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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中
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〈魔泉〉攻略中8


 ――――〈魔泉〉にて〈ゲートキーパー〉再出現。


 朝、偵察に出たイスメルとカレンがその報告を持ち帰ると、メンバーは多かれ少なかれ緊張した様子を見せた。〈ゲートキーパー〉は再出現した。三度目の討伐作戦の始まりである。


 メンバーの配置はさきの二回と変わらない。ただ〈ゲートキーパー〉の魔昌石を回収するため、討伐の主力はカムイということになっている。丘の上に陣取るキュリアズは、万が一の場合のための予備戦力だ。


「ギィィィィイイイイイイイ!!」


 カムイたちが〈魔泉〉に到着すると、低く耳障りな雄叫びを上げながら〈ゲートキーパー〉が出現した。相変わらずの巨体と迫力だが、三度目と言うこともあり圧倒されるメンバーはもういない。


「では、いきます」


 そう言ってイスメルは【ペルセス】に跨り、瘴気が吹き荒れる空へと上がった。彼女の仕事はカムイの準備が完了するまで〈ゲートキーパー〉の注意をひきつけておくこと、そしてその後はカムイの援護に回る予定だ。


 イスメルの背中を追って、ルペも黄金の翼をはためかせる。彼女の仕事はイスメルの援護。加えて〈ゲートキーパー〉が例の炎を、特に地上へ放とうとした場合には、それを阻止する役割も負っている。


 一方、地上でもメンバーは行動を開始していた。彼らはカムイを中心にして防御陣を敷き、四方八方から襲ってくる大型のモンスターに対処していく。そして中心に立つカムイはやや緊張した面持ちで〈ゲートキーパー〉を見上げた。


「じゃ、少年。よろしく頼むぜ?」


 そう言ってアーキッドはカムイの肩を叩くと、彼に【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】を差し出した。カムイはたちまち苦虫を噛み潰したような顔になるが、それでもそのパックを受け取った。


 彼は覚悟を決めてゼリー状のレーションを一気に呷る。さらに間髪入れずに水で流し込み、最後に口をゆすいで彼はようやく息を一つ吐いた。そんな彼の横ではアーキッドが「くっくっく」と面白そうに笑っている。そんな彼にカムイは不満そうな視線を向けた。


「笑い事じゃないんですが」


「悪い、悪い。……それじゃあ少年、お仕事の時間だぜ。装備も整えたし、恋人からはプレゼントも貰った。気張っていこうか」


 そう言って背中を叩くアーキッドに、カムイは無言で頷き応えた。そんな彼の胸元にはシルバーのチェーンにつるされたサイレンサー付きのドッグタグが二つ、揺れている。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】だ。彼がカレンと呉羽からこのネックレスを貰ったのは今朝のことである。


『あの、カムイ。その……、コレ、あたしと呉羽から』


『ほら、わたし達はカムイからプレゼントを貰っただろう? そのお返しと言うかお礼のつもりで、二人で選んだんだ』


『時間がなかったからアイテムショップで買ったんだけど、それでもカムイに合わせてリクエストしたの。今日の〈ゲートキーパー〉戦に使ってね』


 そう言って手渡されたのが、今胸元で揺れている【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】だ。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】だったことや、「登録されたプレイヤーからユニークスキルの容量(キャパ)を借用する」という能力は、確かに〈ゲートキーパー〉戦向きと言える。それでカムイは笑顔で礼を言うと、すぐにそのネックレスを首にかけたのだった。ただ……。


(まさか、プレゼントは下着なんじゃないかと思った、ってのはさすがに言えないよなぁ)


 カムイは内心でそう苦笑する。あの時カレンは「下着を選ぶ」と言っていたものだから、プレゼントの中身は自分用の下着なのではないかと彼は勘違いしてしまったのだ。我ながらあんまりな勘違いなので、これは墓場まで持って行くつもりだった。


 まあそれはそれとして。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】以外にも、カムイは新しい装備を身につけていた。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】は装備している【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】の数によってブースト率が上がる。それでレーションの効果を高めるため、昨日の内にいくつか買っておいたのだ。


 購入したのは【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーヘルメット】、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーゴーグル】、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーナイフ】、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリースコップ】の四つだ。さらにドッグタグを加え、全部で五つも装備が増えたことになる。


 カムイがもともと装備していたのは、シャツ、パンツ、ベルト&ストレージポーチ、ブーツ、グローブ、ポンチョ、ピンバッチの七つ。新しく購入したものを加えれば、合計十二点ものミリタリーシリーズを装備していることになる。よってレーションのブースト率は12%である。


 ここへさらに【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】の能力が加わる。そもそもカムイは初期設定の交渉で、ユニークスキルの容量(キャパ)を二割増しにしてもらっているのだ。それを考え合わせると、一時的とはいえ彼は、一般的なプレイヤーの1.5倍以上の容量(キャパ)を持つことになる。いっそ驚異的、と言っていいだろう。


 新しい装備はブースト率を上げるためだけに買ったわけだが、しかしその能力は折り紙つきである。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーヘルメット】は迷彩柄のヘルメットで、「至近距離からアンチマテリアルライフルで射撃されても、その攻撃を完全に防げる」性能を持っている。ただしヘルメットで保護されるのは頭部だけなので、そこは注意が必要だ。


【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーゴーグル】はブラックフレームと透明なレンズのゴーグルだ。防御力については特に説明がなかったが、防風と防塵、そして暗視と遠視の能力を持っている。デザインも結構気に入ったので、これは普段使いにしようかなとカムイは思っていた。


【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーナイフ】は鍔のついた、刃渡り15cmほど真っ直ぐなナイフだ。ブレードは黒塗りされた片刃で、かなりゴツイ印象を受ける。ハンドルには滑り止めが付いていて握りやすい。そのままでも鋭い切れ味を誇るが、魔力を込めるとブレードに魔導刃を形成し鋭さが増す。しかもこの「鋭さ」にはアンチマジック的なものも含むという、なかなかの性能だ。カムイはこのナイフを、専用のホルダーを使ってベルトに水平に取り付けていた。


【ヘルプ軍曹監修・ミリタリースコップ】は全長が1mほどの、先のとがった刃を持つ金属製のスコップだ。ミリタリーナイフと同じく、魔力を込めるとブレードに魔導刃を形成する。「硬い岩盤などを掘るため」と説明されていたが、魔導刃は当然人体にも有効で、サイズ的なことを含めればどう考えてもナイフよりスコップのほうが凶悪だ。歴戦の兵士はスコップで敵を薙ぎ倒すというが、いや深くは考えるまい。


 こうして全身を【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】で統一し、さらにスコップを地面に突き刺してカムイは仁王立ちする。その姿はまさに熟練の工兵。……どうしてこうなったと思わなくもない。


 閑話休題。カムイは【Absorption(アブソープション)】を全力全開で発動し、さらに〈オドの実〉を最大出力で駆動させる。まだドッグタグの能力は使っていないが、これまでとは明らかにユニークスキルの勢いが違う。彼は背中の〈エクシード〉も駆使しながら、膨大なエネルギーの奔流を制御していく。


 イメージするのは樹の根。カムイは潤沢なエネルギーを駆使して〈白夜叉〉のオーラを地中へ伸ばしてく。深く、そして広く。これは地中からも瘴気を集めるためだが、同時にまた引っこ抜かれてしまうのを避けるためでもある。手を抜くわけにはいかない。


 周囲からは絶え間なく戦闘の音が聞こえてくる。なにより〈ゲートキーパー〉の苛立たしげな声はイヤでも耳に入った。そういう音に急かされる。けれどもカムイは「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせ、巨大な半身像を形成するための準備を続けた。


 十分にオーラの根を伸ばしたところで、カムイは大きく深呼吸をした。そして〈ゲートキーパー〉を見上げる。奴は腕を振り回してイスメルを払おうとしていた。その視線は彼女を追いかけていて、当然カムイのことは眼中にない。


「…………いきます」


 誰にともなく、カムイはそう呟いた。そして伸ばし広げたオーラの根を駆使して地中からも瘴気を吸い上げ、吸収したエネルギーをすべて白夜叉のオーラに変換する。次の瞬間、白いオーラが勢いよく立ち昇った。


 オーラの量は一秒ごとに増していく。そしてある程度の量になったところで、カムイは半身像を形成した。ただ、〈ゲートキーパー〉と相対するにはまだ大きさが足りない。彼はさらにエネルギーを吸収し、その分を半身像につぎ込んだ。


 半身像が丈と厚みを増していく。その様子を見たからなのか、イスメルは〈ゲートキーパー〉の視線をなるべくそちらへ向けないように誘導する。やがて半身像は十分な迫力を持つに至った。そしてカムイはすぐさま次の行動に移る。


「おおおおおおおおっ!」


 裂帛の声を上げながら、カムイは半身像を操作する。極大型を乱獲する中で鍛錬を重ねた成果なのか、その動きは淀みなく滑らかだ。都合のいい事に、いや、恐らくイスメルがそう誘導したのだろう。〈ゲートキーパー〉は半身像に背中を向けている。絶好の好機だ。ここで決める、とカムイは意気込んだ。


「ギィィィィィィイイイイイ!!」


 突然、〈ゲートキーパー〉が耳障りな雄叫びを上げた。その瞬間、〈ゲートキーパー〉の背中から二本の腕が生え出て、背後から忍び寄っていた半身像を捕まえる。さらに首が180℃回転し、その不吉な赤い目が半身像を、そしてカムイを捉えた。その口元には炎が蓄えられている。


 イスメルは反対側にいる。彼女を援護しているルペも同様だ。かといって半身像は捕まってすぐには動かせない。ヤバイ、と思ったカムイの背中に冷や汗が流れる。そこでデリウスが割り込んだ。


「はああああああっ!」


 鋭い声を上げながら、デリウスは下から掬い上げるようにして剣を振るう。そこから青白い【ARCSABER(アークセイバー)】の巨大な斬撃が放たれ、〈ゲートキーパー〉の顔面を直撃する。放たれる前の炎が爆発し、耳障りな悲鳴が響いた。


「旦那、ナイスだ」


「おかげで魔力がカラだがな」


 声をかけたアーキッドに、デリウスは達成感を滲ませつつも苦笑してそう答えた。すぐにアストールが近づき、彼の魔力を回復させる。〈ゲートキーパー〉の方を見上げれば、顔面のダメージはすでに回復しているものの、イスメルとルペがこちら側に戻ってきたので、戦況の維持に大きな影響はないだろう。


「しっかし、背中から腕が生えたり、首が半回転したり、常識がつくづく通用しない相手だな」


「……どう、しますか?」


 肩をすくめて苦笑するアーキッドに、カムイはそう尋ねる。第一形態で倒してしまうというのが当初の作戦だったが、こうして第二形態へと移行してしまった。撤退はともかく、キュリアズに連絡して祭儀術式の投入もありえるかと思ったが、しかしアーキッドはこう言った。


「当然、作戦続行だ」


「了解、ですっ!」


 そう応えると同時に、カムイは切り札を発動させた。言うまでもなく【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】だ。呉羽とカレンは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに事情を察して、むしろ彼に向かって力強く頷いた。


 ユニークスキルの容量(キャパ)が増える。それに伴ってカムイが吸収するエネルギー量も増え、それはオーラ量の増加という形で現れた。半身像がまた一回り厚みを増す。彼はその半身像を操り、〈ゲートキーパー〉の腕を引き千切って突貫させた。もう二本の腕が突き出されるが、その瞬間、彼の目にうつるモノの動き全てがゆっくりになる。スキル〈戦境地〉が発動したのだ。


「……っ」


 スローモーションになった世界の中、まるでムチのようにしなる〈ゲートキーパー〉の腕の動きを、カムイは集中力を高めて見切る。半身像がするりと腕をすり抜け、そこでちょうど〈戦境地〉の効果が切れたのだが、彼は構わず半身像を〈ゲートキーパー〉に肉薄させた。


「ギィィィィイイイイイ!!」


〈ゲートキーパー〉が苛立たしげに吼える。同時に先ほど千切られた腕が再生し、接近する半身像を捕まえようとする。しかしそれは叶わない。一本はイスメルに切り飛ばされ、もう一本はルペが放った【太陽の矢】によって吹き飛ばされたのだ。


「おおおおおお!」


 遮るものがなくなり、半身像はついに〈ゲートキーパー〉の至近へたどり着いた。そして勢いそのままに、両腕の鋭い爪を〈ゲートキーパー〉の胴体へ突き立てる。その瞬間、耳障りな絶叫が響いた。


「ギィィィイイイイイィィィイ!?」


〈ゲートキーパー〉は半身像の肩を掴んで突き飛ばそうとするが、しかしその爪は深く食い込んでいてなかなか離れない。しかもイスメルやルペが腕を攻撃してくるので、再生するとはいえ、全力で半身像を排除することができない。


 焦ったのか、〈ゲートキーパー〉は熱線を放つべく口元に炎を蓄える。しかしそれは悪手だ。その瞬間、イスメルの右手が翻る。放たれた不可視の斬撃は〈ゲートキーパー〉の顔を縦に切り裂き、そして口元の炎を暴発させる。


「ギィ!?」


 短い悲鳴を上げて、〈ゲートキーパー〉の動きが一瞬止まる。その隙をカムイは見逃さない。彼は半身像を操り、その爪をより深く突き刺した。


「っ! コレ、かぁ!!」


 半身像の爪先に硬いものを感じ、カムイはそれを掴んで一気に引き抜いた。出てきたのは、巨大な魔昌石である。カムイの操る半身像は、それを高々と掲げて見せた。今回はちゃんとシステムの設定を変えておいたので、ポイントに変換してしまうことはない。


 心臓とも言うべき魔昌石を失い、〈ゲートキーパー〉の巨躯から力が抜ける。〈ゲートキーパー〉は崩れ落ちるようにして〈魔泉〉へ沈んでいき、しかし完全に沈む前にその身体は解けて瘴気へと還った。


 こうして、第三次〈ゲートキーパー〉討伐作戦は幕を下ろしたのである。カムイたちの完全勝利だった。



 ― ‡ ―



〈ゲートキーパー〉を討伐して魔昌石を回収したその日の晩、【HOME(ホーム)】のリビングで祝勝会が開かれた。テーブルの上にはメンバーが思いおもいに選んだご馳走が並べられている。そしてその中にはカムイがリクエストした餃子もあった。もちろん、カレンと呉羽の手作りだ。


 ちなみに餃子は二種類ある。焼き餃子と水餃子だ。決して初めから二種類作るつもりだったわけではない。いざ作るという段になった時に、突如として「焼き餃子・水餃子戦争」が勃発してしまったのである。


「妾はどちらかというと、蒸餃子が好きなんじゃのう」


 ミラルダのその一言で危うく三つ巴になりかけたが、彼女に作る気がなかったのでそれは回避された。なお勝敗についてだが、味見した際に相互不可侵条約が結ばれたという。カムイは運命の二択を迫られるのではないかと戦々恐々としていたが、それを知ってほっと胸を撫で下ろした。


 二種類の餃子は、どちらもとても美味しい。呉羽が作った水餃子は厚めの皮のモチモチとした食感と、ツルンとした喉越しがたまらない一品だ。餃子自体の味付けは比較的淡白だが、香味野菜がたっぷりと入ったスープとの相性は抜群だった。


 カレンの焼き餃子は、カムイが思う「これぞ餃子!」という出来栄えだった。たっぷりの油で揚げ焼きにしてあり、パリッとした皮とあふれ出す肉汁は、箸が止まらなくなる美味さだ。比較的野菜の量が多いので、本当に幾らでも食べられてしまう。


 二人が作った餃子はもちろんカムイ以外のメンバーにも好評で、大量に作ったはずの餃子はあっという間になくなってしまった。「嬉しいけど、しばらく餃子を包むのはしたくないわ」というのはカレンの談である。


「……そういえばわたし達が餃子を作っている間、カムイは何をしていたんだ?」


 空になった餃子のお皿を少し名残惜しそうに眺めながら、呉羽はカムイにそう尋ねた。〈ゲートキーパー〉討伐作戦は、蓋を開けてみればかなりの短時間で終わった。【HOME(ホーム)】へ戻って来てから祝勝会までかなり時間があり、そのおかげで呉羽とカレンは大量の餃子を用意できたのだが、その間カムイはどうもただ休んでいたわけではないらしい。


「キファさんからメッセージが来ててさ。『マナ結晶を売ってくれ』って頼まれたから、リムとトールさんと三人で、そっちの作業をしてたんだ」


「そうか……。三人で大丈夫だったか?」


 呉羽が少し申し訳なさそうにそう尋ねた。マナ結晶を作ったということは、つまり瘴気の浄化作業をしたということ。その作業をするときはいつも、彼女も加えた四人で行っていた。しかし今日は三人。負担をかけたかもしれない、と思ったのだ。案の定、カムイはこう答えた。


「トールさんがエンチャントも使いながら、頑張ってたよ。まあ、効率はいつもより下がってたけど、問題はなかったよ」


「それで、どれくらい作ったの?」


「十キロぐらい作ったんじゃないかな。測ったわけじゃないから、よく分かんないけど」


 カムイはカレンにそう答えた。安い麻袋を買い、その口のところに〈クリスタライザー〉を垂らして、作ったマナ結晶を直接袋の中に入れたのだ。それほど大きな袋ではなかったが、いっぱいになった時には結構ずっしりとしていたし、十キロくらいはあったのではないかとカムイは思っている。


 ちなみにこうして作った麻袋いっぱいのマナ結晶は、例のプレゼントのときと同じくプレイヤーショップを介してキファに売却した。今回はとりあえず10万Ptということにしたが、正直なところこれが適正価格なのかは分からない。


 まあ、これだけ買い込んだのだから、キファもマナ結晶を素材にして何か作品を作るつもりなのだろう。それがプレイヤーショップに出品されたらその価格を参考にして、マナ結晶の価格もまた考えればいい。


「ふぅん……。それにしてもキファさん、何を作るつもりなのかしらね」


「思ったんだけど、マナ結晶を使えば〈浄化〉の能力を持ったマジックアイテムも作れるんじゃないかな」


 それこそ【浄化の杖】みたいな、と呉羽は言った。【浄化の杖】と言えば、かつてカムイがリクエストしてエラーを出した曰くつきのアイテムだ。システムには弾かれてしまったわけだが、それは「不可能だから」というよりはむしろ、ゲームバランスを考慮した結果と考えた方がいいだろう。


 そうであるなら、プレイヤーが【浄化の杖】を作ることは可能なはずだ。そして呉羽が言うよりに、そのための素材としてマナ結晶を考えるのは、むしろ当たり前のことではないだろうか。さらにキファのユニークスキル【ギフト】のことを合わせて考えれば、プレイヤーショップに〈浄化の杖〉が並ぶ日もそう遠くはないように思えた。


「もしそうなら、キファさんはウハウハだな」


 カムイは苦笑気味にそう言った。瘴気はこの世界の厄介モノ。それを浄化できるマジックアイテムがあれば、かつて彼が見込んだように、その需要は大きいに違いない。しかしカレンは首をかしげて「それはどうかしら?」と言った。そしてこう言葉を続ける。


「キファさんは職人よ? 同じ物をただ作り続けるなんて、そんなことするかしら?」


「なるほど、それは確かに……」


「しないだろうなぁ……」


 カムイと呉羽は苦笑しながら納得の様子を見せた。ただカレンも含めて彼らの場合、一番身近にいる職人がロロイヤだから、いわゆる職人像について、かなり強い影響を彼から受けている。キファが知れば「風評被害だ」と言って苦笑したかもしれない。


 まあそれはそれとして。リビングの一角には、今回の戦利品である〈ゲートキーパー〉の巨大魔昌石が展示されている。ただ、魔昌石はコレ一つではない。比較対象のつもりなのか、隣にもう一つ、こちらも通常よりはるかに巨大な魔昌石が置かれていた。こちらは〈キーパー〉の魔昌石である。


 二つの魔昌石の、大きさの差は歴然である。〈ゲートキーパー〉の魔昌石のほうが、二周りほど大きい。それがそのまま、二体のボスモンスターの格の差なのだろう。カムイはそんなふうに思っている。


「いやいや、それにしてもいい眺めじゃないか」


 グラスを傾けながら上機嫌にそう言ったのはアーキッドだ。彼の言うとおり、巨大な魔昌石が二つもこうして鎮座している様子は、なかなか壮観である。この光景を他のプレイヤーと共有するべく、彼はすでに写真を撮ってそれを掲示板に投稿済みだった。ただ閲覧制限を気にしてか、コメントによる反応はあまり芳しくない。もっとも、彼はそんなこと少しも気にしていなかったが。


「一体何ポイントに……。グフフフ……」


 ワザとらしく妖しい笑みを浮かべて、キキは二つの魔昌石を眺めながらそう言った。どうやら「欲望ダダ漏れ感」を表現しているらしい。ただ、実際のところそれほど高額にはならないだろう。


 第一次討伐作戦でポイントに誤変換してしまった魔昌石が、およそ1億2000万Pt。今回はいわゆる第二形態で倒せたこともあり、この数字を超えることはないだろうと予想された。


 1億2000万Ptというのは、確かに高額である。ただ、1億Pt程度なら、一日極大型を乱獲すれば稼げてしまう。今の彼らにとっては、決して目の色を変えるような額ではないのだ。ついでに言えば、しばらくポイントに変換する予定はない。正確な額は判明するのはずいぶん後のことになるだろう。


「それにしても、ロロイヤさんはコレで何を作るつもりなんだろうねぇ……」


 やはり二つの魔昌石を眺めつつ、少し不満げな様子でルペはそう呟いた。今回こうして〈ゲートキーパー〉を討伐し魔昌石を回収したそもそもの理由は、ロロイヤが「魔道具の素材に欲しい」と言い出したからである。


 魔昌石が素材としてどう優れているのか、ルペには良く分からない。ただ最近、魔昌石はシステムに依存しないと言うことが判明した。つまり自然現象として生まれる、ということだ。


『思っていた以上に、面白い性質を持っているのかも知れんなぁ』


 ロロイヤはそう言って楽しげに笑っていた。その笑顔には不穏なものを感じたが、しかしもしかしたら世界の再生に役立つような魔道具ができるのではないかと、ルペもちょっとは期待している。というかそれくらいの成果を出してもらわないと、わざわざ〈ゲートキーパー〉を討伐するかいがないとうものだ。


 ただ、どんな魔道具を作るにせよ、それはかなりのサイズになることだろう。なにしろこの巨大な魔昌石をそのまま使うのだから。まさか割るということはないはずだ。それではわざわざ“巨大”魔昌石を回収する意味がない。


(ま、なんでもいいけど、“ろーりょく”に見合うモノを作ってもらわないとね)


 ルペは内心でそんなことを考えながら、好物の甘い果物を頬張った。彼女の世界にあった果物なのだが、標高の高い急峻な崖の斜面にしか生えない果樹で、その実は幻の果実と呼ばれている。トロッとした食感とさっぱりとした甘み、そして適度な酸味が絶妙に調和していて、ルペは思わず相好を崩した。


 祝勝会は盛況だった。リムは笑顔を浮かべながらデザートを選び、ミラルダは微笑ましげにそんな彼女の頭を撫でている。キュリアズはイスメルに絡まれて少し困った様子だ。アストールはデリウスと話し込み、ロロイヤはフレクと飲んでいる。


 後片付けは明日することにして、各自頃合になったらそれぞれ自分の部屋へはけていく。もしかしたら自分の部屋には戻らなかったものもいるかもしれないが、まあこれ以上は野暮な話だろう。



 ― ‡ ―



 第三次〈ゲートキーパー〉討伐作戦を終え、巨大な魔昌石を回収したその翌日。この日は完全休養日で、メンバーはそれぞれのんびりと過ごしていた。特に何事もなく一日が過ぎ、夕食の際に明日の予定を決めておこうと話になった時、ロロイヤがこんな事を言い出した。


「調査用の魔道具を、〈探求の宝玉〉を改良した。ついてはもう一度〈魔泉〉の調査を頼みたい」


「今度は大丈夫なのか?」


「ダメならダメで、また何か考えるさ」


 肩をすくめつつ、どこか他人事の調子でロロイヤはそう言った。やってみるまでは分からない、というのが本当のところなのだろう。そういう不確かな部分を隠して「成功する」と断言しないのは、あるいは彼なりの誠意なのかもしれない。


 イスメルとカレンにも、断る特段の理由はない。〈探求の宝玉〉の仕様が前と同じなら、魔力を込めるだけでいいのだ。それくらいのおつかいなら、大した労力でもない。ただ、念のためイスメルはこう尋ねた。


「魔道具を改良したという話ですが、何か変わった点はありますか?」


「ふむ。それなら、見てもらった方が早いな」


 コレだ、と言ってロロイヤは改良した〈探求の宝玉〉を取り出した。カムイは素材や術式を変えた程度だと思っていたのだが、彼が取り出したのは前回とはほぼ別モノである。改良というよりは改造、最低でも全面改修と言うべきだろう、とカムイは思った。


 一言で言えば、「巻上機に繋がった、長大な振り子」といったところか。電工ドラムほどの大きさの巻上機に、細い金属製のワイヤーが何重にも巻かれていて、その先端には荒くカットされた淡い青紫色の結晶体が取り付けられている。


「厳密に言って〈探求の宝玉〉と呼ぶべきなのは、先端の結晶だけだ。素材はマナの結晶体を使い、術式のほうも大幅に手を加えてある。ただ、できれば〈魔泉〉の深い位置を探りたいのでな。宝玉だけではそれができんから、ワイヤーと巻上機を用意した。コレを使い、宝玉を下へ垂らして調査を行う」


 イスメルとカレンがより深く〈魔泉〉に潜ってくれれば、巻上機を用意する必要はなかった。ただ、カムイが〈魔泉〉に落ちて世界の外側へ放り出されたことを考えると、あまり深く潜るのはリスクが大きすぎる。二人まで世界の外側へ放り出されては事だ。それを勘案してのワイヤーと巻上機だった。そして用意された巻上機を眺めながら、イスメルはこう尋ねる。


「それで、使い方は?」


「魔力を込めてくれるだけでいい。まずワイヤーが伸び、伸びきったところで宝玉に魔力が充填されて調査用の魔法陣が展開される。データの収集が終わると宝玉は沈黙し、最後にワイヤーが巻き上げられる。巻上げが終わったら調査は完了だ。この一連の作業は魔力を込め続ける限り自動で行われる。特別操作する必要はないぞ」


 それを聞いてイスメルは一つ頷いた。カレンもホッと胸を撫で下ろしたような顔をしている。二人乗りの馬上、しかも下から強風が吹き上げる環境の中で、細々とした作業をしなくていいのはありがたい。


「何か問題が起こった場合は?」


「その場合は、そこのレバーを切り替えろ。それで強制的に巻上げが行われる。まあ本当にどうしようもないなら、捨ててもかまわん」


「他に注意点は?」


「そうだな……。ワイヤーの長さを確保した分、巻上機も合わせて全体の重量が増している。それで〈軽量化〉の術式も組み込んであるのだが、そのせいで魔力の要求量も増えている。大丈夫だとは思うが、魔力切れには注意してくれ」


「なるほど。〈魔法符:魔力回復量〉を何枚か用意しておいた方が良さそうですね。……カレン、あなたは何かありますか?」


「えっと、それじゃあ、重さを確認してもいいですか?」


 イスメルに促され、カレンはそう尋ねた。実際に使うのは彼女なのだし、「重くなった」と言われて気になっていたのだ。ロロイヤが頷いたので〈巻上機付き探求の宝玉〉を持ってみると、なるほど確かに重い。片手でも持てるが、しかし十キロ近くはありそうな気がした。この重さのままでは、もち続けるのは結構きつい。


「〈軽量化〉の術式を試してみたいんですけど……」


「む、少し待て」


 そう言って魔道具をカレンから取り上げると、ロロイヤはなにやら操作をする。どうやら〈軽量化〉以外の機能をロックしたらしい。それからカレンに魔道具を返し、「いいぞ、魔力を込めてみろ」と告げる。言われた通りにしてみて、彼女は歓声を上げた。


「わ、軽い」


 カレンの体感だが、重さは十分の一以下になっているように思えた。これくらいの重さなら、腕は痛くはならないだろう。その後、さらに幾つかの確認が行われ、特に問題はないだろうということになった。こうして、また〈魔泉〉の調査が行われることが決まったのである。


 そして翌日。朝食を食べ終えると、イスメルとカレンは【ペルセス】に跨って〈魔泉〉へ赴いた。一応警戒はしていたが、一昨日倒したばかりの〈ゲートキーパー〉はまだ再出現しない。


 カレンが安堵の息を吐いていると、イスメルが手綱を操って【ペルセス】の高度を下げていく。高度がほぼ地面と同じになったところで、彼女は後ろにいるカレンにこう声を掛けた。


「カレン。ではお願いします」


「あ、はい。分かりました」


 そう応えてから、カレンは腰のストレージアイテムから〈巻上機付き探求の宝玉〉を取り出す。まだ魔力は込めていないので、片手ではかなりきつい。耐え切れなくなる前に、カレンは「それじゃあ始めます」と言って魔道具に魔力をこめた。


 巻上機が駆動音を立ててワイヤーを伸ばし、先端に取り付けられた宝玉を下へ降ろしていく。宝玉はすぐに見えなくなった。ワイヤーが伸びるにつれ、どうも風にあおられているような感じがして、カレンは持ち手を改めてしっかりと握った。


 やがてワイヤーを完全に伸ばしきると、わずかな手応えを残して巻上機が一旦止まった。そして魔道具が要求する魔力の量が変わる。様子は全く見えないが、〈探求の宝玉〉が発動したのだとカレンは悟った。


 魔力を込めながら、そのまましばらく待つ。腕も魔力も、まだ大丈夫だ。散発的にモンスターが襲ってくるが、そちらはイスメルが対処してくれる。カレンは魔道具に魔力を込め続けた。


 魔力の残りが心もとなくなったので、一枚だけ〈魔法符:魔力回復用〉を使う。そしてその少し後に、また魔道具が要求する魔力の量が変わった。同時に巻上機が再び唸りを上げて駆動し、勢いよくワイヤーを巻き上げていく。少しだけ、金属と金属が擦れる独特のにおいがした。


 そうこうしている内にワイヤーの巻き上げが終わり、巻上機は止まった。重さは軽いままだが、魔力をこめてもうんともすんとも言わない。たぶん、ロロイヤがそういう設定にしておいたのだろう。


(これで、終わり……?)


 魔力を込めたまま、カレンは一度〈巻上機付き探求の宝玉〉を目の高さに掲げた。ワイヤーの先端に取り付けられた宝玉が小刻みに揺れている。目立った傷などはない。その様子はまったく見えなかったが、きっと正常に動作したのだろう。それを確認してから、彼女はその魔道具をストレージアイテムに戻した。


「では、戻ります」


 カレンが両手をイスメルの腰に回すと、彼女は短くそう口にしてから【ペルセス】の手綱を引いた。たちまち白い天馬は空を駆け上る。〈魔泉〉の真っ黒い風が下から吹かなくなると、カレンはこっそり安堵の息を吐くのだった。


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