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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中

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125/127

〈魔泉〉攻略中17


 ――――ギギギィィィィィィイイイイイイ!!


 その雄叫びは、まるで地獄の底から鳴り響いているようだった。聞き間違えるはずはない。これはモンスターの雄叫びだ。そしてその雄叫びは、これまでに戦ったどんなモンスターのものより低く不気味だった。


「退避っ!! 魔道具は放棄っ! 合流地点へ急げっ!」


 悲鳴のような声を上げて、アーキッドはそう指示を出す。カムイたちはすぐさまその指示に従った。対岸のことを気にする余裕はない。というより、ミラルダたちも打ち合わせどおり合流地点へ向かっているはずだ。それを信じてカムイたちは走る。


 ――――ギギギィィィィィィイイイイイイ!!


 二度目の雄叫び。それと共に長くて太い真っ黒な腕が二本、〈魔泉〉から突き出てくる。それらの腕は折れ曲がると、手のひらを下にして〈魔泉〉の縁の大地を掴む。その衝撃で地面が震えたが、カムイたちはなんとか転ぶことなく足を動かし続ける。そしてリムを抱えて走る呉羽は、〈魔泉〉と腕の様子を見て口元を引き攣らせた。


「〈ゲートキーパー〉より、大きい……!?」


 これまでの経験則としてモンスターの雄叫びというのは、モンスターの身体が大きくなればなるほど低くなる。そして身体の大きなモンスターというのはそれだけ強力だ。その代表格は言うまでもなく〈ゲートキーパー〉である。


 さて〈魔泉〉から聞こえてきた雄叫びは、デスゲームが始まって以来これまでで一番低い。〈ゲートキーパー〉の雄叫びと比べても、である。


〈魔泉〉の底から聞こえてくるので低いとも考えられるが、突き出してきた腕もまた〈ゲートキーパー〉の腕より明らかに太い。ということは、〈ゲートキーパー〉よりも巨大で、つまりは強大なモンスターが現れようとしているのだ。その予感にカムイたちは顔を強張らせて唾を飲み込んだ。


 恐らく大地を掴んでいたモンスターの腕が力んだのだろう。その部分が“ドゴンッ!”と音を立ててへこんだ。そしてソレが〈魔泉〉からゆっくりと持ち上がってくる。まるで頭を引っこ抜くようにして、ソレは姿を現した。


「ギギギィィィィィィイイイイイイ!!!」


 三度目の雄叫びが、カムイたちの耳をつんざく。そのモンスターは〈ゲートキーパー〉に良く似ていた。そして予感どおり、そのモンスターは〈ゲートキーパー〉よりも巨大だった。


「なんですか……、この、巨大さは……!?」


 キュリアズが慄いたようにそう呟く。見上げるのは〈ゲートキーパー〉の倍はあろうかという巨体。二つの赤い目が不吉に輝くのっぺりとした顔は〈ゲートキーパー〉とそっくりだが、受ける威圧感は文字通りに段違いである。


「風が、吹いていない、だと……?」


 アーキッドはふとあることに気付いた。風がほとんど吹いていないのだ。通常、〈魔泉〉からは大量の瘴気が噴出しており、それに伴い周囲では強風が吹いている。これまでにその強風が止まったのは、積層結界で〈魔泉〉を塞いだ場合のみ。


 つまり強風がやんだということは、〈魔泉〉が塞がれているということ。しかし今現在、積層結界は展開されていない。ということは、なにか別の要因で〈魔泉〉が塞がれているということになる。


(まさか……!?)


 嫌な予感を覚えてアーキッドは視線を下へ、つまり出現した超巨大モンスターの根元へ向けた。そして「はは……」と乾いた笑みを浮かべる。超巨大モンスターの胴体が、〈魔泉〉をすっぽりと覆っていたのだ。


〈ゲートキーパー〉でさえ、〈魔泉〉を完全に塞ぐことはなかった。しかしこの超巨大モンスターは〈魔泉〉を完全に塞いでしまっている。そのため瘴気が噴出さず、風も吹かなかったのだ。そしてそれはこの超巨大モンスターがかつて無く強大であることを改めて示唆していた。


「〈グランドキーパー〉、とでも呼ぶかぁ……!?」


 頬を引き攣らせながら、アーキッドはそう呟いた。確かに〈ゲートキーパー〉とよく似ている。しかしコレはもう〈ゲートキーパー〉とは完全に別モノだ。文字通り、格と桁が違う。まだ姿を見ただけだというのに、メンバーは全員ソレを感じ取っていた。


「ギギィ……」


〈グランドキーパー〉が低い唸り声を上げる。先ほどの雄叫びほどではないが、しかしそれだけで十分に大音量だ。そして〈グランドキーパー〉がぐるりと首を回してその不吉な赤い双眸を向けたとき、カムイはまるで内臓を鷲掴みにされたような気がした。そしてそれは他のメンバーも同じだったのだろう。アーキッドが叫んだ。


「キュリーッ」


「……っ、鳴り響く蒼雷は天上の賛歌、【天賛雷歌】!」


 アーキッドの指示に応じ、キュリアズは顔を強張らせながらも素早く【祭儀術式目録】を開き【天賛雷歌】を発動させた。〈グランドキーパー〉の頭上に雷神の太鼓のような魔法陣が展開される。そして次の瞬間、激しい雷鳴と共に幾筋もの蒼雷が〈グランドキーパー〉へ降りそそいだ。


「ギィィィィイイイイイ!!?」


 激しい蒼雷に身体を焼かれ、〈グランドキーパー〉が絶叫を上げる。その反応にカムイは少しだけ安心した。〈グランドキーパー〉は化け物だ。だがダメージは入る。もちろん〈ゲートキーパー〉と同じく回復されてしまうだろう。しかしそれでも、まったく手が届かないわけではないのだ。


「合流地点へ急ぐぞ」


 アーキッドのその指示に、カムイは無言のまま頷いた。【天賛雷歌】の雷鳴が鳴り響く中、カムイたちは合流地点へ急ぐ。しかし〈魔泉〉は巨大で、合流地点までは数百メートルの距離がある。【天賛雷歌】で稼いだ時間だけでは到底足りない。


「キュリーッ、次だ!」


「はいッ、……跪け、神の裁きに! 【ゴッドブレス】!」


【天賛雷歌】が終わるタイミングを見極め、キュリアズは次の祭儀術式を発動させた。余談だが、発動させた二つの祭儀術式がどちらも敵を直上から攻撃するタイプだったのは、カムイたちと同じく合流地点へ急いでいるはずのミラルダたちを巻き込まないための配慮である。


 さて、膨大な魔力の込められたダウンバーストが解き放たれ、〈グランドキーパー〉を頭上から襲う。〈グランドキーパー〉はそれを、手のひらを交差させるようにして受け止めた。しかしそこへルペが【太陽の矢】を撃ち込んだ。


 彼女が狙ったのは手首に相当する部分。左右の手首へ、それも二本ずつ合計四本の【太陽の矢】を素早く打ち込む。その攻撃で〈グランドキーパー〉の手首は千切れ、【ゴッドブレス】が直撃する。


「ギィィィィイイイイイ!!」


〈グランドキーパー〉の苛立たしげな声が響く。今のところ動きを封じることに成功してはいるが、しかし足止め以上の効果はない。負わせたダメージは瞬く間に回復していくのだ。しかもその速度は、〈ゲートキーパー〉よりも速い。それはより多くの瘴気を、いわば支配下においているからだと思われた。その巨体は伊達ではないのだ。


 破壊的なダウンバーストを浴びながらも、〈グランドキーパー〉の赤い目はこの攻撃を仕掛けた敵の姿を探していた。そして地面を這いまわるカムイたちの姿を見つける。〈グランドキーパー〉はこの虫けらどもを駆除するべく、再生した片腕をムチのようにしならせながら横薙ぎに振るった。


 そこへイスメルが割り込む。彼女は連発される祭儀術式に巻き込まれないよう〈グランドキーパー〉から距離を取っていたのだが、腕をしならせたのを見て駆けつけたのだ。そしてすれ違いざまに剣を一閃して〈伸閃〉を放つ。短くなった腕はむなしく空を切った。


「ギィ、ギギィィイイ!」


 しかし腕は二本ある。〈グランドキーパー〉はもう一本の腕を振り上げ、拳を固めて振り下ろす。イスメルは加速が付いて行き過ぎてしまっていて間に合わない。間に合わせたのはキュリアズだった。


「……ッ、護りたまえ、神々の城砦! 【アースガルド】!」


 盾を模した魔法陣が展開され、〈グランドキーパー〉の拳をかろうじて受け止める。この時点ですでに【ゴッドブレス】は発動を終了しており、さらにイスメルが切り飛ばした腕も再生している。ほぼ完全な状態に戻った〈グランドキーパー〉は、両手を駆使して【アースガルド】の盾を乱打した。


「くぅっ……、この、ままでは……!」


 キュリアズがうめき声を上げる。カムイも協力して【アースガルド】に魔力を供給し続けているのだが、しかしそれでも一撃ごとにその盾が軋む。長くはもちそうにない。しかも【アースガルド】を展開するために足を止めてしまった。ちょっとした手詰まり状態である。


「ギギィイ!」


【アースガルド】を破れず、〈グランドキーパー〉が腹立たしげな声を上げた。そして両手を振り上げて拳を握る。勢いよく振り下ろされたその拳を受け止めるため、カムイは可能な限りの魔力を供給した。


 しかし悲しいことに、【アースガルド】は強度の上限が決まっている。そして〈グランドキーパー〉の攻撃はその上限を超えていた。振り下ろされた拳は【アースガルド】の盾を粉砕する。その向こうで〈グランドキーパー〉がわずかに口の端を吊り上げる。それは間違いなく嘲りの笑みだった。


 強固な盾を失ったカムイたちに、〈グランドキーパー〉はさらなる攻撃を加えんと腕を振りかぶった。そこへイスメルが割り込む。タイミングを計っていたのだ。腕を切り飛ばして攻撃を防ぎつつ、彼女はカムイたちに叫んで言った。


「走って! 早く!」


 足を止めてしまっていた彼らは慌てて走り出す。〈グランドキーパー〉は彼らを狙うが、しかしイスメルがそれを阻んだ。さらにルペが彼女を援護する。目を狙われるのはさすがに嫌なようで、〈グランドキーパー〉はうるさいハエを追い払うかのように両腕を激しく振り回した。


「うわあ!?」


「……っ!」


 ルペが悲鳴を上げて一旦退避する一方で、イスメルは【ペルセス】の手綱を巧みに操って振り回される二本の腕をかいくぐり、また切り飛ばしていく。後ろに乗っているカレンは彼女にしがみ付きっ放しだ。


「ギィ! ギギィ!」


 イスメルを排除できず、またカムイたちが逃げていくのが腹立たしいのか、〈グランドキーパー〉は苛立たしげな声を上げた。そしてますますデタラメに両腕を振り回すが、しかしイスメルには一向にあたらない。業を煮やしたのか、〈グランドキーパー〉はわずかに身体を反らせ空を見上げるようにしながら雄叫びを上げた。


「ギィィィィイイイイイ!!」


 その瞬間、〈グランドキーパー〉の全身から瘴気が勢いよく噴き出した。高濃度の瘴気にまかれたイスメルは顔をしかめるが、しかし慌てない。向上薬を飲んでいるし、なにより彼女の後ろにはカレンがいる。【守護紋】の有効範囲にいる限り、瘴気の影響を受けることはない。


 しかしながらこれらの瘴気は、ただ噴き出して終わりというわけではなかった。放出された瘴気が集束して、多数のモンスターを生み出していく。それを見てイスメルは目を見張った。


 これらのモンスターがカムイたちの後を追えば面倒なことになる。対処したいが、しかし彼女はまず〈グランドキーパー〉を抑えなければならない。それで彼女は空にいるもう一人の仲間の名前を呼んだ。


「ルペッ、頼みました!」


「任せて!」


 ルペは魔弓を使い、矢継ぎ早に飛行タイプのモンスターを射落としていく。【嵐を纏う者(テンペスト)】の能力を使い、風を纏ってほとんど体当たり気味に倒すこともあった。ただ数が多く、地上までは手が回らない。それで地上ではいわゆる普通のモンスターがカムイたちの背中を追っていた。


「……っ」


 追撃してくるモンスターの群れを見て、呉羽は顔をしかめた。速度は向こうの方が速い。このままでは追いつかれるだろう。大型のモンスターも混じっていて、追いつかれてしまうと面倒そうだ。誰かが殿を引き受ける必要があった。


「カムイッ、リムちゃんを頼む!」


 言うか早いか、呉羽は抱っこしていたリムをカムイに向かって放り投げた。突然空中に投げ出され、リムは身体を硬くして悲鳴を上げる。


「え? きゃあ!?」


「って、おいおいおい!」


 名前を呼ばれたからというよりはリムの悲鳴を聞いてカムイは振り返り、そして焦ったように声を上げた。慌てて白夜叉のオーラをクッション代わりにしてリムを受け止める。そしてまた走り出した。


 さてリムをカムイに預けると、呉羽はすぐに振り返って姿勢を低くし、【草薙剣/天叢雲剣】の柄に手を添えて追い迫るモンスターの群れに突撃する。幸いというか、目の前の敵に襲い掛かるモンスターの性質はそのままで、ほとんど全てが彼女へと殺到した。


「〈風刃乱舞〉!」


 呉羽は居合い抜きの要領で愛刀を鞘から走らせる。同時に風の刃が無数に放たれ、殺到するモンスターを切り裂いていく。しかしこれで全て倒せたわけではない。彼女はモンスターの群れの中に飛び込むと、縦横無尽に愛刀を振るった。


 あっという間にモンスターはその数を減らしていく。しかし群れはコレだけではなかった。〈グランドキーパー〉の根元が瘴気で煙り、そこから次の群れが現れる。それを見て呉羽は顔をしかめた。


 これではいくら倒してもきりがない。彼女はすぐにそれを悟った。それですぐ近くにいるモンスターを全て倒すと、彼女はカムイたちと合流するべく身を翻した。もちろん時折後方を振り返って警戒する事は忘れないが、しかし足は止めない。今度の群れには飛行タイプのモンスターは含まれていなかったらしく、後退する彼女をルペが上空から援護した。


 さて、カムイたちは合流地点に到着したが、そこにはまだ誰もいなかった。彼らは顔を険しくして背後を振り返る。そこには腕を振り回して暴れる〈グランドキーパー〉の姿があった。


 今のところ、イスメルは善戦している。しかし彼女であっても時間稼ぎ以上のことはできないだろう。加えて多数のモンスターが〈グランドキーパー〉から這い出て来る。これは〈ゲートキーパー〉には無かった特性だ。


(どうする……!?)


 アーキッドは顔を険しくして〈グランドキーパー〉を睨み付けた。撤退自体はそれほど難しくない。メンバーが合流してから【オーバーゲート】を使えばいいのだ。イスメルには殿をしてもらう必要があるが、彼女なら離脱も容易だろう。


 ただ撤退した場合、これまでの準備の全てが無駄になる。確かにそういうこともありえると想定はしていた。しかしいざそれを目の前に突きつけられると、やはり「惜しい」という気持ちが先に立つ。だが戦って勝てるのか、それもまた見通せない。


 撤退か、それとも交戦か。早急に判断を下す必要があった。アーキッドが悩んでいると、リムを下ろしたカムイがある方向を指差して声を上げた。


「アードさん、あれ!」


 彼が指差した先には、合流地点を目指すミラルダたちの姿があった。デリウスやフレク、それにキキの姿も見える。対岸にいた彼らも無事だったのだ。その姿を確認してアーキッドは安堵の息を吐いた。


 同時に、これでフレンドリーファイアを心配する必要もなくなった。それで彼はキュリアズに指示を飛ばす。


「キュリー、やれ!」


「了解です。……打ち据え、貫き、牙を突き立てろ。【ボルテック・ゾア】!」


 銃身にも似た筒状の魔法陣が展開される。キュリアズはその照準を〈グランドキーパー〉の胸元に合わせた。同時にイスメルが〈グランドキーパー〉を魔法陣に対し背を向けるように誘導する。そして彼女が上空へ退避すると、キュリアズは【ボルテック・ゾア】を放った。


 巨大な一条の閃光が〈グランドキーパー〉を貫く。その瞬間、〈グランドキーパー〉は動きを止めた。【ボルテック・ゾア】の一撃は〈グランドキーパー〉の身体を貫通している。凄まじい威力と言っていい。ただぽっかりと空いた穴はいつもより小さく見えた。〈ゲートキーパー〉に比べ〈グランドキーパー〉は身体が大きいので、相対的に貫通痕が小さく見えてしまうのだ。


「ギィィィイイイイ!!」


 一拍遅れて〈グランドキーパー〉は絶叫を上げた。そしてゆっくりと振り返る。しかしその時にはすでに、キュリアズは次の祭儀術式の展開を終えていた。〈グランドキーパー〉が完全に振り返る前に、彼女はソレを放つ。


「引き絞られし彗星、今ぞ解き放たれん! 【メテオ・ドライバー】、シュート!」


 真っ赤に焼けた隕石が〈グランドキーパー〉目掛けて放たれる。もちろん本物ではなく膨大な魔力を押し固めて作ったフェイクだ。しかしそれだけにその威力は本物をも上回る。迎撃はおろかガードもままならない状態の〈グランドキーパー〉に【メテオ・ドライバー】が直撃する。その瞬間、凄まじい爆発が起こった。


「ふ、降りそそげ、破軍の流星! 【スターダストシューター】!」


 爆風にあおられつつも、キュリアズは立て続けに次の祭儀術式を展開する。〈グランドキーパー〉の姿は暴煙に隠れて見えないが、そもそもこの程度で倒せているはずがないし、また巨体であるゆえに照準を合わせる必要もない。キュリアズは構わずに【スターダストシューター】を発動させた。


 無数の魔力弾が、まるでガトリング砲のように掃射される。そこへミラルダたちが合流し、イスメルたちも降りてくる。メンバーが一人も欠けることなくここに揃い、誰からともなく安堵の息が漏れた。


「それで、どうする。撤退か?」


 真っ先に口を開いたのはデリウスだった。合流は叶った。次は行動方針を決めなければならない。それも早急に。そしてその口ぶりからして、彼が撤退を上策としているのは明らかだった。しかし誰かが彼に答えるより早く、暴煙の向こうからモンスターの雄叫びが聞こえた。


「ギギギィ!」


「ギィ、ギギイ!」


「ギ、ギ、ギィ!」


 聞こえてきたのは、〈グランドキーパー〉の雄叫びではなかった。姿を現したのは三体の極大型モンスター。一体はダンゴムシに似ており、一体は狒狒に似ており、一体は蜘蛛に似ていた。


 三体の極大型は二体と一体に別れ、それぞれ掃射を続ける【スターダストシューター】の射線を避けるようにして大回りしながらカムイたちの方へ向かってくる。それを見て彼らは顔をしかめた。この三体をどうにかしないことには、【オーバーゲート】の使用もままならない。


「……っ、厄介な……!」


 デリウスが舌打ちを漏らす。まずはこの極大型を倒さなければならない。カムイたちはすぐ行動に移った。まずイスメルとルペが蜘蛛に似た一体を受け持つ。なおカレンは【ペルセス】から下りていて、極大型を倒した後、イスメルは〈グランドキーパー〉の牽制に、ルペはもう一方の援護に回る予定だ。


 二体のほうを引き受けたのは、デリウスとフレクと呉羽の三人だ。残りのメンバーは待機し、その間特にミラルダの魔力と消費した【祭儀術式目録】のストックを回復させる。カムイは【Absorption(アブソープション)】と〈オドの実〉の出力を上げ、さらにヘルメットとスコップを取り出してブースト率を上げた。


 さて、そうこうしている内に【スターダストシューター】の掃射が終わる。爆煙も徐々に晴れ、〈グランドキーパー〉が姿を現した。その口元には炎が見える。それを見てイスメルは【ペルセス】の速度を上げた。


 地面を滑るようにして進み、蜘蛛に似た極大型モンスターの胴体の下をすり抜ける。その際、彼女は双剣を振りぬいて八本の足を全て切り飛ばす。そして動きを封じた極大型をルペに任せ、彼女はそのまま空へ上がった。


「くっ……!」


〈グランドキーパー〉の身体を、ほぼ垂直に駆け上る。急激な加速に伴う負荷が身体に圧し掛かり、イスメルはわずかに顔を歪ませた。しかしそれでも彼女は一切スピードを落とさず、むしろさらに加速して〈グランドキーパー〉の顔面へ迫る。


 そして炎が放たれる。その瞬間、しかしイスメルは恐れることなく飛び込み、〈伸閃〉で放たれた炎と〈グランドキーパー〉の顔面をまとめて切り割いた。爆発が起こり、絶叫が響く。その様子を見て、キュリアズは状況が思った以上に間一髪であったことを悟った。彼女は顔を険しくすると、【祭儀術式目録】を開きストックを回復させたばかりの祭儀術式を放つ。


「鳴り響く蒼雷は天上の賛歌、【天賛雷歌】!」


 雷鳴が鳴り響き、蒼雷が〈グランドキーパー〉の身体を焼く。その間に【祭儀術式目録】のストックとミラルダの魔力を回復させる。とはいえどちらも大量の魔力が必要で、アストールは自分を素通りしていく魔力に若干酔いそうになっていた。


 さて二体の極大型を受け持った呉羽たちであるが、彼女たちは手堅い戦いをしていた。ダンゴムシと狒狒では速度に差があり、狒狒の方が先に突出してきたので、三人はまずこちらから叩くことにする。


 デリウスを先頭にして間合いを詰める。まず彼が狒狒の攻撃を【ARCSABER(アークセイバー)】を使ったシールドバッシュで大きく弾いてモンスターの体勢を崩す。そこへ呉羽とフレクが左右から仕掛けた。


 呉羽は狒狒の片腕を斬り落し、フレクは片足を潰す。しかし狒狒もさるもので、それでもまだ倒れない。そうこうしている内にダンゴムシが突撃してくるが、ルペが【太陽の矢】を撃ち込んで足止めをした。もちろん、蜘蛛はすでにしとめてある。


「ごめん、【太陽の矢】がもう無い!」


「了解した! 今のうちに買っておけ!」


 上空のルペにデリウスはそう答えた。そしてなお戦意を滾らせる狒狒に向かって青白い【ARCSABER(アークセイバー)】の刃を放つ。その一撃は狒狒の胴体を大きく切り裂き、そして体勢を崩した。その隙を見逃さず、呉羽は大きく跳躍して愛刀を大上段から振り下ろす。その白刃は狒狒の首を斬りおとした。


 呉羽が狒狒をしとめたのを見て、フレクはダークレッドの覇気を纏いながらダンゴムシのほうへ突っ込んだ。それを見てダンゴムシは丸まってボール状になり、彼目掛けて猛然と転がっていく。


 フレクは〈凶化〉を発動している状態だから、普通なら冷静な判断が難しくなって、ダンゴムシを真正面から迎え撃っていただろう。しかしユニークスキル【ミネルヴァの抱擁】のおかげで彼は冷静さを保っていた。


 フレクは華麗なサイドステップで転がってくるダンゴムシの側面に回り込む。そしてそのまま強烈な正拳突きを叩き込んだ。ダンゴムシは派手に吹き飛び、丸まっていた身体も伸びてしまう。そこへルペが補充した【太陽の矢】を立て続けに三本撃ち込んでしとめた。


 二体の極大型をしとめると、デリウスら三人は魔昌石も回収せずにアーキッドたちのところへ戻った。すぐさま撤退だろうと思っていたのだが、そのタイミングで【天賛雷歌】の雷鳴が鳴り止む。そしてロロイヤがこんなことを言い出した。


「ふむ……、少し様子がおかしいな」


「何がどうおかしいんだ?」


「見ろ、〈グランドキーパー〉の身体に赤い筋が走っている」


 そう言われてアーキッドは目を凝らした。すると確かに、〈グランドキーパー〉の身体に赤い筋が走っている。こんなことはどのモンスターにも今までなかった。それを見て彼の頭にある可能性が浮かんだ。


「ダメージが蓄積されている……?」


「分からん。だが最初あの筋がなかったことは確かだ」


 そうであるなら「ダメージを与えたことに対する反応」と考えるのは筋が通っている。ダメージが蓄積されているかは分からないが、ある種の反応が起こっているのは確かなのだ。ロロイヤの好奇心が疼いた。


(それに……)


 それにあの筋の赤は、なぜか魔昌石を連想させる。その瞬間、ロロイヤの脳裏にある可能性が閃いた。「もしかしたら」という程度のものだが、こういう直感は案外バカにできない。とはいえ、普通に考えればありえない妄想だ。


 ただ、〈グランドキーパー〉が出現したのは間違いなく次元境界壁修復作戦のためだ。ということはこの機会を逃した場合、もう一度〈グランドキーパー〉を出現させるためには膨大な手間と時間と費用がかかることになる。


「もう少し、様子を見てみないか?」


 ロロイヤがそう提案すると、デリウスが渋い顔をした。それを見てアーキッドは苦笑する。彼の心配も分かる。ただアーキッドとしても、〈グランドキーパー〉を倒せなかったとしても、コストに見合った情報を得たいところだった。


「いいぜ、やろうじゃないか」


 アーキッドはそう答えた。なにかでかいことをやるには、どこかでリスクを取らなければならない。それが、彼が裏社会を生きるなかで学んだことだ。そしてそれは今だった。


 デリウスは何か言いたそうな顔をしたが、しかし結局は口をつぐんだ。完全に納得したわけではないだろう。しかし〈グランドキーパー〉を前にして言い争いをすることの愚は、彼も重々承知していた。


「よし。祭儀術式でダメージを蓄積させる。キュリー、やれ!」


「了解です。降りそそげ、破軍の流星! 【スターダストシューター】!」


 魔力の充填が終わったばかりの祭儀術式が展開される。そして無数の魔力弾が発射された。〈グランドキーパー〉にはガードされてしまっているが構わない。この間に他の祭儀術式のストックを回復させるのだ。だがそれより早く〈グランドキーパー〉が動いた。


「ギィィィイイイイイ!」


 大したダメージではないと割り切ったのか、無数の魔力弾をくらいながらもしかしそれを無視するようにして、〈グランドキーパー〉が片腕を伸ばす。その様子はイスメルからも見えていたが、しかし妨げようとすれば無数の弾幕に身を曝すことになる。そして【スターダストシューター】の魔法陣を鷲掴みにすると、あろうことかそのまま引き裂いた。


「きゃあ!?」


 術式が強制的にキャンセルされ、残っていた魔力が暴発する。その衝撃でリムやキキ、キュリアズまでが吹き飛ばされそうになるが、ミラルダが尻尾を使って彼女たちを支えた。そうこうしている内に、〈グランドキーパー〉の根元から多数のモンスターが飛び出してくる。その中にはなんと極大型の姿もあった。


 デリウスとフレクと呉羽の三人が、迎撃のため再び前にでる。カムイも〈グランドキーパー〉に向き直ると、半身像を形成した。同時にオーラの根をより深く、そしてより広く伸ばしていく。すぐに撤退しないなら、吸収するエネルギーは多いに越したことはない。そんな彼らの前で〈グランドキーパー〉が雄叫びを上げた。


「ギギギィィィィィィイイイイイイ!!」


 次に起こった変化はおぞましいものだった。〈グランドキーパー〉の身体から無数のモンスターが這い出してきたのである。それもただのモンスターではない。小さな〈キーパー〉、とでも言うべきか。サイズ的には遺跡の神殿の中庭で遭遇した、あのモンスターが一番近いだろう。


 その、いわば〈レッサーキーパー〉とでも言うべきモンスターが無数に現れたのだ。〈グランドキーパー〉の身体は〈レッサーキーパー〉たちの赤い目に覆い尽くされているように見えた。人の上半身を模したそれらのモンスターが蠢くさまは、見る者に生理的な嫌悪を催させる。


「「「「「「ギィィィィイイイイイ!」」」」」」


〈レッサーキーパー〉たちが一斉に雄叫びを上げる。重なり合ったその耳障りな雄叫びは、おぞましさをより強く感じさせた。嫌悪感に鳥肌を立てていたカムイたちは、しかしすぐに危機感で身体を硬くすることになった。無数の〈レッサーキーパー〉たちが、その口元に炎を蓄え始めたのである。


「……ッ!?」


 あっ、と思う間もあればこそ。炎は一斉に放たれた。放たれた無数の熱線は無差別で、モンスターの上にもプレイヤーの上にも降りそそいだ。


 なんの対処もできなかったのはモンスターだ。次々と熱線に身体を貫かれ瘴気へと還っていく。特に極大型モンスターは身体が大きい分被弾面積も広く、ほとんどなにもできないまま絶叫を上げながら倒れていった。


 前に出ていたデリウスとフレクと呉羽の三人はそれぞれ危なげのない対応をする。デリウスは盾を掲げて【ARCSABER(アークセイバー)】で熱線を弾き、フレクは極大型を盾にして防ぎ、呉羽は軽やかに回避していく。


 その後ろで半身像を構えていたカムイは、オーラの根を伸ばしている関係で動くことができない。その代わり扱えるエネルギー量は桁違いで、彼は纏う白夜叉のオーラを分厚くして炎を防ぐ。


 半身像は穴だらけにされてしまったが、痛みがあるわけではないし、彼自身も無事だ。そして彼が無事なら、半身像はすぐ元に戻せる。しかしその後ろに仲間がいることを、この時彼はすっかり忘れていた。


「くっ……」


〈グランドキーパー〉の身体から這い出した無数の〈レッサーキーパー〉。それらが一斉に炎を放ったとき、ミラルダの周りにはアーキッドにロロイヤ、リムとキキ、それにアストールとキュリアズがいた。


 防御用の祭儀術式は間に合わない。特にリムとキキは自力では防御も回避もままならないだろう。そもそもミラルダ自身、〈獣化〉したその巨体は極大型にも匹敵して、熱線を完全に回避するのはまず無理だ。


(ならばいっそ……!)


 ミラルダは腹を決める。そして狐火を纏うとその身体を盾にしてリムたちを庇った。そんな彼女にアストールが咄嗟に〈プロテクション〉と〈フレイムエンチャント〉の支援魔法をかける。


 そして次の瞬間、多数の熱線が突き刺さった。纏った狐火でいくらかは減衰させられたものの、しかし完全に防ぐことはできず、ミラルダは歯を食いしばって痛みと衝撃に耐えた。


「ぐぅっ……!」


「ミラルダさん!」


 庇われたリムが悲鳴を上げる。彼女は泣きそうな顔をしていて、隣にいるキキも心配そうな顔をしている。ただ、庇ったメンバーは誰一人としてかすり傷ひとつ負っていない。それを見てミラルダは弱々しくも満足げな笑みを浮かべた。


「ったく、無茶しやがって……!」


 顔を強張らせながらそう言って、アーキッドは躊躇い無く【エリクサー】を取り出しミラルダに飲ませた。そのおかげで彼女の傷は瞬く間に回復していく。しかしまだ安心はできない。無数の〈レッサーキーパー〉は健在で、いつ第二射が来るとも分からないのだ。


「ルペ、第二射を撃たせてはいけません!」


「う、うん!」


 イスメルにそう言われ、ルペは先ほど買い込んだ【太陽の矢】を矢継ぎ早に射る。狙いを付ける必要はほとんどない。ただ〈グランドキーパー〉は巨大で〈レッサーキーパー〉は無数だ。しかも中途半端なダメージではすぐに回復され、倒したとしてもまた這い出してくる。ルペ一人では荷が重かった。


 ただ、イスメルは〈グランドキーパー〉の牽制をしなければならない。〈グランドキーパー〉の炎がメンバーに直撃することだけは避けなければならないのだ。それで、どうにも人手が足りない状況だった。


「…………っ」


 その様子を見てカレンが飛び出した。先ほどの熱線一斉掃射の際、彼女は自分に当たる熱線を見切り、あるものは回避し、あるものは切り裂いてこれを防いだ。その時に〈クレセントブローチ〉に付加された【存在探知】のギフトが役立ったのは言うまでもない。


 おかげで彼女は無傷だった。そして戦局を見渡したとき、今自由に動けるのは自分しかいない。それを悟ったとき、カレンはすぐさま双剣を構えて前に出たのである。


「カレン!?」


 呉羽が驚いたように声を上げた。しかしカレンは止まらない。都合のいい事に、熱線一斉掃射のおかげでモンスターは数を大きく減らしている。それで彼女は邪魔されることなく〈グランドキーパー〉へ近づいた。そして〈瞬転〉を応用して一際高く跳躍する。その様子はまるで翼を広げた鳥のようだった。


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