ゲームスタート13
「失礼。話がある」
デリウスはカムイら四人が夕食を食べているところへやって来て、開口一番にそう言った。彼がこうして四人のところへ来るのは、これが二度目である。最初のときと同じように、彼の後ろにはテッドが控えていた。
「どんなご用件でしょうか?」
リムが不安げな顔をし、カムイと呉羽が怪訝な顔をする中、アストールはいつも通り穏やかな声でデリウスに応対する。デリウスはアストールを交渉の相手と定めたのか、彼に視線を向けるとさらにこう言った。
「我々〈騎士団〉は〈魔泉〉の調査を行うことを決定した。君たちにはその調査に協力を願いたい」
傲然とした様子でデリウスはそう言った。その物言いに、カムイは思わず眉をひそめる。相変わらずの上から目線だ。しかしアストールはいつもと変わらず落ち着いた様子で、一つ頷いてからこう聞き返した。
「具体的には何をすればいいのでしょうか?」
「移動手段を提供してもらいたいと考えている」
それは必然の要求と言えるだろう。なにしろ、〈騎士団〉には高濃度の瘴気の中を移動する手段がないのだから。そのため、これまで魔泉の調査はしたくともできなかった。そこまで行くことができなかったのだ。
しかし外からカムイと呉羽が来たことで状況が変わる。彼らの協力が得られれば、魔泉のもとまで向かうことは可能。デリウスはそう考えていた。そしてそれが、彼が二人を強く勧誘した理由でもある。
「逆を言えば、お二人の協力が得られなければ調査はままならない。さらに言えば、お二人に何かあった場合、調査隊は全滅の危険性が高い。……計画倒れな上に、リスクが高すぎませんか?」
「……魔泉の調査は必要なことだ。この世界を救うために」
アストールの穏やかだが痛烈な指摘に、デリウスは渋い顔をしながらそう答えた。それを聞くと、アストールは「なるほど」と呟いてからさらに別のことを尋ねる。
「〈騎士団〉の内部では、『ここを離れて別の拠点に移動する』という案も出ていると聞きます。そちらはどうなのですか?」
その「別の拠点への移動」もまた、カムイと呉羽がここへ来たからこその案だった。かつてアストールが言っていたように、二人がここへ来たことには大きな意味があるのだ。少なくとも、もとからここにいたプレイヤーたちにとっては。
「確かにそういう話も出ている。だがここを離れれば魔泉の調査はさらに困難になるだろう。ならば別の拠点へ移動するのは、調査を行ってからでも遅くはない」
恐らくそれは、〈騎士団〉内部で議論した際の結論だったのだろう。デリウスはすらすらとそう答えた。それを聞いてアストールはもう一度頷き、そして顔をカムイと呉羽のほうに向けた。
「お二人は、どうしますか?」
「オレたち、ですか?」
突然アストールから話を振られて、カムイと呉羽は顔を見合わせた。そんな二人の顔をしっかりと見ながら、アストールは真剣な声でさらにこう続けた。
「どのみち、お二人が同意しなければ調査隊は出発することさえできません。つまりこの件の決定権はお二人にあります」
そう言われ、二人は揃って難しい顔をした。色々考えてみるが、答えは出ない。結局、カムイは助け舟を求めてこう尋ねた。
「……アストールさんは、どう思いますか?」
「時期はともかく、魔泉の調査が必要だとはわたしも思います。ただやはり、リスクが相当高いと言わざるを得ません。ここにいるプレイヤーの誰も、魔泉周辺の瘴気濃度には耐えられないでしょうから」
アストールの言葉にカムイは頷く。呉羽が結界を張り、カムイがその中の瘴気濃度を下げれば、調査隊は魔泉まで行くことはできるかもしれない。しかしそうではあっても、結界の外へ出ることはできないだろう。魔泉周辺の瘴気濃度は極めて高いと予想されるからだ。つまり調査隊の動きはかなり制限されることになる。
さらにアストールが前述していたように、もしもカムイと呉羽に万が一のことがあって結界を維持できなくなった場合、調査隊は高濃度の瘴気の中に放り出されることになる。その場合、全滅は必至だろう。
「カムイ君と呉羽さんの身の安全は騎士団が保証する。だから、どうか協力して欲しい」
デリウスはそう言って頭を下げた。それを見て、カムイは少なからず驚く。そんなことをするイメージがなかったのだ。
「……調査隊のメンバーは、全部で何人なんですか?」
「六人のパーティーが全部で四つ。合計で二四名だ。腕利き揃いだと自負している」
「呉羽、どうだ?」
「わたしたちを入れて、二八人か……。結界を相当大きくしないとだな……」
呉羽は少し考え込みながらそう答える。当然、結界を大きくすればその分彼女の負担も大きくなる。魔力の補充についてはアストールとリムに付いて来てもらえばなんとでもなるが、結界を維持し続けるための集中力がどれほどもつのか、呉羽は「やってみないとわからない」と答えた。
「当然だな。三〇名近いメンバーが本当に移動できるのか、事前に確認しておく必要がある」
そう言ってデリウスは少し考えると、明日の午前にその実験を行うことを提案した。アストールの口添えもあり、ひとまずその実験に関してはカムイと呉羽も協力することを約束する。それを聞くと、デリウスは少しだけホッとしたような表情を浮かべた。
「感謝する。ではまた明日」
デリウスはそう言うとさっさと身を翻し、その場を離れていった。〈騎士団〉のメンバーに事情を説明したり予定を調整したりと、いろいろやることがあるのだろうが随分とそっけない態度のようにカムイには思えた。
「ありがとよ。あんなに嬉しそうな団長は久しぶりに見たぜ」
一人残ったテッドが、少しおどけたような口調で四人にそう言った。それを聞いてカムイは思わず怪訝な顔をする。
「アレで喜んでたんですか?」
「ああ。アレで喜んでたんだよ」
分かりにくいだろ、と言ってテッドが笑みを浮かべる。つられてカムイも笑った。
「……テッドさんも、調査隊のメンバーに入ってるんですか?」
「ああ。志願した。魔泉の調査はどうしたって必要だからな」
魔泉がこの世界を再生する上で最大の障害であることは明白なのだ。その情報はまさに喉から手が出るほど欲しい。今はまだどうしようもなくとも、しかし今この時に少しでも情報を得ておくことには意味があるのだ。得られた情報によっては、今後の攻略の方向性さえ変わってくるだろう。
「ま、なんにせよまずは明日だ。ちゃんと移動できることを確認しないことには、調査もなにもないからな。よろしく頼むぜ」
そう言って明るい笑みを残すと、テッドはデリウスの後を追ってその場から離れた。
そして次の日の朝、カムイら四人は迎えに来た〈騎士団〉のメンバーに連れられて集合場所へ向かう。四人に向けられる視線は、おおむね好意的である。
最初にデリウスから今回の実験の意義と目的が説明された。それが終わると、早速実験が開始される。まずは山陰のギリギリまで移動し、そこで呉羽が結界を展開。内部に残された瘴気をリムが浄化して濃度を下げる。それが完了すると、彼らはさらに歩を進めて高濃度の瘴気が漂う場所に足を踏み入れた。
「……っ、さすがに圧力が強いな」
わずかに顔を歪めて呉羽がそう報告する。さらに、やはり維持するべき結界が大きい。カムイと二人で旅をしていたときと比べると、彼女に掛かる負担は桁違いだった。
「呉羽さん、結界の一部に穴を開けられますか?」
アストールがそう尋ねると、呉羽は怪訝な顔をした。結界に穴を開けること自体は簡単だ。しかしそれでは、瘴気が内部に入り込んでしまう。結界を張っている意味がない。
「中に入った瘴気はリムさんが浄化します。完全に遮断しなくていいならクレハさんの負担も軽くなるでしょうし、吹き込み口さえ限定されていれば浄化もしやすいはずです。クレハさんとリムさんの魔力の補充は、私とカムイ君がやります」
「……! 分かりました!」
呉羽は力強く頷くと結界の形状を変形させ、一部を漏斗のような形にして瘴気の吹き込み口を作った。これにより、防がれていた瘴気の一部が結界の内部に入ってくる。そのおかげで呉羽は結界に掛かる圧力が減ったのを感じた。
「それじゃあリムさん、お願いします」
「はいっ!」
結界に作られた瘴気の吹き込み口のすぐ近くにはリムが待機している。そして彼女が吹き込んでくる瘴気を片っ端から浄化していく。これにより、呉羽の負担を減らしつつ、結界内部の瘴気濃度を低く保つことが可能になった。
ただ、これで実験成功ではない。この状態を保ちつつ、移動しなければならないのだ。ただ、ここでまた問題が発生した。
「リムさん、そのまま歩けますか?」
アストールがそう尋ねると、リムはぎこちなく頷いた。そして一歩一歩、慎重に歩く。足元を気にしているわけではない。能力が途切れてしまわないように気を使っているのだ。
浄化の役割をリムが担っている以上、全体の移動速度は彼女の歩くスピードにあわせざるを得ない。しかしその彼女がゆっくりとしか歩けないものだから、結果として全体の移動速度が著しく低下してしまったのだ。
「遅いな……。何とかならないか?」
眉間にシワを寄せて、デリウスがそう尋ねる。カムイとしては「これくらい我慢しろ」と言いたかったのだが、アストールは「そうですね……」と言って少し思案すると、おもむろにこう提案した。
「私がリムさんをおんぶしましょう。それともだっこの方がいいでしょうか?」
そうすればリムは浄化に専念できるし、彼女の足に合わせて全体の移動速度が落ちることもない。さらにアストールがおんぶ(あるいはだっこ)していれば、トランスファーによる魔力の受け渡しがいつでもできる。最初は乗り気ではない様子だったリムも理詰めでそう説明され、最後には首を縦に振った。ほんのり頬を赤く染めながら。
こうしてなんとか移動の目途は立った。ただ、高濃度の瘴気の只中を移動していれば、当然モンスターに襲われる。襲ってくるモンスターの対処は〈騎士団〉の役割だったが、結界と言う限られた空間の中での戦闘は彼らも初めてだ。カムイの目から見ても、戦いにくそうにしているのが見て取れた。
「場数をこなして慣れるかしないな……」
デリウスは渋面を浮かべながらそう言った。結界を広くすればもう少し戦いやすくなるのかもしれないが、それでは呉羽の負担を増やすことになる。結局、この日は一日歩き回り、〈騎士団〉は結界内での戦闘経験を積むことになった。
とはいえ、ただ闇雲に場数を重ねていたわけではない。特にデリウスは、より効率的なパーティーの配置やフォーメーションなどの確認に余念がない。こうして結界内での〈騎士団〉の戦闘は、回数を重ねるごとに洗練されていった。
「よし……。これならあと何度か演習を重ねれば、魔泉に向かうことができるな」
手応えを感じているのか、デリウスはそう言って大きく頷く。ただ、カムイなどにしてみれば少し意外でもある。今日の実験が上手く行けば、すぐにでも魔泉に向かうものと思っていたのだ。
「慎重にこしたことはありませんよ。特に組織のリーダーはね」
満足げな様子でそう言ったのはアストールだった。彼はもともと今回の計画はリスクが高いと指摘していたから、慎重なデリウスの姿勢は好ましいのもだったのかもしれない。
そのおかげなのかは分からないが、カムイたち四人は〈騎士団〉の魔泉調査に付き合うことになった。移動の演習を繰り返していることなど、遮二無二物事を進めようとしているわけではないデリウスの姿勢が、彼らから一定の評価を得たと言うことだろう。
さて、調査のための準備はそれだけではない。山の上から器機を使い、魔泉までの距離を概算する。その概算や演習の状況に基づき、日程などの計画が立てられた。
そしてさらに必要なものがあった。ポイントである。
予想されていたことではあったが〈騎士団〉は移動中、思うようにポイントが稼げない。演習中、常に瘴気を浄化し続けているカムイら四人はともかく、一緒に移動している〈騎士団〉のメンバーは一日の稼ぎが一万Ptに満たなかったのだ。これはカムイが一日に最低限必要と考える15,000Pt(【日替わり弁当A】1,000Pt×3+【簡易結界一人用(寝袋付き)】12,000Pt)を下回る。
さらに、不測の事態に備えた物資も必要である。アイテムショップがあるので物資をあらかじめ用意しておく必要はないが、しかしそれを買うためのポイントは用意しておかなければならない。
そのため、これら必要なポイントをあらかじめ稼いでおく必要があった。そのためデリウスをはじめ〈騎士団〉のメンバーは資金不足に頭を悩ませているという話だったが、外様のカムイたちには関係のない話である。ちなみに融資の話はばっさりと断った。
「オレたちは、ほかに何かしておくことがあるでしょうか?」
カムイはアストールにそう尋ねる。ポイントは十分にあるし、必要と思える装備も整えた。とはいえ調査隊の出発まではまだ時間がある。できることがあるのなら、やっておきたかった。
「そうですね……。例えば瘴気への耐性を上げる魔法薬や、瘴気濃度を測定する器機があれば便利だとは思うのですが、ないんですよね……」
アイテムショップのラインナップをスクロールしながら、アストールは苦笑を浮かべながらそう言った。カムイも自分のメニュー画面を開いて探してみるが、なるほど確かに検索に引っ掛からない。「ないのか」と諦めかけたその時、彼は視界の端にとあるメニューボタンを見つけた。
「ああ! 【アイテムリクエスト】!」
天啓を受けたと言わんばかりにカムイは叫んだ。【アイテムリクエスト】は、ショップにはないアイテムをリクエストできる機能だ。ただしリクエストには一回100万Ptもかかる。そのためこれまでは使うこともなく、今の今まですっかり忘れていたのだ。しかし今は状況が違う。100万Ptは確かに大金だが、しかし浄化で稼ぎまくっている今なら払えないことはない。
カムイは早速、【アイテムリクエスト】のタブをタップしてそのページを開く。画面をスクロールしていくと、リクエストしたいアイテムの名前や、その説明を記入する欄がある。さらにその下に注意書きがあったのでさっと目を通してみると、そこにはリクエストに100万Pt必要なことや、リクエストの内容によってはアイテムを生成できない場合があること、また類似したアイテムがすでにショップにある場合も生成失敗となることなどが記されていた。
(よほど無茶なリクエストでなきゃ大丈夫だろ)
そう軽く考え、カムイは注意書きから視線を外す。そして早速アストールと相談しながらリクエストするアイテムを考え始めた。彼らがまずリクエストしたのは、次の二つのアイテムだ。
アイテム名:【瘴気耐性向上薬】
説明文:【服用後一時間、使用者の瘴気耐性を五倍に引き上げる】
アイテム名:【瘴気濃度計】
説明文:【瘴気の濃度を測定する。ゲーム開始時の平均値を1.0とし、その値を基準として瘴気濃度を表示する】
ちなみに【瘴気耐性向上薬】はカムイが、【瘴気濃度計】はアストールがそれぞれリクエストを出した。二つともエラーが出ることはなく、【アイテムが生成されました】というメッセージが現れた。そして自動的にアイテムショップの画面が開かれ、そこにリクエストしたアイテムが表示される。
表示された【瘴気耐性向上薬】の見た目は、ショップで売られているポーション類とよく似ていた。ガラス製の小瓶に液体の形で納められており、色は若葉色だ。不思議と、あまり毒々しくは見えない。「錠剤にしておけばよかったかな」と、ふとカムイは思った。なお、値段は一本5万Ptである。
「買わなきゃいけないのか……」
ちょっとだけがっかりした声でカムイはそう言った。リクエストに100万Ptもかかり、さらに購入は別料金。最初の一つくらいは無料で進呈かと期待していたが、そういうことはないらしい。【アイテムリクエスト】はなかなかポイントのかかるシステムである。ただ、同時に別の機能も明らかになった。それに気付いたのはアストールだ。
「カムイさん、これを見てください」
アストールに促されて彼のメニュー画面を覗きこむと、そこにはカムイがリクエストした【瘴気耐性向上薬】が表示されている。もしかしてと思い、カムイも【瘴気濃度計】を検索する。すると確かにそのアイテムは彼のアイテムショップにも追加されていた。見た目はアナログ式の温度計に似ている。値段は23万Pt。
「リクエストされたアイテムは、全てのプレイヤーのアイテムショップに追加される……? いや、アイテムショップは全プレイヤー共通なのか……?」
「恐らく、そうなんでしょうね」
カムイの呟きにアストールがそう応じる。しかしそれでは、最初にリクエストするプレイヤーの負担が大きすぎやしないだろうか。そう思い、カムイは少々面白くない気分になった。
「まあまあ、カムイさん。これは私たちにとっても有用なものですから」
そう言ってアストールはカムイを宥める。拗ねていても仕方がないと思ったのか、彼はすぐに機嫌を戻した。
「それじゃあ、このアイテムのことをデリウスさんに教えてあげましょう」
アストールが〈騎士団〉のところへ行くというので、カムイもそれについていくことにした。幾つかの天幕が張ってある拠点の一角に近づくと、二人はすぐにデリウスのところへ通される。アストールが新たにアイテムショップのラインナップに加わった二つのアイテムについて説明すると、彼は驚いたような表情を見せ、それから大きく頷きこう言った。
「二つとも有用なアイテムだ。感謝する」
「それと、コレはデリウスさんが持っておいた方がいいでしょう。お貸ししますので、調査が終わってここへ戻ってきたら返してください」
そう言ってアストールは自分で購入した【瘴気濃度計】をデリウスに差し出した。ちなみに目盛は現在0.8を指している。分かっていたことではあるが、本当にこの山陰の拠点は瘴気濃度が平均値(1.0)以下なのだ。
デリウスがもう一度「感謝する」と言って【瘴気濃度計】を受け取ると、アストールとカムイはその場を辞した。後ろで「一本5万……。また経費が……」と呻くような声が聞こえたが、きっと気のせいであろう。ちなみに二四人に一本ずつ持たせようとすると、合計で120万Pt必要になる。それを負担してやろうという気はさらさらなかった。
さて〈騎士団〉がポイント稼ぎに奔走している頃、浄化の休憩中にポイントのログを確認したカムイは、そこに初めて見るメッセージを見つけた。それはこんなメッセージである。
【他のプレイヤーが【瘴気耐性向上薬】を購入した! 2,000Pt】
このゲームにおいてポイントというのは、「世界の再生に資すると判断された行為」に対して与えられる。ということはこのログを見る限り、【瘴気耐性向上薬】を購入は「世界の再生に資する」と判断されたことになる。しかしなぜ、そのポイントが購入したプレイヤーではなくカムイのほうに与えられるのか。
(オレがリクエストを出したから、か……?)
それ以外には考えられなかった。つまりアイテムの購入そのものが「世界の再生に資する」と判断されたわけではないのだ。【瘴気耐性向上薬】をリクエストし、そのアイテムを全てのプレイヤーが購入できるようにしたことが、「世界の再生に資する」と判断されたのである。
そしてそのアイテムが実際に購入されたとき、恐らくはその個数に応じて、リクエストしたプレイヤーにポイントが与えられるのだろう。そう考えれば、辻褄が合うように思えた。
(ってことは……?)
有用性の高い、つまり良く使われるアイテムをリクエストしてやれば、この先どんどん他のプレイヤーが買ってくれるだろう。そうすれば、そのたびにカムイは何もしなくてもポイント得ることができるのだ。日々の浄化活動のおかげでポイントにはかなりの余裕がある。このシステムを利用しない手はなかった。
(では早速……)
カムイはほくそ笑みながら【アイテムリクエスト】のページを開く。そしてどんなアイテムをリクエストするのか考え、その内容をそれぞれの欄に記入していく。
アイテム名:【浄化の杖】
説明文:【魔力を込めると、瘴気を浄化する杖】
これは実際に確認して確かめたことだが、瘴気を直接どうにかできるアイテムはシステムのショップには売っていない。そんな中でこのアイテムを見つければ、多くのプレイヤーは飛びつくだろう。たくさん買われて、リクエストしたカムイにもじゃんじゃんポイントが入るに違いない。
そんな皮算用をしつつ、カムイは意気揚々と確定ボタンをタップする。そして次の瞬間、彼は凍りついた。
【エラー! アイテムの生成に失敗しました。アイテムリクエストを終了します】
「お、おお、おおおう……」
カムイは膝から崩れ落ちた。いつぞやの悪夢の再来である。いや、リクエストのための100万Ptはきっちり差し引かれているから、あの時以上の悪夢だった。
「な、なんだ!? どうした!?」
「カ、カムイさん!? 大丈夫ですか!?」
いきなり崩れ落ちたカムイに驚き、呉羽とリムが慌てて彼に駆け寄る。彼女達の表情はとても心配そうだ。しかし彼の口から事情を聞くと、すぐさま呆れ顔になる。
「自業自得だ」
「まったくです。心配して損しました」
「まあまあ、お二人とも。そういうアイテムがあれば、世界の再生は進む。わたしもそう思いますよ」
ぷりぷり怒る呉羽とリムを、そう言ってアストールが宥める。もともと、二人に何か実害があったわけではない。それで彼女らの機嫌はすぐに戻った。
「それにしても、【アイテムリクエスト】機能か……。そういえばそんなものもあったな」
呉羽がそう呟く。彼女もまた、その機能をすっかり忘れていたのだろう。
「ふむ……。わたしもちょっと使ってみようかな……」
「何をリクエストするんだ?」
「秘密だ。ちょっと待っていろ」
そう言って呉羽はシステムメニューの画面を開き、なにやら操作を始めた。カムイがなんとなく見守っていると、彼女の頬が不穏に歪む。それを見て、彼は悪い予感がした。
「ふ、ふふふ……。できた……。できて、しまった……」
「ク、クレハさん……?」
不気味な声を出す呉羽に怯え、リムは不安げな様子でアストールの服の裾を掴む。尋常ではない様子の呉羽を見て、カムイは予感を確信に変えた。きっとろくでもないことが起こったに違いない。
「温・泉きたぁぁぁあああ!! しかも、源・泉・掛け・流・し!!」
魂の雄叫びを上げると、呉羽は生成したアイテムが表示されている画面を三人に見せる。そこにはこうあった。
アイテム名:【レンタル温泉施設】
説明文:【源泉掛け流しの温泉施設を三時間レンタルする】
「お前バカだろ!? 絶対バカだろ!?」
「馬鹿馬鹿言うな! いいじゃないか、わたしはお風呂に入りたいんだ!!」
「だからってこんなもんリクエスト出すか、普通!?」
「物欲丸出しでエラー出して100万Pt投げ捨てたお前に言われたくない!」
「あ、アレはちゃんと生成されれば攻略に役立つアイテムだぞ!?」
「結果的にはエラーだ! 実際に生成されたコッチの方が役に立つ! 主にわたしの!」
「お前限定かよ……」
「まあまあ、お二人と落ち着いて」
ギャーギャー騒ぐ二人を、アストールが宥めて落ち着かせる。どのみち、一度リクエストして生成されてしまったアイテムは取り消せない。また誰かに迷惑が掛かったわけでもないので、この件についてはお咎め無しと言うことになった。
「せっかくリクエストしたからには使ってみないとな!」
「ああもう、勝手にしてくれ……」
「するとも! わたしはこの世界に入浴文化を根付かせてみせる!」
拠点に戻り辺りが暗くなってプレイヤーたちが戻ってくると、呉羽はうきうきとした様子で【レンタル温泉施設】を購入する。ちなみにお値段150万Pt。その値段を聞いたとき、カムイはまたしても「バカか!?」と言ってしまった。彼女の布教と洗脳の志に慄くばかりである。
「おいおい……。なんだこりゃ……」
山陰の拠点の一角に突如として現れた温泉施設は、当然のようにプレイヤーたちの興味を引いた。驚いて声も出ない様子のテッドに、カムイは力なく「入ってみれば分かりますよ」と答える。幸い、入り口の張り紙で施設の利用の仕方が説明されていたので、全てのプレイヤーに逐一説明をする必要はなかった。ちなみに購入した張本人はさっさとリムを拉致って突撃を敢行しており、ここにはもういない。
「ようするに公衆浴場か……。なら、入ってみるか」
もともと娯楽に餓えていたのだろう。これがただの入浴施設で危険がないことが分かると、プレイヤーたちは次々に建物の中に入っていった。
外観もそうだったが、呉羽がレンタルした温泉施設はどう見ても日本のものだった。プレイヤーたちは中を物珍しそうに見物しているが、カムイにとっては見慣れたものである。それで彼は他のプレイヤーたちに色々と教えてやりながら男湯の脱衣所へと向かった。
脱衣所にはロッカーが並べられている。使用料は一回500Ptで、ようするにこれが入浴料なのだろう。それを支払ってロッカーを開けると、中にはバスタオルと手ぬぐいが用意してあった。準備のいいことである。
肝心の温泉は無色透明で、触ってみると少しぬめり気があった。効能を読んでみると、やたらと「美肌効果」が強調されている。浴槽は一つで露天風呂はない。まあ、瘴気まみれの景色など見ても楽しくないが。その代わりなのか、浴場の一角には水風呂とサウナも用意されていた。
「あ~、たまんえぇな……、こりゃ……」
覇気の欠片もない、そんな声を上げたのはテッドだ。彼は肩まで温泉に浸かり、リラックスしきっている。
「しかしなぜ、わざわざこんな施設を……?」
「固いことは言いっこなしですぜ、団長。というか、団長だってちゃっかり入ってるじゃねぇですか」
「いや、これはこの施設に危険がないかの調査であって……」
「はいはい。ま、入ったからには楽しみましょうや」
「むう……」
デリウスまで入っているのは、カムイには少し意外だった。手ぬぐいを頭に載せているその姿はなかなか衝撃的である。もっとも、「手ぬぐいを湯船に入れない」というのは温泉の入浴マナーだから、それを律義に守っているのはある意味で彼らしいとも言えた。
(なんか、もうどうでもいいや……)
湯船に浸かってその縁にもたれかかりながら、カムイはもう色々と放棄することに決めた。人生は開き直った者勝ちなのだ。ちなみにアストールはこの施設に興味津々で、いまはサウナを試している。
温泉から上がると、120Ptでフルーツ牛乳を購入して飲み干す。これぞ鉄板。これぞ様式美。そして美味い。フルーツ牛乳は他のプレイヤーにも大人気だった。なお、入浴料を含めこれらのポイントは全て【レンタル温泉施設】の購入者である呉羽の懐に入る。ただ、それでも彼女は大赤字だろう。全く気になどしないのだろうが。
脱衣場から出ると、マッサージチェアを試したり、卓球で遊んだりするプレイヤーの姿がちらほらとある。皆、思いおもいにジャパニーズ温泉カルチャーを楽しんでいるようだ。カムイがふと見ると、いつもはまとめて簪を挿している髪を下ろし、ソファーに座る呉羽の姿があった。
「よう、いいお湯だった」
「ふふん。そうだろう、そうだろう」
カムイが話しかけて向かいに座ると、呉羽は機嫌よさげにそう応じた。そして、それからこう尋ねる。
「男湯の様子はどうだった?」
「好評だったと思うぞ。みんなそれなりに楽しんでいるように見えた」
「そうか。それは良かった」
なお、露天風呂がなかったためか、女湯を覗こうとする不埒者はいなかった。
「そっちはどうなんだ?」
「みんな喜んでいたぞ。お風呂が嫌いな女はいないからな」
呉羽は得意げにそう言った。男性もそうだが、とりわけ女性プレイヤーに好評だったらしい。それはカムイもなんとなく分かるような気がした。
「わたしも久しぶりのお風呂……。堪能した……」
そう言って呉羽はうっとりとした表情を浮かべた。それを見てカムイは「よかったな」と声を掛ける。本人が満足しているのなら、たとえ大赤字であろうとも、周りがとやかくいう事ではあるまい。
「リムちゃんの柔肌も堪能した……」
「お前何してんの!?」
これは間違いなく周りがとやかく言うことであろう。この場で正座させるべきか、本気で悩むカムイだった。
― ‡ ―
ちなみに、後日談である。
「カムイ、カムイ! これを見てくれ!」
「ん、どうした?」
興奮した様子の呉羽が、メニュー画面をカムイに見せる。どうやら、ポイント獲得のログのようだ。その最新の項目を見て、カムイは思わず眼を見張った。
【他のプレイヤーが【レンタル温泉施設】を購入した! 15,000Pt】
「買ったヤツいるの!? っていうかこれでポイント付くの!?」
「やはりこの世界にも同好の士はいるのだ……! そして温泉はこの世界の再生に寄与する! まだ見ぬ戦友よ! この世界に温泉テーマパークを造るまで、わたし達の戦いは続くぞ!」
そんなわけで、続く。