表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
再会の遺跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/127

再会の遺跡2

「まず、役割分担をしましょう」


 アストールがそう言うと、他の三人は揃って頷いた。それを見てから、彼はまず呉羽に視線を向ける。


「まずクレハさんですが、クレハさんには瘴気濃度を上げる役目をお願いします。それが終わったら、次はパーティーの前衛をお願いします。〈侵攻〉が起こらなかったとしても、高濃度瘴気の中に飛び込むのです。通常のモンスターは、むしろいつもより多く出てくると考えておいた方がいいでしょう」


「……戦闘を優先するとなると、風を制御して瘴気を留めておくことができなくなりますけど、それでもいいのですか?」


「走れば川までは数分です。拡散を気にする必要はないでしょう」


「分かりました。任せておいて下さい!」


 呉羽がそう言って力強く請け負うと、アストールも「頼みました」と言って一つ頷いた。それから彼は次にカムイのほうに視線を向ける。


「カムイ君には、また瘴気濃度の測定をお願いします。それと、〈侵攻〉が起きているかどうかの確認をして下さい。もし〈侵攻〉が起こっているようならすぐに撤退を。また別の手を考えましょう」


「了解です」


「それと、アブソープションは基本的に使用禁止です。瘴気濃度が下がってしまいますから。ただ、少しでも危ないと思ったら躊躇わずに使ってください。カムイ君が無事でいることの方が、よほど重要です」


 アストールが言い聞かせるようにそう言った。それをなんだかムズ痒く感じながら、カムイは神妙に頷く。それを見てから、アストールは次にリムのほうへ視線を向ける。


「リムさんには、【レンタルモーターボート】の購入をお願いします。なるべく手早くお願いしますね」


「は、はい! 頑張ります!」


 リムは可愛らしく拳を握りながら意気込んだ。そんな彼女に、カムイは「履歴機能を使うといいぞ」と教えてやる。アストールが「ああ、それはいいですね」と同意したこともあって、リムはすぐにアイテムショップの画面を開き、【レンタルモーターボート】のページを一度開く。それから履歴のコマンドをタップしてみると、今さっき見たばかりの【レンタルモーターボート】がリストの一番上にあった。これでいちいち検索しなくても、すぐにこの商品を購入することができる。ちなみに、費用は後で折半だ。


「ところでリム、この【お姫様ドレス】って……」


「はにょわ!?」


 カムイが履歴のリストの二番目にあったアイテムについて指摘すると、リムが飛び上がって奇声を上げた。何事かとアストールと呉羽も彼女のメニュー画面を覗き込むが、リムは慌てながらもすぐに画面を消してしまう。しかしどうやらバッチリ見られてしまったようである。


「どれどれ……、【お姫様ドレス】っと……」


「あー! あー !あー! ク、クレハしゃん!」


 呉羽が自分のメニュー画面を開いて、アイテムショップで検索をかける。リムは顔を真っ赤にしながら両手をワタワタと振り回し、噛みながらも呉羽の検索を阻止しようとするが、面白がるカムイに両肩を抑えられてそれもかなわない。


「お、コレか……。うむ、可愛いじゃないか!」


 そう言って呉羽がメニュー画面をカムイとアストールに見せる。そこに映っていたのはフリフリの子供用ドレスだ。説明文を読んでみると、好みに応じて生地の色を変えられるようだ。ちなみにオプションでティアラも付けられる。お値段は一着50,000Pt。カムイは高いと思ったが、呉羽に言わせればこんなものらしい。


「リムちゃんなら色はやっぱりピンクかな。今度買ってあげようか?」


「もう知りません! クレハさんのバカ!」


 すっかり拗ねてしまったリムが、顔を赤くしたままそっぽを向く。普段から「子ども扱いしないでください!」と背伸びしている彼女だから、こういう子供っぽいドレスに憧れて眺めていたと知られたのが恥ずかしいのだろう。もっとも、そういう部分を含めて年相応である。


「そろそろ話を戻していいでしょうか?」


 ほどほどのところでアストールがそう口を挟んだ。彼の話の腰を思いっきり折ってしまった自覚はあるので、カムイも呉羽も素直に頷く。ちなみにリムはむくれたままで、呉羽が後ろから抱きしめてご機嫌取りをしている最中だ。


「とは言っても、話すことはもうそんなにないんですけどね。私はクレハさんの援護に回ります。フォーメーションはクレハさんを先頭にして、私、リムさん、最後尾にカムイ君です。モンスターを倒しても魔昌石は回収せず、移動を最優先にしましょう」


「分かりました」


「了解です」


「…………はい」


 アストールの言葉に、他の三人が返事を返す。リムはどうやらまだむくれているようである。これから本番だと言うのに、これはいただけない。カムイに視線で催促され、呉羽が抱きしめながら宥めにかかった。


「悪かったよ、リムちゃん。今度ケーキ買ってあげるから。ほら、機嫌直して?」


「……プリンがいいです。クリームがいっぱい載ってるプリン」


「ん、それじゃあ川を渡って向こう岸に着いたら買ってあげる。だから今は頑張ろ?」


「……分かりました」


 少し間をおいてからリムがそう答えた。本人は精一杯不機嫌なフリをしているのだろうが、口の端に笑みが浮かんでいる。内心で喜んでいるのは一目瞭然だった。まことちょろい、もとい素直なお子様である。


 ちなみに、リムだってかなりポイントを稼いでいるので、プリンくらいなら毎日どころか毎食食べても余裕である。しかし「お菓子の食べすぎは健康によくない」と呉羽によって制限されているのだ。おやつは原則一日一回で、今日の分はすでに食べてしまった後だった。


 リムの機嫌が直ったところで、いよいよ本番開始である。機嫌が戻ったリムを腕から放すと、呉羽は一気に視線を鋭くして臨戦態勢に入った。さっきバカ話をしたおかげなのか、気分が軽い。コンディションはベストな状態だった。


 呉羽を先頭にして、四人は段丘を降りる。そして呉羽は段丘崖から二歩ほど離れると、愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を鞘から抜き、逆手に持ち直してその切っ先を地面に突き刺す。それから大きく息を吐くと、彼女は目を閉じて深呼吸を繰り返し、集中力を高めていく。


 そんな彼女の後姿を見ながら、この後のための準備を行う。【Absorption(アブソープション)】を使って体内にエネルギーを溜め込んでおくのだ。このエネルギーが、作戦中の彼の命綱になる。使われずに溜め込まれていくエネルギーはまるでマグマのようで、カムイは内臓がずんっと重くなったような錯覚を覚えた。


 それは腹の中で蛇がとぐろを巻いているかのようでさえある。この感覚にはなかなか慣れないが、しかし最初の頃のようにのたうち回ることもない。カムイはそんなところで自分の成長を感じるのだった。


 カムイは体内に十分なエネルギーを溜め込むと、アブソープションを停止する。そしてそれを見計らったかのように、呉羽が「ハァ!」という鋭い呼気と共に愛刀へ力を込めた。次の瞬間、川岸一帯が黒い霧のような靄に覆われる。呉羽がゲロ吐いてしまったさっきほどではないが、十分に濃密な瘴気だ。


「ではカムイ君、お願いします」


「了解です」


 アストールに促され、カムイは白夜叉のオーラを薄く身体に纏ってから、【瘴気濃度計】を手に濃密な黒い靄の中へ入っていく。目盛りを読むと、数値は4.02。十分に高く、それでいて5.0は超えていないから、【瘴気耐性向上薬】を飲んでいる今の状態なら影響を受けることはまずない。


 数値を確認してから、カムイは次に視線を川のほうに向ける。濃密な瘴気のせいで視界が悪いが、しかし目を細めてなんとか川の様子を窺う。ワニ型のモンスターが上がってくる気配は、ない。


「数値4.02! 〈侵攻〉が起こる気配、ありません!」


 カムイがそう報告すると、すぐにアストールの返事が聞こえた。そして足音が聞こえ、呉羽を先頭に三人が小走りで高濃度の瘴気の中へ入ってくる。彼らの顔色に問題はなく、だれも瘴気の影響は受けていない。作戦の第一段階はクリアできたようだ。


 カムイと合流しても、三人は足を止めない。呉羽は軽くうなずいて見せると、そのまま彼の脇をすり抜けて川へと向かった。アストールとリムも、その背中に続く。そしてリムとすれ違ったところでカムイも彼女の後に続き、周囲を警戒しながら小走りになって川を目指す。


「ギィィィィィイイイ!」


「ギィ! ギギィィ!」


 濃密な瘴気の中、モンスターの耳障りな雄叫びが響く。アストールの言っていた通り、この瘴気の中でモンスターが出現しているらしい。それも一体ではなく複数。やがて四人はモンスターと接触した。


「速度はなるべく落さないで! このまま川へ!」


「分かりました!」


 アストールの指示に呉羽は緊張を孕みながらも楽しげな声で応える。そして愛刀の白刃をきらめかせながら、前方から襲ってくるモンスターを次々と切り伏せていく。その動きは嵐のように激しく、しかし舞を踊っているかのように滑らかだ。風の刃を飛ばしたりして間合いの外のモンスターにも対応し、彼女はモンスターを近づけさせない。


 ただ、モンスターは前からだけ襲ってくるわけではない。それで側面から襲ってくるモンスターについては、主にアストールが〈ソーン・バインド〉で拘束して動きを封じることで対応した。


 装備を【天元樹の杖】に変えてからというもの、彼の魔法の腕はキレをましている。具体的に言うと、〈ソーン・バインド〉の発動時間が短くなり、逆に拘束時間は長くなった。ほとんど一瞬で発動でき、そして一度拘束してしまえば川を渡ってしまうまでは十分に持つ。相変わらず攻撃力は皆無だが、今はモンスターを倒す必要などない。存分にその偉力を発揮していた。


 しかしそれにしても、敵の数が多い。さらにアストールは走りながら左右に気を配らなければならず、そのため彼の負担は大きかった。そのせいで対処しきれず、モンスターの接近を許してしまうことが、少ないながらも何度かあった。今また、アストールの死角をついて狼に似たモンスターがリムに飛び掛かってくる。それを何とかするのはカムイの仕事だ。


「ギィィ!」


 大口をあけて飛び掛るモンスターの前にカムイが立ちはだかる。そして左腕に噛み付かせてモンスターの攻撃を防いだ。


「っ!?」


 カムイが僅かに顔を歪める。白夜叉のオーラを抑え気味にしているせいか、血は出ていないものの腕に鋭い痛みが走ったのだ。呉羽との稽古を別にすれば、久しぶりのダメージである。それを堪えながら、彼は自分にこう言い聞かせた。


(イメージしろ!)


 薄く、そして鋭く。そのイメージを頭に置きながら、カムイは右手の手刀を振り下ろして左腕に噛み付いたモンスターの首筋を切り裂く。モンスターは短いうめき声を上げて瘴気へと還った。魔昌石が地面に落ちるが、それを回収している暇はない。カムイはすぐにまたリムの後ろにピタリとつき、左右を警戒しながら川を目指した。


(これじゃあ、ダメだな……)


 小走りになりながら、カムイは一人さっきの戦闘の反省をする。白夜叉が抑え気味で、そのために防御力が低くなっているというのに、ついいつもの感覚で敵の攻撃を受け止めてしまった。


 そのせいで、致命傷ではないもののダメージを負った。これはデスゲーム。死は誰の上にも訪れうるのだ。その意識を彼はまた新たにする。「受けるな、かわせ」といつも呉羽に言われているが、その重要性をようやく理解できたような気がした。


「ギギィ!」


 また一体、アストールの取りこぼしが突っ込んでくる。猪に似たモンスターで、今度の狙いはカムイらしい。


(敵の攻撃は受けないで、有利に戦闘を進め、有利なまま終える)


 いつも稽古で言われていることを反芻しながら、カムイは猛進してくるモンスターを見据える。そしてモンスターが体当たりするその瞬間、僅かにスピードを落とし最小限の動きでその攻撃を回避した。さらにモンスターが傍を通り抜けるときに、その後ろ足を引っ掛けて転ばせる。


「トールさん!」


 カムイがアストールを呼ぶ。返事はない。しかし次の瞬間、バランスを崩して地面を転がるモンスターが〈ソーン・バインド〉で拘束された。これで「一丁上がり」である。


 小走りで進むこと数分、四人はついに川のすぐ近くにまで到達した。リムは川に近づいてシステムメニューの画面を開き、そこからさらにアイテムショップへと進む。その間、呉羽とアストールは川岸の方を向いて迫り来るモンスターを撃退、あるいは足止めする。他方のカムイは、リムの前に立って水面を警戒していた。川の中からモンスターが現れた場合にリムを守るためだ。


「えぇっと……、こうで、こうして……、これで……、買えました!」


 リムが歓声を上げると同時に、川の上にシャボン玉のエフェクトが現れる。そしてそのエフェクトが消えると、一隻のボートが水面に浮かんでいた。そのボートへ、まずはカムイが飛び乗る。


「呉羽、トールさん!」


 カムイが二人の名前を呼ぶと、彼らは僅かに視線を動かしてボートを視認した。そして呉羽は迎撃を続け、トールは振り返ってリムを抱き上げる。そして彼女の小さな身体をカムイに手渡してボートに乗せてやり、自分もその後すぐにボートへ乗り込む。


「呉羽、早く!」


「エンジンをかけろ!」


 振り返りもせず、呉羽がそう声を上げる。その声に小さく頷くと、カムイは【レンタルモーターボート】の説明文に書かれていた手順を思い出しながらエンジンを始動する。エンジンが始動すると、ボートはすぐに川岸から離れ始めた。


「呉羽!」


 動き始めたボートの上から、カムイが呉羽を呼ぶ。呉羽が振り返ったときには、ボートはすでに川岸から数メートル離れてしまっていた。それでも彼女は少しも焦らない。二歩助走をつけ、そして三歩目に大きく跳躍。飛び上がった彼女は、ユニークスキルである【草薙剣/天叢雲剣】や【青龍の外套】の力を使いながら空中姿勢を維持し、さらに軌道を調整してボートの後を追う。


「場所を空けてくれ!」


 呉羽がそう叫ぶとアストールとリムは船首に、カムイは船尾に身体を寄せてボートの真ん中を空け、彼女が着地するスペースを確保する。それを確認してから、呉羽は慎重に風を操って自分の身体をそこへ運び、最後にトンッと軽やかに着地した。ボートを転覆させないよう、最後に落下の速度を殺したのだ。


 呉羽を回収すると、カムイはボートの速度を上げた。ボートは水しぶきを上げながら川を跳ねるように進んだ。対岸がぐんぐんと近づく。


「このまま突っ込みます!」


 カムイは速度を下げなかった。そのまま、座礁するような形で遺跡側の川岸に突っ込む。大きな衝撃がボートを震わせるが、プレイヤーの身体は頑丈だ。備えていたこともあり、四人は怪我をせずにすんだ。


「モンスターが……!」


 ボートが遺跡側の川岸に着くと、いやその前から、川の中からワニ型のモンスターが現れ始めていた。遺跡側の川岸は瘴気濃度が高くなっていない。そのため〈侵攻〉が起こったのだ。


 ボートが完全に止まると、まずは呉羽が飛び出した。そして近くにいるモンスターを始末して場所を確保する。次にトールがボートから降り、さらにカムイがリムを抱き上げて彼に渡す。そして最後にカムイもボートから降りた。


「戦う必要はありません! 走って遺跡へ!」


 アストールのその指示に、三人は黙って頷いた。ただ、走ろうにもやはりモンスターの数が多い。


「〈地走り〉!」


 呉羽が愛刀の切っ先を地面に突き刺す。そしてそのまますくい上げるようにして振るった。すると指向性の衝撃波が地面を砕くようにしながら走り、そこにいたモンスターを吹き飛ばしていく。衝撃波が収まると、そこには一本の道ができていた。


 その道を、駆け抜ける。フォーメーションはさっきと同じだ。先頭は呉羽で、アストール、リム、カムイと続く。ちなみにアブソープションの使用制限はもう必要ないので、カムイは白夜叉のオーラを白い炎のように激しく揺らめかせている。


〈侵攻〉で現れるモンスターは遮二無二襲い掛かってはこない。その性質のおかげで、四人は邪魔されることなく川から離れることができた。目の前には遺跡があり、少し走ると石造りの階段がある。四人がそれを登ると、〈侵攻〉は収まった。


 残ったワニ型のモンスターが、次々に身体を投げ出してその場所を汚染していく。その光景は、見ていて決して気持ちのいいものではない。しかしこの時ばかりは、ようやく作戦が終わり遺跡にたどり着いたのだ、という安堵の方が勝った。


「ようやく、つきましたね……!」


 目の前に広がる遺跡を眩しそうに眺めながら、感慨深げにアストールはそう呟く。若干の疲労が浮かんではいるものの、彼の顔はそれ以上の期待感で輝いている。その無邪気な笑顔は、まるで子供のようですらあった。


「トールさん、少し休みませんか?」


 放っておいたら今すぐにでも飛び出しそうな様子のアストールに、呉羽が後ろからそう声をかける。振り返った彼は、少しバツの悪そうな顔をしていた。


「そうですね、少し休みましょう。リムさんも、プリンが待ち遠しい様子ですし、ね」


「そ、そんなことありません!」


 リムは顔を真っ赤にしながらそう否定するが、三人の中でそれを真に受けるものはいなかった。だいいち、真に受けられて「それじゃあプリンはいらないね」と言われていたら、きっと彼女は泣いてしまうだろう。


 リムを宥めてから、四人は円になって座る。それからそれぞれシステムメニューの画面を開いた。自分の飲み物などを買うためだ。するとメニュー画面を操作していたリムが、不意に「あ……」と声を上げた。


「どうした?」


 カムイがそう尋ねると、リムは無言のまま見ていたメニュー画面を彼のほうに向ける。どうやらポイント獲得ログの画面であるらしい。そしてそこに記された最新の項目を見て、カムイは思わず頬を引きつらせた。


《【レンタルモーターボート】修理代 -50,000Pt》


 レンタルした品物を傷つけたり壊したりしてしまったら、修理代を取られるのは当たり前である。そしてその摂理は、どうやらアイテムショップにも適用されるらしい。また一つこのデスゲームのルールが判明したわけだが、そのために少々高い授業料を取られてしまった。


「あ~、悪い。なんなら立替えるけど……」


【レンタルモーターボート】を乱暴に川岸へ突っ込ませ、傷つけてしまったのはカムイだ。これが呉羽相手なら笑って誤魔化していたところだが、リム相手にそれをするのも気が引ける。それで費用の立替を申し出たのだが、そんな彼にリムはツンッとしたすまし顔でこう応えた。


「ロールケーキが食べたいです。フルーツたっぷりのがいいです」


 どうやらこの機会に、普段は制限されているスイーツを食べまくるつもりらしい。彼女のそんな可愛らしい策略に気付き、カムイは思わず小さく噴出した。


「仰せのままに。お姫様」


「……チョコレートケーキも食べたいです。イチゴがついているのがいいです」


 カムイが芝居がかった仕草で大仰に一礼して見せると、リムは【お姫様ドレス】のことをからかわれたと思ったのか、ツンッとした表情のまま追加注文を出した。それを受けてカムイは両手を上げながら苦笑する。


「そんなにいっぱい食べれるのか?」


「甘いものは別腹です!」


 鼻息も荒く、リムは力強く断言した。その台詞を言えるようになったのなら、もう立派なレディーであろう。しかしそれがダイエットと言う名の新たな戦いの始まりであることを彼女はいずれ知ることになる、のかもしれない。


 カムイは苦笑しながらアイテムショップの画面を開く。そしてリムのご所望通りに、フルーツがたっぷり入ったロールケーキとイチゴのついたチョコレートケーキを購入して彼女に献上する。呉羽も同じようにクリームたっぷりのプリンアラモードを買ってリムに献上した。


「うわぁ……!」


 おいしそうな三つのスイーツを前にして、リムは目を輝かせる。そして手に持ったフォークで小さく切り分けて口に運ぶ。一口食べた彼女は「たまらなぁい」と言わんばかりに身体を小さく震わせた。美味しいかどうかなど、聞くまでもない。そんな彼女の様子を見て、他の三人も小さく顔を綻ばせた。


 それからカムイらもそれぞれ自分の飲み物を選ぶ。アストールはブラックコーヒーで、カムイは麦茶、呉羽は抹茶とイチゴ大福を買った。どうやらリムがおいしそうにスイーツを食べるのを見て自分も食べたくなったらしい。飲み物を飲んで一服していると、アストールが「そういえば」と呟いて思い出したようにメニュー画面を開いた。


「どうしたんですか?」


「いえ、ロナンさんに『遺跡に着いた』と連絡しておこうかと思いまして」


 そう言ってアストールはメッセージ機能を起動させ、慣れないキーボード入力に戸惑いながらもメッセージを作成して送信した。「ふう」と一息ついた彼がメニュー画面を消そうとしたその矢先、「ポーン」という電子音が響いた。


「これは……、ロナンさんからの返事ですね」


「早いですね……。それで、なんて書いてあるんですか?」


「『詳細求む』と」


 アストールが苦笑しながらそう答え、それを聞いたカムイも苦笑を浮かべた。返信速度といい、一体どれほど気になっていたのだろう。そもそも到着の連絡をしただけなのだ。報告できることなど、あるはずもない。仮にあったとしても、メッセージ機能を使えるのは一時間に一回で、しかも500文字までしか送れないのだ。それでは詳細な報告などできるはずもない。


(まさかロナンさん、コッチ来ないよな?)


 中途半端な報告(エサ)に我慢できなくなり、ロナンがこっちに来てしまう。そんな事態はまず起こらないとは思いつつも、カムイの脳裏ではロナンが「来ちゃった」と言いながら清々しい笑顔を浮かべていた。自分のその想像に少々ゲンナリしつつ、彼は心の中でリーンにエールを送るのだった。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 空になった食器類がシャボン玉のエフェクトに包まれて消えると、アストールはカムイらにそう声をかけた。一つ同意の頷きを返してから、彼らはおもむろに立ち上がる。いよいよ遺跡調査の開始である。


 立ち上がるとまず、アストールは腰のストレージアイテムから【瘴気濃度計】を取り出してその数値を確認する。この周囲の瘴気濃度は1.31。体調を崩すほどではないとは言え、なかなか高い数値だ。


「これは……、向上薬を飲んでおいた方がいいかもしれませんね」


「遺跡の中はもっと瘴気濃度が高いかもしれない、って事ですか?」


 カムイがそう尋ねると、【瘴気濃度計】を片付けたアストールは重々しく頷いた。


「可能性の話でしかありませんが……、念のため二倍のほうでいいので向上薬を飲んでおきましょう」


 そう言ってアストールは腰のストレージアイテムから【簡易瘴気耐性向上薬】を取り出し、そのレモン色の液体を一気に飲み干した。それを見て呉羽とリムも彼に倣う。カムイは白夜叉があるので飲まなかったが、一応ストレージアイテムに入っていることだけは確認しておいた。


 準備が整ったところで、四人はさっそく遺跡に足を踏み入れた。意気揚々と先頭を行くのは、言うまでもなくアストールである。その背中からは楽しげな雰囲気がありありと伝わってきて、カムイと呉羽は視線を合わせると二人で小さく笑いあった。


 さて少し歩くと、すぐに遺跡らしい建物の跡があった。ほとんど崩れ去ってしまっているが、僅かに残された外壁から察するに、かなりの大きさの建物であったように思われる。そしてそこには、同じような大きさの建物跡が幾つも並んでいた。


「ここには倉庫が並んでいたのかもしれませんね」


 その様子を見て、アストールがそう推測を語った。ここは川に近い。交易のために川を船が行き来していたのであれば、その積荷を保管しておくための倉庫がここに立ち並んでいたとしてもおかしくはない。


「ふむ、これはレンガですね。それも日干しではなく、素焼き……」


 アストールは残された壁に近づき、その様子をためつすがめつ観察する。彼の言うとおり、その壁はレンガを積み上げて作られていた。昔はちゃんと漆喰が塗られていたのだろうが、今はほとんどはがれてしまっている。


 レンガ同士はモルタルで接合されていて、軽く触ってみてもビクともしない。すっかり廃墟になってしまっているからきっと脆くなっているのだろうと思っていたカムイは、その思いがけない強度に少しだけ驚いた。


「これは……、焦げた跡ですね……」


 壁を観察していたアストールが黒く焼け焦げた跡に気付く。周りを見渡すと、周辺の建物跡にも同じように焼け焦げた跡が残っていた。


「火事……?」


 呉羽が小さくそう呟く。カムイも同じことを考えた。しかしそれを聞いていたアストールは、少し苦い顔をしながらこう応じる。


「さて、ただの火事であったのなら、よいのですが……」


 その言葉を聞いて、カムイと呉羽はハッとした顔をする。焼け焦げた跡と、滅びた都市。この二つのキーワードを合わせて考えると、おのずと答えは出た。


「戦争……」


 カムイの呟きに、アストールは苦い顔をしたまま小さく頷く。それを見てカムイは自分でも良く分からない衝撃を受けた。


 滅んでしまったのだから、滅びた原因があるのは当然だ。そして戦争と言うのはその原因の一つとなりうる。そして戦争が原因であれば、焼け落ちた建物が再建や撤去もされずにそのまま放置されていることの説明にもなる。しかしその時の様子を想像してしまうと、カムイは自分の中にあった期待や興奮というものが急速に萎んで冷めてしまうのを感じた。他人の不幸を土足で踏み荒らしているような気がしたのだ。


「しかしそうだとすると、少々意外ではありますね」


「意外、ですか?」


 アストールの言葉に応える形で声を出し、カムイは気分を変えた。全てはずっと昔の話である。今更センチメンタルになっても、どうしようもない。


「ええ。戦争の大きな目的の一つは新たな土地の獲得です。しかし焼き払って放置していては、その土地を、都市を得たとはいえません」


 戦争に勝ち負けはつきものだ。だからこの都市が戦争に負けたのだとしても、それは驚くに値しない。しかし戦争に負けただけでは都市は滅びない。戦争に負けて都市が滅びたということは、つまり勝った側は征服統治も入植もしなかったということになる。


「この都市は立地条件に恵まれています。その恵まれた都市を、どうして放置したんでしょうか……?」


 誰にともなく、アストールはそう問い掛ける。当たり前だが答えはない。カムイと呉羽も、少し困ったような笑みを浮かべるばかりだ。それを見てアストールは苦笑した。


「まあ調査は始まったばかりです。戦争で滅んだという確証もありません。そもそも、こんな状態です。瘴気のせいで滅んだと考えるほうが自然かもしれません」


 もっとも、それさえも現時点では憶測でしかない。きっとこれから調査していく中で、色々と分かってくるだろう。今から先入観を持つのは良くない。アストールは内心でそう自分に言い聞かせた。


 さてひとまずアストールが満足すると、四人はさらに遺跡の中へと入っていく。しばらく進むと彼らは水路に架かる橋を見つけた。石を組んで作られたアーチ状の橋で、欄干を含めかなりきれいに原型を留めているように見える。遺跡を調査する上での重要な発見であるのだろうが、しかしアストールの視線は厳しい。そしてカムイや呉羽も同じように顔をしかめていた。


「これは……、予想はしていましたが……」


 橋と同じく、水路の状態も良好だ。見える範囲だけだが、崩れて塞がったりすることもなく、今も水が流れている。ただ、その流れている水が問題だった。その水は瘴気に汚染された真っ黒な水で、さらにその水面からは瘴気が湯気のように立ち上っている。間違いなく、遺跡の外を流れる川と同じ水だ。きっとそこから水を水路に引き込んでいるのだろう。


「少し、ここで待っていてください」


 そういい残すと、アストールは一人で進んで行って水路に架かる橋の上に立った。そして【瘴気濃度計】を取り出して水路の上にかざし、その数値を確認する。示された目盛りは1.50。遺跡の外の川と同じく、かなり高い数値だ。これだけ濃度が高いと、向上薬なしでは影響が出てしまうだろう。きっとゲロ吐いてしまうに違いない。


 ただ外の川とは違い、水路に近づいても〈侵攻〉は起こらなかった。これは恐らく水の絶対量が少なく、そのためそこに含まれる瘴気の量も少ないためだと思われる。〈侵攻〉が起こってしまっては調査どころではなくなってしまうので、これは純粋にありがたかった。


「とはいえ、これはなかなか大変そうです」


 戻ってきたアストールは、そう言って苦笑を見せた。おそらくこの水路は遺跡中に張り巡らされている。人々がここで生活していた時分には、ゴンドラなどが行きかっていたのかも知れない。水路はまさにこの都市の血管として、物流や交通を支えていたのだろう。


 だが、今はそれが問題だった。水路が張り巡らされているということは、つまりそこを伝って水が遺跡中に行きめぐっているということでもある。瘴気に汚染されきった水が。しかもあろうことかその水からは瘴気が立ち上っている。要するに、水路は汚染源を遺跡中に撒き散らしているようなものなのだ。


 その影響は、顕著な形で現れた。向上薬を飲んでいるおかげで身体への影響はなかったものの、モンスターの出現率が高いのだ。決して、強いモンスターが出現するわけではない。戦闘それ自体は、今までと同様簡単に終わる。出現率と比例して収入も増えるのでそこは喜んでもいいのかもしれないが、しかしカムイらはこの遺跡へポイントを稼ぎに来たわけではない。あくまで調査に来たのであり、そしてモンスターの出現率の高さはその妨げになっていた。


「トールさん、瘴気濃度はどうですか?」


 きれいに石が敷かれた広場。そこでモンスターを倒し終えると、カムイはアストールにそう声をかけた。


「1.39、ですね。やはり、かなり高い」


 険しい顔をするアストールの言葉に、カムイも頷きを返す。先ほど休憩した場所で瘴気濃度を測ったとき、その数値は1.31だった。川からは随分離れたし、またこの広場から見える範囲に水路はない。それなのに瘴気濃度はむしろ上がっている。


「きっと遮蔽物が多いせいで、瘴気が拡散せずに溜まってしまっているのでしょうね」


 アストールはそんなふうに推測を語った。恐らくその通りなのだろうが、しかしそれでは同時に打つ手もない。規模が遺跡全体となってしまうと、四人だけではどう考えても力不足だ。


「浄化、してみますか? どこまで効果があるか分かりませんが……」


 呉羽の提案にアストールは「そうですね」と言って頷く。それで四人はこの日の夕方まで浄化を続けた。ただ、瘴気濃度が高かったおかげでポイントはかなり効率的に稼げたものの、瘴気濃度を下げるという意味ではあまり効果はなかった。


「今日はもう休みましょう」


 辺りが少し薄暗くなってきた頃、アストールがそう言った。カムイら三人は揃ってその言葉に頷く。それから彼らは夕食を食べることにしたのだが、一日大変だったのでこの日はお得な日替わり弁当ではなく、各自が食べたい料理を購入することにした。そしてお腹が膨れたところで、四人はそれぞれ自分の【簡易結界(一人用)】に引っ込んで横になる。


 明日からはまた、遺跡調査の続きである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ