万という数から受ける印象ほど、切羽詰まっちゃいないさ」


 ポイントも相応に稼げるしな、とアーキッドは少しおどけて付け足した。シグルドも表情を緩めて「それは魅力的ですね」と応じる。やっぱり稼ぎには苦労しているのかな、とカレンは思った。


「……ところで、スーシャは動けんのじゃろう? 日々の稼ぎは足りておるのか?」


 ミラルダもカレンと同じことを思ったのだろう。シグルドにそう尋ねた。すると彼はスーシャと顔を見合わせ、少し情け無さそうにしながらこう答えた。


「お恥ずかしいことですが、一人では十分に稼げているとはいい難いですね。ただ……」


「妊娠すると、毎日ポイントが入るみたいなんです」


 シグルドの言葉を引き継いで、スーシャがそう言った。そして「ほら、これです」と言って、ポイント獲得のログを見せる。そこにはこのようにあった。


《妊娠している! 50,000Pt》


 ポイントは基本的に、「世界の再生に資する」と判断された場合に発生する。その理論でいえば、つまり妊娠することは世界の再生に資するということだ。そこにはプレイヤー以外の知的生命体を生み出すことが関係しているのは、まず間違いない。攻略の方向性に、いわばシステムのお墨付きが出た形だ。


 加えて、これには救済措置の側面もあるのだろう、とカレンは思う。当たり前のことだが、身重の状態でモンスターと戦うのは危険すぎる。しかし戦わなければポイントと日々の糧を得ることができない。とすれば、妊娠は女性プレイヤーにとって大きなハンデになってしまう。その不公平を解消するための救済措置が、このポイントなのだ。


「なるほど、つまりはヒモか」


「甲斐性なし」


 シグルドに言葉の刃がグサグサと突き刺さる。その姿があまりにも哀れで、カレンは慌てて話に割り込んだ。


「ス、スーシャさんの方にポイントが付くのは分かりましたけど、シグルドさんのほうはどうなんですか?」


「あ、いや、実は、その……、僕の方は、なにも……」


 シグルドは言いにくそうにしながらそう答えた。どうやら妊娠することは「世界の再生に資する」が、させる方はそうではないらしい。発覚してしまったその事実にカレンは頬を引き攣らせるが、ミラルダとイスメルは大真面目に頷いた。


「当然じゃな」


「当たり前です」


 この二人はこの二人で容赦がない。シグルドはますます肩を落としてしまった。もう見ていられなくて、カレンは強引に話題を変えた。


「そ、それで海辺の拠点に移動するって話なんですけど!」


「ん、ああ。そういえばその話だったな」


 幸い、アーキッドはそれ以上悪乗りすることなく話題を変えて、いや元に戻してくれた。彼はシグルドの方を見ると、改めてその意志を確認する。


「……行きます。連れて行ってください。生まれてくる子供のためにも。ここにいても、先は見通せませんから。それでいいね、スーシャ?」


 シグルドがそう尋ねると、スーシャは「はい」と言って頷いた。それを見てアーキッドは「分かった」と言って笑みを浮かべた。そして彼は地図上のある一点を指で指し示す。そこは彼らが数時間前にいた、かつて山陰の拠点と呼ばれていた場所である。


「ここに実は瘴気濃度の低い場所がある」


 そう言って、アーキッドはかつてそこに五十人規模のプレイヤーがいたことをぼかした。そしてそのままさらにこう言葉を続ける。


「他の二箇所からもプレイヤーを回収してくるつもりだから、その兼ね合いでまずはここで待っていてもらおうかと思ったんだが……」


 アーキッドがそう言うと、シグルドは難しい顔をした。そんな彼の隣では、スーシャが申し訳なさそうな顔をしている。


「今は、スーシャをできるだけ動かしたくないんです」


「ま、そうだろうな。そんじゃあ、お二人さんにはここで待っていてもらうか」


 そう言ってアーキッドはあっさりと方針を変えた。それにここは山陰の拠点よりも南にある。つまりここの方が海辺の拠点には近い。それで他の二箇所からプレイヤーを回収し、それから最後にもう一度ここに寄る、ということで話はまとまった。


「それはそうと、お前さんたち、メッセージ機能は使えるか?」


「メッセージ機能? なんですか、それは?」


 シグルドもスーシャもきょとんとした顔をしたので、アーキッドはアイテムショップで【システム機能拡張パック2.0(フレンドリスト&メッセージ機能)】を検索し、そのページを二人に見せる。そのページを覗き込んだ二人は、揃って「へぇ~」と感嘆の声を出した。


「こんなアイテムがあったんですねぇ……。でも100万Ptは、ちょっと高い……」


 シグルドがそう言うと、アーキッドはその言葉を待っていたと言わんばかりにニンマリとした笑みを浮かべた。人を丸め込んで高額の商品を買わせるセールスマンの顔だ。


「そんなお前さんたちに、とっておきの話がある」


 そう言ってアーキッドは二人に、キキのユニークスキル【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のことを話した。ただいくら無利子とはいえ手数料は取られるし、何より借金であることに変わりはない。そのせいなのか、シグルドはどうも乗り気ではなかった。しかしその横に座るスーシャは毅然とした口調でこう言った。


「借ります。貸してください」


「スーシャ!? いや、でも借金だよ、これは!?」


「だけど連絡を取り合うためには、どうしてもメッセージ機能が必要なのよ?」


「それはそうだけど……! でも一つくらいなら借金しなくても買えるよ」


 ポイントが必要ならもっと僕が頑張って稼ぐから、とシグルドはスーシャに言った。なんだか夫婦みたいな会話だな、とカレンは思った。いや、法的に届け出る場所がないだけで、実質的にはほとんど夫婦であると言っていいのだが。


「あ~、お二人さん。明日の朝までに決めてくれればいいから。部屋を用意するから、そこでゆっくり話し合ったらどうだ?」


 少し紛糾しそうだったのでアーキッドがそう提案すると、二人は少し考えてからその言葉に頷いた。ちょうど食事も終わったので、二人はイスメルに案内されて二階の客室に向かう。他の四人はリビングからその背中を見送った。


「……しっかし、まさか妊娠しているプレイヤーがいるとは思わなかったぜ」


 三人の姿が見えなくなったところで、食後のお茶を啜りながらアーキッドがそう呟いた。


「ふむ、そうかのう? 驚いたことは確かじゃが、これまでにも男女の仲になっていたプレイヤーはそれなりにいたではないか。そう不思議なことではあるまい?」


 ミラルダの言うとおり、そういうプレイヤーはこれまでにも見てきた。それどころかまさに彼ら自身がそういう仲だ。そしてやる事をやっていれば、結果が出るのは自明の理である。世界は違えども共通する真理というヤツだ。


 それでもアーキッドが驚きを感じたのは、これがデスゲームだからだろう。設定された舞台の上、送り込まれてきたプレイヤー同士の間に子供ができるとは思っていなかったのだ。


「今後の攻略のためにも、ぜひ詳しい話を聞いておくべき」


 そう主張したのはキキだ。その言葉はきっと正しいのだろうが、しかし彼女が浮かべる笑みは邪念がダダ漏れだった。孤立した、しかも極限状態で男と女が二人きり。確かにおあつらえ向きのシチュエーションではある。どんなラブロマンスが展開されたのか。カレンとしても聴取に協力するのはやぶさかではない。


「止めとけ止めとけ。無粋だぜ。それよりも、だ」


 アーキッドはそう言ってキキをたしなめてから、出しっ放しになっていた地図の上に二つのコンパスを置いた。どちらとも【導きのコンパス】で、それぞれこれから訪ねる目的地を指し示している。


 彼はその方角を確認すると、地図上に現在地から二本の線を引く。その線はそれぞれ、山陰の拠点で引いておいた線とぶつかって交差する。つまりその交点こそが、目指すべき拠点の位置だ。


「よし。ちょっと距離があるが、まあ大したことはないだろう」


 アーキッドは地図を確認して大きく頷く。どのみち【導きのコンパス】に従って動くことに変わりはないのだが、大まかでも場所が分かっているとずいぶん気がラクになるのだ。そして顔を上げると、階段を下りてくるイスメルの姿が眼に入った。どうやら二人を部屋に案内してから戻ってきたようだ。


「ご苦労さん、イスメル。二人の様子はどうだった?」


「ダブルベッドを見て多少動揺していましたね。お風呂の使い方が良く分からないようだったので、説明しておきました。それと浄化樹の素晴らしさを語っておきましたので、おそらく【Prime(プレイム)Loan(ローン)】は利用することになるでしょう」


「そうか、ありがとさん」


 ブレないその姿勢に苦笑しつつも、アーキッドはそうイスメルに礼を言った。そして彼女がソファーのいつもの場所に座ると、改めて全員を見渡してからこう言った。


「さて、ここまでは順調だ。こっから先もこの調子で頼むぜ」


 その言葉に四人は揃って頷き返事を返す。そして堅苦しい話はそこで終わりにして、後はいつも通りに過ごした。


 さらにその一時間ほど後、相談が終わったらしいシグルドとスーシャがリビングに戻ってきた。【Prime(プレイム)Loan(ローン)】は利用し、後で浄化樹に投資することにしたそうだ。思惑通りの展開になり、イスメルは満足そうな笑みを浮かべていた。


 シグルドもスーシャもメッセージ機能が使えるようになったので、早速その場にいる全員とお互いをフレンドリストに追加しあう。それが終わった後、カレンたちはガールズトークを夜遅くまで楽しんだ。特にスーシャはこのデスゲームが始まって以来そういう機会が無かったせいなのか、よく笑いよく喋った。


 アーキッドとシグルドは、途中で席を外した。別の部屋でダーツやビリヤードをしていたという。彼らは彼らなりに楽しんだようだ。


 そして次の日、遅めの朝食を食べてから、シグルドとスーシャに見送られてアーキッドら五人は旅立った。目指す方角は北。二つ目の拠点を目指して、彼らはまた走り始めた。


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