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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
〈魔泉〉攻略中

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〈魔泉〉攻略中2



「んじゃ、頼んだぜ、イスメル。キュリーも気をつけてな」


「ええ。では行って来ます」


「何かあるとは思いませんが、そちらもお気をつけて」


 そんな会話を交わしてから、アーキッドは【ペルセス】に跨るイスメルとキュリアズを見送った。彼女たちはこれから〈海辺の拠点〉へ向かうのだ。およそ一時間、というのがイスメルの見立てである。


 再出現した〈ゲートキーパー〉を倒したことで、キュリアズは新しい祭儀術式【オーバーゲート】を使えるようになった。要するに空間跳躍(ワープ)魔法であり、これを使って一度〈海辺の拠点〉に戻ろう、という話になったのがついさっきである。


 ただ、【オーバーゲート】を使うためには色々と手順がある。第一に魔力を充填しなければならず、第二にワープ先の座標を登録しなければならない。そこでまずミラルダに頼んで魔力を充填してもらい、さらにイスメルと一緒に一度〈海辺の拠点〉へ向かうことになったのだ。


 都合のいい事に、二人とも第二次〈ゲートキーパー〉討伐作戦で使った向上薬の効き目がまだ残っている。新たに向上薬を買う必要はない。そして二人が戻ってくるまでの間に、ミラルダの消耗した魔力を回復させておく手筈だった。


 ちなみに、先方への連絡はすでにアーキッドが【メッセージ機能】を使って行っている。向こうも情報は欲しいようで、「歓迎する」との返信があった。〈侵攻〉が昨日あったということなので、今日は落ち着いて話ができるだろう。


 戻ってくるときの事を考え、キュリアズは【HOME(ホーム)】のすぐ近くの座標を【祭儀術式目録】のリストに登録する。それから二人は一路南へ向かった。イスメルの見立てどおり、一時間ほど空の旅を楽しむと、二人の視線の先に緑の絨毯が見えてくる。浄化樹の植樹林だ。イスメルはそのすぐ近くに【ペルセス】を着地させた。


 そこは〈海辺の拠点〉にも近く、また何もない開けた場所なので、転位してくる先としてちょうどいい。そう思い、キュリアズはその座標を【祭儀術式目録】のリストに登録した。そして【オーバーゲート】を使い、すぐさま【HOME(ホーム)】へ取って帰る。


「よう、お疲れさん。……って、キュリー一人か。イスメルはどうした?」


「ただいま戻りました。イスメルさんは、その、浄化樹植樹林のほうへ走っていかれて……」


 キュリアズは苦笑しつつ、少し言いにくそうにして言葉を濁した。それを見て他のメンバーたちは事情を察する。つまりまたイスメルの病気が出たのだ。今ごろはだらしなく緩んだ恍惚の笑みを浮かべているに違いない。その様子が鮮明に頭に浮かんで、カレンは頭痛を堪えながらため息を吐いた。


 まあ、イスメルがいなくてもやる事は変わらない。キュリアズは【祭儀術式目録】を開くと、もう一度ミラルダに頼んで【オーバーゲート】の魔力を充填してもらう。そして彼女の魔力を回復させてから、カムイたちは〈海辺の拠点〉へ転位した。


「ではいきます……。大いなる門、不滅なる扉よ。我の前に道を開け。【オーバーゲート】!」


 キュリアズが【オーバーゲート】を発動させると、次の瞬間、彼女の足元を中心にして巨大な魔法陣が展開された。後で聞いた話だが、その魔法陣の上にちゃんと乗っていないと、ワープすることは出来ないという。片足だけ乗って、もう片足ははみ出しているような場合も弾かれてしまうそうだ。


 つまり人数制限も課されているわけで、魔法陣の大きさからして、ぎゅうぎゅうに詰め込んでも五十人は無理なように思われた。もっとも、今回カムイたちは全部で十三人しかいないので、人数的にはかなり余裕がある。


 まあそれはそれとして。【オーバーゲート】の魔法陣の上に立っていると、彼らの視界は徐々に白く塗りつぶされていった。白い燐光が、彼らの視界を遮っているのだ。決して眩しいわけではないのだが、ほんの数十センチ先もまったく見えない。


 そうこうしている内に、フワッと身体が浮くような浮遊感がやって来る。そして身体の重みが通常に戻ると、一気に白い帳が晴れて視界が回復する。そこはもう、浄化樹の植樹林と〈海辺の拠点〉のすぐ近くだ。


「あ、来た来た。やっほ~、お帰りなさい」


 そう言って手を振りながら、明るい調子でカムイたちを出迎えたのは、浄化樹林の管理人たるガーベラだった。彼女は浄化樹林でだらしなく骨抜きになっているイスメルを見つけ、彼女から事情を聞いてこうして出迎えに来たのだ。


 ガーベラと簡単に挨拶を交わし、ロナンたちも待っていることを聞くと、アーキッドとデリウスとキュリアズそれにアストールは、足早に〈世界再生委員会〉が陣取る一画へと向かった。それを見送ってから、他のメンバーもそれぞれ勝手に動き出す。


 フレクは元〈騎士団〉のメンバーの顔を見てくると言い、ルペはそんな彼に付いて行った。面白い話を聞かせてくれるメンバーを紹介してもらうのだそうだ。ミラルダはキキとリムを連れてシグルドとスーシャのところへカナンの様子を見に行った。その後は適当に知り合いのプレイヤーに声をかけるつもりだと言う。


 ロロイヤは気がついたら消えていた。またどこかでロクでもないことをしているのだろう。関わらないのが一番だ。イスメルは相変わらず浄化樹林で駄弁っている。最後に残ったのはカムイとカレンと呉羽の三人で、彼らの様子を見たガーベラは何かピンと来たらしく、ニンマリとした笑顔を浮かべてこう尋ねた。


「もしかして、三人で付き合っちゃったりしてるの?」


「「「!!?」」」


 あまりにも直球かつ不意打ち気味だったためか、三人は揃って動揺をあらわにした。もうその反応だけで、図星と答えているようなものである。彼らは慌てて取り繕うが、しかし時すでに遅し。ガーベラの浮かべる笑みが一層生暖かくなる。三人はなんだか居た堪れなくなって、それぞれ視線を泳がせた。


「あの、なんで……」


「気付いたかって? ま、女の勘ってヤツよ。それに、なんだか立ち位置が前より近い気がして、ね」


 もじもじしながらカレンが疑問を口にすると、ガーベラは得意げに笑ってそう答えた。別にどうしても隠したいと思っていたわけではないが、こうも簡単に見破られてしまうとは。女の勘恐るべし、だ。


「その、なんとも思わないんですか……?」


「え? 若いなぁ、とは思うけど?」


「いえ、そうではなく……。その、三人で、ということに……」


 呉羽が少し躊躇いがちにそう言うと、ガーベラは彼女の意図を察したようで「ああ」と言って頷いた。三人で付き合うことについて、呉羽自身は何一つ憚るところはない。しかしそうは言っても、それが彼女の世界の常識に反していることは事実だし、そのために人からどう見られるのかはやはり気になるのだ。


「まあ、思い切った道を選んだなぁ、とは思うわね。あと、意外でもあるわ。恋愛に関しては潔癖そうに見えたから。カムイ君はともかく」


 ガーベラはそう自分の感想を述べた。最後にさりげなくディスられた気がしたが、カムイは賢明にも沈黙を守る。だいたい、「二人とも好きです、選べません!」と開き直ってここへ至っているわけだから、まさしく彼女の言うとおりだ。「ぐうの音も出ない」とはこのことであろう。


「でも、だからこそ納得して選んだ道なんでしょう? だったらいいじゃない。人にどう思われたって。それが恋愛の醍醐味ってやつよ」


 さっぱりとした口調でガーベラにそう言われ、呉羽とカレンは少しだけ表情を緩めた。彼女の言うとおり、二人は悩んだ末に納得してこの道を選んだのだ。確かに人にどう思われるかは、この際重要ではない。


「それにこんな世界ですもの。常識なんて砂のように脆く、風のようにうつろうわ。そもそも異世界出身のプレイヤーがこれだけいるんだから、価値観だって人それぞれ。貴方たちが気にするほど、周りは気にしないと思うわよ」


 それを聞いて、カムイたちは「なるほど」と思った。ルペも「一夫多妻なんて普通だ」と言っていたし、そういう世界から来たプレイヤーも多いだろう。彼らは三人で付き合っているカムイたちを見ても、そう奇異には思わないはずだ。


「幸せになりなさい。幸せになれたのなら、それが大正解よ」


 ガーベラはそう言ってカレンと呉羽を優しく抱きしめた。きっと、選んだその時に正解と分かる答えはないのだろう。むしろ一生懸命努力して、選んだ答えを正解へと導くのだ。それが、人を好きになるということなのだろう。


 それならきっと、大丈夫だ。二人はそう思った。自分たちはきっと、幸せになれる。他でもないこの三人でなら。あれだけちゃんと話し合えたのだ。どんな問題も乗り越えていける。彼女たちはそう確信していた。


「……ところで、こうなった経緯を、ちょぉっとお姉さんに教えてくれない?」


 その瞬間、優しげだったガーベラの声音が変わった。呉羽とカレンは不穏な空気を感じ取って身をよじるが、しかし時すでに遅し。ガーベラは彼女たちを抱きしめていた腕に力を込め、そのまま二人を捕まえた。


「うりうり、早く教えなさいよ~。お姉さん、その話だけでご飯三杯いけちゃうわ」


「ふ、太りますよ!?」


 いちおう言っておくと、失言したのは呉羽だった。そして彼女自身すぐ失言に気付き「あっ」という顔をする。しかしもう遅い。その失言はバッチリとガーベラに聞かれた後だった。


 彼女は小娘二人の頭を鷲掴みにすると、彼女達のおでことおでこをつき合わせてそのままグリグリと力一杯押し付ける。そしてそのまま、いかにも良識人ぶって嘆かわしげにこう呟いた。


「乙女に体重の話はタブーよ。まったく、最近の若い娘は教育がなってないわねぇ」


「いただだだっ!? ガ、ガーベラさん、痛いです!」


「っちょ、なんであたしまで……!」


 呉羽とカレンが騒ぐが、しかしガーベラは容赦しない。「教育的指導よ」と言ってそのまま折檻を続ける。やがて開放されると、二人ともおでこが真っ赤になっていて、ついでに涙目だ。その様子がおかしかったのか、ガーベラはお腹を抱えて笑った。


「……ところで、ガーベラさんは最近どんな感じですか?」


 ガーベラの笑いが収まったところで、ここまでずっと傍観していたカムイがそう尋ねた。カレンと呉羽からは恨みがましい目を向けられるが、そこは勘弁してもらいたい。迂闊に口を挟もうものなら、どこまで延焼するか分かったものではないのだから。


「お、話を逸らすつもり?」


「まあ、そうですね、はい」


 カムイの魂胆などガーベラはお見通しだったわけだが、しかし彼があっさりとそれを認めてしまったため、彼女はどこか拍子抜けした顔をした。きっと言い逃れしたところをネチネチと追い詰めていくつもりだったのだろう。聞き返したときの彼女の目の輝きは、獲物を見つけた悪戯好きの猫そのものだった。


(そういうところがいちいち年増っぽんだよな……)


 カムイはそう思ったが、しかし口には出さない。ガーベラくらいの“お姉さん”に対して年齢の話をするのは体重の話以上にタブーで、その危険度は火薬庫でキャンプファイアーをするのに等しい。つまり大爆発確実だ。そんな危険な火遊びをする趣味は、カムイにはなかった。


 まあそれはそれとして。カムイが自分の意図をあっさりと認めてしまったために、ガーベラは興をそがれたようだった。彼女は小さく苦笑を浮かべてから、わざとらしく肩をすくめて大きなため息をはく。そしてこう言った。


「……話はあとで聞かせてもらいますからね。……それで、コッチの近況ね。まあ、良くも悪くも相変わらず、よ」


 アタシも含めてね、とガーベラは苦笑を浮かべながらこう答えた。〈侵攻〉は相変わらずおよそ三日に一度の周期で、それ以外には特にイベントは起こらない。代わり映えのしない日常の中で大きくポイントを稼ぐことは出来ず、浄化樹の植樹林も広げることはできていない。


「もちろん切羽詰っているわけではないわ。ただ、なんて言うのかしらね……。ちょっと停滞気味なのよ」


 良くも悪くも、〈海辺の拠点〉は安定してしまったのだ。〈侵攻〉のおかげでポイントの収支は黒字。浄化樹のおかげで拠点内の瘴気濃度は下がり、モンスターが出現することはほとんどなくなった。


 つまりここは安全で、居心地のいい拠点なのだ。多くのプレイヤーがここを離れがたく思ってしまっている。それが悪いとは言わない。しかしゲーム攻略の観点からすると、停滞している感は否めない。


 そしてそれはガーベラについても同じことが言えた。いや、むしろ彼女個人に限定すれば、事態はもっと深刻かもしれない。


「ほら、浄化樹って、木だからさ。一度根を下ろしてしまうと、動かせないでしょう? そうなると、アタシも動くに動けなくなっちゃって、ね」


 ガーベラは苦笑しながらそう言った。浄化樹は彼女の生命線だ。しかし放っておいても大丈夫、とはさすがに思えない。きちんと管理をしてやる必要がある。そうなるとここから離れるわけにはいかない。生命線だが、同時に足枷にもなっているのだ。


「最近は専ら水やりと、あとは鉢植えを作ってプレイヤーショップに出品、って感じね。植物は好きなんだけど、さすがにちょっと飽きてきたかなぁ」


「何か、別の植物を創ったりはしないんですか?」


 カムイはそう尋ねた。ガーベラのユニークスキルは【植物創造(プラント・クリエト)】と言い、その能力は【任意の性質を持つ植物を創造し、さらにその成長を制御する。魔力の代わりにポイントをコストとして使用する】というものだ。瘴気を糧として成長する〈浄化樹〉も、この能力で創り出したものである。


 それで、この能力を使えば、浄化樹以外にも別の植物を創ることができるのだ。もちろん相応のポイントが必要になるが、今ならキキもいる。モノによってはカムイが出資してもいい。チャンス、のはずだった。


「あ~、一応、考えてはいるんだけどねぇ」


 そう言ってガーベラはウィンドウを出して幾つかの操作を行い、その画面をカムイたちに見せた。そこには次のようなことが書かれていた。


 名前【浄化藻】

 説明【瘴気を吸収して成長・増殖する植物プランクトン。淡水・海水の両方で生育が可能】 50,000Pt/cc


「コレで海の浄化が出来ないかと思ったんだけどねぇ」


「ダメなんですか?」


「いや、ダメじゃないわよ。時間はかかるだろうけど、たぶん浄化はできる。完全には無理でも、まったく効果がないことはないでしょうね。だけど、ここの近くでやるわけにはいかないのよ」


〈侵攻〉が起こらなくなってしまったら大変だから、とガーベラは言った。〈侵攻〉はこの拠点のプレイヤーたちの収入を支える、いわばドル箱だ。それが起こらなくなれば、確かにここのプレイヤーたちは困るだろう。


 ともすれば暴動さえ起こりかねない。攻略が進み、〈侵攻〉に頼らなくても稼げるようになるまで、浄化藻をこの近くの海で増やすわけには行かないのだ。


「それは……、一体何時になるのか……」


 カムイが頬を引き攣らせると、ガーベラも苦笑して肩をすくめた。本当に何時になるのか分からない、気の遠い話である。


「まあ、でもリンリンたちも、何も考えてないわけじゃないのよ。まだ計画段階だけど、温室を作ろうか、って話が出てるの」


「温室、ですか?」


「まあ温室というか、外気から隔離された場所ね。徹底的に瘴気濃度を下げて、そこで野菜か何かを育てられないか、って計画よ」


 つまり、大げさな言い方をすれば、農業を始めるつもりなのだ。もちろん最初は失敗続きだろうし、〈海辺の拠点〉にいるプレイヤーの腹を満たせるようになるのは当分かかるだろう。単純に食べることだけを考えるなら、普通にアイテムショップで購入した方が安いに違いない。


 しかしこの世界を再生するのであれば、食糧の生産と自給は絶対条件だ。ゲームの攻略という点では、大きな意味がある。自分たちとはまた違った側面から攻略を進めようとしているプレイヤーがいることを知って、カムイは少し嬉しくなった。


「最初はね、鉢植えでやるつもりなの。あ、土は植樹林の土を使うつもりよ。どうしてもダメならアイテムショップで買うことになるんでしょうけど、できるだけシステムに頼らないでやろう、って話してるの」


 植物のことだからか、ガーベラは饒舌に話した。もちろんそれらは全て計画段階の話で、何一つ現実には進んでいない。だがこれだけ色々なことが話し合われているのだから、そう遠くない未来に実際に動き始めるだろう。ただ一つ、どうしても気になることがある。カムイはそれをこう尋ねた。


「日がほとんど差さないですけど、大丈夫なんですか?」


 植物は光合成によって養分を作り出し成長する。そして光合成に必要なものは三つ。水と二酸化炭素と日光だ。この内、水と二酸化炭素はなんとでもなるだろう。しかし日光だけは如何ともしがたい。


 なにしろこの世界は瘴気に覆われている。そのせいで常に曇っているような状態なのだ。つまり直射日光がほとんど地表に届かない。日焼けの心配はないが、しかしそれが植物の生育にいい訳がない。そしてそれをガーベラも認めていた。


「それも懸案事項の一つね。でもまあ、完全に真っ暗なわけじゃないし、手がないわけでもない。ま、色々やってみるつもりよ」


 肩をすくめつつ、ガーベラは気楽な調子でそう答える。たぶん彼女の頭の中では、すでに対策案がリストアップされているのだろう。なにしろ彼女は植物の専門家だ。それに他のプレイヤーの中にも元の世界で農業に携わっていた者がいるかもしれない。カムイがこの場で思いつくような問題点など、すでにあらかた話し合われた後なのだろう。


 なんにしても面白そうな話だな、とカムイは思った。呉羽とカレンも興味をそそられたのか、何度も頷きながらガーベラの話を聞いている。温室が出来上がったらぜひ見せてもらいたい。カムイたちはしばらく〈魔泉〉にかかりきりになるだろうが、【オーバーゲート】もあることだし、行き来するのはそう難しくないはずだ。


(ああ、でもそうしたら、たぶんイスメルさんが温室に入り浸るんだろうなぁ……)


 その様子が簡単に想像でき、カムイは苦笑した。そしてまたカレンが苦労して引きずり出すのだ。ちなみに手伝う気はない。むしろ二人の闘争の余波が温室を破壊しないよう、周囲の警戒に気を配る所存である。まあ、人はそれを「傍観」とも言うが。


「…………それでね、【掲示板】に新しいスレッドを立てて、温室の様子を随時アップしていこうかと思ってるのよ」


 カムイがちょっとほかの事を考えている間に、話はそんなところにまで進んでいたらしい。聞いていなかったので途中経過がさっぱり分からないが、「いいですね。更新、楽しみにしてます」と自然な感じで会話に加わり、彼はそれを誤魔化した。


 ちなみに【掲示板】に新しいスレッドを立てるためには、それ用にまた新しい【システム機能拡張パック】をリクエストしなければならない。つまり最低でも100万Ptが必要になるわけだが、〈世界再生委員会〉ならそれくらいの余裕はあるのだろう。


 それに、カムイが「更新を楽しみにしている」と言ったのは本心だ。彼だけではなく、【掲示板】機能を使っているプレイヤーなら、新しいスレッドに興味を持つ者は多いだろう。たくさん売れれば100万Ptくらいはたぶん回収できるはずだ。まあ実際に回収できるかは、投稿される内容次第だろう。


 さて、カレンと呉羽が「桃と洋梨も育ててください」と極めて個人的なお願いをした後、三人はガーベラと分かれて海辺へ、プレイヤーたちが拠点としている区画へ向かった。彼らの、というか呉羽とカレンのお目当てはカナンである。


 シグルドとスーシャのところにはミラルダたちもいて、示し合わせたわけではないのだが、カムイたちは合流することになった。カレンと呉羽が歓声を上げながらカナンを抱いているのを眺めながら、カムイはミラルダにアーキッドたちのことを尋ねる。するとまだ姿は見ないので、ロナンたちとの話し合いが続いているのだろう、とのことだった。


 そうこうしているうちに日も暮れ、慰労会の名目で立食パーティーが開かれることになった。しかも〈世界再生委員会〉のおごりだ。アーキッドは「自分たちが(費用経費として)出す」と言ったのだが、ロナンが「情報料ですよ。それにアーキッドさんたちにばかり負担は掛けられません」と言って譲らなかったのだ。


 リーンも特に反対しなかったということなので、つまりそれくらいの余裕ができてきたということなのだろう。そう考えれば、なかなか頼もしいことのようにも思えた。


 ただ、何もなしと言うのはさすがに悪いかと思い、加えて呉羽とルペの熱烈な要望もあり、【レンタル温泉施設】が(必要経費で)購入されプレイヤーに開放された。久しぶりのパーティーと合わせてプレイヤーたちは喜び、この夜は遅くまで歓声がたえなかった。


 さて次の日の朝、朝食を食べてロナンたちに挨拶をしてから、カムイたちは【オーバーゲート】で〈魔泉〉に西にある小高い丘の麓へ戻った。普通ならば瘴気濃度を気にしなければいけないのだが、今はカレンがいるのでそれを心配する必要はない。


 ただ、いざ戻ってみると、現地はあいにくの雨。しかもバケツをひっくり返したような土砂降りだった。急いで【HOME(ホーム)】を展開し、彼らはそこへ駆け込んだ。


「やれやれ、天気までは分からないもんだな」


 ぼやくようにそう言いながら、アーキッドはシステムメニューを開いた。【全身クリーニング】を使うのだ。他のメンバーも同じようにして、さっぱりしたところでようやく人心地ついた。


「この雨じゃあ足もともぬかるむだろうし、なにより濡れながら戦うのも億劫だ。今日は休みでいいか?」


 アーキッドがそう提案すると、メンバーは一様に頷いた。そして思いおもいに散っていく。カムイが降って湧いた休日にどうしようかと考えていると、カレンがこういうのが聞こえた。


「呉羽、良かったら一緒にお菓子でも作らない? ほら、前に今度一緒に何か作ろうって話してたでしょ?」


「お菓子か……。実はあんまり作ったことないんだけど……。うん、でもやろう。カレンと一緒なら、心強いよ」


「いや、あたしもそんなに上手ってわけじゃないんだけどね。……キキとリムちゃんも一緒にどう?」


「あ、やりたいです!」


「食い専で」


 カレンに誘われた二人の反応は対照的だった。リムは目を輝かせて乗り気だが、キキはどうもそっけない。ただ出来上がったブツには興味があるようで、カレンは呆れつつも「たくさん作らなきゃだなぁ」と思った。


「カムイも一緒にどうだ?」


「オレも食べるだけでいいかなぁ」


 呉羽の誘いにカムイはそう答えた。予想通りの答えだったのだろう、それを聞いて呉羽は小さく笑った。一方、カレンは呆れたように肩をすくめる。それから何か思いついたようで、少し意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。


「キキと言ってることが同じじゃない。同レベルね」


 そう言われ、カムイとキキは思わず互いの顔を見合わせた。そして二人ともほぼ同時に、「心外だ」と言わんばかりに眉をひそめる。それを見てカレンと呉羽は声を立てて笑うのだった。


 それからカレンはミラルダとキュリアズにも声を掛けたのだが、ミラルダは「菓子は貢がせるのが好みじゃ」とのたまい、キュリアズは気まずげに視線をそらし、結局二人とも誘いは断られた。


 お菓子作りを始める前に、三人はそれぞれエプロンを購入する。デザインは呉羽が青生地に白の格子模様で、カレンは若草色の無地、リムはフリルがついたピンクのエプロンだった。感想を求められたのでカムイが「似合っている」と褒めると、なぜか「適当だ」と怒られるのだった。


 さて三人が台所でお菓子作りを始めると、カムイは特にすることもないのでリビングのソファーに座って寛いだ。そんな彼に、同じくソファーに座っていたアーキッドがからかい気味にこう声を掛けた。


「愛されてるなぁ、少年」


「なにがです?」


「菓子だよ。少年に食べて欲しいんじゃないのか、あの二人は」


 そう言われ、カムイは一拍の後に顔が熱くなるのを自覚した。嬉しいような、恥ずかしいような。くすぐったいような、ムズ痒いような。頭の片すみで「そういえば付き合ってるんだった」なんて考えたのは、あるいは惚気の一種なのかもしれない。そんな彼をアーキッドはニヤニヤしながら見守った。


「……っと、少年。菓子ができまるで、ちょいと真面目な話だ」


 アーキッドが表情を改めおもむろにそう切り出す。普段からあまり真面目ではないアーキッドだが、そんな彼がわざわざ「真面目な話」というのだから、本当にそれなりの話をするのだろう。それでカムイも背筋を伸ばしてそれに応じた。そんな彼に一つ頷いてから、アーキッドはさらにこう続けた。


「〈ゲートキーパー〉のことだが、祭儀術式で吹っ飛ばすと魔昌石が回収できない。ロロイヤの爺さんのリクエストに応えて魔昌石の回収を目指すとなると、前みたく少年に引っこ抜いてもらうことになる」


「はい。まあ、たぶんそうなるだろうな、とは思ってました」


「今のままでも勝算は十分にあるとは思っている。第四形態相手に勝てたわけだし、第一形態相手に勝てない道理はないからな。ただ、曲がりなりにも〈ゲートキーパー〉と取っ組み合いをするわけだからな。勝率を上げられるならそれに越したことはない。それで、ロナンとも相談してみたんだが、一時的にでもユニークスキルをブーストできないか、って話になった」


「それは……、無理じゃないですか?」


 カムイは難しい顔をしながらそう言った。アイテムショップにユニークスキルをブーストするようなアイテムはない。これは検索をして確認済みだ。そうである以上、リクエストをするしかないわけだが、エラーが出る予感がひしひしとした。そしてそれはアーキッドも同じらしい。一つ頷いてから、彼はこう応じる。


「そうだな。ただ、少年ならあるいは、って話になってな」


 そういう話になったのは、カムイがヘルプ軍曹ことGMのルクト・オクスと面識があるからだろう。ただカムイ自身はこの人脈がそれほど役に立つとは思っていない。実際、少し前に質問箱をリクエストして却下されている。そう甘くはないだろう、というのが彼の意見だ。


「ダメならダメでいいさ。必要経費から出すから、ちょっとリクエストしてみてくれ」


「まあ、そこまで言うならやってみますけど……」


 そう言ってカムイはシステムメニューを開き、アイテムリクエストのページへ進む。そして少し考えてから項目を埋めていく。彼がリクエストしたのは次のようなアイテムだった。


 アイテム名【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーピンバッチVer2】 

 説明文【ユニークスキルをブーストする】


 上記の内容でカムイが「申請」のボタンをタップすると、「しばらくお待ちください……」のメッセージが出て、その後さらに「内容が一部変更されました」とメッセージが出る。確認してみると、次のようになっていた。


 アイテム名【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】

 説明文【ヘルプ軍曹が監修したミリタリーレーション。装備しているヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ一種類につき1%、ユニークスキルをブーストする。効力は二時間。重複はできない。ちょー不味い】


「一部っつーか、ほぼ全面変更だな。しかも実質的に少年しか使えないし」


 変更された内容を確認して、アーキッドは苦笑気味にそう言った。アイテム名も変わっているし、確かに当初考えたものではなくなっている。それでも「ユニークスキルをブーストする」という目的は逸していない。


 ただ、課された制限はかなり厳しいと言っていい。「効力は二時間。重複はできない」の部分はいいとしても、「ヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズ一種類につき1%」というのは、結構重い制限だ。アーキッドが言うように、実質的にカムイしか使えない。少なくとも今いるメンバーの中では。


「まあ、そもそも少年が使うためのモノだし、何の問題もないな。エラーがでなくて良かったじゃないか」


「……『ちょー不味い』の部分をスルーしないでもらえますか?」


 カムイはムスッとした顔をしながらアーキッドにそう応えた。これだけカムイのことを狙い撃ちにした内容になっているのだから、ルクト・オクスが彼のために融通を利かせてくれたのは間違いないだろう。彼の人脈が役に立ったのだ。アーキッドやロナンの目論みは功を奏したといえる。


 唯一にして最大の問題は、最後に悪戯っぽく付け足された「ちょー不味い」の文言。いや「悪戯っぽく」というよりは、あからさまに悪戯なのだろう。ルクトの意地悪げな笑みが脳裏に浮かび、カムイは軽くげんなりとした。


(まあそれでも……)


 それでも、ここでリクエストを止めるという選択肢はない。現在カムイが装備しているヘルプ軍曹監修・ミリタリーシリーズは、パンツ、ブーツ、シャツ、グローブ、ポンチョ、ベルト&ストレージポーチ、ピンバッチの七つ。つまりユニークスキルを7%ブーストできるのだ。他にブーストアイテムがないことを考えると、これはかなり大きい。そう、たとえ「ちょー不味い」のだとしても。


 半ば諦めの境地に達しつつ、カムイは変更された内容でリクエストの申請を行った。当然エラーが出ることはなく、アイテムは無事に生成される。早速アイテムショップで確認してみると、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】は迷彩柄のパックに入ったゼリー飲料だった。ちなみにお値段は一つ65万Pt。結構高い。


 量もそんなに多くはないし、飲みやすそうではあるが、しかし忘れてはいけない。コレは「ちょー不味い」のだ。ヘルプ軍曹が言うんだから間違いない。その「ちょー不味い」ゼリーが次から次へと口の中へ入ってくるのだ。飲みやすいのに「ちょー不味い」のは、わりと最悪な組み合わせではないだろうか。


(まあ、飲みにくいのよりはいいかもしれないけど……)


 飲みにくい様子を想像し、「それはもう拷問だな」とカムイは思った。そしてアイテムショップのページを閉じようとし、ふとアーキッドと目があった。彼の目は何かを期待するかのように悪戯っぽく輝いている。何を期待しているかは、あえて言葉にする必要もないだろう。


「いや、買いませんし飲みませんよ?」


「だが少年、こう考えるんだ。あまりの不味さに気絶でもしようものなら作戦に支障がでる。ぶっつけ本番は危険。安全圏で一度試しておいた方がいい。必要経費だし、君の懐はいたまないぞ」


 アーキッドのその言葉はおおよそ真っ当だが、しかし彼の顔は全然真っ当ではない。アレは【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】がどれほど不味いのかを、他人で確認しようとしている顔だ。


 しかもどうやら、気絶するレベルであることを密かに期待しているらしい。しかも「君」とか言っている時点で相当胡散臭い。カムイにとっては迷惑以外のなにものでもなかった。


 その後カムイはアーキッドと熾烈な、しかしわりとどうでもいい争いを繰り広げた。そしてその結果、【ヘルプ軍曹監修・ミリタリーレーション】を試すのは、次に極大型モンスターを乱獲する際、ということになった。「ちょー不味い」らしいソレを〈魔泉〉で初めて試すのは、さすがにカムイも抵抗があったのだ。


「いいのか、実戦だぞ?」


「飲むのは、【HOME(ホーム)】で飲んでいきますよ」


 仮に、本当に気絶するほど不味くても、【HOME(ホーム)】の中ならばなんの問題もない。それに効能については心配していないから、ブーストされる感覚を確かめておくためにも、実戦で力試しができれば都合もいいだろう。


「ま、少年がそれでいいんならかまわんがね」


 アーキッドはそう言って肩をすくめ、カムイの言い分を了解した。ホッと胸を撫で下ろすカムイは気付いていない。アーキッドの口元がヒクヒクと笑っていることを。つまり誘導されたのだ。こういう部分はまだまだ彼の方が上手であるらしかった。


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