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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
旅立ちの条件

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37/127

旅立ちの条件2

〈侵攻〉を切り抜けた次の日の朝、アーキッドらは予定通り山陰の拠点を目指して北へ出発した。その周辺で孤立してしまっているプレイヤーを回収し、ここ海辺の拠点まで連れて来るのが彼らの目的である。ついでに発見したプレイヤー相手に【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の能力を使ってポイントを貸付け、手数料をいただくという目的もあるに違いない。


「じゃあな。なかなか刺激的な拠点だったぜ」


 最後にアーキッドはそんな言葉を残した。カムイら四人に見送られ、彼らは海辺の拠点を後にする。イスメルとカレンは【ペルセス】に跨り、アーキッドとキキは〈獣化〉したミラルダの背に乗っている。そんな彼らの移動速度は早く、その背中はすぐに見えなくなった。


「あらら、もう行っちゃったか。ザンネン」


 そう言って苦笑を浮かべたのは、この拠点で活動している女性プレイヤー【Gerbera(ガーベラ)】だった。彼女はカムイら四人の隣に並ぶと、少し困ったような笑みを浮かべながら顔を北に向ける。ただ、アーキッドらの姿はもう見えない。


「ガーベラさんも見送りですか?」


「そのつもりだったんだけどねぇ……。浄化樹の様子を見ていたら遅れちゃった」


 失敗失敗、と言ってガーベラは大げさに肩をすくめた。少々芝居臭いその仕草に小さく笑みを浮かべながら、呉羽は彼女にこう言った。


「浄化樹、ずいぶん数が増えましたもんね」


「ええ、彼らのおかげよ。だからお礼を言いたかったんだけどねぇ」


 そう言ってガーベラはまた苦笑を浮かべた。キキのユニークスキル【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のおかげで、海辺の拠点にいるプレイヤーたちは多額のポイントを得ることができた。もちろんそれは借金なのだが、これによってポイント不足がかなりの程度緩和されたことに違いはない。「リンリンが小躍りしていたわ」とはガーベラの談である。


 そしてこの【Prime(プレイム)Loan(ローン)】によってもたらされた多額のポイントの恩恵を最も受けていたのが、他ならぬガーベラである。


 繰り返しになるが、この能力によって得られるポイントはあくまでも借金である。最初にとられる手数料の一割を除けば、無利子の催促なしというかなりの好条件であるとはいえ、しかし借金であることに変わりはなく、である以上いつかは必ず返さなければならない。そしてゲームクリアまでに返済できなかった場合、クリア報酬である願いを叶えることが出来なくなる。


 そうであるから多くのプレイヤーたちは次に、このポイントを元手にさらに多くのポイントを稼ぐことを考える。その場合、「高性能な装備を揃えてより多くのモンスターを倒す」というのが正攻法だ。というよりこれ以外にやりようがない、というのがこの世界の現状である。多額のポイントの回収を期待できるような、そんな商売をしているプレイヤーは、この世界にはまだいないのだ。


 だがここ海辺の拠点には、有望な投資先があった。いうまでもなく浄化樹である。


 浄化樹はガーベラのユニークスキル【植物創造(プラント・クリエト)】によって創造された植物で、瘴気を吸収して成長する。要するに瘴気を減らすわけで、その時ポイントが発生するのだ。


 そのポイントは基本的にマスターであるガーベラの懐に入る。しかし創造する際にポイントを負担すると、最大で五割がポイントを出資したプレイヤーに分配される。つまり浄化樹からポイントを得ることができるのだ。


 一本の浄化樹から得られるポイントはそれほど多くない。樹の成長具合も関係してくるが、現在ガーベラが育てている浄化樹だと、一本につき一日10,000~12,000Pt程度が限界である。全額出資したとして、一日5,000~6,000Ptだ。これは一人のプレイヤーが一日に必要とするポイントと比べ、決して十分とはいえない。


 だが浄化樹には大きなメリットもある。それは勝手にポイントを稼いでくれることだ。そして今後さらに成長すれば、稼ぐ額も増えていくことが見込まれる。しかも樹木であるため、一度植えてしまえば滅多なことがない限り数十年にわたってポイントを生み出し続けてくれるだろう。これはかなり魅力的な話と言っていい。


 それなのにこれまで浄化樹が増えなかったのは、ひとえに初期費用が高額だからである。サイズにもよるが、浄化樹を一本創造するためにはおよそ200万Ptが必要で、それが浄化樹が増えない最大の要因だった。


 ただそれくらいなら、だいたい二年もあれば初期費用を回収し、さらに黒字を出せる計算だ。費用対効果はかなりいい。樹が成長すれば、効率はさらによくなるだろう。だから初期費用さえ用意できるなら、浄化樹に手を出してみたいと思っていたプレイヤーは、実は結構多かったのだ。


 その初期費用を、今回【Prime(プレイム)Loan(ローン)】でまかなうことができるようになった。となれば借りた全額ではないにしろ、その一部を浄化樹に出資してみようと考えるプレイヤーが現れるのは、ある意味当然のことだった。


 特に〈騎士団〉の団長デリウスなどは、【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の上限一杯までポイントを借り、その全てを浄化樹につぎ込んでいる。彼のようなプレイヤーはあくまで例外だが、海辺の拠点にいるほとんどのプレイヤーが今回浄化樹への出資を行った。アーキッドらもイスメルが熱心に勧めていたこともあって景気良く出資してくれ、その結果、浄化樹の数は一気に200本近くも増えることになったのである。


 ちなみにこの内の20本ほどは、拠点の中に点在するように植えられた。これは、一言でいうなら雨対策だった。


 雲自体が瘴気に汚染されているのか、それとも上空から落ちてくるまでの間に瘴気を含んでしまうのか、それともまた別の要因があるのか、現状でははっきりとしたことは分からない。ただ、この世界で降る雨は瘴気によって真っ黒に汚染されている。だから雨が降ることは、つまり瘴気が降ることと同義で、それによってまた汚染が広がることになる。


 海辺の拠点でもそれは同じだ。実際、雨後はモンスターの出現頻度が高くなる。拠点のど真ん中にモンスターが出現することも度々あり、これは拠点の安全を確保する上で大きなリスクとなっていた。


 モンスターが出現するのが昼間であれば、特に問題なく対処できる。だがもしこれが夜であったら。夜に雨が降り、暗がりの中でモンスターが出現し、眠っているプレイヤーを襲ったとしたら。


 これだけ不利な条件が重なれば、後れを取ることは十分にあり得た。実際、夜中に拠点の中で出現したモンスターが原因で、これまでに死傷者も出ている。それで対策の必要性は前々から指摘されていた。


 これまではかがり火を焚いてさらに不寝番を立てる、といったことしかできなかった。これは言うまでもなく、モンスターが出現した場合に素早く対処するための対策だ。これらの対策は一定の成果は上げたものの、一方でそもそもモンスターを出現させないという点においては、ほとんど効果がなかった。


 そこで、浄化樹である。


 雨に含まれる瘴気は、一旦雨と一緒に地面に吸収される。そして地面から大気中に漏れ出て、それらが集まりモンスターが出現するのだ。なら地面から漏れ出しさえしなければ、モンスターは出現しないと考えられる。


 前述したとおり、浄化樹は瘴気を吸収する。ではどこから吸収するのかというと、主に葉と根から吸収している。つまり浄化樹に地中の瘴気を吸収させておき、雨が降った場合に新たな瘴気を全てそこに蓄えられるよう、あらかじめその分の容量を空けておこうという考え方だ。


 これで本当に上手くいくのかは、まだ分からない。成果を検証するには時間が必要だろう。なんにせよポイントは発生するので損をすることはあるまい。


 なお、拠点の中に植えられたこれらの浄化樹は、すべて〈世界再生委員会〉のメンバーが出資したものである。これは一種の威嚇であり、悪戯されて台無しにされるのを防ぐためだった。


 閑話休題。話を元に戻そう。


 浄化樹の数は一気に増えた。その結果、ガーベラの個人的な状況もかなり改善された。それは間違いなくアーキッドらがこの拠点に来てくれたそのおかげであり、だからこそガーベラは改めて彼らに礼を言いたかったのだ。


 だがこうして言いそびれてしまった。メッセージを送ってもいいが、それでは味気ないだろう。幸い、彼らはまたこの拠点に戻ってくる。礼はその時に言うことにしよう。ガーベラはそう思った。


「……ところで、ガーベラさんもポイントを借りたんですか?」


 ガーベラが「よしっ」と声を出して気分を変えると、カムイが彼女にそう尋ねた。それに対し、ガーベラは大きく頷いてこう答えた。


「ええ。上限一杯まで、ね。今のアタシはあなた達よりもリッチよ」


 笑顔でサムズアップしながら、ガーベラはそう言った。もっとも、それは全て借金なのだが。ただカムイはそれを指摘はせず、代わりにこう尋ねた。


「それじゃあ前に言っていたように、浄化樹の種をリクエストしてみるんですか?」


 浄化樹の種のリクエストは、以前にガーベラから頼まれた事柄である。ただ「浄化の杖」の悲劇の教訓から、エラーが出る可能性が高いと思ったカムイはそれを断った。ガーベラも人様のポイントで無理強いはできずその時は引き下がったのだが、こうして費用を用意できたからには、ついにリクエストを試してみるのではなかいとカムイは思ったのだ。しかし彼のその予想は外れた。


「ああ、それね。実はちょっとやり方を変えてみたの」


 やっぱりエラーが出るかもしれないのは怖くって、とガーベラは苦笑する。リクエストに失敗すれば100万Ptをドブに捨てることになるのだから、それを警戒するのは当然であろう。


「それで、代わりにこんなものをリクエストしてみました!」


 そう言ってガーベラはシステムメニューを開き、そこからさらにアイテムショップへと進んで、あるアイテムのページを開いてそれをカムイたちに見せた。それは次のようなアイテムだった。


 アイテム名【システム機能拡張パック3.0(プレイヤーショップ機能)】

 説明文【システムメニューにプレイヤーショップ機能を追加する。プレイヤーはアイテムを出品したり、そのアイテムを購入したりできる。出品したアイテムはシステムにストレージされる。一度出品すると、それを取り消すことはできない。アイテムを購入した場合、そのアイテムに関する一切の権利は購入者に譲渡される】


「なるほど、こう来ましたか……」


 ガーベラのアイディアに、カムイは素直に感心した。確かにこれならば、瘴気を直接どうこうする類のアイテムではないので、リクエストでエラーが出る心配はない。なおかつプレイヤーショップに浄化樹の種を出品してやれば、遠く離れたプレイヤーにもそれを売ることができる。つまり遠く離れた場所で浄化樹を育ててもらえるのだ。


 問題があるとすれば、まずは【システム機能拡張パック3.0(プレイヤーショップ機能)】を買う必要があるということか。とはいえこのアイテムのお値段は一つ10万Ptで、そう高いというわけでもない。興味を持って買うプレイヤーは多いだろう。


「と、いうわけで。良かったらあなた達も買ってね」


「……まあ、興味はあるんで買いますけど」


 ワザとらしく科を作るガーベラに呆れた視線を向けながら、カムイはそう答えて自分のシステムメニューを開いた。そしてアイテムショップへと進み、【システム機能拡張パック3.0(プレイヤーショップ機能)】を検索してそれを購入する。それからシステムメニューの画面に戻ってみると、確かに【プレイヤーショップ】の項目が新たに追加されていた。


 早速、プレイヤーショップを開いてみる。並んでいる商品は、ガーベラが出品したのであろう、まだ〈浄化樹の種〉一つだけだった。とはいえ時間が経てば出品されるアイテムの数も増えてくるだろう。カムイはそう思っている。


 MMOには〈生産職〉と呼ばれるプレイヤーたちがいる、らしい。カムイも友人から聞いただけなので詳しくは知らないが、そういうプレイヤーたちは自分たちで何かアイテムを作成し、それを他のプレイヤーに売ることでゲーム内通貨を稼いでいるという。


 恐らくこのデスゲームにも、生産職を志したプレイヤーはいるだろう。そういうプレイヤーたちがプレイヤーショップの存在に気付けば、彼らは嬉々として自分たちが作成したアイテムを出品するだろう。プレイヤーショップのラインナップが充実する日もそう遠くはない、はずだ。


 生産職のプレイヤーたちが作るアイテムに、カムイはとても興味がある。これまた友人から聞いたMMOの話になるが、「一般にプレイヤーメイドのアイテムは運営のショップで買うアイテムよりも性能がいい」らしい。この法則がこのデスゲームにも当てはまるのかは未知数だが、期待してもいいのではないかとカムイは思っている。


 その理由はユニークスキルだ。【Absorption(アブソープション)】や【草薙剣/天叢雲剣】の例から分かるように、ユニークスキルは非常に強力である。ではもしその力を全てアイテムの生産につぎ込んだとしたら、一体どんなアイテムが生まれるのだろうか。それを考えると否応なしに期待は高まる。そしてその期待こそが、カムイが【システム機能拡張パック3.0(プレイヤーショップ機能)】を買った最大の理由だった。


「呉羽は買わないのか?」


「う~ん、まだいいかなぁ……。商品数も少ないし、しばらくはカムイに見せてもらうことにするよ」


 苦笑しながら呉羽はそう答えた。どうやらラインナップの少なさが気になるようだ。ちなみにアストールとリムも同じだった。まあ、欲しいアイテムが出てきたら彼らも自分でも買うだろう。きっと、たぶん。


 気を取り直して、カムイはプレイヤーショップの画面にもう一度目を落す。そしてものは試しと、唯一の商品である〈浄化樹の種〉をタップしてみる。


 アイテムのページは、アイテムショップのそれとほぼ同じだった。ただプレイヤーショップ独特のものとして【在庫数】という項目があり、今はそこに【2/3】という数字が記されている。どうやら早速一つ売れたようだ。


 さらにもう一点【出品者】の項目があり、〈浄化樹の種〉の場合はそこに【Gerbera(ガーベラ)】の名前が記載されている。名前は青文字になっており、そこをタップするとそのプレイヤーが出品している別のアイテムも見ることができるようになっていた。なかなか親切な設計である。ちなみに【出品者】の項目は、空欄にはできるが偽名は使えない。


「このアイテムの説明は、ガーベラさんが書いたんですか?」


「そうよ。商品の名称と説明、それに値段と個数は、出品者が決めるみたいね」


「……ウソの説明を書いたらどうなるんでしょう?」


「エラーが出るわね」


 ガーベラがさらりとそう答える。カムイは「へえ」と生返事をしてスルーしそうになったが、すぐにあることに気付いて思わずガーベラの顔を凝視した。彼女はエラーが出ることを知っていた。つまりエラーを出したということだ。


「説明のところに『世界を救えます』って書いたら、《誇大表現が含まれます。訂正してください》って……」


 少し恥ずかしそうにしながら、ガーベラはそう白状した。世界中を浄化樹で埋め尽くせれば確かに世界を救えるかもしれないが、種一つの説明としては盛りすぎであろう。エラーも出るというものである。


 しかしエラーが出るというのは、セキュリティとしてかなり優秀である。アイテムの説明文をかなりの程度信用していいからだ。少なくとも詐欺の心配をする必要はない。もっとも人の欲望と悪知恵は底なしなので、そのうち穴を見つけてそこを突いてくるプレイヤーが現れるかもしれない。だが、それを今から心配していても仕方がないだろう。


 一通りプレイヤーショップの具合を確かめると、カムイは「なるほど」と呟いてからその画面を閉じた。それを見て、ガーベラが不満げな声を上げる。


「え~、買ってくれないの?」


「いや、そりゃ買いませんよ。なんですか、〈浄化樹の種〉一つで45万Ptって。高すぎです」


 前に聞いた話では、【植物創造(プラント・クリエト)】を使って浄化樹の種一つを創造するのに必要となるポイントは、確か40万Pt弱だったはずだ。そのことを指摘すると、しかしガーベラは悪びれることなくむしろ胸を張った。


「アタシの利ザヤよ!」


 商売である以上、利益が出る価格設定にするのは当然のことである。それはカムイにも分かるのだが、それでもボリ過ぎのような気がしてならない。何より価格を上げてしまっては、「浄化樹を世界中に広める」というガーベラの目的と矛盾するのではないだろうか。しかし彼女は大真面目にこう答えた。


「それはそれ。これはこれ」


「……まあ別にいいですけど。買っちゃった人がかわいそうですね」


 カムイは精一杯の皮肉を言うが、しかしそれさえも不発に終わる。ガーベラが笑いながらこう答えたのだ。


「あ、それ買ったのアタシ」


「自分で買ったんですか!?」


「ええ。ほら、在庫が減ってる方が人気商品っぽいし、他の人も手を出しやすくなるでしょう?」


 ずいぶん阿漕なことをするもんだなぁ、とカムイは呆れた。ちなみに自分で購入した〈浄化樹の種〉は、これから地面に植えて成長させる予定であるという。


「それじゃあ、アタシはまだ仕事があるから。……ああ、それと、もし出来たらまたポイントを出資してね」


 最後にそう言うと、ガーベラはリムの頭を撫でてから拠点の方へ戻っていった。その背中を見送ってから、アストールが「さて、と」と声を出す。その声につられるようにして、自然と彼に他の三人の視線が集中する。それから彼はこう言った。


「私たちは、これからどうしましょうか?」


「遺跡の調査に戻るのではないんですか?」


 呉羽が少し不思議そうにしながらそう尋ねる。リムとカムイも彼女の言葉に頷いた。アーキッドらをここまで案内してきたことで中断していたが、そもそも彼らは遺跡調査の真っ最中だったのである。ならばそれに戻るのが本筋であるように思えた。


「それはもちろんそうなのですが、一度遺跡に向かえば、またここへ戻ってくるのはかなり大変です。それでここで何かするべき事ややりたい事があるのなら、先にやっておいた方がいいと思いまして」


 それを聞いて、カムイは「なるほど」と思った。確かにこの拠点と遺跡の間を行ったり来たりするのは大変である。もう少し行き来が楽であればいいのに、と思う。そこまで考えると、彼の脳裏にあるアイディアが閃いた。


「あ……!」


「どうかしましたか、カムイ君?」


「あ、いや、そう、ですね……」


 生返事をしながら、カムイは頭の中で考えをまとめる。それから彼はゆっくりとアストールのほうへ視線を向け、そしてまずはこう尋ねた。


「一つ確認したいんですけど、トールさんは今までの分の調査報告を、もうしたんですよね?」


「ええ。アードさんも交えて、すでに。ロナンさんがずいぶん興奮されていましたよ」


 その様子は何となく想像できる。そして「自分も遺跡に行きたい」とか言い出してリーンを困らせていたのだろう。もっともそれは、今は関係ない。


「それで、もしかして報酬ってもう決めちゃいましたか……?」


「いえ、まだ何も。皆さんと相談してから、とロナンさんとデリウスさんには言ってあります」


 遺跡調査の報酬は報告のたびに要相談、ということになっている。つまりこれから決めていいということだ。もっとも、向こうと折り合えるかは別問題だが。


「それじゃあ、人手を借りるって言うのはどうでしょうか?」


 カムイはそう提案した。それを聞くとアストールは「ふむ」と呟いて一つ頷く。そしてさらにこう尋ねた。


「それはつまり、調査を手伝ってもらうということでしょうか?」


 実際問題として人手は足りていないし、また例の瘴気の集束現象などはカムイらの手に余る。だから手伝ってくれる人員がいれば、確かにありがたいだろう。カムイの頭にはなぜか真っ先に笑顔のロナンが浮かんだが、まあそれはそれとして。


「いえ、そうじゃないんです」


 しかしカムイはそれを否定した。そしてこう続ける。


「道を、道路を作りましょう。拠点と遺跡の間に」


 カムイのその提案に、アストールのみならずリムや呉羽までもが目を大きく見開いた。皆、「その発想はなかった」という顔である。


 海辺の拠点と遺跡の間は、基本的に荒野である。当然整地などされておらず、そこには岩場や段差などがあり、基本的には歩きにくい場所だ。その荒野に移動に適した道を一本

通してやろうというのが、カムイの提案だった。そしてそのために必要な人手、特に土属性のユニークスキルを持つプレイヤーを、今回の報酬代わりに貸してもらおうというわけだ。


「土属性なら、わたしも使えるぞ?」


 カムイの話を聞いていた呉羽がそう言った。確かに彼女のユニークスキル【草薙剣/天叢雲剣】には「地を支配する」能力がある。そして実際にその力を使って戦ったりもしてきた。地面から瘴気を押し出すことや、〈土槍・円殺陣〉などがその例である。


 だからその力を使って道路を作るというのは、やろうと思えば呉羽にもできるだろう。だがカムイは苦笑気味に彼女にこう言った。


「一人でやるのか?」


「……人手を借りよう」


 渋い顔をしながら、呉羽はそう言った。海辺の拠点から遺跡まで一人で道路を通すのは、不可能ではないにしろ大変すぎるし時間もかかる。やはりここは人手を借りてやるのが一番だろう。


 もっとも人手を借りられたとして、それでも労働力はほんの数人である。たったそれだけの人数で道路を造るというのは、地球であればまず不可能だ。それなのに「ユニークスキルを使えば出来る」と思っている辺り、カムイも相当このデスゲームに毒されてきたといえるだろう。


「……それで、どうでしょうか、トールさん」


「う~ん、道を造れば移動しやすくなる、というのは分かりますが……。その、こう言ってはなんですが、必要でしょうか?」


 アストールは少し申し訳無さそうにしながらそう言った。アーキッドらのような例外を除けば、この世界における移動方法というのは基本的に徒歩である。道が整備されていれば、確かに歩きやすいだろう。時間も短縮できるかもしれない。しかし開けた荒野を行くのだから、徒歩である限り、道のあるなしでそう大きな差が生まれるとは思えない。ただ、カムイが考えていることはちょっと違う。


「実は、レンタカーをリクエストしようかと思っていまして」


 アストールとリムが首をかしげたので、カムイはまずレンタカー、つまり車とはどのようなものなのかを説明する。曰く「馬車のようなもので、馬を走らせるよりもずっと速く移動できる乗り物。そして楽」。それを聞くとアストールはわずかに顔色を変えた。


「楽なんですか?」


「え、ええ。自分で動くわけじゃないですから、走るのはもちろん、歩くのよりもずっと楽だと思いますよ」


 それを聞くとアストールは「そうですか」と言って少し考え込んだ。そしてさらにカムイにこう尋ねる。


「その、レンタカー、というものを使うと、どれくらい速く移動できるんですか?」


「たぶんですけど、一日あれば遺跡と拠点の間の往復できると思います」


 単純に考えて、片道ならば半日で間に合うという予測だ。加えて道路ができれば、それは信号も速度制限も渋滞もない一本道。スピードは出し放題だ。もしかしたら片道に半日もかからないかもしれない。


「それは……、素晴らしい。それが本当なら道を造る価値はあると思います」


「だけど、本当にリクエストできるのか?」


 アストールが納得を見せる一方で、そう疑問を述べたのは呉羽だった。リクエストを選択したことから分かるように、【レンタカー】や【車】といった種類のアイテムはショップにはない。


 そしてこれまでの傾向として、このゲームの主催者たちは、どうもプレイヤーに楽をさせるつもりはないと見える。それで利便性の高い車と言うのは、もしかしたらエラーが出るのはないか、と呉羽は心配していた。


「いや、リクエストはできるだろ」


 ただ、言いだしっぺのカムイはそれほど心配していない。なにせ【レンタルモーターボート】があったのだ。レンタカーにエラーが出るとは考えにくい。それで彼は論より証拠と、早速アイテムリクエストの画面を開いた。


 アイテム名【レンタカー(ヘルプ軍曹監修・ミリタリージープ)】

 説明文【ヘルプ軍曹監修のミリタリージープをレンタルする】


 ジープにしたのは、悪路でも走れるようにするためだ。いくら道路を整備するとはいっても、現代日本のようにアスファルトで舗装できるわけではない。むき出しの地面を走ることになるだろうから、普通の乗用車よりもジープの方が、それもミリタリー仕様のほうがいいだろうと思ったのだ。


 もっともカムイの場合、それを実体験として知っているわけではなく、完全ににわか知識に基づく判断だ。なお、ヘルプ軍曹監修にしたのは完全な思い付きである。


 まあそれはともかくとして。カムイの思ったとおり、【レンタカー(ヘルプ軍曹監修・ミリタリージープ)】はエラーや「しばらくお待ちください……」のメッセージが出ることもなく、実にあっさりと生成された。しかし説明文には、その仕様について次のような事柄が追加されていた。


 アイテム名【レンタカー(ヘルプ軍曹監修・ミリタリージープ)】

 説明文【ヘルプ軍曹監修のジープをレンタルする。値段は1,500,000Pt/h、燃費は1m/Pt】


「お、おお……! 結構高い……!」


 エラーは出なかったものの、これを見る限り使い勝手がいいとはいえなさそうだった。やはりゲームの主催者たちは、利便性の高いアイテムには使用制限を設ける方針のようである。


【レンタル温泉施設】よりも高く、さらに借りた後に走らせるのにもポイントが必要。現状でこれを使いたいと思うプレイヤーは少ないだろう。なお、ヘルプ軍曹監修にしたために値段が跳ね上がってしまった可能性については考慮しない。


 とはいえ、ポイントさえ払えば【レンタカー(ヘルプ軍曹監修・ミリタリージープ)】を使えるようにはなった。そしてカムイらであればそのポイントを稼ぐのも比較的容易である。確かに高いことは高いが、片道三日を半日以下に短縮できるのであれば、法外に高いというわけでもないだろう。特に彼らの場合、空いたその時間を使ってポイントを稼げば、確実に黒字を出せるのだからなおさらだ。


「馬が引くわけじゃないんですね……。魔道具の一種、というわけではない……? なかなか興味深いですね……」


「あの、トールさん?」


 カムイが表示した【レンタカー(ヘルプ軍曹監修・ミリタリージープ)】のページを、アストールは食い入るように見つめる。そんな彼にカムイが躊躇いがちに声をかけると、アストールは「ああ、すみません」と言ってようやくそこから目を離した。


 車の目途がついたことで、遺跡の調査報告の報酬は、海辺の拠点と遺跡の間に道路を造るための人手を貸してもらう、ということで話はまとまった。人数は〈世界再生委員会〉と〈騎士団〉から最低一人ずつ、期間は工事が終わるまで、というのがカムイらの希望である。


 その希望をカムイらはロナンとデリウスに伝えた。しかし彼らの返答は芳しくない。


「人手、ですか……。う~ん、難しいですねぇ……」


 そう言って渋い顔をするロナンの横で、デリウスもまた重々しく頷いた。彼らのその反応に、カムイは思わず眉をひそめる。


「いや、人手が必要なら人手を出す、って言ってたじゃないですか」


 約束が違う、とカムイは責める。そんな彼を宥めるように、ロナンはこう言った。


「妥当と思えるならば、と言ったはずです。……ああ、勘違いしないでください。決して報酬を踏み倒そうとしているわけではないんですよ?」


 ただ人手、つまり人員と言うのは替えが利かない。さらに言えば、【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のおかげでポイントに幾ばくかの余裕が生まれた今、プレイヤーの価値というのは相対的に高まっている。


 その貴重な人員を、期間の区切られていない工事に二人以上も出すのは難しい、とロナンは言った。そしてデリウスも頷いて同じ考えであることを示す。それでも納得の行かない様子のカムイに、ロナンはさらにこう言った。


「ポイントに余裕が出来たとはいえ、戦力が増えたわけではありません。対〈侵攻〉の防衛戦は現状維持に成功しているとはいえ、逆を言えば現状維持で精一杯。メンバーが欠ければ、戦線の崩壊さえもないとは言い切れません」


 それを言われてしまうと、カムイももう何も言えなくなってしまう。険しい顔をして黙る彼を見て、ロナンは苦笑しながらさらに言葉を続けた。


「少し、大げさに言い過ぎましたね。実際のところ、欠員が一人二人出たところですぐに戦線が崩壊することはありません。そこまでヤワな組織ではありませんよ。ウチも、〈騎士団〉も」


 ロナンがそう言うと、デリウスも「そうだ」と言って同意した。二人のギルドマスターの顔には確たる自信が浮かんでいる。しかしそれでも、ロナンは「ですが」と言葉を続けた。


「ですが、戦力的にギリギリであることに変わりはありません。現状を鑑みれば、長期間拘束されてしまうこの件を調査報告の報酬とするのは、妥当ではないと言わざるを得ないでしょう」


 それがギルドマスターとしての判断です、とロナンははっきりそう言った。反論できなくてカムイは押し黙る。思い沈黙が降りるテントの中、今まで控えているだけだったリーンが遠慮がちに口を開いた。


「……その、レンタカーをリクエストしたのであれば、道路はどうしても必要と言うわけではないのではないでしょうか?」


「……運転したことないんですよ、車」


 どこかバツが悪そうにカムイはそう答える。次の瞬間、きょとんとしたような沈黙がテントの中に広がった。その沈黙を打ち破ったのは、彼の言葉を最も正確に理解していた者、つまり呉羽である。


「運転したことないのか!?」


「ない」


「じゃあなんでレンタカーなんてリクエストしたんだ!? あんなに自信満々にリクエストしていたから、わたしはてっきりカムイが運転できるものだと……」


 呉羽の世界では、運転免許証を取れるのは18歳からだ。これはカムイの世界も同じで、まだ16歳の彼は車を運転したことなど一度もない。かろうじて経験があるのは、ゴーカートくらいのものだ。私有地であれば免許証なしでも運転できるらしいが、それは彼にとってある意味別世界の話である。


「車なんて、アクセル踏めば動いて、ブレーキ踏めば止まるんだろ? 良く分かんないけど」


 それがカムイの車と言う乗り物に対する認識だった。良く分かっていない、ということは彼自身も自覚している。そして素人であるということも。だからこそ、運転しやすいように整地された道路が欲しいのだ。


「それでよく、車を使おうという気になりましたね……」


 リーンが呆れたようにそう言う。呉羽も非難めいた目を向けてくるが、カムイは涼しい顔だ。真っ直ぐ走らせるだけなら、そう難しいことではないだろうと思っているのだ。


「……正直、話を理解できたわけではありませんが、どうやら無茶なことを考えられたようですね」


 ロナンが苦笑しながらそう言う。車を運転したことがないのにそれを使おうと考えるのも無茶だが、そのために運転しやすい環境、つまり道路を造ろうと考えるのもなかなか無茶な話だ。


「まあ、なんにせよこちらの結論は変わりません」


 今回の報酬として、長期間拘束される仕事に人員を出すことはできない。ロナンは表情を改めると、その結論を繰り返した。硬質なその表情からは明確な拒否の意志が感じられ、カムイは食い下がることができない。


「なあカムイ、やっぱり止めておいた方がいいんじゃないのか……?」


 カムイに運転経験がないことを知って怖くなったのか、呉羽もそう言って彼を説得する。彼女もまた車のある世界から来たのだ。事故の凄惨な場面が頭に浮かぶ。自分がその当事者になりたいとは思わなかった。


 今や場の空気は完全に道路を造ることには否定的だった。納得がいかないのはカムイ一人で、それも感情的に受け入れられず意固地になっているだけである。


「では、こういうのはどうでしょうか?」


 そんな中、そう言ったのはリーンである。そして彼女はこんなことを提案した。


「車の運転ができる人員を見繕ってお貸しします。その者から運転技能を習ってはどうでしょうか?」


ヘルプ軍曹「こんなこともあろうかと!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 車の運転習うなんて個人に頼めば総額で5万ポイントぐらいしかかからないよね。ってことはこいつらは10日?ぐらいで5万ポイントしか稼いでないことになるけどいいのそれで。アホなのかな
[気になる点] ほぼタダ働きな件
感想一覧
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