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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中
119/127

〈魔泉〉攻略中11


 時間は少しだけ遡る。〈廃都の拠点〉でアーキッドたちがアラベスクと魔昌石の買取りについて交渉していた時、カムイと呉羽とカレンの三人はキファの工房を訪ねていた。以前にカムイが依頼した二つのアクセサリーについて、改めて礼を言うためである。工房を訪ねると、キファは笑顔を浮かべて三人を迎えた。


「アクセサリー、ありがとうございました。二人も気に入ってくれたみたいです」


「貰うものは貰っているし、わざわざ礼なんていいのに」


 カムイが礼を言うと、キファは照れくさそうに苦笑しながらそう言った。そしてカレンの胸元で輝く〈クレセントブローチ〉と、呉羽の首元を彩る〈クラフトコイン(C・C)ペンダント〉を見て、満足げに一つ頷く。似合うだろうとは思っていたが、思ったとおりやはり似合う。自分の見立てが確かだったことが確認でき、彼女はご満悦だった。


「ところでカムイ君。君は、説明書は読んだかい?」


 キファがそう問い掛けた瞬間、カレンと呉羽の目の色が変わった。「余計なことを聞くな!」とビシバシ釘を刺してくる彼女達の視線を軽く受け流しながら、キファは「どうなんだい?」と顔色一つ変えずに重ねて尋ねる。


「あ、いや、そういえば読んでないです。でも二人から教えてもらったので、能力は把握していますよ」


「そうかい、ならいいんだ」


 キファはそう応じると、さっさとこの話を打ち切った。もうちょっとからかってやろうと思っていたのだが、視線に殺気が混じり始めたので、身の危険を感じて止めたのだ。ここで火に油を注ぐほど、彼女は命を捨ててはいなかった。


「ところで、キファさんは最近どうなんですか?」


 蒸し返されてはたまらない、と思ったのだろう。カレンはさっさと話題を変えた。そして殺気に冷や汗を流していたキファもそれにこう応じる。


「まあボチボチやっているよ。そういえば、最近こんなモノを作ってみたんだ」


 そう言ってキファは一度立ち上がり、作業台のほうから何かを持ってきた。そして自慢げに「コレだよ」と言ってそれを見せる。彼女が最近作ったという作品は、〈クリスタライザー〉によく似た、つまり振り子(ペンデュラム)型のマジックアイテムだった。


 ただ〈クリスタライザー〉よりも長さがあり、全長は1m程度。先端には同じく、カッティングしたマナの結晶体が取り付けられている。ちなみにもう片方の先端は輪っかになっていて、キファはそこに指を引っ掛けるようにしてペンデュラムを持っていた。


「まだプレイヤーショップには出品していないから名前はないんだけどね。そうだな……、〈浄化のペンデュラム〉とでも名付けようか」


「浄化、ってことは……!」


 カムイはわずかに腰を浮かせた。そんな彼に、キファはにやりと笑って頷いてみせる。そして得意げにこう言った。


「お察しの通り、このペンデュラムはリムちゃんと同じ【浄化】の能力を持っている」


 より正確に言えば、【浄化】の能力を【ギフト】で再現したのだ。「もしかしたら」とは思っていたが、本当にキファはそれを作り上げたのである。そしてペンデュラムを目の前に掲げながら、彼女は感慨深げにこう語った。


「いや~、苦労したよ。最初のころは、どんな素材を試しても上手くいかなくてねぇ。廃都で見つけた大粒のサファイアが砕け散ったときには、もうどうしようかと思ったよ。というか泣いたね。ヤケ酒を飲んだよ」


 やはりというか、ユニークスキルを再現するのは相当困難だったようだ。大粒のサファイアともなれば、素材としても最上級で宝石大好きなキファのテンションもうなぎ上りだったはずだが、しかしそれでも失敗した。彼女が不貞腐れてお酒に逃げたとしても、それは仕方のないことだったのだ。


「もう半分諦めていたんだけどね。マナの結晶体を手に入れて、ようやく一応の完成を見たと言うことさ」


 マナの結晶体は、【浄化】と【ギフト】という二つのユニークスキルを駆使して生み出された素材だ。ロロイヤも〈探求の宝玉〉を作る際にはコレを使っていた。少なくともマジックアイテムの素材として、極めて優れた性質を持っていることは疑いない。この素材を使うことで、〈浄化のペンデュラム〉はようやく完成したのである。


 ただし、キファ曰く「一応」。その理由を彼女自身がこう説明した。


「確かにこのペンデュラムは【浄化】の能力を持っている。それはポイント獲得のログで確認した。『瘴気を浄化した!』ってことでポイントが付いていたよ。ただね、使いすぎると壊れるんだ」


 そう言ってキファは肩をすくめた。〈浄化のペンデュラム〉は恒久的に使えるマジックアイテムではないのだ。もちろん、全ての道具はいずれ壊れる。ただそういう理屈とは別次元で、〈浄化のペンデュラム〉には使用制限があった。要するに、使い捨てのアイテムだったのだ。


「おおよそ50万Pt分。幾つか作ってみたが、どうやらそのへんが使用限界らしい。これが多いのか少ないのかは、今のところ良く分からんね」


「限界を超えると、どうなるんですか?」


「結晶が砕けて、そのまま元のマナに戻ってしまうんだ。チェーンは無事だから、一から作り直す必要はないんだけどね」


 カレンの質問にキファはそう答えた。カムイはそれを聞いて、〈クリスタライザー〉を作ったときにも同じようなことがあったのを思い出す。それだけ大きな負荷が掛かっている、ということなのだろう。


 それでも【浄化】の能力を再現することには成功しているのだ。それにマナの結晶体と【浄化】の能力は深い係わり合いがあるから、相性はいいはず。もう少し試行錯誤をしてみるつもりだよ、とキファは言った。


「そんなわけでまたマナ結晶をお願いすると思うが、よろしく頼むよ?」


「まあ、それはいいんですけど、試行錯誤って具体的にはどんなことを考えているんですか?」


「そうだね……。より細工を緻密にするとか、使う結晶を大きくするとか、いろいろ考えてはいるよ。ただペンデュラムに取り付けるとなると、結晶をそう大きくするわけにはいかないし、そうなると施せる細工の幅も限られてくるからねぇ……」


「ならペンデュラムじゃなくて、杖とかにすれば良いんじゃないんですか?」


 苦笑を見せるキファにそう提案したのは呉羽だった。杖ならその先端に比較的大きな結晶体を取り付けることも可能だろう。〈浄化のペンデュラム〉を作れたのだから、〈浄化の杖〉を作れないことはないはずだ。


 しかし「杖」と言われて、キファはあからさまに視線を逸らした。そんな彼女をしばらくの間「ジトォ~」と注視してやると、やがて観念したようにこう自白する。


「……杖にすると、柄の部分は木製だろ? 木工は苦手なんだ」


「そんな、大した加工じゃないと思いますが……」


「それにほら、私は細工師だし。武器職人じゃないし」


 どうあっても乗り気ではないらしい。彼女なりにこだわりがあるのだろう。カムイにはさっぱり理解できないが。いずれにしても彼女が〈浄化の杖〉を作ることはなさそうだ。宝玉の加工はやってくれるだろうから、どうしても〈浄化の杖〉が欲しいなら武器職人か木工職人を探した方が良さそうである。


 もっとも、重要なのは【浄化】の能力そのもの。なにも杖にこだわる必要はない。それでカムイたちはそのほかにも色々とアイディアを出した。彼らは無責任な立場で好き勝手に話していただけなのだが、キファは興味深そうに聞いていたしメモも取っていた。そのうちなにやら覚えのあるマジックアイテムが、プレイヤーショップに並ぶことになるかも知れない。


 その後、アーキッドからメッセージが来たのを頃合にして、カムイたちはキファの工房を辞した。時刻はちょうどお昼頃。キファもこれから昼食にすると言っていた。カムイたちのお腹も空腹を訴えている。「お昼は何を食べようか」なんて話しながら、三人は集合場所へ向かって歩いた。



 ― ‡ ―



 アーキッドが【掲示板】に魔昌石の買取りキャンペーンを告知した後、カムイたちは少し遅めの昼食を食べた。昼食後、プレイヤーショップのページを開いてみるが、まだ魔昌石の出品はない。カムイが残念そうな顔をしていると、アーキッドが小さく笑いながらこう言った。


「最低でも60個以上だからな。集めるのにもそれなりに時間がかかる。ま、明日の朝ごろには一件か二件くらいは出てるだろ」


「しかし、そう上手くいくかな……」


 楽観的なアーキッドに対し、デリウスは少々悲観的な言葉を口にした。魔昌石60個といえば、なかなかの稼ぎである。それを、本当に買取ってくれるかも分からないのに、果してプレイヤーショップに出品してくれるだろうか。彼が心配しているのは、つまりそういうことだった。


「買取りキャンペーンはあくまで“ついで”って感じだし、出品がないならないで構わないけどな。でもまあ、そうだな……。警戒心を解くために先例を作ってやるか」


 アーキッドはそう言って、悪戯でも思いついたかのようにニヤリと笑みを浮かべた。つまりアーキッドたちで魔昌石を出品し、それを自分たちで買取り、売買の記録を残そうというのだ。その先例があれば、他のプレイヤーも本当に買取ってくれるのかどうか、心配しなく済むだろう。


「ええ~、なにそれズッコい」


「マッチポンプなのは認めるがな。何も騙そうって言うんじゃないんだ。これくらいはいいだろ」


 ルペが非難の声を上げるが、アーキッドはニヤニヤと笑いながらそう応え、まるで憚るところがない。ただその自作自演をするためには、どうしても必要なものがある。それをフレクがこう指摘した。


「だが、肝心の魔昌石(ブツ)がないぞ。これから集めるのか?」


「ああ。どの道、明日の買取り用に資金を稼がにゃならん。そんときに普通の魔昌石も一緒に集めればいいさ」


 アーキッドは気楽な調子でそう答えた。幸いというか、極大型の乱獲を行う小高い丘の上は、〈魔泉〉の近くだけあって瘴気濃度が高い。比例してモンスターの出現率も高く、半日もあれば60個程度は集まるだろう。


 一方で、集まらなかったのならそれはそれでいい。出品しないだけのことだ。先ほどアーキッドが言ったように、買取りキャンペーンはあくまでもついで。極端な話成果がゼロでも、〈海辺の拠点〉と〈廃都の拠点〉から滞りなく買取りが行えれば、それで事は足りるのだ。


「いきます……。囲い、括り、閉じ込めろ、【ラプラスの棺】!」


 さて、いよいよ乱獲が始まった。ロロイヤとアストールはまだ【悠久なる狭間の庵】から戻って来ていないので、乱獲は二人抜きで行われた。戦力的には問題ないが、魔力の回復には少し不安が残る。


【ラプラスの棺】の魔力チャージはミラルダに任せることにし、カムイは〈魔法符:トランスファー〉を使ってメンバーの回復に回ることにした。〈魔法符:魔力回復用〉も全員がそれなりの枚数を持っているが、こちらはなるべく温存する方針である。


「カレン。魔昌石は全部回収する方向で頼むぜ」


〈瞬転〉で飛び回るカレンに、アーキッドは改めてそう声を掛けた。〈クレセントブローチ〉の能力もあって、乱獲中の通常モンスターの撃破数は彼女が一番多い。仮に彼女が魔昌石を回収し忘れてポイントに変換してしまっていたら、「最低60個以上」という目標は達成できないだろう。


「分かってますよ。カムイじゃないんですから。ちゃんと設定を変えておきました」


 カレンはそう笑って応えた。わざわざカムイを引き合いに出したのはジョークのつもりなのだろう。彼の「巨大魔昌石誤変換事件」はまだまだネタにされそうだ。まあ彼女に言われるくらいなら、カムイも悪い気はしないだろう。


 そうこうしているうちに、カレンの表情が鋭くなる。そして次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。〈瞬転〉である。〈クレセントブローチ〉の索敵範囲にモンスターが出現したのだ。そのモンスターをしとめ魔昌石を回収すると、カレンはまたすぐに〈瞬転〉を使って移動し、次々とモンスターを狩っていく。


「おぉ~い、遠くへ行き過ぎるなよ!」


 すぐ近くに出現したモンスターを始末してから、アーキッドは飛び回るカレンにそう声を掛けた。彼女は大きく手を振ってそれに応えた。そしてまたすぐに、次のモンスターを切り捨てる。


 そうやってカレンが飛び回る動きはいつもより激しく、そして範囲もまたいつもよりずっと広い。張り切ってるな、とアーキッドは思った。そして同時に確信する。これなら十分な数の魔昌石が集まるだろう、と。そして実際、その通りになった。


「全部で137個か。ずいぶん集めたな」


 乱獲が終わり、その戦果を計算し終えたあとで、回収してきた通常サイズの魔昌石がテーブルの上に積み上げられた。その数、全部で137個。この内、およそ三分の二はカレンが一人で集めたものである。飛び回っていた彼女は流石に疲れた様子だが、それでもその顔には達成感が浮かんでいた。


「あれだけ動き回って魔力切れを起こしませんでしたか。練達してきましたね」


 イスメルはそう言って弟子を褒めた。少し論点がずれているような気もしたが、カレンも師匠に褒められて嬉しいのか、照れたように小さく笑みを浮かべている。カムイや呉羽も、まるで自分のことのように嬉しかった。


「魔昌石の出品は……、まだないな」


 アーキッドは無精髭の生えた顎を撫でながらそう呟いた。プレイヤーショップを確認してみたのだが、魔昌石はまだ出品されていない。これはいよいよ本当に、先例を作ってやる必要がありそうだ。


「そんじゃ、さっそく出品するか」


 そう言ってアーキッドは魔昌石を120個取り分ける。ただし、出品するのは彼ではない。プレイヤーショップでは出品者の名前が公開される。彼の名前で出品しては、多くのプレイヤーから自作自演を疑われるだろう。


 いや、自作自演はその通りなのだが、それがバレてしまっては買取りキャンペーンが上手くいかない。それで出品するのはルペということになった。マッチポンプの片棒を担がされることになって彼女は少々不満げだったが、断固拒否するほど潔癖というわけでもないらしい。肩をすくめて出品の手続きを行った。


「お~」


 出品の手続きが完了すると、テーブルの上においてあった120個の魔昌石が、シャボン玉のエフェクトと一緒に消えた。そしてプレイヤーショップに新たな商品が追加される。当然、今さっきルペが出品したばかりの魔昌石(120個)だ。お値段はもちろん10万Ptである。


「んで、コイツをオレが買取る、と」


 そう呟きながら、アーキッドは躊躇うことなく出品された魔昌石(120個)を買取った。購入された魔昌石が、先ほどと同じくシャボン玉のエフェクトと一緒に現れる。場所も同じで、120個の魔昌石はテーブルの上に山済みされた。


「よし、これでオッケーだな」


 ルペから購入費用の10万Ptを回収すると、アーキッドはそう言って満足げに頷いた。手持ちも魔昌石もポイントも、プラスマイナスゼロだ。しかしながらプレイヤーショップには出品と購入の履歴がしっかりと残っている。


 こうして立派な先例が出来上がったわけだ。明日の朝になれば、たぶん一件くらいは出品されているだろう。テーブルの上の魔昌石を【魔昌石専用ストレージボックス】に片付けながら、カムイはそう思った。


 そして、翌日。朝、カムイがリビングへ下りていくと、そこにはすでにアーキッドの姿があった。彼はメニュー画面を開き、なにやら操作を行っている。彼の足元には【魔昌石専用ストレージボックス】が、蓋を開けた状態で置かれている。それを見てカムイは「もしかして」と思い、彼にこう声をかけた。


「おはようございます、アードさん。もしかして魔昌石の出品があったんですか?」


「よう、少年。おはようさん。ああ、全部で七件だ」


 アーキッドがニヤリと笑いながらそう答える。それはすごい、とカムイは思った。詳細を聞くと、六件が120個10万Ptで、一件が60個5万Pt。すべて買取りキャンペーンの条件に合致している。アーキッドはこの全てを購入した。


「やっぱり、先例を作ったのが良かったんだろうな」


 メニュー画面を消すと、アーキッドは満足げにそう言って頷いた。先例の効果は、警戒心を下げることだけではない。言ってみれば、魔昌石が少々高めに売れる事を周知することが目的だった。


 買取りキャンペーンの告知はすでに行っている。しかし【掲示板】の機能がまだ使えず、そのためキャンペーンについて知らないプレイヤーは多いはずだ。だがプレイヤーショップにこうして履歴を残せばどうだろう。それを見て興味を持ち、真似をして魔昌石を出品してくれるプレイヤーもいるかもしれない。彼はそういう効果も狙っていた。


 当然ながら、今回の七件だけでは満足できるような量は集まっていない。なにしろ800個にも満たないのだ。ポイント換算するなら、だいたい50万Pt弱である。有っても無くても同じ、と言っても過言ではない。


「ええ~、じゃあやっぱりあの自作自演はムダだったの?」


「まあまあ、ルペよ。それはもう少し長い目で見なければ分かるまいよ」


 ミラルダは少し不満げな顔をするルペを宥めるようにしてそう答えた。アーキッドも「そうだぜ」と言って頷いている。買い取りキャンペーンはまだまだ続くのだ。それでこの七件が呼び水となり、さらに多くの出品が現れることを彼は期待していた。


 もっとも期待したからと言って、顔も知らないプレイヤーがそれを考慮してくれるはずもない。実際のところ、キャンペーンがどうなるかはまだまだ未知数だ。テコ入れの方策を考えておく必要があるかな、とアーキッドは思った。


 さて、朝食を食べ終えると、カムイたちはそれぞれ身支度を整えて【HOME(ホーム)】の外に出た。極大型のモンスターを乱獲し、ポイントを稼ぐためである。今日から本格的に魔昌石の買取りが始まるのだ。これまでにもかなりの額を稼いでいるし、まさか足りなくなる事はないと思うが、しっかりと稼いでおく必要があるだろう。


 ちなみにロロイヤは今回も不参加だ。〈魔泉〉のデータの解析が忙しいらしい。進捗がどうなっているのかは説明されても分からないが、「また近々調査を頼む」と朝食のときに言っていたので、それなりに進んではいるはずだ。


 アストールは悩んだ末に乱獲に加わることになった。彼としては〈魔泉〉のデータのほうにも興味があるのだが、しかし彼が抜けると乱獲の効率に関わる。データのほうはあとで資料を見せてもらうことにしたらしい。


「暇を見て、〈魔法符:魔力回復用〉も何百枚か作っておいてくれ」


 アーキッドはアストールにそう頼んだ。ディーチェに渡す分を前もって揃えておくつもりなのだ。それにしても作りすぎのような気がするが、余ったらプレイヤーショップに出品すればいい。相変わらず需要過多なので、すぐに売り切れるだろう。


 午前と午後、合わせて二十体の極大型モンスターを倒すと、カムイたちは乱獲を終えた。時間的にはまだ少し余裕があったのだが、アラベスクやロナンからのメッセージを待つためである。


 その間に、乱獲の合間に倒した普通のモンスターの魔昌石を、【魔昌石専用ストレージボックス】に放り込んで片付ける。さらにプレイヤーショップを確認すると、また何件か魔昌石が出品されていたのでそれも買い込む。そんなことをやりつつ、乱獲を終えてから一時間ほど彼らがゆっくりとしていると、アーキッドのところにアラベスクからメッセージが入った。


「『本日の狩りは終わった』、か。そんじゃ、買取りにいきますかね」


 メッセージを確認すると、アーキッドはニヤリと笑ってから立ち上がった。そして外へ出てから【HOME(ホーム)】を撤収する。ただ、メンバー全員が買取りに同行するわけではない。同行するのはキュリアズとデリウスとカムイとアストールの四人で、他のメンバーはここに居残ることになる。


「あまり大勢で押しかけても仕方がないじゃろ。まあ、魔昌石でも集めておくゆえ、さっさと行ってくるが良い」


 ミラルダはそう言ってアーキッドたちを見送った。さて、五人が【オーバーゲート】を駆使して〈廃都の拠点〉へ向かうと、すぐにアラベスクら数人のプレイヤーが彼らを出迎えた。その中には銀髪の可憐な少女、ディーチェの姿もあった。


「じゃあ、早速見せてもらおうか」


「うむ、これだ」


 簡単に挨拶を交わした後、アーキッドとアラベスクはすぐに本題に入った。アラベスクが合図すると、【魔昌石専用ストレージボックス】を持ったプレイヤーが前に進み出てきてそのボックスをアーキッドの前に置く。二人は揃ってそのボックスの蓋の上にあるメーターを覗き込んだ。


「あ~、こりゃ、1,200万には届いてないな」


「そうか? こちらから見てみろ。1,200万は超えている」


「どれどれ……」


 いい歳をした大人が二人、メーターをアッチから覗きコッチから覗き、超えているだの超えていないだの、そんなことを延々言い合う様子はなかなか滑稽である。とはいえやっている本人、特にアラベスクは大真面目だ。この交渉に本日の稼ぎがかかっているのだから、無理もない。


 交渉の結果、基準額は1,250万Ptとされた。昨日の事前交渉で話し合ったとおり、アーキッドがいくぶん譲歩した形である。買取り価格は基準額の二割増しなので1,500万Ptとなる。買取り額が決まると、アーキッドはすぐにメニュー画面を開いてその分のポイントを支払った。


「あとは、ディーチェだな」


 そう言ってアーキッドはディーチェのほうに視線を向ける。事前交渉では彼女にも特別報酬を支払うことになっていた。10万Ptと〈魔法符:魔力回復用〉を10枚だ。それを支払い、アーキッドがさらにのど飴を幾つかおまけしてやると、彼女はちょっと頬を引き攣らせながらそれを受け取った。


 最後に、アーキッドは【魔昌石専用ストレージボックス】の中身を別のボックスに移し替え、空になったボックスをアラベスクに返す。ボックスを受け取ると、アラベスクがこんなことを言った。


「明日は休養日だ。連絡はしないので、そのつもりでな」


「あいよ。それじゃあ次は明後日だな。連絡待ってるぜ」


 最後に二人は握手を交わした。それが済むと、アラベスクは身を翻して足早に去っていく。彼にはこれからポイントを分配するという仕事が残っているのだ。その背中を見送ったところで、アーキッドは他の三人にこう言った。


「じゃあ、次は〈海辺の拠点〉だな」


「構わないが、連絡は来たのか?」


「いや。連絡はまだだが、そろそろだろ。それに、一度戻ってからまた向かうってのも、効率が悪いしな」


 アーキッドがそう答えると、デリウスは納得したように一つ頷いた。話が決まったところで、キュリアズは【祭儀術式目録】を開く。【オーバーゲート】の魔力は充填済みで、彼女はすぐにそれを発動させた。


「大いなる門、不滅なる扉よ。我の前に道を開け。【オーバーゲート】!」


 術式が発動すると、身体が浮遊感に包まれ、さらに視界が光で染まる。そして三拍ほど後につま先が地面に触れ、徐々に身体に重みが戻っていく。視界を白く染めていた光が完全に消えると、そこはもう〈海辺の拠点〉だった。


 海岸の方から戦闘の音は聞こえてこない。ただその残り香のようなものは漂っていて、昨日ロナンが予想していたとおり〈侵攻〉は起こったらしい。戦闘自体は終わっているようなので、ちょうど良いときに来たようだった。


「ああ、アーキッドさん。ちょうど今、連絡しようと思っていたところなんです」


 四人が浜辺の方へ歩いていくと、ロナンが彼らの姿を見つけてそう声を掛けた。周囲にいるのは〈世界再生委員会〉のメンバーだけではないようだ。彼の後ろではリーンが他のプレイヤーとなにやら交渉中である。彼女の足元には【魔昌石専用ストレージボックス】が四つ、無造作に置かれていた。


「よう、〈侵攻〉は終わったばかりか?」


 アーキッドが軽く手を上げながらそう尋ねると、ロナンは「ええ」と言って頷いた。彼の顔には疲労の色も見られたが、しかしそれ以上に達成感が浮かんでいる。どうやら戦果のほうは上々らしい。


「怪我人は出たのか?」


「何人か。いつもそうですが、やはり無傷とは行きませんね。ただ、全員ポーションで回復済みなので、心配要りませんよ」


 ロナンがそう応えると、デリウスは「そうか」と言ってホッとした様子を見せた。そしてそうこうしている内に、リーンが交渉を終えて彼らのほうに近づいてくる。その手には【魔昌石専用ストレージボックス】を持っていた。


「お待たせしました。こちらが、今日の〈侵攻〉で獲得した魔昌石です」


 そう言ってリーンが差し出したボックスのメーターをアーキッドが確認する。彼は少し驚いた様子でこういった。


「4,500万弱……! よくこれだけ集めたな」


「ええ。ギルドメンバー以外も協力してくれましたから」


「しかしまあ、俺が言うのもなんだけどよ。良く話が纏まったな」


 アーキッドは半ば苦笑しながらそう言った。魔昌石というのはプレイヤーたちにとってはお金と同じ。しかも【魔昌石専用ストレージボックス】では、正確に何ポイント分なのかを知る事はできないのだ。いくら二割増しで買取るといわれても、いきなりそれを信用するのは難しいはずだ。


 それなのにリーンは昨日の段階で、すでにギルドメンバー以外との間で方向性を決めていた。追加で【魔昌石専用ストレージボックス】を借りたくらいだから、かなりのプレイヤーがこの話に加わったのは間違いない。


 そして先ほども手早く交渉をまとめ、こうして魔昌石を一箇所に集めて持ってきている。紛糾したり、言いがかりをつけたりするプレイヤーはいない。一連の手際は彼女の有能さの証明だろう。


「いえ。皆さん、最初から乗り気だったんですよ」


 しかしリーンは自分の手柄でないとばかりにそう言った。そしてこんなふうに事情を説明する。


「デリウスさんも関わっている話ですからね。元〈騎士団〉のメンバーの方たちはとても協力的でした」


「そう、か……」


 リーンの話を聞いて、デリウスは感慨深げにそう呟いた。キュリアズも小さく笑みを浮かべて頷いている。二人の脳裏には、古巣のメンバーの顔が浮かんでいるに違いない。〈騎士団〉はなくなってしまったが、そこでやってきた事柄は決して無駄ではなかったのだ。それどころか、今でも彼らの力となっている。


「そのほかの方々も、アーキッドさんの名前を出したらだいたい前向きな返事をもらえましたよ」


「俺の?」


 アーキッドは意外そうな顔をしたが、しかしこれはそう意外な話でもない。〈海辺の拠点〉には彼が他所から連れて来て合流させたプレイヤーもいる。また彼はここを訪れるたびに自腹を切って懇親会を開いていた。当然、プレイヤーたちの心象はいい。リーンはそれをこんなふうに表現した。


「信用、されていますね」


「金で買われてちゃ、世話ないさ」


 アーキッドは大げさに肩をすくめてそう言った。それが照れ隠しである事はカムイにも分かった。アストールも小さく笑っている。ミラルダがこの場にいれば、盛大にからかっていたに違いない。


「まあ、買取り価格については、ずいぶん苦労させられましたけどね」


 その時のことを思い出したのか、リーンはややうんざりとした様子でそう言った。魔昌石集めの協力は喜んでする。しかし、それはそれ、これはこれ。ポイントが絡む部分に関しては、かなり激しい攻防があったようだ。アーキッドは「丸投げして正解だったな」と笑った。


 まあそれはそれとして。リーンの苦労のかいもあり、魔昌石は当初アーキッドやデリウスが予想していたよりもはるかに多く集まった。メーターを見る限り、ポイント換算でおよそ4,500万Pt分である。


 アーキッドは4,500万Ptを超えていないと主張し、リーンやロナンはむしろ4,600万Ptに近いと主張する。〈廃都の拠点〉でアラベスクと行った交渉と、ほぼ同じ流れだ。傍から見ているだけのカムイなどはちょっと呆れ気味なのだが、やはり本人たちは大真面目である。


 周りにいるプレイヤーたちも、交渉の行方を固唾を飲んで見守っている。この交渉が自分達の取り分に直結することが分かっているのだ。人間、お金が絡むとどんな馬鹿らしいことでも目の色を変えるものである。


「オーケー。それじゃあ4,600万にしよう。そういう約束だしな」


 事前交渉で決めたとおり、最終的にはアーキッドの側が譲歩して基準額は4,600万Ptということになった。よって買取り額は二割増しの5,520万Ptとなる。その数字を聞いて周囲からは感嘆と歓声の声が上がった。


 ポイントの支払いを終えてから、リーンが持ってきた【魔昌石専用ストレージボックス】に入っている魔昌石を、別のボックスに移し替える。ちなみに、移し替えるだけで結構時間がかかった。それだけ大量の魔昌石が入っていたのだ。


 移し替えたさきのボックスには〈廃都の拠点〉で買取った分も入っていて、二箇所で買取った分を合計するとおよそ5,700万Ptになる。メーターのゲージが真ん中を越えているのを見て、カムイはなんだか達成感のようなものも感じた。


「それじゃあ、今後ともよろしく頼むぜ?」


「ええ。こちらこそよろしくお願いします。……次の〈侵攻〉は、また三日後と思われます。その時にまた、連絡しますよ」


 取引きを終え、アーキッドとロナンは最後にそう言葉と握手を交わした。「一緒に食事でもどうですか」と誘われたが、アーキッドはそれを断った。ミラルダたちを荒野で待たせているのだ。彼女たちを放置しておくわけにもいかない。【オーバーゲート】を使い、まっすぐに帰った。


「む、帰ってきたか」


 ミラルダたちのところへ戻ると、ロロイヤが【悠久なる狭間の庵】から出てきていた。暗くなってきたからなのだろう、周囲にはミラルダの狐火が浮かび、さらに投光器が幾つか地面に置かれている。


 それらの道具を回収し、それから【HOME(ホーム)】を展開する。全員でぞろぞろとリビングへ向かいソファーに腰を下ろすと、誰からともなく小さく安堵の息を吐いた。それから少し遅めの夕食を食べる。そして夕飯を食べている最中に、アーキッドがロロイヤにデータ解析の進捗状況をこう尋ねた。


「爺さん、データ解析ははかどってるのか?」


「ボチボチ、だな。先はまだ見えん」


 鹿肉のソテーを食べながら、ロロイヤはそう答えた。そして思い出したかのようにこう付け足した。


「そうだ。明日、また〈探求の宝玉〉を使ってデータ収集をしてきてくれ」


「わたしは構いませんよ」


「あ、あたしも大丈夫です」


「じゃ、明日はまずデータ収集だな」


 イスメルとカレンの返事をきいてから、アーキッドがそうまとめる。こうして明日やる事も決まった。


 夕食後にアーキッドはまたプレイヤーショップのページを開いて、魔昌石がまた新たに出品されていないかを確認する。すると新たに五件の出品があった。ただ、内二件は定められた比率を守っていない。彼は三件だけを購入した。それを見てカムイはこう尋ねる。


「いいんですか?」


「見せしめも必要だろ?」


 ニヤリと少々物騒な笑みを浮かべて、アーキッドはそう答えた。何でもかんでも買うと思われては、どんどん値段を吊り上げられてしまう。出品したプレイヤーには気の毒なきもしたが、これも必要な処置だった。


 それにしても、とカムイは思う。今日だけでかなりの量の魔昌石を買い込んだし、これからさらに多くの魔昌石を買い取っていくことになる。いくらポイントに余裕があるとはいえ、かなりの資金をつぎ込むのだ。


(無駄に、ならないよな……?)


 現時点では、まだそれは分からない。そして無駄になるか否かの大部分がロロイヤにかかっていると思うと、カムイはなんだか釈然としないモノを感じるのだった。


今回はここまでです。

続きは気長にお待ちください。

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