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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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11/127

ゲームスタート11

「差し出がましいとは思いますが、実はお二人にお願いがあります。……私たちとパーティーを組んでもらえませんか?」


 アストールは困ったような笑みを浮かべながらカムイと呉羽にそう言った。その隣でリムと名乗った少女も「お願いします」と言って勢い良く頭を下げる。カムイと呉羽は思わず顔を見合わせた。


「……まずお伺いしたいのですが、トールさんとリムさんはコンビなんですか?」


「そうです。わたしたち、二人だけです」


 ぼかした質問の裏にあるカムイの真意を、アストールは正確に読み取ってそう答える。つまり、他のパーティーメンバーはいない、ということだ。


「先程ご覧になって分かるように、私たちには攻撃力が圧倒的に足りていません。カムイ君、クレハさん。力を貸してもらえませんか?」


 攻撃力が足りていない、というアストールの言葉は事実だろう。先程も、モンスターを完璧に拘束していたにも関わらず、しかし倒すのにずいぶんと時間がかかっていた。毎回あんな様子だとすれば、ずいぶん攻撃力不足に苦労しているに違いない。


「なぜ、わたしたちなのですか? ここの拠点には他にも沢山のプレイヤーが居るように見えますが……」


 呉羽がそう問い掛けると、アストールは自虐的な笑みを浮かべ、その隣のリムは悲しげに目を伏せた。まずいことを聞いてしまったかと焦る呉羽に、アストールはこう答えた。


「ここにいる方々にはみんな断られてしまって……。相手にしてもらえないんです」


「役立たずで、使えないから、って……」


「役立たずって……。ユニークスキルがあるんじゃ……?」


「そのユニークスキルが原因なんです。……有体に言ってしまえば、私たちのユニークスキルは戦闘に、少なくともモンスターを倒すのには向いていないんです」


 それを聞いて、カムイと呉羽は揃って渋い顔をする。ここの拠点にいるプレイヤーたちがどうやってポイントを稼いでいるかは知らないが、基本的な稼ぎ方、つまりモンスターを倒して魔昌石を手に入れる、という部分は共通のはず。それなのにユニークスキルがモンスターを倒すのに向いていなければ、確かに役立たず扱いされてしまうかもしれない。


「ほかに何かスキルを覚えたりとかは……」


 ヘルプさんは「全てのプレイヤーにはその分のポテンシャルが与えられています」と言っていた。実際、カムイも【白夜叉】という新たなスキルを覚えている。だからアストールとリムが戦闘向きの新たなスキルを覚えることも可能なはずだった。しかし彼らは揃って首を横に振る。


「恥ずかしながら、日々の生活で精一杯で……」


 新たなスキルを覚えている余裕はない、という。食費だけでも一日3,000Pt。加えて【簡易結界一人用(寝袋付き)】も毎日必要だろう。そうすると、一日最低でも15,000Ptは稼がなければならない。


「それに、どうすれば新たなスキルを覚えられるかもよく分かりませんし……」


 アストールの言葉に呉羽は大きく頷いて同意する。新たなスキルを覚えられていないという意味では、彼女も二人と同じだ。いろいろと工夫してはいるが、それは全てユニークスキルの使い方である。カムイの【白夜叉】のように、全く新しいスキルを覚えるのは珍しいといえた。


「正直に言って、行き詰まりを感じています。なんとか力を貸していただけませんか?」


「お願いしますっ!」


 そう言ってアストールとリムは揃って頭を下げる。そんな二人を見て、カムイと呉羽は少し困ったような顔をした。


「……お二人の事情は分かりました。ただ、オレたちにはどんなメリットがありますか?」


 アストールとリムの二人を助けたいという気持ちはカムイにもある。しかしだからと言って、“お荷物”を抱え込む余裕はないのだ。パーティーを組むからにはカムイと呉羽の側にもメリットがなければならない。


「あなた方のメリット、ですか……。それは……」


 アストールが渋い顔をして考え込む。カムイと呉羽はここの拠点の外から来た。つまり二人だけで十分に戦えるのだ。ポイントだってしっかりと稼げているに違いない。そんな二人に提示できるメリットを、彼はすぐに思いつくことができなかった。


「ト、トールさんの支援魔法は、必ずお二人の役に立ちます!」


 考え込むアストールの隣で、リムがそう声を上げた。しかしその言葉に苦笑を浮かべたのは、ほかでもないアストール自身だ。


「自力で外からここまで来られたお二人には、私の支援魔法などそう大きな助けにはなりませんよ。ここの方々と同じです」


 リムの頭を撫でながらそう言って、アストールは首を横に振った。確かにカムイも呉羽も、戦闘で支援が必要になったことはほとんどない。先程の戦闘ではモンスターが拘束してあり、そのおかげで簡単に倒すことができたのは事実である。しかし、パーティーを組むべき理由(メリット)としては弱い。二人分ではなく四人分のポイントを稼がなければならないことを考えると、なおさらそう言わなければならなかった。


「……ところで、その支援魔法というのが、トールさんのユニークスキルですか?」


「え、ええ。そうです」


「そしてあの光がリムさんのユニークスキルで、その効果は“浄化”……」


「……っ」


「参りましたね……。クレハさんは、本当に察しがいい」


 アストールは驚きながらも、しかし誤魔化すことなく呉羽の言葉を認めた。推理が当った呉羽は得意げな顔をするが、そんな彼女をカムイは嗜める。


「呉羽、マナー違反だぞ」


「あ……。す、すみません……」


 ユニークスキルは各プレイヤーの命綱だ。詳しく知らないとはいえ、それを呉羽は一方的に暴いてしまった。それは褒められた行為ではない。しかしアストールは軽く笑ってこう言った。


「構いませんよ。ですが、そうですね……。この際ですから、私たちのユニークスキルについてお話しましょう。何か、あなた方にとってメリットになるものがあるかも知れません。リムさん、いいですか?」


「トールさんが、そう言うのなら……」


 リムがそう言って頷くのを見てから、アストールも大きく頷く。それから彼はカムイと呉羽のほうに視線を戻してこう言った。


「少し長くなりますし、時間も時間です。よければお昼を食べながらにしませんか?」


 その提案に、カムイと呉羽は揃って頷いた。四人はそれぞれ自分のシステムメニューから昼食を購入する。ちなみにカムイは【日替わり弁当B】を選んだ。


「…………それで、私たちのユニークスキルについてでしたね。まずは私のほうからお話しましょう。正確に言えば、私のユニークスキルは支援魔法ではないのです」


「……と、言うと?」


「初期設定のときにヘルプ閣下と交渉して、その分のキャパシティで支援魔法の才能を強化してもらったんです」


「なるほど……。そんなやり方もあったんですね……」


 アストールの話を聞いて、呉羽が感心する。カムイとしてはヘルプ閣下の方に興味を引かれたのだが、わざわざそちらにツッコめるような雰囲気でもない。ここは一旦スルーして別のことを尋ねた。


「なぜ、そんなことを?」


 アストールはもともと支援魔法を使えたのだろう。そしてユニークスキル分のキャパシティでそれを強化してもらった。それはいい。しかしそうであれば、支援魔法が攻撃には向かないことを彼は十分に承知していたはずである。それなのになぜ、わざわざ攻撃向きのユニークスキルを覚えようとしなかったのか。


「理由は幾つかあります」


 一芸を極めた方が、他のプレイヤーたちと比べて秀でることができると思ったこと。他と違っていた方が、活躍の場が広がると考えたこと。使い慣れた支援魔法の方が即戦力になると思ったこと。


「あとは、そうですね……。私の居た世界だと、支援魔法は結構便利な魔法だったんですよ」


 少し自嘲気味にアストールはそう言った。彼の居た世界では、魔法は属性ごとに完全に独立していたのだと言う。モンスターも同様で、そのため討伐するためには弱点となる属性を用いることが重要になってくる。


 ここで問題になってくるのが、魔法使いたちの属性の適性だ。多くの場合、魔法使いは一つの属性しか持っていない。つまり得意とするモンスターの種類が限定されるのだ。使える属性を二つや三つ持っている者も確かにいたが、しかし極めて少数というのが現実だった。


 そんな魔法事情の中、例外的な魔法が存在した。それがアストールの得意とする支援魔法である。支援魔法は直接の攻撃力を持たない代わりに、全ての属性を扱うことができるのだ。


「いわゆる、〈属性付加(エレメント・エンチャント)〉と言うヤツです」


 要するに、武器に特定の属性を持たせる魔法だ。例えば〈フレイム・エンチャント〉という魔法がある。この魔法をある剣にかけると、その剣は一時的に炎属性を持つ事になる。そしてその剣で炎属性の弱点を持つモンスターを攻撃すれば大ダメージを与えられる、という寸法だ。


「本来なら、ターゲットに合わせて魔法使いを交代させるのが一番いいんです」


 しかしそのためには十分な数の魔法使いが必要になる。そしてその数を揃えられるのは国軍か、あるいは巨大な傭兵団くらいなもの。そうなると便利なのが、交代させなくてもひとまず全ての属性をカバーできる支援魔法使いだった、というわけだ。


「それは私の居た世界の、いわば常識でした。そしてその常識がこの世界でも通用すると安直に考えてしまった。それが私のミスです」


 この世界では、属性の縛りなどなかった。属性の縛りを超えて多様な魔法を使えるプレイヤーは多くいたし、そもそもモンスターに属性がない。各プレイヤーは強力なユニークスキルを持っているので戦闘能力に大きな不安はなく、そのため支援魔法の有用性はほぼ皆無だった。


「なるほど……。そんな事情があったんですね……」


「ええ。お恥ずかしながら。……それで、次はリムさんですね。彼女のユニークスキルは……」


「わたしのユニークスキルは、クレハさんが言ったように【浄化】です」


 その能力は「瘴気を浄化し、世界にとって有用な〈マナ〉へと変化させる」というもの。それを聞いたとき、カムイはその能力がこのゲームをクリアするための切り札のように思えた。


「すごい能力じゃないですか!」


 カムイと同じように思ったのだろう。呉羽が歓声を上げる。しかし当のリムは悔しそうな顔をしながら首を横に振った。


「ぜんぜん、すごい能力なんかじゃないんです」


 最大の誤算は、浄化できる瘴気の量が少ないことだ。いやこの場合、瘴気の量が多すぎるというべきかも知れない。ともかくリムがどれだけ瘴気を浄化しても、目に見える成果は得られなかった。


(無理もない、か……)


 さっき見てきたように、瘴気は常に噴出し続けているのだ。極端な話、アレを超える量の瘴気を浄化しない限り、状況は一向に好転しないのである。そしてそれは、ただ一人のプレイヤーには到底無理なように思えた。


「一応ポイントはもらえたので、すぐに行き詰ることはなかったんですけど……」


 ただ、リム自身の限界もある。一日で浄化できる瘴気の量は限られており、それをしてしまうと彼女は魔力が空っぽになって何もできなくなってしまう。戦闘能力皆無の彼女をメンバーに加えてくれるパーティーはない。生きていくためのギリギリのポイントしか稼げず、だんだんとリムは追い詰められていった。


 さらにリムの誤算は続く。彼女の【浄化】はモンスターにも利いたが、しかし倒すまでに時間がかかる。要するに、浄化しきる前に襲われてしまうのだ。そして襲われてしまうと、彼女には自衛力がない。命からがら逃げるしかなかった。


「そんな時に、トールさんに助けてもらったんです」


「ソーン・バインドで拘束して、逃げる時間を稼いだだけですよ。結局倒せませんでしたし」


 アストールはそう言って謙遜した。ともかくそれがリムとアストールの出会いだと言う。それ以来、パーティーを組めずに困っていた二人はコンビを組むようになった。


「二人でコンビを組んでからは、状況は少し良くなりました」


 支援魔法の中に、〈トランスファー〉という魔法がある。これは簡単に言うと魔力の受け渡しをする魔法だ。この魔法を使ってアストールは自分の魔力をリムに移譲し、彼女が一日に浄化できる瘴気の量を増やした。仮にモンスターが出現したとしても、アストールが拘束してしまえば、時間をかけて浄化することができる。こうして二人はようやくまともにポイントを稼げるようになったのだ。


「でも、それだとリムさんのほうにばかりポイントが行っちゃうんじゃないですか?」


「いえ、そんなことはありませんよ。魔昌石はともかく、瘴気の浄化は協力してやると、どうやらポイントは等分になるらしいんです」


 そう言ってアストールはポイント獲得のログを見せてくれた。そこには確かに「瘴気を浄化した!(1/2)」とある。等分になるというのは本当らしい。


「ただ、それなりに稼げるようになったとはいえ、問題は山済みです」


 モンスターに襲われてしまうと効率が一気に落ちてしまう。それでアストールとリムはなるべくモンスターの出現しない場所、つまり瘴気濃度の低い場所で浄化を行うようにしている。ただそうすると、浄化自体の効率も下がってしまう。浄化の効果が及ぶ範囲に瘴気の量が少ないからだ。


 加えて、リムの周辺がマナで一杯になってしまうと浄化そのものができなくなってしまう。それにいくら瘴気濃度が低いとはいえ、モンスターに全く襲われないわけではない。コンビを組んだとはいえ二人はやはり行き詰まりを感じていた。しかしだからと言ってどうすることもできず、今日にまで至ったのである。


「……これが私たちの現状です。何かお二人のメリットになるようなことはあったでしょうか?」


 一通りの事情を話し終えると、アストールは最後にそう尋ねた。その横ではリムが不安げな顔をしている。カムイが横目で呉羽の様子を窺うと、彼女は難しい顔をしていた。きっとメリットを必死に探しているのに見つからないのだ。


「今のお話を聞いた限りでは、やっぱりメリットはないように思います」


「そう、ですか……」


 カムイの返事を聞いて、アストールはさすがに沈んだ声を出した。リムも落胆した表情をしている。隣に座る呉羽からも「何とかならないのか」と言われて、なんだかカムイ一人が悪役になったようだった。ただ、彼の言葉には続きがある。


「でも、やってみたいことならあります。その、四人で」


「本当ですか!?」


 思わずといったふうにアストールが身を乗り出す。リムも思いがけない話に喜色を浮かべていた。


「な、なにをするんですか!?」


「まずはコレを食べてしまいましょう。話はそれからです」


 リムを宥めるようにして、カムイは食べかけの弁当を少しだけ持ち上げて見せた。子ども扱いされたと思ったのか、彼女は小さく頬を膨らませる。そして食事のスピードを上げてハムハムと弁当を空にしていく。そんな彼女の頭を、アストールは微笑ましげに撫でた。


「……まずオレと呉羽のユニークスキルを簡単に説明しておきます」


 そう言ってカムイは【Absorption(アブソープション)】と【草薙剣/天叢雲剣】の能力を簡単に説明する。すると、特にアブソープションの説明を聞くと、アストールは目を細めて真剣な顔つきになる。そんな彼にカムイは一つ頷いて、さらにこう続けた。


「アブソープションで吸収したエネルギーを、トランスファーでトールさんに移譲できれば、そこからさらにリムさんに移譲して、【浄化】の能力をより長く使えるようになるかもしれません」


 実際のところ、これが成功すればほぼ無制限に浄化の能力を使えるようになる。そのことに気付いてアストールは力強く頷き、リムも目を輝かせた。


「早速やってみましょう」


 アストールに促され、カムイはアブソープションを使ってエネルギーを蓄えた。彼が一つ頷くと、アストールが右手を差し出す。カムイがその手を掴むと、アストールは静かに魔法を唱えた。


「〈トランスファー〉」


 カムイの体内からエネルギーがアストールのほうへ移動していく。その感覚は力が抜けていくかのようで、またどこかくすぐったくもあった。


「うぐぅ……!?」


「ト、トールさん!?」


 トランスファーの魔法を使っていたアストールが、突然奇妙な声を上げて口元を押さえた。その様子はまるで吐き気を抑えているようだ。思わぬ事態にカムイは焦るが、本人はすぐに「大丈夫です」といって顔を上げた。


「水だと思って飲んだら油だった気分です……」


「それ大丈夫なんですか……?」


「そういうモノだと覚悟しておけばどうということはありませんよ……。さあ、次はリムさんです」


 アストールに呼ばれ、リムが緊張した面持ちで彼に近づく。そして彼女はそっとアストールの手を握った。


「少しいつもの魔力とは感じが違いますが、私のほうでもできるだけ宥めて(・・・)おくので、心配しなくても大丈夫ですよ」


「はい……!」


「それじゃあ、行きますよ……。〈トランスファー〉」


「……っ」


 魔力の移譲が始まると、リムは少しだけ顔をしかめる。それを見てカムイと呉羽は気をもんだが、魔力の移譲それ自体は問題なく行われているようだった。


「リムさん、【浄化】の能力を使ってみてください」


 カムイがそう言うと、リムは無言のまま頷いて目を瞑った。すると彼女の身体から眩い光が放たれ、さらにその光が胞子のような細かい粒になって周囲に拡散していく。そしてその光の粒子が空気中に漂う瘴気に触れると、まるでダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いて消えていく。


(これが、【浄化】か……)


 その神秘的な光景に、思わずカムイは見惚れた。どうやら呉羽も同じらしく、「きれい……」と小さな声でつぶやいている。


「やった……! できましたよ、カムイさん!」


 アストールが喜びの声を上げてカムイの名前を呼ぶ。その声でカムイは我に返った。彼はアストールに一つ頷きを返すと、次に呉羽のほうに視線を向ける。


「呉羽、瘴気をリムさんの周りに集められるか?」


「やってみよう」


 呉羽はそう言って力強く頷くと、鯉口を切って愛刀を僅かに鞘から抜き、その刃の付け根を外に出す。彼女が深く息を吸って集中を始めると、風が渦を巻いてリムの周りに集まり始める。ちょうど巨大なサーキュレーターの真下に彼女がいるような形だ。


 サーキュレーターだから、風は上から下へと吹く。そしてその風に乗って、瘴気が真っ黒な奔流となって上から下へと流れていく。その瘴気を、リムの放つ光は片っ端から浄化していった。


「よし、成功だ……!」


 カムイは拳を握り締める。カムイがエネルギーを吸収し、アストールを介してそれをリムへと渡し、その魔力を使って呉羽が集めた瘴気を浄化する。カムイの考えたこの一連の流れがピタリとはまった。


「カムイさん、そろそろ魔力が切れます」


「了解です。すぐに補充します」


 そう言ってカムイはまたアブソープションを発動した。するとちょっとした違和感に彼は気が付いた。いつもより能力が使いやすいのだ。吸収するエネルギーも、いつもならマグマのようにドロドロとしているのに、今はまるで温めの温泉だ。身体にかかるストレスが段違いに少ない。


(これは……)


 戸惑いながらも、カムイはすぐにその理由について見当をつけた。たぶんだが今は瘴気ではなくて、リムが浄化して生まれたマナを吸収しているのだ。マナは「世界にとって有用」と説明されていたが、ひょっとしたらその実態は「動植物にとって利用しやすい形のエネルギー」なのかもしれない。少なくとも、こうしてアブソープションで吸収できる以上、エネルギーの一種であることに間違いはない。


 そのエネルギーを受け取ったアストールも、すぐにその質の違いに気付いた。今度はさしずめ「油だと思ったらお湯だった」といったところか。なんにしてもさっきより扱いやすいことに違いはない。


 アストールは小さく微笑むと、その魔力をすぐにリムへと渡した。そしてリムがその魔力を使って呉羽が集めた瘴気を浄化し、そうやって生み出されたマナをまたカムイが吸収する。ある種の無限機関の完成だった。


「クレハさんも魔力が切れそうになったら言ってください。すぐに補充します」


「了解です!」


 上手くいっているという実感があったのだろう。呉羽は機嫌のいい声でそう応える。結局、四人は何度か休憩を挟みながらも、午後いっぱいこうして瘴気を浄化し続けた。


 この世界にも夕焼けは存在する。瘴気に閉ざされた空が、しかしそれでも赤く染まったころ、カムイたち四人はこの日の浄化を終えることにした。そしてそれぞれ、胸を躍らせながらシステムメニューを開いて獲得ポイントを確認する。


 大量の瘴気を浄化したのだ。それに見合ったポイント獲得が期待される。そしてその期待は裏切られなかった。


【瘴気を浄化した!(1/4) 2,020,160Pt】


「おお……!」


 そのログを見たとき、カムイは思わず感嘆の声を上げた。200万Pt。間違いなく今までで最高の稼ぎである。今までの最高記録を大幅に更新した。四人合わせれば800万Ptである。空恐ろしいほどの数字だ。四人の能力がこれ以上なくかみ合った結果で、誰か一人でも足りなければこうはならなかった。


 同じログを見ているのだろう。呉羽が満面の、そして会心の笑みを浮かべている。アストールも喜色をあらわにし、リムにいたっては目に涙を浮かべていた。


「トールさん、一つお願いがあります」


 カムイはシステムメニューの画面を消すと、改めてアストールに言葉をかけた。彼もまたメニュー画面を消してカムイのほうに向き直る。


「何ですか、カムイさん?」


「オレたちとパーティーを組んでもらえませんか?」


「……!」


 カムイがそう言って右手を差し出すと、アストールは驚いたように目を見開いた。思い返してみれば、確かにカムイと呉羽はまだパーティーを組むことをはっきり了承したわけではない。ただあまりにも瘴気の浄化が上手くいったので、先走って明日以降もこの四人でパーティーを組む気になっていたのだ。


(本当なら……)


 本当なら、これは最年長である自分が言うべきことだった。そう思って、アストールは反省する。そして差し出されたカムイの手を両手でしっかりと握った。


「もちろんです。むしろお願いします。私たちとパーティーを組んでください」


「はい。よろしくお願いします」


 そう言ってカムイもまたアストールの手を両手で握った。そこへ呉羽とリムも加わって、彼女らも両手を重ねる。


 こうして四人はパーティーを結成した。この四人がゲームクリアの中核となれるのかは、まだ未知数である。



 ― ‡ ―



 拠点に戻ってきた四人は、その端っこの方に陣取ってささやかな祝賀会を開いた。「奮発しましょう」というアストールの一言で、この夜ばかりはお得な日替わり弁当ではなく、それぞれ好きな単品料理を選んで購入した。


 そのため食費としてはずいぶん高く付いてしまったのだが、四人ともそのことはあまり気にしていない。十分すぎるほどの稼ぎがあったし、またそれを明日以降も期待できるのだ。何より今夜はパーティー結成のお祝いである。無粋なことは言わぬが華、というわけだ。


「「「「乾杯!」」」」


 四人の声が楽しげに響き、四つのグラスが軽やかに打ち鳴らされる。ちなみに飲んでいるのはアストールが白ワインで、カムイがレモン味のチューハイ、呉羽とレムがオレンジジュースだ。カムイがアルコールを飲もうとしていることを知った呉羽は「未成年じゃないか」と言って目くじらを立てていたが、「この世界に未成年の飲酒を禁じる法律はない」と屁理屈をこねられて結局黙認していた。


「あ~、うまい!」


「ええ。お酒なんて久しぶりです」


「オレは初めてですけど」


「まったく、カムイめ……」


「まあまあ、クレハさん。お料理を食べましょう」


 リムが料理に手を伸ばしたのを皮切りに、他の三人も思いおもい料理を取り皿に載せていく。アストールやリムの世界の料理なのか、カムイと呉羽には馴染みの無い料理も多い。そしてその逆もまたしかりで、四人はそれぞれ初めて食べる料理についてあれこれ話しながら食事を楽しんだ。


 慣れの問題はあるにせよ、料理はどれも美味しかった。どうやら人間の味覚は異世界でも共通らしい。ただ、何事にも例外はある。


「コレはちょっと……」


「コレ、腐ってますよね……?」


 ソレを見るとリムとアストールはさすがに拒否反応を示した。ソレは呉羽が購入したもので、ソレを見てカムイは彼女に呆れた視線を向けた。


「なんでわざわざ納豆をチョイスするんだよ」


「いいじゃないか、納豆! 発酵食品で健康と美容にいいんだぞ!?」


「そりゃ分かるけどさ。どう考えてもトールさんとリムにはキツイだろ」


 実際二人は糸を引く納豆を見てなんともいえない顔をしている。明らかにコレが食べ物であることを疑っている顔だ。そしてヤケクソ気味に納豆を食べる呉羽を見て信じられないという顔をしていた。


「くそう……。リムちゃんは分かってくれると思ったのに……!」


「え、ええ!? わたしですか!?」


「気にしなくていいぞ。コイツ時々おかしいんだ」


 おかしいヤツ扱いされた呉羽は涙目である。カムイは自分だって日本人で納豆食べられるくせに、酷いヤツである。ちなみにリムのことをカムイが呼び捨てに、呉羽が“ちゃん”付けにしているのは、本人から「あまり畏まらないで欲しい」と要望があったからだ。トールも同じ事を言ってくれたのだが、彼は年上なので二人は敬語を使い続けている。


「失礼、少しいいか?」


 四人が騒ぎつつも食事を楽しんでいると、二人の男が近づいてきて声をかけた。カムイは声のしたほうを振り返って、そして少し身構える。見知った顔だったのだ。


「デリウスさんと、テッドさん……」


「よう。豪勢だな。何かいいことでもあったか?」


「パーティーの結成祝いですよ」


 カムイは少し警戒しつつそう答える。その答えに反応したのはデリウスだった。彼はピクリと不快げに眉を動かす。


「パーティーだと? まさか、その二人と組んだのか?」


 彼の言う「二人」がアストールとリムを指しているのは明白だ。二人はここでずっと役立たず扱いされていたから、その二人とパーティーを組むというのは信じられないことだったのかもしれない。


「今日はな、お前さんたちを〈騎士団〉にスカウトしに来たんだ」


 テッドのその言葉に、デリウスは眉間にシワをよせたまま頷く。そしてこう言葉を続けた。


「君たちは今日、山に登ってアレを見てきたのだろう。アレを私たちは〈魔泉〉と呼んでいる」


 山の頂上からカムイと呉羽が見たのは、大量の瘴気が地面から噴出している光景だ。デリウスらはアレを〈魔泉〉と呼んでいるらしいが、なるほどそれらしい名前だった。


「アレを見たのならもう分かっているはずだ。一人や二人で魔泉をどうにかするのは不可能だ。アレを封じるためには多くのプレイヤーの力が必要になる。この世界で旅ができるだけの能力を持った君たちを、遊ばせておくわけにはいかないんだ!」


「別に遊んでるわけでは……」


「はっきり言おう。その二人に君たちとパーティーを組むだけの力はない。君たちの能力は〈騎士団〉でこそ生かされる。君たちは〈騎士団〉に入るべきだ!」


 デリウスがそう言い切ると、カムイは眉間にシワを寄せて険しい顔をした。呉羽もまた同じような顔をしている。そして彼女の服の裾を、リムが不安げな顔をしながら掴んでいた。


 魔泉を一人や二人の力でどうにかすることはできない。デリウスのその言葉には、カムイも同意する。そのために多くのプレイヤーが力を合わせる必要がある、という部分にも賛成しよう。


 しかし同時に、デリウスの言葉はあまりにも上から目線で独善的だ。押し付けるような威圧感がある。そして何よりアストールとリムのことを貶したのは、決定的な減点だった。


「……デリウスさん。あなたが何を考えどう判断するのか、そこに口を挟むつもりはありません。だけど、それを唯一の正解みたいにして押し付けるのはやめてください。どうやってこのゲームを攻略して世界を再生するのか。それは各プレイヤーの判断に任されているはずです。


 スカウトの件はお断りします。あなたの下では戦いたくない」


「……クレハさん、君は?」


「同じくお断りします。わたしは〈騎士団〉よりも、この四人で攻略していきたい」


「……そうか。邪魔をした」


 カムイと呉羽からスカウトを断られると、デリウスはそういい残して身を翻しその場を去った。二人がその背中を見送っていると、一人残ったテッドが苦笑気味に声をかけてくる。


「……あまり、団長を嫌ってくれるなよ。焦っているのさ、あの人も」


「大丈夫ですよ」


 優しい声でそう言ったのはアストールだ。それを聞くとテッドは安心したように笑みを浮かべデリウスの後を追った。


 デリウスとテッドが帰っても、カムイら四人の雰囲気はもとには戻らなかった。誰が悪いわけでもないのに空気が重い。いい気分だったのが、すっかり冷や水を浴びせられてしまった。


「……少し、この拠点のことをお話しておきましょうか」


 穏やかな声でそう言ったのはアストールだった。彼のその声には、沈んでしまった空気を優しく包み込むような温かさがある。


「魔泉を見てきたのならもうお分かりと思いますが、この拠点は山の陰になることで瘴気から守られています」


 魔泉から噴出した瘴気を、山が防いでくれているのだ。そのおかげで山のこちら側は瘴気濃度が低い。しかしその反面、山陰から少しでも外れると、途端に瘴気濃度が高くなってしまうのだという。


「言って見れば、この拠点は丸ごと高濃度の瘴気によって閉ざされてしまっているんです。要するに、外へ出て行くことができない。同じ理由で、外から来るプレイヤーもいない。私たちは孤立してしまっているのです」


 そしてそれこそが、デリウスが焦っている理由だと言う。


「ゲーム開始当初、この拠点には六二人のプレイヤーがいました。それが今では五六人です。今までに六人のプレイヤーが命を落としました。それなのに状況は少しも好転しない」


 魔泉からは途絶えることなく大量の瘴気が噴出している。それはつまり、状況が徐々に悪化していることを意味している。それなのに自分たちはただ毎日、漫然とモンスターを倒してポイントを稼ぐことしかできない。どれだけ現状を打開したくともその手段がないのだ。そんな状況がずっと続いていた。


「このままではジリ貧。けれども打つ手がない。そんなときにあなた方二人が来たんです」


 外からのプレイヤー。それはきっと行き詰っていたデリウスにとって、突然差し込んだ光明のように感じられただろう。アストールはそんなふうに想像している。


「行動範囲が広がれば、状況は変わるかもしれない。その考えは、私にも理解できます」


「それは、まあ分かりますけど……」


「ああ、勘違いしないでください。別に〈騎士団〉に入るよう、勧めているわけではないんです。むしろそうされてしまうと、私とリムさんは困ってしまいますし」


 アストールが茶目っ気を混ぜてそう言うと、カムイと呉羽は揃って苦笑を浮かべた。


「ただここでは、カムイ君とクレハさんはお二人が思う以上に、注目されている重要人物なんです。期待されていると言ってもいいでしょう」


 その言葉を聞いて、カムイと呉羽は思わず顔を強張らせた。珍しがられているだろうとは思っていたが、しかしそんなふうに見られているとは思っていなかった。


「お二人が気負う必要はありません。ただあなた方がここへ来たことで、これから状況は動く。そんな気はします」


 それはアストールの予感なのか、それとも願望なのか。彼の声音からは判断しかねた。


「買被り、だと思いますけど……」


「さてどうでしょう。少なくとも私とリムさんの状況は大きく変わりましたよ?」


「はい!」


 アストールの言葉にリムが力いっぱい同意する。そんな彼女の頭を撫でてからアストールは穏やかな声でさらにこう続けた。


「お二人がここへ来てくれてよかった。感謝します。そして歓迎します。ようこそ、私たちの拠点へ」


 アストールがそう言うと、リムがもう一度元気良く「はい!」と言って同意した。ソレを聞いてカムイと呉羽はようやく表情を緩めるのだった。


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