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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
再会の遺跡

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32/127

再会の遺跡8

「おお、こりゃすごい。いや、酷いというべきか?」


 川から上がってくる無数のモンスター。それらのモンスターは、しかし誘引役のカムイがさっさと川から離れてしまったことで標的を失い、身を投げ出して川辺を自身の瘴気で汚染し、そして消えていった。初めて〈侵攻〉の様子を見たアーキッドの視線は鋭い。これが世界を再生する上で大きな妨げになるであろう事をすぐに察したのだ。


「確かに、こいつを真正面から突破するのは億劫だな。そんじゃ、頼んだぜ、イスメル」


「はい。頼まれました」


 そう言うと、イスメルは気負いのない足取りで前に出た。そして右腕を掲げ、親指と中指を擦り合わせて「パチンッ」と小気味のいい音を鳴らす。すると次の瞬間、彼女の隣に真珠の輝きを放つ一角を持った、純白の天馬が現れた。


 イスメルのユニークスキル【聖獣召喚】によって召喚された、天馬【ペルセス】である。天馬というだけあって、【ペルセス】は空を飛ぶことができる。空を飛ぶことで川から距離を取りながらも、しかし川をまたいで越える。そうすれば〈侵攻〉は起こらない。これがアーキッドの言っていた「やりよう」である。またこの方法ならば仮に〈侵攻〉が起こったとしても、モンスターは無視できる。


「まずはカレン、の前にミラルダにしましょうか」


「うむ、それがよいじゃろう」


 そう言ってミラルダは前に出てイスメルに近づいた。【ペルセス】はどう頑張っても二人乗りだ。マスターであるイスメルが乗らなければ【ペルセス】はいう事を聞かないので、運べるのはどうしても一人ずつになる。


 それでまずは一番慣れている弟子のカレンを最初にしようと思ったのだが、しかしそうすると彼女は次の誰かが来るまでの間、一人対岸で待つことになる。大した時間ではないだが、しかしその間にモンスターが現れないとも限らない。それを考えると弟子の実力では一人で待たせるのはちょっと心配なので、まずは十分な戦闘能力を持つミラルダを最初に運ぼう、というのがイスメルの考えだった。


 師匠のそんな考えに勘付いたのか、カレンが少し不満げな顔をする。そんな彼女を尻目に、イスメルはミラルダを【ペルセス】に乗せると、軽くその腹を蹴ってフワリと空中に駆け上がった。そしてそのまま高度を上げ、川を越えて対岸へ向かい、段丘崖の一番に降り立った。そこでミラルダを下ろすと、イスメルだけが遺跡側へ戻ってくる。


「お待たせしました。さ、次は誰にしますか?」


 フワリと【ペルセス】を降り立たせ、馬上からイスメルがそう尋ねる。次はカレンかと思ったのだが、しかしウズウズとして待ちきれない様子の方が一名。呉羽である。どうやら空を飛ぶという体験に好奇心が刺激されまくっているようだ。ちなみにリムの方はと言うと、若干腰が引け気味だった。


「すごい、すごいぞ、これは!」


 お預けをくらわせるのもなんだか心苦しく、皆に勧められて二番目は呉羽になった。宙を駆ける【ペルセス】の背中の上で、彼女は歓声を上げる。喜んでもらえたことが嬉しかったのかイスメルはすぐには降りず、大きく螺旋を描くようにしながら降下して滞空時間を延ばし、さらに呉羽を喜ばせた。


 その後も、イスメルは遺跡側と対岸を行ったりきたりして、順調にピストン輸送を行った。カムイが対岸に渡ったのは四番目で、彼もまた空を飛ぶという稀有な体験を楽しんだ。最初は怖がっていたリムも、イスメルがしっかり支えてくれることの安心感と空を飛ぶことへの興味が不安を上回ったのか、対岸に降り立ったときには興奮気味に目を輝かせていた。


「大丈夫ですか、トールさん?」


 意外にも青い顔をしていたのがアストールだ。どうも地に足がついていない感覚と言うのが不安だったらしい。それを聞いてイスメルは「そればかりは慣れてもらうしかないですね」と苦笑していた。


「さて、と……」


 川を渡ったアストールは、何度か深呼吸をしてからシステムメニューを開いた。そこから彼が選択したのはメッセージ機能だ。カムイが後ろから覗き込んでみると、送り先はロナンになっている。どうやら新たなプレイヤーたちと出合ったことと、彼らをこれから海辺の拠点へ案内することを報告しているらしい。


「これでよし、っと……」


 メッセージを送信すると、アストールは満足げに頷いてからシステムメニューの画面を消した。


「あれ、ロナンさんからの返信を待たなくていいんですか?」


「ええ。つい先ほどロナンさんからメッセージが来たばかりなので」


 それを聞いて、カムイは苦笑を浮かべながら納得した。メッセージを送れるのは一時間に一回。今ごろロナンはその不便さに身もだえしているかもしれない。カムイはそう思った。


 さて、全員が対岸へ渡り終えるまでにかかった時間は、およそ30分。少々時間はかかったものの、〈侵攻〉はもちろん戦闘も起こらなかったので、負担はほとんどない。安全確実でラクな方法と言えるだろう。再三の要請を無視して拠点に戻らなかったかいがあったというものである。たぶん。


「それで、稽古のことなんですけど……」


 対岸への移動が終わったところで、まず呉羽がそう声を上げた。移動手段を提供する代わりに、弟子のカレンに稽古を付けて欲しい。それがイスメルの出した条件だった。


「稽古は拠点についてからにしましょう」


 イスメルがそう言うと、呉羽は少し間をおいてから「……はい」と答えた。その表情は明らかに落胆している。もしかしたら、彼女もカレンとの稽古を楽しみにしていたのかもしれない。


 稽古が拠点についてからになったので、九人は早速移動を始めることにした。地図を確認してから歩き始めたカムイら四人を、しかしアーキッドが呼び止める。不思議そうに振り返ったカムイらに、彼はこう尋ねた。


「一つ聞きたいんだが、アンタらはいつもどうやって移動してるんだ?」


「どうって……、歩いて、ですけど」


 質問の意図が分からず、カムイは首をかしげながらそう答えた。それを聞いて、アーキッドは顎に手を当てて無精髭を撫でながら、さらにこう尋ねる。


「そうか……。何かしらの高速移動手段はあるか?」


「高速……。まあ、本気で走ればそれなりにスピードは出ますけど……」


 実際、カムイや呉羽が本気で走れば相当なスピードが出るだろう。ただ、そのスピードにアストールやリムは付いて来られない。リム一人くらいなら抱きかかえて走ることもできるだろう。だが、アストールをおんぶしてとなるとちょっと厳しい。


「なるほどな。いや、答えてくれて感謝する。実は、五人だけのときは、俺たちは普通に歩くって事をあんまりしなくてな」


 そういうと、アーキッドはミラルダのほうに視線を向ける。その視線に気付くと、彼女は得意げな笑みを浮かべて頷いた。


「少し、離れておれ」


 そういうと、ミラルダは笑みを消して鋭い表情を作り、目を瞑った。次の瞬間、赤いオーラが嵐のように噴き出て来て彼女の身体を覆う。その赤い旋風が収まると、その場にいたのは一匹の巨大な狐だった。それも、ただの狐ではない。


「九、尾……?」


 呉羽が呆然とした様子でそう呟く。彼女が言うとおり、そこに現れたのは立派な九本の尻尾を持つ巨大な狐、すなわち九尾の妖弧だったのである。


 呉羽の呟きが聞こえたのか、巨大な狐の姿になったミラルダの口がニヤリと歪む。本人(狐?)は得意げに笑ったつもりなのだろうが、サイズが巨大なのでそれだけで結構な迫力である。


「ほう、知っておったか。さよう。これこそが妾の、もったいぶった言い方をするなら、真の姿というヤツじゃ」


「……ユニークスキル、ですか?」


 聞いてからカムイは「しまった」と思った。自分から話さない限り、プレイヤーにユニークスキルのことを尋ねるのはマナー違反である。だがミラルダは特に気にした様子もなく、気楽な調子でこう答えた。


「そうであるともいえるし、そうではないともいえる」


 まるで禅問答のような答え方に、カムイは思わず眉間にシワを寄せる。その顔が面白かったのか、ミラルダはコロコロと笑い声を上げた。それから彼女は自分のユニークスキルについて、こう説明した。


「妾のユニークスキルは【存在進化】という」


 その能力は「存在の格を三尾から九尾に引き上げる」というもの。さらにこの能力は常時発動型で、ゲーム開始時から使いっぱなしであるという。逆に「止め方が分からない」とミラルダは笑った。


 それで常時発動型であるから、今さっきその能力を発動したわけではない。【存在進化】の能力はずっと発動していた。今さっき行ったのは〈獣化〉。システムによらない妖弧族としての、いや獣人としての特性の一つである。要するに、九尾になったのはユニークスキルの力だが、こうして獣の姿になったのはユニークスキルの力ではない、ということだ。それで禅問答のような答え方になったのである。


「……それで肝心の移動手段だが、まあ要するにこういうことさ」


 そう言うと、アーキッドは獣化したミラルダに近づき、そして軽やかにその背に跨った。ミラルダも彼が乗りやすいように身体を屈める。そこへさらにキキも同じようにして彼女の背に乗り、さらに全身で抱きついて頬擦りをした。その様子を、呉羽は驚いた様子で見つめていた。


「九尾が、他人を背に乗せるなんて……」


「信じられぬかえ?」


「あ、いえ……。九尾は気位が高いというイメージがあったもので……」


 とはいえ、それはあくまでも呉羽の世界での話だ。別の世界出身のミラルダには、一概には当てはまらない。そう思って彼女も言いよどんだのだが、しかしそのイメージはあながち間違ってはいなかった。


「ふうむ? まあ、子供ならば乗せてやらんでもないがの。大人の男は、アード以外はお断りじゃな」


「感謝してるぜ、ミラルダ」


 特別扱いされたアーキッドは、照れた様子もなくポンポンと軽く叩くようにして艶やかな毛並みを撫でた。それから彼は残った二人の方へ視線を向ける。


「それで、あとはイスメルとカレンだが……」


 ここまで来れば、その先を予想するのは簡単である。アーキッドの視線を受けて、二人はすぐに【ペルセス】の背に跨った。手綱を持つのはもちろんイスメルで、カレンは後ろから彼女に抱きつくような格好だ。


 こうしてアーキッドら五人はそれぞれ騎乗するような形になった。この状態で駆け抜けて移動するのが、彼らのやり方だと言う。普通に歩くよりはるかに早いことは、想像に難くない。


 極めて効率のいい移動方法、と言えるだろう。彼らが広範囲を移動できるのも納得である。ただ今の問題は、彼らのそのスピードにカムイらが付いていけるのか、ということである。


「リムと言うたかえ? その女子(めのこ)一人くらいなら、妾の背に乗せても良いぞ」


 子供好きのミラルダがそう言ってくれたので、早速リムを彼女の背に乗せる。リムは初めての経験に落ち着かない様子だったが、お姉さんぶったキキが後ろから抱きしめてやると少し落ち着いた様子だった。


「これぞ、年上のよゆー」


 そんなこと言っているキキは置いておくとして。これで、あと考えるべきはカムイと呉羽とアストールの三人である。この内、カムイと呉羽についてはすぐに結論が出た。


「走るか」


「そうだな、わたし達は走ればいいな」


 そう言って二人は頷き遭う。カムイはアブソープションと白夜叉を併用してやれば、全力でも長時間走れるだろう。呉羽も装備を更新してからはカムイに匹敵する、いや彼を凌駕さえする機動力を手に入れている。こちらも問題はないだろう。魔力切れは起こるかもしれないが、その時はアブソープションと〈トランスファー〉でチャージしてやればいいのだ。


「……それで、トールさんはどうしますか?」


 八人の視線が、最後に残ったアストールに集中する。注目された彼は引き攣った笑みを浮かべながら、居心地悪そうに小さく身じろぎした。そしてそれから小さく咳払いし、どこか観念したかのようにこう言った。


「……一応、移動能力を上げる〈アクセル〉という魔法がありますが……」


 アストールは「移動能力を上げる」といったが、これは要するに足を速くし、さらに身体への負担を軽減する魔法だと思えばいい。まさにこの場にぴったりの魔法である。その魔法を彼自身に使えば問題解決である。


「じゃあそれで行きましょう」


 カムイがそういうと、他の七人も揃って頷いた。これでちんたら歩くことなく高速移動することができる。しかし肝心のアストールは、自分から手札を見せたというのに、あまり乗り気ではない様子だ。


「いえちょっと待って下さい。この魔法は効果時間が短くって……」


「なら、何度も使えばいいですね」


「それだと、すぐに魔力切れに……」


「ならないでしょう?」


 アブソープションと〈トランスファー〉がある限り、魔力切れは起こらない。それはカムイらにとっては、もう説明する必要もないことだった。そして誰も口には出さないが「できるんならやれよ」という空気が出来上がる。


「ならないですねぇ……」


 カムイの鉄壁の笑顔と同調圧力の前に、アストールはついに全面降伏した。カムイのとなりでは、呉羽が呆れた顔をしている。


「こういうのを、腹黒っていうんだろうな……」


「オレも成長してるってことだ。いつまでも手のひらで転がされてるわけにはいかないからな」


 そう言ってカムイが得意げな笑みを浮かべると、呉羽は微妙な顔をした。必要だとは思うが、それを成長とは認めたくない。そんな顔だった。


 まあそれはともかくとして。こうして高速移動の目途が立ったカムイらは、イスメルとカレンが跨る【ペルセス】を先頭に走り出した。そのスピードはアブソープションと白夜叉を戦闘時並みの状態で併用したカムイの、全速力のだいたい八割弱程度である。結構速い、と言っていいだろう。


 戦闘は起こらない。仮に進路上で瘴気が集束を始めたとしても、モンスターが出現する前に通り過ぎてしまうのだ。間に合ったとしても、彼らのスピードについてこられるものではない。一度だけかなり前方に出現したために戦闘が避けられないことがあったが、その場合も先頭を行くイスメルが鎧袖一触に切り伏せてしまう。一行は速度を落すことなく走り続けた。


「ちょ……、まっ……」


 そのスピードに付いていくのに一番苦労したのは、言うまでもなくアストールだった。途切れとぎれに弱音が聞こえてくるが、走っているせいで口が上手く回っていない。それをいいことに他の七人(リムを除く)は聞こえないフリをしていた。


「そろ、そろ……、魔、力、が……」


「はいはい、任せてください」


 アストールが魔力切れを起こすと、すぐさまカムイが駆け寄る。疲れてぜーはー言っているところへ、さらに本人曰く「油のような」魔力をチャージさせられ、アストールはさらにげんなりした顔になった。


「あ、ポーション要ります? 低級ですけど」


「……いただきます」


 カムイが笑顔で差し出した【低級ポーション】を受け取ると、アストールはそれを一息で煽った。それが罠であるとも知らずに。


「さ、トールさん。もうひと踏ん張りですよ」


 カムイの言葉に、アストールは無言のまま頷いた。【低級ポーション】を飲んだことで、体力も幾分回復している。魔力も回復したし、これならもう少し頑張れそうだった。ちなみに【低級ポーション】は全てカムイの自腹である。もっともアブソープションを使っているので採算的にはばっちり黒字だ。


 彼は気付いていない。【低級ポーション】を飲んでしまったことで、休憩時間がごっそり削られていることに。こうしてこの日、アストールはアブソープションと〈トランスファー〉による魔力ドーピングと、【低級ポーション】による体力ドーピングによって、ほぼ休みなしでおよそ半日、走り続けることになるのだった。


 ちなみに。ヒィヒィ言いながら走るアストールは当然のように余裕がなく、そのためロナンからの返信にも気付くことはなかった。



 ― ‡ ―



 カムイら四人とカレンら五人が出会った、その日の夜。完全に暗くなる前にアーキッドのユニークスキル【HOME(ホーム)】で呼び出した屋敷に引っ込んだ彼らは、カレンらのおごりでささやかな晩餐を食べた後、その広いリビングに集まっていた。なお、疲れ果てたアストールはすでに部屋で休んでいる。【低級ポーション】を差し入れておいたので、それを飲んで寝れば明日の朝には完全に回復しているだろう。


「……ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど、その眼鏡はなんなの、カムイ? 似合わないわよ」


 カレンにまで眼鏡を「似合わない」と言われ、カムイは頬を引き攣らせた。とはいえファッションとして身につけているわけではないので、まだ傷は浅い。


「……マジックアイテムだよ。【測量士の眼鏡】っていうんだ」


 そう言って眼鏡を外しながら、カムイはそのマジックアイテムの効果を説明する。するとすぐにアーキッドが興味を示した。


「ほう……。そんなマジックアイテムはショップでも見たことがないな。リクエストしたのか?」


「ええ。数日前に」


「ちょっと地図を見せてくれ。比べてみようぜ」


 アーキッドにそう言われ、カムイはストレージアイテムから地図を取り出した。そしてアーキッドが取り出した地図と並べてテーブルの上に置く。倍率を同じにして比べてみると、二つの地図の差は一目瞭然だった。


「こんなにも差が付くのか! スゲェな、こりゃ」


 アーキッドが感嘆の声を上げる。そして少し考え込むと、「買おう」と言った。確かに広範囲を移動する彼らが使えば、効率よく地図を埋めていくことができるだろう。だが、問題もある。


「高いですよ?」


「いくらだ?」


 500万Ptです、とカムイが答えるとアーキッドは「ヒュ~」と口笛を吹いた。その仕草はワザとらしくなくて、妙に様になっている。


「確かに高いな。だが、買えないほどじゃあ、ない」


 得意げな笑みを浮かべながらそう言うと、アーキッドはシステムニューの画面を開いた。そして幾つかの操作をしてアイテムショップから【測量士の眼鏡】を購入する。それを見てカムイと呉羽はわずかに眼を見開いた。


「ポイント、かなり持ってるんですね」


 500万Ptもするアイテムを、しかも有用だとはいえ生き残るために必須というわけでもないアイテムを、アーキッドはまったく躊躇することなく購入した。逆を言えば、躊躇う必要がないくらいポイントを持っているということだ。


「まあな。とはいえ俺の力じゃないがな」


 そう言ってアーキッドがキキのほうへ視線を向ける。それに気付くと、彼女は鼻息も荒く「むふー」と声を上げてドヤ顔をした。ちなみにキキは今、ペンギンの着ぐるみに似たパジャマを着ている。そして彼女に捕獲されたリムは、うさぎの着ぐるみのパジャマを着せられていた。カムイとしては「なんだかなぁ」と思うが、本人が嫌がっていないので深く考えないことにする。


 閑話休題。キキの反応からも分かるように、アーキッドらが高額のポイントを稼げるのは彼女のユニークスキルに寄るところが大きい。彼女のユニークスキルは【Prime(プレイム)Loan(ローン)】という。その能力は以下のようなものだ。


【プレイヤーはシステムからポイントを無利子で借りることができる。借りることのできる上限は、KiKi(キキ)の成長に応じて引き上げられる。ポイントを借りた場合、借りた額の一割が手数料としてKiKi(キキ)に支払われる。ポイントを借りたプレイヤーは、全額を返済しない限り、願いを叶えることはできない。なお、KiKi(キキ)は自分に対してこの能力を使うことができない】


「システムからポイントを借りるって……。どれくらい借りられるんですか?」

「そうだな……。今だと一人2000万くらいか?」


 アーキッドがそう答えると、キキはドヤ顔のまま大きく頷いた。それを聞いてカムイと呉羽は絶句する。一割を手数料として取られるとはいえ、それでも1800万Ptをしかも無利子で借りることができる。リーンが知ったら狂喜乱舞しそうな能力だ。いや、狂喜乱舞するのは決して彼女だけではないだろう。ポイント不足はほぼ全てのプレイヤーに共通する悩みなのだから。


 このユニークスキルについて知れば、ポイントを借りたいと思うプレイヤーは多いだろう。そしてプレイヤーがポイントを借りるたび、キキにはその一割が手数料として支払われる。例えば100人が1000万Ptずつ借りたら、それだけで1億Ptを得られる計算だ。アーキッドらはこうしてポイントを稼いできたのである。


(しかも……)


 しかも、彼らは拠点を渡り歩いている。それが新たな顧客を獲得するためでもあることを、カムイはすぐに理解した。一体今までにいくら稼いできたのか。そう思いながらカムイはリビングを見渡した。最初は驚いたこの豪邸だが、なんだか納得だった。


 さらにキキは、そうやって稼いだポイントをパーティーの仲間に分配していた。そうやって媚を売ったり、または買収したりしていたわけでは決してない。


『わたし一人じゃ、こんなに稼げなかったし、そもそも生き残れてもいなかったと思う。このポイントはパーティーで稼いだもの。だから、パーティーで分けるのは当たり前』


 そう言って彼女はポイントを分配した。ただ、必ずしも均等というわけではない。最も多くのポイントを貰っているのはアーキッドで、そのほとんどがこの豪邸につぎ込まれている。分かりやすい形で還元されているので、今のところ誰も不満には思っていなかった。


 まあそれはそれとして。キキのユニークスキルの説明を終えると、アーキッドは次にカムイと呉羽の顔を見比べながらこう言った。


「そうだ、お前さんたちも借りてみるか?」


「ぐへへ、滅多にないうまい話ですぜ、旦那」


「あ~、いえ、今のところポイントは足りているので、大丈夫です」


 キキの妙に上手い演技に苦笑しながら、カムイはそう言って断った。それを聞いて、アーキッドも「ま、そりゃそうか」と言って笑う。カムイは「【測量士の眼鏡】をリクエストして買った」と言っていた。そのためには合計で600万Ptが必要になる。つまりそれだけのポイントを稼ぐ能力が、彼らにはあるということだ。ならば、わざわざ借金をする必要はない。


「フラれた……。ショボーン……、シクシク……」


「これ、ウソ泣きするでない」


 苦笑しながらそう言って、ミラルダがキキの頭を撫でた。その様子を、アーキッドは生暖かく眺めている。その彼に、カムイはふと思いついたことを尋ねた。


「そうだ。アードさんたちって、地図のバックアップってどうしてます?」


「バックアップ? ……取れんのか?」


 カムイの言葉に反応し、アーキッドの視線が鋭くなる。カムイは慌てて手を振った。


「ああ、いえ。取る方法があるなら、教えて欲しいなぁ、と」


「なるほど、な。生憎だが俺も分からんよ。コッチが教えて欲しいくらいだ」


 アーキッドはそう言って肩をすくめると、「降参」と言わんばかりに両手を上げた。どうやら地図のバックアップについては、彼のほうも心配していたらしい。カムイらよりも広範囲を移動し、さらに幾つもの拠点を渡り歩いてきた、その情報が記載されている地図だ。万が一の場合を心配するのは当然だろう。


「なんなら、それ用のアイテムをリクエストすればいいんじゃないのか?」


 そう言ったのは呉羽だ。その言葉にカムイは「それしかないかなぁ」と応じ、アーキッドも「そうだな」と言って頷いた。


「早速リクエストしてみたらどうだ? お手ごろ価格だったら俺が買ってもいいぜ」


「……まあ、いいですけど」


 なんだか上手く乗せられてしまったような気もするが、それはそれとして。カムイはシステムメニューの画面を開くと、そこからアイテムリクエストの画面へ進む。


「それで、どんなアイテムをリクエストします?」


「そうだな……」


 アーキッドらとも相談しながら、カムイはどんなアイテムをリクエストするのかを決めていく。そして最終的に次のように決まった。


 アイテム名【地図情報共有機】

 説明文【二つの地図の情報を共有し、またコピーする】


 単純に複製としなかったのは、カムイもアーキッドも、お互いの地図の情報が欲しかったからだ。最後にもう一度確認してから、カムイはボタンをタップしてリクエストを出す。アイテムは無事に生成された。


「どれどれ……」


 アイテムが生成されると、アーキッドは自分のシステムメニューを開き、アイテムショップで【地図情報共有機】を検索する。そのアイテムはすぐに見つかった。ただそのページを開いてみると、説明文が少し違っている。


 アイテム名【地図情報共有機】

 説明文【二つの地図の情報を共有し、またコピーする。1回につき100Ptかかる。ただしアイテムショップで販売されている既製品については、その内容をコピーすることはできない】


「びみょーにコストが……」


「ま、これくらいならどうってことはないさ」


 苦笑しながらもアーキッドは【地図情報共有機】を購入し、それをテーブルの上に置いた。【地図情報共有機】の見た目はシンプルな長方形の金属プレートで、そのプレートに白い線で円が二つ描かれている。使用方法によると、その円の中に地図を広げた状態にして置いて使うらしい。ちなみにお値段は50万Pt。「意外と安い」と思ったカムイは、たぶん金銭感覚が狂ってきている。


「早速使ってみようぜ」


 アーキッドに促され、カムイは地図を【地図情報共有機】の上に載せた。二つの地図がそろうと不意にメッセージ画面が現れる。そこにはこう書かれていた。


【地図情報の共有とコピーを開始しますか?(Yesを選択したプレイヤーが100Ptを負担します) Yes / No】


 アーキッドは迷わず「Yes」をタップした。するとプレートの上に置かれた二つの地図がシャボン玉のエフェクトに包まれる。エフェクトは十秒ほどで収まり、それから地図を手にとって見てみると、確かにさっきまではなかった広範な範囲に及ぶ地図情報が新たに追加されていた。


「うっしゃ、成功だな」


 そう言ってアーキッドは笑顔を見せた。さらに彼は白紙の地図を購入し、もう一度【地図情報共有機】を使ってバックアップを作成する。出来上がったバックアップ(スペア?)をアーキッドがカムイと呉羽に見せると、二人は「お~」と感嘆の声を上げた。


 それから二人もアーキッドの真似をして白紙の地図を買い、【地図情報共有機】を使わせてもらってバックアップを作った。まったく同じ内容が記された二つの地図を見比べ、カムイと呉羽は頷き合う。これで地図がダメになってしまうリスクはかなり軽減された。


「これで気になっていた問題が一つ片付いたぜ」


 よかったよかった、とアーキッドは喜ぶ。それから彼はニヤリと、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。


「いい飯のタネになりそうだし、な」


 それはつまり、地図情報を売る、ということだ。ロナンやデリウスもそうだが、この世界の地図情報を欲しているプレイヤーは多い。今までは地図そのものを売るしかなかったが、【地図情報共有機】を使えば情報だけを売ることができる。つまり多売が可能なのだ。その上、おそらく薄利にならない。


 欲張ってぼったくらなければ、この地図(情報)を欲しがるプレイヤーは多いだろう。手に持った地図を見ながら、カムイはそう思った。


 しかもアーキッドらはあちこちの拠点を渡り歩いている。顧客は各地におり、さらに移動に伴い地図情報は常に更新されていく。一度買ったプレイヤーも、情報が更新されていればまた買うだろう。なるほど、確かになかなかよい商売である。


(オレたちも真似を……、いや無理だなぁ……)


 広範な範囲を移動し数々の拠点を渡り歩いているアーキッドらだからこそ、この商売は成立するのである。遺跡調査に注力しているカムイらには真似できない。そもそも移動速度とその範囲でかなわないから、商品価値がどうしても劣ることになる。これでは勝負にならないだろう。


「……ところで、これからいく拠点ってのはどんなところなんだ?」


 地図を片付けると、アーキッドはそう言って海辺の拠点について尋ねた。本当は遺跡調査の成果について聞きたかったのかもしれないが、そちらは一番詳しい者が疲れ果ててダウンしている。まあ海辺の拠点に戻ればロナンらに報告することになるので、その時に同席するなりして聞いてもらえばいいだろう。


「オレたちもちょっとしかいなかったので詳しくはないんですけど……」


 そう前置きしてから、カムイは海辺の拠点について話した。〈騎士団〉や〈世界再生委員会〉、そして〈侵攻〉のことなどである。特に〈侵攻〉について聞くと、アーキッドは目を鋭くして思案気に顎を撫でた。


「そうか……。なかなか厄介だな……」


「おかげでポイントを十分に稼げて、さらにプレイヤーの意思統一も出来ている、って側面もあるみたいですけどね」


 これはガーベラが話していたことである。それを聞いてアーキッドは「確かにな」と言って頷いた。


「他に何かあるか?」


「そうですね……。あとは〈浄化樹〉というモノがあります」


「浄化樹……!? き、木があるのですか!?」


 今まで静かにしていたイスメルが、「浄化樹」のことを聞いていきなり話に食いついてきた。黙って座っていた彼女は、その硬質な美貌と全体的に淡い色彩も相まって、まさに深窓の令嬢といった風だったが、こうして詰め寄る姿は眼も爛々と輝いていてちょっと怖い。


「その話、もうちょっと詳しく……!」


 イスメルはカムイの両肩を掴んでにじり寄る。その迫力に、カムイは及び腰になりながら頬を引き攣らせた。始めて見たときに感じた儚げな雰囲気は、微塵も感じない。鼻息は荒く、目は血走っている。


「師匠、師匠! 落ち着きなさい!」


 そんなイスメルを、弟子のカレンが強引に引き剥がす。おかげで身体は離れたものの、彼女の爛々と輝く目はカムイを捉えたままだ。その視線になんだか被捕食動物の気分を味わいながら、無言のうちに「もっと詳しく!」と催促するイスメルに応え、彼は浄化樹について説明した。


「ええっと、浄化樹というのはですね、ガーベラという人のユニークスキルで創った植物、ですかね。瘴気を吸収して成長する、という特性があります。あ、写真があるんだけど見ますか?」


 イスメルが猛烈な勢いで首を縦に振ったので、カムイは若干引き気味になりながらも、システムメニューからアルバムを開いて浄化樹の写真をホログラムのように浮かべた。


「おお……、おおう……! おおおおお……!」


 写真を見たイスメルは、眼に涙を浮かべて感激して打ち震えた。エルフである彼女は植物を、特に森林をこよなく愛している。しかしこの世界には森林どころか雑草の一本も生えていない。彼女は初期設定のときにその事を知って絶望し、この世界に来るのを散々ぐずった挙句、ヘルプマンをキレさせて半ば放り出されるようにしてゲームをスタートさせたのである。


 植物のない地獄(せかい)に堕とされたイスメルだが、幸運なことに仲間に恵まれた。特にアーキッドのユニークスキル【HOME(ホーム)】のおかげで、部屋を観葉植物で満たすことができた。そのせいでイスメルは「天上の楽園」に引き篭もりがちになり、毎朝カレンが苦労する羽目になったのだが、まあそれはそれとして。


 この世界に植物が、しかも樹木がある。それを知ったイスメルは俄然やる気を出した。浄化樹がこの世界由来のものではないことなど、彼女にとっては関係ない。どのような形であれ、この世界に植物が根付いている。それこそが重要だった。


「こうしてはいられません……! さあ、行きましょう!」


 もはや一秒たりとも無駄に出来ない。イスメルは立ち上がって飛び出そうとしたが、その腰にカレンが抱きついて彼女を抑えた。


「師匠、落ち着いてください! もう遅いですから! 外、真っ暗ですよ!?」


「何を言っているのです、カレン! ペルセスにかかれば夜闇を飛ぶなど朝飯前です! 明日の朝ごはん前までには着きますよ!」


「なに上手いこと言ってるんですか!? ああもう、呉羽さんもカムイも手伝って!?」


 なんやかんやがやがやと。三人は何とかイスメルを抑えることに成功したが、しかし明日は全速力で海辺の拠点へ向かうことを約束させられてしまう。なお、それで一番キツイ思いをするのは間違いなくアストールなのだが、前述したとおり彼は今この場にはおらず、彼のいないところで決まってしまったのだった。


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