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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈侵攻〉

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〈侵攻〉9

 ゆっくりと意識が覚醒する。カムイが小さくうめき声を漏らしながら目を開けると、彼の顔を覗き込む人影がぼんやりと見えた。何度かまばたきをして眼を細めると、次第に人影の輪郭がはっきりしてくる。


「気がついたか、カムイ」


「くれ、は……?」


 人影は呉羽だった。彼女は、カムイから見て逆さまに彼の顔を覗き込んでいる。カムイが彼女の名前を呟くと、呉羽は嬉しそうに微笑んだ。


「身体を起こせるか? 無理そうなら、もう少し膝を貸すが……」


「膝……?」


 一拍置いてから、カムイの顔が引き攣った。ついでに、わずかだが赤くなっている。自分が今どういう状態なのか、ようやく気付いたのだ。そして気付いてしまうと、頭の後ろに感じる柔らかいモノに意識がいって、途端に気恥ずかしくなる。


「ぃ!? ……っ!」


 カムイは反射的に身体を起こそうとしたが、身体が思うように動かない。痛くはないのだが、全身が痺れているような感じだ。力が入らず、わずかに持ち上がった頭は、しかしすぐにもとの位置に戻ってしまった。


「ああ、ほら、無理をするな。身体はどんな具合だ?」


 膝の上に戻ったカムイの頭を撫でながら、呉羽がそう尋ねる。それもまた彼にとっては気恥ずかしいのだが、しかし身体が動かないのではどうしようもない。観念して彼は力を抜いた。それに彼も男の子。美少女に膝枕してもらって嬉しくないわけがない。例えそれが、彼を叩きのめして気絶させた張本人であっても。


「……全身が痺れてる感じ。力が入らない」


 役得とか思っていることを悟られないように脱力した感じを心がけながら(いや実際に力が入らず脱力しているのだが)、カムイはそう答えた。それを聞くと、呉羽は「ふむ」と頷いてからコートのポケットに手を入れ、そこからオレンジ色の液体が入ったガラスの小瓶を取り出す。アイテムショップで売っている【中級ポーション】だ。ちなみにお値段10,000Pt。


「コレを飲め。ほら、飲めるか?」


 呉羽はカムイの身体を少し起こすと、小瓶の蓋を取って彼に【中級ポーション】を飲ませてやる。その味は色と同じくオレンジっぽい柑橘系の味がしたが、どこか薬っぽい感じがして美味しくはなかった。中身を飲み干すと、空になったガラスの小瓶はシャボン玉のエフェクトに包まれて消える。やっぱりファンタジーな仕様である。


【中級ポーション】を飲み干すと、カムイはまた頭を呉羽の膝の上に戻した。そうこうしているうちに、身体の痺れはスッと消えていく。さすがはマジックアイテム。凄まじい即効性である。


「どうだ、ちゃんと効いているか?」


「ああ、だいぶラクになった」


 ウソは言っていない。ウソは。


「それは良かった。まあ、カムイのことだから放っておいても勝手に回復するのだろうが、今回はわたしもちょっとやり過ぎてしまったからな……」


 どこか気まずそうにしながら、呉羽が視線を逸らす。新調した装備の具合が良すぎてはっちゃけた挙句、手加減を忘れてオーバーキル(いや死んではいないけど)な攻撃を叩き込んだ自覚はあるらしい。


 どうやらその負い目もあって【中級ポーション】を用意したようだ。カムイの場合、アブソープションを利用した桁違いの回復能力があるから、本来ならば回復薬は必要ないので、誠意を見せて奮発したといっていいだろう。“中級”というのが、また地味にリアルな誠意であるが。


「ああ、やり過ぎたな。おかげで死に掛けた」


「うう、わ、悪かったよ。ちょっと楽しくなっちゃって……」


「ほう、楽しく?」


「だ、だから悪かったって!」


 呉羽はせわしなく視線を彷徨わせる。それを見て、カムイは嗜虐的な笑みを浮かべた。弱いものイジメは、時と場合によっては楽しいのである。自分が悪くない場合は特に。


「人には『呑まれるな』とか偉そうなこと言っておいて、自分は楽しくなっちゃったわけだ?」


「うぅ……」


 呉羽が眼の端に涙を浮かべ、いよいよ泣きが入ってきたところで、カムイは舌鋒を収めた。力を抜いて頭を呉羽の膝に預け、苦笑しながらこう言う。


「分かるよ。あれだけ動けると、テンション上がるもんな」


 これまでさんざん呉羽から「呑まれるな」と言われ続けてきたとおり、カムイ自身、アブソープションと白夜叉を全開にしているときは普段よりも格段に動けて、それが興奮をもたらすことを知っている。自由であり、開放感があり、アドレナリン出まくりである。それはある種、万能感に通じるものさえあるのだ。だから彼女の言う「楽しくなっちゃった」という言い分も、感覚として理解できた。


「そ、そうなんだ! イメージ通りというか、それ以上というか……。今まで学んだはいいけどバラバラだったものが、一気に組み立てられていくような、そんな感じがして……。すごく、気持ちよかった……」


 そう言って、呉羽は余韻を楽しむかのように感嘆のため息をつく。その彼女の表情に、カムイは思わずドキリとした。その内心を悟らせないように、しかし呉羽の膝から頭を上げることはせず、彼はこう言って話題を逸らす。


「でも、次の稽古からはあのコート禁止な」


「え、何でだ!?」


 不満と言うよりは不思議そうな呉羽の声。逆さまに覗き込む彼女の顔を見上げながら、カムイはこう答える。


「いや、だって呉羽がアレ着てたら、オレの攻撃当らないじゃん」


 情けない言い分ではあるが事実である。アブソープションと白夜叉を全開にした状態でさえ、カムイの攻撃は全て風に弾かれてしまっていた。〈咆撃〉に至ってはそよ風以下の状態である。


 二人が稽古を始めたばかりの頃と、立場が逆になってしまった格好である。あの頃はカムイの防御力が高すぎて彼は呉羽の攻撃を無視していたが、今は呉羽の防御力が高すぎてカムイの攻撃を無視しえる状態だ。


「い、いやしかし、せっかく買った装備を使わないというのも……」


「『受けるな、避けろ』と言っていたのはどこの誰だったけな~」


 カムイがそう言うと、呉羽は「うぅ」と言葉を詰まらせた。他でもない自分の言葉を持ち出されると、反論は難しい。「それはそれ。これはこれ」と心に棚を作れないのは、彼女が純粋である証だろう。


「それに、『痛くない稽古は稽古じゃない』んだろ? 痛くない稽古をしていると知ったら、お前の道場の先生はどう思うだろうな?」


「シ、シゴき倒される……!」


「ホントにドSだなぁ、お前の先生」


 道場でシゴかれる様子でも想像したのか、青くなってカタカタと震える呉羽にカムイは呆れた様子でそう声をかける。道場の先生の折檻がそれほど怖かったのか、結局【青龍の外套】は使用禁止となった。そして話し合いが終わった頃合を見計らって、アストールが二人に近づいて話しかける。


「二人とも、そろそろ出発しようと思うのですが、大丈夫ですか? カムイ君は、呉羽さんの膝枕が名残惜しいかもしれませんが」


「いぃ!?」


「なっ!?」


 アストールが冗談めかして付け加えた言葉に、カムイと呉羽は分かりやすく動揺した。そして次の瞬間、顔を真っ赤にした呉羽が勢い良く立ち上がる。その反動でカムイの頭は放り出され、そして後頭部から地面に落ちて「ゴツン」と音を立てた。


「痛っ……」


 カムイは頭を抑えて呻くが、赤い顔をした呉羽は一顧だにしない。「ふん!」と言い捨ててリムのところへ向かってしまった。きっと彼女を撫で回して気恥ずかしいのを忘れるつもりなのだろう。そして呉羽が十分離れたところで、アストールがカムイのほうに悪戯っぽい視線を向けながらこう言った。


「ところで、カムイ君。どうでしたか?」


「……むっちりでした」


 カムイが正直にそう答えると、アストールは「我が意を得たり」とばかりににっこりと微笑む。そしてこう続けた。


「おやおや。わたしは新しい装備の具合を尋ねたつもりだったのですが……。一体何がむっちりなんでしょうねこれは是非呉羽さんに聞いてみなければ」


「うぇえ!? そ、それは勘弁してください! ト、トールさん、後生ですから! マジで勘弁してくださいってば!?」


 いっそ清々しい笑みを浮かべながら足早に立ち去ろうとするアストールに、カムイは必死に縋りつく。その結果、むっちり発言はなんとか秘匿してもらえることになったが、なんだかヤバい人に弱みを握られてしまったような気がするカムイだった。


 ちなみにカムイの装備だが、今回の稽古であちこち切り刻まれて随分ボロボロだ。新品だったのにひどい有様である。だが【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】は伊達じゃない。このシリーズには自己修理機能が付いているのである。


 この機能を使うにはコストとして魔力等(ポイントも可)が必要になるのだが、アブソープションを持つカムイにとってはコストレスに等しい。それが、彼がこのシリーズに拘った理由でもある。呉羽との稽古でボロボロになることを想定してのことだから、情けない理由ではあるが。なんにしてもこの自己修理機能のおかげでボロボロになった彼の装備はまた新品同様の状態になり、そして呉羽にとっては手加減する理由がまた一つ減った。



 ― ‡ ―



 カムイら四人が海辺の拠点周辺の探索を始めてから三日目。この日も彼らは海岸線に沿って南に移動するつもりだったのだが、朝、朝食を食べているときにアストールがこんな提案をした。


「海岸線からは少しそれますが、今日はあの山を目指してみませんか?」


 そう言ってアストールが指差したのは、海岸線からやや西よりの位置にある小高い山だった。探索を行う範囲の目印としても分かりやすいし、何よりあの山の頂上に登ればより遠くまで見渡すことができる。情報収集を行うにはもってこいだ。


「いいですね、行きましょう」


「了解です」


「分かりました」


 特に反対する理由もなかったので、三人はすぐアストールの提案に賛成した。ただ、この日のうちに山頂に到着することはできず、そこへ到着したのは四日目のお昼前のことだった。


「相変わらず気が滅入りそうになる風景ですねぇ」


「ええ、本当に」


 カムイの投げやり気味の声に、アストールは苦笑しながらそう応じた。世界は相変わらず黒い霧のような瘴気に覆われている。そのせいで見晴らしがいいとはいえ、見通しははっきり言ってよくない。それでもこの辺りは瘴気濃度が低いので、情報収集という目的はなんとか達せられそうだった。


「川が流れていますね」


 山頂からあたりを見渡しながら、アストールがそう呟いた。彼の言うとおり、西から東に向かって、山の南側の大地には大きく蛇行しながら川が流れている。ただ逆を言えば、めぼしいものはソレしかない。眼下に広がるのは、街や集落はおろか緑さえない寂莫とした荒野である。


「目立ったものはなにもないですね……。もう少し遠くまで見渡せれば、何かあるのかもしれませんけど……。双眼鏡でも買いましょうか?」


 呉羽がそう言うと、しかしアストールは首を横に振る。そして少し得意げな笑みを浮かべながらこう言った。


「いえ、ちょうどいい魔法があります」


 そう言って彼は自分を含めた四人に〈イーグル・アイ〉という魔法をかけた。一時的に視力を強化する魔法で、索敵や偵察の際に重宝されていたという。


「おお~」


 まるで双眼鏡を覗き込んだような見え方に、カムイら三人は歓声を上げた。アストールも久しぶりに〈ソーン・バインド〉と〈トランスファー〉以外の魔法を使えて満足げである。


 その強化された視力で、四人は改めて山頂から周辺を見渡す。さっきまでは見えなかったものも、確かに見える。しかしそれでも、何か特筆するべきものは見つからなかった。少なくとも、カムイが見ている範囲では。


「トールさん、アレを見てください!」


 西側を見ていたリムが、そう言って唐突に声を上げた。その声に誘われて他の三人が彼女の傍に集まる。そして彼女が指差す先に視線を向けた。


「あの川が大きく曲がっている所の、左側です。何か、街のようなものが……」


 リムのその説明を聞きながら、カムイは川の流れとは反対に、下流から上流に向かうようにして視線を動かし、彼女が見つけたものを探す。そして、瘴気の影響もあったのだろうが、さっきまでは良く見えなかった場所に、リムの言うとおりなにか街のようのものが見えた。


「アレは……、遺跡、でしょうか?」


「恐らくは」


 カムイの問い掛けに、アストールは眼を細めてつぶさにその遺跡を観察しながら、短くそう答えた。その口元には小さな笑みが浮かんでいる。やがて彼は若干興奮したようでこう言った。


「まさか、こんな形で遺跡を見つけることができるとは、思ってもいませんでした」


「遺跡に興味があるんですか?」


 呉羽がそう尋ねると、アストールは笑みを浮かべたまま大きく頷いた。そしてこう言葉を続ける。


「今後の方針として、幾つか案を考えていたのですが、その一つがこの世界の遺跡を調べることだったんです」


 ヘルプさん曰く、ここは「文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体が死滅した世界」である。逆を言えば、「この世界にはかつて知的生命体がいた」ということになる。遺跡は彼らが築いた文明の残り香、といえるだろう。


「でも、遺跡なんて調べてどうするんですか?」


「こうして遺跡が残されているということは、つまりそれなりの文明が発達していたということ。そしてそれは当然、瘴気がこの世界に現れる以前のはず。瘴気がいつ、どうして、そしてどこから現れたのか、そしてどのようにこの世界に広がっていったのか。そういった、いわばこの世界が滅びてしまうまでの過程が記録として残っていれば、その情報はかなり重要な手がかりと言えます」


 少々熱っぽくアストールはそう話した。瘴気がどうしてこの世界に現れたのか、その根本原因が分かれば、対策の仕方も見えてくるかもしれない。他にも、〈魔泉〉の位置が予測できるような情報があれば、それも今後の攻略に役立つはずだ。そして彼はさらにこう続ける。


「他にも、知りたいことはたくさんあります。瘴気についての直接的な情報が得られれば一番いいのですが、それ以外にも、まあこの世界についての情報ならどんなものでも欲しいですね。なにせ私たちはこの世界について何も知らないに等しいのですから。特に魔法が存在していたかどうかは、是非とも知りたいですね」


 魔法が存在していたかどうかでこの世界の評価は大きく違ってくる、とアストールは言う。魔法が存在していれば、知的生命体は〈世界〉や〈力〉といったものに、比較的手を伸ばしやすくなる。極端なことを言えば、個人の力で〈世界〉の深淵に迫ることもできるのだ。逆に魔法が存在しなければ、〈世界〉や〈力〉を観測するためにはそれ相応の道具や組織が必要になる。そのためどうしても規模は大きく、そして事業自体も困難になりがちだ。


 ただ、だからと言って魔法が科学に比べて優れているというわけでもない。魔法の場合、個人の力や才能に依存する部分が大きい。そのため知識の積み重ねや技能の継承は難しくなる。偉人がいたとしても、後継者に恵まれなければ、その偉業は全て失われてしまうかもしれないのだ。


 その点、科学は魔法ほど個人の才能には依存しない。それで次代へ継承は比較的容易である。その積み重ねは、ついに人類を宇宙へと進出させた。これは恐らく魔法のみに頼っていては成し遂げられない偉業である、とアストールは言う。


「えっと、それでつまり、この世界に魔法が存在していたとしたら、それがなんだっていうんです?」


 カムイが困惑気味にそう尋ねると、アストールは「やってしまった」と言わんばかりに苦笑を浮かべた。熱っぽく話しすぎて、話題が脱線していたことに気付いたのだ。彼は一つ咳払いをすると、話題を戻してこう言った。


「魔法と科学。物事をこの二つに分類して考えるのなら、瘴気というのは間違いなく魔法の領域に属するものです。ということは、この世界に魔法が存在した場合、瘴気の発生というのは、それが故意か事故かは別としても、人つまり知的生命体の手によるものである可能性が出てきます」


 あくまで可能性ですけどね、とアストールは付け加える。きっと彼自身、これほどの事態を果して人の手で引き起こせるのか、懐疑的に思っているのだろう。魔法と言うのは、言ってみれば究極の個人技だ。個人の力でどうすれば世界をこうまで壊滅的な状態に出来るのか。カムイや呉羽はもちろん、リムやアストールにも想像がつかない。


 ただ、人の手によるものであれば、そこに至るまでの過程や研究資料が残されているだろう。それは攻略のための重要な情報だ。だからゲームクリアのためにはその方が都合がいいとも言える。


「逆に魔法が存在しなかったのであれば、瘴気の発生原因はいわゆる自然災害しか残りません。クレハさんが教えてくれた、〈次元融合災害(ディメンション・ハザード)〉のようなものですね」


 二つの世界がぶつかればこんなふうにもなるだろう、とアストールは言う。少なくとも、ある個人がこの事態を引き起こしたと言われるよりも納得はしやすい。


「可能性としては、コレが一番高いような気がします。魔法が存在していようがそうでなかろうが、ね」


「それじゃあ、魔法の有無はそんなに重要じゃないんじゃないですか?」


 呉羽が呆れ気味にそう尋ねると、アストールは「そんな事はありません」とはっきり言い切った。


「迫り来る瘴気を前に、どんな対策を講じたのか。魔法の有無はそこにも大きく関係してきます。どんなことをして、どういう結果になったのか。そのあたりのことも是非知りたいですね」


 加えて、瘴気そのものを研究して解析する場合、科学的なアプローチよりも魔法的なアプローチのほうが有効であろう。だから魔法が存在していた方が、より多くの研究結果や解析結果を期待できる。


「なるほど……」


「あと、出来れば研究もして見たいです。異世界の失われてしまった魔法体系。とても興味深い」


「ソレが本音ですか……?」


「コレも本音です」


 呆れるカムイに対し、アストールは悪びれるでもなく胸を張ってそう答えた。


「それじゃあ、これからあの遺跡に向かうんですか?」


 リムは難しい話を聞いてチンプンカンプンな様子だったが、しかしあの遺跡が重要であることは何となく理解できたのだろう。アストールにそう尋ねた。しかし彼は苦笑しながら首を横に振る。


「ここから見た限りでもずいぶん遠いですからね。時間がありません。今回はここまでにして、報告に戻りましょう」


 アストールのその言葉に、他の三人は頷いた。今回の探索は一週間程度の予定になっている。今が四日目のお昼頃だから、帰りも合わせればちょうどいいくらいだ。


「ただ、ここで出来る事はしておきましょう。カムイ君、あの遺跡とここから見える周囲の風景を写真に撮っておいてもえますか?」


「了解です」


 アストールに頼まれ、カムイはシステムメニューを開いてカメラ機能を起動する。どうやら〈イーグル・アイ〉の効果はこちらにも反映されるようで、カメラの画面には遺跡の姿がしっかりと映っていた。それを確認してからカムイはシャッターボタンをタップする。さらに彼は画面を拡大したりしながら、何枚か写真を撮った。


 そして同じようにしながら四方の風景も撮影する。最後にアルバムを開いてちゃんと取れているか確認し、また取った写真を方角ごとにフォルダ分けして分別していく。同じような写真ばかりで、ぱっと見ただけではどの方角なのか区別が付かないのだ。


 写真を撮るカムイの隣では、アストールが白紙のノートを開き、そこにボールペンで地図を書いていた。呉羽が持っている地図は、実際に歩いた範囲しか記載されない。だから手書きで地図を作成するしかないのだ。


 今いる小高い山を書き、さらに蛇行する川を書き込む。そしてその川が大きく湾曲した部分に「遺跡」と書いてそれを丸で囲んだ。さらにコンパスを使って遺跡の方角を確認し、線を引いてその方角も書き込む。そのほかにもアストールはここから分かる限りの情報を書き込んでいった。


「これでよし、と……」


 何度も見直して不備がないかを確認してから、アストールはノートとボールペンをしまった。そして四人は山頂で昼食を食べてから山を降り、そのまま北上する。海辺の拠点へと戻るのだ。


 効率よく地図を埋めるために、復路が往路と被らないように注意するが、それでも似たような場所を通ることになる。瘴気濃度もほとんど変わりなく、そのため出現するモンスターの強さも変わりない。問題らしい問題はなにも起こらず、四人は順調に拠点に向かって進めた。


 さて、遺跡を見つけたその日の夜。夕食を食べてあとは寝るだけになると、カムイは【簡易結界一人用】を用意してから、しかしすぐにその中には入らず、【光熱石】の明かりを頼りにして胡坐をかきながら地面に座った。ちなみに、LEDランタンはアストールが使っている。手書きした地図を見直しているのだ。


 地面に座り込むと、カムイは出力を絞りながらアブソープションの能力を使い、周辺の瘴気を吸収しエネルギーに変換する。そしてそのエネルギーを使って白夜叉を発動し、身体を白いオーラで薄く覆った。


「よし、次は……」


 次にカムイは、両手の人差し指をそれぞれ向かい合わせにしてむける。指と指の間の間隔は、だいたい20cmくらいだろうか。彼は大きく深呼吸すると、集中力を高め、そして自分に言い聞かせる。


(イメージしろ……)


 イメージするのは、糸。向かい合った両手の人差し指の先から、白夜叉のオーラを細い糸状にして伸ばす。今までにも、「オーラを伸ばす」ということはやってきた。落ち着いて集中できる環境であることもあって、カムイはすぐに白夜叉のオーラを糸状にすることに成功する。そして伸ばされた白い糸は、二本の人差し指の間でぶつかり、そしてくっ付いて一本の糸になった。


(さて、ここからだ……)


 繋がって一本になった細い糸状のオーラ。カムイはそこに、少しずつさらに多くのオーラをつぎ込んでいく。そしてこの時、糸が太くならないように注意する。要するにカムイは、オーラのいわば“密度”を上げようとしているのだ。


「……っ」


 しかし、なかなか上手く行かない。つぎ込むオーラを多くするほどに、反発が強くなってまるで暴れるような手応えがする。ちょうど、二つの磁石の同じ磁極同士を無理やりくっつけようとした時のような、グリグリと逃げ回るような感じである。そしてそれを上手く押さえ込めないと、まるでバネが跳ねるように圧力が解放され、オーラの密度は元に戻ってしまう。


 オーラの密度が元に戻ってしまっても、糸の太さに目立った変化はない。つまり、目に見える変化が起こるほど、多くのオーラをつぎ込めていないと言うことだ。最初からそう上手く行くとは思っていなかったが、それでもずいぶん難易度は高いらしい。先は長そうだと思い、カムイは思わずため息を吐いた。


(ま、それでも……)


 それでも、オーラの密度を上げること自体は可能だと分かったのだ。実験の初回としては、十分な成果であろう。カムイはそう思うことにした。後は、ひたすら練習あるのみ、だ。


「カムイ、何をしているんだ?」


 カムイが地面に座り込んで、オーラの密度を上げる練習を続けていると、不意に呉羽が後ろから彼に声をかけた。練習に没頭していたカムイは彼女に全く気付いておらず、不意に声をかけられて驚き思わず飛び上がる。


「うお!? ……って、なんだ、呉羽か」


 呉羽の姿を認めると、真っ直ぐに伸びていたカムイの背筋がまた少し丸くなる。その様子を見て、呉羽は思わず苦笑した。


「驚かせて悪かったな。……それで、なにをしていたんだ?」


「あ、ああ。実は……」


 隠すようなことでもないので、カムイは今しがた行っていた実験について呉羽に話した。それを聞くと、彼女は「ほう」と感心したように呟く。


「確かにオーラの密度を上げられれば、それだけ攻撃力や防御力の向上が見込めるかもしれないな。あ、いや、でも、そもそも変換しているエネルギー量が変わらないのなら、そんなに劇的な変化は起こらないのか……?」


「まあ、その辺のことも合わせて検証していくつもり」


 顎に手を当てて真剣に悩む呉羽に苦笑を向けながら、カムイはそう答えた。なんにしても、アブソープションや白夜叉といった手持ちの手札を、もっと効率よく運用できるようになりたいのだ。


「だけど、なんでまたそんなことをやり始めたんだ? いや、強くなりたいと言う気持ちはよく分かるけど」


「あ、いや、それは……」


 呉羽の問い掛けに、カムイは答えを言いよどむ。だが呉羽が「ん?」と言って小首を傾げると、諦めたようにこう話し始めた。


「いや、だって、今朝の稽古でボコボコにされたし……」


 気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、カムイはそう言った。それを聞いて呉羽がきょとんとした顔をする。


「……悔しかったのか?」


「ああ、悔しかったよ。最近ようやくいい勝負が出来るようになってたのに、また突き放されたんだからな」


 少々ヤケクソ気味にカムイはそう答えた。ただその後すぐに、「それだけじゃないけどな」と付け加える。


「あとは、トールさんのこととか……」


「トールさんがどうかしたのか?」


「遺跡のこととかさ、トールさんは色んなことを本当にちゃんと考えてる。そういうのを見てたら、なんかオレも『もっとちゃんとしなくちゃ』とか思って、さ」


 とはいえ、どうすれば「ちゃんとできるのか」なんてよく分からない。ゲーム攻略の方針にしても、「遺跡を調べる」というアストールの案以上のものは思いつかない。それでとりあえず、個人で出来ることとして、スキルの使い方をもう少し工夫できないかと考えたのだ、とカムイは言う。


「ふふ、やっぱりカムイは男の子だな」


 カムイの話を聞くと、呉羽はやたらと嬉しそうにニコニコと笑った。その笑顔が、カムイにはどうもムズ痒い。気恥ずかしくなって、彼はまた顔を逸らした。


「でも、強くなりたいのなら、ユニークスキルと相性のいい装備を買うのが一番手っ取り早いんじゃないのか?」


 カムイの努力をマルッと無視するような言葉だったが、しかしその提案自体は正論だった。今朝の稽古からも分かるように、ユニークスキルと装備の特性が上手くかみ合った場合、その相乗効果は凄まじいものになる。


 幸い、一度はスッカラカンになったポイントも、また貯まり始めている。呉羽の言うとおり、それを狙って新たな装備を買うのも有効な手段の一つだろう。しかしカムイは困ったような苦笑を浮かべこう言った。


「オレだってそれは考えたさ。だけど【Absorption(アブソープション)】と相性のいい装備って、なかなかないんだ」


 カムイのユニークスキル【Absorption(アブソープション)】には、いわゆる属性というものがない。だから【炎の指輪】に代表されるような、特定の属性を強化したり補助したりするマジックアイテムは、装備してもあまり意味がない。


 また身体能力を強化するような能力でもないから、そういう類のマジックアイテムも相性という意味では除外される。もちろん、装備して効果がないわけではないだろう。ただ呉羽のアレに及ぶとは思えない。


「応用範囲は広いけど、能力そのものとしてはピンポイントなんだよなぁ~、【Absorption(アブソープション)】って」


 そのため、「これぞ」というものでないと相乗効果は期待できない。しかし【Absorption(アブソープション)】はユニークスキル。ドンピシャな装備品など、そうそうあるものではない。


「それじゃあ、アイテムリクエストはどうだ? 【Absorption(アブソープション)】の能力を補助するアイテムをリクエストするんだ」


「【浄化の杖】の悲劇を思い出せ……!」


「喜劇だろう、アレは……」


 悲壮な顔をするカムイに、呉羽は呆れながらそう返した。【浄化の杖】の悲劇(あるいは喜劇)からは、「瘴気に直接作用するようなアイテムはリクエストできない」というルールが推察される。そして【Absorption(アブソープション)】は瘴気も吸収可能な能力だ。それを補助するようなアイテムは、このルールに引っ掛かる可能性がある。もちろん「確実に」とは言えないが、しかしそれを確かめるために100万Ptをつぎ込む気に、カムイはなれなかった。


「じゃあ、【白夜叉】と相性のいい装備を探せばいいんじゃないのか?」


「【白夜叉】はもっと訳分からん」


 カムイは真顔でそう言い切った。【白夜叉】は彼が発現させたスキルではあるが、しかし設計したスキルではない。そのためその能力を完全に把握しているとは言いがたく、むしろまだまだ未知数の部分の方が多いように感じる。それでどんな装備と相性がいいのかも、はっきり言って「さっぱり分からん」というのが実情だ。


「それでまあ、そんな感じだから、今はまだ新しい装備は買わないで、スキルの使い方のほうを工夫していくつもり」


「なるほどなぁ……」


 カムイの説明に、呉羽は一応の納得を示した。彼女にしてみれば、どうせポイントには余裕があるのだから、色々装備品を試してみればいいとも思う。ただそれはカムイが決めることだし、なにより外付けの力に安易に頼るのはあまりいいことではないだろう。そう考えれば、カムイのやり方はむしろ正道と言える。


「あ、じゃあこういうのはどうだ?」


 そう言って呉羽が提案したのは、新しい“修行”方法だった。先ほどカムイはオーラの密度を高めようとしていたが、呉羽はそれとは別の方向性として「オーラで色々な形を作ってみたらどうか?」と提案する。


「〈侵攻〉のときのあの三本目の腕とか、ずいぶん歪だったからな。どうせならもっと綺麗に作れるようになれ」


「へいへい。ま、あとでやってみるよ」


 面白がるような様子の呉羽に、カムイはぞんざいに言葉を返した。とはいえ、そういう自分では考え付かなかったようなアイディアを言ってもらえるのはありがたい。


「ま、あんまり晩くまで無理するなよ。明日の朝も稽古はするんだろう?」


「おう、頼む」


「うむ、任せておけ。……それじゃあ、わたしはそろそろ休むよ」


「ん、お休み」


 ああ、お休み、と言葉を交わしてから呉羽はカムイの傍を離れた。数歩離れてからふと振り返ると、胡坐をかいて前かがみになるカムイの背中が見える。その背中を見て、呉羽はふっと微笑を浮かべた。


(わたしも負けていられないな)


 装備の力で強くなったと思われるのは心外だ。もっともっと、強くならなければならない。表面的な強さではない。心技体のすべてにおいて、さらに成長していかなければならないのだ。呉羽はそう思った。


(さし当っては……)


 さし当っては、明日の朝稽古だろう。カムイの意気も増しているようだし、呉羽もうかうかとはしていられない。まだまだ負けてやる気など、毛頭ないのだから。


(お前が強くなった分、わたしも強くなるぞ、カムイ)


 呉羽もまた、そう意気込む。そして翌朝の稽古では、妙に張り切る呉羽によってカムイはまたボロボロにされてしまうのだった。それでも稽古の範疇に収めてくれたのは、彼女の慈悲か自重か。少なくとも気絶することはなかった。ただし、気絶しなかったので膝枕もなしだった。



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