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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中

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〈魔泉〉攻略中6


「〈魔泉〉の、より詳しい調査を行いたい」


 ロロイヤがそんなことを言い出したのは、〈クリスタライザー〉が完成してから二日後、つまり再出現した〈ゲートキーパー〉を撃破してから七日目の夜のことだった。ちなみにこの時点で、カムイがキファに依頼したアクセサリーはまだ完成していない。


「説明」


 呆れたような口調で、アーキッドはそう求めた。ただ呆れてはいるが、唐突な要望に困惑した様子はない。このあたり、ロロイヤとの付き合いが長くなってきたことを感じさせた。一方、説明を求められたロロイヤは、「ふむ」と呟いてからこう語り始めた。


「まず大前提としてだが、〈魔泉〉はただの穴ではない。アレは空間に、いわば次元に空いた孔だ」


「……その根拠は?」


「ルクト・オクスの話を少し考察すれば、だれでもその結論にたどり着く」


 説明するのも面倒だ、という顔でロロイヤはそう言った。カムイが〈オリジン・スフィア〉で出会ったGMルクト・オクスは、〈魔泉〉について「孔」という言葉を用い、さらに「舞台の外側と繋がっている」と言った。


 彼の言う「舞台」とはゲームの舞台の意味であり、つまりこの世界のことだ。だから彼の言葉は「〈魔泉〉は世界の外側と繋がっている」と言い換えることができる。となればロロイヤの言うとおり、「〈魔泉〉とは次元に空いた孔である」という結論に達するのはそう難しいことではない。


 さらに、瘴気のこともある。瘴気についてルクトは「世界の外側からの流入物」と説明していた。仮に〈魔泉〉がただ深いだけの穴であった場合、瘴気は地下深くから噴き出していることになる。


 それでは「世界の外側からの流入物」とはいえない。瘴気が「世界の外側からの流入物」であるためには、〈魔泉〉は世界の内側と外側を繋ぐもの、つまり次元孔でなければならないのだ。


「それで、次元孔の状態と言うか、空間の状態を調べたいというのが、今回の調査の目的だな」


 調査の目的を、ロロイヤはそう語った。次元やら空間やら、なんともSFチックな話である。科学の発達したカムイの世界でさえ、人の手はそこまで伸びてはいなかった。バカバカしいほど壮大に思え、彼はなんだか現実感が湧かない。それでつい懐疑的な声で、こう尋ねた。


「……そもそも、次元の孔なんて、本当に調査できるのか?」


「ふ、ワシを一体誰だと思っている?」


「はた迷惑な魔道具職人だと思っている」


 カムイは間髪入れずにそう答えた。しかしロロイヤには、まったく怯んだ様子はない。それどころか彼は持ち前の鉄面皮を発揮してカムイの嫌味をスルーし、むしろ得意げな様子でこう言った。


「ストレージアイテムの出品主だぞ? 亜空間だの、空間拡張だの、むしろワシの専門だ。今回の調査はその延長にすぎん」


 その返答に、カムイはわずかに顔をしかめて黙り込んだ。ロロイヤは確かに「はた迷惑な魔道具職人」だが、同時に傑出した魔道具職人でもある。その彼がこうも自信を見せるのだから、やはり一定以上の成算があるのだろう。


(それにしても……)


 それにしてもファンタジーというのはチグハグだ、とカムイは内心で呟いた。話を聞く限り、ロロイヤやアストール、ミラルダやキュリアズといったメンバーの出身世界はいわゆるファンタジーの世界で、その文明水準は現代日本と比べると遅れているように思う。乗り物と言えば馬車か荷車で、「電気? 何それ美味しいの?」というのがファンタジーのクオリティーだ。


 それなのにごく一部のコアな分野、今回で言えば空間や次元に関する分野では、現代日本を大きく上回っているのだ。そのチグハグさに、なんだか妙な収まりの悪さを覚える。得意分野が違う、ということなのだろうか、あるいは無意識のうちに見下していたのだろうかとも思い、カムイは「慎むべし、慎むべし」と心の中で呟いた。


 さて、カムイが黙ってしまったのを見て、アーキッドは苦笑しながら再び口を開く。彼はこう尋ねた。


「……それで、調査のメリットは?」


「うまくいけば、〈魔泉〉を文字通り塞ぐための足がかりが得られる、かもしれん。まあそうでなくとも、何かしらのデータは取れるだろうよ」


 メリットとして主張するには、少々物足りないようにも思える。それを自覚しているのだろう。ロロイヤは肩をすくめていた。もっとも、〈魔泉〉という一個の災害を相手にしているのだ。見通しが立たないのはむしろ当然ともいえた。


「……じゃあ、デメリットは?」


「極大型の乱獲は中止してもらうことになるから、その分の稼ぎは消えるな。まあ、それにしても半日程度だ。それとまたイスメルとカレンに面倒をかけることになる。あとは、一度で終わるかは分からん、といった位か」


「なるほどね。さてさて、費用対効果は見合うかな……?」


 ロロイヤの話を聞き、アーキッドは苦笑しつつ冗談めかしてそう言った。ロロイヤの話を聞く限りでは、あまり危険はなさそうだ。そもそもあのイスメルが出張るのだから、何かあればすぐに離脱するだろう。ただ、何ができるのかという問題はある。それをイスメルがこう指摘した。


「話を聞く限り実際に赴くのはわたし達のようですが、しかしわたしもカレンも空間や次元の専門家ではありません。調査へ行くとは言っても、何ができるわけでもないと思いますが……」


「その点については心配するな。調査用の魔道具を用意した。コレだ」


 そう言ってロロイヤはテーブルの上に丸い水晶玉を置いた。大きさは、ちょうど片手で鷲掴みできるくらい。もしかしたら水晶ではないのかもしれないが、カムイの知識と照らし合わせるとそう形容するのが一番近い。占い師が手をかざしながら覗き込んでいそうな、アレである。


「〈探求の宝玉〉、とでも名付けようか。ともかく〈魔泉〉のできるだけ深い位置でコイツを発動させてくれ。そうすれば後は勝手に術式が展開されてデータが収集される。データの収集が終わり、魔力を込めても反応がなくなったら調査は終了だ」


 データの解析はコッチでやる、とロロイヤは請け負った。つまりイスメルとカレンがやるべきは、〈魔泉〉へ向かいそこで調査用の魔道具を使うこと、それだけだ。ほとんど行って帰ってくるだけの簡単なお仕事である。イスメルは一つ頷き、カレンは安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。


 その後、さらに二、三の質問が行われ、それに対しロロイヤは淀みなく答えた。そして質問をするメンバーがいなくなると、アーキッドは一同を見渡してから彼らにこう尋ねる。


「そんで、どうする?」


「〈魔泉〉の情報は金では買えん。どんな瑣末な情報であれ、手に入るのであればやる価値はあるだろう」


「そうですね。わたしも調査には賛成です」


 そう言ったのはデリウスとアストールだ。二人が賛成し、さらに他のメンバーも同調するように頷く。反対意見は出ず、こうして何度目かの〈魔泉〉の調査が行なわれることになったのだった。


 ただ結論から言えば、この調査はうまくいかなかった。


 翌日、つまりつまり再出現した〈ゲートキーパー〉を撃破してから八日目の朝、イスメルとカレンは調査用の魔道具〈探求の宝玉〉を受け取り、【ペルセス】に跨って〈魔泉〉へと向かった。〈ゲートキーパー〉は出現せず、二人は警戒しつつも余裕を持って〈探求の宝玉〉を発動させる。だが……。


「壊れた、だと?」


 カレンの報告を聞き、ロロイヤは珍しく困惑を顔に出した。「どういうことだ?」と尋ねる彼に、カレンはこう説明する。


「ええっとですね……。発動はしたんですよ。それで、いろんな魔法陣が展開されて……」


「うむ、正常な動作だな」


「最初は順調に動いていたみたいなんですけど、魔力を込め続けているうちに、“ピシッ”ってなって、こんなことに……。」


 そう言ってカレンは〈探求の宝玉〉を取り出した。その透明な球体には、真ん中から全方向へ放射状にヒビが入っている。一目で壊れてしまったとわかる有様だ。魔力を込めてもうんともすんとも言わない、困り果ててひとまず戻ってきた、という次第だった。


 ひび割れた〈探求の宝玉〉を受け取ると、ロロイヤはそれをしげしげと眺めた。魔力を込めてみるが、当然のように反応はない。多少なりともデータを取り出せないかと思ったのだが、それも難しいようだ。まあ、そもそもデータが取れていなかった可能性もあるが。


「……確かに壊れているな。壊れたときはどんな感じだった?」


「え、ええっと……?」


「徐々に不調が出て壊れたのか、それともいきなり壊れたのか?」


「い、いきなりでした」


 それを聞いてロロイヤは「ふむ」と思案気に呟いた。今回の調査で、瘴気がいわばノイズとなりデータがうまく収集できない、という事態は想定していた。想定して、考えうる限りの対策も講じておいた。その対策が上手くいくかはまた別問題なわけだが、上手くいかなかったとしても成果がゼロということにはならなかっただろう。


 だが魔道具が壊れるという事態は想定していなかった。そのおかげで今回の調査は成果ゼロである。魔道具がこのままではダメだと分かったことがわずかばかりの成果と言えなくもないが、ずいぶんと斜め下の成果だ。


「ふむ、情報量に耐えられなかったのか、それとも多量の瘴気に術式を吹っ飛ばされたのか、あるいはノイズが思った以上に大きかったのか……」


 すぐに思いつく原因はそんなところだろうか。なんにしても、〈探求の宝玉〉は一から設計を見直さなければいけないだろう。ロロイヤは苦笑しながら「やれやれ」と言わんばかりに頭を振った。


「今回の調査は失敗だな。さすがにそうそう上手くはいかん。よし、気分転換に乱獲に行くぞ」


「やれやれ、切り替えの早い爺さんだぜ」


 苦笑しつつも、アーキッドは立ち上がった。当初の予定では、極大型モンスターを乱獲して稼ぐのは午後からのはずだった。しかし早々に魔道具が壊れて調査が失敗してしまったので、午前中のかなりの時間が空いてしまっていた。


 当初の予定に固執してこの時間を無駄にするのはもったいない。それで彼らは予定を繰り上げて乱獲を開始することにした。小高い丘の上へ移動し、そこから〈魔泉〉を眺める。そこからは相変わらず大量の瘴気が噴出していて、カムイにはそれが人を拒んでいるように見えた。


「では始めます。囲い、括り、閉じ込めろ、【ラプラスの棺】!」


 キュリアズが【ラプラスの棺】を発動する。それを見てカムイも身構えた。〈魔泉〉が人を拒もうとも関係はない。利用できるだけ利用し、ちょっかい出せるだけちょっかいを出し、そして挑めるだけ挑むのだ。


 最終的にどんな結果になるのかは分からない。ただ、〈魔泉〉はもうアンタッチャブルな存在ではなくなった。攻略は確かに前へ進んでいるのだ。それもカムイたちだけではなく、世界中で。


(それはちょっと期待しすぎかな)


 都合のいい自分の想像に、カムイは苦笑した。そして出現した極大型モンスターを真っ直ぐに見据える。通信手段が限られているこの世界で、世界中の攻略状況を知ろうだなんて、そんなことはおよそ不可能な話だ。一人のプレイヤーに把握できるのは、結局目の前の事柄だけである。


 ならばやはり、自分にできる事をやるしかない。あと二日もすれば、また〈ゲートキーパー〉が再出現するのだ。ヤツから魔昌石を引っこ抜いて回収するのは、今度こそカムイの仕事である。


 カムイにとってこの乱獲は、その予行練習も兼ねているのだ。〈魔泉〉はアンタッチャブルではなくなったが、しかし危険で人を拒んでいることに変わりはない。気を抜けばまた墜とされてしまうだろう。カムイだってそれはイヤである。


「おおおおおお!」


 カムイは裂帛の声を上げて、サンショウウオのような極大型モンスターを迎え撃つ。真正面から受け止めたせいでかなりの圧力がかかるが、しかし〈ゲートキーパー〉相手ならこの程度ではすまないだろう。


(負けてられない、よなぁ!?)


 声に出さずに、カムイは吼えた。彼には、ロロイヤのような頭脳はない。〈魔泉〉に対していわば科学的な側面からアプローチをすることはできないのだ。だからこそ、自分ができることについては、手を抜くわけにはいかない。


 攻略は進んでいる。少なくともカムイの周囲では。それも、これまでにないスピードで。それに遅れるわけにはいかない。まして役立たずになるだなんて、我慢できない。そんな想いを胸に、カムイは集中力と戦意を高めた。



 ― ‡ ―



 ロロイヤ発案の調査が失敗に終わったその日の晩。カムイのもとにキファからメッセージが届いた。彼は自分の部屋でそのメッセージを開き、口元に小さく笑みを浮べる。期待したとおりの内容だったのだ。


《From:【Kiefer(キファ)】》

《ご注文の品が完成したよ。君からの返信を貰ったら、プレイヤーショップに出品する。二つセットで、値段は300万Pt。品物の説明は、それぞれの化粧箱に入れておいた。クレハとカレンによろしく。間違って他のプレイヤーに買われてしまっても、私にあたらないでくれよ?》


 最後の一文に苦笑してから、カムイは短く返信を送った。そしてすぐにプレイヤーショップのページを開く。少し待つと、キファの名前で商品が出品された。他のプレイヤーに買われるのを防ぐためなのだろう。二つのアクセサリーはそれぞれ化粧箱に入っていて、画像だけではどんな商品なのかは全く分からない。かなり高額なこともあり、事情を知らなければこれを買おうと思うプレイヤーはほとんどいないだろう。


 とはいえ、カムイは事情を承知している。躊躇うことなくそのアクセサリーのセットを購入した。次の瞬間、シャボン玉のエフェクトと一緒に化粧箱が二つ現れる。カムイはそれを丁寧に机の上に置いた。


 逸る心を抑えながら、まず片方の化粧箱を開ける。中に入っていたのはコインペンダントと折りたたまれた一枚の紙。ペンダントということは、コレは呉羽のために注文した品だ。紙の方はキファが言っていた説明書だろう。


 カムイは慎重な手つきでそのペンダントを取り出し、ためつすがめつ眺めてその具合を確かめる。吊り紐は革でコインの周りのフレームは銀色に輝いている。コインは深みのある灰色で、大きさは500円玉くらいに思えた。


 そしてそのコインの片面には、注文どおり藤の花をデフォルメした紋様が描かれている。それもただの彫刻ではない。青や紫の小さな結晶を幾つも組み合わせて、まるでモザイク画のようにその紋様を描いているのだ。


 コインのもう一方の面には、こちらも注文どおり菖蒲の花をデフォルメした紋様が描かれていた。藤の花と同じく小さな結晶を組み合わせたモザイク画で、葉の部分には緑の結晶が用いられている。


 どちらかが裏、ということはないのだろう。矛盾しているかもしれないが、両面表なのだ。実際、フレームは簡単に回転するようになっていて、ペンダントを付け直さなくてもコインを反転させられるようになっていた。


(さすがキファさん)


 思っていた以上の出来栄えに何度も頷きながら、カムイはペンダントを化粧箱に戻した。そして次にもう一方の化粧箱を開く。中に入っていたのはブローチで、コチラはカレンのために注文した品だ。


 モチーフは注文どおり三日月。ただ、そこに天馬の意匠が加わっている。これは【ペルセス】をモチーフにしたものだとすぐに分かった。カレンのためのブローチとして、相応しいデザインと言えるだろう。あと、こちらにも折りたたまれた説明書が一緒に入っていた。


 使われている素材は、おそらく金。綺麗に磨かれ、文字通り光り輝いている。そして何より目を惹くのは、真ん中に配置された大粒で緑色の宝石。これはたぶんエメラルドだろう。美しくカッティングされたその宝石の存在感は格別で、正直〈三日月のブローチ〉というより、むしろ〈エメラルドのブローチ〉の方がいいようにさえ思える。


 ブローチをひっくり返してみると、そこには見慣れない文字で「三日月の夜空を天馬で駆ける」と彫られている。聞きなれない一節だが、文字と合わせてキファの世界のモノなのだろう。カムイはそう思った。


(コッチも上々……)


 満足げに頷いてから、カムイはブローチを化粧箱に戻した。それから二つのアクセサリーを見比べ、もう一度頷く。キファにお礼のメッセージを送ろうかと思ったが、彼女はまだ時間制限を解除していないことを思い出し、後にすることにした。


「さて、と……」


 カムイは腕を組み、小さくそう呟いた。こうしてプレゼントは用意した。あとはこれをカレンと呉羽に手渡すだけだが、いざこうしてみるとなかなか気恥ずかしい。とはいえ用意しただけでは意味がない。カムイは「よしっ」と言って気を張ると、二人を呼ぶために部屋から出て行った。


 二人は一階のリビングにいた。料理の本を広げながら、楽しそうに談笑している。カムイが階段から降りてくると、それに気付いたカレンが彼を手招きをして、さらにこう尋ねた。


「カムイは何が食べたい?」


「いきなりだな……。でも、う~ん、そうだなぁ。餃子とか久しぶりに食べたいかも。ビールにもあいそうだし」


「カムイはすっかり酒飲みになったわよねぇ」


 カレンはそう言って呆れた。ただカムイにしてみれば、毎日飲んでいるわけではないので、酒飲みと言われるのは少々心外である。酒飲みと言うのは、アーキッドやガーベラのような人種のことを言うのだ。まあ、未成年が堂々とお酒を飲んでいることをさして「酒飲み」と言っているのであれば、反論はできないが。


「それで、どうしたんだ?」


 酒飲み云々にはとやかく言わず、カムイは広げられた料理本のほうに視線を向けながらそう尋ねた。すると呉羽が笑みを浮かべてこう答える。


「ほら、そろそろ〈ゲートキーパー〉が再出現するだろう? そうなるとカムイはまたあのレーションを飲むことになるだろうから、口直しに何か作ってあげようって、カレンと相談していたんだ」


 彼女のいう「あのレーション」とは、つまり【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】のことだ。その「ちょー不味い」味を思い出し、カムイは思わず顔をしかめた。それを見て呉羽はクスクスと楽しげに笑い、カレンは「しょうがないなぁ」と言わんばかりに苦笑する。そしてこう言った。


「ま、美味しい餃子を作ってあげるから、期待しておきなさい」


「よろしく……。それと、二人とも。ちょっと渡したいものがあるから、オレの部屋に来てもらっていいか?」


「え、それって……」


 何かに気付いたような様子をカレンが見せる。呉羽も同様だ。そんな二人の様子を見て、カムイは顔に血が上るのを感じた。それで小さく頷いてからさっさと身を翻して足早に階段を上る。そんな彼の背中を、呉羽とカレンが追った。


 部屋に入ると、カムイはすぐにプレゼントを二人に手渡した。ぐずぐずしていると加速度的に気恥ずかしくなる気がしたのだ。とはいえ、それでもやっぱり気恥ずかしいものは気恥ずかしい。ただそれは呉羽とカレンも同じだったらしく、化粧箱を受け取った二人は頬を赤く染めていた。


「あ~、その、付き合い始めたわけだし、それにいろいろと迷惑もかけたから、その分も合わせて……。ま、まあ、とりあえず開けてみてくれっ」


 気恥ずかしさを勢いでごまかし、カムイは呉羽とカレンにそう勧めた。彼女たちは一つ頷くと、それぞれ顔を見合わせてから同時に化粧箱を開く。そして次の瞬間、二人は揃って歓声を上げた。


「これは……、藤と菖蒲のペンダント……! すごい……、とても嬉しいよ」


「うわぁ……、三日月と天馬のブローチね! あ、ありがと。大切にするわ」


 呉羽とカレンは少し恥ずかしげにはにかみながら、カムイの方を見て礼を言った。彼女達の頬が上気しているのは、きっと気恥ずかしさのためだけではないだろう。二人の目元はわずかに潤んでいる。ただカムイも結構いっぱいいっぱいで、彼がそれに気付くことはなかった。


「うん。まあ、喜んでくれて、よかったよ」


 カムイがそう言うと二人は満面の笑みを浮かべながら、お互いのプレゼントを見せ合いっこし始めた。はしゃぎながら褒め合い、「いいね、いいね」と言い合う。その様子を見て、カムイも自然と笑顔になる。


(ほんとうに、良かった……)


 二人の好きなものをモチーフにしたかいもあり、どうやらプレゼントはちゃんと気に入ってもらえたようだ。カムイはそのことにまず安堵を覚えた。そして次にじわじわと、達成感や多幸感がこみ上げてくる。「やって良かった」と彼は心の底から思った。


「それにしても、コレはアイテムショップで探したのか?」


「いや、キファさんに依頼して作ってもらった。モチーフと、あとはペンダントとブローチってことだけ伝えて、あとの細かいデザインと【ギフト】はお任せにしたんだ。説明書が一緒に入ってるんだけど……」


「ああ、コレね。ええっと、どれどれ……」


 呉羽とカレンは化粧箱に入っていた説明書を広げ、その中身を確認していく。そこにはそれぞれ以下のようなことが書かれていた。


『銘:〈クラフトコイン(C・C)ペンダント〉


 見ての通りのコインペンダントだ。ペンダントトップのコインは、実は二枚のコインを背中合わせにしてフレームに収めている。だから両面表というわけだね。ちなみに裏面にはそれぞれ、クラフトコイン(C・C)シリアルナンバーを打刻してある。取り外しての交換も可能だから、別のコインが欲しくなったら依頼してくれ。もちろん【ギフト】も付加する。お待ちしているよ。


 それで作品について説明させてもらうと、今回は細かい結晶や宝石を使ってモザイク画風にしてみた。マナの結晶も使っているよ。モチーフは見ての通り、藤と菖蒲。カムイ君の要望通りにしたんだけど、もしかして呉羽の好きな花だったかな? 


 コインが二枚だから【ギフト】もそれぞれ一つずつ、合計で二つ付加してある。まずは藤のコインだけど、こちらには【空中闊歩】のギフトを付加した。つまり空中を歩けるというわけだね。空中戦に苦労しているという話を思い出して、この【ギフト】にしてみた。


 24時間に42歩まで、ノーコストで空中を歩くことが可能だ。ちなみに42というのは、藤の花を構成しているモザイクの数だよ。これ以上は魔力を消費することで空中闊歩が可能だ。


 菖蒲のコインには、【ユニーク武装収納】のギフトが付加してある。この【ギフト】はその名の通り、「武装形態のユニークスキルを収納しておける」というものだ。呉羽に当てはめると、【草薙剣/天叢雲剣】を収納しておけるということだね。


 直接戦力に結びつくものじゃなくて、がっかりさせてしまったかもしれない。ただこの先、カムイ君とデートをするときに刀を腰に吊りっ放しというのもどうかと思ってね。お節介を焼かせてもらった。呉羽も年頃だし、この機会におしゃれを楽しんで欲しい。それじゃあね』


 その説明書を読んで、呉羽は思わず顔を赤くした。「カムイ君とデート」。その一文が彼女の心を激しく翻弄する。恥ずかしいのか嬉しいのか照れくさいのか、頭を抱えたいような、それでいて舞い上がってしまいそうな。色々な感情が渦を巻きながらこみ上げてくる。彼女はそれを抑えられなかった。


「な、にゃ……!?」


「ど、どうしたんだ……?」


「な、なんでもにゃいぞ!?」


 若干噛みつつも、呉羽はカムイの追求をかわした。そしてごくりと唾を飲み込んでから、もう一度キファの説明書をじっくりと読み込む。デートデートデートデート……。その単語ばかりがリフレインする。


(今度ちょっと、かわいい私服でも買おうかな……)


 とりあえず、そんなことを考えた。さて一方、カレンが目を通す説明書には、こんなことが書かれていた。


『銘:〈クレセントブローチ〉


 ご覧の通り、三日月と天馬をモチーフにしたブローチだ。カムイ君の要望は三日月だけだったけど、私の独断で天馬も加えさせてもらった。言うまでもないが、天馬は【ペルセス】をモデルにしている。なかなかカレンに相応しいと思うんだが、どうかな?


 作品の説明をさせてもらうと、純金製のブローチをそのまま台座の代わりにしてカッティングしたエメラルドをはめ込んである。〈状態維持〉と〈復元〉の術式を仕込んであるから、十分実戦に耐えうるはずだ。ただ、術式も完全ではないので、あまり過信しすぎないでくれよ。


 作品は見ての通り大きく二つのパーツからなっている。つまり純金製のブローチとエメラルドだ。そのそれぞれに一つずつ、【ギフト】を付加してある。


 まずブローチだけど、こちらには【存在探知】のギフトを付加してある。これはまあ、気配探知の上位スキルだと思ってくれればいい。相手が意図的に気配を断つようなスキルを使っていたとしても、その存在を探知できるというわけだね。


 ただ、強力な反面、制限もある。カレンのユニークスキル【守護紋】の及ぶ範囲が、【存在探知】の効果の基本範囲になる。意識を集中することで効力は増すと思うけど、有効範囲はあまり変わらないと思うのでそのつもりで。


 そしてエメラルドのほうには【守護獣契約】のギフトを付加した。これは聖獣や霊獣などと契約を結ぶための、いわば触媒の代わりとなる【ギフト】だ。


 カレン、これを読んで今君はこう思っていることだろう。「役に立つのだろうか?」と。私も同じことを考えた。滅び去ってしまったこの世界に、果して契約を結ぶことができる聖獣や霊獣がいるのだろうか、と。


 だがね、カレン。私はこうも思うんだ。もしもそれが叶ったなら、それこそ君に相応しいじゃないか、とね。だからこそ、あえてこの【ギフト】を仕込ませてもらった。きっと役に立つと思う。私のカンだけどね。なに、キファさんのカンはよく当るんだ。


 追伸、天馬の意匠だけど、最初ユニコーンにしようと思ったんだ。だけど止めた。ほら、ユニコーンって処女性の象徴だろう? きっと契約もできないだろうしね。ユニコーンの意匠にしておいてユニコーンに蹴られたなんていったら、とんだ笑い話だよ。ま、三人で仲良くね』


「余計なお世話よっ!」


 反射的にカレンはそう叫んだ。途中までいい雰囲気だったのに、すべて台無しである。「キファさんめェ……」と赤い顔で唸っていると、カムイが彼女に怪訝な目を向けた。彼は首をかしげてこう尋ねた。


「なんて書いてあったんだ?」


「な、なんでもないわ!?」


 動揺しながらも、何とか誤魔化す。こんなもの、見せられるわけがないではないか。キファが「してやったり」と悪戯っぽい笑みを浮かべている姿が脳裏に浮かび、カレンはまた「うぅ~」と唸った。


 しかしながらそれでも、最悪の事態は避けられた。カムイの様子を見る限り、彼はこの説明書を読んでいない。もしも読んでいたのだとしたら、こんなに平然とはしていられないだろう。もしも読まれていたのだとしたら、一週間ぐらい自分の部屋に引き篭もって出てこない自信がカレンにはあった。


(く、呉羽のほうは……)


 赤い顔をしながら、カレンは呉羽の横顔を窺う。彼女は頬を上気させながら、説明書を何度も読み返していた。その目は潤み、口元には笑みが浮かんでいる。どうやら彼女の方にもアクセサリーの説明だけではない、何か余計なことが書かれていたようだ。呉羽の様子からカレンはそれを察した。


 そして似たようなことを感じ取ったのだろう。少し焦れた様子を見せながら、カムイは呉羽とカレンにこう尋ねた。


「それで二人とも。どう、なんだ?」


「あ、うん。【ギフト】もわたし向きだったよ。デザインも気に入ったし……。この藤の花の意匠がウチの家紋にそっくりなんだ。だからとても懐かしくて、嬉しいよ」


 藤のコインを見せながら、まずは呉羽がそう言った。その横でカレンは説明書をやや乱暴に折りたたみ、それから赤いままの顔をカムイに向ける。そして若干視線をそらしながらこう言った。


「【ギフト】はちゃんとしたやつだったわ。【ギフト】はね。使いこなせるかはちょっと心配だけど、うん、大丈夫。やってみせるわ。せっかくのプレゼントだもんね」


 二人がそう答えるのを聞いて、カムイは胸を撫で下ろした。【ギフト】はキファ任せにしていて、しかも説明書を読む前に二人に渡したものだから、マジックアイテムとしての性能は全く把握していなかったのだ。キファのことだからそう変な【ギフト】にはしないだろうと思ってはいたが、ちゃんと能力も含めて気に入ってもらえたらしい。


「そっか。なら良かった。……それで、どんな【ギフト】なんだ?」


 カムイがそう尋ねると、カレンと呉羽は嬉々としながらそれぞれの【ギフト】について彼に教えた。それから二人は実際にプレゼントを身につけてみる。カムイが「似合う」と言って褒めると、彼女たちはうれし恥ずかしといった具合にはにかむのだった。


 それから三人で話し込んですっかり夜もふけた頃、呉羽とカレンはカムイの部屋を後にした。ちなみにそういうふうに話を持っていったのはカレンで、彼女が「キファさんの思惑通りになるわけにはいかない」と考えていたのかは定かではない。


「あ、呉羽。ちょっといい?」


 呉羽は胸元のペンダントを撫でながらまっすぐ自分の部屋に戻ろうとするが、そんな彼女をカレンが呼び止めた。そしてカレンは周囲を窺いながら、振り返った彼女の手を引いて自分の部屋に連れ込む。それから小首をかしげている呉羽にこう尋ねた。


「キファさんのあの説明書、何か余計なこと書いてなかった?」


「え、あ、いや……。ということは、カレンも?」


「やっぱりかぁ」


 カレンはちょっとうな垂れた。それから二人はお互いの説明書を交換して読んでみる。キファが二人のことを真剣に考えてくれたことは伝わってくるが、やっぱり余計なお世話と言うか、そんな気がしてならない。もっとも、自分達のそんな反応さえあの人は折込済みなのだろうと思い、カレンはため息を吐くのだった。


「カ、カレン……。この『三人で』というのは、もしかして……!」


「深く考えたらダメよ。キファさんの陰謀だわ」


 カレンのその言葉に、呉羽はコクコクと何度も頷いた。それから彼女は恐るおそるといった様子で、もう一度カレンに今度はこう尋ねた。


「そ、それでカレン。ユ、ユニコーンと契約できないだろう、っていうのは……?」


「で、出鱈目よ!? で、できるわよ! ここにいれば!」


 半ばヤケクソ気味に、カレンはそう叫んだ。それから急にしおらしくなり、モジモジしながらこう言葉を付け足す。


「ま、まあ、する気は、ないけど……」


 それはいかなる意味なのか。呉羽は賢明にも沈黙を守った。ただし、真っ赤に染まった顔で。


「それにしても、カムイのあの様子なら、この説明書は読んでないな」


「ええ、そうね。読んでたら、もっと顔と態度に出るものね」


 不幸中の幸いだわ、とカレンは苦笑を浮かべながら呟いた。それに呉羽も深く頷いて同意する。本当に、コレを読まれていたかと思うと心臓に悪い。


「プレゼントは嬉しいし、カムイにもキファさんにも感謝しているけど、こういう悪戯は勘弁して欲しいわ……。まあ、カムイ関係ないんだけど……」


「まったくだ」


 そう言って、二人の少女はため息を吐くのだった。


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