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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
再会の遺跡

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25/127

再会の遺跡1

まだ第三章は書き上がっていませんが、ひとまずきりのいい所まで投稿しようと思います。

 運命、プライスレス。



 ― ‡ ―



 ――――遺跡。それは、文明の残り香。かつて人がそこに暮らしていたことの証拠だ。


 このデスゲームが始まる前、初期設定のときに、カムイは舞台となる異世界についてヘルプさんに尋ねた。そしてその時、ヘルプさんはそこが「滅びた世界」であり、その定義について「文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体が死滅した世界」であると教えてくれた。


 逆を言えば、この世界にはかつて「文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体」が存在した、ということだ。そしてその証拠となるのが遺跡である。その遺跡を、カムイら四人は今、川の対岸から眺めていた。おかしな話ではなるが、こうして遺跡を目の前にすると、ここが異世界であることを強く感じる。この世界には、確かに歴史があったのだ。


「これは……、分かってはいましたがずいぶん大きな遺跡ですね……。調べがいがありそうです」


 目を細めて対岸の遺跡をつぶさに観察しながら、アストールは楽しげにそう呟いた。遺跡は確かに大きい。ロナンやデリウスが推測したとおり、おそらくは数万人規模の都市であったはずだ。そしてそれだけ大きな都市が存在していたということは、この世界にはそれを可能とするだけの高度な文明と社会が形成されていたことを意味している。


 文明が発展していく上で必ず必要になるもの。それは文字だ。いや、あえてこう言おう。それは「情報」である、と。それが知識であるにしろ、知恵であるにしろ、あるいは技術であるにしろ、それらの情報を蓄積し、伝達し、継承していかないことには、文明は発達しない。


 逆を言えば、文明が発達した地ではそれらのことが行われてきたといえる。そして例え廃墟になってしまった遺跡であろうとも、その痕跡は残っている。それを調べ、今後のゲーム攻略に役立てる。それがカムイら四人の目的だった。


 閑話休題。遺跡は確かにもう目の前にある。しかし、そこへたどり着くには川を渡らなければならない。そしてその川が、どうにも曲者であるように思われた。


「コレは……。遠目から見たときには分かりませんでしたけど、ヒドイ状態ですね……」


 川幅は200m程度もあるだろうか。正確にはわからないが、しかし大きな川だ。その大きな川の水は、全て瘴気によって真っ黒に汚染されている。しかも、それだけではない。その真っ黒な川の水面から、まるで湯気が立つように瘴気が立ち上っているのだ。その破滅的な光景はまさに「滅びた世界」に相応しい。


「一筋縄ではいかないでしょうね、これは……」


 アストールが苦笑気味にそういうと、他の三人はそれぞれ無言のまま頷いて同意した。川を渡る方法は、すでに考えてある。アイテムショップに【レンタルモーターボート】という商品があり、これを“足”にして川を渡るつもりだった。とはいえ、この川の様子を見る限り、そう簡単には渡らせてくれそうにない。きっと、厄介な出来事が一つ二つとあるに違いない。その予想はもう確信に近かった。


「この様子ですから、川に近づくと瘴気濃度が上がることが予想されます。具合が少しでも悪くなったら、すぐにそう言ってくださいね」


 アストールがそう注意を促すと、他の三人は再び無言のまま頷いた。特にカムイと呉羽は真剣だ。なにしろ二人とも、高濃度瘴気のせいでゲロ吐いた経験がある。あれは本当に苦しかった。できれば二度と経験したくない。まあ、カムイの場合は【白夜叉】があるおかげでずいぶん気が楽だが。


「さて、ではそろそろ行きますか」


 そういうアストールを先頭に、四人は段丘を一つずつ降りていく。この段丘は、おそらく目の前の川の浸食作用によってできたのだろう。地球にも同種の地形がある。そんな共通点を見つけて、カムイはふと不思議な気持ちになった。


「あの……、トール、さん……。その、気分が……」


 段丘を一番下まで降りて少し歩くと、不意にリムが体調不良を訴えた。慌てて振り返ってみると、顔色も少し悪い。すぐに呉羽が結界を張り、カムイが【Absorption(アブソープション)】を使ってその中の瘴気を吸収する。すると結界内の瘴気濃度が下がり、リムの体調と顔色も回復した。それを確認して、三人は安堵の息をはく。


「やはり、川の近くは瘴気濃度が高いようですね。ちょっと待っていてください……」


 そう言うと、アストールは【瘴気濃度計】を手に結界の外に出て数値を確認する。目盛りは1.42。〈魔泉〉の影響を受けている場所ほどではないにしろ、かなり高い数字と言っていいだろう。


 その数値を見ると、アストールは「なるほど」と呟いてから結界の中に戻る。そしてカムイのほうに視線を向けてこう言った。


「カムイ君、ちょっとお願いしたいことがあるのですが……」


「なんでしょう?」


「川の近くの瘴気濃度と、川の水の瘴気濃度を、それぞれ測ってきてもらえませんか?」


 アストールがカムイを指名したのは、彼が最も瘴気の影響を受けにくいからだろう。カムイも「そういうことなら自分が適任」と思ったらしく、【瘴気濃度計】を受け取ると白夜叉のオーラを薄く身体に纏ってから結界を飛び出した。


 結界の外に出たカムイが小走りに数歩進むと、彼の進路上で瘴気が集束を始めた。モンスターが出現する前兆だ。彼はすぐに【瘴気濃度計】をポケットにねじ込み、アブソープションの出力を上げて白夜叉のオーラを白い炎のように揺らめかせる。そして腰を落として臨戦態勢を取り、モンスターの出現に備えた。


「ギィィィィィィイイイ!」


 相変わらず耳障りな雄叫びを上げながら、モンスターが出現する。見てくれは、ゴリラにでも似ているだろうか。太い二本の腕が特徴的だ。顔は相変わらずのっぺりとしていて個性がなく、赤い二つの目が不吉な光を放っている。


 いよいよ戦闘開始、とカムイは意気込む。アブソープションの出力を上げていることもあって、今の彼はなかなか好戦的だ。しかし彼が一歩を踏み出した瞬間、モンスターは魔法の茨によって雁字搦めに拘束された。カムイも散々お世話になってきたアストールの支援魔法、〈ソーン・バインド〉である。


「カムイ君! 手早く済ませましょう!」


 そう言ってアストールはカムイを急かす。どうやら遺跡調査を妨げる存在は、彼にとっては即時排除対象らしい。


 その気持ちは分かるものの、何となく収まりがつかないのがカムイだ。まるで出かかったくしゃみが出なかったときのような、収まりのつかない中途半端さがある。


 それでも時間は止まってくれないし、わざわざ「拘束を解いてくれ」と頼むのもおかしな話。結局、彼は一つため息を吐くと、拘束されたモンスターへ無造作に近づき、手刀を突き刺して魔昌石を引き抜き倒した。


 カムイが手に握った魔昌石が、シャボン玉のエフェクトに包まれて消える。ポイントに変換されたのだ。そして倒されたモンスターの身体も、解けて瘴気へと還っていく。その時、黒い靄のような瘴気が一瞬だけため息を吐くカムイの視界を遮った。そしてその靄が晴れたとき、カムイは思わず自分の目を疑った。


「川、から……!?」


 川から、モンスターが上がってくる。それも、一体や二体ではない。次から次へと途切れることなく、モンスターが川の水の中から上がってくるのだ。その光景に該当する現象を、カムイは一つだけ知っていた。


「〈侵攻〉……?」


〈侵攻〉とは、海辺の拠点が直面している周期的なモンスターの大攻勢のことである。最大の特徴はその数で、海辺の拠点では〈侵攻〉の際、一度に十万を越えるモンスターが現れることも珍しくない。


「カムイ君! 一度下がってください!」


 後ろから、少し焦ったようなアストールの声が響く。後ろを振り返ってみると、後方にいた三人もすでに川から離れるように移動し始めている。それを見てカムイもすぐに身を翻してきた道を戻り、三人と合流した。そして四人は一つ目の段丘の上まで避難する。


「モンスターが……」


 一つ目の段丘まで避難したところで、四人が川の方を振り返ると、水の中からモンスターが出てくることはもうなくなっていた。すでに川から上がっていたモンスターもその場で身を投げ出し、自身を構成する瘴気を使ってその場所を汚染していく。それは紛れもなく〈侵攻〉で現れるモンスターの特徴の一つだった。


「参りましたね、これは……」


 苦笑を浮かべながら、アストールがそう呟いた。その言葉にカムイも頷く。何かしらの面倒事が起こるだろうとは思っていたが、まさかここで〈侵攻〉が起こるとは思ってもいなかった。


「さて、どうしましょうか?」


 しかしアストールに諦めた様子は少しもない。彼はどうやってでも対岸に渡るつもりでいる。その決意は少しも揺らがない。


「……これが〈侵攻〉なら、戦い続けていればそのうち途絶えるんじゃないでしょうか?」


 まずそう言ったのは呉羽だった。発想が非常に脳筋的だが、しかし実際に海辺の拠点ではそうやって〈侵攻〉をしのいでいる。そういう意味では正攻法の攻略といえるだろう。しかしアストールはすぐさま首を横に振った。


「それでは少し時間がかかりすぎます。私たちの目的は、あくまでも川を渡ることです。それを忘れてはいけません」


 それに、本当に〈侵攻〉が途切れるかも定かではない。〈侵攻〉の発生源となっているのは川だ。そこでは常に上流から新しい水が流れてきている。それはつまり、常に瘴気か補充されて続けていることに他ならない。瘴気が補充され続ける限り、モンスターもまた出現し続ける。その可能性は高いと言わざるを得ないだろう。


「アストールさんは、どう考えているんですか?」


「試してみたいことはありますが……、その前に情報収集ですね。カムイ君、さっきお願いしたように、川の近くと川の水の瘴気濃度を測定して来てもらえますか? 私たちはその援護をします」


「分かりました」


「了解です」


「が、頑張りますっ」


 アストールの言葉に、カムイら三人はそれぞれ頷いて答えた。それに頷きを返してから、アストールは腰のストレージ系アイテムを漁ってそこからあるものを取り出す。それはプラスチック製のマグカップだった。よく歯磨きとかで使うアレである。


「川の水はここに汲んでから測るといいかもしれません。よかったら使ってください」


 そう言ってアストールが差し出したプラスチックマグを、カムイは礼を言ってから受け取った。


「それと、リムさんも影響を受けてしまいましたし、向上薬を飲んでおきましょう」


 向上薬とは、つまり【瘴気耐性向上薬】のことだ。確かにこれを飲んでおかないと、カムイはともかく他の三人は、瘴気の影響を受けないようにするために結界を張ってそこに篭らなければならない。しかしそれでは自由に動けず、援護どころではないだろう。


 だから、向上薬の使用はむしろ必須と言える。ただ、アストールが取り出した向上薬を見て、カムイはちょっと首をかしげた。その小瓶の中に入っている液体の色がレモン色ではなく若葉色、つまり耐性向上倍率が二倍の【簡易瘴気耐性向上薬】ではなく五倍の【瘴気耐性向上薬】だったのだ。


「あれ、五倍の方を使うんですか? 二倍で十分だと思うんですが……」


「ええ。さっき言った『試してみたいこと』にちょっと関係がありまして。とりあえず、五倍の方を飲んでおいて下さい」


 そう言われれば否やもない。呉羽とリムはアストールの言うとおり五倍の向上薬を飲んだ。ちなみにカムイは白夜叉があるので飲まない。


「では始めましょう」


 準備が整ったところで作戦開始である。まずは呉羽が飛び出し、その後にカムイが続く。アストールとリムはさらにその後ろだ。そして先頭の呉羽が川に近づき始めると、またすぐに川の中から次から次へとモンスターが現れて陸へ上がり始めた。


 川から上がってくるモンスターを、カムイは冷静に観察する。姿形はワニに似ている。トカゲにも見えるが、あの巨大な顎はやはりワニだろう。体長は長いが、体高は低い。身体をくねらせ、地面を這うように進んでくる。


 やがて、呉羽がモンスターを間合いに捉えた。彼女は鞘に収まったままの愛刀【草薙剣/天叢雲剣】の柄に握り、そして一気にその白刃を振るった。


「〈風刃乱舞〉!」


 風の刃が幾つも生まれ、敵を切り裂いていく。しかしモンスターの体高が低いためか、空振りする風の刃も多い。そのため思うように数を減らせず、呉羽は「ちっ」と舌打ちした。


「それなら!」


 そう叫ぶと、呉羽は大きく跳躍した。【玄武の具足】の力もあり、彼女は高く舞い上がる。その放物線の頂点の高さは10m以上もある。そしてそこから降下していくわけだが、その際彼女は【青龍の外套】の力なども使いつつ、風を操って軌道を微調整する。同時に愛刀を逆手に持ち直して振り上げ、鋭い視線で着地地点を選別する。彼女が選んだのは、一体のモンスターの背中だった。


「ギィィィィイイイ!?」


 呉羽はモンスターの背中に着地すると同時に、逆手に持った愛刀を振り下ろし、一気に地面までその切っ先を貫かせる。彼女に押しつぶされ、さらに身体を貫かれたモンスターは身体を反り返らせて絶叫を上げるが、呉羽はまるでそれに頓着しない。むしろ愛刀に力を込めながら、こう叫ぶ。


「〈土槍・円殺陣〉!」


 次の瞬間、呉羽を中心に地面から鋭い土の槍が何本も突き出し、そしてその場にいたモンスターを刺し貫いた。貫かれたモンスターたちは縫いとめられたように動きを止め、そして一拍置いてからその身体は瘴気へ還っていく。


「今だ! カムイ、行け!」


 呉羽のおかげで、彼女の周りにモンスターのいない、空白地帯ができた。そこを駆け抜け、カムイは川へと向かう。靴のつま先が水に触れるほどのところまで川に近づくと、カムイは【瘴気濃度計】を取り出してそこの瘴気濃度を測定する。数値は1.51。やはりかなり高い数字だ。ここまで来ると、呉羽やアストールも向上薬なしでは身動きが取れなくなるだろう。きっとゲロ吐くに違いない。


 次にカムイはしゃがみこんで、アストールから借りたプラスチックマグで川の水を汲む。その瞬間、水中からワニ型のモンスターが大きな口をあけながら彼に襲い掛かる。カムイは反射的に身体を仰け反らせ、さらにプラスチックマグを持っていないほうの腕で顔を庇った。その腕に、モンスターが噛み付いた。


 痛くは、ない。臨戦状態にあって、白い炎のように揺らめいていた白夜叉のオーラのおかげだ。しかしモンスターはカムイの腕に喰い付いたまま離れない。そしてモンスターはさらに噛み付いたままカムイを引きずり、彼を川の中に引きずり込もうとする。


「ぐっ……、このっ……!」


 カムイは顔を歪めた。繰り返すが、痛いわけではない。しかしモンスターを振りほどけない。しかも仰け反ってしまったことで体勢を崩したのか、思うように踏ん張れない。程なくしてカムイは耐え切れなくなり、水しぶきを上げながらモンスターによって川の中へと引きずり込まれた。


「カムイ!?」


 呉羽が悲鳴を上げる。その悲鳴もカムイには聞こえない。距離的には聞こえるのかもしれないが、要するにそれほど余裕のない状態だったのだ。


 真っ黒の水の中、カムイは身体が振り回され回転するのを感じた。とっさに口を閉じたおかげで、川の水を飲んではいない。未だノーダメージではあるものの、このままでは遠からず息が続かなくなる。致命的な状況だった。


(アブソープション、全開……!)


 そう念じたのは、深い考えがあってのことではない。反射的な部分は大きいし、それ以外にできることがなかったからでもある。とはいえ、彼の選択は間違っていなかった。


 カムイがアブソープションを全開にした次の瞬間、噛み付いていたモンスターが突然嫌がるように口をあけて彼の腕を放した。自身を構成する瘴気を奪われたのだ。これが水中でなければ悲鳴を上げていたに違いない。


 ようやく身体の自由を取り戻したカムイは、反射的にその場で足を伸ばした。さいわい足がつく深さであったようで、カムイは十数秒ぶりに顔を水の上に上げた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……!」


 髪の毛やポンチョから水を滴らせながら、カムイは肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す。呼吸が整うまでの間、未だ川に浸かっているへそから下に何度か噛み付かれたようだが、そのどれもが彼の身体に触れた瞬間に逃げていく。


「この……!」


 カムイは怒りに目を血走らせる。アブソープションを全開にしているせいもあって、彼は怒りを抑えることができない。さらにそういえば、さっきから身体が熱い。彼はそれを、怒りによるものと信じた。


「ふざけんじゃ……、ぐべ!?」


 彼が怒りを爆発させようとした、まさにその瞬間。彼は後頭部に強烈な衝撃を受け、前のめりに川の中へと倒れた。起き上がると、痛む頭を抑えながら振り返る。そこにいたのは呉羽だ。薄情なことに残身を残すことさえせず、すでにモンスターとの戦闘を再開していたが、カムイには確信があった。さっきの目ン球飛び出そうな強烈な衝撃は、間違いなく彼女の仕業である。


「今の〈風切り〉だろ!? 殺す気か!?」


「やかましい。むしろ礼を言え、礼を」


 カムイの抗議を、呉羽はばっさりと切り捨てる。こと彼が理性を失いそうになる場合において、呉羽がカムイの苦情に留意することはない。むしろぶっ叩いて正気に戻すのが自分の役目だとさえ思っていた。


「最近オレの扱いがヒドくないかな!?」


 カムイがそう叫びたくなるのも無理はない。いまどき、テレビだって叩けば直らずに壊れるのだ。そして彼の頭はテレビよりも精密である(たぶん)。それに見合う扱いを要求したいカムイだった。


「うるさい。さっさと瘴気濃度を測れ」


 彼の要求は却下された。とはいえ、確かにこんなところで暴走していたら命に関わるだろう。それが嫌ならぶっ叩いてもらうしなかい。まさに「行くも地獄、退くも地獄」である。それに気付いて少々絶望的な気分になりながらも、カムイは手に持つ【瘴気濃度計】に目を落す。ずっと水の中に浸かっていたので、目盛りはすでに安定している。数値は、なんと20.11。


「高いな!」


 思わずカムイも声を上げた。今までで最高の数値である。こうして〈侵攻〉が起こるのも納得できてしまう、それくらい出鱈目に高い瘴気濃度だった。


 その数値を確認すると、カムイは水の中を歩いて川岸へ向かう。それにしても身体が熱い。止めどなく汗が流れ落ちてくる。さっきまでは怒りのためと思っていたが、どうも違うらしい。


(これは……、もしかして熱をアブソープションが吸収しているのか……?)


 カムイのユニークスキル【Absorption(アブソープション)】の能力は「周囲に存在するエネルギーを集めて吸収し、自分の力とする」というもの。そして〈熱〉はエネルギーの一種だ。だからアブソープションが熱を吸収したとしても、それはなんら不思議なことではない。そして吸収した熱を自分の力とする場合、一番利用しやすいのはそのまま熱として利用することだろう。つまり体温である。それで、さっきから熱くて仕方がないのだ。


(だけど、今までこんなことなかったのに……)


 今までと違うのは、水に浸かっていることか。恐らくだが、水に含まれる瘴気は地面の場合と同じく吸収しにくいのだろう。それで、より吸収しやすい熱量の方を吸収してしまっているのだ。


(そう考えれば辻褄は合うけど……、熱い……)


 水浴びしているはずなのに熱い。冷たい川の水でこれなら、温泉の中でアブソープションを使ったらどうなるのだろう。今度試してみよう、とは思わなかった。


 熱いのでさっさと川から上がる。水に濡れた服が身体に張り付いて気持ち悪い。その彼の足にまたワニ型のモンスターが噛み付くが、まだアブソープションは全開のまま。すぐさま、まるで電撃をくらったかのように口を離して転げまわった。その姿を見て、カムイは思わず嗜虐的な笑みを浮かべた。


 さっきまでの腹いせも兼ねて、モンスターを潰しまわって遊びたくなる。しかし彼のその気配を察したのか、呉羽が「さっさと戻れ!」と声をかけた。またぶっ叩かれてはたまらない。カムイは水に濡れた髪をかき上げると、ため息を一つ吐き、それからモンスターは努めて無視しながら段丘の方へ歩き始めた。


 カムイが川から離れ始めると、すぐに呉羽が彼と合流する。アストールとリムの姿を探すと、二人はもう少し川から離れた位置で戦っていた。アストールが〈ソーン・バインド〉でモンスターを拘束し、リムが一体ずつ仕留めていく。武器には【浄化】の力を込めてあるのだろう、全て一撃だ。【ミスリルロッド】を振り回す彼女の姿はなかなか様になっていて、「これはやはりセーラー服と釘バットが必要だな」とカムイは改めて思った。


「すみません、援護すると言っておきながらロクにできず……」


 カムイと呉羽が後ろにいた二人と合流すると、アストールが申し訳無さそうにそう言った。そんな彼に、カムイは苦笑しながらこう応える。


「いえ、そんな。それより、オレのほうこそプラスチックマグを無くしてしまって……。なんだったら弁償しますが……」


「安物ですから、気にしないでください」


「あの、二人とも……、とりあえず後退しませんか?」


 呉羽にそう促され、四人は一つ目の段丘の上まで後退した。彼らがそこまで下がったことで〈侵攻〉もまた収まる。残っていたモンスターたちも、その場で身を投げ出して川辺を汚染しながら消えていく。その光景は見ていて気持ちのいいモノでは決してないが、それでもモンスターがいなくなるとやはり安堵を覚える。カムイもようやくアブソープションを停止した。


「そうですか……。1.51と20.11……。やはり、どちらも高い数値ですね……」


 カムイが測定してきた瘴気濃度の値を聞くと、アストールは顎に手を当ててそう呟いた。そんな彼に、【全身クリーニング】でさっぱりとしたカムイが、アイテムショップで購入した冷たい水を飲みながらこう尋ねる。


「それで、さっき言ってた『試してみたいこと』って何なんですか?」


「……これを、見てもらえますか?」


 そう言ってアストールが腰のストレージ系アイテムから取り出したのは、一冊の手帳だった。彼はその手帳のあるページを開いて、そこを他の三人に示す。そこには四つの数字が書かれていて、それらは丸で囲まれていた。


「9.18、11.98、13.26、15.57……。これは瘴気濃度、ですか……?」


「そうです。拠点近くの海の、その海水の瘴気濃度です」


 呉羽の問い掛けに、アストールが頷きを返す。低い方から順番に、〈侵攻〉直後、翌日、二日後、そして〈侵攻〉直前の数値であるという。この四つの値はそれぞれ平均値で、これまで〈世界再生委員会〉が計測してきたものをロナンから教えてもらったのだそうだ。


「……つまり、海水の瘴気濃度が高くなると〈侵攻〉が起こる、ってことですか?」


 カムイがそういうと、アストールは笑みを浮かべながら頷いた。その様子はできの良い生徒を褒める教師のようである。


「そこの川の瘴気濃度は確かに高いので、〈侵攻〉が起こるのは理解できますけど……。でもそれだと、つまり川の瘴気濃度を下げるしか手がない、って事じゃないですか?」


 現状、川の瘴気濃度を下げるには、そこで大量のモンスターを出現させてそれを倒しまくるしかない。要するに海辺の拠点で〈侵攻〉を防ぐためにやっているのと同じことだ。言い方を変えれば、海辺の拠点ではそうやって海水の瘴気濃度を下げることで〈侵攻〉を鎮めている、とも言えるだろう


 しかし今ここでそれと同じ方法を取ることは、事実上不可能であると言っていい。川には大量の水が流れており、瘴気濃度が下がった水はすぐに下流へと流されていってしまう。そしてまた上流から高濃度瘴気を含む水が流れてくるのだ。それが延々繰り返され、終わることはない。この川の瘴気濃度を下げるくらいなら、上流で川の水を堰き止める方がまだ簡単であろう。


「少し発想を変えるんです。こうすると、分かりやすいかも知れませんね」


 そう言ってアストールは開きっぱなしになっている手帳のページに、ボールペンで「0.73」という数字を新たに書き込んだ。これは海辺の拠点の瘴気濃度の数値である。そしてそれをまた他の三人に示して見せる。やがて「あ」と何かに気付いたように声を上げたのは呉羽だった。


「拠点側の瘴気濃度と比べて、その差が大きくなると〈侵攻〉が起こる、ということですか?」


 その答えに、アストールはにっこりと頷く。そしてこう言葉を続けた。


「……〈侵攻〉が起こる原因は、プレイヤーの存在などほかに幾つもあると考えられます。ですが瘴気濃度の差が原因の一つであるなら、やりようはあります」


 いずれにしても仮説ですけどね、とアストールは苦笑しながら付け足した。とはいえ仮説があるということは可能性があるということだ。それを試して見ない手はない。


「それで、どうすればいいんですか?」


「瘴気濃度を下げるのはなく、上げるんです」


 アストールは端的にそう答えた。川岸の瘴気濃度を上げることで、川の水との濃度差を小さくする。それによって〈侵攻〉の発生を抑えられるのではないか、というのが彼の仮説だった。普通であれば瘴気濃度を上げるのは困難だろう。しかしアストールにはアテがあった。というより、彼ら四人にとってそれは日常的な事柄だ。


「というわけでクレハさん、よろしくお願いします」


「任せてください。要するに、できるだけ瘴気濃度を高くしてやればいいんですよね?」


「濃度も重要ですが、この場合は恐らく範囲も重要になってきます。川岸の、こちら側一帯くらいの範囲で瘴気濃度を上げて欲しいのですが……」


「それだといつもみたいに大気中の瘴気を集めるよりは、地面の瘴気を押し出して溢れさせた方がいいかもしれませんね」


 早速始めましょう、と意気込む呉羽をアストールが「まあまあ」と言って宥める。まずは実験をして、どれくらいまで瘴気濃度を上げられるのか確かめておこう、ということになった。


「濃度の測定は、さっきと同じようにカムイ君にお願いします。危険な実験ですので、気をつけて行ってくださいね」


 そういうと、アストールはリムをつれて呉羽とカムイから距離を取った。


「……なんで、そんなに離れるんですか?」


「いえ万が一のことがあってはまずいので」


 アストールが涼しい顔をしてシレっとそう答えると、呉羽は眉間にシワを寄せて渋い顔をした。とはいえ、カムイはそんな彼の対応を意外とは思わない。誰だって、以前に似たようなことをやってヒドイ目に遭ったという話を聞いていれば、慎重を期するというものだ。不機嫌になるのはゲロ吐いた本人ばかりである。そんな呉羽にリムが遠くから声をかけた。


「がんばってくださ~い!」


「よし、カムイ! 準備はいいか!?」


 呉羽は分かりやすく機嫌を直した。リムといい、このパーティーの女性陣は少しちょろすぎや、もとい素直すぎやしないだろうか。


「ちょっと待て。今準備する」


 そう言ってカムイは、ストレージ系アイテムであるボディバックから【瘴気耐性向上薬】を取り出して飲み干した。白夜叉でどの程度の濃度まで耐えられるか分からないので、万が一のことを考えての予防策だ。しかしそれが呉羽には気に入らなかったらしい。またちょっと不機嫌になりこう文句を言う。


「まったく、人をなんだと思っているんだ」


 ゲロ吐いた張本人だと思っているが、それはそれとして。「目にもの見せてくれる」と力む呉羽にカムイは不穏なものを感じたが、彼女はすでに愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を逆手に持ち、その切っ先を地面に突き刺して集中に入っている。声をかけるのは躊躇われ、結局カムイは見守ることにした。


「すうぅぅぅ……、はあぁぁぁ……」


 カムイが見守る中、呉羽は目を閉じたまま深呼吸を繰り返して集中力を高めていく。そして一際大きく息を吸い込むと、呉羽はカッと目を見開き、「ハァ!」と鋭く息を吐きながら愛刀に力を込める。切っ先から流し込まれたその力は瞬く間に地面に行き渡り、そこにもともとあった瘴気を押し退けていく。そしてそれらの瘴気は地面の外、つまり大気中に「ボワン!」と擬音がしそうな勢いで噴出した。


 カムイの視界が真っ黒に染まる。夜の暗闇ほどではないにしろ、さっきまではっきりと見えていた川が今は見えない。濃密な瘴気である。白夜叉のオーラを身体に纏い、さらに【瘴気耐性向上薬】を飲んでいるおかげか、カムイは高濃度の瘴気の中にいて平然としていた。しかしもう一人のほうは、どうやら無事ではないらしい。


「おえぇぇぇ……」


 呉羽が吐いた。そりゃもう盛大に吐いた。四つん這いになって地面に両手をつき、青白い顔をしながらゲロを吐く呉羽に、カムイは呆れ果てた視線を向ける。情けなくって怒る気にすらならない。


 彼はため息を吐くと、まずは【瘴気濃度計】を目の前にかざしてその目盛りを確認する。数値は8.45。大気中で確認した数値としては、過去最高である。〈魔泉〉の近くでさえ、これほど高くはなかった。尤も、本当にすぐ傍まで近づけばまた違うのかもしれないが。


 瘴気濃度を確認すると、カムイは【瘴気濃度計】をズボンのポケットにねじ込み、アブソープションを発動した。瘴気濃度が極めて高いせいか、いつもより吸収したエネルギーがドロリとしている気がする。そうやって濃度を下げながら、彼は呉羽のもとへ駆け寄った。そして嘔吐物から目を逸らし、彼女の背中を摩りながらこう声をかける。


「大丈夫か?」


「だい、じょばない……」


「ああもう……。ほら、ポーション買ってやるから……」


 カムイはすぐにシステムメニューの画面を開き、アイテムショップから【低級ポーション】を購入する。ちなみにお値段1,000Pt。カムイが買ったばかりのポーションを呉羽に飲ませてやると、彼女の顔色はすぐに良くなった。


「うう、死ぬかと思った……」


 ポーションを飲み干した呉羽が、渋い顔をしながらそう呟く。そんな彼女にカムイは呆れた視線を向けた。


「お前もたいがい成長しないな」


「ご、五倍の向上薬を飲んでいるから大丈夫だと思ったんだ!」


「まあその気持ちは分からなくもないけど……。それでもダメなくらい汚染がひどい、って事が分かったのが成果といえなくもない、か?」


「わたしもそう思いたい……」


 ゲロ吐いたときの気持ち悪さと苦しさを思い出し、少々ゲンナリしながら呉羽はそう応じた。そんな彼女に駆け寄り抱きつく小さな人影。リムである。


「クレハさん、大丈夫ですか!?」


 リムの声は震えている。呉羽の胸にうずめた顔を窺えば、目の端に涙が溜まっていた。ずいぶん、心配したらしい。


「リムちゃん……。大丈夫だよ……。ほら、わたしは大丈夫だよ……」


 そう言って呉羽はリムを優しく抱きしめた。ゲロ吐いたのが呉羽の完全な自業自得で、すぐ近くに嘔吐物があることを無視すれば、それなりに感動的な場面である。


「カムイ君、濃度はどうでしたか?」


「8.45です」


「それはまた……。納得と言うか、出鱈目というか……」


 カムイから数値を聞いたアストールが、苦笑を浮かべながらそう呟く。とはいえ、これだけ高い数値をたたき出せたのだから、実験は成功と言っていいだろう。約一名の見苦しい犠牲のおかげで。


「呉羽さん、身体はもう大丈夫ですか?」


「はい。ご心配をお掛けしました」


「それは何より。それで、先程はどんなイメージでやったんですか?」


「そうですね……」


 呉羽は少し黙り込んで考えをまとめる。そして顔を上げるとこう言った。


「何と言うか……、『より深く』という感じでしょうか? こう、深いところから掘り出すような……」


「なるほど。では、そのイメージを横へ広げることはできますか?」


「できます。ただ、それだとさっき程には瘴気濃度を上げられないですよ?」


「瘴気濃度は半分以下でも十分だと思いますよ。むしろ範囲優先でいきましょう」


 アストールの言葉に、カムイは思わず頷いた。というか、さっきと同じほどの瘴気をぶちまけられたら困る。みんなゲロ吐いちゃって移動どころじゃない。むしろ瘴気濃度は下げてもらわなければならないのだ。そのためにも、範囲を優先するのはいい手だろう。


「さて、次はいよいよ本番です」


 アストールがそう宣言する。それを聞いて、カムイたちは気を引き締めた。目指す遺跡は、もうすぐである。


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