表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中
123/127

〈魔泉〉攻略中15


《From:【Kiefer(キファ)】》

《ご注文の品が完成したよ。取りに来るかい? それともプレイヤーショップに出品した方がいいかな? 連絡待っているよ》


 キファからそんなメッセージが届いたのは、彼女に仕事を依頼してから九日後のことだった。メッセージを受け取ったのはカムイだったので、彼がロロイヤにソレを知らせると、早速受け取りに行くことになった。


《To:【Kiefer(キファ)】》

《連絡ありがとうございました。これから取りにいきます》


 そう返信してから、カムイたちは〈廃都の拠点〉へ向かった。工房に到着すると、すぐにキファが彼らを迎える。中に入ると美しく大きな宝玉が二つ、それぞれ台座に設置されていた。これこそがキファに依頼した品である。


 宝玉はマナの結晶体だ。透き通るような透明感を持つ淡い青紫色のその結晶は、一切の角が無く丸く滑らかに研磨されている。いわゆるカボションカットというやつだ。そしてその表面には複雑な幾何学模様が幾重にも刻まれていた。


 台座は厚さが2cmほどの大理石の土台の上に、金属製のフレームを組み上げる形になっている。デザインは至ってシンプルだが、しかし安っぽさは少しも無い。丁寧に作り上げられたその台座は、むしろ上品かつ優美である。


 マナの結晶体を台座の上に載せれば、全体の雰囲気はより荘厳さを増す。それを見てロロイヤは満足げに頷いた。


「なかなかの出来栄えだな」


「お褒めに預かり光栄だ」


 どこかホッとしたような表情を浮かべながら、キファはそう応えた。ちなみに今回、彼女はこれらの作品に名前をつけていなかった。あくまで魔道具の素体という位置づけであり、魔道具として完成したあかつきにロロイヤが名前を付けることになるだろう。


 カムイやアストールが品物をストレージアイテムに片付けているその間に、ロロイヤはキファに報酬を支払う。報酬は800万Ptで、その内300万Ptは前払いしてあるから、支払うのは500万Ptだ。


「ではな。また何かあったら頼む」


 そう言い残すと、ロロイヤは足早にキファの工房を後にした。カムイたちも挨拶をしてからその背中を追う。そして少し広い場所を見つけると、そこで【オーバーゲート】を発動する。【HOME(ホーム)】へ戻ってくると、ロロイヤは早速自分の工房である【悠久なる狭間の庵】に篭った。


「魔道具の素体ができたとなると、そろそろ本番かね?」


「いや、その前にまた事前実験だろう。どの程度の時間積層結界を維持できるのか、正確に把握しておく必要がある」


 少々先走るアーキッドを、デリウスがそう嗜めた。期限が迫っているわけでも、誰かと競争しているわけでもないのだ。何度も確認を行い、入念に計画を立て、その上で本番に臨むべきだろう。


「じゃが、これでメドが立ったのは積層結界のほうだけじゃろう? 肝心の次元の孔を修復するための魔道具はどうなのじゃ?」


 ミラルダがそう尋ねると、その場にいたメンバーたちは苦笑を浮かべた。その進捗を正確に把握しているのはロロイヤだけである。秘匿されているわけではなく、説明されても誰も理解できないのだ。


 ロロイヤ曰く「現状で六割程度」という話だ。そして術式を完成させるために、さらなる調査が必要と聞いている。彼だってそんなところでウソはつかないだろうし、調査に協力するのもいい。


 問題なのは、完成したことを実験して確かめられないことだ。なにもロロイヤが自分のプライドを守るために、未完成品を完成品と言い張ることを心配しているわけではない。しかし彼が「完成した」と思っていても、実際には不具合を抱えているということもありうる。


 そういうことを防ぐために、こちらも事前実験をすることが望ましい。しかし実際に次元境界壁を修復するとなると、それはもう本番と変わらない。要するに、どうしてもぶっつけ本番になるのだ。


 何が起こるのか分からないし、予想したとしても、それを超える事態が起こるかもしれない。相手が〈魔泉〉であることを踏まえれば、かなりリスキーな実験と言っていいだろう。


「それでも、降りるヤツはいないんだろう?」


 アーキッドがそう言うと、メンバーは揃って頷いた。この場合、「ロロイヤを信頼している」というのとはちょっと違う。彼の能力を疑っているわけではないが、それ以上に各々が覚悟を決めているのだ。


 さて、ロロイヤは工房に篭ってしまったし、彼から調査を頼まれているわけでもないので、実験関係では取り急ぎすることがない。それでカムイたちはいつも通り極大型のモンスターを乱獲するために、すぐ近くの小高い丘へ向かった。その途中、不意にアーキッドがこんなことを言い出した。


「……そういえばさ、実は欲しいものがあるんだよな」


「買えばいいんじゃないんですか。っていうか、何が欲しいんですか?」


「地図」


 アーキッドのその答えを聞いてカムイは一瞬首を捻ったが、すぐに彼の言わんとしているところを察して大きく頷いた。アーキッドの言う地図とは、現在彼らが使っている歩きながら記載範囲を増やしていくマジックマップのことではない。アイテムショップで売られている、いわゆる完成品のことである。


「パーティーの資金で買おうと思っているんだけど、やっぱり高くてな」


「確か最低でもたしか1億くらいしましたからね……。具体的に、どれくらいのを狙ってるんですか?」


「ざっと25億」


 アーキッドはさらりとそう言ったが、その数字を聞いてカムイは思わず絶句した。いくら彼らが桁外れに稼いでいるとはいえ、気軽に買える値段ではない。もしかしたら運営側も実際に購入されることを想定していないのではないだろうか。そう勘繰ってしまいたくなるほど高額だ。


 それでカムイは最初アーキッドが冗談を言っているのだと思った。地図を買いたいと思っているのは本当だとしても、もうちょっと安いものが本命なのだろうと、そう思ったのだ。しかしその予想を裏切って、アーキッドはこう言った。


「製本されていて、結構詳しそうなヤツがあるんだけどさ。やっぱ情報量が多いと高いな」


 彼は気楽な調子でそう話すが、しかしそういう時ほど彼が本気であることをカムイは知っている。隣で聞いていたカレンも彼が本気だと理解したのか、「あちゃ~」と言いたげに頭を抱えた。


「でも、25億なんてどうやって用意するんですか?」


「そりゃ、パーティー用の資金を地道に積み立てて行くしかないな。とりあえず乱獲できる限りは積み立てて、それでも足りなかったら事情を説明してメンバーから出してもらう、って形になるだろうよ」


 アーキッドは淀みなくそう答えた。彼のなかではもう方向性が固まっているのだろう。25億Ptはちょっと高いとは思うが、カムイとしても製本版の地図があれば何かと便利ということは理解できる。


 そもそもカムイたちは、すでに全員が個人の資金として億単位のポイントを持っている。多少毎日の分配が少なくなっても問題はない。そういう事情もアーキッドは織り込み済みに違いない。


 どのみちパーティーの資金を管理しているのはアーキッドだし、幾らなんでも25億Ptの地図をメンバーの了解なしに買ったりはしないだろう。カムイはそう考え、ともかく地図の事は彼に任せることにした。


「……それにしても、その地図を買ったら、今使っているモノは使わなくなりますね」


 カムイは少し寂しそうにそう呟いた。今彼らが使っているのは、移動すると記載範囲が増えていくタイプの地図だ。デスゲームのかなり初期のころから使っていて、その分愛着もある。


 だが製本版の地図を購入すれば、わざわざ空白だらけのこの地図を使う必要はなくなるだろう。しかしアーキッドは笑ってそれを否定した。


「いやいや。今までの地図もちゃんと使うさ。製本の地図はマジックアイテムじゃないから、現在地の把握とかできないんだよ。ま、併用していくことになるだろうな」


 アーキッドはそんなふうに見通しを語った。そして「プレイヤーショップにも売りに出したいしな」と悪戯っぽく付け足す。最近はずっと同じ場所にいるので、〈お狐様印の世界地図〉はぜんぜん更新していない。〈魔泉〉をうまく塞げたら、また色々なところへいくことになるのだろうか。カムイはふとそんなことを考えた。


 さて、乱獲を終え、さらに今日の分の魔昌石の買取りも終えると、カムイたちはようやく【HOME(ホーム)】のリビングで一息ついた。そこへロロイヤがやって来る。彼は開口一番にこう言った。


「明日、積層結界の展開実験を行うぞ」


「……ってことは、魔道具は完成したのか?」


 アーキッドが苦笑気味にそう尋ねると、ロロイヤは「積層結界の分はな」と答えた。そちらについては、もともと術式が完成している。後は素体に刻印し直せばいいだけなので、作り直すのにそう時間はかからなかったのだ。


「ミラルダ、少年、体調はどうだ?」


「今日は少し疲れたのぅ。まあ、一晩休めば大丈夫じゃろう」


「同じくです。ダメだったらポーションでも飲みます」


「アストール、〈魔法符:魔力回復用〉は?」


「500枚ほどストックしてあります。半分くらいプレイヤーショップに出そうかと思っていたんですが、明日実験ならその後に持ち越しですね」


「オーケーだ。明日は実験ってことでいいか?」


 メンバーから反対の声はでない。それを見てロロイヤは満足げに頷いた。こうして二回目の事前実験が行われることになったのである。


 そして翌日。カムイは前回の実験のときと同じように〈魔泉〉の縁に立っていた。噴出す瘴気に阻まれて彼の位置からは見えないが、対岸には同じようにミラルダたちがスタンバイしているはずだ。


 カムイの目の前には、前回と同じく積層結界を展開するための魔道具が設置されている。その魔道具は素体にマナ結晶体を使っているからなのか、〈魔神の双眸〉とはかなり雰囲気が異なる。ロロイヤも「〈魔神の双眸〉とは呼べんなぁ」とぼやいていた。


 それで新しい名前を付けることになった。新しい銘は〈積層結界展開機〉。なんの捻りもなく、「考えるのが面倒になったんだな」とカムイは直感した。もっとも、ロロイヤが抱える仕事量を考えれば、それも当然ではあるが。


 さて、前回と同じく、カレンの合図に合わせて実験が始まった。魔道具の消費魔力量は減っているはずなのだが、それでもカムイは念には念を入れて前回よりもオーラの“根”を広範囲に広げてある。魔力の供給に不安は無かったが、それでも実際に魔力を込め始めたとき、彼は驚いて小さく目を見開いた。


(これは……、すごいな……)


 彼の体感ではあるが、消費魔力量が四分の一程度になっていた。【使用魔力軽減】のギフトは魔道具本体と台座の二つに付加されている。効果は二重になっているはずだから、その分効力が増すのは分かるが、それでも予想以上だった。


 そして消費魔力量軽減の効果は、積層結界の持続可能時間の延長という形で現れた。単純に考えて消費魔力量が四分の一になったのだから、結界を維持可能な時間は四倍になる。前回の実験で積層結界を維持できたのは三十分程度だったから、今回は二時間程度結界を維持できる計算だ。


「よし、キュリー。【ラプラスの棺】を発動しろ」


「了解です。……囲い、括り、閉じ込めろ、【ラプラスの棺】!」


「よし。リム、クレハ、内部の瘴気を浄化しろ」


「分かりました。じゃ、リムちゃん。やろうか?」


「は、はい!」


 積層結界によって瘴気を堰き止めると、ロロイヤはキュリアズに指示を出して【ラプラスの棺】を展開させた。続いてリムに内部に残った瘴気の浄化を始めさせる。呉羽は彼女がそれをやりやすいよう、風を操って瘴気をかき集める役回りだ。


 浄化が進み、結界内部の瘴気濃度が一定レベル以下まで下がると、今度は地面から瘴気が滲み出てくる。前回と同じ流れだ。それを見てロロイヤは若干顔を険しくしつつも、一つ頷いてこう呟いた。


「ふむ、出てきたな……。このまま出尽くしてくれればありがたいんだが……」


「いや、さすがにそりゃ無理だろ」


 アーキッドはそう呆れたように応じた。なにしろここは〈魔泉〉そのものと言っていい場所だ。瘴気による汚染具合も尋常ではない。地面にはそれこそ膨大な量の瘴気が蓄えられているはずで、その全てをこの実験中に出し尽くすというのは無理な話だ。


 加えて、仮にそれができたとしても、この実験後にまた汚染されてしまうに違いない。となると、本番にこうして瘴気が滲み出てくるのを防ぐのはやはり難しいということになる。それを踏まえて本番の計画を立てる必要があるだろう。


 さて、そうこうしている間にモンスターが出現し始めた。耳障りな雄叫びを上げて襲いくるそれらを、アーキッドやキュリアズらが冷静に対処していく。ロロイヤがいるのはカムイの側だが、対岸にいるミラルダたちの方にもモンスターは現れているに違いない。実際、対岸からでも人影が動いている様子が見えた。


(まあ、戦力に問題はあるまい)


 ロロイヤは内心でそう呟いた。むしろ戦力に関して言えば、向こうの方が恵まれている。こちら側はカムイがいるおかげで魔力を気にせずに戦えるが、その反面力押しになっている感が否めない。


 まあ、ロロイヤにしてみれば、問題が無ければそれでいいのだが。それより来るべき本番に向け、今のうちに試せる事は試しておきたい。


「おい、カムイ。根の範囲を広げろ。浅く、広く、だ」


「っ、了解」


 ロロイヤの指示に従い、カムイはオーラの根を浅く広く広げていく。面積をカバーすることで、滲み出す瘴気を減らすことが目的だ。ただ、当然ながら全てをカバーすることはできない。むしろカバーできているのはほんの一部だ。しかしその一部に限っていえば、滲み出てくる瘴気の量は明らかに少なくなっていた。


 時折指示を出しながら、ロロイヤは鋭い視線で周囲の状況を観察する。二度目の事前実験はおよそ二時間半に及んだ。しかもキキに渡していた〈魔法符:魔力回復用〉は使い切ったとはいえ、ミラルダ本人はまだ余力を残している。本番に必要な時間は十分に確保されたといえ、その意味において今回の実験は成功したと言っていい。


「……そんで、本番はいつになるんだ?」


 反省会で二度目の事前実験の総括を行った後、アーキッドはロロイヤにそう尋ねた。今日の事前実験が思いのほか上手くいき、血気にはやっているのかも知れない。そんな彼に、しかしロロイヤはこう答える。


「しばらく先だな。次元孔を修復するための術式がまだ完成していない」


 その術式が完成しても、すぐに本番というわけにはいかないだろう。実際に次元孔を塞ぐわけではないにしても、こちらも事前実験をして具合を確かめておく必要がある。そして不具合があるならそれを調整し、また実験をして確かめる。本番はそれからだ。


「長いのぅ……。厭きてしまいそうじゃ」


「だが、必要なことだ」


「分かっておるわい」


 正論を口にするデリウスに、ミラルダは口を尖らせた。ともあれ今日の事前実験で積層結界については、十分実用に耐えうるレベルであることが確認されたのだ。加えて【ラプラスの棺】内部の瘴気濃度を低く保つことについても一定のメドが立った。本番に向けた準備は着実に進んでいる。


「さあ、楽しくなってきぞ。お前たちも楽しめよ?」


 ロロイヤはそう言って反省会を切り上げた。あいにくとこれを楽しめるほど、カムイの神経は図太くはない。ただやりがいは感じている。〈魔泉〉を攻略するべく、手を伸ばしているのだという実感があった。


 さて、次元孔を修復するための魔道具が完成したのはそれから二週間後のことだった。ロロイヤ曰く「まだ試作品の段階だ」とのことだったが、ともかく魔道具の完成を受けて事前実験が行われることになった。


 実験の場所として選ばれたのは、〈海辺の拠点〉からさらにレンタカーを一時間ほど走らせてたどり着いた、周囲に何もない荒野である。この辺は瘴気濃度が比較的低い。それでここが選ばれたのだ。


「ふむ、ここでよかろう」


 ロロイヤは地面が比較的平らになっている場所に台座を置き、そこに〈ゲートキーパー〉の魔昌石を設置した。ちなみにこの台座は以前に〈魔神の双眸〉を設置した時に使っていたのと同じ物だ。今回設置されているのも〈ゲートキーパー〉の魔昌石だが、もちろんこれは〈魔神の双眸〉ではない。これこそが次元孔を修復するための魔道具だ。


 銘を〈次元孔修復装置〉という。どうやらこちらも名前を考えるのが面倒になったらしい。見た目はただの巨大魔昌石だが、そこには次元孔を修復するための高度な術式が確かに書き込まれている。


「ところで、コレって試作品なんだよな?」


 台座に設置された〈次元孔修復装置〉を見て、カムイはふとそう尋ねた。それに対しロロイヤは「そうだ」と言って頷く。なにぶん、このような魔道具を作ったのは彼にとっても初めてだ。実際に発動させてみれば粗が出てくるだろう。そういうところを直しながら精度を高めていくのだ。


「……じゃあ次を作ったら、コイツはどうするんだ?」


「ポイントに変換すればよかろう。使い道もない」


 こともなさげにそう答えるロロイヤを見て、カムイは思わず唖然とした。確かに彼の言う通りではある。実際、似たような事情の〈魔神の双眸〉もポイントに変換済みだ。ただ今回の場合、ロロイヤは明らかにそうなることを織り込んで〈次元孔修復装置〉を作っている。つまり彼は〈ゲートキーパー〉の魔昌石を使い捨てにしたのだ。


(もったいねー!)


 カムイは心の中でそう叫んだ。ポイントに変換しているのだから、全く無駄にしているわけではない。ある意味で最もコストがかからない方法と言ってもいいだろう。だがそれでも、なんとなく努力を踏みにじられたような気がして、カムイは世知辛い気分を味わった。


「よし。では実験を始めるぞ。まずはただ魔力を込めて魔道具を発動させる。理論上は何も起こらないはずだが、瘴気の影響が読めん。ゆえにそれを確認するための実験だ」


 傷心気味のカムイは放っておき、ロロイヤはそう説明を始めた。次元孔を修復するに当たって最も心配されるのが、瘴気による魔道具への影響だ。それを確認するために、彼らはこうして瘴気濃度の低い場所まで出張ってきたのである。


「ではイスメル。万が一のときは頼む」


「分かりました」


 そう言ってイスメルは腰の双剣を抜くと、そのまま両腕を垂れさせて待機する。瘴気の影響によって〈次元孔修復装置〉が誤動作したり、あるいは暴走したりした場合、速やかに魔道具を破壊してこれを鎮めること。それが彼女の役割だった。


 イスメルの準備ができたことを確認すると、ロロイヤは他のメンバーを下がらせた。それからおもむろに手をかざして魔力を込め始める。すると〈次元孔修復装置〉がぼんやりと輝き始めた。


 それが正常な動作なのか、それとも瘴気による影響なのか、カムイたちには判断が付かない。それはイスメルも同じだったが、ロロイヤに焦った様子がないので、彼女はともかくいつでも動ける状態を維持しつつ指示を待った。


「ふむ、思ったほど瘴気の影響は受けないな……」


 しばらくして、ロロイヤはそう呟くと一旦魔力の供給を止めた。それにともない、魔道具のぼんやりとした輝きもしぼんでいく。ほんの数秒で〈次元孔修復装置〉はもとの状態に戻った。


 変わった様子は特にない。ロロイヤも言っていたが、瘴気の影響はそれほど受けなかったのだろう。若干拍子抜けではあるものの、期待以上の結果だ。それをうけてロロイヤは次の実験の準備を始めた。


 まず適当な木箱を用意する。そしてロロイヤはそこへ〈次元孔修復装置〉を縦に入れた。木箱は台座ほどの大きさで、魔道具が収まるほどの大きさはない。せいぜい、先っぽが隠れるくらいだ。手を放せば倒れてしまうので、ロロイヤがそのまま支えている。


「よし、魔昌石を入れろ」


 ロロイヤの指示に従い、カムイたちは木箱の空いた部分に魔昌石を詰め込んでいく。大体はこれまでに買取ったものだが、この実験中に倒したモンスターのものも一緒に放り込む。だいたい三十個ほどを詰め込んだところで、木箱はいっぱいになった。


 本番では、魔昌石を使って次元孔を塞ぐ計画になっている。しかしながらもちろんのこと、魔昌石をただ〈魔泉〉に放り込めばそれで孔が塞がるわけではない。そんなことをしても無駄になってしまうだけだ。


 それで魔昌石を別の形に変化させてやる必要があり、そのための魔道具こそが〈次元孔修復装置〉である。そして今度の実験は、実際に魔昌石への作用が上手く働くのかを確かめるためのものだった。


「では、始めるぞ」


 そう言ってロロイヤは〈次元孔修復装置〉に再び魔力を込め始めた。魔道具がまたぼんやりと輝き始め、次いでその輝きが木箱に詰められた魔昌石にも伝播していく。ロロイヤが込める魔力の量を増やしているのか、その輝きは徐々に強くなっていった。


 やがて、変化が現れる。魔昌石が淡い燐光を放ち始めたのだ。ただそれらの燐光は何をなすでもなく空気中へ溶けるようにして消えていく。そしてその内、木箱に詰めておいた魔昌石は全て燐光となって消えてしまった。しかしそこで実験は終わらなかった。


「なあ、呉羽……」


「どうした、カムイ?」


「〈次元孔修復装置〉からも燐光が出ているように見えるんだけど、気のせいかな……?」


「安心しろ。わたしにも同じように見える」


 まったく安心できなかった。繰り返すが、木箱に詰めておいた魔昌石は全て燐光となって消えてしまった。そう、消えてしまったのだ。ということは、このまま実験を続ければ巨大魔昌石を素体として使っている〈次元孔修復装置〉もまた、同じように消えてしまうと考えられる。


 そうなってしまっては、ポイントを回収できると考えるのは、虫が良すぎるだろう。カムイは声を張り上げた。


「ロロイヤッ、止めろぉぉぉぉぉおおおおお!」


「断る」


 絶対にわざとだろう。ロロイヤはニヤリと笑ってからそう応えた。彼は〈次元孔修復装置〉に魔力を込め続ける。放たれる燐光は徐々に多くなり、それに反比例するように巨大魔昌石は小さくなっていく。そして最終的には他の魔昌石と同じく、完全に消えてなくなってしまったのである。


 それを見てカムイは呆然とした。およそ5,000万Ptを、いやそれよりも彼が苦労して〈ゲートキーパー〉から引っこ抜いた巨大魔昌石を、あろうことか本当に使い捨てにしたのである。


 アーキッドは「あちゃー」と言わんばかりに頭を抱えているし、デリウスも渋い顔をして頭を振っている。それでもやはりロロイヤならばやると思っていたのだろう。怒号が飛ぶような事はなかった。


「これにて実験は終了だな」


 ロロイヤは一つ頷いてそう言った。憎らしいほどに達成感の滲む声である。確かに実験は終了せざるを得ないだろう。なにしろ試すべき魔道具が、燐光と共に消えてなくなってしまったのだから。


「なら、とりあえず反省会だな」


 肩をすくめてそう呟くと、アーキッドは【HOME(ホーム)】を展開した。メンバーたちはぞろぞろとその中へ入っていく。カムイは盛大にため息を吐いてからその後に続いた。呉羽とカレンは顔を見合わせると、それぞれ小さく笑みを浮かべる。彼の様子がおかしいというよりは、可愛らしかったのだろう。


 リビングにメンバー全員が集まり一服したところで反省会が始まった。各自思いおもいの飲み物で喉を潤しているメンバーらに、まずはロロイヤがこう口火を切った。


「実験は成功だ。大変満足のいく結果が得られた」


「具体的に説明してくれ」


「うむ。まず懸念されていた瘴気による影響だが、今回の実験ではほとんど確認されなかった。まあこの辺りは瘴気濃度が低いからな。もっと高いところなら別の結果が出るかも知れん。さらなる実験が必要だろう」


 ロロイヤの説明にメンバーたちは揃って頷いた。それを見てから、彼はさらに説明を続ける。


「次に魔昌石を用いた実験だが、こちらも成功と言っていい。魔昌石をエネルギーへと変換することができた。つまり、あの燐光だな。次元境界壁というのは、ある種のエネルギー体であると考えられる。つまりそこに空いた孔を、同種のエネルギーによって塞ぐというわけだ」


「……今回の実験で発生したエネルギーは、結局どうなったんだ?」


 そう尋ねたのはカムイだ。彼がそんなことを尋ねたのは、エネルギー保存則のことを知っていたからだろう。つまりエネルギーは勝手になくなったりしない。ということは今回のエネルギーもどこかに存在しているはず。次元境界壁にでも吸収されたのだろうかとカムイは思ったが、しかしロロイヤは首を横に振った。


「そこまで簡単ではないだろう。恐らくだが、熱にでもなったんじゃないのか」


 使われなかったエネルギーが最終的に熱になる、というのは理解しやすい話だ。それでカムイは一つ頷いてそれ以上の質問はしなかった。さらなる質問が出ないのを見て、ロロイヤは説明を再開する。


「誤算だったのは、〈次元孔修復装置〉までエネルギーに変換されてしまったことだな。まあ、魔昌石をそのまま使っているのだから、当然といえば当然だがな」


「ちなみにポイントは……?」


「入っていない」


 それを聞いてカムイはがっくりうな垂れた。他のメンバーもため息を吐いたり肩をすくめたりしている。いくら稼ぎまくっているとはいえ、5,000万Ptはドブに捨ててしまうには巨額すぎる。


「しかし、最初に魔力を込めたときは、燐光が出てくることはなかった。それはどうしてだ?」


「励起してエネルギーへ変換するには、魔力が少なかったのだろうな。実際、ぼんやりと光ってはいた。あれは魔道具の駆動による光だったのではなく、励起しかけていることを示していたのだろう」


 デリウスの質問にロロイヤはそう答えた。彼が頷いて納得した様子を見せると、ロロイヤはさらにこう続けた。


「今回の実験で明らかになった問題点は二つ。一つは〈次元孔修復装置〉の素体について。当然、魔昌石以外のものを使う必要がある。もう一つは魔昌石を励起させるために必要な魔力についてだ」


「魔力って……、何か問題があったの?」


 魔力が足りなかったようには見えなかったのだろう。ルペがそう尋ねた。それに対し、ロロイヤはこう答える。


「本番で使う魔昌石の量を考えろ。何百万個あるか知らんが、その全てを励起させねばならん。膨大な魔力量が必要になる。到底、一人や二人のプレイヤーがまかなえるものではない」


「そうなると……」


「ああ。〈次元孔修復装置〉の素体にはマナ結晶体を使い、【使用魔力軽減】のギフトを付加してもらう。そして魔力を込めるのはカムイだ。これしかあるまい」


 ロロイヤの言うとおり、確かにそれしかないだろう。幸い、積層結界を展開するのに必要な魔力量が減ったことで、カムイにはずいぶん余裕がある。さらにオーラの根を広範囲に広げればエネルギーの確保については問題ないだろうし、またその分地面から瘴気が滲み出てくるのも防げる。一石二鳥といえた。


「でも、どうやって魔力を込めればいいんだ? オレは動けないぞ」


「鎖か、ワイヤーで繋げばよかろう」


 ロロイヤはそう答えた。つまり有線式というわけだ。さらに大量の魔昌石を同時に励起させるため、〈次元孔修復装置〉は複数用意することになった。その分、必要な魔力量は増えるわけだが、「ギフトもあるし、カムイなら大丈夫だろう」ということになった。信頼されているのか、扱いがザツなのか、本人としては悩むところだ。


 方針が定まったところで、彼らは動き始めた。まずは【オーバーゲート】を使って、いつも極大型を乱獲している小高い丘の麓へと戻る。何にしてもマナ結晶がなければ始まらず、そのためには瘴気を浄化しなければならない。それで、瘴気濃度が高い場所へ戻ってきたのだ。


「そんじゃ、俺たちは極大型の乱獲でもしてるか」


 そう言ってアーキッドたちは丘を登っていった。しばらくすると激しい戦闘の音が聞こえてくる。戦闘の様子は見えないが、しかしカムイたちは何も心配していない。四人が抜けているとはいえ、戦力的には十分。負ける要素はどこにもない。


 戦闘の音は断続的に続いた。つまり、乱獲は順調だ。その音を聞き流しながら、カムイたちは瘴気を浄化しマナを結晶化していく。しばらくそうしていると、丘から〈獣化〉したミラルダとキュリアズが降りてきた。


「アストール、カムイ、妾たちの魔力の回復も頼むぞえ」


 どうやら魔力の回復に来たらしい。極大型を出現させるためには【ラプラスの棺】を使う必要がある。つまり一回ごとにキュリアズ基準で十数人分の魔力が必要になるのだ。自然、乱獲するためには膨大な魔力が必要になる。


 彼女達の魔力を回復させ、カムイたちはさらにマナの結晶化を進めた。アストールは同時に〈魔法符:魔力回復用〉も作っていく。本番に向けた分と、プレイヤーショップに出品する分だ。


「これでいいか」


 麻袋十二袋分のマナ結晶を用意すると、カムイたちはそこで作業を一旦止めた。前回はマナ結晶体二つに対して麻袋八袋分を用意した。それで今回は十二袋分というわけだ。足りない事はないと思うが、もしも「足りない」と言われたらあとは現地で用意すればいいだろう。


 砂状のマナ結晶が詰まった麻袋をストレージアイテムに収納すると、カムイたちは極大型の乱獲に参加するべく丘の上へ向かった。ただ、彼らが実際に戦闘に加わる事はなかった。彼らがやって来るのを見るなり、ロロイヤがこう言ったのである。


「終わったか。ではいくぞ」


 連絡はまだきていなかったが、アーキッドたちは連れ立って〈廃都の拠点〉へ向かった。今日は〈侵攻〉が起こらない予定の日。少し時間は早いが、現地で待つつもりだった。


〈廃都の拠点〉に到着すると、ロロイヤは真っ直ぐにキファの工房へ向かった。カムイは少し迷ったものの、彼に同行する。ここまで来たのだから、顔を見せておこうと思ったのだ。カレンと呉羽も同じで、四人は工房を目指した。


「おや、また仕事の依頼かな?」


 だいたい慣れてきたのか、キファはロロイヤたちの顔を見ると開口一番にそう言った。「儲け話が尋ねてきた」とでも思っているのか、その顔には笑みが浮かんでいる。しかしロロイヤから話を聞くと、彼女の表情は少し曇った。


「つまり、前と同じ物をあと三つ、というわけかい?」


 面倒だな、という心の声が聞こえてきそうな顔である。儲け話は嬉しいが、同じ仕事を繰り返すのは面倒らしい。彼女もなかなか気難しい職人である。とはいえそうごねる事も無く仕事を引き受けてくれて、カムイは内心で安堵の息を吐いた。


 報酬は400万Ptと残ったマナ結晶。さらにキファの希望で台座を貸し出すことになった。出来上がったらメッセージで連絡するという段取りだ。お互いに慣れたもので、話し合いはスムーズに進んだ。


「では頼んだ」


「ああ、任せてくれ。きっちり仕上げるよ」


 最後にそう言葉を交わしてカムイたちはキファの工房を後にした。こうして本場に向けた準備は着々と進んでいく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ