〈魔泉〉攻略中7
「ふう……」
「カムイ、疲れてない?」
カレンは少し心配そうな顔をしてカムイにそう尋ねた。左胸につけた〈クレセントブローチ〉がきらりと光る。それを見て小さく笑みを浮かべ、カムイは彼女が差し出したペットボトルを受け取って喉を潤した。それから軽く身体を伸ばしたりほぐしたりしながら彼女にこう答える。
「大丈夫だよ。周りがちゃんと援護してくれてるから、そんなに負担はない」
彼らは現在、極大型モンスター乱獲の真っ最中である。今は休憩中だが、さっきまでは派手な戦闘が繰り広げられていて、カムイはそんな中で半身像を形成して最前線に陣取っていた。それも乱獲が始まってから、ずっと。
「それならいいんだけど……。なんだか意気込んでいるっていうか、気負ってるみたいだから……」
「やっぱり、明日のことを考えているのか?」
自然に話に加わり、そう尋ねたのは呉羽だった。彼女の胸元には〈クラフトコインペンダント〉が揺れている。それを見てカムイはまた小さく笑みを浮かべた。カレンもそうだが、こうして自分がプレゼントした品を身につけてくれるのは単純に嬉しい。
今日は再出現した〈ゲートキーパー〉を撃破してから九日目。つまり明日には〈ゲートキーパー〉がまた再出現すると見込まれている。そして〈ゲートキーパー〉から魔昌石を引っこ抜いて回収するのは、他でもないカムイの仕事だ。大仕事を控えて肩に力が入っていたのは事実で、彼は苦笑しながら小さく頷いた。
「前に一度やっているわけだし、そんなに気負わなくても大丈夫だと思うけど……」
呉羽の言うとおり、カムイが〈ゲートキーパー〉の魔昌石を引っこ抜くのは、これが初めてではない。一度、しかも第四形態の〈ゲートキーパー〉から魔昌石を引っこ抜いている。明日相手にするのは第一形態の予定なので、最初のときよりは幾分楽なはず、と考えられていた。
「まあ、そうなんだけどな。ただ、なんて言うかなぁ……」
ペットボトルに口を付けつつ、カムイは言葉を探す。明日の仕事が自分には荷が重いと思っているわけではない。仲間のフォローもあるし、多少手こずったとしても、魔昌石は回収できるだろう。その点については、カムイも心配してはいない。
では何に気負っているのか。カムイの脳裏に浮かぶのは、他のメンバーの顔だった。誰も彼もが優れた能力を持っている。ユニークスキルだけのことではない。むしろカムイが気にしているのは、ユニークスキル以外の能力だ。
例えばロロイヤ。性格の歪みまくった変人筆頭だが、魔道具の製作やそれに関連した知識と技術は卓越したものがある。なにより、〈魔泉〉の調査は彼がいなければ話にならない状態だ。そしてこれからも調査は彼を中心に進むだろう。そして恐らくは調査の先、つまり〈魔泉〉の攻略もまた。
カムイには逆立ちしたってできないことだ。それどころか、「自分には何ができるのだろう」と改めて考えたとき、自分にできることは決して多くないことを、彼は認めなければならなかった。
だから、と言うのは変かも知れない。けれどもそれが彼の正直な気持ちである。自分に任された仕事はしっかりとこなしたい。そうしなければここに自分の居場所はなくなるのではないかと、彼は冗談交じりとはいえそんなことまで考えていた。
「……まあ、アレだよ。一回で終わるわけじゃなさそうだし、だったら次回以降のことも考えてきっちり仕上げておこうと思って」
カムイがそう自分の気持ちを言うと、カレンも呉羽も「そっか」と言って納得した様子をみせた。そしてそうこうしている内に休憩も終わり、乱獲が再開された。カムイが陣取るポイントは、相変わらず最前列である。気負った彼の背中を、他のメンバーは微笑ましげに見守った。
「いきます……。囲い、括り、閉じ込めろ、【ラプラスの棺】!」
キュリアズが祭儀術式を発動させる。〈魔泉〉がドーム状の結界に覆われ、その内部に大量の瘴気が溜まっていく。そしておよそ一分後、【ラプラスの棺】を突き破り、一体の極大型モンスターが現れた。
「ギィィィィイイイイイ!」
耳障りな雄叫びが響く。現れたのは巨大な蛇型のモンスターだった。二本の巨大で凶悪な牙を持ち、全身は鱗に覆われている。手足や翼はなく、普通の蛇がそうであるように、全身をくねらせながら地面を這って進んだ。
最前線に立つカムイは、その姿を見て盛大に顔をしかめた。蛇と言うのはどうも生理的に受け付けない。ただ巨大すぎるおかげで、本物の蛇に覚えるあの気色の悪さは多少薄れている。それで「ちょっとはマシかな」と思いつつ、カムイは半身像を構えた。
「ギィィィィイイイイイ!」
大蛇が全身をしならせ、その赤い目を不吉に輝かせながら飛び掛る。それを迎え撃つのはカムイが操る半身像だ。大きな口をあけて迫る大蛇の喉元を両手で捕まえるが、しかし完全には止めることができない。大蛇の身体は半身像の手のひらをすべり、そして二本の凶悪な牙をその首元に突き立てた。
しかしカムイはなんら痛痒を感じない。もしかしたらあの牙からは毒が流し込まれているかもしれないが、そもそも半身像は〈白夜叉〉のオーラの塊でしかないのだ。ソレをどれだけ攻撃されようとも、彼自身は痛くも痒くもない。その上、【Absorption】の効果はそこにも及ぶから、モンスターにとっては触れただけでダメージを受けることになってしまう。
「ギィィィィイイイイイ!?」
実際、悲鳴を上げたのは噛み付いたはずの大蛇だった。すぐさま身体をくねらせ逃れようとするが、もう遅い。半身像は両腕の鋭い爪を大蛇の体に突き立てているし、さらにそこへアストールが〈ソーン・バインド〉を放って完全に動きを封じる。その好機を逃さず、デリウスとフレクが動いた。
「はああああ!」
「おおおおお!」
二人はそれぞれ左右から大蛇に攻撃を仕掛けた。デリウスの放った青白い斬撃が、大蛇の鱗に覆われた身体を深々と切り裂く。さらに一拍遅れてダークレッドの〈覇気〉を纏ったフレクが鋭く踏み込み、十分に勢いをのせた打拳を放つ。その強烈な一撃は大蛇の巨大な身体を震わせた。
「ギィィィィイイイイイ!?」
大蛇が絶叫する。そしてあらん限りの力で身体を振り回し、〈ソーン・バインド〉の拘束を引き千切る。さらにそのまま跳ねるようにして半身像の手からも逃れ、大蛇は自由の身となった。
「っ、逃がすか!」
カムイは舌打ちをしつつ半身像を操った。もう一度、大蛇を捕まえるためだ。しかし思いのほか大蛇の動きは素早い。しかも地面を這っているせいで捕まえにくく、大蛇はするりと半身像の手をすり抜けた。
大蛇が迫る。狙いはカムイだ。その巨大な顎は彼を丸呑みにして余りある。だが彼は臆せず、両腕に“グローブ”を形成して迎え撃つ構えを見せた。しかしそんな彼に後ろからアーキッドの指示が飛んだ。
「少年、横に飛べ!」
反射的にカムイは左側へ跳んだ。そこへ後ろから青白い炎が放たれる。ミラルダの狐火だ。大口を開けたままだった大蛇は、その炎をもろに飲み込んでしまい、身体の内側を焼かれてのたうち回った。
巨体がのた打ち回っていては、そこへ近づくのは危険だ。それでカムイの半身像を盾代わりにしつつ、キュリアズやロロイヤ、それにキキやルペなどのメンバーが距離を取って攻撃を加える。ただ、大蛇は巨体だが不規則に動くし、なにより全身の鱗が鎧の変わりとなり、いまいちダメージを与えることができなかった。
「ギィィ……」
やがて大蛇の側が距離を取った。モンスターが後退するのは珍しい。蛇だけあって狡猾なのかもしれない、とカムイは思った。それで油断なく半身像を構え、集中力を高めつつ大蛇の出方を窺う。にらみ合うこと数秒。さきに動いたのは大蛇だった。
「ギギィ!」
雄叫びを上げつつ、大蛇が突進してくる。対するカムイたちは、また射撃でこれを迎え撃つ。ただ、あまり有効でないことは先程でバレている。そのせいなのか大蛇はこれらの攻撃をほぼ無視して突っ込んできた。
「させる、か!」
カムイは半身像を操作し、その腕を大蛇の口の中に突っ込んだ。そして身体の内側に爪を突き立て、さらにもう一方の腕で首元を掴む。もちろんただそれだけでは大蛇を押さえ込めない。大蛇は激しく暴れ、半身像も振り回される。しかし動きは大幅に制限された。
「〈セイクリッド……、バスター〉!!」
リムが勇ましい声を上げながら、【浄化】の力を集束して放つ。この攻撃のいいところは、フレンドリーファイアを気にしなくていいことだ。それでリムは〈セイクリッドバスター〉を一点に向けて放つのではなく、いわば薙ぎ払うようにしてその一撃を放った。
「ギィィィィイイイイ!?」
大蛇が悲鳴を上げる。リムが放った光の奔流は、大蛇を尻尾から消し飛ばした。大蛇の体の半分ほどを吹き飛ばしたところで魔力の限界が来てしまったが、しかし大蛇はもう虫の息である。最後の足掻きとばかりに半身像に牙を突き立てるが、その攻撃は全くの無意味だ。
カムイは半身像を操作し、大蛇の上顎と下顎をそれぞれ左右の手で乱暴に掴む。そしてそのまま力任せに縦に引き裂いた。絶叫は上がらない。ただ、魔昌石が一つ、地面に転がった。
「ふう……」
大蛇を倒して、カムイは一つ息を吐く。今回はイスメルと呉羽に手を出さないでおいてもらったのだが、そのせいか少し時間がかかってしまった。「次はもっと巧くやる」と心に決め、彼は〈魔泉〉を見据えた。その背中にはいつも以上のやる気が満ちている。
もっともこの日の乱獲で、いつも以上に張り切っていたのはカムイだけではなかった。呉羽とカレンもまた、いつも以上にギアを上げて戦っていた。それはカムイに触発されたからだし、また彼から貰ったプレゼントを実戦で試すためでもあった。
呉羽が貰った〈C・Cペンダント〉に付加されている二つの【ギフト】の内、実戦向きなのは【空中闊歩】だ。ルペやイスメルには及ばないものの、もともと空中での戦闘もこなしていたこともあり、呉羽はこの【ギフト】をすぐに自分のものにした。この日の乱獲で【空中闊歩】のギフトが最も役に立ったのは、四枚の翼を持つ巨大な怪鳥のモンスターが出現したときだろう。
呉羽はまず風の力を使って空中を滑るようにしてモンスターに接近し、怪鳥が巨大な嘴で彼女をついばもうとしたその瞬間、【空中闊歩】のギフトを使って跳躍。急激な方向転換によってモンスターの攻撃を回避し、そのまま大上段からの〈雷鳴斬〉で四枚の翼のうち二枚を切断。怪鳥を地面へ叩き落した。後は地上にいたメンバーが袋叩きにし、結果として空を飛ぶ難敵をほぼ無傷で倒したのである。ちなみに空中戦なのに見せ場がなかったルペは苦笑して頬を引き攣らせていた。
一方のカレンだが、彼女が貰ったプレゼントは〈クレセントブローチ〉。やはり二つの【ギフト】が付加されているが、実戦向きなのは【存在探知】のギフトである。彼女の場合、前に出ることは少なかったのだが、【存在探知】が役立ったのはむしろ後ろで待機しているときだった。
極大型のモンスターを乱獲しているからと言って、他にいわゆる普通のモンスターが出現しないわけではない。むしろ〈魔泉〉に近いだけあってモンスターの出現率は他所より高く、つまり乱獲中であっても四方八方から断続的に普通のモンスターの襲撃があるのだ。
この襲撃に対処したのがカレンだった。【存在探知】は彼女のユニークスキル【守護紋】の及ぶ範囲を基本的な有効範囲としている。そして現在、【守護紋】が及ぶのはおよそ半径70mの範囲。警戒範囲としては十分すぎる広さだ。
この範囲内にモンスターが出現したその瞬間、いや出現のために瘴気が集束しているその最中、カレンは【存在探知】のギフトでそれを察知する。そして〈瞬転〉で一気に間合いを詰め、そのまま〈伸閃〉で切り捨てるのだ。
彼女は淡々とその仕事を行った。そのおかげで他のメンバーは小うるさいモンスターに煩わされることなく、極大型のモンスターに集中することができた。決して目立つ仕事ではなかったが、しかし見ている人は見ている。アーキッドやデリウス、それにイスメルやミラルダも、目を細めて感心した様子だった。
そんな彼らの頑張りは、数字として成果に現れた。いつもならば戦闘は一日二十回程度が目安だったのだが、この日は全部で二四体も極大型モンスターを倒すことができたのだ。それは達成感と自信につながり、カムイたちは少なくとも精神的にはベストコンディションで、明日の〈ゲートキーパー〉戦を待つことになった。後はゆっくりと休み、肉体的にもコンディションを整えておくだけである。
― ‡ ―
さて、〈ゲートキーパー〉戦を明日に控えたこの日の夜。カレンにはやるべき事があった。誰かに何かを命じられたわけではない。けれども彼女は今夜中にそれをやらなければと、きっとそれが一番いいはずだと思っていた。ただ、呉羽にも手伝ってもらう必要がある。それでカレンは彼女を自分の部屋に誘った。
「呉羽、ちょっとあたしの部屋に来てくれない?」
「いいけど、どうしたんだ?」
「ちょっと相談があるのよ」
「ん? 相談って?」
二人の会話にカムイが割り込む。彼に悪気はなかっただろう。ただ、カレンにとってはちょっと都合が悪かった。それで彼が絶対に割って入ってこられない話題をでっち上げる。
「あら、カムイ。乙女の下着選びに興味があるの?」
「なにょ……!?」
「した……!?」
案の定、カムイは顔を真っ赤にして絶句した。なぜか呉羽も顔を赤くして口をパクパクとさせていたが、その隙にカレンは彼女の手を取って階段を駆け上り、そのまま自分の部屋へ飛び込んだ。
「あ、あの、カレン……。その、まさか本当に下着を選ぶのか……?」
「ち、違うわよ! アレは方便! ……実はね、カムイへのプレゼントに何が良いか、相談したくって」
それがカレンの用件だった。彼女の話を聞いて、呉羽も「ああ、なるほど」と納得の表情を浮かべる。しかし同時に怪訝な顔にもなりこう尋ねた。
「カムイにプレゼントをするのは賛成だし、わたしも考えていたけど……。それにしても急だな。明日は〈ゲートキーパー〉戦があるのに。それが終われば次の日は一日休みのはずだから、その時じゃダメなのか?」
「まあ、急だって言うのはそうなんだけどね。でも今しかないとも思うの。ほら、明日の〈ゲートキーパー〉戦に使えるものならいいと思わない? またアイツが〈魔泉〉に落っこちるなんて、そんなの絶対にイヤだもの」
それを聞いて、呉羽は「なるほど」と思った。明日の〈ゲートキーパー〉戦に間に合わせるのなら、確かにタイミングは今夜しかない。彼女も腹を決め、「分かった」と言って一つ頷いた。
「それでカレンは具体的に何か考えているのか?」
「キファさんに頼むのは、時間的に無理よね。そうなるとアイテムショップから探すしかないわけだけど……」
「アイテムショップなら、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】だな」
「うん、あたしも『ソレしかない』って思った」
意見が一致して、二人の少女は頷きあった。それならば【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】の効果を高めることもできる。ただ、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】ならば何でもいいわけではない。せっかくプレゼントするのだから、それ相応に特別なものがいい。
「そうなると、リクエストだな」
呉羽の言葉にカレンも頷く。【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ】で何かリクエストする。ここまでは簡単に話がまとまった。ヘルプ軍曹ことGMのルクト・オクスにはまたご迷惑をお掛けすることになるが、それはまあ今更だろう。
さて、問題はどんなアイテムをリクエストするのか、だ。リクエストするアイテムはプレゼントとして相応しく、それでいて実戦、特に〈ゲートキーパー〉戦に役立つものが望ましい。二人は揃って考え込み、まずはカレンがこう提案した。
「腕時計なんてどうかしら。ミリタリーウォッチって、あるみたいだし」
「腕時計か……。既存のシリーズの中にもないみたいだし……、うん、いいんじゃないかな。それで、どんな能力にするんだ?」
「それは……」
カレンは言葉を詰まらせる。腕時計というアイディアはすぐに出てきたのだが、どんな能力にするのかは考えていなかった。改めて考えてみるが、しかしなかなか思いつかない。むむむ、と彼女は眉間にシワを寄せた。
「ひとまず、腕時計は保留にしましょう。能力から先に考えた方が良さそうだわ」
「能力かぁ……。う~ん……」
つまりカムイにとって必要な、あるいは有用な能力である。長所を生かせるような能力でもいいだろう。それでいてミリタリー系のアイテム。なかなか縛りがキツイと思いつつ、呉羽は知恵を絞った。そしてひねり出したアイディアは……。
「銃、とかどうだろう。魔力を弾丸の代わりにして放てるようにしてやれば、かなり使い勝手がいいと思うんだ」
「いや、まあ、使い勝手は良さそうだけど……。プレゼントとしてどうなのよ、銃って」
「そ、そうか……。さすがにちょっと殺伐としすぎているか……。刀剣類ならそうでもないんだろうけど……」
「え?」
「え?」
二人は揃って小首をかしげた。どうも何かすれ違いがあったような気がしたが、今重要なのはそれを突き詰めることではない。そんなに時間もないことだし、二人はともかくプレゼント選びに集中することにした。
しかしなかなか「これだ」というアイディアが出てこない。そもそもカムイの装備は現時点でも結構充実しているのだ。すぐに思いつく不備はなかった。
彼は徒手空拳のスタイルだから基本的に武器は必要ない。サポーターやプロテクターなどの防具も考えたが、しかし彼には白夜叉がある。防御力と言う意味では今のままでも十分だし、かえって動きを阻害してしまう可能性があった。
「思い付かないわねぇ……」
「思いつかないな……」
カレンと呉羽は揃って唸った。その上、プレゼントとしての見栄えというか、プレミアム感も妥協したくはない。いろいろと思いつきはするがどれも一長一短で、全ての条件を満たすアイディアはなかなか出てこなかった。
「定番所でミリタリーナイフ」
「いや、カムイ、ナイフなんて使わないでしょ。……リュックサック」
「すでにストレージポーチを持っているよ。……バズーカ」
「だからプレゼントに向かないって。……ペイント用の顔料」
「消耗品をプレゼントするのはイヤかなぁ」
だんだん頭が茹だってきたのか、ろくなアイディアが出てこない。カレンはため息を吐くとベッドに倒れこんだ。そしてぼうっとしながら天井を眺める。そうしていると、グルングルンだった頭の中が少しだけ落ち着いた。そして彼女はこう呟く。
「結局……」
「ん……?」
「結局、〈ゲートキーパー〉戦のことを考えれば、カムイにとって一番必要なのは、ユニークスキルの強化なのよね……」
「そうだな」
カレンの言葉に、呉羽はそう応えて頷いた。小手先の便利さや多少の攻撃力など、〈ゲートキーパー〉相手には何の役にも立たない。例えば銃やバズーカをリクエストして実戦投入したとしても、〈ゲートキーパー〉を倒すことはできないだろう。そうなると、やはり最も有効なのは基礎能力、特にユニークスキルの強化なのだ。
「でもどうやって強化しようっか……? 実際、そのためにレーションがリクエストされたわけだし……」
ユニークスキルを強化するためのアイテムをリクエストした時、最初はピンバッチでリクエストしたと聞いている。しかし修正が入って制限時間のある消耗品、つまりレーションになった。ということはこの先どんな形でリクエストしたとしても、レーションに統合されるか、あるいはそもそもエラーが出るという結果になるのだろう。
「レーションをもっと不味くすれば倍率上がるかしら……?」
「いや、それこそ『プレゼントとしてどうなんだ』って話になるよ、それは」
カレンの不穏な呟きに、呉羽は苦笑しながらそうツッコんだ。というか、カムイが聞いたら本気で嫌がりそうだ。プレゼントというよりは罰ゲームの類である。
「……ユニークスキルって、確か容量が一定だったよな?」
「そうね。初期設定のときにそう聞いたわ」
「なら、その容量を増やすことができれば……」
「それがつまり、強化ってことなんじゃないの?」
そしてそのためのアイテムが、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】ということになる。ということはやはり、これ以外の方法でユニークスキルを強化することはできないのだろう。発想の転換が必要だった。
「……ユニークスキルの容量を増やすんじゃなくて、他のプレイヤーから一時的に借りるというのはどうだろう?」
例えばAというプレイヤーがBというプレイヤーからユニークスキルの容量を10%借りたとする。するとBが90%の能力しか使えなくなる代わりに、Aは110%の能力を発揮できる、と言う寸法だ。これなら全体で考えたときに、ユニークスキルの容量の合計は増えていない。
「いいかも……! でも、無作為に不特定多数のプレイヤーから容量を借りるのは多分無理よね……。あらかじめ借りられるプレイヤーは指定する形にして……。そうするとデザインは……」
「これなんてどうかな!?」
そう言って呉羽は示して見せたのは、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ】のページだった。ドッグタグとは認識票のことで、ここに本人の名前や所属部隊などを打刻しておくのだ。ただ別に、そういうものとして使わなければならないということはないだろう。特に、新たにリクエストする場合は。
「ドッグタグに登録したプレイヤーからユニークスキルの容量を借りるアイテム! これならデザインもネックレスタイプにできるわ!」
カレンが歓声を上げる。呉羽も満面の笑みで頷いた。
「うん! そして登録するのをわたし達にすれば、プレゼントとしてこれ以上の物はないよ!」
これで話は決まった。二人は喜色を浮かべながら、早速リクエストを行う。ちなみにカレンのシステムメニューから行い、もちろん費用は後で折半である。
アイテム名【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】
説明文【ドッグタグに登録されたプレイヤーから、ユニークスキルの容量を借りることができる】
上記のような内容で申請を行うと、案の定修正が入った。まあこの場合、エラーが出なかっただけ良しとするべきだろう。それで、修正後の内容は以下の通りである。
アイテム名【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】
説明文【ドッグタグに登録されたプレイヤーから、ユニークスキルの容量を借用することができる。ただし使用者を中心に直径100m以内にいる場合に限る。また登録できるプレイヤーは三人までで、借用できるユニークスキルの容量は一人につき10%まで。またこのアイテムを使ったプレイヤーは、その後、同量の容量を同じ時間だけ借用させてもらったプレイヤーに貸さなければならない】
「……まあ、色々と制限が付くのは仕方がないとして、『三人まで』ってところにそこはかとない悪意を感じるわね」
眉間にシワを寄せながらカレンがそう呟くと、呉羽も渋い顔をしながら頷いた。なんだか「もう一人くらい加わってもいいよね」と言われているようである。二人はルクト・オクスの顔は知らないが、それでも彼がにんまりと胡散臭い笑みを浮かべている様子が脳裏に浮かんだ。
とはいえ当然のことながら、カレンにも呉羽にも三人目を容認する気はまったくない。それでさらに内容を訂正して「三人」の部分を「二人」にしようとしたのだが、しかし修正しなおされて変えることができない。条件をより厳しくしているはずなのに、何度やってもダメなのだ。ソレを見て呉羽が忌々しげにこう呟いた。
「絶対にこちらの様子を監視しているな、これは……」
「絶対面白がってるわよね、これ」
カレンも顔を険しくしてそう応じる。しかしながら最後に折れたのは彼女たちの方だった。時間がなかったのだ。明日は〈ゲートキーパー〉戦が予定されている。コンディションを整えるためには十分な睡眠時間を確保する必要があり、そのためにもあまり夜更かしをするわけにはいかなかったのだ。
「まあ、しょうがないかぁ……。カムイだって、そんなことしないだろうし……」
カレンが嘆息気味にそう呟くと、呉羽も重々しく頷いた。お付き合いしている彼女たちから名前入りのプレゼントを貰っておいて、後からそこに別の女の名前を勝手に追加する。これはヒドイ。そんなことをしようものなら、百年の恋も覚めるというものだ。カムイはそこまで鈍感でも女心に疎いわけでもない、と二人は信じていた。
「じゃあ、これで申請するわよ?」
「ああ、やってくれ」
呉羽がそう同意したところで、カレンは申請のボタンをタップした。するとすぐにアイテムは生成された。
呉羽がアイテムショップのページを開いて生成されたアイテムを確認する。ただ、値段が記載されていない。不思議に思って詳しく見ていると、購入するドッグタグの数によって値段が変わるらしい。
ドッグタグは一つ120万Ptで、一つにつきプレイヤーを一人登録できる。登録できるのは三人までだから、一度に装備できるドッグタグは三つまでと言うことになる。なお、後でタグだけを買うことも可能だ。
カレンと呉羽は早速、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリードッグタグ2.0】に自分達のことを登録していく。登録はこのアイテムのページからできた。名前の欄をタップして自分のプレイヤーネームを登録し、さらに貸与するユニークスキルの容量を10%までで設定する。もちろん、二人とも10%に設定した。
「それじゃあ、購入するぞ」
設定が完了したところで、呉羽はそのアイテムを購入した。ドッグタグは二つなので、お値段240万Pt。もちろんリクエスト費用を含め、後で割りカンだ。
「わ、結構カッコいい」
ドッグタグの付いたネックレスを見て、カレンは嬉しそうに歓声を上げた。呉羽も確認するが、そのデザインに不満はない。チェーンはシルバー。ドッグタグは深みのある灰色で、黒縁のサイレンサーが付いている。タグには登録したとおり、プレイヤーネームと貸与する容量の数字が打刻されていた。
「無事に決められて良かったわ。あとは渡すだけね」
晴れやかな声でカレンはそう言った。彼女の顔には達成感が浮かんでいる。ただ、そのまま渡すのもどうかと思ったのだろう。彼女はオシャレな紙袋を買い、そこにネックレスを納めて小包を作った。これで立派なプレゼントである。
その出来栄えに、カレンは満足そうに何度も頷いた。今にも部屋を飛び出しそうな雰囲気だが、そんな彼女に呉羽が少しモジモジしながらこう声をかけた。
「あのぅ……、カレン……、その、し、下着は買わなくて、いいのか……?」
「え? いや、だってそれは方便で……」
「でも、き、期待してると思うんだ……」
「え、期待って?」
カレンがキョトンとした顔でそう聞き返す。そんな彼女に呉羽は顔を赤くして、俯き加減になりながらこう説明する。
「なんと言うか、わたし達は付き合っているわけで、そんな相手が『下着を選ぶ』なんて言ったら、期待するんじゃないかと思うんだ……。その……、まだ、なわけだし……」
「……っ!!?」
呉羽が何を言っているのか理解し、カレンは湯気を噴く勢いで顔を赤くした。口をパクパクとさせるが、文字通り言葉にならない。
つまり、「下着を選ぶ」というカレンの言葉を、カムイは「勝負下着を選ぶ」と言う意味に勘違いしているのではないか、と呉羽は言っているのだ。そしてそう勘違いしたなら、その先を期待するのはある意味当然だろう。
「あ、あたしそんなつもりじゃ……!?」
「カレンがそんなつもりじゃないのは分かってるよ。だけど、あの状況でカムイがどう思うか……」
「うう……、う~」
呉羽の言葉に、カレンは顔を真っ赤にしたまま唸った。「下着を選ぶ」というのはカムイを寄せ付けないための方便だったわけだが、もう少し言葉を選ぶべきだったろう。盛大に自爆してしまった格好である。
このままでは「プレゼントはア・タ・シ」になりかねない。その様子を想像し、カレンは恥ずかしすぎて悶絶しそうになった。しかも記憶とは厄介なモノで、ここであの一節が甦る。
――――三人で仲良くね。
それはつまりアレか。二人で勝負下着を着てやらかすのか。ナニを? そりゃ、ナニを。
あまりの羞恥のせいで、カレンの頭はもうまともに働かなかった。ただ自分の失言が原因で、話がとんでもなく恥ずかしい方向へ転がってしまっていることだけは分かる。分かるがために、彼女の頭はほぼ完全にフリーズしてしまった。そして頭がフリーズした人間の取る行動は、短絡的なものと相場が決まっている。カレンは毛布を頭から引っかぶり、ベッドの上で丸くなってしまった。
「もうカムイの顔見られない!」
「うわぁ、カレン!?」
「じゅうねんくらい引きこもる!」
完全に毛布の下に隠れて、カレンがそう叫んだ。幼児退行でも起こしているのか、言葉がちょっと舌足らずである。そんな彼女を呉羽が必死に宥めた。
「だ、大丈夫だよっ! プレゼント渡せば誤解も解けるよ!」
「でも、期待させちゃったし……」
「いや、それはわたしの想像であって、本当に期待しているかどうかはまだ……」
「してるわよ! アイツ結構むっつりだもん!」
「む、むっつり……」
「それに……、き、期待されてなかったら、それはそれでなんかヤだし……」
赤い顔を毛布からちょっぴり出して、カレンはそう呟いた。それを聞いて、呉羽も顔を赤くしながら「うっ」と言葉を呑んだ。期待されるのは恥ずかしい。けれど期待されないのもなんだか癪。そういう心情は呉羽にも良く分かった。
ともあれ最大の問題は「これからどうするのか?」である。現実問題として毛布かぶって引き篭もっているわけにいかないのだから、下着選びをするのかしないのか決める必要があった。
冷静になって考えれば、期待云々の話は気付かなかったことにして、用意したプレゼントだけを渡すのが常識的だろう。カムイは自分の「思い違い」に悶絶するかもしれないが、そこは見てみぬ振りをしてあげればいい。
ただ、この時の二人はもう十分すぎるほどに冷静ではなかった。加えて初々しい、恋する乙女としての心理も働く。最初にこう言ったのはカレンだった。
「……ちょっと、ちょっとだけ、のぞいてみる?」
それはある意味、悪魔の囁き。
「の、のぞく、だけなら……」
そう言って呉羽も頷く。ソレを見てカレンはごくりと唾を飲み込むと、アイテムショップのページを開いた。
「こ、これは……!」
「す、スゴ……! こんなの、ほんとうに……?」
「これなんてスケスケじゃないか!」
「こっちなんてほぼ……」
二人の少女が本当に勝負下着を購入したのか、それは定かではない。定かではないと言ったら、定かではないのである。
今回はここまでです。
続きは気長にお待ちください。




