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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中

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〈魔泉〉攻略中18


「はあああああ!」


〈瞬転〉を応用して一際高く跳躍しながら、カレンは双剣を振るって〈伸閃〉を放った。その一撃はまるで〈グランドキーパー〉の身体を()ぐようにして、〈レッサーキーパー〉を切り捨てる。


 さらにカレンは〈レッサーキーパー〉の身体の上に着地。素早く双剣を逆手に持ち直して足元に突き立てる。それから彼女は〈グランドキーパー〉の身体に沿うようにしながら跳躍を繰り返し、そして〈伸閃〉を放って〈レッサーキーパー〉を根元から切り落としていく。


 断崖絶壁のような戦場であり、さらに〈グランドキーパー〉自体が身を捻ってよく動く。環境としては劣悪だ。しかしカレンはそれを苦にした様子もなく跳躍し、そして〈レッサーキーパー〉を切り捨てていく。〈レッサーキーパー〉はそれ単体でもモンスターであるようで、幾つもの魔昌石が下へ落ちていった。


「ギギィ!」


〈レッサーキーパー〉たちも切られるのを、ただ黙って待っているわけではない。腕を伸ばしては彼女の動きを妨げようとし、また炎を放って排除を試みる。しかし背後からしかけてもカレンを捉えることはできない。


 カムイからプレゼントされた〈クレセントブローチ〉。そこに付加されたギフト【存在探知】が周囲の動きを全てカレンに教えてくれる。そのおかげで彼女の動きには迷いがない。ただ膨大な情報を受け止め処理し続けなければならず、それを行う彼女の集中力と視界の広さはイスメルとの稽古で培われたものだ。


「はああああ!」


 カレンがある〈レッサーキーパー〉の頭上に勢いよく着地する。その〈レッサーキーパー〉は口元に炎を蓄えていたのだが、その衝撃で射線が大きくずれ、別の〈レッサーキーパー〉を熱線で貫くことになった。


 直後、カレンは双剣を振るいその〈レッサーキーパー〉を切り捨てる。そして彼女は〈レッサーキーパー〉が瘴気に還る前に跳躍し、次の獲物目掛けて〈伸閃〉を放つ。そうやって飛び回るカレンを、ルペがよく援護した。


「キュリー、祭儀術式のストックを全部回復させろ」


 全体の戦況を見守っていたアーキッドはキュリアズにそう指示を出した。その指示に、キュリアズは驚いたような顔をする。祭儀術式のストックを全て回復させるためには、それなりに時間が必要だ。そしてその間、祭儀術式で援護したり〈グランドキーパー〉の動きを封じたりする事はできない。


 特に今は〈グランドキーパー〉の身体中から〈レッサーキーパー〉が這い出している。それらが放つ熱線の弾幕は脅威だ。今はカレンやルペが頑張っているが、完全な排除はできていないし、また彼女達の負担も大きい。


 一方で、例えば【天賛雷歌】や【スターダストシューター】などの祭儀術式を放り込めば、〈レッサーキーパー〉をまとめて排除する事はおそらく可能だ。しかしアーキッドはそれをしないという。


「排除したって一時的だ。またどうせすぐに出てくる。だから祭儀術式の連続展開で一気に削るぞ」


「……ッ、了解です」


「ミラルダ、状態はどうだ?」


「【エリクサー】を飲んだおかげで、魔力を含め完全回復じゃ」


「なら、デリウスの旦那たちを一回退かせるから、少年と一緒に代わりを頼む。ロロイヤの爺さんとキキも援護してやってくれ。アストール、旦那たちは自分たちで回復させるから、祭儀術式のチャージに集中だ」


 アーキッドが出す矢継ぎ早の指示に、メンバーたちは真剣な顔をして頷いた。そしてすぐに動き出す。ちなみにカムイとアストールの間には数十メートルの距離があるのだが、〈聖銀糸〉を使うことで離れていても魔力のやり取りができるようにしている。


 ミラルダが前に出て交代を告げると、デリウスたちはすぐに後退を開始した。それに合わせてカムイも半身像を操りモンスターを倒していく。同時にオーラの根を広げ、吸収できるエネルギーの量を増やすことも忘れない。極大型を相手にするためにも、半身像はもっと大きい方がいいのだ。


 モンスターは〈グランドキーパー〉の根元から際限なく現れるが、基本的に目の前の敵に襲い掛かるので、半身像を囮にしておけば対処はそれほど難しくはない。それでミラルダは機動性を生かして遊撃的に動き、ロロイヤとキキはカムイの左右で警戒と取りこぼしの始末に専念した。


「ギィィィイイイイ!」


 鋭い一角を持つ極大型のモンスターが、雄叫びを上げながら半身像目掛けて突っ込んでくる。その一角は半身像の胸元に突き刺さるが、しかしカムイは頓着しない。むしろ逆に捕まえ、半身像の鋭い爪をモンスターの身体に突き立て、そのまま心臓たる魔昌石を引きずり出した。


 魔昌石を失い、モンスターは瘴気へ還っていく。一方、半身像が持つ魔昌石はそのままで、つまりポイントに変換されない。設定を変える暇はないので、カムイはその魔昌石を別のモンスター目掛けて投げつけた。高価すぎる投石だが、今は仕方がない。


 群がってくるモンスターを、カムイは半身像の鋭い爪で引き裂いていく。もちろんそれで全てを倒せるわけではなく、中には半身像に攻撃を仕掛けてくるモンスターもいる。ただ、どれだけ半身像にダメージを与えてもカムイは痛痒を感じないし、そもそも触れただけでモンスターは瘴気を奪われてしまう。


「おっと、ここは通行止めじゃ」


 その上、半身像の後ろには〈獣化〉したミラルダがいる。彼女は半身像を素通りしようとしたモンスターを尻尾で強打して押し返す。それで倒せる場合もあるが、倒せない場合もある。どちらにしても、彼女たちの目的はモンスターを通さないことであって倒すことではない。それが達せられているのだから、問題はなかった。


「カムイ、大丈夫か?」


 カムイの傍に来てそう声をかけたのは呉羽だった。カムイは視線だけ動かして彼女を視界の端に捉え、それからすぐに視線を正面に戻した。


「大丈夫。少なくとも、呉羽とカレンを相手にしているときよりは楽だ」


 カムイがそう答えると、呉羽は小さく苦笑して「そうか」と呟いた。その言葉にウソはない。確かにモンスターの数は多いがそれだけだ。テクニックもなく突っ込んでくるだけのモンスターなど、カムイにとってはただのエサと変わらない。


「だから呉羽はもうちょっと休んでろって」


「……もう、動けるんだがな」


 呉羽は少し不満げにそう呟いた。彼女の拗ねたような顔が容易く想像できて、カムイは小さく笑う。だが、今は彼女たちが動かなくても十分に間に合っている。それにもう少しすれば祭儀術式のチャージが終わる。そしてチャージが終われば祭儀術式の連続使用で畳み掛けることになる。彼女たちが動くことになるなら、その後だろう。


「あっ」


 カムイは小さく声を上げた。そうこうしている内に、魔力の消費量が減ったのだ。彼が使っている分は減っていないから、アストールが使っていた分が減ったことになる。つまり祭儀術式のチャージが終わったのだ。


「いきます……。打ち据え、貫き、牙を突き立てろ。【ボルテック・ゾア】!」


 まず使うのは、発射のタイミングをある程度任意で決められる祭儀術式【ボルテック・ゾア】。キュリアズが詠唱を終えると同時に、銃身に似た魔法陣が展開される。同時にアーキッドが声を上げた。


「ルペッ、イスメルとカレンを退避させろ!」


 ルペは頷くとすぐ二人に声をかけた。カレンは〈瞬転〉を応用した跳躍で〈グランドキーパー〉から大きく距離を取り、イスメルが彼女を空中で回収する。彼女たち三人が射線から外れると、キュリアズはすぐさま【ボルテック・ゾア】を発射した。


 放たれた一条の光が〈グランドキーパー〉の胸元に風穴を開ける。一瞬だけ〈グランドキーパー〉の動きが止まった。そして〈グランドキーパー〉が絶叫を上げるより早く、キュリアズは次の祭儀術式を発動させる。


「鳴り響く蒼雷は天上の賛歌、【天賛雷歌】!」


 続けて雷鳴が鳴り響き、蒼い雷が〈グランドキーパー〉に降りそそいだ。耳障りな絶叫が響く。しかしキュリアズをはじめ、カムイたちの表情は優れない。【ボルテック・ゾア】で空けた風穴がゆっくりではあるが徐々に回復しているのだ。さすがに〈魔泉〉を丸ごと塞いでいるだけあって、回復力も桁違いである。


「……っ、引き絞られし彗星、今ぞ解き放たれん! 【メテオ・ドライバー】!」


 間髪いれずに、三つ目の祭儀術式が放たれる。相手が〈ゲートキーパー〉であれば、これで倒すことができた。しかし今戦っているのは〈グランドキーパー〉。文字通り格が違う。〈ゲートキーパー〉と同列に考えるわけにはいかず、つまり倒せていないと踏んでキュリアズは四つ目の祭儀術式を発動させた。


「降りそそげ、破軍の流星! 【スターダストシューター】!」


 爆煙でその姿が煙る〈グランドキーパー〉目掛け、無数の魔力弾がガトリング砲のように放たれる。そして【スターダストシューター】の掃射に二拍ほど遅れて雷鳴が鳴り止む。【天賛雷歌】が途切れたのだ。そのタイミングを見計らい、キュリアズは五つ目の祭儀術式を発動させる。


「跪け、神の裁きに! 【ゴッドブレス】!」


 膨大な魔力を含むダウンバーストが、〈グランドキーパー〉を上から押しつぶす。これで攻撃用祭儀術式のストックは全て使い切った。しかし爆煙の向こうに〈グランドキーパー〉は健在だ。その姿をキュリアズは慄きつつも睨み付けた。


 そして【スターダストシューター】の掃射が終わり、【ゴッドブレス】も終息する。祭儀術式が途切れ、押さえつけておくものが無くなり、〈グランドキーパー〉は溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように雄叫びを上げた。


「ギィィィィイイイイイイ!!」


 大音量で耳障りな雄叫びに顔をしかめつつ、アーキッドは〈グランドキーパー〉の姿を確認する。その身体には、確かに赤く染まっている部分がある。もう筋という程度のものではない。まるでひび割れのように、身体の一部が赤く変化しているのだ。そしてその変化は傷が回復しても、元の黒い状態へ戻ることはない。


 明らかに、〈グランドキーパー〉の状態が変化している。そしてその変化を引き起こした要因は、間違いなく先ほどの祭儀術式の五連続使用だ。ダメージが蓄積しているのかは分からない。しかしダメージを与えることで変化が促進されることは明らかだった。そして〈ゲートキーパー〉には無かった反応である。


(じゃあ、全身が赤くなったら、どうなる?)


 危険なニオイがするのを承知で、アーキッドはそう考えた。ロロイヤも同じことを考えているらしく、顔に狂気の滲む笑みを張りつけている。ただ、〈グランドキーパー〉は的でも案山子(かかし)でもない。強大なモンスターだ。


 また〈グランドキーパー〉の根元から多数のモンスターが現れる。さらに〈グランドキーパー〉は口元に炎を蓄えた。同時に身体中から〈レッサーキーパー〉が現れ、こちらも口元に炎を蓄える。カムイたちに緊張が走った。


 まず動いたのはイスメルだ。【ペルセス】を駆けさせ、〈グランドキーパー〉の顔面を目指す。〈グランドキーパー〉が放つ炎は彼女に任せて置けばいいだろう。問題は無数の〈レッサーキーパー〉が放つ熱線の弾幕だ。数が多くて回避が難しく、威力だって決して馬鹿にできない。


 ミラルダがリムやキキを庇う位置に立つ。自力での回避や防御が難しいと思ったメンバーもその後ろに隠れた。一方でカムイは半身像に交差させて防御姿勢を取らせる。位置はミラルダの前だ。


 祭儀術式を五連続使用している間に、オーラの根はさらに広く深く伸ばされている。吸収するエネルギー量が増えたことで、半身像はさらに大きさと厚みを増していた。完全に防ぐ事はできなくても、コレを盾にすれば威力を減衰させることはできるだろう。


(いや、防ぐ! 絶対に、完全に!)


 カムイは自分にそう言い聞かせた。完全に防げなければ、またミラルダがダメージを負うことになる。これはゲームではないのだ。死ななければいいとか、そういう問題ではない。


「ギィィィイイイイ!?」


〈グランドキーパー〉の悲鳴と爆音が響く。イスメルが〈グランドキーパー〉の炎を誘爆させたのだ。それとほぼ同時に〈レッサーキーパー〉が一斉に熱線を放った。


(イメージしろ!)


 その瞬間カムイの脳裏に閃いたのは、【アースガルド】や【ラプラスの棺】ではなく、一人の男の背中だった。〈魔泉〉調査の際に殿としてカムイたちを逃がしてくれたテッドと、彼が操る防御特化のユニークスキル【鉄壁なる城砦(ルーク)】こそが、カムイがイメージする最強の盾だった。


 腕を交差させた半身像に幾つもの熱線が突き刺さる。その身体はわずかに黄金色の光を放っていた。それはカムイの記憶の中にある【鉄壁なる城砦(ルーク)】の輝きによく似ている。その光が、というわけではないのだろう。けれども防御姿勢を取った半身像は、ボロボロになりつつもしかし盾としての役割を完全に果たした。後ろに庇ったミラルダたちは、全員無傷である。


「よしっ!」


 その結果にカムイは会心の笑顔を浮かべた。そして彼のメンタリティーを反映するかのように、ボロボロだった半身像が瞬く間に回復していく。いや回復するだけでなく、また一回り大きくなっている。その半身像を、カムイは〈グランドキーパー〉目掛けて突っ込ませた。


「「「ギギィ!」」」


〈レッサーキーパー〉の声が重なり合って、耳障りな不協和音が鳴り響く。そして無数の熱線が半身像目掛けて放たれた。その内の幾つかは弾かれたが、しかし幾つかは半身像の身体を抉り、そして穴を穿っていく。


 しかしカムイは気にせずに猛然と半身像を進ませた。傷ついたその身体も、しかしすぐに回復していく。〈レッサーキーパー〉たちは立て続けに炎を放つが、半身像は止まらない。そして鋭いその爪が届く距離まで近づくと、半身像は大きく腕を振り上げた。


「オオオオオオッ!」


 その雄叫びを上げたのはカムイだったのか、それとも半身像だったのか。振り下ろされた鋭い爪が〈グランドキーパー〉を、そして多数の〈レッサーキーパー〉を切り裂いていく。カムイは半身像に無秩序に爪を振るわせ、〈レッサーキーパー〉たちを薙ぎ払う。


「「「ギィィィィイイイイイ!」」」


〈レッサーキーパー〉たちもやられっぱなしではない。炎を放ってもあまり効果がないのを見て取ったのか、今度はよってたかって腕を伸ばし、捕まえて雁字搦めにして動きを封じようとする。しかしそれは悪手だ。


〈レッサーキーパー〉たちが伸ばしたその腕を伝って、カムイは瘴気を吸収する。すると半身像はまた大きさと厚みを増して拘束を振り払い、また腕を振り回して多数の〈レッサーキーパー〉を細切れにしていく。


 半身像の大きさは、まだ〈グランドキーパー〉には届かない。せいぜい三分の一強といったところだ。しかし無視するには大きすぎるし、しかもそれだけの大きさの相手が懐に潜り込んで暴れているのだ。さすがに無視できなくなったようで、〈グランドキーパー〉は苛立ったように声を上げた。


「ギギギィィィイイイ!」


〈グランドキーパー〉は片手で半身像の頭を掴み、力任せに引き剥がそうとする。瘴気を吸収されようがお構いなしだ。そもそもカムイが吸収できる瘴気の量など、〈魔泉〉を取り込んだ〈グランドキーパー〉にとっては些末な量でしかないのだろう。


〈グランドキーパー〉は見た目どおり怪力で、半身像はあわや放り投げられそうになった。カムイは半身像の爪を〈グランドキーパー〉の身体に突き立て、ほとんど抱きつくような形で耐える。周りの〈レッサーキーパー〉から熱線の集中砲火が浴びせられるが、構わない。問題なのは〈グランドキーパー〉のもう片方の手だった。


 その手が半身像を捕まえる。ついに半身像は力負けして、〈グランドキーパー〉の身体から引き剥がされた。そして完全に消滅させるつもりなのか、〈グランドキーパー〉の口元に炎が蓄えられ、その照準が身動き取れない半身像は合わせられた。


 それを見てカムイの顔が引き攣った。もちろん半身像が消滅しても、彼自身は痛くも痒くもない。しかしあの大きさの半身像をもう一度形成するにはそれなりに時間がかかる。できれば避けたい手間だ。


 そこへイスメルが急降下する。彼女は〈グランドキーパー〉の両腕を〈伸閃〉で斬りおとした。カムイはすかさず半身像を操り、炎の射線を避けて〈グランドキーパー〉に肉薄する。そしてしっかりと組み付いた。


 次の瞬間、熱線が放たれる。熱線は半身像には当たらず、そのまま地面を穿った。大きな振動が地面を振るわせ、爆風と衝撃波が広がる。砂塵が巻き起こって視界を覆った。


「ぐう……!」


 手で目を庇いながら、カムイは爆風と衝撃波に耐えた。彼の後ろではミラルダがリムたちを庇っている。前に出て押し寄せるモンスターの群れと戦っていた呉羽たちも無事だ。埃っぽくなってしまったが、しかしこれは好機だった。


〈グランドキーパー〉が放った熱線は、モンスターの群れの真ん中に着弾していた。そのせいで現れたモンスターは大きく数を減らしている。戦っていた呉羽たちの負担は一時的に低減していた。


 しかも〈グランドキーパー〉の両腕はまだ再生していない。さらに半身像は〈グランドキーパー〉の身体に組み付き大量の瘴気を吸収している。また同時に半分以上の〈レッサーキーパー〉の射線を塞いでいた。


 つまり動きやすいタイミングだ。この好機を逃す手はなかった。


「呉羽! アレをやるぞ!」


 カムイがそう声を上げると、呉羽はハッとしたように一つ頷いてから、すぐに大きく跳躍した。そして〈クラフトコインペンダント〉に付加された【空中闊歩】のギフトを利用し、空中で〈瞬転〉を使う。


 そうやって呉羽が着地したのは、〈グランドキーパー〉に組み付く半身像の頭の上。彼女は片膝をつき、愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を右手で水平に構える。そして〈魔法符:ユニゾン〉を左手に持ち足元へ叩き付けた。


 次の瞬間、カムイの魔力と呉羽の魔力が同調する。呉羽はカムイの魔力を自分のものとして使えるようになったのだ。膨大な魔力が自分と接続されたのを確認してから、呉羽は愛刀に力を込めた。


「はああああああ……!」


 風が、渦巻いていく。呉羽が愛刀【草薙剣/天叢雲剣】の力で大気を掌握しているのだ。同時にカムイは半身像からケーブル状のオーラを地面へ伸ばす。そしてオーラが地面に達すると、今度は浅くていいので素早く広げていく。面積を確保するためだ。そしてそうやって広げられたオーラを通じ、呉羽はユニークスキルの力で同じように地面を掌握していく。


 そして掌握された大地から紫電が生じる。大地からだけではない。天空からも紫電が降りそそぐ。そしてそれらの紫電を半身像に纏わせる。紫電が半身像を焼くことはない。カムイの魔力と呉羽の魔力は現在同調しているからだ。それで、半身像が纏った紫電は攻防一体の鎧となる。それが合技〈天地明王〉である。


「ギィィィィイイイイイ!?」


〈グランドキーパー〉が悲鳴を上げる。半身像は今、〈グランドキーパー〉に組み付いている。その状態で紫電を纏い、合技〈天地明王〉を発動させたのだ。〈グランドキーパー〉は瘴気を吸収されると同時に、紫電で身体を焼かれた。


〈グランドキーパー〉が幾ら身体をよじっても、半身像はしっかりと組み付いて離れない。再生した両腕で引き剥がそうとしても、紫電に焼かれて掴むこともままならない状態だ。そしてようやく掴んでみても、ルペが【太陽の矢】を連続して撃ち込んだり、またはイスメルが斬りおとすなりしてそれを妨げた。


 そうこうしている内に、半身像が纏う紫電は勢いを増していく。そしてその勢いに呼応するかのように、〈グランドキーパー〉の身体に広がる赤い変色は少しずつその範囲を広げていった。


 このままいけば、と誰もが思った。しかし限界が近づいていた。魔力の限界ではない。呉羽の集中力の限界だ。そしてそれをカムイも感じ取っていた。このままでは尻すぼみになる。そう判断した二人は、ギリギリのタイミングを見計って仕掛けた。


「「おおおおおおお!!」」


 カムイと呉羽の声が重なる。次の瞬間、半身像が纏っていた紫電が一気に解き放たれ、巨大な雷となって〈グランドキーパー〉を焼いた。


「ギィィィィイイイイイ!?」


〈グランドキーパー〉の絶叫が響く。同時に呉羽が半身像の頭の上から退避する。凄まじく集中していた反動で頭が痛い。彼女は若干顔をしかめつつ、【空中闊歩】のギフトを使って半身像から距離を取る。途中でルペが肩を貸し、彼女を地上へ降ろした。


 カムイの隣に戻ってきた呉羽は、〈グランドキーパー〉を見上げた。煙が立ち昇る〈グランドキーパー〉の身体は、すでに七割近くが赤く変色している。合技〈天地明王〉で倒す事はできなかったが、しかしかなりのダメージは蓄積させた。このままいけば、と誰もが思っただろう。


 しかし「このままでは」と危機感を持ったのは〈グランドキーパー〉も同じらしい。合技〈天地明王〉で負った傷が回復するのと同時に、さらに多くの〈レッサーキーパー〉がその身体から這い出る。


「ギ、ギィィィィイイイイイ!!」


 しかもそれだけでは終わらない。〈グランドキーパー〉が雄叫びを上げると、その両肩が不自然に盛り上がった。そこから現れたのは、やはりというか〈グランドキーパー〉と同型の、人の上半身を模したモンスターだった。


「「ギィィィィイイイイイ!」」


 サイズ的には、かつて〈北の城砦〉で現れた〈キーパー〉程度だろうか。つまりそれだけで十メートル以上もある。そんなものが〈グランドキーパー〉の両肩から生え出してきて、それぞれが雄叫びを上げた。その口元には早くも炎が蓄えられている。


「っ!? 護りたまえ、神々の城砦! 【アースガルド】!」」


 キュリアズが咄嗟に【アースガルド】を発動させる。盾の展開は間に合い、彼女たちは〈キーパー〉が放った炎の直撃を免れた。しかし敵の攻撃はそれだけでは終わらない。続けて〈レッサーキーパー〉たちが一斉に炎を放つ。


〈グランドキーパー〉には半身像が組み付いたままで、半分近い〈レッサーキーパー〉は射線を塞がれている。しかし新たに這い出してきた分もいて、やはりかなりの数の熱線が降りそそいだ。


「ぐっ……!」


 キュリアズが顔を歪めた。〈グランドキーパー〉本体はイスメルが抑えているが、〈キーパー〉や〈レッサーキーパー〉が乱射気味に放つ熱線は、立て続けに【アースガルド】の障壁に突き刺さっている。


「堪えるぞッ、キュリー!」


「は、はい!」


 ミラルダも協力し、【アースガルド】の術式に魔力を込めて障壁を強化する。〈レッサーキーパー〉の熱線はともかく、〈キーパー〉が放つ熱線は直撃すればミラルダであっても致命傷になる。他のメンバーなど、言うまでもない。今は【アースガルド】が頼みの綱だった。


 さて、カムイは【アースガルド】の障壁の外側にいた。呉羽はなんとか退避させたのだが、オーラの根を張っている関係上、彼は動くことができなかったのだ。そんなカムイの周囲にも熱線は降りそそぐ。


「ぐっ……」


 カムイはうめき声を漏らした。ガードはできている。〈キーパー〉の熱線は主に【アースガルド】の方へ向けられているので、彼に降りそそぐのは〈レッサーキーパー〉の熱線だけだ。ただそれだって十分な脅威だし、間接的な熱風や衝撃波も無視できるものではない。


 エネルギーは足りている。オーラの根はしっかりと伸ばしてあるし、なにより半身像が〈グランドキーパー〉に組み付いたままになっているからだ。ただ、ガードに集中しなければならず、それ以上のことができない。


(不味いな……)


 戦況を眺め、アーキッドは内心でそう呟いた。誰も動くに動けない。このままでは押し込まれてしまう。そして彼と同じ分析を、上空で〈グランドキーパー〉を抑えるイスメルもまた共有していた。


(ここが勝負どころ、ですか)


 逡巡は一瞬。イスメルは自分の切り札を解放した。


「【聖獣憑依(ポゼッション)】!」


 その瞬間、イスメルの跨る天馬【ペルセス】が大きく嘶いた。そして眩しい光となってイスメルを包み込む。光はやがて形を得て純白の甲冑となり、それを纏うイスメルはまるで戦女神のように見えた。


 ユニークスキル【ペルセス】の力をオーバードライブさせ、その力を完全に自分のものとする。それがイスメルの切り札【聖獣憑依(ポゼッション)】だ。十分しか持たない上に使用後は七十二時間ユニークスキルを使えなくなるが、しかしその力は絶大だった。


 イスメルの姿が掻き消える。次の瞬間、〈グランドキーパー〉の周囲を斬線が取り囲んだ。両肩から生え出た〈キーパー〉が切り刻まれ、身体から這い出していた〈レッサーキーパー〉たちが削ぎ落とされていく。ただ一部、半身像が組み付いた部分だけはイスメルの攻撃を免れていたが、逆を言えば彼女はここを攻撃しなくて良いのだ。その分の余力を他へ割り振り、彼女は容赦なく〈グランドキーパー〉に斬撃を浴びせた。


 イスメルが【聖獣憑依(ポゼッション)】を使ったおかげで、熱線が降りそそぐ事はほとんどなくなった。だが【聖獣憑依(ポゼッション)】に時間制限がある事は、メンバー全員が知っている。その時間をどう使うかが重要だった。


 撤退か、それとも戦闘の継続か。逡巡するメンバーの中でいち早く動いたのはカムイだった。彼は首から下げたドッグタグを握りしめてこう叫ぶ。


「カレン、呉羽、借りるぞ!」


 返事を聞くより早く、カムイは【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】を発動させる。その能力は「登録したプレイヤーからユニークスキルの容量(キャパ)を借りる」というもの。カムイのドッグタグに登録してあるのはカレンと呉羽で、彼はその二人からからユニークスキルの容量(キャパ)をそれぞれ一割ずつ借りた。


 容量(キャパ)が増えたことで強化されたカムイのユニークスキル【Absorption(アブソープション)】と〈オドの実〉が、唸りを上げて〈グランドキーパー〉から瘴気を吸収していく。カムイはそのエネルギーを白夜叉のオーラに変換し、半身像をより大きくしていく。イスメルが稼いでくれた時間の全てを使い、彼は半身像を強化し続けた。


「……っ」


 やがて十分が経過し、イスメルは〈グランドキーパー〉から大きく距離を取った。これでもう彼女に牽制役を頼む事はできない。ここで倒してしまわなければ、本当に後がないのだ。そしてそのためにこの十分間、可能な限りの準備をしたつもりだった。


(イメージしろ!)


 カムイは自分にそう言い聞かせた。その瞬間、時間が引き延ばされ、彼の思考だけが加速していく。スキル〈戦境地〉が発動したのだ。しかしそれについてあれこれ考える余裕は無く、カムイは必死になってイメージを練り上げる。


 視界の中では、〈グランドキーパー〉がゆっくりと回復していく。全身からまた〈レッサーキーパー〉が這い出し、両肩からは〈キーパー〉がその姿を露にする。焦りそうになる内心を宥めつつ、カムイはそのイメージを明確にしていく。


 イメージするのは〈炎〉。全てを焼き尽くす、真っ白な炎。そのイメージをカムイは背中に貼り付けられた魔道具〈エクシード〉を介して白夜叉のオーラに流し込む。そして彼は声を上げた。


「おおおおおおお!」


 次の瞬間、半身像が、巨大化し膨大なエネルギーを溜め込んでいた半身像が燃え上がる。いや半身像そのものが白い炎へと変化しているのだ。その白い炎は瞬く間に〈グランドキーパー〉を被い尽くした。


 ――――〈白火炎葬〉。それは白い炎による火葬だ。


「「「「「「ギィィィイイイイイ!?」」」」」」


〈グランドキーパー〉が、〈キーパー〉が、〈レッサーキーパー〉が、悲鳴を上げる。白い炎はその耳障りな悲鳴の合唱さえもかき消すようにますます激しく燃え盛った。ただそれだけにエネルギーの消費が激しい。ユニークスキルを強化してなお、〈グランドキーパー〉を焼き尽くす前にカムイの方が力尽きそうだ。その時、後ろからアストールがこう叫んだ。


「カムイ君、コレを!」


 一体何のことなのか。カムイがいぶかしむより前に、多量の魔力が彼に流れ込んできた。アストールを介してミラルダの魔力を彼に流し込んでいるのだ。さらに他のメンバーが手持ちの〈魔法符:魔力回復用〉を使ってミラルダの魔力を回復させる。今やパーティー全体がカムイのことを支えていた。


「少年、ここで決めろ!」


 アーキッドの声に、カムイは前を向いたまま頷いた。そして〈白火炎葬〉をさらに激しく燃え立たせる。白い炎はやがてプラズマ化し、眩い光そのものになった。


「「「「「「ギィィィイイイイイ……!?」」」」」」


 光の中から、絶叫が響く。絶叫はこだまし、そのまま徐々に弱々しくなっていく。そしてとうとう魔力が限界に達したとき、カムイは白夜叉のオーラの全てを、それこそ地中に伸ばしていた根の分も全て〈白火炎葬〉につぎ込んで、最後に大爆発を引き起こした。


「ギィィィイイイイイイィィィィ!!?」


 爆音に絶叫が混じり、そして遠のいていく。カムイは確かな手応えを感じていた。そしてその手応えは決して偽者ではなかった。爆煙が晴れたとき、そこに〈グランドキーパー〉の姿はなかったのである。代わりにそこにあったモノ、カムイたちはソレを唖然として見上げた。


「これ、は……!?」


 ――――巨大な魔昌石。


 一言で説明しようと思えば、そうとしか言いようがない。ただし、尋常な大きさではなかった。


〈グランドキーパー〉が残した魔昌石。それはもはや一つの小山だった。〈ゲートキーパー〉の魔昌石が小石に思える。ただ一つの魔昌石で〈魔泉〉を完全に塞いでいるのである。それは〈グランドキーパー〉の心臓というよりは、むしろ〈グランドキーパー〉そのものが魔昌石になったかのようだった。


「あれは……、なんだ……?」


 さらにカムイたちを驚かせるモノをロロイヤが見つける。超巨大魔昌石の中に、なんとマナの結晶体が三つ、閉じ込められていたのだ。それら三つのマナ結晶体は〈次元孔修復装置〉に他ならなかった。


「は、ははは……」


 誰からともなく笑い声が上がる。その笑い声は伝染し、やがてメンバーの全員がお腹の底から笑い声を上げた。何がおかしかったわけでもない。ただ、笑わずにはいられない気分だった。


「あ~あ……。で、どうするよ?」


 ひとしきり笑った後、アーキッドは他のメンバーにそう問い掛けた。メンバーたちはそれぞれ視線を交わすが、彼らの心はもう決まっていた。


 小山のような、〈グランドキーパー〉の超巨大魔昌石。ポイントに変換したら、一体どれほどになるだろうか。一方でそのままにしておくという手もある。現在〈魔泉〉は完全に塞がれていて、瘴気は噴出していない。つまり〈魔泉〉を塞ぐという当初の目的は一応達成されているのだ。


 しかし彼らが選んだのはそのどちらでもなかった。そしてメンバーたちの視線がカムイに集中すると、彼は最後の確認としてこう尋ねた。


「本当にいいんですか?」


「ああ、やれ。やってしまえ!」


 アーキッドが楽しげにそう答える。カムイも笑顔を浮かべて「了解です!」と答えた。そしてもう一度オーラの根を広げ、半身像を形成する。そしてある程度まで大きくすると、彼は半身像を操ってするすると超巨大魔昌石へ近づけた。


「いきます」


 そう言ってから、カムイは半身像の両手を超巨大魔昌石に触れさせる。そして内部に閉じ込められた三つの〈次元孔修復装置〉に魔力を込め始めた。


 超巨大魔昌石を素材にして次元境界壁を修復する。それがカムイたちの選択だった。成功するという保証はない。しかし彼らは全員、成功を確信していた。


 魔力を込め続けると、〈魔泉〉を塞ぐ超巨大魔昌石が少しずつ光を放ち始める。超巨大なだけあって、要求される魔力の量も膨大だ。カムイはこれでも結構全力で魔力をこめているのだが、超巨大魔昌石を励起状態にするにはもう少しかかりそうだった。


 そして魔力を込め続けること、およそ三十分。超巨大魔昌石はついに励起状態に達した。小山のような魔昌石はその全体が光を放っている。その光景は幻想的というか、いっそ現実離れしていて、なんだか夢でも見ているようだった。


 超巨大魔昌石が励起状態になると、カムイは一旦その状態を維持しつつアーキッドとロロイヤのほうを窺った。そして二人が揃って頷くのを見てから、再び魔力を込め始める。すると超巨大魔昌石は燐光を放ち始めた。その様子を眺めながら、ロロイヤはカムイにこう尋ねる。


「どうだ、何か手応えに変化はあったか?」


「今のところは、まだ何も」


 カムイがそう答えると、ロロイヤは無言で一つ頷いた。特に「止めろ」とも言われなかったので、カムイは魔力を込め続けた。それに呼応するように燐光は増え続け、やがて周囲一帯を包み込んだ。それはまるで輝く霧の中にいるかのようだった。


 燐光に包まれる中、カムイはあることに気がついた。この燐光はある種のエネルギーという話だったのだが、しかし彼のユニークスキル【Absorption(アブソープション)】がこれを吸収していないのだ。


 いや、「吸収していない」というよりは「吸収できない」と言った方が正しいか。吸収しようとしても、そのエネルギーが避けていくのだ。それはまるでそのエネルギーが別の何かに吸い寄せられているかのように感じた。


 カムイはさらに魔力を込め続ける。周囲はすっかり燐光に覆われてしまった。あれだけ存在感を主張していた超巨大魔昌石も、燐光に覆われて視認できない。


(いや、もしかしたら……)


 もしかしたら、超巨大魔昌石を視認できなくなったのは小さくなったからではないか。カムイはふとそう思った。そしてその考えを肯定するかのように、不意に手応えが変わる。魔力の要求量が少なくなったのだ。


 魔力の要求量は徐々に減っていく。それはつまり超巨大魔昌石の残りが少なくなっているということだ。そしてついに魔力の要求量がゼロになる。どれだけ〈次元孔修復装置〉に魔力を込めても、ただ空気中に霧散するだけになったのだ。


 カムイは魔力を込めるのを止めた。すると徐々に燐光が消えていく。やがて燐光が完全に消えてなくなると、その時にはもう超巨大魔昌石もまたその姿を消していた。そして巨大魔昌石があった場所、つまり〈魔泉〉は大きなくぼ地となっていたのである。


「…………」


 まず最初に歩き出したのはロロイヤだった。それにつられるようにして他のメンバーも歩き出す。カムイも半身像と伸ばしていたオーラの根を解除し、彼らの背中を追った。そして彼らはくぼ地の縁に立つ。


 くぼ地には、本当に何もない。おわん状になっていて、内側の側面はまるで均されたかのように滑らかだ。そのうち雨でも降れば、ここは湖になるのだろう。カムイはふとそう思った。


「瘴気は、噴出してないな……」


「そう、ですね……」


 アーキッドの呟きに、アストールがやや呆然とした様子で応じる。〈魔泉〉は大きなくぼ地となり、そして瘴気の噴出は止まった。つまり作戦は完了し、〈魔泉〉は塞がれたのだ。


「終わったなぁ……」


「ああ、終わったんだ」


「終わったわねぇ……」


 カムイと呉羽、それにカレンもしみじみと呟く。今はまだ、達成感よりも虚脱感の方が大きい。けれどもじわじわとこみ上げてくるものがある。


「んじゃまあ、戦利品の回収といきますか」


 アーキッドがことさら明るい声を出してそう言った。彼の言う「戦利品」とは周囲に散らばっている魔昌石のことだ。〈グランドキーパー〉が生み出した通常のモンスターや極大型モンスター、それに〈レッサーキーパー〉や〈キーパー〉の魔昌石が周囲には大量に散乱している。超巨大魔昌石は使ってしまったが、これらの魔昌石を回収すればそれなりの稼ぎになるだろう。


「そんでさ、そのポイントを使ってパァーっと祝勝会と洒落込もうじゃないか!」


 その提案にカムイたちは歓声を上げた。



 ― ‡ ―



「ちょ……! 呉羽! この裏切り者!」


 カレンは叫んだ。羞恥で顔を赤くし、目の端に涙を溜めて叫んだ。彼女はメイド服を着ている。ミニスカートで、しかもやたらと胸元を強調するデザインだ。本職のメイドさんなら絶対に着ないだろう。まさにメイドコスプレだった。


「いや、裏切り者といわれても……」


 呉羽は困惑したように苦笑を浮かべる。彼女もまたメイド服を着ている。ただし洋服ではなく和服だ。和風メイドである。カレンのメイド服とは違って露出はほとんどなく、落ち着いた雰囲気だった。


 事のきっかけは、カムイが二人に約束の履行を求めたことにある。昨日の賭けでは「〈ゲートキーパー〉が出現しなかったら、呉羽とカレンはメイドのコスプレをする」という約束になっていた。


 そして今日の作戦で〈グランドキーパー〉と〈レッサーキーパー〉と〈キーパー〉は出現したが、しかし〈ゲートキーパー〉は出現しなかった。二人は控えめながらも抵抗したが、カムイがすでにあの激マズなレーションを飲んでいたこともあり、最終的にはお着替えすることになったのである。


『じゃ、部屋で着替えてくるから』


 そう言って二人は二階の自室へ向かい、そして今ちょうど下りてきたところである。そして少々過激なメイド服を選んでしまったカレンは、和風のメイド服を選んだ呉羽を裏切り者呼ばわりしたのだ。


「いや、そもそもなんでそんなデザインのをわざわざ選んだんだ?」


「だって、『メイド服 コスプレ』って検索したらコレが出てきたから……!」


「『メイド服』だけで検索すれば、もっと落ち着いた雰囲気のデザインがいっぱいあったのに……」


「~~~~!?」


 カレンはますます顔を赤くした。彼女は「着替えてくるっ!」と言って部屋へ戻ろうとしたのだが、面白がったミラルダに捕獲され結局そのまま祝勝会に参加することになった。


「ほれ、カムイ。感想はどうじゃ?」


「えっと、うん、似合ってる」


「うう~、ありがと~」


「カムイ、わたしはどうだ!?」


「呉羽も似合ってるよ。なんか、すごく着慣れている感じがする」


「ふふん、向こうでは和服もよく着ていたんだ」


 カレンは半ばヤケクソ気味だったが、呉羽は褒められてまんざらでもない様子だ。二人が来たところで祝勝会が始まる。カレンも呉羽も、メイド服を着ているからといって給仕に回るわけではなく、普通に料理と飲み物を楽しんだ。


 あの後、回収した魔昌石のポイントは合計で72,413,629Ptにもなった。だがそれさえも今回ははした金である。本命は別にあった。


 ――――次元境界壁を修復した! 12,537,619,834Pt (1/13)


 ポイント獲得のログにはそう記されている。合計で1625億Ptにもなる。それが〈魔泉〉を塞いだことへの報酬だった。


 ただ、ロロイヤなどはこの報酬料では安いという。以前、彼は〈魔泉〉から噴出する瘴気の量を一日当り250億Ptと算定した。その算定に基づけば、今回の報酬はおよそ八日分でしかない。この先ずっと250億Pt分の瘴気が噴き出ないと考えれば、八日分では確かに安いともいえるだろう。


 だがきっと、今回得たモノの中で最も大切なのは、そういうシステム的な報酬ではないのだ。「〈魔泉〉は塞げるのだ」という事実、そしてなにより「このデスゲームは確かにクリア可能なのだ」という自信。この二つこそが、何より大切で輝かしい勲章であることを、カムイたちはちゃんと分かっていた。

 



第九章―完―


一時間後に「あとがき・人物紹介」を投稿します。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

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[良い点] 設定が面白かった。 荒廃した世界の再生、主人公が植物状態、能力獲得の過程、仲間、仲間割れ、今後どうなるかのワクワク感がある。他には勇者裏切り編とかもシスターの葛藤など心理描写が面白かった。…
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