表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
再会の遺跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/127

再会の遺跡11

 約束していた立ち合い稽古が行われた次の日、イスメルとカレンの二人は朝早くから天馬【ペルセス】の背に乗って例の遺跡へと向かった。遺跡へ行くだけならイスメル一人でも良かったのだが、【ペルセス】で駆ける上空の瘴気濃度が少々心配であり、【守護紋】の能力を持つカレンを巻き込んだわけである。


 それで、肝心の遺跡へ赴く理由であるが、一言で言えばアーキッドに頼まれたお使いだった。


『ココで瘴気の集束現象ってのが起こっているらしいんだ。ちょいと写真に撮ってきてくれないか?』


 そう言ってアーキッドが指し示したのは、言うまでもなく例の神殿の中庭である。昨日、アストールの調査報告を聞いている中でその集束現象に興味を持ったのだ。そのような現象は、これまでに聞いたことがない。それで他の拠点にいるプレイヤーたちにも見せてやるために、写真を撮っておこうと思ったのである。


 遺跡にいる間に写真を撮ってしまえれば手間をかけずにすんだのだが、今はそれを言っても仕方がない。幸い、【ペルセス】を駆使すれば一日中で往復が可能だ。それでイスメルにお使いを頼んだ、ということだった。


「あの、師匠……」


 空を駆ける【ペルセス】の背の上で、カレンはイスメルを呼ぶ。その声は決して大きくはなかったが、しかし【ペルセス】の周辺では風が鳴ることもなく比較的静かだ。それですぐに返事があった。


「どうしました、カレン?」


「その、呉羽のことなんですけど……」


「クレハさんがどうかしましたか?」


「どうかって……」


 イスメルのそっけない言葉に、カレンは呆れる。昨日、呉羽はイスメルと立ち合い稽古をしたのだが、その特に終盤で彼女の様子がおかしかったのは一目瞭然だ。それに彼女をコテンパンにして、挙句に泣かせたのはイスメルその人である。それなのに、ちょっと冷たくはないだろうか。


「重荷がどうとか、言ってたじゃないですか。師匠は、わたしよりもいろいろと分かってるんじゃないんですか?」


「いろいろ、とは?」


 面白そうにイスメルが聞き返す。そのはぐらかすような態度に、カレンは「むう」と眉間にシワを寄せた。


「そりゃ、まあ、その、なんといいますか……」


 うまく言葉が纏まらず、カレンは口ごもった。そんな弟子の様子を背中で感じて、イスメルはフッと小さく笑みをこぼした。


「そうですね……。言ってみれば、アレは英雄がかかる風邪のようなものです」


「英雄がかかる風邪、ですか……?」


 不思議そうなカレンの声に、イスメルは「そうです」と応じてまた小さく笑みを浮かべた。おそらくカレンには分からないだろう。そう思いつつ、ことさら説明しようとも思わなかった。


「師匠は、どうなんですか?」


「わたし、ですか?」


 カレンの質問の意図が分からず、イスメルは素でそう問い返した。背中に頷く気配を感じつつ、彼女は次の言葉を待つ。


「その、英雄がかかる風邪、です。師匠はどうなんですか?」


「わたしは英雄ではありませんよ」


 苦笑しながらイスメルはそう答える。元の世界で、彼女を英雄と呼ぶ人たちは確かにいた。だが彼女自身が自分のことを「英雄である」と考えたことは一度もない。それどころか、「英雄になりたい」と思ったことすらなかった。


「それじゃあ、呉羽は英雄なんですか?」


「そうですね、その資質はあると思います。なかなか、面倒くさい性格をしているようでしたから」


 楽しげに含み笑いをするイスメルの声を聞いて、カレンは「うわぁ、ヒドイ……」と頬を引き攣らせた。しかしそれでも、彼女から否定の言葉は出てこない。ということは、彼女が考えていることは推して知れる。


「……それにしても、示し合わせたように同じことを尋ねるのですね、あなた達は」


 イスメルが微笑ましそうにそう言う。思い当たる節がなく、カレンは首をかしげた。


「あなた、達?」


「ええ。昨晩、カムイ君が同じことを聞きに来ました」


 さすが婚約者同士ですね、とイスメルは楽しげに笑う。それが気恥ずかしくて、カレンはイスメルの背中に顔をうずめた。ついでに手を彼女の脇腹に伸ばす。


「あ、こら。脇腹をつまむのはやめなさい!」


「つまめるほどありませんよ、もう……!」


 イスメルは相変わらずスタイル抜群である。プラントロスダメエルフのくせに。これでは報復にならないではないか。別の方策はないものかと考え、カレンはふとあることを思い出す。カムイが婚約者であることを知ったときの、イスメルの反応である。


「わたしはともかく、師匠はどうなんです? もとの世界にいい人とかいないんですか?」


「……次の稽古は厳しくいきます」


「ええ、なんですかそれ!?」


 イスメルの無慈悲な宣言に、カレンは悲鳴を上げた。そんなこんなで、二人は空を行く。



 ― ‡ ―



「呉羽、久しぶりに稽古をしないか?」


 イスメルとカレンが遺跡に向かったその日、カムイは朝食後に呉羽を稽古に誘った。


「稽古?」


 呉羽が小さく首をかしげる。昨日、泣くだけ泣いたおかげなのか、彼女の様子は落ち着いている。それでも彼女がいつもより弱々しく見えてしまうのは、あるいは見る側の変化のためなのかもしれない。


「ああ。遺跡にいた間はぜんぜん稽古も出来なかったし、久しぶりにどうだ?」


「う~ん……、そうだなぁ……」


「オレも、身体鈍らせたくないんだ。頼むよ」


 呉羽は最初あまり乗り気ではない様子だったが、カムイにそう頼まれて最後には「わかったよ」と言って頷いた。そして一度やると決めたからには、手を抜かないのが藤咲呉羽という少女である。


 昨日カレンやイスメルと立ち合い稽古をしたその同じ場所で、今日はカムイと呉羽が差し向かい合う。【草薙剣/天叢雲剣】を正面に構える呉羽の姿は、先ほど感じた弱々しさがウソのように凛然としている。


 しかしその同じ彼女が、昨日はイスメルを相手にただ負ける以上の醜態をさらしたのだ。人間ってのは分からないな、とカムイはふとそんなことを思った。


「じゃ、いくぞ」


「ああ、来い」


 そう短く言葉を交わし、立ち合い稽古が始まった。最初は睨み合いだ。そして睨み合いながら、カムイは姿勢を少し低くして右手に意識を集中する。白夜叉のオーラは白い炎のように彼の体を覆って揺らめいているが、こちらにまだ変化はない。前兆を悟らせないよう、集中力だけを高めているのだ。


「フッ!」


 そして次の瞬間、カムイは鋭く呼気を吐き出しながら、一歩踏み出すと同時に右手を前に突き出した。そこから白夜叉のオーラによって構成された白い腕が、真っ直ぐに呉羽に向かって伸びる。遺跡で建物を上る際に使っていた“アーム”だ。


 その“アーム”を、呉羽は風を纏わせた左手で簡単に弾いて防ぐ。これだけ簡単に弾けたのには理由があって、彼女は【青龍の外套】も装備しているのだ。これを使われると攻撃が全く通用しなくなるので、「稽古のときは使用禁止!」とカムイに言われていたのだが、そのカムイは今日に限っては使ってもいいと言ったのだ。


 それで今日は【青龍の外套】も装備しているのだが、その偉力は健在である。今もカムイの“アーム”を簡単に弾いてしまった。そして呉羽はそのまま前に出て間合いを詰める。【玄武の具足】の力もあわさって、その速度はまさに神速。彼女は一瞬にしてカムイの目の前に迫った。


「はあああああ!」


 呉羽が大きく愛刀を振りかぶり、そして振り下ろす。カムイはそれを距離を取ってかわす、ことはしない。距離が開いてしまうと、結局呉羽の方が有利なのだ。それで、むしろ前に出てさらに間合いを詰めて、両手を交差させて受け止めた。


「ぐ……!」


 腕と腕がしのぎを削る。有利なのは呉羽のほうで、カムイの口からはうめき声が漏れた。


(やっぱり、呉羽の方が格上かぁ……!)


 徐々に押し込まれながら、カムイは内心で唸る。カムイと呉羽はそれぞれ互いの腕を接触させている。それで、さっきからアブソープションで呉羽の力を奪おうとしているのだが、一向に手応えがない。いや、手応えはあるが手が出せないと言うべきか。なんにせよ、彼女の力を奪うことはできていない。それはたぶん、装備とかそれ以前の問題として、呉羽の方がプレイヤーとしてのレベルが高いからなのだろう。カムイはそう思った。


 カムイがそんなことを考えた瞬間、呉羽がフッと力を抜いた。そして上へと押し上げるカムイの力を利用して、そのまま体を浮き上がらせる。さらに上からの圧力がなくなったことで、まるでバネが跳ねるようにしてカムイの身体が飛び上がる。その制御できない自分の身体の動きに、彼は頬を引きつらせた。


 その頬へ、呉羽の蹴りが強か打ち込まれる。腕が伸びてしまったために防御も出来ず、カムイはそれをまともに受けた。さらに踏ん張りが利かなくなっていたこともあって、彼は派手に吹っ飛ばされた。


 ただ、見た目の派手さほどにダメージはない。白夜叉の防御までは消えていなかったからだ。さらにアブソープションで吸収したエネルギーによって、負ったダメージもすぐさま回復する。


「まだまだぁ!」


 手で地面を引っ掻くように抉って、カムイは蹴り飛ばされた勢いを殺す。そして足が地に着くと同時に跳ねるようにして呉羽に向かう。当然、足に強烈な反動が来るが、彼はそれを無視した。


 相変わらずカムイの攻撃は呉羽に通じない。大半は回避されてしまうし、当たったとしても風の防御によって防がれてしまう。その防御が、実のところあまり優秀でなかったことは、イスメルとの稽古で証明されている。しかしそれでも、カムイの攻撃はその防御を破ることが出来ない。逆に呉羽の攻撃ばかりが彼の体にとどいた。


「なあ、やっぱり外套は脱ごうか?」


 少し困ったような顔で、呉羽はそう言った。今のままでは、ちょっと差がありすぎる。しかしカムイは首を横に振った。


「いや……、そのままで、いい……!」


 傷ついた身体と装備が、アブソープションで吸収したエネルギーによって回復していく。体力が回復すると、カムイはまた前に出た。彼の攻撃は呉羽には通じず、いっそ無駄でさえある。


(それでも!)


 しかしそれでも。彼は稽古の間中、ひたすら前に出続けた。愚直に、何度も何度も。それはある種の誓いですらあった。


 昨日の夜のことだ。カムイは〈発光石〉の明かりを頼りに、イスメルのことを探していた。彼が足を向けたのは浄化樹のところで、そこへ近づくとやわらかい光が一つ輝いている。彼は歩を速めた。


『ぐふふふ……。やはり樹は大地に根を張ってこそ……。力強く大樹へと育つのですよ……?』


 イスメルは、浄化樹に縋りつくようにして頬擦りしていた。恍惚とした顔はだらしなく崩れ、昼間の稽古で呉羽をコテンパンに叩きのめした、あの凛然とした双剣士の風格は砂粒ほども残っていない。はっきり言って、同一人物であるのを疑うレベルだ。


 そんなイスメルの姿を見て、カムイは思わず頭を抱えた。アタリを引いたはずなのに、うれしくない。カレンは毎日こんな気分を味わっているのだろうか。そう考え、カムイは彼女に同情した。


『あの、イスメルさん?』


 いろいろ見なかったことにして回れ右したい気分だったが、しかしそれではここへ来た意味がない。それで大いに躊躇したものの、カムイはイスメルに話しかけた。


『おや、カムイ君。どうかしましたか?』


 カムイの声に反応して、イスメルの視線が彼のほうを向く。どうやらいま気付いたようだ。彼女ほどの凄腕なら、近づいた段階で気付いているのではないかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。ダメエルフモードのときは実力の方もダメダメなのだろうか。そんな失礼なことをカムイは考えた。


 実際のところそんなことはなく、単純に敵意や殺意がない限り反応しないだけなのだが、彼がそれを知るのは幾分後のことだった。


 まあそれはともかくとして。ここへはダメエルフを観察しに来たわけではない。カムイはここへ来た理由を端的に告げた。


『呉羽の、ことです』


『クレハさんがどうかしましたか?』


『重荷がどうとか……。それって、どういうことなんですか?』


『なぜ私に聞くのです? 本人に聞かないのですか?』


『っ!』


 イスメルの言葉に、カムイは言葉を失う。彼はバツが悪そうに視線を逸らした。そんな彼を見据えるイスメルの眼は、真摯ではあるがしかし同情的ではない。澄み渡った冬の夜空のような眼だ。その眼を、イスメルは真っ直ぐにカムイへと向けた。……浄化樹の幹に縋りついた姿勢のまま。


 確かに、呉羽のことをイスメルに聞くのは筋違いだ。本人も「重荷」という言葉に心当たりがあったようだし、呉羽のことは呉羽に聞けばいい。しかし聞けるかどうかというのは別の問題だ。そして、話してくれるかどうかも。


 そんなことを考えてしまう自分の情けなさを、イスメルの眼は真正面から見抜いているようにカムイは感じた。彼女のダメダメな姿勢が、今は救いだった。お互いに正座して差し向かいあの眼で見据えられたら。その時はきっと、堪らずに逃げ出してしまうだろう。そんな予感さえあった。


 そんな彼の内心を見透かしたのかはわからない。ただ、イスメルは不意に表情を緩めた。彼女の目元には優しげなものが浮かぶ。そして彼女はこんな言葉を口にした。


『そうですね……。言って見れば、アレは英雄病です』


『英雄、病……?』


 聞きなれない言葉に、カムイは首をかしげる。そんな彼に苦笑しながら、イスメルはこう言葉を付け足す。


『病というよりは、風邪といった方がいいかもしれませんね。アレは英雄がかかる風邪、のようなものです』


『あの、それはどういう……?』


『そこから先は自分で考えなさい』


 やはり意味が分からず、カムイは困惑する。そんな彼をイスメルは突き放した。それが不満でカムイは眉をひそめたが、それが甘えであることをイスメルの次の言葉で思い知らせる。


『私より貴方の方が、ずっと長く一緒にいたのでしょう?』


『っ!』


 またしてもカムイは言葉を失った。確かにカムイはイスメルよりずっと長く呉羽と一緒にいる。というより、この世界で呉羽と最も付き合いが長いのは、他ならぬカムイだ。彼こそが、呉羽のことを一番理解してなければならないのだ。それなのにこうしてイスメルに頼ってしまっている。彼はそれがたまらなく恥ずかしくなった。


(英雄がかかる風邪……、重荷……)


 イスメルの言葉を、カムイは反芻する。そしてそれが何を意味するのかを必死に考えた。考えているのだが、どうにも集中できない。視界の端に、ウネウネと蠢くイスメルの姿がちらつくのだ。カムイはイラッとした様子で頬を引きつらせ、回れ右してダメエルフが視界に入らないようにした。そして改めて考える。


(英雄、か……)


 英雄とはどういうものだろう。真っ直ぐで、堂々としており、人々の前を行く。カムイの脳裏に浮かんだイメージは、そんな感じだった。英雄となるためには大きな功績が必要かとも思うが、イスメルがしているのはあくまでも資質の話であろうから、いまは関係ないだろう。


(呉羽が英雄……)


 なるほど確かにそんな感じはする。少なくとも暗殺者や盗賊などと言われるよりは、彼女のイメージにあっている。そう思い、カムイは少しだけ苦笑した。


(……で、風邪をひいている)


 風邪と言うのはもちろん、実際に体調を崩しているという意味ではないだろう。イスメルの言葉はあくまでも例えであり、その通りに受け取ったところで意味はない。そしてその意味するところは自分で考えなければならない。


(要するに何かをこじらせている、ってことなんだろうな……)


 カムイはそう思った。しかもイスメルは「病」という言葉からあえて「風邪」に変えた。ということは、そこまで深刻なものではないのかもしれない。簡単に治せるものだと、イスメルはそう考えているのではないだろうか。


(後は、重荷、か……)


 実のところ、これが一番分からない。重荷とは、つまりプレッシャーだ。今のパーティーのなかで、何か呉羽がプレッシャーを感じるようなことがあるのだろうか。


 う~ん、とカムイは頭を捻る。どう考えても、呉羽がプレッシャーを感じる事柄に心当たりがない。そもそも今のパーティーにはノルマ的なものがないのだ。役割分担だって上手くいっていて問題があるようには思えない。一体呉羽はどこにプレッシャーを感じているのだろうか。


(分からん……)


 カムイは頭を振る。そんな彼に、後ろからイスメルが声をかけた。


『考えても分からないのなら、発想を変えてみることです』


 その声に驚いてカムイは後ろを振り返る。そこではイスメルが相変わらずウネウネと蠢きながら浄化樹に頬擦りしていた。その姿に彼は感謝よりも苛立ちを覚える。こんなのが凄腕の双剣士だというのだから、世も末である。まあここは世紀末さえ終わってしまったような世界だが。


(発想を、変える……)


 カムイは再びイスメルに背を向け、しかし彼女に言われたとおり発想を変えてみる。


(例えば、英雄が抱える重荷、プレッシャー、とか?)


 例えば呉羽のような英雄がいたとして、彼(あるいは彼女)はどんな重荷を抱え、どんなプレッシャーを感じるだろうか。


(仲間を率いること、いや導くこと、か? 他には、守ることとか……)


 その考えはそう的外れではないように思えた。そしてそれを、今度は呉羽に置き換えてみる。仮に彼女が仲間を率いること、導くこと、あるいは守ることに重荷やプレッシャーを感じているとする。では、それはなぜか?


 正直なところ、呉羽がリーダー的な責任を重荷に感じているとは思えない。そもそも彼女は、そういうことにあまり口出ししてこなかった。彼女よりはむしろ、カムイの方がより多くの意見を言ってきたくらいである。だからそういうプレッシャーについてはあまり考えなくていいだろう。


 ただ、「仲間を守る」という点に関しては、そう簡単に切り捨てることはできない。呉羽は四人の中で間違いなく最強だからだ。もちろん彼女がいなくても、普通のモンスターが相手であれば苦戦することはまずない。だが、例えば遺跡で戦ったあの上半身だけのモンスターなどは、呉羽を欠いていたらきっと大きな被害を被っていただろう。


 だから、呉羽の力に守られてきた部分は少なからずある。それは客観的な事実として、認めなければならない。


 そしてそれを認識した呉羽は何を考えるだろうか。彼女は真面目な人間だ。そして責任感が強い。真っ直ぐで、いつも全力だ。全力過ぎて、行き過ぎることもある。そんな彼女は、一体何を考えるだろうか。


《わたしが、わたしがパーティーを守らないと……!》


 そう、考えるのではないだろうか。少なくともカムイの知る呉羽であれば、そう考えたとしても不思議はない。彼はそう思った。そして同時に別の思いもこみ上げてくる。


(オレたちが、いやオレが、弱いから……!)


 アストールやリムの責任にすることはできない。二人に戦闘能力が足りていないことは、最初から分かっていたこと。それを承知の上でパーティーを組んだのである。ならば主に戦闘を担うべきはカムイと呉羽のはずだ。


 そう思い、カムイは今まで戦ってきた。だが担ってきた責任は、もしかしたら等分ではなかったのかもしれない。呉羽の方が強いのだ。彼女の方がより多くの責任を背負い込んでいたのかもしれない。そしてそれを重荷に感じていたのだとしたら……。


(クソッ……!)


 胸の中で悪態をつき、カムイは拳を握り締めた。情けない。その思いがこみ上げてくる。その感情は失望よりむしろ憎悪に近かった。自分で自分が憎らしい。そんなカムイに、再びイスメルが後ろから声をかけた。


『あまり思いつめないことです。言ったでしょう? 彼女のそれは風邪だ、と』


 それを聞いてカムイの肩から少しだけ力が抜けた。それから彼は後ろを振り返らずにこう尋ねた。


『……イスメルさんは、どうなんですか?』


『どう、とは?』


『イスメルさんは強いじゃないですか。やっぱり仲間を守らなきゃとか、思うんですか?』


『思いますよ』


 イスメルはそう即答した。それは力ある者の当然の責任なのかもしれない。そして力なきものはそれを見守ることしか出来ないのだ。それは、悔しい。それは、情けない。カムイがそう思ってしまった瞬間、しかしイスメルはこう言葉を続けた。


『ですが私にはやはり仲間がいます。頼ってよいのだと、そう思っています』


 その言葉は不思議なほど抵抗なく、カムイの中にすっと入ってきた。彼は握り締めていた拳をゆっくりと開く。それから彼は振り返り、未だに浄化樹にすがりついたままのイスメルの方に向き直った。そして深々と頭を下げて一礼する。


『いろいろとありがとうございました』


『何をしたつもりもありませんが、お役に立てたのなら良かったです』


 カムイは頭を上げると、「それじゃあ」と言ってその場を離れた。正直なところ、呉羽があの稽古の最中に何を考えていたのか、はっきりと分かったわけではない。それでも自分が何をすべきなのか、その道筋くらいは見えたような気がした。


『……そういえば、イスメルさんは戻らないんですか?』


『今日はここで一晩を明かすつもりです。ああ、なんと幸せなのでしょう……』


『……大丈夫なんですか?』


 その、いろいろと。


『エルフは森の民。森で一晩を明かすことに、何の問題がありましょうか』


 その言葉自体は正しいのだろう。だが今の彼女の姿を見たら、同胞のエルフたちはきっと渋い顔をするのではないだろうか。カムイはそう思わずにはいられなかった。


 さて昨晩そんなことがあったからなのか、稽古のなかカムイは発奮していた。何度倒されても立ち上がり向かっていく。相変わらず彼の攻撃は呉羽に通じない。それでも彼は折れてしまわず、その姿勢を貫いた。


「っ、くぅ……」


 稽古を始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。カムイは片膝をついてうめき声を漏らした。疲れたわけでも、怪我をしたわけでもない。疲れも怪我も、アブソープションで回復できる。だが精神的な疲労はそういうわけにはいかないようだった。頭の奥がズキズキと痛み、上手く考えが纏まらない。要するに、集中力の限界だった。


「あ~、ダメだ……。負けた……」


 カムイは負けを認めると、その場で仰向けに倒れ込んだ。少し離れたところから、“チンッ”という音がする。呉羽が【草薙剣/天叢雲剣】を鞘に収めたのだ。それから足音が近づいてきて、カムイが視線を動かすと、呉羽が彼を上から覗きこんでいた。


「わたしもそろそろ限界だった。強くなったなぁ、カムイは」


「体力で勝っても、自慢にはならないけどな」


 なにしろアブソープションがあるのだから。むしろそのカムイにとことんまで付き合える呉羽の方がおかしい。そういうと彼女は怒るので口にはしないが。


「なあ、呉羽」


「ん、どうした?」


「温泉、入るか?」


 カムイがそう言うと、呉羽は一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。


「ああ。カレンとイスメルさんが帰ってきたら買おう」


 そう言って呉羽は手を差し出してカムイを起こす。こうして二人の久しぶりの稽古は終わった。


 さてカムイと呉羽の二人が稽古をしていた間、海辺の拠点では一風変わった出来事が起こっていた。行列が出来ていたのだ。その行列の目的はキキのユニークスキル【Prime(プレイム)Loan(ローン)】である。


「ちゃんと一列に並べよ~。上限は一人2000万だからな~」


「ぬふふ。お客さん、幾らご入用かね?」


 アーキッドが行列の整理を行い、キキが一人ずつポイントを貸し付けていく。二人とも、なれた様子で手際がいい。今までに何度も繰り返してきたことが良く分かる。ちなみにミラルダはキキの後ろに張り付いてボディーガードの真似事をしていた。


 彼女は相変わらず踊り子の衣装に似た露出度の高い衣服を着ており、男性プレイヤーの視線がチラチラとそちらの方へ向く。彼女の方もそれを十分に意識していて、妖艶な流し目をくれたり、あるいは色っぽく(しな)を作ったりする。ミラルダ曰く「サァーヴィスじゃ」とのこと。男性プレイヤーの視線はますます釘付けだった。


 ある意味で面倒事の抑止に役立っていると言えなくもないが、そんな男性プレイヤーらを見る女性プレイヤーたちの視線は厳しい。別の場所で別の問題が起こっているかもしれないが、それはアーキッドらには関係のないことだった。


 まあそれはともかくとして。こうして行列ができたのは、アーキッドの営業活動の成果だった。彼は例の懇親会のとき、顔つなぎをするついでに【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のことを吹聴しておいたのである。


 さらにロナンやデリウスらに他の拠点のことや外の情報を提供する見返りとして、そのユニークスキルのことを広めてもらった。その結果、海辺の拠点のほぼ全てのプレイヤーが【Prime(プレイム)Loan(ローン)】のことを知るようになったのである。


 ただ知ったからと言って「借りよう」という気になるとは限らない。アーキッドもこれまでの経験として、その事を良く理解している。それで彼はまず、ロナンとデリウスという、二つのギルドの長に対して熱心に【Prime(プレイム)Loan(ローン)】の営業を行った。


 もともと【Prime(プレイム)Loan(ローン)】はかなり美味しい話である。一割の手数料を取られるとはいえ、無利子で高額のポイントを借りることができ、さらにそれがシステムによって保証されている。「美味い話には裏がある」というが、この話にはそんな怪しげな裏はない。食いつかない方がおかしい、とアーキッドには経験に基づく自信があった。


 さらに〈世界再生委員会〉と〈騎士団〉の二つのギルドは慢性的な金欠に悩まされている。それを解消する手段としてこれはかなり秀逸だった。それで二人のギルドマスターは幾つかの質問をした後、キキからポイントを借りることにしたのである。


 この二人がポイントを借りたという事実には大きな意味があった。【Prime(プレイム)Loan(ローン)】に対する信用の度合いが跳ね上がったのである。そしてこの二人を皮切りにしてリーンをはじめとするギルドのメンバーらもポイントを借りるようになり、そしてそれはすぐに拠点の他のプレイヤーらにも波及していった。その結果がこの行列であり、アーキッドの思惑通りだった。


「そして一度味を覚えてしまえば……。ぐふふふ」


「怪しげなクスリみたいだなぁ」


「金は人を狂わせる。あながち間違ってもおるまいて」


 そして一度借りてみれば、【Prime(プレイム)Loan(ローン)】が詐欺の類ではないことはすぐに分かる。こうして安心したプレイヤーたちは二度三度とポイントを借りるようになるのだった。これで彼らも末永くアーキッドらの顧客となってくれるだろう。まさに思惑通りだった。


 さて夕方になってカレンとイスメルが戻ってくると、拠点の外れには温泉が現れた。その待望の温泉で、しかし呉羽は渋い顔をしながらお湯に浸かる。


「なぜあの話の流れでわたしが買うことに……。解せぬ……」


 その理由は、前回はカムイが負担したからである。しかしなんだか納得いかない。奢りだと思って食事に行ったら、丸め込まれて逆に奢らされたような、釈然としないものがある。そのせいで大好きな温泉に浸かりながらも、呉羽の表情は一向に緩まなかった。


「なんか、ゴメンね。呉羽」


 そんな呉羽のとなりにカレンがやって来る。彼女は呉羽のとなりに腰を下ろしてお湯に浸かると、そう言って謝った。その言葉に呉羽は思わず首をかしげる。彼女から謝られる覚えがなかったのだ。


「どうしてカレンが謝るんだ?」


「いや、だって、ほら、一応婚約者だし……」


 気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、カレンはそう言った。そのせいでカレンは、彼女の言葉を聞いた呉羽が、一瞬だけ顔を伏せて表情を曇らせていたことに気付かなかった。


「ん、考えるの止めた! アイツのせいでせっかくの温泉を無駄にするなんて勿体無い!」


 気分を変えるように明るい声でそういうと、呉羽は湯に浸かったまま大きく背伸びをするように身体を伸ばした。その反動で彼女のたわわに実った形の良い二つの果実が大きく揺れ、湯船の水面に波紋を映す。


 その様子を凝視してしまったカレンは、次に自分の胸元に視線を落とし、それから気落ちしたように大きくため息を吐いた。そんな彼女の肩にキキが手を置く。そしてサムズアップしこう言う。


「貧乳はステータス」


「余計なお世話です!」


 ちなみにカレンの胸部装甲はキキよりは厚い。まあゼロと比べれば誰だって……。


「あ、師匠! お湯に浸かる前に身体を洗うんですよ!」


 女湯に現れたイスメルの姿を発見し、カレンはそう声を上げた。ちなみにイスメルがちょっと遅れた理由は、着替えを取りに行った部屋からなかなか出てこなかったからである。


「覚えていますよ。何回目だと思っているのですか」


 少々心外そうな顔をしながら、イスメルがそう答えた。とはいえ、異世界のエルフが日本の入浴マナーを知っているのも珍妙な話ではある。ちなみになぜ知っているのかと言うと、彼女らもこれまでに何度かこの【レンタル温泉施設】を購入して利用してきたからだ。そこには初めて訪れた拠点のプレイヤーらとすぐに馴染むためという目的があったのだが、その発案者が誰なのかはあえて語る必要もないだろう。


「だってエルフには入浴の文化がないって師匠も言ってたじゃないですか」


 イスメルの世界のエルフにとって、身体を洗う際に用いるのは主に水である。身体を拭いてから香油を塗るというのが一般的で、お湯に浸かる習慣はないという。当然、イスメルも入浴とはなじみがなかった。そんな彼女だったが、今ではシャワーも浴びるしこうして温泉にも入りにくる。やはり温かいお湯の魔力に知的生命体は勝てないのだ。尤もことエルフに関して言えば、イスメルが飛びぬけて変わり者という可能性も捨てきれないが。


「一度聞けば十分ですよ。まったく、貴女は私をなんだと思っているのですか?」


「ダメエルフだと思っていますが、なにか?」


 イスメルの苦情を、カレンはばっさりと切り捨てた。日頃の行いがダメダメだから、こういうところで弟子の尊敬を得られないのである。


「貴女とは一度、真剣に話をする必要があるようですね」


「分かりました。師匠、そこに正座しろ」


「はい」


「いいですか、だいたい師匠はですね!」


「はい、すみません!」


 和式温泉の一角で凄腕の双剣士であるダメエルフが全裸で正座しながら弟子に説教されている。なかなか混沌とした状況だ。その様子に他の女性プレイヤーたちも困惑の様子を見せ、助けを求めるようにミラルダの方に視線を送る。しかし当の彼女は収拾に乗り出す気もなく、ただヒラヒラと手を振るばかり。要するに「捨て置け」ということで、これが彼女らにとってはいつものことだと分かると、他の女性プレイヤーらは一転して微笑ましげな視線を二人に向けるのであった。


(なんだかなぁ)


 カレンがイスメルに説教する様子を、呉羽は苦笑しながら眺める。珍妙な光景ではあるが、しかし彼女はそれを不愉快とは思わなかった。それどころか異世界人の、それも入浴文化がなかった他種族にさえ温泉は受け入れられたのだ。野望を果たす上で、喜ばしい一里塚ではないか。


(目指せ、温泉テーマパーク……)


 それできっと、世界は救われる。呉羽はそう確信した。



 第三章 ― 完 ―


そんなわけで。

第三章 「再会の遺跡」いかがでしたでしょうか?


婚約者のカレンを出そうというのは、割と最初から考えていたことです。

ようやく出せました。あと、エルフと獣人もやっと出せました。

主人公らともども、新キャラのことも生暖かく見守ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ