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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中

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〈魔泉〉攻略中4


「マナを結晶化したいと考えている」


 再出現した〈ゲートキーパー〉を撃破してから三日目の夜。この日も極大型の乱獲を終え、【HOME(ホーム)】のリビングで夕食を食べていたときのことだ。ロロイヤが突然、そんなことを言い出した。


 何の脈絡もなくそんなことを言い出すものだから、メンバーの多くは話についていけずポカンとした顔をする。特に、リムはいきなり当事者にされてしまい、かなり困惑した様子だ。カムイも「またヘンなことを言い出した」という顔をしている。


 リムのユニークスキルは【浄化】という。その能力は【瘴気を浄化し、世界にとって有用な〈マナ〉へと変化させる】というもの。そしてマナはカムイの【Absorption(アブソープション)】で吸収できる。つまりマナとは、「瘴気を浄化することで生み出された、世界にとって有用なエネルギー」と言えた。


 ロロイヤはそのマナを結晶化したいという。それが可能か不可能なのかはとりあえず置いておくとして、なぜそんなことを言い出したのか。その理由をアーキッドが彼にこう尋ねた。


「なんでまたそんなことを?」


「魔道具の素材として使えないかと思ってな。ほれ、少し前にルペが言っていただろう?」


「え、アタシ? ああ、そんなことも言ったっけ……」


 ルペが思案げな顔をして記憶を探る。それはロロイヤが「〈ゲートキーパー〉の魔昌石を魔道具の素材として回収したい」といった時のことだ。その身勝手な言い分に対し、彼女は「代わりの素材でも開発すればいいじゃない!」と言ったのだ。


 あの時の彼女の言葉は、ほとんど嫌味かあてつけだった。だがロロイヤは真面目に検討し、そして新たな素材の一つとしてマナに目を付けたのだ。しかし前述したとおりマナとはエネルギーの一種。手に持てるようなものではないし、またすぐに拡散して消えてしまう。そこで結晶化する必要がある、ということらしい。


「ですが、どうやって結晶化するのですか?」


 次にそう尋ねたのはアストールだった。ただ、疑問をぶつけるというよりは、むしろ確認に近い。なにしろロロイヤが口に出した以上、それなりに方法論についても考えているはずなのだ。実際、彼はこう答えた。


「それ用に魔道具を作ることも考えたがな。時間がかかりそうなので止めた。代わりに今回は出来そうなプレイヤーに頼ることにする」


「ほう、そのようなプレイヤーに心当たりがあるのか?」


「ああ、キファに頼もうと思っている」


 デリウスの質問に、ロロイヤはそう答えた。キファとは、〈廃都の拠点〉にいる細工師のプレイヤーだ。カムイが装備している〈オドの実〉を作成したのも彼女である。【ギフト】というユニークスキルを持っており、今回ロロイヤはどうやらそれをアテにしているらしかった。


 ただ、キファがいるのは前述したとおり〈廃都の拠点〉である。ここからはかなり遠い。しかも彼女は【メッセージ機能】を使えるようにしていないので、メッセージとプレイヤーショップを駆使して仕事を依頼する、ということもできない。どうしても一度、直に赴く必要があった。


「というわけで、イスメル、キュリー。頼んだ」


 そう言ってロロイヤは二人に視線を向けた。彼の人選は納得できるものだ。つまり【ペルセス】を駆使して一度〈廃都の拠点〉へ向かい、そこで【祭儀術式目録】に座標を登録し、【オーバーゲート】での行き来を可能にするのだ。この方法が最も手早く、また安全であることに疑いの余地はない。


 頼まれたイスメルとキュリアズは、しかしすぐには返事をしなかった。ここから〈廃都の拠点〉まではずいぶん距離がある。ざっくりとした予想だが、最低でも三時間、余裕を見て半日程度はかかると思った方がいいだろう。


 それだけの時間二人が、特にキュリアズが抜けるとなると、明日は極大型の乱獲ができなくなる。つまり1億2,000万Ptの損失だ。一日分と軽く考えるには、少々巨額すぎる気がしないでもない。


 さてどうしたものか。二人は少し困った様子でアーキッドやデリウスの方を見た。するとその二人も少し困ったように苦笑を浮かべる。さきに口を開いたのはアーキッドのほうで、彼は少々投げやりな様子でこう言った。


「ま、いいんじゃねぇの? そもそも、爺さんは言い出したら聞かないからな」


 肩をすくめつつ、アーキッドは消極的ながらもロロイヤに賛同した。一方でデリウスは指で顎先を撫でつつ、まずはロロイヤにこう尋ねた。


「新しい素材を手に入れて、それでどうするのだ?」


「何を作るかはまだ決めていない。ただ魔昌石の代わりになるのであれば、無理に〈ゲートキーパー〉を倒す必要はなくなるな。それと、結晶化することでマナそれ自体を研究しやすくなるのではないか、とも考えている」


「〈魔泉〉の封印か、それが無理でも何かしらの対処をする際に、役に立つと思うか?」


「その可能性は大いにある。ま、現物を詳しく調べてみないことには、何とも言えんがな」


 ロロイヤのその返答を聞いて、デリウスは満足したように「そうか」と言って一つ頷いた。そしてこう言葉を続ける。


「ならば、私が反対する理由はないな。……他の者はどうだ?」


 そう言ってデリウスはリビングにいる他のメンバーを見渡した。ただ、彼とアーキッドが賛成しているのだ。その上でわざわざ反対を主張するメンバーはいない。こうして明日の乱獲はお休みとなり、急遽〈廃都の拠点〉へ向かうことになったのである。


 そして翌日、つまり再出現した〈ゲートキーパー〉を倒してから四日目の朝。イスメルがまたグズって一騒動あったものの、ロロイヤが容赦なく引きずり出したこともあって、彼女とキュリアズは朝早くに〈廃都の拠点〉へ向けて出立した。


 その背中を見送りつつ、カムイは大きく身体を伸ばす。今日は彼もキファのところに顔を出す予定だったが、しかしあの二人が帰ってこないことには動きようがない。それまではゆっくりするつもりだった。つもりだった、のだが……。


「カムイ、カレン。時間もあるし、一緒に稽古しないか?」


 呉羽が二人を誘う。その顔に浮かんでいるのは、屈託のない笑顔だ。そんな笑顔で誘われては断ることもできず、三人はイスメルたちが帰ってくるまで稽古に勤しむことになった。


 ちなみにフレクなど他のメンバーも誘ったのだが、「馬に蹴られる趣味はない」と言われてしまった。そして迂闊なことにカムイはその時ようやく気付いた。「こっれてつまりデートではないのか」と。


 カレンに目配せをしてみると、同じことを考えたのか、彼女も少し困ったように苦笑していた。三人の稽古は、実戦を想定したかなり激しいもの。確かにコレをデートと呼ぶには、少々殺伐としすぎている。


 ただ誘われたのはあくまでも稽古。デートではない。なにより呉羽はとてもウキウキとした様子で、そこにわざわざ水を差すのもどうかと思い、カムイとカレンは結局何も言わなかった。


 さて、稽古は二対一で行われた。つまりカムイとカレンのペア対呉羽か、カレンと呉羽のペア対カムイのどちらかだ。前者の場合カムイの半身像は使用禁止で、後者の場合カレンと呉羽はカムイ本人への攻撃は禁止、ということになった。


「……そういえば、カムイは最近暴走しなくなったな」


「え、なに、カムイって前はそんなに暴走してたの?」


 稽古の最中、カムイの動きを見ながら呉羽が呟いた言葉に、カレンが双剣を振るいながら反応した。ユニークスキルのせいなのか、カムイが暴走しやすいタチであることはカレンも知っていたし、またその現場も何度か見たこともある。


 ただ今の呉羽の口ぶりだと、彼の暴走癖は思っていた以上なのかもしれない。それを肯定するかのように、呉羽は放たれた〈伸閃〉の斬撃を切り払いつつ、苦笑を浮かべてこう答えた。


「ああ。昔は稽古のたびに、それも何度も暴走していたな。その度に叩いて正気に戻していたものだよ」


「うわぁ、それはご迷惑をお掛けしました……」


 感慨深げな呉羽に、なぜかカレンが謝罪する。カムイのことなのに本人は置いてけぼりで、彼はちょっと苦笑した。ただ二人とも口元には笑みが浮かんでいて楽しそうなので、彼としてもことさら割り込もうとは思わなかった。


 ただ、今は稽古の真っ最中でもある。彼は〈白夜叉〉のオーラで防御を固めると、二人の少女の間に身体を割り込ませ、呉羽が放った無数の風の刃からカレンを庇う。そして素早く“グローブ”を形成し、ボクシングのようにコンパクトなパンチを連続して打つ。


 呉羽はその連打を小刻みなステップで回避し、さらに隙を見つけると一気にカムイの懐へ潜り込む。しかし彼女はすぐに距離を取ることを余儀なくされる。カレンが横から仕掛けたのだ。


「むう、二人はやっぱり息がよく合うなぁ。羨ましいから、次はわたしとカムイで組まないか?」


「止めてぇ。あたし死んじゃうわ」


 カレンがそう言うと、二人はおかしそうに笑いあった。それからカレンが「そういえば」と言ってカムイの方を振り返る。そして彼にこう尋ねた。


「さっきの話の続きだけど、カムイって師匠と稽古しているときは、そんなに暴走しなかったわよね。なんで?」


「フルボッコにされて、暴走してる余裕がない」


「「あ~」」


 カムイの答えを聞いて、カレンと呉羽は納得と同情の混じった声を上げる。もちろんイスメルは稽古の際には手加減しているのだが、カムイは三人の中では一番防御力が高い。おまけに回復能力もあるので、イスメルはわりと遠慮なく攻撃してくる。結果、暴走する前にフルボッコ、というわけだ。


「そろそろ、組分けを変えるか」


 カムイがそう言うと、呉羽とカレンもそれぞれ頷いた。つまりここからはカムイ対彼女たち二人になるのだ。ただすぐに始まるわけではない。半身像を形成するために、カムイは【Absorption(アブソープション)】と〈オドの実〉の出力を上げていく。〈白夜叉〉のオーラが白い炎のように吹き上がるのを見て、呉羽がふとこう言った。


「そういえば、前は【Absorption(アブソープション)】の出力を上げたときによく暴走していたよな。今はそうでもないし、やっぱり瘴気が悪かったのかな」


「あ~、そうかもな。瘴気とオドじゃ、吸収した時の感じがずいぶん違うし」


 どう違うのかと言うと、瘴気はドロドロのマグマのようであり、一方のオドは冷たい水のようだ。さらにもう一つマナも吸収したことがあるが、これは温かい温泉のような感じがした。


 この三つの中で、一番身体に悪そうなのはどう考えても瘴気だ。〈オドの実〉を使うようになってからは暴走しにくくなったのは事実だし、瘴気を多量に吸収することが暴走の一因になっていたと考えるのは筋が通っている。


 もっとも、だからと言ってオドが安全と言うわけでもない。以前、オドを多量に吸収した時には、濁流のようなエネルギーの奔流に意識を押し流されてしまった。呉羽とカレンの助けがなかったら、今もまだ植物人間状態であったろう。すべてロロイヤのせいである。


(そういえば、アレを最後に意識を失ったことはないな……)


 カムイは記憶を探りながら胸中でそう呟いた。使っているエネルギーの最大量は増えているはずで、ということは自分もそれなりに成長しているのかな、とカムイは思った。


「さて、と。こんなもんか」


 そう言ってカムイは半身像を形成し終えた。今回の半身像は2メートル程度の大きさで、さらに分厚い胸板を誇っている。両腕は鋭い爪を持った“グローブ”で、形相はなかなか恐ろしい。


〈ゲートキーパー〉や極大型を相手にするわけではないので、今回は比較的小型だ。ただ上半身だけで2メートルもあるので、相対するプレイヤーの側からすれば、威圧感は相当なものだった。


「準備はいいか?」


「ああ、いつでもいいぞ」


 カムイがそう答えると、呉羽とカレンは揃って得物を構えた。先に動いたのはカムイ。彼は半身像を操作し、猛然と突撃させる。そして半身像は両手を組んで巨大な拳を作り、その拳を高々と掲げてから一気に振り下ろした。


 呉羽とカレンはそれぞれ素早く右と左に動いてその拳を回避する。空を切った拳はそのまま地面を強打し、大きな音を立てて小さなクレータを作った。地面が少なからず揺れたが、それでバランスを崩すような二人ではない。


「やあぁぁぁあああ!」


 裂帛の声を上げながら、カレンは双剣を振るい〈伸閃〉を放つ。十分に魔力が込められたその斬撃は、確かに半身像を捉えて無数の傷を残した。しかし半身像はまったく頓着せずに腕を大きくふるってカレンのいるあたりを薙ぎ払う。


 たまらず彼女はバックステップでその間合いを脱し、さらにまた〈伸閃〉を放ってダメージを負わせた。ただ、あまり意味はない。カムイがエネルギーを供給すると、それらの傷は瞬く間に回復してしまったからだ。


「はあああああ!」


 半身像を挟んでカレンの反対側。今度は呉羽が仕掛ける。彼女は大きく跳躍して、愛刀【草薙剣/天叢雲剣】を大上段から振り下ろした。半身像は片腕を掲げて防御の姿勢を取る。しかしユニークスキルたるその刃は鋭く、半身像の片腕をまるでバターのように斬り捨てた。


 普通ならば大ダメージである。しかしカムイは冷静だった。腕の切り口からオーラを伸ばし、たった今斬り捨てられたばかりの片腕を捕まえて繋ぎ直す。そして拳を握ると着地したばかりの呉羽を頭上から襲った。


「っ!」


 その一撃を呉羽は地面を転がるようにして回避する。半身像は腕を横薙ぎにして彼女を追うが、呉羽は片手だけで身体を浮かせ、さらに風を操作して間合いを取る。その際〈風切り〉を放ったが、爪の一撃でかき消されてしまった。


「本当に、〈ゲートキーパー〉みたいだ……」


「イヤになるくらい不死身よね」


 呉羽とカレンが苦笑を浮かべながらそうこぼす。半身像は生物ではない。〈白夜叉〉のオーラの集合体だ。痛みを感じることも、まして悲鳴を上げることもない。そして本体たるカムイからエネルギーが供給され続ける限り、どれだけダメージを負わされても時間と共に回復していく。その姿と性質は、確かに〈ゲートキーパー〉を彷彿とさせた。


 彷彿とさせるので、対〈ゲートキーパー〉を想定した模擬戦の相手としてちょうどいい。あいにくとあのビームのような炎は使えないが、半身像相手なら対人戦とはまた違った経験値を積める。なにより遠慮がいらない。その辺りがこの稽古の目的だった。


 一方、カムイにとってはまた別の意義がある。つまり半身像を操作する技術の習熟だ。彼にはこの先、〈ゲートキーパー〉から魔昌石を引っこ抜く役割が期待されている。つまりあの〈ゲートキーパー〉と正面からやりあうのだ。


 半身像を思い通りに動かせるようになることは、その作戦の成功率と彼の生還率に直結する。それにこの先、半身像が彼の大きな力になることは間違いない。それを操作する技術の習熟は急務といえた。


「…………っ」


 ただ、急務とはいえすぐに上達するわけではない。実際、半身像を操るカムイは思うようにいかず顔をしかめていた。半身像はいわゆる思念操作。イメージで動かすわけだが、その分高い集中力と素早い思考が必要になる。


 さらに今は二対一。半身像は一体だけだが、しかしマルチタスク並みの思考が要求される。その上、二人の動きは速くて、対処するためには頭の回転速度を最大にしなければならない。しかしそれでも遅れがちで、半身像は二人を捉えられず、むしろ翻弄され一方的にダメージを受けていた。


「……っ、ちょ……、タンマ……」


 集中力の限界を感じ、カムイは喘ぐようにそう呟いて片膝をついた。頭の奥が重く、さらにズキズキと痛む。半身像を操っている間は一歩も動いていないのに、ひどく疲れた気がした。


「大丈夫か?」


「んん……、ちょっとラクになった」


 そう答えてから、カムイは立ち上がった。そして二度三度と深呼吸をする。そうすると頭の奥が少し軽くなり、頭痛も和らいだ。最後にもう一度深呼吸をしてから、彼は自分の顔をバシバシと叩いて気合を入れる。それから半身像を構えさせた。仕切りなおしである。


 さて、いよいよ本格的にカムイの集中力がもたなくなってきた頃、イスメルとキュリアズが帰って来た。それで三人は稽古を切り上げ、二人と一緒に【HOME(ホーム)】へ戻る。少し早めの昼食を食べ、〈廃都の拠点〉へ向かうのは午後からになった。


 そして午後。カムイたちは全員で〈廃都の拠点〉へ向かうことになった。アーキッドがアラベスクと情報交換を兼ねた会談をすることになり、そうなるとここに【HOME(ホーム)】を維持して置けなくなるからだ。特に予定のないメンバーもいるが、まあそれぞれ勝手に過ごすだろう。


「では行きます……。大いなる門、不滅なる扉よ。我の前に道を開け。【オーバーゲート】!」


 彼らが【オーバーゲート】を使って跳躍した先は、〈廃都の拠点〉から少し離れた荒野だった。そこから歩いて拠点に向かい、ついたところでそれぞれ分かれる。カムイは久しぶりにキファのところへ行くことにした。


 一緒に行くのはカレンと呉羽、そして言いだしっぺのロロイヤと実際に装備を使うことになるリムだ。ちなみにリムはロロイヤのことを警戒しているらしく、カレンと呉羽の後ろに隠れてしまっている。


 日頃の行いのせいだ。カムイはフォローしてやろうとは少しも思わなかった。尤も、当のロロイヤに気にした様子はない。相変わらず彼の面の皮は分厚いようだった。


 さて、キファが工房を構えているのは〈廃都の拠点〉の端っこである。少し歩いてカムイたちがそこへたどり着くと、その入り口の扉には例のプレートが掛かっていた。「人の尋ね来ることこそ嬉けれ。されどお前ではなし」。要するに「CLOSED」の意味なのだが、カムイはかまわずにドアをノックする。すると案の定、中からキファの声がした。


「おや、誰かと思えば。どうしたんだい、こんな辺鄙なところまで。暇なのかい?」


 辺鄙な場所に工房を構えたのは自分であるはずなのに、この言い草である。職人と言うのは一癖か二癖ないと務まらないのだろうか。カムイはいぶかしんだ。


「……仕事の依頼です」


「ふむ。そういうことなら中に入りたまえ」


 そう言ってキファはカムイたちを工房の中に招き入れた。彼女はなにか仕事をしていたようだが、「大した事じゃないよ」と言ってそれを中断してコーヒーの用意をする。なお、お茶菓子は大人数で押しかけてしまったこともあり、カムイたちが用意した。ちなみにレーズンサンドである。


「さて、と。初めての人もいるから、一応自己紹介をしておこうか。知っているとは思うが、私が【Kiefer(キファ)】だ。細工師を自称している者だ。よろしく頼む」


「【ROLOYA(ロロイヤ)ROT(ロット)】だ。魔道具職人をやっている」


 ロロイヤがそう名乗ると、キファは「へえ」という顔をする。ロロイヤがプレイヤーショップにストレージアイテムを出品していることもあり、キファも彼の名前は知っていた。なにより、彼女が作った〈オドの実〉に術式を付加したのがロロイヤである。そういう縁もあり、キファは彼を少なからず意識していた。


「噂はかねがね。お会いできて光栄だ」


 そう言ってキファはロロイヤと握手を交わした。それにしても、二人の笑顔に妙な威圧感があるのはどうしてなのか。気にはなるものの、カムイは「藪をつついてをだしてなるものか」と自制した。やがて手を放すと、キファは次にリムの方に視線を向けた。


「それで、お嬢さんは?」


「リ、【Lim(リム)】です。よろしくお願いします」


「うん、よろしく。……それで、今回の依頼は二人から、ということでいいのかな?」


「いや、依頼主はワシだ。ただ、実際に使うのはリムになる。……マナを結晶化するアイテムを依頼したいと思ってな」


「マナの結晶化か……。こう言ってはなんだが、ご自分でやらないので?」


「他にもやることが多くてな」


 ロロイヤが苦笑してそう答える。彼が言う「他にもやること」の内容を、カムイは知らない。ただ、いろいろとプレイヤーショップに出品しているらしいし、またどうせロクでもないものを作っているんだろうな、と思った。


「なるほど。いや、羨ましい限りだ」


 冗談とも似つかない口調でキファはそう言った。そしてコーヒーを一口啜る。それからこう言葉を続けた。


「そういうことなら、喜んで仕事を引き請けさせてもらうよ。それで、具体的には……」


 仕事を請けることに決めると、キファは早速具体的な話に入った。そしてロロイヤと二人で手早くアイテムの概要を決めていく。二人ともプロの職人らしく、その話し合いには無駄がない。カムイたちは邪魔をするのも悪いかと思い、静かにしたままコーヒーとレーズンサンドを楽しみながらその様子を見守った。


「ふむ、だいたいこんなところだね」


 ロロイヤと話し合って決めたことをメモにまとめ、それを確認しながらキファはそう呟いた。そして一つ頷いてから冷めてしまったコーヒーを飲み干す。それから彼女は表情を改めて次の話題に移った。


「それで、報酬というか、予算はどのくらいをお考えで?」


「500万以内なら好きにしろ」


 ロロイヤはぞんざいな口調でそう答えた。あまり興味のなさそうな口調だったが、実際あまり興味はないのだろう。それでも提示したのはかなりの高報酬。それを聞いたキファは、嬉しそうに苦笑を浮かべた。


「カムイ君といい、本当に金払いがいいね。羨ましくもあり、ありがたくもあるよ」


「それで、足りそうか?」


「もちろん。……ただ、ポイント以外にも欲しいものがあってね。結晶化したマナを、少し譲ってもらいたいんだ」


「動作確認もせねばならんしな。それくらいならいいだろう」


「なら決まりだ。契約書はご入用で?」


「いらん。面倒だ。……それで、いつ頃できる?」


「実際に作業を始めてみないことには何とも言えないが……。そうだね、ひとまず三日後でどうだろうか?」


「キファさんは、まだ【メッセージ機能】を使えるようにしてないんですか?」


 キファとロロイヤの話に割り込んだのはカムイだった。二人から同時に視線を向けられ彼はたじろぐが、しかしここで退くわけにはいかない。答えを促すように、彼はキファと視線を合わせる。ややあってから、彼女はこう答えた。


「そうだね。まだ使えるようにはしていないよ」


「だったら、いっそこの機会に使えるようにしたらどうですか?」


「いや、アレ結構高くてね……」


「今回の報酬で十分買えますよ。それにほら、仕事の依頼とか来るかもしれないじゃないですか」


「君たち以外、そんなアテはないように思うのだがね……」


 キファはそう言って苦笑した。【メッセージ機能】は【フレンドリスト】に登録されたプレイヤーとの間でしか使えない。彼女は今まで拠点の外に出たことがなく、ここにいるプレイヤー以外での知り合いとなると、カムイたちしかいないというのが現実だった。


 そんな事情もあり、キファは【メッセージ機能】が必要になるのは当分先のことだと思っていた。しかしカムイに根気強く説得された結果、彼女はようやくその機能を使えるようにした。字数制限と時間制限が付いた状態だが、しかしこれでかなり連絡が取りやすくなるだろう。


 ちなみに、キファの手持ちでは費用が足りなかったので、ロロイヤが報酬を一部先払いする形でそれをまかなった。よって、今回の仕事の予算は実質400万Ptということになっている。キファは少し不満げだったが、しかしこの翌日、早速【メッセージ機能】が役に立つことになる。


「キファから連絡があった。少々問題が起こったので、一度リムを連れて来て欲しいそうだ」


 キファに仕事を依頼した、その翌日。つまり再出現した〈ゲートキーパー〉を撃破してから五日目。朝、リビングに下りて来ると、ロロイヤは開口一番にそう言った。どんな問題が起こったのかは分からないが、しかしどうやら一度〈廃都の拠点〉に行く必要があるらしい。


 ただ、カムイたちにも予定がある。特に昨日は突発的なお休みになってしまったので、今日は一日極大型の乱獲に勤しむつもりだったのだ。とはいえ、キファのほうを放っておくわけにもいかない。それで、午前は乱獲をおこない、午後から〈廃都の拠点〉へ向かうことになった。


「やあ。ご足労いただき、悪いね」


 そして午後。〈廃都の拠点〉にやってきたカムイたちを、キファは城門のところで出迎えた。【メッセージ機能】を使って待ち合わせをしたのだ。ちなみに今回のメンバーはカムイ、リム、ロロイヤ、アストール、キュリアズの五人である。あまり大勢で押しかけても迷惑だろうということで、必要最低限のメンバーだけに絞ったのだ。


「それで、問題と言うのは?」


 キファを見つけると、ロロイヤは挨拶もせずに本題へ入った。ただキファも気を悪くした様子はない。一つ頷くと、職人の顔になってこう答えた。


「実は、素材の方に問題が起こってね」


 これを見てくれ、と言ってキファはあるモノを取り出した。正八面体にカットされた結晶で、一辺は5mmほどだろうか。色はやや黄色がかっている。ただこの結晶体には大きなひび割れができていて、もう使い物にはならないように思えた。


「〈彩燐水晶〉という、私の世界にある魔石の一種でね。今回はこれを核に使おうと思ったんだ。ただ、いざ【ギフト】を付加したらこのザマでね。どうも素材のグレードが足りなかったらしい」


「ふむ。それなら素材のグレードを上げればいいのではないか?」


 ロロイヤはそう尋ねた。素材のグレードが足りず、【ギフト】を付加できなかった。それなら素材のグレードを上げればいい、というのは常識的な考え方だ。しかしキファは首を横に振った。


「もちろんそれも考えた。でも、どうもそれじゃあダメな気がするんだ。まあ、私のカンなんだけど」


「カン、か。なるほど、それは無視できんな」


 カンを根拠にしたキファを、ロロイヤは馬鹿にはしなかった。実際、一芸に秀でた者の勘や直感は馬鹿にできない。彼自身、何度もそれを経験している。


 それに一応、カン以外の理由がないわけではない。今回依頼されたのは「マナを結晶化するアイテム」。マナとは【浄化】によって生み出されるものであり、そして【浄化】はユニークスキルだ。ユニークスキルはこの世界において傑出した力であり、それゆえにこそ既存の枠組みのなかで、特にシステムによって用意された素材では足りないのではないか、とキファは考えていた。


「それで、どうするのだ。何か考えているのだろう?」


 さっさと話せ、と言わんばかりにロロイヤがキファを急かす。その顔には小さな笑みが浮かんでいる。わざわざ「リムを連れて来てくれ」と頼んだのだ。彼女が何かしらの方策を持っていると考えるのは自然なことだった。


「今回は結晶化したマナを核に使おうと思っている。マナの結晶体はユニークスキルによって生み出されたまったく新しい素材だ。コレならいけるだろう」


 まあ私のカンだがね、とキファは茶目っ気混じりに付け足した。カムイも「マナの結晶体なら大丈夫」という部分に異論はない。求めるのはマナの結晶化であるから、マナの結晶体なら相性も良さそうだ。


 発想としては、〈オドの実〉に似通ったところがある。アレも核としてユニークスキルで生み出された浄化樹の種を使っている。もしかしたら今回の着想も、〈オドの実〉という前例から得たものなのかも知れなかった。


 ただ、唯一にして最大の問題は、「いかにしてマナを結晶化するのか?」である。ソレができないからマナの結晶体を求める、というのはどう考えても無理筋だ。「卵が先か、鶏が先か?」みたいな問題になってしまっている。


「しかし、どうやってマナの結晶体を手に入れるんですか? 結晶化するアイテムは、まだできていないんですよね?」


 同じような疑問を覚えたのだろう。アストールがそのあたりのことを指摘する。するとキファは「ちゃんと考えてある」と言って上着のポケットに手を入れた。


「コレを使おうと思っている」


 そう言って今度彼女が取り出したのは、一本の細い鎖だった。両端の片方には結晶体が付いており、またもう片方はフックになっている。ダウジングに使う振り子(ペンデュラム)みたいだな、とカムイは思った。


「コレは?」


「依頼されたアイテムの試作品、かな。まあ、それさえもおこがましいような出来だがね」


 ロロイヤに答えるキファの口調には、少々苦いものが浮かんでいた。試作品の出来が、本人的には満足のいくものではなかったのだろう。とはいえコレでポイントを貰うわけではない。キファは自分の不満を飲み込み、それからこう言葉を続けた。


「ともかくコレを使って、少量でいいからマナの結晶を手に入れる。まずはそこからだ」


「できるのか?」


「できる。先端の結晶体を見てくれ」


 キファに促され、ペンデュラムの先端に取り付けられた琥珀色の結晶にカムイたちの視線が集まる。よくよく見ると、その結晶の中にはもう一つ、正六面体の結晶が入っている。中に入っている結晶体は、先ほどキファが見せてくれた彩燐水晶に似ていた。


「順番に説明しよう。中に入っているのは、さっき見せたのと同じ彩燐水晶だ。ただし、割れてしまったほうには【マナ結晶化】のギフトだったのに対し、こちらには【マナ結晶化(微)】のギフトが付加されている」


 つまり素材のグレードを上げるのではなく、付加する【ギフト】の方を抑えることで、ひとまず帳尻を合わせたのだ。キファが試作品に納得できないのも、もしかしたらその辺りが理由なのかもしれない。


「ただ、これだけではあまりにも能力が微妙なのでね。別の素材を使って能力をブーストしてある」


「あ、それってもしかして……」


 能力をブーストする別の素材と聞き、カムイには思い当たる節があった。そんな彼に、キファが小さく笑って頷いてみせる。彼女が口にした素材は、カムイが思った通りのものだった。


「【クリスタル・ジェル】という素材を使った。ちなみに、以前カムイ君から報酬の一部としてもらったものだ」


 メンバーの視線がカムイにも集まったので、彼は肯定の意味を込めて一つ頷いた。キファが言っているのは、〈オドの実〉の作成を依頼した時のことだ。正直なところ持っていても使い道がなかったので報酬に付け加えただけなのだが、こうして有効活用してくれたのであればカムイとしても嬉しいところだ。


 さて、【クリスタル・ジェル】だが、このアイテムには「中に何かを入れると、魔力を込めた場合にソレの持つ特性を増幅する」という性質がある。よってこの場合、【マナ結晶化(微)】の特性が増幅されるわけだ。


 足りない能力をこうして補っているわけである。ユニークスキルが絡んでいるのに大丈夫なのかとカムイは思ったが、「使い捨て程度ならもつはずだ」というのがキファの見立てだった。


「まあダメだったら別の方法を考えるまでだ。それで、マナの結晶化はここで行うのか?」


 試作品の説明に厭きてきたのか、ロロイヤはやや強引に話をまとめ、そしてさきに進めた。それに対し、キファはこう答える。


「いや、どういう形で結晶化されるか分からないからね。なるべく回収しやすい形で行いたい。……こっちに来てくれるかな」


 そう言ってキファはさっさと身を翻し歩き始めた。カムイたちは顔を見合わせてからその背中を追う。どんな形で回収するためにどこへ向かうのか、まったく説明がない。たぶん説明するより連れて行った方が早いと思っているのだろう。「そういう強引さは職人気質の一部なのかなぁ」とカムイは思ったが、それはたぶん完全な偏見である。


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