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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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12/127

ゲームスタート12

 この世界にも雨は降る。知的生命体が死滅し、さらには生態系までも崩壊してしまったようなこの世界でも、水の循環は保たれているらしい。世界を支えるシステムはなかなか堅固である。


 ただし、決して恵の雨ではない。降るのは瘴気に汚染された黒い雨である。濡れたからと言ってどうというわけでもないのだが、やはり気持ちのいいモノではないし、なによりその見た目が不吉である。爽やかさや清々しさは皆無だった。


 この雨がもとから、つまり雲の段階で瘴気に汚染されているのか、それとも地表に降ってくる過程で瘴気を含むようになるか、カムイには分からない。とりあえず高い山にでも登ってみて、そこから見える雲が白ければたぶん後者なのだろうが、今はまだ確かめることはできていない。


 ただ大地までもが瘴気を含んで汚染されている理由は、恐らくこの黒い雨だろう。つまり瘴気で汚染された雨が地面に染み込み、そうして蒸発するときに瘴気が地面に取り残されて蓄積されていくのだ。この世界はそうやって瘴気に汚染されていったのではないか、とカムイは思っている。


 なにはともあれ、雨の話である。雨の中、動き回って戦闘を行うのは億劫だ。それで雨が降ると多くのプレイヤーはポイントを稼ぎには行かず、拠点に篭る。ようするに休日だ。ポイントに余裕がなければそんなことは言っていられないが、毎日コンスタントにポイントを溜めていれば、一日分くらいの余裕は十分にあるのが普通だった。


 カムイら四人がパーティーを結成して二日目。この日は生憎の雨だった。やる気になっているところへ水を差されてしまった格好だが、雨が降ってはどうしようもない。ポイントには十分余裕があり、それで彼らは、ひとまず雨が止むまでは、拠点でゆっくりと休むことにしたのだった。


「よく降るな……」


 アストールが購入してくれた【四人用簡易テント(テーブル・イス付き)】の下、イスに座ってテーブルに頬杖を付きながら外をぼんやりと眺めてカムイはそう言った。簡易テントは天井布とそれを張るための骨組み、そして四本の柱だけの簡単な作りで、そのため四方は吹き抜けになっている。そのため外の様子はよく見えた。


「それにしても、他のプレイヤーの姿が見当たりませんね……。みんな、モンスターを探しにでも行ったんでしょうか?」


 カムイたちが陣取っているのは山陰の拠点の端っこだったが、目に付く範囲で休んでいるプレイヤーの姿はない。ここに居ないのなら、雨にも関わらずモンスターを倒しにでも行ったのかと思ったが、その可能性をアストールは笑って否定した。


「違いますよ。多分皆さんは〈騎士団〉のところへ行っているんです」


「〈騎士団〉のとこに?」


「ええ。あそこは自前の天幕やテントを持っていますから。雨が降ると、雨宿りさせてもらうんです。カードや遊戯盤なんかも置いてあるので、お互いに情報交換をしながら、そういうもので時間を潰すんです」


 へぇ、とカムイは少しだけ感心した。デリウスから頭ごなしの勧誘を受けたこともあって、彼は〈騎士団〉にあまりいい感情を持っていない。だから彼らがそのようにして福利厚生の一端を担っているのは意外だった。


「……ってことは、もしかして今まではトールさんとリムも?」


「ええ。雨をしのぐための簡易テントも安くはありませんから」


「なら、今日はまたどうして?」


「昨晩、デリウスさんのスカウトを断ったでしょう? 〈騎士団〉の方には顔を出しにくいんじゃないかと思いまして」


 気を利かせてくれた、というわけだ。そのことに気付いて、カムイと呉羽は申し訳なさそうな顔をした。


「すいません……。簡易テントまで買わせてしまって……」


 呉羽はそう言って恐縮したが、アストールはすまし顔である。そして安心させるようにこう言った。


「大したことではありませんよ。お二人が〈騎士団〉に入らなかったからこそ、私たちはパーティーが組めたのですから」


 必要経費のうちです、アストールはさっぱりとした口調で言った。そして小さく笑みを浮かべると、茶目っ気を混ぜてさらにこう続ける。


「それに、昨日は稼がせてもらいましたから。アレに比べれば大した出費ではありませんよ」


 そう言ってもらい、カムイと呉羽はようやく表情を緩めた。ただ、それでもやっぱり心苦しいので、二人はお茶とお菓子を用意することにした。またしても抹茶をチョイスしようとする呉羽を制し、無難にコーヒーを三人分購入し、リムにはミルクを用意した。


「わたし子供じゃありません」


 リムはそう言って不満げに頬を膨らませた。そしてアストールにねだってコーヒーの入ったマグカップを貸してもらい、その真っ黒な液体を警戒しつつ飲むが、その苦さに思いっきり顔をしかめている。どう言い繕ってもお子様の反応だった。


「カムイ……、苦い……、砂糖とクリープも買おう」


 そしてお子様がもう一人。なんだか泣きそうになっている呉羽の顔を見て、カムイは思わずため息を吐いてしまった。というか、抹茶は大丈夫なのにコーヒーはダメとは、彼女の味覚はどうなっているのであろう。


「飲みなれないんだ。仕方ないだろう」


 ちょっぴり拗ねながら、呉羽はそう抗弁する。ただ砂糖を次々に投入しているのを見る限り、ただ飲みなれていないことだけが原因ではないように思えた。


「トールさん、どうですか?」


「初めて飲みましたけど、香ばしくて美味しいですね。かおりもいい」


 一方、初めて飲んだというアストールはコーヒーを気に入った様子だった。砂糖やクリープも入れずにブラックで楽しんでいる。彼の世界では紅茶が主流だったという話だが、今日から宗旨替えしそうな感じである。


「あとお菓子は、と……」


 クッキーにしようかとも思ったが、ポイントにも余裕があるので少し奮発してクッキーシューを四つ購入した。サクサクの生地にクリームをたっぷりつけて頬張ったリムは、次の瞬間目を見開く。そして目を輝かせながらまた次の一口を頬張るのだった。


 クッキーシューを食べ終わると、カムイはストレージアイテムであるボディバックからトランプを取り出した。呉羽と二人きりだった頃、やはり雨が降って拠点に引き篭もっていたときに暇つぶしのために買ったものだ。他にも将棋や囲碁なんかも買ったのだが、四人で遊べるものと言うことで今回は出していない。


「これは……、見たことのないカードゲームですね……」


 トランプのカードを、アストールは興味深げに眺める。話を聞けば似たようなものはあったものの、トランプ自体は初めてであるという。リムもトランプは初めてだというので、まずは簡単に札の説明をしてから幾つかのゲームを楽しんだ。


 七並べではアストールが初プレイでいきなり8を止めるという意外な腹黒さを発揮し、大貧民ではカムイが革命を頻発させて情勢が安定せず、ババ抜きではリムが一人負けし、神経衰弱では呉羽がみるみる衰弱していった。


「お二人は旅をしている最中に、雨に降られたことはないんですか?」


 トランプのゲームが一段落した時、ふとカムイと呉羽にそう尋ねたのはリムだった。彼女はこのデスゲームが始まってからずっとこの拠点にいる。だから二人のように旅をしたことはない。


「何回か降られたな」


「その時はどうしたんですか? どこかで雨宿りをしたとか……?」


「近くに雨宿りできそうな場所があればしたけど、そうじゃないときは仕方がないからそのまま進んだんだ。雨に濡れながら」


 呉羽が苦笑しながらそう答える。それを聞いてリムは驚いた様子で目を大きく見開いた。


「大丈夫だったんですか?」


「一応フード付きのクロークを羽織っていたから、そう酷いことにはならなかったけど、まあ大変だったよ」


「ま、どれだけ濡れようが汚れようが、システムの【全身クリーニング】を使えば万事解決だからな。そこは安心していられた」


「よく言う。カムイは白夜叉をずっと使っていたから、濡れも汚れもほとんどしなかったじゃないか」


「気分の問題だよ」


「わたしは切実な問題だったんだっ!」


 呉羽はそう訴えるが、カムイは肩をすくめてさらりと流した。所詮、他人事である。


「【全身クリーニング】、いいですよねぇ……」


 どこかうっとりとした表情と声でそう言ったのはリムだ。そしてそのままの様子でさらにこう続ける。


「とってもさっぱりしますし、お洗濯の手間も省けますし……」


 その言葉にアストールも頷く。その様子に、しかしお風呂が大好きな呉羽はちょっぴり不満げだ。


「お風呂に入る方が気持ちいいのに……」


「そんな、贅沢すぎます!」


 どこか憤然とした様子でリムがそう言った。聞けば、彼女の世界ではたっぷりのお湯を張ったお風呂と言うのは、一部のお金持ちしか入ることのできない贅沢なシロモノなのだそうだ。一般人は水浴びをするか、ぬらした布で身体を拭くだけというのが普通で、そのためリムにはそもそも入浴するという考えそのものがないのだ。


「ト、トールさんはどう思いますか?」


「そうですねぇ。私の世界には公衆浴場がありましたが、沢山の人が利用するのでそんなに綺麗なお湯ではありませんでしたし、そういう意味では【全身クリーニング】の方がいいかもしれませんね」


 アストールにまでそう言われ、呉羽はがっくりとうな垂れた。彼女の嗜好を理解しくれる人は居ないらしい。そして次の瞬間ガバッと起き上がり、爛々と輝く目をリムに向ける。その様子はまるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。


「よし、リムちゃん。それじゃあ今度一緒にお風呂に入ろう! 大丈夫、ポイントなら私が払うから!」


 どうやら布教による洗脳を目指すことにしたらしい。リムは身の危険を感じたのか断っているが、押し切られるのは時間の問題に思えた。そんな二人の様子を見ながら、アストールがポツリとこう呟く。


「まあ、アイテムショップで購入する場合は別としても、この世界でもきっとお風呂は贅沢品でしょうね。なにせ、肝心の水がこの有様ですから」


 苦笑気味にそう言って、アストールはテントの外に目を向ける。外ではまだ黒い雨が降っていた。確かにこの水を溜めて沸かし、そこに浸かりたいとは思わない。【全身クリーニング】で十分に用が足りるのだから、なおさらだ。


「そういえば、この世界には川や湖ってあるんですかね。干上がった川の跡なら見たことがあるんですが」


 雨が降っているのだから、水の循環作用はまだ生きているはずだ。しかしカムイはこれまで、川や湖など、まとまった量の水を見たことがなかった。


「ええ、ありますよ。湧き水を源泉にする川が、この近くに流れています。そうですね……、この世界の再生を目指すのですから、一度見ておいた方がいいかもしれません」


 アストールはそう言って、「雨が止んだら案内する」と言った。詳しい様子を話さなかったのは、自分の目で見た方がいいと思ったからだろう。


 ちょうどいいことにそれから少しして雨が止んだ。それで四人は少し早めの昼食を食べてから、アストールの案内で湧き水の様子を見に行くことにした。またすぐに雨が降り出すかもしれないが、その時はそのときである。【全身クリーニング】があるのだから、あまり深刻に考える必要もないだろう。


 水の湧き出している地点は、拠点をまもる山の裾にあるという。ただ、拠点からそこへ行くためには、尾根を一つ越えなければならない。つまり、そう深くはないものの、谷の奥に湧き水があって、それを源泉として川が流れているということだ。もしかしたらこの谷自体も川の浸食作用によってできたのかもしれない。


「ここです」


 さすがにプレイヤーの身体能力は桁違いだ。歩くこと一時間と少し。四人は滾々(こんこん)と大量の水が湧き出る源泉へとたどり着いた。


「これは……」


「むぅ……」


 その光景にカムイと呉羽は言葉を失う。湧き水と言えば普通、きれいなものだ。無色透明で冷たく、そのまま飲んでも美味しい。それが、湧き水に対するカムイと呉羽のイメージだった。


 しかし二人が案内された源泉は違う。大量の水が湧き出しているが、その全てが真っ黒に濁っている。一目見て瘴気に汚染されていると分かった。少なくとも、この水を飲んでみたいとは思わない。


「思った以上に、深刻ですね……」


「ええ。世界の再生。思った以上に難題です」


 カムイが黒い湧き水を睨みつけながら呟いた言葉に、アストールは深く頷きながらそう応じた。


「どういうことですか?」


 リムが首をかしげながらそう尋ねる。そんな彼女に、アストールは穏やかな言葉でこう説明した。


「瘴気に汚染されたこの水では、植物は育たないでしょう。そして植物が育たなければ、それを食べる動物も育たない。つまり水を何とかしないことには、この世界を再生することはできません」


「じゃあこのお水を浄化すればいいんですか?」


「無意味ではないのでしょうが、効果的でもないでしょうね」


 苦笑を浮かべながら、アストールはそう答えた。彼は「無意味ではない」といったが、それはリムに気を使ったのであって、実際のところ無意味と言い切っていいだろう。その理由を彼はこう説明する。


「湧き水が汚染されている。それはつまり、水源そのものが汚染されていることを示しています。水源を含めて浄化しなければ、効果は見込めないでしょうね」


 リムのユニークスキルを使えば、水の浄化は可能だろう。しかし浄化された綺麗な水は、すぐに汚染された水に混じって台無しになってしまう。ポイントは稼げるかもしれないが、しかし言ってしまえばそれだけだ。水の浄化という点では、何の効果もないと言わざるを得ない。


 しかしだからと言って、水源を浄化するというのも非現実的な話だ。この湧き水の水源となっているのは、おそらくこの山そのもの。つまりこの山全体を浄化しないことには、水を浄化することはできない。そしてそれは、この四人の能力がどれだけかみ合っていたとしても、不可能であると容易に想像された。


 なにしろすぐ近くに魔泉があって、そこから常に大量の瘴気が噴出しているのだ。この山は常に汚染され続けているといっていい。この山を浄化するためには、まずは魔泉をなんとかしなければならないのだ。


「まあ、なにもこの場所に固執する必要もないのでしょうが……」


 そう言ってアストールは言葉を濁した。確かに魔泉から遠く離れた水源もあるだろう。しかしそのような場所であっても、浄化は難しいと言える。そこも瘴気に沈んでいるだろうし、なによりも瘴気に汚染された黒い雨が降ればまた元の木阿弥である。


 そしてなにより、「この場所に固執する必要がない」ということは、逆に言えば「同じような場所が世界中に幾つもある」ということである。加えて、仮に浄化に成功したとしても、放っておけばまた汚染されてしまうことは想像に難くない。そうなると、水源の浄化に意味があるのかとさえ思えてくる。


「まずは瘴気の増加を、つまり魔泉をなんとかしなければなりません。魔泉をどうにかしないことには、世界の再生はおぼつかない。そういう意味では、デリウスさんは正しいんですけどね……」


 そう言って、アストールはまた苦笑した。しかしながら、魔泉は恐らく最難関の障害である。どうやってこの問題を解決すればいいのか、今は手がかりすらない状態だ。どこからどう攻略していけばいいのか、皆目見当がつかない。


(いや、それだけじゃない……)


 海がある。全ての魔泉をどうにかして、瘴気の増加を食い止めたとしても、まだ海がある。恐らくは瘴気に汚染されているであろう海が。海の浄化なんて、一体どうしろと言うのだ。


「……トールさん、本当に世界の再生なんてできるんでしょうか?」


 カムイは思わずそんな弱音を口にした。そして誰も、安直に「できるさ!」とは言わない。いや、言えない。


 話のスケールが大きすぎるのだ。規模が大きすぎて、どんな能力を持っていて何をしようが、すべては無意味に思えてしまう。その無力感を味わうと、デリウスの行動や焦りも理解できるような気がした。もちろん、納得はできないけれど。


「幸い、プレイヤーにはアイテムショップが与えられています。コレのおかげで、少なくとも日々の生活については何とか目途が立っています。気長にやっていくしかないのでしょうね……」


 こんな事しか言えなくてすみません、とアストールは謝った。だが彼が謝る必要などまったくない。そもそも彼の責任ではないのだから。


(このゲームの難易度を見誤っていたってことか……)


 長くても一年か二年もあれば、このゲームをクリアすることができるだろうと思っていた。しかしこの現状を見れば、それがどれだけ甘い見通しであるか分かる。最低でも十年。それくらいは掛かるものと覚悟しておいた方がいい。カムイはそう思った。


「さあ、そろそろ戻りましょう」


 アストールがそういうと、三人は無言のまま頷いた。そして拠点の近くまで戻り、日暮れまでまだ時間があったでので、昨日と同じく四人で力を合わせて瘴気を浄化することにした。


 呉羽が瘴気を集め、その瘴気をリムが浄化してマナを生み出す。そのマナをカムイが吸収してエネルギーを補充し、そのエネルギーはアストールを介してリムと呉羽に受け渡される。


【瘴気を浄化した!(1/4) 495,680Pt】


 ログを確認すると、またしても大量のポイントを獲得していた。しかし四人に昨日のような興奮はない。50万Ptとはいえ全体から見れば瑣末であり、その成果も無視しえる無意味なものなのだ。あの湧き水を見てきたせいか、そんな消極的な考えが頭にこびりついて離れなかった。


(焦るな……)


 カムイは自分にそう言い聞かせる。アストールにも言われたばかりではないか。「気長にやるしかない」と。ましてコレはデスゲーム。焦って軽率に動けば、すぐに命を落すだろう。死んでしまっては、それこそ全てが無駄になる。


(今はレベル上げ、だな……)


 カムイだけではない。全てのプレイヤーにとって、今は力を蓄えるべきときのように思えた。


(そういえば……)


 カムイはふと、初期設定でヘルプさんから教えてもらった、プレイヤーの総数を思い出した。その数、実に542万人以上。ユニークスキルを持ったプレイヤーが、これだけ沢山いるのだ。力を合わせれば、どれほどのことができるだろう。それを考えると、彼は少しだけ気が楽になったような気がした。


 さてそれから毎日、四人は力を合わせて瘴気を浄化し、大量のポイントを獲得した。ただそれだけをしていたわけではない。パーティーとしての戦力を充実させる必要があった。


「戦力面での要は、言うまでもなくカムイ君とクレハさんです」


 アストールのその言葉に、二人は神妙な面持ちで頷く。戦闘能力向上と維持のため、二人は毎朝の稽古を再開した。ちなみにお時給5,000Ptルールも健在である。呉羽は別にいいと言っていたのだが、これはカムイなりのけじめだった。ようするにこのルールを撤廃するのは、最低でも彼女に一度は勝ってからにしたいのだ。男の子のプライドは面倒なものである。


 稽古だけでなく実戦も行ったのだが、こちらはポイント以外はほとんど意味が無かったと言わざるを得ない。そもそもカムイと呉羽だけでも戦力的には十分なのだ。そこへアストールが加わり、バインド系の支援魔法で敵を拘束してしまうと、あとはもう倒すだけである。戦闘というよりはまるで作業だった。


 そんな緊張感の欠片も無い実戦であったが、しかし意外にも問題点が見えてきた。リムである。彼女だけ何もすることがないのだ。それも役割ではなく、能力がない。こと戦闘に限れば、彼女はなにも出来ないお子様だった。


「リムは、なにか武器を持った方がいいんじゃないのか?」


 そう提案したのはカムイだ。その提案に、アストールと呉羽も頷く。手っ取り早く攻撃力を上げるために武器を持つのは順当な正攻法である。それに、なにも戦えるようになる必要はない。身を守れればそれだけで上々だった。


 また、アストールがいる以上、リムが相手にするモンスターは完全に拘束されていると考えていい。今までやっていたように浄化するより素早く倒せるのなら、武器を持つ意味は十分に有るだろう。


「どんな武器がいいかな……。リムちゃんは今まで武器を持ったことはある?」


「包丁以外の刃物も持ったことありません……」


 呉羽の問い掛けに、リムは力なく首を横に振りながらそう答えた。そんな彼女にカムイは「お、オレも同じ」と言って笑いかける。どうやら初期装備のショートソードのことは忘却の彼方らしい。


 もう少し詳しく話を聞くと、リムはこの世界に来るまで本当に普通の女の子として生活しており、なにかしらの武術も習ったことはないと言う。それを聞くと、アストールは思案気な顔をしながら「それだと刃物はやめておいた方がいいかもしれないですね」と言った。


「それだと鈍器か……。八角棒とかどうだろう?」


「ヌンチャクとか、トンファーとか……。金棒もアリだな」


「釘バットでどうだ!?」


「リムさんは後衛ですから、ここは定石通りロッドにしておきましょう」


 明後日の方向に加速していく呉羽とカムイの武器選びを、アストールが鶴の一声で軌道修正した。浄化能力の補助のために、ロッドの購入はもともと考えていたことなのだという。ポイントに余裕が無くて今までは手が出せなかったが、今なら十分に買える。早速、アイテムショップでロッド選びが始まった。


「わあ……。いっぱいありますね……」


 検索して出てきた商品の一覧を見て、リムはちょっと気後れしたような声をだした。候補の数は一万点以上。この中からぴったりな商品を探すのは確かに大変そうだ。


「こんなときは絞込み機能を使う」


 そう言ってカムイは横から手を出し、価格の上限を30万Ptに設定して絞込みを行った。ちなみにメニュー画面は基本的に本人以外操作できないが、許可があれば今回のように他人でも操作可能だ。


「なるほど……。こんなふうにして使うんですね……」


 その様子を、アストールが興味深げに見ている。もしかしたら、検索や絞込みの方法を今まで良く分かっていなかったのかもしれない。


 まあ、それはともかくとして。絞込みを行った結果、候補の数は約二千点にまで減った。しかしこれでもまた多すぎる。


「トールさん、素材は何がいいですかね?」


「そうですね……。魔法の補助能力を優先するのなら、ミスリルは優秀な素材と言われていますね」


「了解、ミスリルですね……」


 カムイはすぐに素材の【ミスリル】にチェックを付けてもう一度絞込みを行う。するとその結果、候補の数はおよそ百点にまで絞り込まれた。絞り込まれた商品を、四人は順番に見ていく。


「コレなんてどうでしょう?」


 そう言ってアストールが選んだのは、三本の細いミスリルが三編み状に寄り合わされて一本になっている、シンプルなデザインのロッドだった。先端には八面体の透明な結晶が付いていて、三本のミスリルがその結晶を包み込んでいる。ちなみにお値段は27万Pt。


 その後も幾つかの商品を見てみたのだが、結局リムはアストールの薦めるロッドに決めた。実際に購入してみると、ほぼ完全に金属製なだけあって結構重い。しかしリムは問題なさそうに持っていた。さすがにプレイヤーの身体能力は高い。


 その後、リムは実際にロッドを使って浄化能力の具合を確かめてみる。結果は上々。「いつもよりずっとユニークスキルが使いやすいです!」と彼女は喜んでいた。これだけでもロッドを購入した意味はあっただろう。


 そしていよいよ本題。攻撃力についてである。襲い掛かってきたモンスターをカムイと呉羽が一体だけ残し、その一体もアストールが厳重に拘束してお膳立てを整える。準備が整ったところへ、リムが緊張した面持ちで一歩前に出た。


「リムさん。もしできるようでしたら、ロッドに浄化の力を込めてみてください。きっと良く効くはずです」


「はい、やってみます……!」


 アストールに言われたとおり、リムはロッドに浄化の力を込めた。すると、先端にある透明な結晶がほのかに光を放つ。その状態で彼女はロッドを振りかぶり、「ええい!」と掛け声をかけてモンスターに叩き付けた。


「ギギィ!」


 結果はなんと一撃。一撃で倒してしまった。その結果に本人も「え……?」と声を漏らし、ポカンとした顔をして驚いている。


「凄いじゃないか、リムちゃん!」


 呉羽が自分のことのように喜んでリムに抱きついて振り回す。リムが目を白黒させているが、呉羽はお構いなしだ。


「まさかこんなに上手くいくとは……。嬉しい誤算ですね」


 そう言って、アストールが何度も頷く。あくまで「倒した」のであって「浄化した」わけではないのだが、対モンスターを意識した攻撃力という意味では申し分ないと言える。せっかくだから、これから戦闘技能を覚えてみるのもいいかもしれない。


 将来的にはメイスを装備したいわゆる殴り司祭か、それとも釘バットを振り回すスケバンか。カムイのおすすめは断然後者だ。主にネタ的な意味で。その暁には謹んでセーラー服を進呈する所存である。


 さて、カムイら四人がパーティーを結成してから一週間がたった。彼らは毎日浄化を繰り返し、そのおかげで四人ともすでに1000万Ptを超えるポイントを溜め込んでいる。無駄遣いしていないからどんどん溜まっていくわけであるが、呉羽だけはなかなかお風呂に入れず不満げだった。


 この山陰の拠点は開けた場所なので、お風呂に入るための隠れるスペースがないのだ。目隠しにテントを買ってもいいのだが、いかにも「お風呂に入っています」といわんばかりで、それはそれで恥ずかしいのだそうだ。


「ぐぎぎ……。どうせ簡易結界で守られているんだから、人目に付かない場所でリムちゃんと入ってこようかな……?」


「え。わ、わたしもですか!?」


 休憩中、禁断症状でも出ているのか呉羽はそんなことを口走る。彼女の目はけっこう本気(マジ)だ。そしてそんな状態でも、いやそんな状態だからか。布教と洗脳の志は忘れていないらしい。


「ほどほどにしとけよ」


 呉羽に呆れた目を向けてそう言うと、カムイは次にアストールのほうに身体を向けた。その顔はさっきまでと違って真剣そのものである。


「トールさん、ちょっと相談が……」


「何でしょうか?」


「そろそろ、この拠点を離れませんか?」


 カムイがそう言うと、アストールは驚いた様子もなく、ただ静かに一つ頷いた。ただし、それは同意の首肯ではない。彼は無言のままカムイに続きを促した。


「これ以上、この拠点にいてもすることは無いように思います。だったら、もうここから移動してもいいじゃないでしょうか?」


 瘴気が噴出す〈魔泉〉も見た。アストールとリムという、新たなパーティーメンバーも加わった。ここでこなすべき“イベント”は、もう全て終わったように思う。このゲームを進めるためにも、移動する頃合だろう。


 移動手段については、すでに目途が立っている。ここに来たときはカムイと呉羽の二人だけだったが、今はアストールとリムもいる。移動それ自体は、二人きりのときよりもかなり楽だろう。


「なるほど……。正論だと私も思います。それで、次はどこへ行くつもりなんですか?」


「それはまあ、これから四人で相談して決めようかと」


 カムイがそう言うと、アストールは「なるほど」と言ってもう一度頷いた。そしてこう言葉を続けた。


「次に向かう候補地には、私にも一つ二つ考えがあります」


「本当ですか!?」


「ですが、他の方たちはどうしますか?」


 カムイと呉羽がいなくなれば、この山陰の拠点にいるプレイヤーたちは移動手段を失い、またここに閉じ込められることになる。今までと変わらないといえばそうだが、移動“しない”のと“できない”のとでは、ずいぶん意味合いが異なる。


「それは……、自己責任じゃないんですか?」


 カムイは少し困惑しながらそう答えた。確かに彼らをいわば見捨てていくことに、思うところがないわけではない。だがそもそも彼らは、同じギルドやパーティーのメンバーですらない、赤の他人である。妙な期待をされても困るし、「自分のことは自分でどうにかしてくれ」というのがカムイの正直なところだった。


「その通りなんですけどね……。まあこのことは後でまた、四人で話し合いましょう」


 アストールのその言葉にカムイも頷いて同意した。別に急いでいるわけではない。どこへ行くかも含め、ゆっくり考えればいいだろう。


 しかし事態はカムイが思っていたよりも早く、そして考えてもいなかった方向へと進んでいく。その日の晩、デリウスがまた訪ねてきたのである。


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